医療機関向けEMR(電子カルテ)ガイド|導入のすべてがわかる
はじめに:なぜ今、電子カルテ(EMR)なのか?
現代の医療現場において、デジタルトランスフォーメーション(DX)は避けて通れない課題となっています。特に、医療機関の中核をなす情報の取り扱いは、患者サービスの質、経営効率、そして医療安全に直結するため、そのデジタル化は喫緊の課題です。そこで重要となるのが、電子カルテシステム(EMR:Electronic Medical Record)の導入です。
電子カルテとは、従来紙媒体で記録されていた診療情報を電子的な形式で記録、管理、共有するシステムのことです。単なる「紙のカルテのデジタル版」ではなく、患者情報、診療経過、検査結果、処方情報、看護記録など、患者に関わるあらゆる情報を一元管理し、医療チーム内での情報共有を円滑にし、診療の質と安全性を向上させるための強力なツールとなり得ます。
近年、日本の医療機関における電子カルテの普及率は徐々に高まっていますが、その導入は簡単な道のりではありません。多大なコスト、複雑なシステム選定、現場スタッフの抵抗、そして運用開始後の様々な課題など、乗り越えるべきハードルが多く存在します。しかし、これらのハードルを乗り越え、電子カルテの真価を引き出すことができれば、医療機関は以下のような変革を遂げることが可能になります。
- 医療の質の向上: 過去の診療情報の即時参照、診療ガイドラインに基づいたアラート機能、チーム医療におけるスムーズな情報連携などが、より正確で質の高い医療提供を可能にします。
- 業務効率の改善: 記録時間の短縮、書類作成の自動化、予約管理や会計システムとの連携により、医療従事者の負担を軽減し、より患者と向き合う時間を増やすことができます。
- 医療安全の強化: 誤った薬剤処方の防止、アレルギー情報の共有、リスク情報の警告表示などにより、インシデント・アクシデントの発生リスクを低減します。
- 経営の効率化: 診療データの分析に基づいた経営判断、レセプト請求業務の効率化、在庫管理の適正化などが図れます。
- 地域医療連携の促進: 他施設との情報共有(将来的には標準化が進むことが期待されます)により、継続的なケアの提供や患者紹介がスムーズになります。
本ガイドは、これから電子カルテの導入を検討している、あるいは導入を控えている医療機関の皆様が、そのプロセス全体を理解し、成功に導くための羅針盤となることを目指しています。電子カルテの導入は、単なるITシステム導入ではなく、医療提供体制そのものの変革を伴うプロジェクトです。本ガイドを通じて、その「すべて」を理解し、貴院の未来を拓く一歩を踏み出してください。
第1章:なぜ電子カルテが必要なのか? メリットと課題の深掘り
電子カルテ導入の意思決定は、そのメリットと課題を十分に理解することから始まります。ここでは、それぞれの要素をより深く掘り下げていきます。
1.1 電子カルテ導入の主なメリット
電子カルテがもたらす恩恵は多岐にわたります。ここでは特に重要な点を詳述します。
1.1.1 医療の質の向上と安全性の強化
- 情報の集約と即時アクセス: 患者の基本情報、既往歴、アレルギー情報、薬剤情報、検査結果、画像データ、診療経過などが一つのシステムに集約されます。これにより、医師や看護師は診察時やケア提供時に必要な情報に瞬時にアクセスでき、より的確な判断を下すことが可能になります。紙カルテのように、過去の情報を探し回る時間は不要です。
- 診療ガイドラインやプロトコルの支援: システムに組み込まれたガイドラインやプロトコルに基づいた指示やアラート機能は、医師の診断や治療方針決定を支援し、標準化された質の高い医療を提供することに貢献します。
- 薬剤処方ミスの防止: 薬剤アレルギー、併用禁忌、容量チェックなどの機能が、誤った薬剤処方を未然に防ぎます。これは、医療安全の観点から極めて重要です。
- リスク情報の警告: 感染症情報、転倒リスク、褥瘡リスクなどの重要な患者情報をシステム上で目立つように表示することで、医療チーム全体でリスクを共有し、予防策を講じやすくなります。
- チーム医療の促進: 医師、看護師、薬剤師、技師、リハビリスタッフ、栄養士など、多職種間での情報共有がリアルタイムで行えます。回診やカンファレンス時に全員が同じ最新情報を参照できるため、連携が密になり、より質の高いチーム医療が実践できます。
1.1.2 業務効率の改善
- 記録作業の効率化: 定型入力、音声入力、テンプレート機能などを活用することで、紙カルテに比べて記録時間を大幅に短縮できます。また、文字の判読不能といった問題も解消されます。
- 情報共有の効率化: 必要な情報を探す時間、情報伝達のための時間が削減されます。申し送りや引き継ぎもシステム上で行えるため、抜け漏れが減り、スムーズになります。
- 書類作成の効率化: 紹介状、診断書、処方箋などの定型書類をシステムから簡単に作成・出力できます。
- 関連システムとの連携: 予約システム、検査システム(LIS)、画像システム(PACS)、医事会計システムなどとの連携により、情報の二重入力が不要になり、業務フロー全体が効率化されます。特に医事会計システムとの連携は、レセプト請求業務の精度向上と効率化に大きく貢献します。
- ペーパーレス化の推進: カルテだけでなく、同意書、説明書、各種記録なども電子化することで、紙の管理コストや保管スペースが削減できます。
1.1.3 経営の効率化とデータ活用
- レセプト請求業務の効率化と正確性向上: 診療行為とレセプト情報の紐付けがシステム内で自動化されるため、請求漏れや誤りを減らし、レセプト業務の効率化と正確性向上につながります。
- 経営情報の可視化: 診療データ、患者属性データ、 DPCデータなどを分析することで、外来・入院患者の動向、疾患別の診療実績、診療科別の収益状況などを把握しやすくなります。これにより、データに基づいた経営戦略の立案や、サービスの改善点特定が可能になります。
- 在庫管理の最適化: 薬剤や医療材料の使用実績データをリアルタイムで把握し、適切な在庫管理に役立てることができます。
- 監査・評価への対応: 診療記録が体系的に整理されているため、内部監査や外部評価(病院機能評価など)における資料提示がスムーズになります。
1.1.4 患者サービスの向上
- 待ち時間の短縮: 業務効率化が進むことで、受付から診察、会計までの待ち時間短縮に繋がる可能性があります。
- 情報提供の迅速化: 検査結果などをすぐに共有できるため、患者への説明がスムーズになります。
