【入門】MemcachedとRedisとは?初心者向け比較


【入門】MemcachedとRedisとは?初心者向け徹底比較

はじめに:なぜインメモリデータストアが必要なのか?

現代のWebアプリケーションやサービスにおいて、高速なレスポンスはユーザー体験の質を大きく左右します。しかし、アプリケーションが扱うデータ量は年々増加しており、その全てのデータをハードディスクやSSDに保存されたデータベースから読み書きするには限界があります。

従来のデータベースシステム(リレーショナルデータベースや一部のNoSQLデータベース)は、データの永続性を保証するためにデータをストレージ(HDDやSSD)に書き込みます。ストレージへのアクセスは、CPUやメモリへのアクセスと比較して非常に遅いです。この「ストレージI/O」が、大規模なアプリケーションにおけるパフォーマンスのボトルネックとなることが多々あります。

例えば、多くのユーザーが頻繁にアクセスする情報を毎回データベースから読み込むとどうなるでしょうか? データベースサーバーには高い負荷がかかり、レスポンスタイムが遅延します。これは、ユーザーの離脱やサービス全体の信頼性低下につながりかねません。

この問題を解決するために登場したのが、「インメモリデータストア」です。インメモリデータストアは、その名の通り、データをサーバーのメインメモリ(RAM)上に保持します。RAMへのアクセス速度はストレージに比べて圧倒的に高速です。これにより、頻繁にアクセスされるデータをメモリ上に置くことで、アプリケーションは超高速にそのデータを読み書きできるようになります。

インメモリデータストアは、主に以下の目的で利用されます。

  • キャッシング: データベースのクエリ結果、Webページの断片、セッション情報など、頻繁に読み込まれるが更新頻度の低いデータを一時的にメモリに保存し、次回同じデータが必要になったときにデータベースではなくメモリから読み出すことで、応答速度を向上させ、データベース負荷を軽減します。
  • 高速データストア: 高速な読み書きが求められるデータを直接メモリに保存し、アプリケーションの状態管理やリアルタイム処理に利用します。

インメモリデータストアの代表格として、古くから多くのシステムで利用されている「Memcached」と、より多機能で現代的な「Redis」があります。どちらも「キー(Key)」と「バリュー(Value)」のペアでデータを扱う「キーバリューストア(KVストア)」の一種ですが、その設計思想、機能、得意とするユースケースには違いがあります。

この記事では、プログラミングやインフラに触れ始めたばかりの初心者の方に向けて、MemcachedとRedisがそれぞれどのようなもので、どのような特徴を持ち、どのような違いがあるのかを詳しく解説します。そして、最終的に「どちらを選べば良いのか?」という疑問に答えられるように、それぞれの利点・欠点を比較し、適切な選択の指針を示します。

さあ、超高速なデータアクセスを可能にするインメモリデータストアの世界への扉を開きましょう。

1. インメモリデータストアとは?基本を理解する

MemcachedやRedisについて深く理解する前に、まずインメモリデータストアの基本的な仕組みと概念をしっかりと押さえておきましょう。

1.1. ストレージとメモリの速度差

コンピュータがデータを保存する場所は大きく分けて二つあります。

  • ストレージ: ハードディスクドライブ(HDD)やソリッドステートドライブ(SSD)など。データの永続的な保存に適しており、電源を切ってもデータは消えません。しかし、機械的な動作(HDD)やフラッシュメモリへの書き込み(SSD)が伴うため、CPUやメモリに比べてデータアクセス速度は遅いです。特に、ランダムな位置にあるデータを読み書きする速度は顕著に遅くなります。
  • メモリ (RAM): ランダムアクセスメモリ。CPUが直接データをやり取りする高速な記憶領域です。アクセス速度はストレージと比較して桁違いに高速です。ただし、メモリは「揮発性」であり、サーバーの電源を切るとデータは消えてしまいます。

データベースがストレージにデータを保存するのは、データの永続性が非常に重要だからです。しかし、この永続性のために、データアクセスがストレージ速度に律速されてしまいます。

インメモリデータストアは、この速度のボトルネックを解消するために、頻繁にアクセスするデータをあえてメモリ上に配置します。これにより、データの読み書き速度が劇的に向上します。

1.2. インメモリデータストアの基本的な仕組み

インメモリデータストアの基本的な仕組みはシンプルです。

  1. クライアント(アプリケーションサーバーなど)からデータ要求(取得、保存、更新、削除)が送られてきます。
  2. インメモリデータストアサーバーは、受け取ったキーに対応するデータをメモリ上で探し、操作を実行します。
  3. 操作結果(取得したデータや成功/失敗の応答)をクライアントに返します。

全てのデータ操作がメモリ上で行われるため、ストレージへのアクセスが発生しません(永続化機能を有効にしている場合を除く)。これが高速性の根拠です。

1.3. キャッシングの概念

インメモリデータストアの最も一般的な用途は「キャッシング」です。キャッシングとは、低速なデータソース(この場合はデータベースや外部APIなど)から取得したデータを、高速なアクセスが可能な場所に一時的に保存しておくことで、同じデータへのその後のアクセスを高速化する技術です。

