【決定版】Rust GUIライブラリ徹底比較ガイド


【決定版】Rust GUIライブラリ徹底比較ガイド

はじめに:RustとGUI開発の現状

Rustは、その安全性、パフォーマンス、並行性の高さから、OS、組み込みシステム、ネットワークサービスなど、多くの分野で注目を集め、採用が広がっています。しかし、Rustエコシステムの中で「まだ成熟途上」と言われる領域の一つに、GUI(Graphical User Interface)開発があります。

他の多くの言語(Java, C#, Python, JavaScript, Swift, Kotlinなど)には、成熟したGUIフレームワークや、開発を容易にする豊富なツール、活発なコミュニティが存在します。これらに比べると、RustのGUI開発は選択肢が分散しており、決定的な「これを使えば間違いない」というライブラリがまだ確立されていないと感じる開発者も少なくありません。

なぜRustでのGUI開発は難しいと言われるのでしょうか? そして、現在利用可能なGUIライブラリにはどのようなものがあるのでしょうか? 本記事では、RustでGUIアプリケーションを開発しようと考えている方、あるいはRust GUIの現状を知りたい方を対象に、主要なライブラリを徹底的に比較し、それぞれの特徴、得意なこと、苦手なこと、そしてどのようなプロジェクトに適しているのかを詳細に解説します。

この記事を通じて、あなたのプロジェクトに最適なRust GUIライブラリを見つける手助けができれば幸いです。

Rust GUI開発の一般的な課題

RustでGUI開発を行う際に直面しやすい課題をいくつか挙げます。これらの課題が、Rust GUIエコシステムの現状に影響を与えています。

  1. エコシステムの成熟度と断片化: GUI開発は、ウィンドウ管理、グラフィックスレンダリング、イベント処理、レイアウトシステム、ウィジェットセットなど、多岐にわたる要素が必要です。Rustではこれらのコンポーネントを提供するライブラリが複数存在し、それぞれが独自の設計思想やアプローチを持っています。これにより、選択肢が多い一方で、どのライブラリを選べば良いか分かりにくく、また各ライブラリのエコシステム(ツール、ドキュメント、コミュニティサポート)が他の言語のメジャーなフレームワークほど成熟していない場合があります。
  2. 状態管理の複雑さ: GUIアプリケーションは、ユーザーインタラクションに応じて状態が変化し、それがUIに反映される必要があります。Rustの所有権システムと借用チェッカーは、データ競合を防ぐ強力なメカニズムですが、GUIの複雑な状態管理(特に複数のウィジェット間で共有される状態や、非同期的な状態変化)を安全かつ効率的に扱うには、特定のデザインパターン(例: Elmアーキテクチャ、メッセージパッシング)やライブラリによる工夫が必要になります。
  3. 非同期処理との連携: 最近のGUIアプリケーションは、ネットワーク通信や重い処理をバックグラウンドで行い、UIをブロックしないことが一般的です。Rustの非同期機能(async/await)とGUIイベントループ、状態更新をスムーズに連携させるには、ライブラリ側のサポートや、開発者自身が非同期ランタイムとGUIフレームワークの間の連携を考慮する必要があります。
  4. レンダリングバックエンドの選択肢と移植性: GUIを描画するためには、低レベルなグラフィックスAPI(Vulkan, Metal, DirectX, OpenGLなど)を利用する必要があります。RustのGUIライブラリは、これらのAPIを直接ラップするか、あるいはクロスプラットフォームなグラフィックス抽象化レイヤー(例: wgpu)を利用します。どのバックエンドを選択するかは、パフォーマンス、対応プラットフォーム、開発の容易さに影響します。また、特定のバックエンドに依存すると、移植性が制限される可能性があります。
  5. クロスプラットフォーム対応: 多くのGUIアプリケーションは、Windows, macOS, Linuxといった主要デスクトップOSだけでなく、Web (Wasm)、モバイル (Android, iOS) といったプラットフォームでの動作が求められます。RustのGUIライブラリのクロスプラットフォーム対応状況はまちまちであり、ターゲットとする全てのプラットフォームで期待通りに動作するかを確認する必要があります。ネイティブ外観を再現するか、あるいはカスタム描画で統一感のある外観を実現するかも、ライブラリの設計思想によって異なります。
  6. ツールングの不足: 統合開発環境(IDE)のGUIデザイナーや、WYSIWYGエディタといったGUI開発を補助するツールは、Rustではまだ限定的です。多くの場合、UIはコードで記述する必要があり、デザインと実装の間のフィードバックループが遅くなる可能性があります。

これらの課題を踏まえつつ、現在のRust GUIライブラリがどのようにこれらの問題に取り組んでいるのかを見ていきましょう。

主要なRust GUIライブラリの紹介と比較

ここでは、現在RustでGUI開発を行う上で主要な選択肢となるライブラリ群を詳しく見ていきます。それぞれのライブラリは異なる設計思想に基づいており、得意なことや適したユースケースが異なります。

1. winit + 低レベルグラフィックスAPI (wgpu, vulkano, gliumなど)

これは厳密には単一のGUIライブラリではなく、GUIアプリケーション構築の基礎となる要素を組み合わせるアプローチです。

  • 概要・特徴: winitはクロスプラットフォームなウィンドウ管理ライブラリです。ウィンドウの生成、イベント処理(キーボード、マウス、ウィンドウのリサイズなど)に特化しています。ウィジェット描画やレイアウト機能は持っていません。描画は、DirectX, Vulkan, Metal, OpenGLといった低レベルグラフィックスAPIをRustから扱うライブラリ(wgpu, vulkano, gliumなど)を組み合わせて開発者が自分自身で行います。
  • アーキテクチャ: 提供される機能はプリミティブであり、IMGUIとRetained Modeのどちらのアーキテクチャを採用するかは開発者自身に委ねられます。通常、独自のUIフレームワークをその上に構築することになります。
  • レンダリングバックエンド: 開発者が選択するグラフィックスライブラリに依存します。wgpuはVulkan, Metal, DX12, DX11, OpenGL, WebGPU (Wasm) をサポートするクロスプラットフォームな抽象化レイヤーであり、最も有力な選択肢の一つです。
  • クロスプラットフォーム対応: winit自体は主要なデスクトップOS (Windows, macOS, Linux) およびWeb (Wasm), Android, iOSに対応しています。組み合わせるグラフィックスライブラリの対応状況に依存しますが、wgpuを利用すれば非常に幅広いプラットフォームに対応可能です。
  • 状態管理のアプローチ: ライブラリからの特定のパターン指定はありません。Rustの所有権システムや、必要に応じて共有参照、メッセージパッシングなどを駆使して開発者が独自のロジックを構築します。
  • 開発状況・コミュニティ: winitwgpuともに非常に活発に開発されており、Rustのグラフィックス・ゲーム開発エコシステムにおいて重要な位置を占めています。コミュニティも比較的大きく、情報も得やすいです。
  • 学習コスト・使いやすさ: 高い。ウィンドウ作成やイベント処理はwinitで扱えますが、UIコンポーネント(ボタン、テキストボックスなど)の描画、レイアウト、インタラクションロジックを全て自分で実装する必要があります。これは多くの時間と低レベルグラフィックスプログラミングの知識を要求します。
  • 長所:
    • 最大の柔軟性: UIの見た目や振る舞いを完全に制御できます。
    • 高いパフォーマンス: 不要な抽象化レイヤーがないため、最適化の余地が大きいです。
    • 低レベル機能へのアクセス: グラフィックスAPIの機能を最大限に活用できます。
    • GUI以外の描画(ゲーム、エディタなど)とGUIを統合しやすい。
  • 短所:
    • 開発コストが非常に高い: ウィジェットライブラリ、レイアウトエンジン、イベント処理システムなどをゼロから構築する必要があります。
    • 開発速度が遅い: 定番のUIコンポーネントを実装するだけでも時間がかかります。
    • バグを組み込むリスクが高い: 低レベルでの開発はエラーの可能性を高めます。
  • ユースケース・適しているプロジェクト:
    • カスタム性の高いUIが求められる場合。
    • ゲーム、エディタ、CADソフトなど、GUIと複雑なカスタム描画が密接に連携する場合。
    • 既存のGUIライブラリでは実現できない特定の要件がある場合。
    • GUI開発そのものを深く学びたい場合。