- 患者ポータルとの連携(将来的な可能性): システムによっては、患者自身が自身の診療情報の一部を閲覧したり、オンライン予約を行ったりできる患者ポータル機能を提供しており、患者エンゲージメントの向上に繋がります。
1.2 電子カルテ導入の主な課題
多くのメリットがある一方で、電子カルテ導入には無視できない課題が存在します。これらの課題を事前に認識し、対策を講じることが成功の鍵となります。
1.2.1 高額な導入コストと運用コスト
- 初期投資: システムのソフトウェアライセンス費用、サーバーや端末などのハードウェア費用、設置工事費、初期設定費用、データ移行費用などがかかります。特に大規模病院の場合、億単位の投資が必要となることもあります。
- ランニングコスト: 毎月のシステム利用料(クラウド型の場合)、保守・サポート費用、定期的なバージョンアップ費用、消耗品費(プリンター用紙、トナーなど)、IT人材の人件費などが継続的に発生します。初期投資だけでなく、長期的な運用コストも含めた綿密な予算計画が必要です。
1.2.2 複雑なシステム選定
- ベンダー・製品数の多さ: 国内外に多数のベンダーが存在し、それぞれの製品が異なる機能や特徴を持っています。自院の規模、診療科、業務内容、予算に最適なシステムを選定するのは容易ではありません。
- 要件定義の難しさ: 医療現場の多様なニーズを正確に把握し、それをシステムの機能要件として定義することは、多くの関係者との調整が必要であり、非常に困難な作業です。
1.2.3 導入・運用プロセスの複雑さ
- 業務フローの見直し: 電子カルテ導入は、既存の業務フローを根本的に見直す機会となります。これまでの慣習を変えることへの抵抗や、新しいフローへの順応が必要です。
- データ移行の困難さ: 過去の紙カルテや既存システムからのデータ移行は、膨大な時間と労力がかかり、データの正確性を保つための専門的な知識や技術が必要です。移行対象データの選定も重要な判断となります。
- カスタマイズとインテグレーション: 自院独自の要件に合わせてシステムをカスタマイズしたり、他のシステムと連携させたりする作業は、高度な技術とベンダーとの密な連携が必要です。
- 現場スタッフのトレーニング: システムの操作方法だけでなく、新しい業務フローに合わせた働き方を習得するための包括的なトレーニングが必要です。特にITリテラシーにばらつきがある場合、全員がシステムを使いこなせるようになるまでには時間と根気が必要です。
1.2.4 現場スタッフの抵抗と変化への対応
- 操作習熟への不安: 長年紙カルテに慣れ親しんだスタッフにとって、新しいシステム操作は大きな負担と感じられることがあります。「使いこなせるだろうか」「患者対応の時間が減るのではないか」といった不安が生じやすいです。
- 業務スピードの一時的な低下: 導入当初はシステムの操作に慣れていないため、一時的に業務スピードが低下したり、混乱が生じたりすることが予想されます。これに対する十分な準備とサポート体制が必要です。
- 文化的な変化への抵抗: 電子カルテは情報のオープン化を進めるため、これまでの情報の持ち方や共有の仕方が変わります。これに対する心理的な抵抗が生じることがあります。
1.2.5 セキュリティとプライバシーのリスク
- サイバー攻撃のリスク: 医療情報は非常に価値が高いため、サイバー攻撃の標的となりやすいです。不正アクセスによる情報漏洩、ランサムウェアによるシステム停止などのリスクに対する厳重な対策が必要です。
- 内部不正のリスク: システムへのアクセス権限管理、操作ログの監視など、内部からの情報漏洩を防ぐ仕組みが必要です。
- 個人情報保護法と医療情報の特殊性: 患者の機微な個人情報を取り扱うため、関連法令(個人情報保護法、医療情報システムの安全管理に関するガイドラインなど)を遵守した運用が求められます。
1.2.6 システム障害時の対応
- システムダウンのリスク: システム障害が発生した場合、診療業務が停止するリスクがあります。冗長化構成、バックアップ体制、そしてダウンタイム中の業務継続計画(BCP)の策定が不可欠です。
これらの課題は決して小さくありません。しかし、これらの課題に真摯に向き合い、計画的かつ戦略的に導入を進めることで、多くのメリットを享受し、医療機関としての競争力を高めることが可能です。次の章からは、これらの課題を乗り越え、導入を成功させるための具体的なステップについて解説します。
第2章:導入成功のための計画フェーズ(最も重要な第一歩)
電子カルテ導入プロジェクトの成否は、この計画フェーズにかかっていると言っても過言ではありません。ここでしっかりと基盤を固めることが、後の工程での手戻りや混乱を防ぎます。
2.1 プロジェクトチームの組成
導入プロジェクトを推進するための専任チームを組成します。単なるIT担当者だけでなく、医療現場の代表者、経営層、事務部門など、多岐にわたる部門からメンバーを選出することが重要です。
- プロジェクトリーダー: プロジェクト全体の責任者。経営層またはそれに準じる立場の人物が望ましい。意思決定権を持ち、部門間の調整役を担います。
- 医師代表: 診療部門のニーズを取りまとめ、医師側の意見を代表する。システムの医療的要件を判断する上で不可欠です。
- 看護部門代表: 看護記録や看護業務の視点から要件を定義し、現場の意見を反映させる。
- 薬剤部門代表: 薬剤管理や処方監査に関する要件を担当。
- コメディカル代表: 検査、リハビリ、栄養など、各部門のニーズを収集。
- 事務部門代表: 受付、会計、クラーク業務、医事会計システムとの連携などを担当。
- IT担当者: システムの技術的な側面を担当。ベンダーとのやり取り、ハードウェア、ネットワーク、セキュリティなどを担当。
- プロジェクトマネージャー(外部の専門家も含む): プロジェクトの計画、実行管理、進捗管理、課題管理、リスク管理などを専門的に行う。
チームメンバーは、それぞれの部門の業務に精通しているだけでなく、新しいシステム導入に対する理解と意欲がある人物を選ぶことが望ましいです。定期的なミーティングを開催し、情報の共有と意思決定の迅速化を図ります。
2.2 導入目的と目標の明確化
「なぜ電子カルテを導入するのか?」という問いに対する明確な答えが必要です。単に「時代の流れだから」ではなく、具体的な課題解決や改善目標を設定します。
- 課題の洗い出し: 現在の紙カルテ運用や既存システムにおける問題点を具体的にリストアップします。(例:記録に時間がかかる、情報共有に漏れがある、過去の情報が見つけにくい、レセプト請求ミスが多い、保管スペースがない、など)
