【初心者向け】バックブーストコンバーターの仕組みを分かりやすく解説
はじめに:なぜ「電気の電圧を変える」必要があるのか?
私たちの身の回りにある電子機器は、それぞれ必要とする電圧が異なります。スマートフォンはバッテリーから供給される特定の電圧で動作し、ノートパソコンはより高い電圧が必要です。また、家庭用コンセントからは交流100Vが供給されますが、多くの電子機器の内部回路は低い電圧の直流で動いています。
このように、電子機器を動かすためには、供給される電気の電圧を機器が要求する電圧に変換する必要があります。この「電圧を変換する」役割を担うのが、電源回路です。特に、直流(DC)の電圧を別の直流の電圧に変換する回路を「DC-DCコンバーター」と呼びます。
リニアレギュレーターとスイッチングレギュレーター
DC-DCコンバーターにはいくつかの方式がありますが、大きく分けて「リニアレギュレーター」と「スイッチングレギュレーター」があります。
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リニアレギュレーター: 余分な電圧を熱として放出することで、低い電圧を作り出します。回路がシンプルでノイズが少ないというメリットがありますが、電圧差が大きいほど熱として失われるエネルギーが多くなり、効率が悪くなるというデメリットがあります。バッテリー駆動機器など、エネルギー効率が重要な場面には不向きです。
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スイッチングレギュレーター: 高速なスイッチのON/OFFを繰り返し、インダクターやコンデンサーといった部品に一時的にエネルギーを蓄えたり放出したりすることで、効率よく電圧を変換します。回路はリニアレギュレーターより複雑になりますが、非常に高い効率を実現できるため、現代の多くの電子機器で使われています。ノイズが発生しやすいというデメリットがありますが、これはフィルタリングなどの対策で軽減されます。
スイッチングレギュレーターには、電圧を下げる「バックコンバーター」、電圧を上げる「ブーストコンバーター」など、いくつかの種類があります。そして今回詳しく解説するのが、「バックブーストコンバーター」です。
この記事で学ぶこと
この記事では、スイッチングレギュレーターの中でも特に「バックブーストコンバーター」に焦点を当て、その仕組みを初心者の方にも理解できるよう、基礎から丁寧に解説していきます。
- DC-DCコンバーターの基本原理(インダクターやコンデンサーの働き)
- バックブーストコンバーターの回路構成
- 理想的な動作原理(スイッチON/OFF時のエネルギーの流れ)
- 電圧変換比の導出と意味
- 実際の回路における注意点(極性反転、非理想的な要素)
- 設計上の考慮事項
- 応用例
- メリット・デメリット
この記事を読み終える頃には、バックブーストコンバーターがなぜ、そしてどのように電圧を変換できるのか、その基本的な仕組みを理解できているはずです。さあ、電気回路の面白い世界へ一歩踏み出しましょう。
DC-DCコンバーターの基本原理を理解しよう
バックブーストコンバーターの仕組みを理解するためには、いくつかの基本的な電気部品の働きを知っておく必要があります。特に重要なのが「インダクター(コイル)」と「コンデンサー」、そして「スイッチ」と「ダイオード」です。
1. インダクター(コイル)の働き
インダクターは、電流の変化を妨げる性質を持つ部品です。電流が流れ始めようとすると、それを妨げる方向に電圧が発生し、電流が止まろうとすると、それを維持しようとする方向に電圧が発生します。この性質は「自己誘導」と呼ばれます。
最も重要なのは、インダクターがエネルギーを磁気の形で蓄えることができる点です。電流が流れると磁場が発生し、その磁場にエネルギーが蓄えられます。電流が遮断されるなどして磁場が変化すると、蓄えられたエネルギーを電圧として放出します。このとき発生する電圧は、元の電圧よりも高くなることがあります。
例えるなら、インダクターは「水の流れを一定に保とうとするポンプ」のようなものです。急に流れを増やそうとすると抵抗し、急に止めようとすると流れを続けさせようとします。また、ある量の水を汲み上げて一時的に貯めておき、必要に応じて放出する「水タンク」のような側面もあります。
DC-DCコンバーターでは、この「エネルギーを蓄えて、必要に応じて放出する」というインダクターの性質を利用して電圧を変換します。
2. コンデンサーの働き
コンデンサーは、電気エネルギーを電界の形で蓄える部品です。簡単に言うと、電荷(電気)を貯めるタンクのようなものです。電圧をかけると電荷が蓄えられ、電圧を取り除いても一時的にその電圧を保持しようとします。
DC-DCコンバーターでは、コンデンサーは主に電圧を平滑化する(滑らかにする)ために使われます。スイッチングによって脈打つような電圧が出力されそうになるのを、コンデンサーが電荷を吸収・放出することで、できるだけ一定の直流電圧に近づけます。
例えるなら、コンデンサーは「脈動する水流を滑らかにするダム」のようなものです。水位(電圧)が上がると水を貯め込み、水位が下がると貯めた水を放出することで、下流の水位(電圧)の変動を抑えます。
3. スイッチの働き
スイッチングレギュレーターの名の通り、電気の流れを高速にON/OFFする「スイッチ」が不可欠です。実際には、MOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスター)のような半導体素子が使われます。これらの素子は、外部からの小さな電気信号によって、電流を流したり止めたりするスイッチの役割を非常に高速にこなすことができます。
DC-DCコンバーターでは、この高速スイッチングによってインダクターにエネルギーを蓄積する時間と、そのエネルギーを放出する時間を制御します。この時間の比率が、電圧変換の鍵となります。
4. ダイオードの働き
ダイオードは、電流を一方向にしか流さない性質を持つ半導体素子です。アノードからカソードの方向には電流を流しますが、逆方向にはほとんど電流を流しません。
DC-DCコンバーターでは、スイッチがOFFになったときに、インダクターに蓄えられたエネルギーが回路内の正しい経路(出力側)へ向かうように、電流の向きを制御するためにダイオードが使われます。インダクターがエネルギーを放出する際に発生する電圧によって、ダイオードがONになり、電流を流すといった働きをします。
これらの基本的な部品が、バックブーストコンバーターの中で連携して働くことで、入力電圧に関わらず、出力電圧を高くしたり低くしたりすることができるのです。
バックブーストコンバーターとは何か?その構成を見てみよう
バックブーストコンバーターは、その名の通り、電圧を「下げる(バック)」ことも、「上げる(ブースト)」こともできるDC-DCコンバーターです。ただし、入力電圧に対して出力電圧の極性が反転するという大きな特徴があります。
まずは、バックブーストコンバーターの最も基本的な回路構成を見てみましょう。
図1:バックブーストコンバーターの基本回路(イメージ)
Vin (+) --->o----------------.