2. gtk-rs

GTK (GIMP Toolkit) は、GNOMEデスクトップ環境で広く使われている、歴史と実績のあるクロスプラットフォームなウィジェットツールキットです。gtk-rsは、このGTKライブラリの公式Rustバインディングです。

  • 概要・特徴: GTKの機能をRustから利用できるようにしたバインディングです。GTKが提供する豊富なウィジェット、レイアウトコンテナ、データモデル、CSSによるスタイル設定などをRustコードで操作できます。ネイティブツールキットのバインディングであるため、そのOSやデスクトップ環境の外観に近いアプリケーションを作成できます(ただし、GTKがネイティブ描画を行うわけではなく、独自のレンダリングエンジンを使用します)。
  • アーキテクチャ: 基本的にはRetained Mode GUIです。ウィジェットツリーを作成し、プロパティを設定することでUIの状態を定義します。イベントはシグナル/スロット機構を通じて処理されます。
  • レンダリングバックエンド: GTKが使用するレンダリングバックエンドに依存します。通常はCairoやOpenGLなどが使用されます。
  • クロスプラットフォーム対応: GTK自体がWindows, macOS, Linuxといった主要デスクトップOSに対応しています。gtk-rsもこれらのプラットフォームで動作します。ただし、macOSではネイティブ感が薄れる場合があり、Windowsでは環境構築が少し煩雑になることがあります。Linux (特にGNOME) では最も自然に動作します。
  • 状態管理のアプローチ: GTKのオブジェクト指向的な設計(GLib Object System)に基づいています。Rustの参照カウント (Rc, Arc) や内部可変性 (RefCell, Mutex) を利用して、複数の箇所からウィジェットの状態にアクセスすることが一般的です。イベント処理はシグナル/スロットパターンを利用します。
  • 開発状況・コミュニティ: GTK自体が非常に成熟しており、gtk-rsのバインディングも積極的にメンテナンスされています。Rustコミュニティ内でも利用者は多く、ドキュメントやサンプルコードも比較的豊富です。
  • 学習コスト・使いやすさ: 中程度。GTKの概念(ウィジェット、コンテナ、シグナル、プロパティなど)を理解する必要があります。GTKの設計思想がC/C++の影響を受けているため、Rustのイディオムとは少し異なるコードスタイルになることがあります。build.rsによるGTKライブラリの検出・リンク設定なども必要になる場合があります。GUIデザイナーとしてGlade (現在はGNOME Builderに統合) を利用することも可能です。
  • 長所:
    • 豊富なウィジェットと機能: GTKが提供する成熟したUIコンポーネントをすぐに利用できます。
    • 安定性と実績: 長年使われているGTKを基盤としているため、安定性が高いです。
    • CSSによるスタイル設定: アプリケーションの見た目を容易にカスタマイズできます。
    • アクセシビリティ対応: GTKが提供するアクセシビリティ機能を利用できます。
    • GUIデザイナーが利用可能 (Glade/GNOME Builder)。
  • 短所:
    • GTKの設計思想への依存: Rustらしい記述から離れることがあります。
    • 環境依存性: GTKライブラリのインストールが必要であり、特にWindowsやmacOSでの配布が少し手間になる場合があります。
    • パフォーマンス: 低レベルなカスタム描画などを行う場合は、直接グラフィックスAPIを扱うよりもオーバーヘッドが大きい可能性があります。
  • ユースケース・適しているプロジェクト:
    • 標準的なデスクトップアプリケーションを開発する場合。
    • Linux (特にGNOME) ユーザーを主なターゲットとする場合。
    • GTKの豊富なウィジェットや機能を利用したい場合。
    • 開発速度を重視し、成熟したUIツールキットを利用したい場合。

3. qt-rust

Qtは、クロスプラットフォームなアプリケーション開発フレームワークとして非常に有名で、特にC++の世界で広く使われています。qt-rustは、QtフレームワークのRustバインディングを提供しようとするプロジェクトです。