- 目標設定(SMART原則で): 洗い出した課題を解決するために、電子カルテ導入によって達成したい具体的な目標を設定します。
- Specific (具体的):例「記録時間を〇〇分短縮する」「インシデント発生率を〇〇%削減する」
- Measurable (測定可能):例「〇年後までに普及率〇〇%を達成」「レセプト返戻率を〇〇%以下にする」
- Achievable (達成可能):現実的な目標設定
- Relevant (関連性):病院全体の目標や理念と一致しているか
- Time-bound (期限):いつまでに達成するか
- 定性目標: 「チーム医療の質を向上させる」「患者満足度を高める」といった定性的な目標も重要です。
- 目標の共有: 設定した目標をプロジェクトチーム全体、さらには病院全体で共有し、共通認識を持つことが成功には不可欠です。
2.3 現状業務フローの分析と将来像の検討
電子カルテは既存の業務フローに大きな影響を与えます。現在の業務を詳細に分析し、電子カルテ導入後の理想的な業務フローを検討します。
- 現状の可視化: 受付から診察、検査、処方、会計、そして入院中のケア、退院まで、患者の流れに沿って各部門がどのような業務を行っているかを詳細に調査し、図示します(業務フロー図)。どこにボトルネックがあるか、非効率な部分があるかを特定します。
- 電子カルテ導入後の理想像: 電子カルテの機能(情報共有、定型入力、他システム連携など)を活用することで、業務がどのように効率化され、あるいは変更されるべきかを検討します。理想的な業務フローをデザインします。
- ギャップ分析: 現状のフローと理想のフローの間のギャップを分析し、システム導入によって解消できる部分、あるいはシステム導入に合わせて業務プロセス自体を変更する必要がある部分を明確にします。
- 部門間の調整: 各部門の業務フローは互いに関連しています。部門横断的な視点で、全体の流れがスムーズになるように調整を行います。
2.4 予算計画の策定
電子カルテ導入には多額の費用がかかります。現実的な予算計画を策定し、経営層の承認を得ることが必要です。
- 初期費用:
- システムライセンス費用
- サーバー、端末、ネットワーク機器などのハードウェア費用
- 設置工事費、初期設定費
- データ移行費用
- カスタマイズ費用
- 初期トレーニング費用
- プロジェクトマネジメント費用(外部委託する場合)
- ランニングコスト(運用費用):
- 月額または年額のシステム利用料(クラウド型)
- 保守・サポート費用
- バージョンアップ費用
- 消耗品費(プリンター、用紙など)
- IT人材の人件費または外部委託費
- セキュリティ対策費用(ファイアウォール、アンチウイルスなど)
- 予備機器の費用
- 費用対効果(ROI)の検討: 導入によって得られる経済的なメリット(コスト削減、収益増加)を算出し、投資対効果を評価します。導入効果は経済的なものだけでなく、医療の質向上、安全性の向上といった非経済的な効果も考慮に入れるべきです。
- 資金調達方法の検討: 自己資金、借入、補助金・助成金(利用可能な制度がないか確認)などを検討します。
2.5 リスク評価と対策
導入プロジェクトには様々なリスクが伴います。事前にリスクを洗い出し、発生した場合の対策を講じておくことが重要です。
- 考えられるリスク:
- 予算超過
- スケジュール遅延
- システムの機能が要件を満たさない
- データ移行の失敗やデータの不整合
- 現場スタッフからの強い抵抗
- システム障害
- セキュリティインシデント(情報漏洩、システム停止)
- ベンダーとのコミュニケーション不備
- 法規制の変更への対応遅れ
- リスク対策: それぞれのリスクに対して、発生確率、影響度を評価し、発生を予防するための対策(予防策)と、発生した場合の影響を最小限に抑えるための対策(対応策)を具体的に計画します。例えば、システム障害リスクに対しては、冗長化、バックアップ、BCP策定といった対策が考えられます。
- リスク管理体制: プロジェクトチーム内で定期的にリスクの状況を確認し、必要に応じて対策を見直すプロセスを定めます。
2.6 スケジュール計画の策定
プロジェクト全体のマスタースケジュールを策定します。各フェーズ(計画、選定、導入、運用)における主要なマイルストーンを設定し、具体的なタスクとその担当者、期間を定義します。
- 主要フェーズ: ベンダー選定期間、契約、システム設計・構築期間、データ移行期間、トレーニング期間、テスト期間、稼働準備期間、本稼働、運用・評価期間など。
- 詳細スケジュール: 各フェーズをさらに細分化し、具体的なタスク(RFP作成、ベンダープレゼン、現場デモ、データクレンジング、研修実施、UAT実施など)をリストアップします。
- 依存関係の考慮: あるタスクが完了しないと次のタスクに進めないといった依存関係を考慮してスケジュールを組みます。
- 柔軟性の確保: 予期せぬ遅延が発生することも考慮し、ある程度のバッファを持たせることが現実的です。
- 進捗管理: 定期的に進捗状況を確認し、計画とのズレがないか監視します。遅延が生じた場合は、その原因を分析し、リカバリープランを検討します。
計画フェーズでこれらの項目を thorough に検討し、関係者間で合意を形成することが、後のスムーズな進行と成功の確度を高めます。この段階での時間と労力は、決して無駄にはなりません。
第3章:最適な電子カルテシステムの選定
数ある電子カルテシステムの中から、自院に最適なものを選び出すプロセスは、導入成功の重要な要素です。単に機能が多い、安いといった基準だけでなく、多角的な視点から評価を行う必要があります。
3.1 要件定義の詳細化
計画フェーズで検討した目標や業務フロー分析に基づき、システムに求められる具体的な要件を詳細に定義します。これはベンダー選定における評価基準となります。
- 機能要件:
- 診療記録機能(SOAP形式、時系列表示、テンプレート、音声入力など)
- オーダリング機能(検査、処方、注射、処置など)
- 看護支援機能(看護計画、記録、申し送り、バイタル入力など)
- 薬剤管理機能(処方監査、在庫管理、服薬指導支援など)
- 検査結果管理(LIS連携、結果表示、グラフ化など)
- 画像管理(PACS連携、画像表示、所見入力など)
- 手術・麻酔記録機能(外科系病院の場合)
- リハビリテーション記録機能
- 栄養管理機能
- 文書作成機能(紹介状、診断書など)
- 予約管理機能
- 医事会計システム連携機能(必須)
- DPC機能(DPC対象病院の場合)
- 統計・分析・抽出機能
- 地域医療連携機能(紹介・逆紹介、情報共有など)