キャッシングを利用する典型的なシナリオは以下の通りです。

  1. アプリケーションが必要なデータを要求します。
  2. まず、インメモリデータストア(キャッシュ)にデータがあるか確認します。
  3. キャッシュヒット: データがキャッシュにあれば、そこからデータを取得して利用します。非常に高速です。
  4. キャッシュミス: データがキャッシュになければ、低速なデータソース(データベースなど)からデータを取得します。
  5. 取得したデータをインメモリデータストアに保存(書き込み)しておきます。
  6. 取得したデータをアプリケーションで利用します。

これにより、一度データベースから取得したデータはキャッシュに保存されるため、次に同じデータが必要になったときはキャッシュから瞬時に取得できるようになります。

キャッシング戦略にはいくつか種類がありますが、Webアプリケーションで最もよく利用されるのは「Cache-Aside(キャッシュ・アサイド)」という戦略です。これは、アプリケーション側がキャッシュとデータベースの両方を管理し、読み込み時にはまずキャッシュを確認し、なければデータベースから読み込んでキャッシュに書き込む、という上記で説明した流れをアプリケーションコードで実装する方式です。MemcachedもRedisも、主にこのCache-Aside戦略で利用されます。

1.4. 永続化(Persistence)の概念

メモリは揮発性であるため、サーバーの再起動や障害が発生すると、メモリ上のデータは失われます。純粋なキャッシュとして利用する場合、データが失われてもバックエンドのデータベースから再度読み込めば良いため、大きな問題にならないこともあります。

しかし、インメモリデータストアをキャッシュとしてだけでなく、セッション情報やランキングデータ、メッセージキューなど、失われては困るデータを保持するために利用したい場合もあります。このようなケースでは、メモリ上のデータをストレージにも保存しておく「永続化(Persistence)」機能が必要になります。

全てのインメモリデータストアが永続化機能を持っているわけではありません。また、永続化にはストレージへの書き込みが発生するため、完全にメモリ上の操作よりも遅くなりますが、データの信頼性を高めることができます。MemcachedとRedisの大きな違いの一つが、この永続化機能の有無とその実現方法です。

2. Memcachedとは?

Memcached(メムキャッシュディー)は、高性能な分散型メモリキャッシュシステムです。2003年にBrad FitzpatrickによってLiveJournalのために開発され、以来、多くの大規模Webサイトやサービスで利用されてきました。シンプルさとスケーラビリティを重視した設計が特徴です。

2.1. 誕生背景と歴史

インターネットが普及し、ユーザー数が増加するにつれて、Webアプリケーションはより多くのデータとユーザーリクエストを処理する必要が出てきました。特に、多くのWebサイトがバックエンドとして利用していたリレーショナルデータベース(MySQLなど)が、読み込みリクエストの増加によりボトルネックとなる問題が頻繁に発生しました。

LiveJournalというソーシャルネットワーキングサービスもこの問題に直面していました。データベースの負荷を軽減するために、頻繁にアクセスされるデータをメモリ上にキャッシュするシステムが必要とされ、そこで開発されたのがMemcachedです。その高い効果とシンプルな設計から、すぐに他の多くのプロジェクトでも利用されるようになり、Facebook、Twitter、Wikipedia、YouTubeなど、世界中の大規模サイトで採用されてきました。

2.2. 基本コンセプト:シンプル、分散型キャッシュシステム

Memcachedの核となるコンセプトは「シンプルで高速な分散型キーバリューストアとしてのキャッシュ」です。

  • シンプルさ: Memcachedは、データを「キー(文字列)」と「バリュー(任意のバイト列)」のペアとして保存する最も基本的なデータ構造(文字列のみ)のみをサポートしています。複雑なデータ型や高度な操作、永続化機能などは持ちません。このシンプルさが、高速な動作と容易な利用につながっています。
  • 高速性: データの操作は全てメモリ上で行われ、ストレージI/Oは発生しません。また、シンプルな設計によりオーバーヘッドが少ないです。
  • 分散型: Memcached自体には、データを複数のサーバーに自動的に分散する機能はありません。しかし、クライアントライブラリ側でキーのハッシュ値に基づいてどのMemcachedサーバーにアクセスするかを決定する仕組み(一貫性ハッシュなど)を実装することで、複数のMemcachedサーバーを連携させ、データを分散させることができます。これにより、キャッシュ容量をスケールアウトさせることが可能です。
  • キャッシュシステム: Memcachedは純粋なキャッシュとして設計されています。メモリ上のデータは、メモリが不足したり一定時間経過したりすると、自動的に削除されます。データの永続性は保証されません。

2.3. 特徴の詳細

Memcachedの主な特徴をさらに詳しく見ていきましょう。

2.3.1. キーバリューストア(KVストア)

Memcachedは典型的なキーバリューストアです。データは常にキーとバリューのペアとして扱われます。

  • キー: データを識別するためのユニークな名前です。文字列である必要があります。
  • バリュー: キーに関連付けられたデータ本体です。Memcachedでは、バリューは任意のバイト列として扱われます。つまり、文字列だけでなく、バイナリデータ(画像の一部、シリアライズされたオブジェクトなど)も保存できます。ただし、Memcachedサーバー自体はバリューの内容を解釈しません。
2.3.2. データの型:文字列(バイト列)のみ