  • 概要・特徴: QtのC++ライブラリをRustから利用するためのバインディングです。Qtが提供する強力なウィジェットセット、グラフィックス機能、マルチメディア、ネットワーク、データベースアクセスなど、広範な機能を利用できます。GTKと同様に、Qtは独自のレンダリングエンジンを持ち、多くのプラットフォームで一貫した外観を提供します。
  • アーキテクチャ: Retained Mode GUIです。Qtのオブジェクトモデルに基づき、ウィジェットツリーを構築します。シグナル/スロット機構によるイベント処理が基本です。
  • レンダリングバックエンド: Qtが使用するレンダリングバックエンドに依存します(通常はOpenGL, Vulkan, Metal, DirectXなど)。
  • クロスプラットフォーム対応: Qt自体が非常に幅広いプラットフォーム(Windows, macOS, Linux, Android, iOS,組み込みシステム)に対応しています。qt-rustも理論的にはこれらのプラットフォームをターゲットにできますが、バインディングの完成度や安定性はプラットフォームによって異なる可能性があります。
  • 状態管理のアプローチ: Qtのオブジェクトモデル、特にプロパティシステムとシグナル/スロット機構に基づいています。C++との相互運用が必要になる場合があり、Rustの所有権システムと組み合わせるには注意が必要です。
  • 開発状況・コミュニティ: qt-rustプロジェクトは存在しますが、gtk-rsや他のRustネイティブなGUIライブラリと比較すると、開発の活発さや完成度はまだ発展途上の段階にあることが多いです。(注: 複数のqt-rustバインディングプロジェクトが存在する可能性があり、それぞれの状況は異なります。代表的なものとしては、rust-qtプロジェクトなどがあります。)Qt自体のドキュメントは豊富ですが、Rustバインディングに関する情報は限られる傾向があります。
  • 学習コスト・使いやすさ: 高い。Qtの概念(QObject, ウィジェット、レイアウト、シグナル/スロット、QMLなど)を理解する必要があります。C++ライブラリのバインディングであるため、C++との連携やビルドシステム(CMakeなど)の知識が必要になる場合もあります。
  • 長所:
    • Qtの非常に豊富な機能セットを利用できる: GUIだけでなく、様々なアプリケーションに必要な機能が含まれています。
    • 成熟したフレームワークを基盤としている: 長年の開発実績と安定性があります。
    • クロスプラットフォーム対応範囲が広い(潜在的に)。
    • Qt DesignerなどのGUIデザイナーが利用可能。
  • 短所:
    • バインディングの成熟度: Rustバインディング自体がまだ開発途上である可能性があります。
    • Rustのイディオムとの乖離: C++フレームワークのバインディングであるため、Rustらしい記述から離れることがあります。
    • 環境構築の複雑さ: Qtライブラリ本体のインストールやビルド設定が必要です。
    • バイナリサイズが大きくなる傾向がある。
  • ユースケース・適しているプロジェクト:
    • 既にQtでの開発経験があり、それをRustに移行したい、あるいはRustからQtの機能を利用したい場合。
    • Qtの提供するGUI以外の機能(ネットワーク、データベースなど)も活用したい場合。
    • 広範なプラットフォーム(特に組み込みやモバイル)への対応を目指す場合(ただし、バインディングの対応状況を確認する必要あり)。

4. iced

icedは、Elmアーキテクチャに触発された、ピュアな関数型アプローチを持つクロスプラットフォームなGUIライブラリです。Rustネイティブに設計されており、依存関係が比較的少ないのが特徴です。

  • 概要・特徴: UIの状態を単一のデータ構造で管理し、ユーザーアクションや外部イベントによって発生するメッセージを通じて状態を更新し、その結果としてUIを描画するという、関数型リアクティブプログラミングのパラダイムを採用しています。UIはコードで記述します。レンダリングにはwgpuを利用し、カスタムウィジェットの作成も比較的容易です。
  • アーキテクチャ: Retained Mode GUIですが、その裏側ではElmアーキテクチャに基づいた状態更新ループが動作しています。モデル(アプリケーションの状態)、メッセージ(ユーザーアクションなど)、アップデート(状態を更新するロジック)、ビュー(状態からUIを描画する関数)という構成要素を持ちます。
  • レンダリングバックエンド: wgpuを使用します。これにより、Vulkan, Metal, DX12, DX11, OpenGL, WebGPU (Wasm) をサポートします。カスタムウィジェットの描画には、独自の図形描画API(iced_nativeクレートの一部)を使用します。
  • クロスプラットフォーム対応: 主要なデスクトップOS (Windows, macOS, Linux) に対応しています。また、Web (Wasm) バックエンドもサポートしており、同じコードベースからデスクトップアプリケーションとWebアプリケーションを構築できます。モバイル対応も実験的に進められています。
  • 状態管理のアプローチ: Elmアーキテクチャを採用しています。アプリケーション全体の状態は単一のモデル構造体で保持され、全ての状態変更はメッセージを通じて行われます。これにより、状態の変更が追跡しやすく、デバッグやテストが容易になります。副作用(非同期処理など)は「Command」として表現されます。
  • 開発状況・コミュニティ: 非常に活発に開発されており、Rust GUIライブラリの中でも最も人気があり、注目されているプロジェクトの一つです。GitHubスター数も多く、IssueやPRの活動も盛んです。ドキュメントやサンプルコードも充実し始めています。
  • 学習コスト・使いやすさ: 中程度。Elmアーキテクチャの概念を理解する必要があります。Rustのクロージャやトレイト、非同期処理を理解しているとスムーズに学習できます。UIはコードで記述するため、最初はレイアウトの調整などに慣れが必要です。ウィジェットの種類は、ネイティブツールキットのバインディングに比べるとまだ限られています。
  • 長所:
    • 関数型アプローチによる状態管理の容易さ: 状態の変化が追いやすく、バグの混入を防ぎやすいです。
    • クロスプラットフォーム対応(デスクトップ+Web Wasm)が強力。
    • Rustネイティブな設計で、依存関係が比較的少ない。
    • パフォーマンスが良い: wgpuを利用しており、カスタム描画も最適化しやすいです。
    • カスタムウィジェットの作成が比較的容易。
  • 短所:
    • Elmアーキテクチャへの慣れが必要: 既存のオブジェクト指向的なGUIフレームワークに慣れていると、最初は戸惑うかもしれません。
    • ウィジェットの種類がまだ少ない: 標準的なUIコンポーネントは揃っていますが、特定の高度なウィジェットが必要な場合は、自分で実装する必要があるかもしれません。
    • GUIデザイナーがない。
  • ユースケース・適しているプロジェクト:
    • クロスプラットフォーム(特にデスクトップとWeb)に対応するアプリケーションを開発する場合。
    • 関数型アプローチや状態管理の容易さを重視する場合。
    • カスタム性の高いUIや、独自の描画を行う必要がある場合。
    • 比較的新しい、モダンなGUIライブラリを使いたい場合。

5. egui (easy-gui)

eguiは、Emil Ernerfeldt氏によって開発された、非常にシンプルで使いやすいImmediate Mode GUI (IMGUI) ライブラリです。主にデバッグツール、組み込みツール、ゲーム開発ツールなどでの利用を想定して設計されています。