- 患者ポータル機能(オプション)
- レガシーシステム(紙カルテ、既存システム)からのデータ移行機能
- 非機能要件:
- パフォーマンス: 応答速度、同時接続数
- 信頼性: システムの安定稼働、障害発生時の復旧時間
- 可用性: システムが利用可能な時間(24時間365日必要かなど)
- 保守性: システムのメンテナンスのしやすさ、問題発生時の対応体制
- 拡張性: 将来的な機能追加や規模拡大への対応能力
- セキュリティ: アクセス制御、認証、暗号化、監査ログ、BCP対策、関連ガイドラインへの準拠
- ユーザビリティ: 操作の分かりやすさ、学習コスト、画面デザイン
- 連携性: 他システム(LIS, PACS, 医事会計, 調剤薬局など)との連携実績や互換性
- 技術要件: OS、データベース、ハードウェアスペック、ネットワーク環境、クラウド対応可否
- サポート・保守要件:
- サポート時間、対応体制(電話、メール、オンサイト)
- 障害発生時の対応スピード
- バージョンアップの頻度と費用
- トレーニング提供体制
- コスト要件: 初期費用、ランニングコスト、カスタマイズ費用など、予算内であること。
これらの要件は、プロジェクトチーム内で十分に議論し、優先順位を付けてリスト化します。後続のベンダー評価において、この要件リストが評価シートの基礎となります。
3.2 ベンダー・製品調査と情報収集
市場に出回っている電子カルテシステムやベンダーについて情報を収集します。
- 情報源: 医療情報システム関連の展示会、業界誌、専門Webサイト、既存の導入事例、他病院からの紹介、コンサルタントからの情報など。
- 製品の特徴: 各ベンダーの製品がどのような特徴を持ち、どのような病院規模・診療科に実績があるかなどを把握します。クラウド型かオンプレミス型か、特定機能に強みがあるかなどを確認します。
- ベンダーの信頼性: ベンダーの経営状況、サポート体制、開発体制、実績などを評価します。長期的なパートナーとなるため、信頼できるベンダーを選ぶことが重要です。
3.3 候補ベンダーの絞り込みとRFP(提案依頼書)作成
収集した情報をもとに、自院の要件に合いそうな候補ベンダーを数社に絞り込みます。そして、候補ベンダーに対してRFPを作成・送付します。
- RFPの目的: 自院の要件、導入スケジュール、予算などをベンダーに伝え、それに基づいた具体的な提案(システム構成、機能、費用、スケジュール、サポート体制など)を求めること。これにより、各ベンダーの提案内容を比較検討しやすくなります。
- RFPに含める主な項目:
- 病院概要(規模、診療科、病床数、患者数など)
- 導入目的と目標
- システムに求められる要件(機能要件、非機能要件、サポート要件など、詳細化したリストを添付)
- 導入スケジュール案、稼働希望時期
- 予算上限
- 提案いただきたい内容(システム構成、機能説明、費用明細、導入プロセス、サポート体制、実績、データ移行方針、セキュリティ対策など)
- 提案書の提出期限、提出方法
- 選定スケジュール(質疑応答、プレゼン、デモ、決定時期など)
- RFP作成時の注意点: 要件は具体的かつ明確に記述し、曖昧な表現は避けます。必須要件と希望要件を区別するなど、ベンダーが提案しやすいように配慮します。
3.4 ベンダープレゼンテーションとシステムデモンストレーション
RFPに基づいて提出された提案書を評価し、特に有力なベンダー数社にプレゼンテーションとシステムデモンストレーションを依頼します。
- 提案書の評価: 提案内容がRFPの要件をどれだけ満たしているか、実現性、コスト、ベンダーの信頼性などを基準に評価します。評価シートを作成し、チームメンバーで共通の基準で評価することが望ましいです。
- プレゼンテーション: ベンダーから提案内容の詳細な説明を受けます。プロジェクトチームからの質疑応答を行い、提案内容の理解を深めます。
- システムデモンストレーション: 実際にシステムを操作している様子を見せてもらい、機能、操作性、画面デザインなどを評価します。できれば、自院の実際の業務シナリオに沿ったデモを依頼し、具体的な操作感を確認することが重要です。医師、看護師、事務職員など、実際にシステムを利用する多様な職種がデモに参加し、それぞれの視点から評価を行います。
- パイロット運用やトライアル: 可能な場合は、限定的な期間や部署でシステムを実際に使ってみるトライアルを実施すると、より現実的な評価ができます。(ただし、これにはベンダー側の協力と準備が必要です)
3.5 病院見学(サイトビジット)
可能であれば、候補システムを実際に導入・運用している他病院を見学させてもらうことは、非常に有効な情報収集手段です。
- 目的: システムの実際の稼働状況、操作性、導入効果、現場の評判、ベンダーのサポート状況などを、生の声として聞くことができます。パンフレットやデモだけでは分からない、現実的な側面を知ることができます。
- 確認事項: どのような部署でどのように利用しているか、導入時の苦労話、良かった点、改善点、ベンダーのサポート体制への評価、システム障害の頻度と対応など。
- 見学先の選定: 自院と規模や診療科構成が近い病院、あるいは特定の課題(例:地域連携、DPC運用)を解決するためにそのシステムを導入した病院などを選ぶと参考になります。
3.6 総合評価とベンダー選定
収集したすべての情報(提案書、プレゼン、デモ、病院見学の結果、ベンダーの信頼性、コストなど)を総合的に評価し、最も自院に適したベンダーを選定します。
- 評価会議: プロジェクトチームで評価会議を開催し、各メンバーの評価を持ち寄り、十分に議論を行います。メリット・デメリットを比較検討し、最終的な判断を行います。
- 選定基準: 事前に定めた要件リストと評価シートに基づき、客観的な基準で評価します。コストも重要な要素ですが、安さだけで選ばず、機能性、サポート体制、将来性なども含めた総合的な価値で判断することが重要です。
- 最終決定: プロジェクトリーダーおよび経営層による最終承認を得て、正式なベンダーを決定します。
3.7 交渉と契約
選定したベンダーと契約内容、費用、スケジュール、保守条件などについて詳細な交渉を行います。
- 契約内容の確認: システムの範囲、機能、カスタマイズ内容、納品スケジュール、支払い条件、保守契約内容(サポート範囲、対応時間、費用、SLA)、データ移行の責任範囲、知的財産権、秘密保持契約、免責事項、契約解除条件などを慎重に確認します。必要に応じて、弁護士や専門家のアドバイスを受けます。