| |
| [Load]
| |
(Switch) o---* S (MOSFET) ---o----. Vout (-)
| | | |
| | ----- C_out
| | ---
| | |
o---+---- L ----+----*---- Vin (-) / GND
| | |
| [ ] |
| | |
`-----------*----`---- Vout (+)
D (Diode)
(注:これは回路図の概念をテキストで表現したものです。実際の回路図記号とは異なります。Sはスイッチ、Lはインダクター、Dはダイオード、C_outは出力コンデンサー、Loadは負荷を表します。)
この回路には、以下の主要な部品が含まれています。
- スイッチ (S): 入力電圧側に接続されたスイッチング素子(通常はMOSFET)。高速にON/OFFされます。
- インダクター (L): スイッチのON/OFF経路と、出力回路の間に配置されます。エネルギーを蓄え、放出する役割を担います。
- ダイオード (D): インダクターのエネルギーが出力側へ流れる経路を確保します。インダクターと出力コンデンサーの間に接続されます。
- 出力コンデンサー (C_out): 出力電圧を平滑化し、負荷に安定した電圧を供給します。出力端子に並列に接続されます。
- 負荷 (Load): 電圧変換された電気エネルギーが供給される対象(例:電子回路)。
重要なポイント:極性の反転
図を見て気づくかもしれませんが、出力電圧 Vout のプラス側は入力電圧 Vin のマイナス側(GND)に接続されており、出力電圧 Vout のマイナス側が回路から出ていく形になっています。これはつまり、出力電圧の極性が入力電圧に対して逆になっていることを意味します。
例えば、+5Vの入力電圧から+12Vや+3.3Vなどの正の電圧を作り出す通常のバックやブーストコンバーターとは異なり、バックブーストコンバーターは+5Vの入力から-12Vや-3.3Vといった負の電圧を作り出すのが基本的な動作です。(グランド基準をどこにとるかによって見かけ上の極性は変わりますが、典型的な回路では入力のプラスと出力のマイナスが共通のグランドになります)
この極性反転は、バックブーストコンバーターの大きな特徴であり、利用する際には注意が必要です。
バックブーストコンバーターの動作原理:スイッチのON/OFFで何が起こる?
それでは、この回路がどのようにして電圧を変換するのか、スイッチがONの期間とOFFの期間に分けて詳しく見ていきましょう。最も一般的な動作モードである「連続導通モード(CCM)」で考えます。これは、インダクターに流れる電流がゼロにならず、常に流れ続けている状態です。
スイッチング周期を $T_s$ とし、スイッチがONになっている期間の割合を「デューティ比 (Duty Cycle)」$D$ と呼びます。スイッチON期間は $D \cdot T_s$、スイッチOFF期間は $(1-D) \cdot T_s$ となります。$D$は通常0から1の間の値をとります。
1. スイッチON期間(エネルギー蓄積期間):期間 $D \cdot T_s$
この期間、スイッチ S が閉じられます。
図2:スイッチON期間の電流経路(イメージ)
Vin (+) --->o----------------.
| --------> |
| | |
(Switch) o---* S | |
| | | |
| | | ----- C_out
| | | --- |
| | | | |
o---+---|---- L <----*---- Vin (-) / GND
| | ^ |
| | | |
| | | |
`---|-------*----`---- Vout (+)
D (OFF)
電流は入力電源 Vin から、スイッチ S を通り、インダクター L を経由して、入力電源のマイナス側(GND)へ流れます。
- インダクター (L): 入力電圧 Vin がインダクター L に印加されます。インダクターには電流が流れ始め、時間の経過とともに直線的に増加します。インダクターは磁場としてエネルギーを蓄積します。インダクターにかかる電圧は $V_L = V_{in}$ です。(厳密にはスイッチのON抵抗や配線抵抗の影響を受けますが、理想的な場合として無視します。)
- スイッチ (S): ONになっているので、電流を流します。
- ダイオード (D): インダクターの左側(カソード側)は Vin (> 0) に近く、右側(アノード側)は Vout (-) に近い電圧です。インダクターに Vin が印加されることで、ダイオードのカソード側の電位がアノード側の電位よりも高くなるため、ダイオードは逆バイアスとなり、電流を流しません(OFF状態)。
- 出力コンデンサー (C_out) と負荷 (Load): この期間、出力コンデンサーと負荷は入力電源やインダクターからは切り離されています(ダイオードがOFFのため)。出力コンデンサーに蓄えられた電荷が、負荷に対して電流を供給し、出力電圧 Vout を維持します。このため、出力コンデンサーの電圧は徐々に低下します(放電)。
このスイッチON期間におけるインダクターの両端電圧 $V_L$ は、理想的には入力電圧 $V_{in}$ と等しくなります。
$V_L = V_{in}$
インダクターに流れる電流 $I_L$ は、以下の式で表されるように時間と共に増加します。
$V_L = L \frac{dI_L}{dt}$ より、$V_{in} = L \frac{\Delta I_L_{ON}}{\Delta t_{ON}}$
スイッチON期間 ($\Delta t_{ON} = D \cdot T_s$) におけるインダクター電流の増加量 $\Delta I_L_{ON}$ は、