  • 概要・特徴: 各フレームでUI全体を描画するというIMGUIの特性を持ちます。状態は基本的にウィジェット関数呼び出しの戻り値や引数を通じて即座に処理されます。依存ライブラリが非常に少なく、バックエンドを選ばない設計になっています。手軽さと高速なイテレーションが最大の強みです。
  • アーキテクチャ: Immediate Mode GUI (IMGUI) です。UIの状態は保持されず、毎フレームUIを構築するコードが実行されます。ウィジェット関数は、それが描画されたかどうか、インタラクション(クリックされたかなど)があったかどうかを即座に返します。
  • レンダリングバックエンド: バックエンドに依存しない設計になっており、様々なグラフィックスAPIやレンダリングライブラリ (wgpu, OpenGL, Vulkan, Metal, DirectX, WebGPU, glowなど) 上で動作させるための統合クレート (egui_wgpu, egui_glium, eframeなど) が提供されています。Web (Wasm) 環境でも動作します。
  • クロスプラットフォーム対応: 主要なデスクトップOS (Windows, macOS, Linux) に対応しています。Web (Wasm) 対応も強力です。eframeクレートを利用すると、ネイティブアプリケーションとWebアプリケーションを比較的容易にビルドできます。
  • 状態管理のアプローチ: IMGUIの性質上、ウィジェットの状態(例: テキストボックスの入力値、スライダーの値)は、通常、UIコードを呼び出す側の変数で保持されます。ウィジェット関数はこれらの変数を参照したり、新しい値を書き込んだりします。これにより、UIの状態とアプリケーションの状態が密接に結びつきます。
  • 開発状況・コミュニティ: 非常に活発に開発されており、作者Emil Ernerfeldt氏を中心に精力的に機能追加や改善が行われています。ドキュメントも非常に分かりやすく、サンプルコードも豊富です。コミュニティも成長しており、質問に対する回答も比較的容易に得られます。
  • 学習コスト・使いやすさ: 低い。IMGUIの概念は最初は少し独特ですが、慣れると非常に直感的に感じられます。コード記述量が少なく、素早くUIを構築できます。レイアウトは基本的には自動で行われますが、柔軟なカスタマイズも可能です。
  • 長所:
    • 開発速度が非常に速い: IMGUIの特性により、UIの構築と更新が容易です。
    • 学習コストが低い: シンプルなAPIと明確な概念を持っています。
    • 依存ライブラリが少ない: 軽量で、ビルドも高速です。
    • クロスプラットフォーム対応が強力(特にデスクトップとWeb Wasm)。
    • デバッグ用途やツール開発に最適。
    • バックエンドを選ばない柔軟な設計。
  • 短所:
    • 一般的なアプリケーション開発には向かない場合がある: IMGUIは毎フレームUI全体を再構築するため、非常に複雑なUIや、多数のウィジェットがある場合はパフォーマンスの問題が発生する可能性があります(ただし、eguiは最適化が進んでいます)。
    • 見た目のカスタマイズ性: 標準ではシンプルな外観であり、凝ったデザインを実現するには工夫が必要です。
    • アクセシビリティ機能はまだ限定的かもしれません。
  • ユースケース・適しているプロジェクト:
    • デバッグツール、開発補助ツール、設定画面などを素早く作成したい場合。
    • ゲームやエディタ内のUI(インスペクター、設定ウィンドウなど)。
    • シンプルなGUIアプリケーションやプロトタイピング。
    • RustとWebAssemblyの両方で動作するGUIツールを作成したい場合。
    • 学習目的でGUI開発を始める場合。

6. slint

slint (旧称: fiftytwenty) は、宣言的なUI記述言語と独自のレンダリングエンジンを持つ、クロスプラットフォームなGUIツールキットです。組み込みシステムからデスクトップまでをターゲットとしています。

  • 概要・特徴: .slintという独自の宣言的なUI記述言語でUIの構造、レイアウト、スタイル、振る舞いを定義します。この.slintファイルはビルド時にRustコードにコンパイルされます。レンダリングにはOpenGL, Vulkan, DX11, Skia, Cairoなど、複数のバックエンドを選択できます。商用利用も可能なライセンス(デュアルライセンス: GPLv3または商用ライセンス)を提供しています。
  • アーキテクチャ: 基本的にはRetained Mode GUIですが、宣言的なUI記述言語とデータバインディングにより、ElmアーキテクチャやMVVMに近い考え方で状態を管理できます。
  • レンダリングバックエンド: 独自のレンダリングエンジンを持ち、OpenGL, Vulkan, DX11, Skia, Cairoなどをバックエンドとして利用できます。これにより、様々な環境での動作と高い描画パフォーマンスを目指しています。
  • クロスプラットフォーム対応: 主要なデスクトップOS (Windows, macOS, Linux) に対応しています。Web (Wasm) 対応も可能です。特に組み込みシステムやモバイルデバイスへの対応も強く意識されています。
  • 状態管理のアプローチ: .slint言語内でプロパティを定義し、Rustコードからこれらのプロパティを読み書きすることで状態を管理します。.slint内のウィジェットはこれらのプロパティの変更に反応して自動的に再描画されます。データバインディングの機能も提供されています。
  • 開発状況・コミュニティ: 活発に開発されており、商用利用も視野に入れたプロジェクトとして、積極的に機能開発や改善が行われています。ドキュメントも体系的に整備されています。コミュニティはまだ比較的小さいかもしれませんが、成長途上です。
  • 学習コスト・使いやすさ: 中程度。独自の.slint言語を習得する必要があります。IDEプラグインやVS Code拡張機能が提供されており、シンタックスハイライトや補完が利用できます。デザインとロジックが.slintファイルとRustコードに分離されるため、役割分担がしやすい側面もあります。
  • 長所:
    • 宣言的なUI記述言語による生産性の高さ: UIの構造と見た目を分かりやすく記述できます。
    • 高いクロスプラットフォーム対応力: デスクトップ、Web、組み込み、モバイルなど、幅広いターゲットに対応します。
    • パフォーマンスが良い: 独自のレンダリングエンジンにより、最適化された描画が可能です。
    • 商用利用可能なライセンスオプションがある。
    • デザインとロジックの分離がしやすい。
  • 短所:
    • 独自の.slint言語を習得する必要がある。
    • コミュニティやサードパーティライブラリのエコシステムはまだ発展途上。
    • ネイティブ外観ではなく、カスタム描画となる。
  • ユースケース・適しているプロジェクト:
    • 組み込みシステムやモバイルデバイスを含む幅広いプラットフォームで動作するUIを開発したい場合。
    • 統一感のあるカスタムデザインのUIを実現したい場合。
    • 宣言的なUI記述とデータバインディングを活用したい場合。
    • 商用製品に利用可能なライセンスを探している場合。

7. tauri

tauriは、GUIそのものを描画するライブラリというよりは、Web技術(HTML, CSS, JavaScript)を使ってデスクトップアプリケーションのUIを構築し、バックエンドのロジックをRustで記述するという、Electronに似たアプローチを採用したフレームワークです。