- 費用交渉: 提示された費用について、内容を確認し、交渉を行います。不要な機能やサービスが含まれていないか、他のベンダーと比較して適正かなどを検討します。
- SLA(Service Level Agreement)の締結: システムの稼働率、障害発生時の復旧時間など、サービスの品質に関する合意事項を明確に定めます。
- プロジェクト計画書の作成: ベンダーと協力して、導入プロジェクトの詳細な計画書を作成します。これは、その後の導入フェーズにおける共通の行動指針となります。
この選定フェーズは、多くの時間と労力を要しますが、自院の将来を左右する重要な意思決定プロセスです。焦らず、多角的な視点から慎重に評価を進めることが、後々の後悔を防ぐことに繋がります。
第4章:電子カルテシステムの導入フェーズ
ベンダーとの契約が完了したら、いよいよシステムの構築と導入を実行するフェーズに入ります。計画に基づき、プロジェクトを確実に推進していきます。
4.1 プロジェクト管理体制の構築
ベンダー側と自院側の双方にプロジェクトマネージャーを置き、密に連携を取りながらプロジェクトを推進します。
- 合同プロジェクトチーム: 自院のプロジェクトチームとベンダー側のプロジェクトチームが連携して、合同プロジェクトチームを組成します。
- 定例会議: 週次などの定例会議を設定し、進捗状況の確認、課題の共有、意思決定、リスク管理などを行います。
- 進捗管理ツール: プロジェクト計画書に基づき、ガントチャートなどのツールを用いて進捗を可視化・管理します。
- 課題管理: 発生した課題や問題点をリスト化し、担当者、対応期限、ステータスを管理します。解決に向けたアクションを明確にします。
- 変更管理: プロジェクト途中で要件や計画に変更が必要になった場合、その影響を評価し、正式な承認プロセスを経て変更を行います。無秩序な変更はプロジェクトの遅延や失敗の原因となります。
4.2 システムの設計・構築とカスタマイズ
ベンダーは自院の要件定義や新しい業務フローに基づいて、システムの設定、構築、必要なカスタマイズを行います。
- 基本設定: ユーザーアカウント設定、部門構成設定、マスター設定(診療行為、薬剤、疾患名など)を行います。
- ワークフロー設定: 新しい業務フローに合わせて、システムの入力画面の流れや承認プロセスなどを設定します。
- カスタマイズ: 標準機能では対応できない自院独自の運用や帳票などについて、ベンダーと協力してカスタマイズを行います。過度なカスタマイズは後のバージョンアップや保守を困難にする可能性があるため、必要最小限にとどめることが推奨されます。
- インターフェース開発: 他システム(医事会計、LIS、PACSなど)との連携に必要なインターフェースを開発・設定します。
4.3 データ移行
既存の紙カルテや旧システムからのデータ移行は、最も時間と労力がかかる作業の一つです。
- データ移行方針の決定:
- 移行対象データ: どの期間の、どのようなデータを移行するか(例:過去〇年間のサマリー、現時点の処方・アレルギー情報、直近の検査結果など)。すべての紙カルテを電子データ化するのは現実的ではないため、必要な情報に絞り込むことが一般的です。
- 移行方法: 自動移行、半自動移行(スキャン+OCR+手入力)、手入力など。
- 移行スケジュール: いつからいつにかけて移行作業を行うか。本稼働の直前に行うデータと、前もって移行できるデータを分けます。
- データクレンジング: 移行するデータに誤りや不整合がないか確認し、修正する作業です。旧システムに蓄積されたデータの質が悪い場合、この作業に多大な時間を要します。
- データマッピング: 旧システムと新システムでデータの項目名やコード体系が異なる場合、それらをどのように紐付けるか定義します。
- 移行ツールの開発・利用: ベンダーが提供する移行ツールを利用するか、カスタムツールを開発する場合があります。
- 移行テスト: 少量のデータでテスト移行を行い、データが正しく移行されるか、システムで正しく表示・利用できるかを確認します。本格移行前に複数回実施します。
- 本番移行: 計画に基づき、実際のデータを新システムに移行します。データの量によっては数日かかる場合もあります。移行中はシステムが停止したり、一部機能が制限されたりする可能性があります。
- 移行後のデータ検証: 移行が完了したデータに誤りがないか、計画通りに移行されているかを入念に確認します。
データ移行は、医療安全にも関わる非常に重要な工程です。ベンダーと密に連携し、慎重に進める必要があります。
4.4 ネットワーク・ハードウェア環境の整備
電子カルテシステムを安定稼働させるためのインフラ環境を整備します。
- ネットワーク: 高速かつ安定したネットワーク環境(有線LAN、必要に応じ無線LAN)の構築が必要です。セグメンテーションによるセキュリティ対策も考慮します。
- サーバー: システムを格納するサーバー(オンプレミス型の場合)。性能、容量、冗長化(クラスター構成など)、バックアップ体制を検討します。
- クライアント端末: 医師、看護師、事務職員などが利用するPCやタブレット。システムの推奨スペックを満たす端末を選定します。診察室、病棟、ナースステーション、受付など、必要な場所に配置します。
- プリンター、スキャナー: 必要な場所に設置します。
- セキュリティ機器: ファイアウォール、侵入検知・防御システム(IDS/IPS)、VPN装置などを設置します。
- 電源設備: 停電時でもシステムが一定時間稼働できるよう、無停電電源装置(UPS)や自家発電装置の設置を検討します。
4.5 スタッフへのトレーニング
システムを使いこなせるようになるためには、十分なトレーニングが不可欠です。職種や役割に応じた、実践的なトレーニング計画を立てます。
- トレーニング計画: 誰に、何を、いつ、どのように教えるか。トレーニング対象者(医師、看護師、事務、各コメディカルなど)、トレーニング内容(基本操作、各職種に特化した機能、新業務フロー)、スケジュール、講師(ベンダー、院内トレーナー)、方法(集合研修、eラーニング、OJT)を具体的に計画します。
- トレーニング資料の作成: ベンダーから提供される資料に加え、自院の業務フローに合わせたカスタマイズされた資料を作成すると効果的です。
- 院内トレーナーの育成: ベンダーから研修を受けた院内スタッフが、他のスタッフに教えるトレーナーとなる体制を構築すると、継続的なトレーニングやフォローアップがしやすくなります。