$\Delta I_L_{ON} = \frac{V_{in}}{L} \cdot D \cdot T_s$
2. スイッチOFF期間(エネルギー放出期間):期間 $(1-D) \cdot T_s$
この期間、スイッチ S が開かれます。
図3:スイッチOFF期間の電流経路(イメージ)
Vin (+) --->o
|
| [Load]
| |
(Switch) o---* S (OFF) |
| | ----- C_out
| | --- |
| | | |
o---+---- L <--------*---- Vin (-) / GND
| | |
| ----> |
| | | |
`-------* D *----`---- Vout (+)
| |
`---'---->
インダクター L に蓄えられたエネルギーは、電流を流し続けようとします。スイッチ S は開いているので、電流はインダクター L からダイオード D を通り、出力コンデンサー C_out と負荷 Load へと流れます。回路を一周すると、出力コンデンサーの正極、負荷、出力コンデンサーの負極(Vin (-) / GND)を通ってインダクターの反対側に戻る経路になります。
- インダクター (L): 蓄えられたエネルギーを放出し、電流を流し続けます。電流は時間の経過とともに直線的に減少します。インダクターの右側(アノード側)はダイオードDを介して出力コンデンサーの正極(Vout (+))に接続され、左側(カソード側)はダイオードDを介して出力コンデンサーの負極(Vin (-) / GND)に接続されます。このため、理想的にはインダクターにかかる電圧 $V_L$ は、出力電圧 $V_{out}$ と等しくなります。(ただし、極性が逆転しているため、符号としては $V_L = -V_{out}$ となります。なぜなら電流がインダクターに入る側から出る側に向かって電圧降下を考えるからです。)
- スイッチ (S): 開いているので、電流を流しません。
- ダイオード (D): インダクターが電流を流そうとすることで、アノード側の電位がカソード側よりも高くなるため、ダイオードは順バイアスとなり、電流を流します(ON状態)。このダイオードが、インダクターからの電流が出力側へ向かう経路を確保しています。
- 出力コンデンサー (C_out) と負荷 (Load): インダクターから供給される電流は、出力コンデンサーを充電すると同時に、負荷にも供給されます。これにより、スイッチON期間に放電した出力コンデンサーの電荷が補給され、出力電圧 Vout が負荷に対して安定して供給されます。
このスイッチOFF期間におけるインダクターの両端電圧 $V_L$ は、理想的には出力電圧 $V_{out}$ と等しくなります。ただし、インダクターを流れる電流の向き(スイッチON期間とは逆向き)と、入出力の極性反転を考慮すると、インダクターにかかる電圧は $V_L = V_{out}$ ではなく $V_L = -V_{out}$ と考える方が、インダクター電流の増減を考える上で自然です。多くの教科書では、インダクターの電流が増加する方向を正と定義し、スイッチON期間に正の電圧 $V_{in}$ が印加され、OFF期間には負の電圧 $-V_{out}$ (ただし $V_{out}$ は負の値なので、実質正の電圧 $|V_{out}|$ が逆向きにかかる) が印加されると考えます。ここでは、インダクターにかかる電圧として $V_L = -V_{out}$ (ただし $V_{out}$ は出力端子間の電圧であり、負の値をとる) を用います。
インダクターに流れる電流 $I_L$ は、以下の式で表されるように時間と共に減少します。
$V_L = L \frac{dI_L}{dt}$ より、$-V_{out} = L \frac{\Delta I_L_{OFF}}{\Delta t_{OFF}}$
スイッチOFF期間 ($\Delta t_{OFF} = (1-D) \cdot T_s$) におけるインダクター電流の減少量 $|\Delta I_L_{OFF}|$ は、
$|\Delta I_L_{OFF}| = \frac{-V_{out}}{L} \cdot (1-D) \cdot T_s$
定常状態における電圧変換比の導出
バックブーストコンバーターが安定して動作している状態(定常状態)では、スイッチング周期ごとにインダクターに蓄えられるエネルギーと放出されるエネルギーの量が釣り合っています。これは、インダクターにかかる電圧を1周期にわたって積分するとゼロになる、という原則に基づいています(「電圧-秒バランスの法則」または「フラックスバランスの法則」)。
インダクターの両端電圧 $V_L$ は、スイッチON期間には $V_{in}$、スイッチOFF期間には $-V_{out}$ (ただし $V_{out}$ は負の値) でした。1周期 $T_s$ における電圧-秒面積の合計はゼロになる必要があります。
スイッチON期間の電圧-秒面積 = $V_{in} \cdot (D \cdot T_s)$
スイッチOFF期間の電圧-秒面積 = $(-V_{out}) \cdot ((1-D) \cdot T_s)$
電圧-秒バランスの法則より、これらの合計はゼロです。
$V_{in} \cdot D \cdot T_s + (-V_{out}) \cdot (1-D) \cdot T_s = 0$
$T_s$ はゼロではないので両辺から消去できます。
$V_{in} \cdot D – V_{out} \cdot (1-D) = 0$
この式を $V_{out}$ について解くと、バックブーストコンバーターの電圧変換比が得られます。
$V_{in} \cdot D = V_{out} \cdot (1-D)$
$V_{out} = V_{in} \cdot \frac{D}{1-D}$
ちょっと待って! 極性は?