  • 概要・特徴: ネイティブのWebView(OS標準のWebレンダリングエンジン)を利用してUIを表示します。これにより、Web開発の経験があれば、HTML, CSS, JavaScript (またはTypeScript, Vue, React, Angularなどのフレームワーク) を使って容易にUIを作成できます。アプリケーションのバックエンドはRustで記述し、コマンド呼び出しを通じてフロントエンド(WebView)と連携します。Electronと比較して、バンドルサイズが小さく、メモリ使用量が少ないことが大きな特徴です。
  • アーキテクチャ: フロントエンド(WebView上のWeb UI)とバックエンド(Rustプロセス)に分かれたアーキテクチャです。両者間の通信は定義されたAPIを通じて行われます。
  • レンダリングバックエンド: OS標準のWebViewに依存します(例: WindowsではWebView2, macOSではWKWebView, LinuxではWebKitGTKなど)。
  • クロスプラットフォーム対応: 主要なデスクトップOS (Windows, macOS, Linux) に対応しています。Web環境での動作は考慮されていません(WebViewが必須のため)。
  • 状態管理のアプローチ: UI側の状態管理はWebフロントエンド技術(React/Vueの状態管理ライブラリなど)に依存します。Rustバックエンドの状態管理は、アプリケーションの要件に応じて自由に設計できます。フロントエンドとバックエンド間の通信は、非同期のコマンド呼び出しやイベント発行を通じて行われます。
  • 開発状況・コミュニティ: 非常に活発に開発されており、急速にユーザーを増やしています。Electronの軽量な代替として注目されており、コミュニティも拡大しています。ドキュメントも充実しており、様々なフレームワークとの連携例が提供されています。
  • 学習コスト・使いやすさ: 低い(Web開発の経験がある場合)。既存のWeb開発スキルとエコシステム(npm, yarn, webpack, viteなど)をそのまま活用できます。Rustに関しては、バックエンドロジックの実装と、フロントエンドとのAPI連携部分を理解する必要があります。
  • 長所:
    • Web開発の知識と資産を活用できる: 多くの開発者にとって学習コストが低い可能性があります。
    • バンドルサイズが小さい、メモリ使用量が少ない: Electronの課題を克服しています。
    • Rustによるセキュアで高性能なバックエンドを構築できる。
    • OSネイティブ機能へのアクセスを提供(ファイルシステム、通知など)。
    • 非常に活発な開発とコミュニティ。
  • 短所:
    • UIのレンダリングはWebViewに依存するため、パフォーマンスや互換性がOSやWebViewのバージョンに影響される可能性がある。
    • ネイティブウィジェットのような見た目や操作感は得られない(Web UIの見た目になる)。
    • フロントエンドとバックエンド間の通信設計が必要になる。
    • 完全にRustだけで完結するGUIではない。
  • ユースケース・適しているプロジェクト:
    • Web開発の経験があるチーム/開発者がデスクトップアプリケーションを開発したい場合。
    • Electronの代替として、より軽量なソリューションを探している場合。
    • 複雑なUIをWeb技術で効率的に構築したい場合。
    • Rustの高いパフォーマンスと安全性をバックエンドロジックに活用したい場合。

8. makepad

makepadは、独自のレンダリングエンジンと宣言的なUI記述アプローチを持つ、比較的新しいGUIフレームワークです。特に、クロスプラットフォーム性、パフォーマンス、そして美しいカスタムUIの実現を目指しています。

  • 概要・特徴: Metal, Vulkan, DX11, OpenGL, WebGPUといった低レベルグラフィックスAPIを直接利用する独自のレンダリングエンジンを持ちます。UIはRustコードまたは独自のDSL(Domain Specific Language)で記述します。リアルタイムなコード編集とUIのホットリロード機能も提供される予定です。
  • アーキテクチャ: Retained Mode GUIですが、内部的にはシェーダーを活用した効率的な描画を行います。宣言的なUI記述とデータバインディングが中心となります。
  • レンダリングバックエンド: 独自のエンジンがMetal (macOS/iOS), Vulkan (Linux/Android), DX11 (Windows), OpenGL (互換用), WebGPU (Web) をサポートします。
  • クロスプラットフォーム対応: 主要なデスクトップOS (Windows, macOS, Linux), Web (Wasm), モバイル (Android, iOS) といった非常に幅広いプラットフォームへの対応を目指しています。
  • 状態管理のアプローチ: 宣言的なUI記述とデータバインディングにより、状態とUI要素を関連付けます。Rustコードからデータを更新すると、UIが自動的に再描画されます。
  • 開発状況・コミュニティ: 比較的新しいプロジェクトですが、非常に野心的な目標を掲げて活発に開発が進められています。現時点ではまだ開発者向けの段階であり、安定版のリリースはこれからです。コミュニティはまだ小さいですが、徐々に注目を集めています。
  • 学習コスト・使いやすさ: 高い。独自のレンダリングエンジンやUI記述方法を理解する必要があります。まだ開発途上であるため、ドキュメントやサンプルコードも完全ではない可能性があります。
  • 長所:
    • 非常に高いクロスプラットフォーム対応力(特にモバイルを含む)。
    • カスタム描画とパフォーマンスに優れる独自のレンダリングエンジン。
    • 美しいカスタムUIの実現に強い。
    • 将来的な開発体験(ホットリロードなど)に期待。
  • 短所:
    • まだ開発途上であり、APIが変更される可能性がある。
    • コミュニティやドキュメントが限定的。
    • 学習コストが高い。
    • 標準的なウィジェットセットはまだ限定的かもしれない。
  • ユースケース・適しているプロジェクト:
    • デスクトップ、Web、モバイルなど、幅広いプラットフォームで動作するアプリケーションを開発したい場合。
    • 高性能なカスタム描画や美しいUIデザインが重要なプロジェクト。
    • 先進的なGUIフレームワークに挑戦したい場合。
    • 長期的なプロジェクトで、フレームワークの発展とともに開発を進められる場合。

9. fltk-rs

FLTK (Fast Light Toolkit) は、軽量で高速なGUIツールキットです。fltk-rsは、このFLTKライブラリの公式Rustバインディングです。

  • 概要・特徴: 軽量性、高速性、移植性に重点を置いたGUIツールキットです。描画はオペレーティングシステムのグラフィックスプリミティブに大きく依存せず、独自に行います。標準的なウィジェットセットを提供します。
  • アーキテクチャ: Retained Mode GUIです。ウィジェットツリーを構築し、イベントを処理します。
  • レンダリングバックエンド: FLTKが独自の描画エンジンを使用します。多くの場合、低レベルなグラフィックスAPIを直接利用せず、OSが提供する描画関数や、独自にピクセルを描画するアプローチをとります。
  • クロスプラットフォーム対応: 主要なデスクトップOS (Windows, macOS, Linux) に対応しています。非常に移植性が高いことで知られています。
  • 状態管理のアプローチ: FLTKのC++ライブラリに基づいています。コールバック関数やメッセージングを通じてイベントを処理し、ウィジェットの状態を操作します。Rustの所有権システムと組み合わせるには注意が必要です。
  • 開発状況・コミュニティ: fltk-rsバインディングは活発にメンテナンスされています。FLTK自体は非常に歴史のあるツールキットであり、安定しています。Rustコミュニティでの利用者は、他のモダンなライブラリに比べると少ないかもしれませんが、一定数存在します。
  • 学習コスト・使いやすさ: 中程度。FLTKの概念(ウィジェット、コールバック、メッセージなど)を理解する必要があります。APIは比較的シンプルですが、C++ライブラリのバインディングであるため、Rustらしい記述から離れることがあります。
  • 長所:
    • 非常に軽量で高速: アプリケーションの起動が速く、リソース消費が少ないです。
    • 移植性が高い: 多くの環境で動作します。
    • 依存関係が少ない: ビルドが容易です。
    • 安定している: 長年の開発実績があります。
  • 短所:
    • 見た目がやや古めかしい: 標準の外観はモダンなUIとは異なります。
    • カスタマイズ性が限定的: 見た目の変更はあまり柔軟ではありません。
    • ウィジェットの種類が他のメジャーなツールキットに比べて少ないかもしれません。
    • GUIデザイナーはありますが、機能は限定的です。
  • ユースケース・適しているプロジェクト:
    • 軽量性や高速性が求められるユーティリティツールやシンプルなアプリケーション。
    • リソースが限られた環境でのアプリケーション開発。
    • 依存関係を最小限に抑えたい場合。
    • GUIの見た目よりも機能性を重視する場合。