- 職種別・習熟度別トレーニング: 全員に同じ内容を教えるのではなく、医師には診療入力やオーダリングを中心に、看護師には看護記録やバイタル入力を中心に、事務職員には受付・会計・予約などを中心に、それぞれの職種が必要とする機能に特化したトレーニングを行います。また、ITリテラシーや習熟度に合わせて、フォロー体制を変えることも重要です。
- 反復練習の機会提供: システムに触れる機会を増やし、実際に操作に慣れるための練習環境(検証用システムなど)を提供します。
- 質疑応答・サポート体制: トレーニング期間中から、スタッフが疑問点や困ったことを気軽に聞ける体制(ヘルプデスク設置など)を整備します。
トレーニングは、システム導入後も継続的に行う必要があります。新入職者への研修や、システムアップデート時の追加研修なども考慮します。
4.6 システムテスト
システムが設計通りに機能し、安定稼働することを確認するためのテストを徹底的に行います。
- 単体テスト: システムの個々の機能が設計通りに動作するかを確認します。
- 結合テスト: 複数の機能やモジュールを組み合わせた際に、正しく連携して動作するかを確認します(例:オーダリングした検査が検査結果として正しく返ってくるか)。
- システムテスト: システム全体が非機能要件(パフォーマンス、信頼性、セキュリティなど)を満たしているかを確認します。想定される最大負荷をかけたパフォーマンステストなども行います。
- ユーザー受け入れテスト(UAT:User Acceptance Test): 実際にシステムを利用する現場スタッフ(医師、看護師、事務など)が、実際の業務シナリオに沿ってシステムを操作し、要件を満たしているか、使い勝手に問題がないかを確認します。発見された不具合や改善点はベンダーにフィードバックし、修正してもらいます。UATは、現場スタッフの納得感を得るためにも非常に重要な工程です。
- データ移行テスト: 移行したデータが正しくシステムに反映されているかを確認します。(前述)
- 連携テスト: 医事会計システム、LIS、PACSなど、他のシステムとの連携が正しく動作するかを確認します。
テストで発見された不具合は、Go-Liveまでに確実に修正する必要があります。
4.7 稼働準備
システムが完成し、テストも完了したら、いよいよ本稼働に向けた最終準備を行います。
- 本番環境の構築: テスト環境とは別に、本番稼働用のシステム環境を最終的に設定・構築します。
- 最終データ移行: 本稼働直前の最終的なデータ移行(差分データなど)を行います。
- Go-Live計画の策定: どのように本稼働を開始するか、具体的な手順、役割分担、スケジュール、サポート体制などを詳細に計画します。
- 予備計画(コンティンジェンシープラン)の策定: システム障害や予期せぬ問題が発生した場合に備え、紙媒体での運用に戻す手順や、代替手段などを定めます。スタッフ全員がこの計画を理解しておくことが重要です。
- 最終確認: システム、インフラ、データ、トレーニング状況、サポート体制など、すべての準備状況を最終確認します。
導入フェーズは、計画通りに進めるための実行力が求められます。プロジェクトチームが一体となり、ベンダーと密に連携しながら、細部に注意を払って進めることが成功に繋がります。
第5章:Go-Liveとポスト導入サポート
システムが稼働を開始するGo-Liveは、プロジェクトのハイライトであると同時に、最も緊張する瞬間です。そして、稼働後のサポート体制も同様に重要です。
5.1 Go-Liveの実行
策定したGo-Live計画に基づき、システムの稼働を開始します。稼働方式にはいくつかの種類があります。
- 一斉移行(ビッグバン方式): 特定の日から全機能、全部署で一斉に電子カルテに切り替える方式。メリットは切り替え期間が短いこと、新旧システム混在による混乱がないことですが、リスクが高く、事前の準備とサポート体制が徹底されている必要があります。
- 段階移行(フェーズドアプローチ):
- 部署別移行: まず特定の診療科や部署でシステムを導入し、順次他の部署へ広げていく方式。リスクを抑えられ、先行導入部署の経験を活かせるメリットがありますが、新旧システムが混在する期間が発生します。
- 機能別移行: まずオーダリング機能だけを導入し、次に診療記録、看護記録と、機能を段階的に導入していく方式。
- ハイブリッド方式: 上記を組み合わせた方式。例えば、外来から導入を開始し、その後入院、そして救急や手術室など特殊部門へ広げていく、といった形が考えられます。
どの方式を選択するかは、病院の規模、体制、リスク許容度などによって判断します。
- Go-Live時のサポート体制: 稼働開始直後は、現場からの問い合わせやトラブルが集中することが予想されます。
- ベンダーによるオンサイトサポート: ベンダーのSEやサポート担当者が病院に常駐し、操作に関する質問対応、トラブルシューティングを行います。特に稼働直後の数週間は手厚いサポートが必要です。
- 院内ヘルプデスク: 院内のIT担当者や、システムに詳しいスタッフが常駐するヘルプデスクを設置し、一次対応を行います。
- 経験者による支援: 事前トレーニングで育成した院内トレーナーや、比較的早くシステムに慣れたスタッフが、他のスタッフをサポートする体制を整えます。
- トラブルシューティング: 稼働中に発生したシステムエラー、操作ミス、ワークフロー上の問題などを迅速に特定し、対応します。軽微なものから重大なものまで、優先順位をつけて対応します。
- 業務継続計画(BCP)の実行: システム障害が発生し、通常の運用が困難になった場合は、事前に定めたBCPに基づき、紙媒体での記録に戻すなどの代替運用を行います。BCP訓練を事前に実施しておくことも重要です。
Go-Live期間は、現場の混乱を最小限に抑え、スタッフが安心してシステムを利用できるよう、手厚いサポートと迅速な問題解決が鍵となります。
5.2 ポスト導入サポートと運用
システムが安定稼働した後も、継続的なサポートと適切な運用が必要です。
- ヘルプデスク体制: 稼働直後の手厚いサポートが終了しても、継続的にスタッフからの問い合わせに対応できるヘルプデスクが必要です。院内設置、あるいはベンダーへのアウトソースが考えられます。
- 保守・メンテナンス: システムの安定稼働を維持するため、定期的なサーバーメンテナンス、ソフトウェアのアップデート、セキュリティパッチの適用などを行います。ベンダーとの保守契約に基づき実施されます。
- パフォーマンス監視: システムの応答速度や負荷状況などを継続的に監視し、問題があれば対応します。