前述の通り、Memcachedがサポートするデータの型は事実上「バイト列」のみです。これはRedisとの最も大きな違いの一つです。数値やリスト、セットなどの複雑なデータ構造をMemcached上で直接操作することはできません。それらを保存したい場合は、アプリケーション側でバイト列(例:JSON形式の文字列、シリアライズデータなど)に変換してから保存し、取得後にアプリケーション側で元のデータ構造に戻す必要があります。

2.3.3. シンプルなコマンドセット

Memcachedのコマンドは非常にシンプルです。代表的なコマンドには以下のようなものがあります。

  • set <key> <flags> <exptime> <bytes>\r\n<value>\r\n: キーに対応するバリューを保存(上書き)します。
    • <flags>: クライアントが任意に設定できるフラグ(通常は0)。
    • <exptime>: 有効期限(秒)。0は永続(ただしメモリ容量による削除あり)。未来のUnix Timeでの指定も可能。
    • <bytes>: バリューのバイト数。
  • add <key> <flags> <exptime> <bytes>\r\n<value>\r\n: キーがまだ存在しない場合にのみバリューを保存します。
  • replace <key> <flags> <exptime> <bytes>\r\n<value>\r\n: キーが既に存在する場合にのみバリューを上書きします。
  • get <key>\r\n: キーに対応するバリューを取得します。
  • delete <key>\r\n: キーに対応するデータを削除します。
  • incr <key> <value>\r\n: 数値として保存されているキーのバリューを増やします。
  • decr <key> <value>\r\n: 数値として保存されているキーのバリューを減らします。

これらのコマンドはテキストプロトコルで行われます。非常に単純なため、プロトコルを理解しやすく、クライアントライブラリも比較的簡単に実装できます。

2.3.4. 分散型の仕組み(クライアントサイドでのハッシュリング)

Memcachedサーバーは、単一のインスタンスとしては動作しますが、複数のインスタンスを協調させて分散キャッシュシステムとして利用するのが一般的です。しかし、Memcachedサーバー自身は他のサーバーと協調する機能を持っていません。

分散化は「クライアントサイド」で行われます。アプリケーションがMemcachedクライアントライブラリを利用してデータにアクセスする際に、クライアントライブラリが以下の処理を行います。

  1. 利用可能なMemcachedサーバーのリストを保持します。
  2. 保存または取得したいデータの「キー」からハッシュ値を計算します。
  3. 計算したハッシュ値に基づいて、どのMemcachedサーバーにアクセスすべきかを決定します。この決定アルゴリズムとして「一貫性ハッシュ(Consistent Hashing)」がよく利用されます。
  4. 決定したサーバーにリクエストを送信します。

この方式の利点は、サーバー側がシンプルであること、クライアント側のロジックだけでスケールアウトが可能な点です。欠点は、サーバーの追加や削除があった場合に、キャッシュの多くの部分が無効になってしまう可能性があることです(一貫性ハッシュを使っても影響は完全にゼロにはなりません)。

2.3.5. スレッドモデル(マルチスレッド)

Memcachedサーバーはマルチスレッドで動作します。複数のクライアントからの接続を複数のワーカースレッドが同時に処理します。これにより、複数のCPUコアを効率的に利用し、高いスループットを実現しています。

2.3.6. メモリ管理(Slab Allocation)

Memcachedは独自のメモリ管理システムである「Slab Allocation」を採用しています。これは、メモリの断片化を防ぎ、効率的にメモリを利用するための仕組みです。

Slab Allocationでは、メモリをいくつかの「Slab Class」に分けます。各Slab Classは、特定のサイズのチャンク(塊)の集まりです。例えば、Slab Class 1は64バイトのチャンク、Slab Class 2は128バイトのチャンク、Slab Class 3は256バイトのチャンク、といった具合に、チャンクサイズはSlab Classごとに大きくなっていきます。

データ(バリュー)を保存する際、Memcachedはそのバリューのサイズに最も近い、しかしそれより小さいチャンクサイズを持つSlab Classを探します。そして、そのSlab Classから利用可能なチャンクを探してデータを保存します。

例えば、100バイトのバリューを保存する場合、Memcachedは128バイトのチャンクを持つSlab Classにデータを格納します。このとき、128バイトのチャンクのうち100バイトがデータに使われ、残りの28バイトは未使用となります。

Slab Allocationの利点:

  • 断片化の抑制: 同じサイズのチャンクが集められているため、OSレベルでのメモリ断片化が起きにくいです。
  • 高速な割り当て: 適切なSlab Classが見つかれば、その中の空きチャンクをすぐに割り当てられるため、メモリ割り当てが高速です。

Slab Allocationの欠点:

  • 内部断片化: バリューのサイズがチャンクサイズに満たない場合、チャンク内に未使用領域が発生します。例えば、65バイトのバリューを128バイトのチャンクに格納すると、63バイトが無駄になります。これにより、メモリ全体としての利用効率が悪くなる可能性があります。
  • メモリのアンバランス: 特定のSlab Classに割り当てられたメモリブロックは、他のSlab Classでメモリが必要になっても融通できません。例えば、Slab Class 1(64バイト)に多くのメモリが割り当てられているが、実際にはほとんど使われておらず、Slab Class 5(1KB)でメモリが不足している、といった状況が発生し得ます。
2.3.7. 永続化機能:なし(純粋なキャッシュ)

Memcachedは基本的に永続化機能を持ちません。サーバーが再起動したり、クラッシュしたりすると、メモリ上のデータは全て失われます。これは、Memcachedがあくまで「キャッシュ」として、バックエンドの永続的なデータソース(データベースなど)の「手前に置いて速度を向上させるためのもの」という設計思想に基づいています。データが失われても、後でデータベースから読み込み直せば良い、という前提に立っています。

このため、Memcachedに保存するデータは、失われても問題ない、あるいはバックエンドから再構築できる一時的なデータに限るべきです。

2.3.8. 機能のシンプルさの利点と欠点
  • 利点:
    • 高速: シンプルな処理とメモリ上での操作により、非常に高速な読み書きが可能です。
    • 軽量: サーバープロセスが軽量で、リソース消費が少ないです。
    • 導入・運用が容易: 機能が少ないため、設定や管理が比較的簡単です。
    • スケーラブル: クライアントサイド分散により、サーバーを追加することで容量やスループットをスケールアウトさせやすいです。
  • 欠点:
    • 機能限定: バイト列以外のデータ構造を扱えないため、用途がキャッシュに限定されがちです。
    • 永続性なし: データの消失リスクがあります。セッション情報など、多少の永続性が必要なデータには向いていません(アプリケーション側で工夫すれば可能ですが、基本的には向かない)。
    • 高可用性: サーバー自身の高可用性機能はありません。特定のサーバーがダウンした場合、そのサーバーに保存されていたキャッシュデータは失われ、クライアントはバックエンドから読み込み直す必要があります。ただし、システム全体が停止するわけではありません。

2.4. Memcachedの主なユースケース

Memcachedのシンプルさと高速性、分散性は、純粋なキャッシングに最適です。

  • データベースクエリ結果のキャッシュ: 最も一般的な利用方法です。頻繁に実行されるSELECTクエリの結果をキャッシュしておき、同じクエリが来た際にはキャッシュから返すことで、データベースの負荷を劇的に軽減します。
  • Webページの断片(フラグメント)キャッシュ: レンダリングに時間のかかるWebページの特定の部分(ヘッダー、フッター、サイドバー、ブログ記事一覧など)をキャッシュしておき、ページの生成を高速化します。
  • セッションストア(一時的): ユーザーのセッション情報を保存するために利用されることもあります。ただし、Memcachedは永続性がないため、サーバー障害時にはセッションが失われる可能性があります。失われても問題ない、あるいはデータベースなどで別途永続化している場合に適しています。
  • APIレスポンスのキャッシュ: 外部APIへのリクエストとそのレスポンスをキャッシュすることで、API呼び出し回数を減らし、パフォーマンスを向上させます。

Memcachedは、シンプルで高速な揮発性キャッシュ層が必要な場合に強力な選択肢となります。

2.5. 簡単な使い方(概念)

Memcachedを使うには、アプリケーション側でMemcachedクライアントライブラリを利用します。

  1. クライアントの初期化: 利用可能なMemcachedサーバーのアドレスリストを指定してクライアントオブジェクトを生成します。
  2. データの保存: set, add, replace などのコマンドを使って、キーとバリューを指定してデータを保存します。有効期限(TTL: Time To Live)も指定できます。
    python
    # Pythonの例 (pylibmcライブラリ)
    import pylibmc
    mc = pylibmc.Client(["127.0.0.1:11211"])
    mc.set("my_key", "my_value", time=3600) # my_keyに"my_value"を1時間キャッシュ
  3. データの取得: get コマンドを使ってキーを指定し、バリューを取得します。キーが存在しない場合や有効期限が切れている場合は何も返されません。
    python
    value = mc.get("my_key")
    if value:
    print(f"Cache Hit: {value}")
    else:
    print("Cache Miss")
    # データベースなどからデータを取得し、キャッシュに保存する
    data = fetch_from_database()
    mc.set("my_key", data, time=3600)
    print(f"Cache Miss: Fetched from DB and cached: {data}")
  4. データの削除: delete コマンドを使ってキーを指定し、データを削除します。
    python
    mc.delete("my_key")

このように、Memcachedとのやり取りは非常に基本的なキーバリュー操作が中心となります。

3. Redisとは?

Redis(レディス)は、「REmote DIctionary Server」の略称で、高性能なオープンソースのインメモリデータ構造ストアです。2009年にSalvatore Sanfilippoによって開発されました。Memcachedと同様に高速なデータアクセスを提供しますが、Memcachedよりもはるかに多くのデータ構造と機能を持っています。

3.1. 誕生背景と歴史

Memcachedは非常に優れたキャッシュシステムでしたが、Salvatore Sanfilippo(別名 antirez)は、より高機能なインメモリデータストアの必要性を感じていました。特に、文字列以外のデータ構造(リスト、セット、ハッシュなど)を直接メモリ上で扱え、さらに永続化機能も持つようなツールが求められていました。