その他・発展途上のライブラリ

上記の主要なライブラリ以外にも、Rust GUIのエコシステムには多くの興味深いプロジェクトが存在します。

  • druid: かつて有力なRustネイティブのGUIライブラリの一つでしたが、現在は開発が停止しています。過去の文脈や、Rust GUIフレームワーク設計の参考として触れられることはあります。独自のRetained Modeアーキテクチャを持ち、データフローに重点を置いていました。
  • azul: CSS風のスタイル設定とWebレンダリングエンジンを参考に設計されたGUIライブラリでしたが、現在はメンテナンスが停止しているようです。
  • ravio: シンプルなImmediate Mode GUIライブラリ。eguiと同様のアプローチですが、より軽量さを追求しています。
  • vizia: 宣言的なUI記述とCSS風のスタイル設定を持つGUIライブラリ。データバインディングにも力を入れています。Retained Mode。
  • xilem: druidの開発者が新たに立ち上げたプロジェクト。よりスケーラブルで高性能なGUIフレームワークを目指しています。Retained Mode。

これらのライブラリは、特定のニッチな用途に適していたり、あるいは将来的に有望な選択肢となる可能性がありますが、現時点では主要な選択肢ほど成熟していないか、開発が停止している場合があります。最新の状況は各リポジトリで確認することをお勧めします。

アーキテクチャの比較: Immediate Mode vs Retained Mode

GUIライブラリのアーキテクチャは、開発者がUIを構築し、状態を管理する方法に大きな影響を与えます。主に以下の2つのモードがあります。

1. Retained Mode GUI (保持モード)

  • 特徴: UI要素(ウィジェット、ボタン、テキストボックスなど)がオブジェクトとしてメモリ上に「保持」されます。開発者はウィジェットツリーを構築し、各ウィジェットのプロパティを設定することでUIの状態を定義します。ウィジェットは内部的に自身の状態を持ち、イベントが発生すると関連するイベントハンドラが呼び出されます。フレームワークは、変更があった部分だけを再描画します。
  • 利点:
    • 状態管理がオブジェクトに紐づけられるため、直感的な場合が多い(特にオブジェクト指向に慣れている場合)。
    • フレームワークが効率的な再描画を管理するため、一般的に大規模で複雑なUIに適しています。
    • GUIデザイナーツールとの親和性が高い。
  • 欠点:
    • ウィジェットツリーの構築と管理にオーバーヘッドがかかります。
    • 状態の変化が複数のウィジェットに影響する場合、依存関係の管理が複雑になることがあります。
    • 低レベルなカスタム描画を行うには、フレームワークが提供する描画APIを利用する必要があり、柔軟性に欠ける場合があります。
  • Rustライブラリ: gtk-rs, qt-rust, iced, slint, fltk-rs, vizia, xilem, (過去の) druid, (過去の) azulなど。

2. Immediate Mode GUI (IMGUI – 即時モード)

  • 特徴: UI要素はオブジェクトとして保持されません。代わりに、毎フレーム、UI全体を描画するコードが実行されます。ウィジェット関数を呼び出すと、そのフレームでのそのウィジェットの見た目とインタラクションが処理されます。ウィジェットの状態(例: ボタンが押されたか、テキストボックスの入力値)は、ウィジェット関数が即座に呼び出し元に返します。状態は開発者自身が外部の変数などで管理する必要があります。
  • 利点:
    • 開発が非常に高速で、イテレーションしやすいです。特にシンプルなUIやデバッグツールに適しています。
    • 状態管理が外部にあるため、UIの状態とアプリケーションの状態を容易に同期できます。
    • 低レベルな描画処理(シェーダーなど)との連携が容易な場合があります。
    • メモリ使用量が少ない傾向があります。
  • 欠点:
    • 毎フレームUI全体を再構築するため、非常に複雑なUIではパフォーマンス問題が発生する可能性があります。
    • アニメーションなどの時間のかかる状態変化を管理するには、開発者自身が状態遷移ロジックを記述する必要があります。
    • GUIデザイナーツールを作るのが難しい。
  • Rustライブラリ: egui, ravioなど。また、winit+低レベルAPIのアプローチでIMGUIを自分で実装することも可能です。

レンダリングバックエンド

Rust GUIライブラリは、画面にUIを描画するために様々なグラフィックスAPIやレンダリングエンジンを利用します。選択されるバックエンドは、パフォーマンス、クロスプラットフォーム性、利用可能な機能に影響します。

  • wgpu: クロスプラットフォームなGPU抽象化レイヤー。Vulkan, Metal, DX12, DX11, OpenGL, WebGPU (Wasm) をサポートしており、Rust GUIライブラリで最も採用が進んでいるバックエンドの一つです(iced, eguiなどが利用)。モダンなAPIであり、将来性があります。
  • Vulkan, Metal, DirectX: OSネイティブな低レベルグラフィックスAPI。非常に高性能ですが、複雑です。Rustからはvulkano, gfx-hal (開発停止), ash (Vulkan), metal-rs (Metal), d3d12 (DX12) などのバインディングを通じて利用できます。winitと組み合わせて独自の描画を行う場合や、makepadのような独自のエンジンで利用されます。
  • OpenGL: 歴史があり、幅広い環境で利用可能なAPIですが、メンテナンスモードに入っており、モダンなGPU機能の利用には限界があります。Rustからはglium (開発停止), glow (軽量ラッパー) などで利用できます。互換性レイヤーとして利用されたり、一部のライブラリでオプションのバックエンドとして提供されたりします(egui, slintなど)。
  • WebGPU: Webブラウザやネイティブアプリケーションで利用可能な新しいクロスプラットフォームなグラフィックスAPI。wgpuクレートがこれを実装しており、RustからWebAssemblyとして動作するGUIアプリケーションを開発する際に重要です。
  • Skia: Googleが開発した2Dグラフィックスライブラリ。Chrome, Android, Flutterなどで利用されています。skia-safeクレートを通じてRustから利用可能です。一部のGUIライブラリ(例: slintのオプションバックエンド)や、独自の描画エンジンで利用されることがあります。高品質な描画を提供します。
  • Cairo: 2Dグラフィックスライブラリ。GTKなどで利用されています。ベクター描画に適しています。cairo-rsクレートを通じてRustから利用可能です。
  • OSネイティブ描画: 一部のツールキット(特に古いものや軽量なもの)は、OSが提供する描画関数を利用したり、CPUでピクセルを計算して描画したりします。これにより移植性が高まることがありますが、高度なグラフィックス機能の利用や、凝った見た目の実現は難しくなります。