- セキュリティ監視: 不正アクセスや不審なアクティビティがないか、ログ監視などを実施します。
- アカウント管理: 新入職者・退職者のアカウント発行・削除、権限変更などを適切に行います。
- バックアップとリカバリー: 定期的なデータバックアップを実施し、システム障害発生時にデータを復旧できる体制を維持します。バックアップデータからのリカバリーテストも定期的に行います。
- 法改正・ガイドライン対応: 医療情報システムに関する法改正や新しいガイドラインが出た場合、システムがそれに準拠しているか確認し、必要に応じて改修を行います。
5.3 稼働後の評価と改善
システム稼働後、当初設定した目標が達成されているか評価し、継続的な改善に取り組みます。
- 効果測定: 計画フェーズで設定した目標(記録時間の短縮率、レセプト返戻率、インシデント発生率など)について、データを収集・分析し、達成度を評価します。
- ユーザーからのフィードバック収集: システム利用者(医師、看護師、事務など)から、システムに関する意見や要望、問題点などを定期的に収集します(アンケート、ヒアリング、意見箱など)。
- 業務プロセスの見直し: システム運用を通じて明らかになった非効率な部分や、さらに改善できる点がないか、業務プロセスを継続的に見直します。
- システムの改修・機能追加: 収集したフィードバックや業務プロセスの見直しに基づき、必要に応じてシステムの minor な改修や、費用対効果を見ながら機能追加を検討します。
- 追加トレーニング・フォローアップ: システムの機能が十分に活用されていない場合や、操作に不慣れなスタッフがいる場合は、追加のトレーニングや個別フォローアップを実施します。
- 定着化の推進: システムが単なるツールとしてだけでなく、医療提供の基盤として組織文化に根付くよう、継続的な啓蒙活動や成功事例の共有を行います。
電子カルテ導入は、システムを導入して終わりではなく、そこからが新しいスタートです。継続的な運用管理、改善活動、そしてスタッフのスキルアップを通じて、電子カルテの価値を最大限に引き出す努力が必要です。
第6章:電子カルテの活用レベル向上に向けて
電子カルテは、単に診療情報を記録するだけでなく、そのデータを活用することで、医療機関の質と効率をさらに向上させることができます。
6.1 高度な機能の活用
多くの電子カルテシステムは、基本的な記録機能以外にも様々な高度な機能を備えています。これらの機能を活用することで、より質の高い医療や効率的な業務が可能になります。
- クリニカルパス機能: 標準化された診療計画(クリニカルパス)をシステム上で管理し、患者の状況に合わせて適用・変更することで、質のばらつきを減らし、チーム医療を促進します。
- 意思決定支援システム(CDS: Clinical Decision Support): 患者情報に基づいて、適切な検査や治療法、薬剤などを推奨したり、リスク(アレルギー、相互作用など)を警告したりする機能。医師の判断を支援し、医療ミスを減らします。
- データマイニング・分析ツール: システムに蓄積された大量の診療データを様々な切り口で分析し、疾病構造、治療効果、薬剤の使用状況、患者動態などを把握します。これは、臨床研究、医療の質の評価、経営判断などに役立ちます。
- レポート・帳票作成機能: 複雑な条件に基づいた患者リストの抽出、特定の診療実績に関する集計レポートなど、様々なレポートや帳票を容易に作成できます。
- 音声入力機能の活用: 医師の診察時間を短縮するために、音声入力機能を積極的に活用します。
- モバイル連携: スマートフォンやタブレットからシステムにアクセスし、回診中や移動中に情報を確認したり、記録を入力したりできる機能。医療従事者の柔軟な働き方を支援します。
- 患者ポータル連携: 患者が自身の診療情報の一部(検査結果、薬剤情報、予約情報など)をオンラインで確認できる仕組み。患者の医療への主体的な参加を促し、満足度向上に繋がります。
6.2 継続的な業務改善とデータに基づいたマネジメント
電子カルテによって蓄積されたデータは、単なる記録としてだけでなく、業務改善や経営判断のための貴重な資源となります。
- プロセス改善: 電子カルテの操作ログや業務フロー上のデータ(例:指示入力から実施までの時間、書類作成にかかる時間)を分析し、非効率なプロセスを特定・改善します。
- 医療の質評価(QI: Quality Improvement): 特定の疾患に対する診療ガイドライン遵守率、合併症発生率、入院期間など、様々な指標を電子カルテデータから抽出し、医療の質を客観的に評価します。評価結果に基づき、改善活動を行います。
- 経営戦略立案: 患者数、収益、コスト、診療実績などのデータを分析し、経営状況を正確に把握します。新規診療科の開設、サービスの拡充、コスト削減など、データに基づいた戦略的な意思決定を行います。
- 人員配置の最適化: 診療データや業務量データを分析し、適切な人員配置やシフト管理に役立てます。
- 研究活動の推進: 電子カルテデータは、匿名化・統計処理を行うことで、臨床研究のための貴重なデータソースとなります。
これらの活動を継続的に行うことで、電子カルテは単なる「記録システム」から「戦略的意思決定を支援するプラットフォーム」へと進化します。
6.3 スタッフのスキルアップとエンゲージメント
システムの機能を最大限に活用するためには、スタッフ一人ひとりのスキルアップと、システムに対する肯定的な姿勢(エンゲージメント)が重要です。
- 継続的な研修: システムのアップデート時や新機能導入時に限らず、定期的な操作研修や、特定の機能(例:データ分析、クリニカルパス作成)に関する応用研修を実施します。
- 情報交換会の実施: 各部署のスーパーユーザーやシステムに詳しいスタッフが集まり、活用事例や困ったこと、改善点などを共有する場を設けます。
- 成功事例の共有: 電子カルテ活用によって業務効率が改善された事例、患者ケアの質が向上した事例などを院内全体で共有し、他のスタッフのモチベーションを高めます。
- システム改善への参加: 現場スタッフからの意見や要望をシステム改善に反映させる仕組みを構築し、自分たちのシステムであるという意識を醸成します。
- 表彰制度: 電子カルテを積極的に活用し、業務改善や医療の質向上に貢献したスタッフを表彰するなど、モチベーションを高める取り組みも有効です。
第7章:電子カルテの未来と今後の考慮事項
電子カルテシステムは、技術の進化や社会のニーズの変化に伴い、常に進化し続けています。今後の動向を理解しておくことは、長期的な視点でシステムの活用を考える上で重要です。