こうした背景からRedisは開発されました。当初からキャッシュとしてだけでなく、メッセージキュー、ランキングシステム、リアルタイム分析など、より多様な用途に利用できることを目指して設計されました。その多機能性と高性能から急速に普及し、現在では多くのWebサービスや分散システムで重要なコンポーネントとして利用されています。

3.2. 基本コンセプト:高機能なインメモリデータ構造ストア

Redisの核となるコンセプトは「高速で多機能なインメモリデータ構造ストア」です。

  • 高速性: Memcachedと同様に、基本的なデータ操作は全てメモリ上で行われるため、非常に高速です。
  • 多機能性: 文字列だけでなく、リスト、セット、ソート済みセット、ハッシュなど、様々なデータ構造をネイティブにサポートし、それぞれのデータ構造に対して豊富な操作コマンドを提供します。
  • インメモリデータ構造ストア: 単なるキーバリューストアとしてだけでなく、バリューがこれらの多様なデータ構造そのものであるため、より複雑なデータ表現や操作を効率的に行うことができます。
  • 永続化: メモリ上のデータをストレージに保存する永続化機能を持ちます。これにより、データの消失リスクを低減できます。
  • 分散と高可用性: レプリケーション、フェイルオーバー、クラスタリングといった、高可用性やスケーラビリティを実現するための機能をサーバー自身が提供します。

3.3. 特徴の詳細

Redisの主な特徴をさらに詳しく見ていきましょう。

3.3.1. キーバリューストア with 多様なデータ構造

Redisも基本的なデータモデルはキーバリューですが、バリューとして以下の多様なデータ構造をネイティブにサポートしている点が最大の特徴です。

  • String (文字列): 最も基本的な型。テキストやバイナリデータを保存できます。数値として扱ってアトミックなインクリメント/デクリメントも可能です。
  • List (リスト): 文字列のリスト。要素の追加(両端または指定位置)、削除、範囲取得、指定インデックスアクセスなどが高速に行えます。キューやスタックとしても利用できます。
  • Set (セット): 文字列のユニークな(重複しない)集合。要素の追加、削除、存在チェック、集合演算(和集合、差集合、積集合)などが可能です。
  • Sorted Set (ZSet / ソート済みセット): 各要素にスコアを持つ文字列の集合。スコアに基づいて要素が自動的にソートされます。ランキングシステムの実装などに適しています。範囲検索(スコアまたは辞書順)、要素のランク取得などが可能です。
  • Hash (ハッシュ): フィールドとバリューのペアの集合。オブジェクトや構造体を表現するのに適しています。ハッシュ全体の取得、特定のフィールドの値の取得/設定などが可能です。
  • Bitmap (ビットマップ): 文字列型をビットの配列として扱い、各ビット(0または1)を操作します。ユーザーのアクティビティ記録(ログインしたか、特定の操作を行ったかなど)などに利用できます。
  • HyperLogLog: 非常に少ないメモリ量で集合のカーディナリティ(要素数)を推定します。ユニークユーザー数のカウントなどに利用できます。
  • Geospatial Indexing: 経度・緯度情報を保存し、指定した地理的な範囲内の要素を検索できます。

これらのデータ構造をサーバー側で効率的に操作できるため、アプリケーション側での処理を減らし、コードをシンプルに保つことができます。

3.3.2. 豊富なコマンドセット

多様なデータ構造に対応するため、Redisは非常に豊富なコマンドセットを持っています。各データ構造に対して専用のコマンドが用意されており、それぞれに適した高速な操作を提供します。

例:

  • String: SET, GET, INCR, DECR, APPEND
  • List: LPUSH, RPUSH, LPOP, RPOP, LRANGE, LINDEX, LTRIM
  • Set: SADD, SMEMBERS, SISMEMBER, SUNION, SINTER
  • Sorted Set: ZADD, ZRANGE, ZRANK, ZSCORE, ZUNIONSTORE
  • Hash: HSET, HGET, HGETALL, HDEL, HKEYS, HVALS

これらのコマンドもテキストプロトコルで行われます。多機能ゆえにコマンド数は多いですが、それぞれの操作は直感的で分かりやすいものが多いです。

3.3.3. マスター・スレーブ(Replication)およびSentinel、Clusterによる高可用性・分散

Redisは、サーバー自身がデータを複製し、高可用性やスケーラビリティを実現するための機能を持っています。

  • Replication(レプリケーション): マスターサーバーのデータを1つ以上のスレーブサーバーにリアルタイムで複製します。これにより、読み込みリクエストをスレーブに分散させて負荷を軽減したり、マスター障害時にスレーブを新しいマスターに昇格させたりすることが可能になります。
  • Sentinel(センチネル): Redisサーバー(マスターおよびスレーブ)を監視し、マスターがダウンした場合に自動的にスレーブの1つを新しいマスターに昇格させる(フェイルオーバー)システムです。Redisの高可用性を実現するために利用されます。
  • Cluster(クラスター): 複数のRedisノード間でデータを自動的に分散させ(シャーディング)、高可用性も提供する仕組みです。大規模なデータを扱う場合や、高い書き込みスループットが必要な場合に利用されます。クライアントはクラスター内のどのノードに接続しても、適切なノードにリダイレクトされるか、内部的に処理されます。