上で述べたように、バックブーストコンバーターの出力電圧は入力電圧に対して極性が反転します。上の式は符号を含めて考えると混乱しやすいです。一般的には、出力端子間の電圧の絶対値として電圧変換比を表すことが多いです。
出力電圧 $V_{out}$ は負の値をとるので、その絶対値 $|V_{out}|$ を考えましょう。スイッチOFF期間のインダクター電圧は、絶対値で考えると $|V_{out}|$ がかかっています。インダクター電流の減少量を考える際に $|V_L| = |V_{out}|$ を用いると、
スイッチON期間の電圧-秒面積 = $V_{in} \cdot D \cdot T_s$
スイッチOFF期間の電圧-秒面積 = $|V_{out}| \cdot (1-D) \cdot T_s$ (方向を考慮して符号を反転させてから足し合わせるか、絶対値で考えて両期間の電圧-秒面積が等しいとする)
電圧-秒バランス(面積が等しい):
$V_{in} \cdot D \cdot T_s = |V_{out}| \cdot (1-D) \cdot T_s$
$T_s$ を消去して、
$V_{in} \cdot D = |V_{out}| \cdot (1-D)$
したがって、出力電圧の絶対値 $|V_{out}|$ は、入力電圧 $V_{in}$ とデューティ比 $D$ を使って以下のように表されます。
$|V_{out}| = V_{in} \cdot \frac{D}{1-D}$
そして、実際に出力される電圧 $V_{out}$ は極性が反転しているので、
$V_{out} = -V_{in} \cdot \frac{D}{1-D}$
この式が、理想的なバックブーストコンバーターの電圧変換比です。
デューティ比 $D$ と電圧変換の関係
この式 $|V_{out}| = V_{in} \cdot \frac{D}{1-D}$ から、デューティ比 $D$ を変化させると、出力電圧の絶対値がどのように変化するかが分かります。
- $D < 0.5$ の場合: 分子 $D$ は分母 $1-D$ より小さくなります(例: $D=0.4$ のとき $1-D=0.6$、$D/(1-D)=0.4/0.6 \approx 0.67$)。この場合、変換比 $D/(1-D)$ は1より小さくなるため、$|V_{out}| < V_{in}$ となり、降圧として動作します。
- $D = 0.5$ の場合: 分子 $D$ と分母 $1-D$ は等しくなります ($0.5 / 0.5 = 1$)。この場合、変換比は1となり、$|V_{out}| = V_{in}$ となり、入力電圧と同じ絶対値の電圧が出力されます。
- $D > 0.5$ の場合: 分子 $D$ は分母 $1-D$ より大きくなります(例: $D=0.8$ のとき $1-D=0.2$、$D/(1-D)=0.8/0.2 = 4$)。この場合、変換比は1より大きくなるため、$|V_{out}| > V_{in}$ となり、昇圧として動作します。
このように、デューティ比 $D$ を0から1の間で制御することで、入力電圧 $V_{in}$ より低い絶対値の電圧も、高い絶対値の電圧も作り出すことができるのです。これが「バックブースト」と呼ばれる理由です。
バックブーストコンバーターの非理想的な側面
これまでは理想的な部品を使ったバックブーストコンバーターの動作を見てきましたが、実際の部品には抵抗成分やスイッチングに要する時間など、理想とは異なる特性があります。これらの「非理想的な側面」は、コンバーターの性能(特に効率)に影響を与えます。
1. 部品の寄生要素
- スイッチのON抵抗 ($R_{DS(on)}$): MOSFETなどのスイッチング素子には、ON状態のときに電流の流れを妨げる小さな抵抗成分があります。ここに電流が流れると、電力損失($I^2 R$) が発生し、熱になります。
- インダクターの直流抵抗 (DCR): インダクターの巻線には抵抗成分があります。ここでも電流が流れると電力損失が発生します。
- コンデンサーの等価直列抵抗 (ESR): 出力コンデンサーなどには、電流の急峻な変化に対して抵抗のように振る舞う成分があります。これが大きいと、出力電圧のリップル(変動)が大きくなったり、コンデンサー自身が発熱したりします。
- ダイオードの順方向電圧降下 ($V_F$): ダイオードには、電流が流れるときにアノード・カソード間に発生する電圧降下があります(一般的なシリコンダイオードで0.7V程度、ショットキーダイオードで0.3V程度)。この電圧降下によっても電力損失が発生します。
これらの抵抗成分による損失は、電流の大きさに応じて増加します。
2. スイッチング損失
スイッチング素子(MOSFET)やダイオードは、完全に瞬時にON/OFFするわけではありません。ONからOFF、またはOFFからONに切り替わる際には、ON抵抗や順方向電圧降下が発生している間に電流も流れる(または電圧がかかる)時間帯があり、そこで電力損失が発生します。
- MOSFETのスイッチング損失: ON/OFF遷移中に、MOSFETのドレイン-ソース間電圧とドレイン電流が同時にゼロでない時間があり、そこで損失が発生します。スイッチング速度が速いほどこの時間は短くなりますが、完全にゼロにはなりません。また、ゲートを駆動するための電力も必要です。
- ダイオードの逆回復損失: ダイオードが順方向から逆方向に切り替わる際に、瞬間的に逆方向に電流が流れる現象(逆回復)が発生することがあります。このとき、ダイオードには逆方向電圧がかかっているため、ここでも損失が発生します。特にスイッチング周波数が高い場合に顕著になります。
これらのスイッチング損失は、スイッチング周波数が高くなるほど増加します。
3. 効率
理想的なDC-DCコンバーターは電力損失がないため、入力電力と出力電力が等しく、効率100%ですが、上記の非理想的な要素によって、実際のコンバーターでは必ず電力損失が発生し、効率は100%未満となります。効率は、出力電力 / 入力電力 * 100% で計算されます。
効率 η = (V_out * I_out) / (V_in * I_in) * 100%