7.1 クラウドベースEMRの普及
従来、電子カルテシステムは病院内にサーバーを設置するオンプレミス型が主流でしたが、近年はクラウド型(ASP/SaaS形式)の普及が進んでいます。
- メリット:
- 初期投資を抑えられる(ハードウェア購入が不要)。
- システム運用・保守の手間をベンダーに任せられる。
- 物理的な災害リスクを分散できる。
- 比較的短期間で導入できる。
- システムアップデートが容易。
- デメリット:
- 毎月の利用料が発生する(ランニングコスト)。
- カスタマイズの自由度が低い場合がある。
- インターネット接続が必須。
- ベンダーへの依存度が高い。
- データの保管場所やセキュリティに関する懸念(ベンダー選定で要確認)。
- 考慮事項: 医療情報に関するクラウドサービス利用のガイドラインや、ベンダーのセキュリティ対策(ISMAPなど第三者認証の取得状況)を十分に確認する必要があります。
7.2 相互運用性(Interoperability)の向上と地域医療連携
患者の医療情報を異なる医療機関やシステム間でスムーズに共有できる「相互運用性」は、地域医療連携や患者中心の医療を実現する上で極めて重要です。
- 現状の課題: ベンダーごとにデータ形式や連携方式が異なるため、異なる電子カルテシステム間での情報共有は容易ではありません。
- 今後の展望:
- 標準規格の推進: HL7 FHIRなどの国際標準や、日本国内での標準化(例:SS-MIX2標準化ストレージ、マイナ保険証を活用した医療情報閲覧システム「MINE」)が進められています。これらの標準に準拠したシステムを選択することが、将来的な連携の可能性を高めます。
- 地域医療連携ネットワーク: 地域の病院、診療所、薬局などが連携して患者情報を共有するネットワークの構築が進んでいます。電子カルテシステムがこれらのネットワークに接続できるかが重要になります。
- PHR(Personal Health Record)連携: 患者自身が自身の健康情報を管理・活用できるPHRサービスと電子カルテが連携することで、患者主体の医療が推進される可能性があります。
7.3 AI(人工知能)と機械学習の活用
AI技術は、電子カルテの機能をさらに高度化させる可能性を秘めています。
- 診断支援: 過去の大量の症例データや画像データに基づき、AIが診断の候補や可能性を提示することで、医師の診断を支援します。
- リスク予測: 患者のデータから、特定の疾患の発症リスク、重症化リスク、入院期間などを予測します。
- 画像診断支援: 放射線画像や病理画像などをAIが解析し、病変の検出や特徴抽出を支援します。
- 音声認識の精度向上: より自然な会話での入力や、専門用語の正確な認識が可能になります。
- 自動要約・文書作成支援: 診察内容や記録を自動的に要約したり、書類作成を支援したりすることで、医師の負担を軽減します。
- 業務効率化: AIを活用した予約スケジューリングの最適化、請求漏れの検出なども期待されます。
電子カルテシステムにAI機能が組み込まれたり、外部のAIサービスと連携したりすることが、今後ますます進むと予想されます。
7.4 テレメディシン(遠隔医療)との連携
遠隔医療の普及に伴い、電子カルテと遠隔診療システムとの連携が不可欠となっています。
- 連携のメリット: 遠隔診療で得られた患者情報(問診内容、画像、バイタルデータなど)を電子カルテに自動で記録したり、電子カルテ上の患者情報を参照しながら遠隔診療を行ったりすることで、シームレスな診療プロセスを実現します。
- 今後の方向性: 電子カルテベンダー自身が遠隔診療機能を提供したり、標準的なAPIを通じて外部の遠隔診療システムと容易に連携できるようになったりすることが期待されます。
7.5 サイバーセキュリティリスクの増大と対策の強化
医療データは非常に機微であり、サイバー攻撃の標的となりやすいため、セキュリティ対策の重要性は今後ますます高まります。
- リスク: ランサムウェアによるシステム停止と身代金要求、不正アクセスによる患者情報漏洩、内部不正によるデータ持ち出しなど。
- 対策の強化:
- 多層防御: ファイアウォール、IDS/IPS、アンチウイルス、不正侵入対策など、複数のセキュリティ対策を組み合わせます。
- アクセス制御とログ監視: ユーザーごとに適切なアクセス権限を設定し、操作ログを厳格に監視します。
- データの暗号化: 保存データ、通信データの両方を暗号化します。
- 定期的な脆弱性診断: システムの脆弱性を定期的にチェックし、対応します。
- スタッフへのセキュリティ教育: フィッシング詐欺対策、パスワード管理など、スタッフ一人ひとりのセキュリティ意識向上を図ります。
- BCP/DRP(災害復旧計画)の策定と訓練: 大規模なシステム障害や災害時にも医療を継続するための計画を策定し、定期的に訓練を行います。
- 外部専門家による監査: セキュリティ対策が適切に行われているか、外部の専門家による監査を受けることも有効です。
今後の電子カルテ導入・運用においては、これらの先進技術の動向やセキュリティリスクを常に把握し、将来を見据えたシステム選定や運用計画を立てることが求められます。
結論:電子カルテ導入は変革への旅
電子カルテの導入は、医療機関にとって大きな変革の旅です。それは単に新しいシステムを設置するだけでなく、長年培ってきた文化や業務プロセスを見直し、新しい働き方を受け入れることを意味します。
この旅路には、多額の投資、複雑なプロセス、そして現場の抵抗といった様々な困難が待ち受けています。しかし、本ガイドで詳述したように、これらの困難は、周到な計画、適切なシステム選定、丁寧な導入プロセス、そして稼働後の継続的な努力によって乗り越えることが可能です。
電子カルテが真価を発揮したとき、医療機関はより安全で質の高い医療を提供できるようになり、業務は効率化され、経営は強化されます。そして何よりも、医療従事者が本来集中すべきである「患者と向き合う時間」を増やすことができるようになります。
電子カルテ導入はゴールではなく、より良い医療の実現に向けたスタートラインです。本ガイドが、貴院がこの変革の旅を成功させるための一助となれば幸いです。プロジェクトチームを結成し、目標を明確にし、最適なパートナーを選び、そして全スタッフが一丸となって取り組むこと。それが、電子カルテ導入を成功に導くための最も重要な鍵です。
医療のデジタル化は、日本の医療の未来を拓くための不可欠なステップです。貴院の電子カルテ導入プロジェクトが成功し、地域医療に貢献されることを心より願っています。