これらの機能はMemcachedにはなく、Redisが高機能なデータストアとして利用される大きな理由の一つです。

3.3.4. シングルスレッドモデル(イベントループ)

Memcachedがマルチスレッドで動作するのに対し、Redisサーバーは基本的にはシングルスレッドで動作します。しかし、だからといって遅いわけではありません。Redisは「イベントループ」と「ノンブロッキングI/O」を利用して、効率的に多数のクライアント接続を処理します。

ネットワークからのデータ読み込みやクライアントへのデータ書き込みといったI/O処理は、時間がかかる操作です。RedisはこれらのI/O処理を直接メインスレッドで行うのではなく、OSの機能(epoll, kqueueなど)を利用して「イベントが発生したら通知を受ける」という仕組み(イベントループ)で処理します。これにより、I/O操作の完了を待っている間に他のクライアントのリクエストを処理することができます。

また、Redisのコマンドのほとんどはメモリ上で完結し、非常に高速に実行できます。重い操作(RDBファイルの保存など)はバックグラウンドプロセスに任せるなどの工夫も行われています。

シングルスレッドモデルの利点:

  • シンプルさ: 競合状態(Race Condition)を考慮する必要がある箇所が少なくなり、コードの複雑さが軽減されます。
  • コンテキストスイッチのオーバーヘッドがない: スレッド切り替えに伴うオーバーヘッドがありません。
  • 高速なコマンド実行: メモリ上の操作は非常に高速なため、シングルスレッドでも十分なスループットが得られます。

シングルスレッドモデルの欠点:

  • ブロッキング操作の影響: 時間のかかるコマンド(例えば、非常に大きなリストに対するLRANGE、大きなデータの同期的な保存など)が実行されると、そのコマンドが完了するまで他の全てのリクエストの処理がブロックされてしまいます。

Redisは、CPUバウンドな処理よりもI/Oバウンドな処理に適しており、短い時間で終わる多数のコマンドを並列に処理するのに優れています。

3.3.5. メモリ管理

Redisは、各データ構造を効率的に表現するために内部的に様々なデータ構造最適化を行っています(例えば、小さいリストやハッシュはメモリ効率の良い表現を使うなど)。メモリ割り当て自体は標準的なアロケータを使用します。

MemcachedのSlab Allocationのような固定長チャンクによる内部断片化は起きにくいですが、各キーやバリュー、データ構造を管理するためのオーバーヘッドはMemcachedよりも大きくなる傾向があります。また、メモリ不足時の挙動はMemcachedと同様にLRU(Least Recently Used: 最も長い間使われていないもの)などのアルゴリズムに基づいて古いデータが削除されます。

3.3.6. 永続化機能:RDBとAOF

Redisはデータの永続化機能を持っています。これにより、サーバーが再起動してもデータを復旧させることが可能です。主な永続化方法は二つあります。

  • RDB (Redis Database Backup): ある時点でのメモリ上のデータセット全体を、バイナリ形式のスナップショットとしてストレージに保存します。

    • 利点: データファイルがコンパクトで、リストアが高速です。ストレージI/Oの回数が少ないため、大規模データセットでもパフォーマンスへの影響が比較的小さいです。
    • 欠点: スナップショット間のデータは失われる可能性があります(最後のスナップショット取得から障害発生までの間のデータ)。
    • 設定: SAVE コマンドを手動で実行するか、save <seconds> <changes> の設定(例: save 900 1 なら900秒以内に1回以上の変更があれば保存)で自動的に実行できます。子プロセスがスナップショットを作成するため、メインプロセスはブロックされません。
  • AOF (Append-Only File): Redisが受け付けた全ての書き込みコマンドを、ログファイルとしてストレージに追記していきます。サーバー再起動時には、このAOFファイルに記録されたコマンドを最初から全て再実行することでデータセットを復旧します。

    • 利点: RDBよりもデータの消失リスクが少ないです。設定によっては、書き込みごとに同期(fsync)を行うことで、ほとんどデータを失うことなく復旧できます。
    • 欠点: RDBに比べてファイルサイズが大きくなりやすく、リストアに時間がかかる場合があります。書き込みごとにディスク同期を行う設定では、パフォーマンスに影響が出る可能性があります。
    • 設定: appendonly yes で有効化します。ディスクへの同期頻度(appendfsync 設定)は always, everysec, no から選択できます。AOFファイルが大きくなりすぎないように、バックグラウンドでAOFファイルを再構築する(Rewrite)機能もあります。