損失が大きいほど効率は悪くなります。高効率なコンバーターを設計するためには、これらの損失要因を最小限に抑える必要があります。
4. 連続導通モード (CCM) と不連続導通モード (DCM)
これまでの説明は、インダクター電流がスイッチング周期を通して常にゼロより大きい「連続導通モード (CCM)」を前提としていました。しかし、負荷が軽くなったり、入力電圧が高くなったり、デューティ比が小さくなったりすると、インダクター電流がゼロになる時間帯が発生することがあります。これを「不連続導通モード (DCM)」と呼びます。
- DCMの動作: DCMでは、スイッチON期間にインダクター電流が増加し、スイッチOFF期間に減少して、次の周期が始まる前にゼロになります。インダクター電流がゼロの間は、インダクターの両端電圧はゼロになります。
- DCM時の電圧変換比: DCMでの電圧変換比は、CCMの場合とは異なります。DCMではインダクター電流の最小値がゼロになるという条件から電圧変換比が決まります。計算式はCCMよりも複雑になりますが、デューティ比だけでなく負荷電流やインダクタンス値にも依存します。
- CCMとDCMの切り替え: 実際のコンバーターは、負荷条件によってCCMとDCMの間を行き来することがあります。このモード切り替えによって、制御が難しくなったり、出力電圧に予期せぬ変動が生じたりすることがあります。多くの制御ICは、CCMとDCMの両方で安定して動作するように設計されていますが、設計者はどちらのモードで動作するかを考慮する必要があります。特に軽負荷時の効率やリップルはDCMの挙動に左右されます。
一般的に、定格負荷に近い状態ではCCMで動作し、軽負荷になるにつれてDCMへ移行します。どちらのモードで動作するかは、インダクタンス値、スイッチング周波数、入出力電圧、負荷電流によって決まります。
バックブーストコンバーターの制御方法
バックブーストコンバーターは、入力電圧や負荷電流が変動しても、出力電圧を一定に保つ必要があります。このために「フィードバック制御」が用いられます。
1. フィードバック制御の概念
フィードバック制御では、実際に出力されている電圧(Vout)を常に監視します。この実測値と、実現したい目標の出力電圧(基準電圧)を比較し、その差(誤差)を計算します。この誤差がゼロになるように、スイッチングのデューティ比 $D$ を自動的に調整します。
- 出力電圧が高い場合: 目標電圧よりも高い場合、デューティ比 $D$ を小さくすることで、インダクターへのエネルギー蓄積量を減らし、出力電圧を下げるように動作します。
- 出力電圧が低い場合: 目標電圧よりも低い場合、デューティ比 $D$ を大きくすることで、インダクターへのエネルギー蓄積量を増やし、出力電圧を上げるように動作します。
この一連の処理を高速に、繰り返し行うことで、出力電圧は常に目標値に近づけられ、安定した直流電圧が得られます。
2. 制御IC(PWMコントローラー)の役割
このフィードバック制御の中心となるのが、専用の制御用集積回路(IC)です。スイッチングレギュレーター用の制御ICは、主に以下の機能を持っています。
- 誤差増幅器 (Error Amplifier): 出力電圧のフィードバック信号と基準電圧の誤差を増幅します。
- PWMコンパレーター (PWM Comparator): 誤差増幅器からの信号と、一定周波数で繰り返される三角波またはノコギリ波の信号を比較し、スイッチをON/OFFするパルス幅変調(PWM)信号を生成します。このPWM信号のパルス幅(ON時間)が、デューティ比 $D$ を決定します。
- オシレーター (Oscillator): スイッチング周波数を決めるための基準信号(三角波やノコギリ波)を生成します。
- ゲートドライバー (Gate Driver): 生成されたPWM信号の電圧や電流を、MOSFETなどのスイッチング素子を駆動できるレベルに増幅します。
3. 制御方式(簡単に)
スイッチングレギュレーターの制御方式にはいくつか種類がありますが、代表的なものに「電圧モード制御」と「電流モード制御」があります。
- 電圧モード制御: 誤差増幅器が電圧誤差のみを検出し、それに基づいてデューティ比を決定します。比較的シンプルですが、負荷変動に対する応答性やループの安定性(発振しにくさ)に課題がある場合があります。
- 電流モード制御: 電圧誤差だけでなく、インダクターに流れる電流も検出します。インダクター電流の情報を使ってスイッチのON時間を制限することで、負荷変動への応答性が向上したり、制御ループの設計が容易になったりするメリットがあります。より複雑な制御ICが必要になります。
どちらの方式を使うかは、要求される性能やコストによって選択されます。バックブーストコンバーターでも、これらの制御方式を用いた専用ICが広く使われています。
バックブーストコンバーターの設計における考慮事項
バックブーストコンバーターを実際に設計・製作する際には、様々な要素を考慮する必要があります。ここでは主要なものをいくつか紹介します。
1. 仕様の決定
まず、どのような電源が必要なのか、具体的な仕様を明確にします。
* 入力電圧範囲 (Vin_min ~ Vin_max): どのような電源から電力を供給されるか(バッテリーか、別の電源か)。その電圧は変動するか。
* 出力電圧 (Vout): 負荷が必要とする電圧。バックブーストでは負の電圧になります。
* 最大出力電流 (Iout_max): 負荷が最大でどれくらいの電流を消費するか。
* 最大出力電力 (Pout_max): 最大出力電圧と最大出力電流の積。
* 許容できる出力電圧リップル: 出力電圧にどれくらいの変動(AC成分)が許されるか。
* 効率目標: どれくらいの効率を目指すか。
* サイズ・コスト制限: 回路のサイズやコストに制限があるか。
* スイッチング周波数: 設計者が選択できる重要なパラメータの一つです。
2. 部品選定
決定した仕様に基づき、各部品を選定します。部品の定格は、最悪の動作条件(最大入力電圧、最小入力電圧、最大負荷電流など)を考慮して決定する必要があります。