クロスプラットフォーム対応の現状

GUIライブラリのクロスプラットフォーム対応は、ターゲットとするOSや環境によって異なります。

  • デスクトップ (Windows, macOS, Linux): 多くのRust GUIライブラリが対応を目指しています。
    • ネイティブツールキットのバインディング (gtk-rs, qt-rust): そのOS/デスクトップ環境で標準的な外観や操作感に近いアプリケーションを作成しやすいですが、特定の環境への依存や、見た目の統一性の課題があります。
    • カスタム描画 (iced, egui, slint, makepad, fltk-rs, winit+API): 独自の描画エンジンを持つため、全てのプラットフォームで一貫した見た目のUIを作成できます。しかし、OSのテーマやアクセシビリティ設定との連携が課題となることがあります。
  • Web (WebAssembly): iced, egui, slint, makepad, winit+wgpuなどがWebAssemblyへのコンパイルとWebブラウザ上での動作をサポートしています。これはRustGUIの大きな強みの一つになりつつあります。
  • モバイル (Android, iOS): まだ多くのライブラリにとって発展途上の領域です。makepadslintはモバイル対応を積極的に進めています。winitもモバイル対応の基盤を提供します。tauriはデスクトップ向けですが、将来的にはモバイルも視野に入れているかもしれません。ネイティブUI要素の利用か、カスタム描画かが主要なアプローチとなります。
  • 組み込みシステム: slint, fltk-rsなどが組み込みシステムでの動作を意識しています。リソース制約が厳しい環境では、軽量なライブラリや独自の描画コードが必要になります。

ツールング・エコシステム

GUI開発の効率には、ライブラリ自体の機能だけでなく、それを支えるツールやエコシステムも重要です。

  • GUIデザイナー: UIをビジュアルに構築できるツールです。gtk-rsはGlade/GNOME Builderを、qt-rustはQt Designerを、fltk-rsはFLUIDを利用できます。RustネイティブのモダンなGUIライブラリでは、まだ専用のGUIデザイナーが整備されていないことが多いです (slintは独自のDSLとVS Code拡張で開発体験を向上させています)。多くの場合、コードでUIを記述する必要があります。
  • IDEサポート: RustのIDE(Rust Analyzerを含むVS Code, IntelliJ IDEAなど)は、基本的なコード補完、エラーチェック、デバッグ機能を提供しますが、GUIライブラリ固有の機能(例: .slintファイルの編集サポート、UIのプレビュー)は、ライブラリ側が提供する拡張機能やツールに依存します。
  • パッケージングと配布: Rustアプリケーションの配布は、他の言語に比べて少し複雑な場合があります。GUIアプリケーションの場合は、依存するライブラリ(特にネイティブツールキットのバインディングやグラフィックスドライバ)も考慮する必要があります。tauriは、アプリケーションバンドルの作成ツールを提供しており、配布を容易にしています。
  • コミュニティとドキュメント: 成熟したコミュニティと充実したドキュメントは、学習や問題解決において非常に重要です。iced, egui, gtk-rs, tauriなどは、比較的豊富な情報源と活発なコミュニティを持っています。

どのライブラリを選ぶか:プロジェクトの要件に基づいた選択ガイド

ここまで見てきたように、各Rust GUIライブラリには明確な長所と短所があり、適したユースケースが異なります。プロジェクトの要件に基づいて、最適なライブラリを選択するためのガイドラインを以下に示します。

  1. 開発速度と手軽さ最優先:

    • egui: シンプルなUI、デバッグツール、ゲーム内UI、プロトタイピングなど、素早くGUIを作成したい場合に最適です。学習コストが低く、依存関係も少ないです。デスクトップとWeb (Wasm) の両方に対応できます。
    • tauri: Web開発の経験がある場合、既存のスキルと資産を活かしてUIを素早く構築できます。Rustはバックエンドとして利用します。軽量なElectron代替として優れています。
  2. ネイティブ外観重視:

    • gtk-rs: 特にLinux (GNOME) ユーザーを主なターゲットとし、標準的なデスクトップアプリケーションの外観や操作感を重視する場合に適しています。
    • qt-rust: Qtの豊富な機能と、幅広いプラットフォームでの見た目の一貫性(Qt独自のスタイルですが)を重視する場合に適しています。ただし、Rustバインディングの成熟度を確認する必要があります。
  3. クロスプラットフォーム性最優先 (デスクトップ+Web Wasm):

    • iced: RustネイティブでElmアーキテクチャを採用しており、デスクトップとWeb (Wasm) の両方で同じコードベースからGUIを構築できます。関数型アプローチに抵抗がなければ非常に強力な選択肢です。
    • egui: デスクトップとWeb (Wasm) 対応が強力で、かつ手軽さも兼ね備えています。複雑なUIでなければ優れた選択肢です。
    • slint: デスクトップ、Web (Wasm)、組み込み、モバイルなど、幅広いターゲットに対応します。独自のDSLとレンダリングエンジンを持ちます。
  4. クロスプラットフォーム性最優先 (モバイルを含む):

    • makepad: デスクトップ、Web、モバイル (Android, iOS) 全てに対応することを目指しています。高性能なカスタム描画が可能です。ただし、まだ開発途上です。
    • slint: デスクトップ、Web、組み込み、モバイルなど、幅広いターゲットに対応します。独自のDSLとレンダリングエンジンを持ちます。商用利用も可能です。
    • winit + 低レベルAPI: 基盤ライブラリはモバイルに対応しています。UIレイヤーを自作する必要がありますが、最も柔軟な対応が可能です。
  5. パフォーマンスとカスタム描画最優先:

    • winit + 低レベルAPI: UIレイヤーをゼロから構築する必要がありますが、低レベルなグラフィックスAPIを直接制御できるため、最高のパフォーマンスと究極の柔軟性が得られます。ゲームやエディタなど、カスタム描画が主体となるアプリケーションに適しています。
    • makepad: 独自の高性能レンダリングエンジンを持ち、カスタム描画に強いです。
  6. 状態管理の容易さ・堅牢性重視:

    • iced: Elmアーキテクチャにより、状態管理のパターンが明確であり、バグの混入を防ぎやすいです。
    • egui: IMGUIの特性により、UIの状態とアプリケーションの状態が密接に連動します。シンプルな状態管理であれば非常に容易です。
    • slint: 宣言的なUI記述と言語レベルでのプロパティ管理により、データバインディングを活用した状態管理が可能です。
  7. 軽量性・リソース消費の少なさ重視:

    • fltk-rs: 非常に軽量で高速なツールキットです。シンプルなユーティリティなどに適しています。
    • egui: 依存関係が少なく、軽量です。
    • tauri: Electronと比較して軽量です。

今後の展望

Rust GUIエコシステムは急速に進化しています。いくつかのトレンドが見られます。

  • モダンなレンダリングバックエンド (wgpu, WebGPU) の採用: 低レベルグラフィックスAPIの複雑さを隠蔽しつつ、高性能な描画とクロスプラットフォーム性を提供するため、wgpuなどの新しい抽象化レイヤーの利用が進んでいます。これにより、特にデスクトップとWeb (Wasm) のコード共有が容易になっています。
  • 宣言的なUIアプローチの普及: Elmアーキテクチャや独自のDSLによる宣言的なUI記述を採用するライブラリが増えています (iced, slint, vizia, makepadなど)。これにより、UIの構造と状態の変化をより分かりやすく記述できるようになり、開発効率とコードの保守性が向上すると期待されます。
  • モバイル対応への挑戦: デスクトップとWebに加えて、AndroidやiOSといったモバイルプラットフォームへの対応を目指すプロジェクトが登場しています (makepad, slint)。これはRust GUIがより幅広いアプリケーション分野に進出するための重要なステップです。
  • ツールングの進化: 宣言的なUI記述をサポートするIDE拡張機能や、ホットリロードといった開発効率を高めるツールが開発されています (slint, makepadなど)。将来的には、より洗練されたGUIデザイナーなども登場する可能性があります。
  • コミュニティの成長と標準化: Rust GUIに関心を持つ開発者が増えるにつれて、知識の共有やベストプラクティスの確立が進むでしょう。一部のライブラリがデファクトスタンダードとして確立される可能性もあります。

Druidのような有力プロジェクトの開発停止は残念でしたが、その経験が新しいプロジェクト (xilem) に引き継がれるなど、Rust GUIコミュニティ全体としては前向きな発展が続いています。GUI開発は複雑な領域ですが、Rustの安全性とパフォーマンスという強みを活かせる魅力的な分野であり、今後の進化が非常に楽しみです。

まとめ:主要ライブラリ比較表と最終的な推奨事項

最後に、主要なRust GUIライブラリの特徴を比較表にまとめ、改めて推奨事項を提示します。

ライブラリ アーキテクチャ レンダリングバックエンド クロスプラットフォーム対応 状態管理アプローチ 学習コスト 開発状況 適したプロジェクト
winit + 低レベルAPI IMGUI/Retained (自作) 選択による (wgpu, Vulkan, Metal, DX, OpenGLなど) デスクトップ, Web(Wasm), モバイル (基盤は対応) 自由 (自作) 活発 カスタム描画主体のアプリ (ゲーム, エディタ), 究極の柔軟性が必要な場合
gtk-rs Retained GTK依存 (Cairo, OpenGLなど) デスクトップ (特にLinux向け) GTKオブジェクトモデル (シグナル/スロット) 活発 標準的なデスクトップアプリ (特にLinux), GTKのウィジェットを活用したい場合
qt-rust Retained Qt依存 (OpenGL, Vulkan, Metal, DXなど) 広範囲 (デスクトップ, モバイル, 組み込みなど) (バインディングによる) Qtオブジェクトモデル (シグナル/スロット, プロパティ) 発展途上 既存Qt資産の活用, Qtの豊富な機能が必要な場合 (バインディングの成熟度注意)
iced Retained (Elmアーキテクチャ) wgpu (Vulkan, Metal, DX, OpenGL, WebGPU) デスクトップ, Web (Wasm) Elmアーキテクチャ (Model, Message, Update, View) 活発 デスクトップ+Webのクロスプラットフォームアプリ, 関数型アプローチを好む場合
egui Immediate Mode バックエンド独立 (wgpu, OpenGL, WebGPUなど多数の統合あり) デスクトップ, Web (Wasm) IMGUIスタイル (ウィジェット呼び出し時の戻り値/引数) 非常に活発 デバッグツール, ゲーム内UI, シンプルなツール, 素早いプロトタイピング
slint Retained (宣言的UI) 独自のエンジン (OpenGL, Vulkan, DX11, Skia, Cairoなど) 広範囲 (デスクトップ, Web, 組み込み, モバイル) 宣言的UI (DSL) とデータバインディング 活発 幅広いプラットフォーム対応 (特に組み込み/モバイル), カスタムデザイン, 商用利用
tauri WebView + Rust バックエンド OSネイティブのWebView デスクトップ UI: Web技術依存, バックエンド: Rust自由設計 (連携API) 低 (Web経験者) 非常に活発 Web開発者がデスクトップアプリを開発, Electronの軽量な代替, Rustで高性能バックエンド
makepad Retained (宣言的UI) 独自のエンジン (Metal, Vulkan, DX11, OpenGL, WebGPU) 広範囲 (デスクトップ, Web, モバイル) 宣言的UI (DSL/Rust) とデータバインディング 開発途上 幅広いプラットフォーム対応, 高性能なカスタム描画, 先進的なUI
fltk-rs Retained FLTK独自 デスクトップ FLTKスタイル (コールバック, メッセージ) 活発 軽量なユーティリティ, リソースが限られた環境, シンプルなUI

最終的な推奨事項(迷ったらこれ!):

  • 素早く簡単なGUIツールやデバッグUIを作りたい、Webでも動かしたい → egui
  • モダンなGUIアプリをRustネイティブで作りたい、デスクトップとWeb両方で動かしたい、関数型アプローチに抵抗がない → iced
  • Web開発の経験を活かしてデスクトップアプリを作りたい、Rustをバックエンドにしたい → tauri
  • 標準的なデスクトップアプリをLinux向けに開発したい、GTKのウィジェットを使いたい → gtk-rs
  • デスクトップ以外の幅広い環境(モバイル、組み込みなど)も視野に入れつつ、カスタムUIを作りたい → slint

RustでのGUI開発はまだ発展途上の面もありますが、各ライブラリがそれぞれの得意分野で着実に進化を遂げています。あなたのプロジェクトの目的、チームのスキルセット、ターゲットプラットフォームなどを考慮し、この記事が最適なライブラリを選択するための一助となれば幸いです。

GUI開発は試行錯誤が伴う領域です。まずはいくつかのライブラリで簡単なサンプルアプリケーションを作成してみることをお勧めします。それぞれのライブラリの設計思想や開発フローを体験することで、自分にとって最もフィットするものが見つかるでしょう。

未来のRust GUIエコシステムは、間違いなく明るいものです。多くの才能ある開発者がこの分野で活動しており、安全で高性能なネイティブGUIアプリケーションをRustで構築することが、これまで以上に現実的になってきています。

Happy coding!


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