RDBとAOFは両方有効にすることも可能です。その場合、復旧時には通常AOFが優先されます(AOFの方がデータ損失が少ないため)。

3.3.7. その他の機能

Redisは上記以外にも、様々な便利な機能を持っています。

  • Pub/Sub (Publish/Subscribe): メッセージングシステムとして利用できます。クライアントは特定のチャンネルを購読し、他のクライアントがそのチャンネルにメッセージをパブリッシュすると、購読している全てのクライアントにメッセージが配信されます。リアルタイム通知システムなどに利用できます。
  • Transactions (トランザクション): 複数のコマンドをグループ化し、アトミックに(全て成功するか、全て失敗するか)実行する機能です。MULTI, EXEC, WATCH, DISCARD コマンドを利用します。
  • Lua Scripting: Luaスクリプトを使って、複数のRedisコマンドをサーバーサイドで実行できます。これにより、ネットワーク往復のオーバーヘッドを減らし、複雑な操作をアトミックに実行できます。
  • Expiry (有効期限): 各キーに有効期限(TTL: Time To Live)を設定できます。期限が切れるとデータは自動的に削除されます。これはキャッシュとして利用する際に非常に便利です。Memcachedと同様の機能です。

3.4. Redisの主なユースケース

Redisの多機能性と高速性、永続化機能は、非常に幅広いユースケースに対応できます。

  • キャッシング: Memcachedと同様に、データベースクエリ結果やWebページの断片、APIレスポンスなどのキャッシングに広く利用されます。有効期限設定も可能です。
  • セッションストア: Webアプリケーションのユーザーセッション情報を保存するのに最適です。永続化機能により、サーバー再起動時にもセッション情報を維持できます。
  • メッセージキュー: リスト型やPub/Sub機能を利用して、シンプルなメッセージキューやタスクキューとして利用できます。
  • ランキングシステム: ソート済みセット(ZSet)を利用して、ユーザーのスコアなどを保存し、リアルタイムなランキング表示や順位取得を実現できます。
  • リアルタイム分析: HyperLogLogでユニークユーザー数をカウントしたり、ビットマップでユーザーのアクティビティを記録したりするなど、リアルタイムなデータ集計や分析に利用できます。
  • レートリミッター: INCRコマンドを利用して、一定時間内のリクエスト数をカウントし、制限をかけるシステムを構築できます。
  • ロック、分散ロック: SETNX (SET if Not eXists) コマンドやLuaスクリプトを利用して、分散環境でのロックシステムを実装できます。
  • Pub/Sub: リアルタイム通知、チャット、イベントバスなど、Pub/Subモデルが必要なシステムに利用できます。

Redisは単なるキャッシュではなく、軽量で高性能なインメモリデータベース、メッセージブローカー、データ構造サーバーとして、様々な用途に活用されています。

3.5. 簡単な使い方(概念)

RedisもMemcachedと同様に、アプリケーション側でRedisクライアントライブラリを利用します。

  1. クライアントの初期化: Redisサーバーのアドレスを指定してクライアントオブジェクトを生成します。
  2. データの保存・取得(String): SET, GET コマンドで文字列を操作します。
    python
    # Pythonの例 (redis-pyライブラリ)
    import redis
    r = redis.StrictRedis(host='localhost', port=6379, db=0)
    r.set("my_key", "my_value", ex=3600) # my_keyに"my_value"を1時間キャッシュ
    value = r.get("my_key")
    if value:
    print(f"Cache Hit: {value.decode('utf-8')}") # バイト列で返されるのでデコード
    else:
    print("Cache Miss")
  3. Listの操作: LPUSH, LPOP などでリストを操作します。
    python
    r.rpush("my_list", "item1")
    r.rpush("my_list", "item2")
    items = r.lrange("my_list", 0, -1) # リストの全要素を取得
    print(items) # [b'item1', b'item2']
    item = r.lpop("my_list") # 先頭から要素を取り出す
    print(item) # b'item1'
  4. Hashの操作: HSET, HGETALL などでハッシュを操作します。
    python
    r.hset("my_hash", "field1", "value1")
    r.hset("my_hash", "field2", "value2")
    hash_data = r.hgetall("my_hash") # ハッシュの全フィールド・バリューを取得
    print(hash_data) # {b'field1': b'value1', b'field2': b'value2'}
  5. Pub/Sub:
    “`python
    # Subscriber側
    p = r.pubsub()
    p.subscribe(‘my_channel’)
    for message in p.listen():
    if message[‘type’] == ‘message’:
    print(f”Received: {message[‘data’].decode()}”)

    Publisher側

    r.publish(‘my_channel’, ‘Hello, Pub/Sub!’)
    “`

このように、Redisではキーバリュー操作に加えて、様々なデータ構造に対する専用のコマンドを利用して、アプリケーションのロジックをより効率的に実装できます。

4. Memcached vs Redis: 徹底比較

ここまでMemcachedとRedisそれぞれの特徴を見てきました。両者はインメモリデータストアという共通点を持つ一方で、設計思想や機能に大きな違いがあります。ここでは、それぞれの比較ポイントを掘り下げて解説します。