- インダクター (L):
- インダクタンス値: CCMで動作させるかDCMで動作させるか、許容できるインダクター電流リップルなどを考慮して決定します。インダクタンス値が小さすぎると電流リップルが大きくなり、大きすぎると部品が大きくなりコストも上がります。
- 飽和電流 (Saturation Current): インダクターに流れる電流がある値を超えると、磁気飽和を起こしてインダクタンス値が急激に低下し、正常に動作しなくなります。予想される最大インダクター電流(最大負荷時、最大入力電圧時、スイッチング電流リップル含む)よりも十分高い飽和電流定格を持つものを選びます。
- RMS電流定格: インダクターの直流抵抗による発熱に関わる定格です。流れる電流の実効値(RMS値)に基づいて、許容温度上昇を超えないものを選びます。
- スイッチング素子 (S – MOSFETなど):
- 耐圧 (Vds_max): スイッチがOFFのときにかかる最大電圧に耐える必要があります。バックブーストコンバーターでは、スイッチOFF時に $|V_{out}| + V_{in}$ という比較的大きな電圧がかかるため、これに十分なマージンを持たせた耐圧定格を持つものを選びます。
- ドレイン電流定格 (Id_max): インダクターのピーク電流(最大負荷時、最大インダクター電流リップル含む)に耐える必要があります。
- ON抵抗 ($R_{DS(on)}$): ON抵抗が小さいほど、導通損失が減り効率が向上します。
- スイッチング特性: スイッチング速度が速いほどスイッチング損失が減りますが、ノイズが増える傾向があります。
- ダイオード (D):
- 耐圧 (Vrrm): ダイオードが逆バイアス時にかかる最大電圧に耐える必要があります。スイッチと同様に、バックブーストコンバーターでは最大 $|V_{out}| + V_{in}$ の逆電圧がかかります。
- 順方向電流定格 (If_max): ダイオードに流れる平均電流またはピーク電流に耐える必要があります。
- 順方向電圧降下 ($V_F$): $V_F$ が小さいほど、導通損失が減り効率が向上します。ショットキーダイオードは$V_F$が小さいですが、耐圧が低い傾向があります。
- 逆回復時間 (trr): 高速スイッチングには、逆回復時間の短いダイオード(ファストリカバリーダイオードやショットキーダイオード)が必要です。
- 出力コンデンサー (C_out):
- 容量 (C): 出力電圧リップルを許容範囲内に抑えるために必要な容量を計算します。容量が大きいほどリップルは小さくなりますが、サイズとコストが増加します。
- 等価直列抵抗 (ESR): ESRが出力電圧リップルの主要な原因となることがあります。ESRが小さいコンデンサーを選ぶことが重要です。
- リップル電流能力: スイッチングによって発生するリップル電流に耐えられる定格が必要です。コンデンサーが過熱するのを防ぎます。
- 耐圧: 出力電圧に十分なマージンを持たせた耐圧が必要です。
3. スイッチング周波数の決定
スイッチング周波数は、設計の重要なトレードオフです。
- 高い周波数:
- メリット:インダクターやコンデンサーなどの部品を小さくできるため、回路全体を小型化できます。制御ループの応答速度が速くなり、負荷変動などに対する追従性が向上します。
- デメリット:スイッチング損失が増加し、効率が悪化する傾向があります。ノイズ(EMI/RFI)の問題も発生しやすくなります。
- 低い周波数:
- メリット:スイッチング損失が少なく、効率が高くなります。ノイズの問題も比較的発生しにくいです。
- デメリット:部品が大きくなり、回路が大型化します。応答速度も遅くなります。
通常は数十kHzから数MHzの間で選択されますが、アプリケーションの要件(サイズ、効率、コスト、ノイズ規制など)によって最適な周波数は異なります。
4. リップル電圧・電流の低減
出力電圧リップルは、主に出力コンデンサーの容量とESR、およびスイッチング周波数によって決まります。リップルを低減するには、より大容量でESRの低いコンデンサーを使ったり、スイッチング周波数を高くしたりする対策が必要です。入力コンデンサーも、入力側の電圧変動やノイズを抑えるために重要です。
インダクター電流リップルは、インダクタンス値とスイッチング周波数によって決まります。これを抑えるには、インダクタンス値を大きくするか、スイッチング周波数を高くします。しかし、インダクター電流リップルは大きすぎると部品の定格を超えたり損失が増えたりしますが、ある程度のリップルは部品選定や制御のために必要な場合もあります。
5. 熱設計
スイッチング素子、ダイオード、インダクターなど、損失が発生する部品は発熱します。部品の温度が最大定格を超えないように、適切な放熱対策(ヒートシンク、冷却ファン、基板の銅箔パターンによる放熱など)を施す必要があります。
6. 基板レイアウト
部品の配置や配線(パターン)の引き方も、コンバーターの性能に大きく影響します。特に、高速なスイッチング電流が流れるループ(スイッチ、ダイオード、インダクター、コンデンサーを含む部分)は面積を最小限に抑え、太く短く配線することで、寄生インダクタンスや寄生抵抗を減らし、リンギングやノイズの発生を抑えることができます。制御IC周辺の配線も、ノイズを拾いにくいように注意が必要です。
これらの考慮事項は、設計計算とシミュレーション、そして実際に回路を試作して評価することで、最適な設計を追求していきます。
バックブーストコンバーターの応用例
バックブーストコンバーターは、入出力電圧の両方に対して昇圧・降圧が可能という特徴から、様々なアプリケーションで利用されています。また、出力電圧の極性が反転するという性質から、正の入力電圧から負の出力電圧を得たい場合にも適しています。
1. バッテリー駆動機器
バッテリーの電圧は、充電状態によって変動します。例えば、リチウムイオンバッテリー1セルの電圧は、満充電時の約4.2Vから放電終止電圧の約3.0Vまで変化します。このような変動する入力電圧に対して、機器が必要とする一定の電圧(例えば3.3Vや5V)を供給したい場合があります。
- バッテリー電圧が3.0V~4.2Vで変動し、出力として3.3Vが必要な場合:バッテリー電圧が3.3Vより高いときは降圧、低いときは昇圧が必要になります。このような状況にバックブーストコンバーターは最適です。
- バッテリー電圧が3.0V~4.2Vで変動し、出力として5Vが必要な場合:常に昇圧(ブースト)が必要ですが、入力電圧が低いときと高いときで昇圧比を変える必要があります。このような場合もバックブーストコンバーターや、後述するSEPIC/ZETAコンバーターが候補になります。
2. 自動車用電子機器
自動車のバッテリー電圧も、エンジンの始動時や充電システムの状況によって大きく変動します(例:12Vシステムでも、始動時には数Vまで低下したり、過充電時には15V以上になったりします)。車載電子機器は、このような広い入力電圧範囲で安定した動作をする必要があります。バックブーストコンバーターは、このような自動車特有の電源変動に対応するのに有効です。
3. LEDドライバー
複数のLEDを直列に接続して点灯させる場合、合計の順方向電圧(LED一つあたりの順方向電圧の合計)が必要な出力電圧になります。入力電圧がLEDの合計順方向電圧よりも低い場合も高い場合もあるような状況で、効率よく一定電流または一定電圧でLEDを駆動するためにバックブーストコンバーターが使われることがあります。特に、入力電圧が大きく変動する車載用LED照明などで利用されます。
4. 太陽光発電システム
太陽光パネルの出力電圧は、日射量や温度によって大きく変動します。パネルの電圧を追従して最大電力を取り出す制御(MPPT:Maximum Power Point Tracking)を行いながら、後段のシステムが必要とする一定の電圧を作り出すために、バックブーストコンバーターやその派生回路が使われることがあります。
5. 正電圧から負電圧の生成
多くの電子回路は正の電源電圧で動作しますが、オーディオ回路やオペアンプ回路など、負の電源電圧を必要とする場合もあります。入力が正の単一電源しかない場合に、バックブーストコンバーターはその極性反転の特性を利用して、簡単に負の電源電圧を作り出すことができます。
これらの応用例の他にも、ポータブル機器、産業機器など、入力電圧が変動したり、昇圧と降圧の両方が必要だったりする様々な場面でバックブーストコンバーターは活用されています。
バックブーストコンバーターのメリット・デメリット
バックブーストコンバーターはそのユニークな特性から多くの用途がありますが、一方でいくつかのデメリットも存在します。
メリット
- 入出力電圧に関わらず昇圧・降圧が可能: これが最大のメリットです。入力電圧が変動しても、デューティ比を調整することで、入力電圧より高い電圧も低い電圧も作り出すことができます。バッテリー駆動機器など、入力電圧が安定しない用途に特に適しています。
- 回路構成が比較的シンプル: 基本的な構成部品はスイッチ、ダイオード、インダクター、コンデンサーの4つと制御回路です。バックやブーストコンバーターと比較して、部品点数は同程度か少なく、フライバックコンバーターなどと比較すると変圧器が不要な分シンプルです。(ただし、後述するSEPICやZETAコンバーターよりは部品点数が少ないです)
デメリット
- 出力電圧の極性が入力と反転する: 入力が正の電圧であれば、出力は負の電圧になります。正の出力電圧が必要なアプリケーションの場合、回路のグランド基準を工夫するか、後段にレベルシフト回路などを追加する必要があり、設計が複雑になることがあります。単一の正電源から正の昇圧/降圧電圧を得たい場合は、バックブーストコンバーターは直接は使えず、SEPICやZETAコンバーターといった代替回路を検討する必要があります。
- スイッチング素子やダイオードにかかる電圧が高い: スイッチがOFFのときやダイオードが逆バイアスされるとき、これらの部品には入力電圧と出力電圧の絶対値を合計した電圧 ($V_{in} + |V_{out}|$) がかかります。これは、バックコンバーターやブーストコンバーターに比べて高い電圧となることが多く、より耐圧の高い部品が必要になります。これにより、部品の選択肢が狭まったり、コストが高くなったり、ON抵抗が大きい部品を使わざるを得ず効率が低下したりする可能性があります。
- スイッチング損失が大きい傾向がある: スイッチやダイオードにかかる電圧が高いため、スイッチング時の電圧と電流が同時にゼロにならない時間帯における損失が大きくなる傾向があります。特に、入出力電圧差が大きい場合や、スイッチング周波数を高くした場合に顕著になります。
- 入出力電流のリップルが大きい傾向がある: バックコンバーターは入力電流、ブーストコンバーターは出力電流が比較的滑らかですが、バックブーストコンバーターでは、入力電流と出力電流の両方に大きなスイッチングリップルが含まれます。これを低減するために、入出力両方に適切なフィルタ(コンデンサーやLCフィルタ)が必要になり、部品点数やコストが増加する可能性があります。
これらのデメリットがあるため、バックブーストコンバーターは万能ではなく、アプリケーションの要件を慎重に検討し、他のコンバーター方式と比較して最適なものを選ぶ必要があります。
他のDC-DCコンバーターとの比較(簡単に)
バックブーストコンバーターの理解を深めるために、他の代表的なスイッチングDC-DCコンバーターと簡単に比較してみましょう。
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バックコンバーター (Buck Converter):
- 役割: 降圧のみ (Vout < Vin)。出力電圧の極性は入力と同じ。
- 構成: スイッチ、ダイオード、インダクター、出力コンデンサー。
- 特徴: 構成がシンプルで効率が高い。入力電流リップルは大きいが、出力電流は比較的滑らか。
- 用途: マイコンの電源、CPUコア電圧など、より高い電圧から低い電圧を作る多くの一般的な降圧用途。
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ブーストコンバーター (Boost Converter):
- 役割: 昇圧のみ (Vout > Vin)。出力電圧の極性は入力と同じ。
- 構成: スイッチ、ダイオード、インダクター、出力コンデンサー。部品配置がバックと異なる。
- 特徴: 構成がシンプルで効率が高い。入力電流は比較的滑らかだが、出力電流リップルは大きい。
- 用途: バッテリー電圧からより高い電圧を作る、LEDドライバー(昇圧型)など。
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フライバックコンバーター (Flyback Converter):
- 役割: 昇圧、降圧、および絶縁が可能。出力電圧の極性を反転させることも、反転させないことも設計次第。
- 構成: スイッチ、ダイオード、コンデンサー、そして変圧器(トランス)。
- 特徴: 回路構成はバックブーストに似ているが、インダクターの代わりに変圧器を使う点が大きく異なる。変圧器により入出力間の絶縁が可能。多出力も比較的容易。部品点数がやや多い。
- 用途: AC-DCアダプター、絶縁が必要な産業機器、複数の電源電圧が必要なシステム。
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SEPICコンバーター (Single Ended Primary Inductor Converter) / ZETAコンバーター (Zeta Converter):
- 役割: 昇圧、降圧が可能。出力電圧の極性は入力と同じ。
- 構成: スイッチ、ダイオード、出力コンデンサー、2つのインダクター、1つのシリーズコンデンサー。バックブーストより部品点数が多い。
- 特徴: バックブーストコンバーターの「極性反転」という欠点を克服した回路。入力電流リップルも比較的小さい。ただし、部品点数が多く、制御がやや複雑になることがある。
- 用途: バックブーストコンバーターを使いたいが極性反転が許されない場合、入力電圧が広く変動するアプリケーションで正の出力が必要な場合。
このように、スイッチングDC-DCコンバーターには様々な種類があり、それぞれに得意なことと苦手なことがあります。バックブーストコンバーターは、「入力電圧が変動し、かつ昇圧と降圧の両方が必要で、出力の極性が反転しても問題ない、または負の電圧が必要なアプリケーション」において特に有効な選択肢となります。
学習を進めるためのステップ
この記事でバックブーストコンバーターの基本的な仕組みは理解できたと思います。もしさらに深く学びたい場合は、以下のステップを試してみてください。
- 参考書やオンラインリソース: 電源回路に関する専門書や、半導体メーカーが公開しているアプリケーションノート(特定の回路の設計・使い方に関する技術資料)を読む。DC-DCコンバーターの理論や設計手法について、より数学的・工学的な視点から学ぶことができます。
- シミュレーションツールの活用: LTspiceなどの無償または安価な回路シミュレーターを使ってみましょう。この記事で説明したバックブーストコンバーターの回路をシミュレーター上で構築し、スイッチング波形やインダクター電流、出力電圧リップルなどを実際に観察することで、理論との対応関係を視覚的に理解できます。デューティ比や部品定数を変えてみて、どのように波形が変化するかを試すのも有効です。
- 実際に回路を組んでみる: ブレッドボードを使って簡単な回路を組んでみたり、評価ボード(ICメーカーなどが提供する、特定の電源ICを使った評価用の基板)を入手して試してみたりするのも良い経験になります。実際に部品を触り、測定器(オシロスコープなど)を使って波形を観測することで、机上の学習だけでは得られない実践的な感覚を養うことができます。
- 制御ICのデータシートを読む: 興味のあるバックブーストコンバーター用制御ICのデータシートを見てみましょう。機能ブロック図、ピン配置、電気的特性、推奨回路などが記載されています。データシートを読む練習をすることで、実際の製品を理解するための基礎力が身につきます。
これらのステップを通じて、バックブーストコンバーターだけでなく、他のスイッチングレギュレーターや応用回路についても理解を深めていくことができるでしょう。
まとめ:バックブーストコンバーターの役割
この記事では、バックブーストコンバーターの基本的な仕組みを初心者向けに解説しました。
- バックブーストコンバーターは、スイッチングによってインダクターにエネルギーを蓄積・放出することで、入力電圧に関わらず、出力電圧を昇圧または降圧できるDC-DCコンバーターです。
- 最大の注意点は、出力電圧の極性が入力電圧に対して反転するという点です。
- 理想的な電圧変換比は、デューティ比 $D$ を使って $|V_{out}| = V_{in} \cdot \frac{D}{1-D}$ と表されます。$D < 0.5$ で降圧、$D > 0.5$ で昇圧として機能します。
- 実際の回路では、部品の抵抗やスイッチング損失などによって効率は100%にはなりません。また、負荷条件によっては不連続導通モード(DCM)で動作することもあります。
- 出力電圧を一定に保つためには、フィードバック制御によってデューティ比を調整します。この制御は主に専用の制御ICによって行われます。
- 設計においては、入出力仕様、部品の定格選定、スイッチング周波数、リップル対策、熱設計、基板レイアウトなど、様々な要素を考慮する必要があります。
- バッテリー駆動機器、自動車、LEDドライバー、正電圧からの負電圧生成など、入出力電圧が変動し、昇圧・降圧両方の能力が必要なアプリケーションで活用されています。
- 他のコンバーターと比較すると、極性反転というデメリットがありますが、シンプルな構成で昇降圧を実現できるメリットがあります。
バックブーストコンバーターは、そのユニークな特性から特定の用途で重要な役割を果たしています。電源回路は電子回路の中でも奥深く、学ぶほどに面白い分野です。この記事が、あなたが電源回路の世界へ踏み出すための一助となれば幸いです。
これからも、電気回路の学習を楽しんでください!