比較項目 Memcached Redis
基本コンセプト シンプルな分散型キャッシュ 高機能なインメモリデータ構造ストア
データ構造 String (バイト列) のみ String, List, Set, Sorted Set, Hash, Bitmap, HyperLogLog, Geospatial Index など多様
パフォーマンス シンプルな操作は非常に高速(マルチスレッド) 多様な操作が可能で高速(シングルスレッド + イベントループ)
メモリ管理 Slab Allocation 標準アロケータ + データ構造に応じた最適化
永続化 なし あり (RDB, AOF)
機能 シンプル (基本的なKV操作, incr/decr) 豊富 (Pub/Sub, Transactions, Lua scripting, Modulesなど)
スケーラビリティ クライアントサイド分散 (一貫性ハッシュ) サーバーサイド機能 (Replication, Sentinel, Cluster)
高可用性 なし (ノード障害でデータ喪失) あり (Replication + Sentinel/Cluster で実現可能)
複雑さ 中〜高 (機能が多いため)
ユースケース 純粋なキャッシュ キャッシュ、セッションストア、キュー、ランキング、Pub/Subなど多様
開発開始時期 2003年 2009年

4.1. データ構造:これが最大の差

MemcachedがString(バイト列)しか扱えないのに対し、RedisはString、List、Set、Sorted Set、Hashといった多様なデータ構造をネイティブにサポートします。これは両者の用途を決定づける最も大きな違いです。

  • Memcached: バイト列しか扱えないため、アプリケーション側でデータのシリアライズ(オブジェクトをバイト列に変換すること)やデシリアライズ(バイト列をオブジェクトに戻すこと)が必要です。例えば、ユーザー情報をキャッシュする場合、ユーザーオブジェクトをJSONやMessagePackなどの形式にシリアライズしてMemcachedに保存し、取得後にデシリアライズして利用します。これは手間がかかりますし、シリアライズ/デシリアライズのオーバーヘッドも発生します。また、リストやセットのようなデータ構造をキャッシュしたい場合も、それをバイト列に変換する必要があります。
  • Redis: 多様なデータ構造をそのまま保存し、サーバー側でそれらを操作するコマンドを実行できます。例えば、ユーザーが投稿したコメントのリストを保存したい場合、RedisのList型にそのままコメントを登録・取得できます。ユーザーのフォロワー集合を管理したい場合はSet型、ユーザーのスコアランキングはSorted Set型、ユーザーのプロフィール情報はHash型、といった具合に、データの性質に応じて最適なRedisのデータ構造を選ぶことができます。これにより、アプリケーションコードはシンプルになり、特定のデータ構造に対する操作(例:リストの末尾に追加、セットの和集合を計算)が非常に効率的に行えます。

この違いから、Memcachedは「単にデータをバイト列として高速に保管・取得する」というシンプルなキャッシュ機能に特化しているのに対し、Redisは「メモリ上に様々なデータ構造を保持し、それらを使った複雑な処理を高速に行う」ことが可能です。

4.2. パフォーマンス:シンプルさ vs 機能性

どちらも「インメモリ」であるため非常に高速ですが、パフォーマンス特性には違いがあります。

  • Memcached: シンプルなKV操作に特化しており、マルチスレッドで並列処理を行うため、高いスループット(単位時間あたりに処理できるリクエスト数)が期待できます。特に、多数のクライアントから並行して単純なGET/SETリクエストが大量に発生するような場面で強みを発揮します。バイト列のまま保存・取得するため、Redisのようなデータ構造の解釈・処理のオーバーヘッドがありません。
  • Redis: 基本的にシングルスレッドですが、ノンブロッキングI/Oとイベントループにより多数のクライアント接続を効率的に扱います。多様なデータ構造をサポートするため、データ構造に応じた内部的な処理が発生しますが、これらの処理はC言語で実装されており非常に高速です。特に、ListのLPUSH/RPOPのようなO(1)で実行できる操作や、Set/Sorted Setの高速な集合演算などはRedisの得意とするところです。ただし、時間のかかるコマンド(例:要素数の非常に多いリスト全体を取得するLRANGE、Sortコマンド、キーパターンにマッチするキーを全て検索するKEYSコマンドなど)は、シングルスレッドであるがゆえに他のリクエストをブロックしてしまう可能性があります。Redis 4.0以降では、一部の遅い操作(DEL, UNLINK, FLUSHALL, FLUSHDBなど)をバックグラウンドスレッドで実行できるようになっています。

一般的に、単純なキーとバイト列のキャッシュとしてのみ使うのであれば、Memcachedの方がわずかに高いスループットを出せる可能性があります。しかし、多様なデータ構造を利用した複雑な操作を含めると、アプリケーション側の処理を含めたトータルのパフォーマンスではRedisが優位になるケースが多いです。また、Redisの永続化やレプリケーションといったバックグラウンドで行われる処理は、メインの処理スレッドをブロックしないように設計されています。

4.3. メモリ管理:効率と断片化

  • Memcached: Slab Allocationは、特定のサイズのデータを効率的に管理するのに役立ちますが、チャンクサイズとバリューサイズのミスマッチによる内部断片化や、Slab Class間のメモリのアンバランスといった課題があります。特に、保存するデータのサイズ分布が大きく偏っている場合、メモリ効率が悪化することがあります。一度Slab Classに割り当てられたメモリは、他のSlab Classに融通されないため、空き容量があるはずなのに新しいデータを保存できない「見かけ上のメモリ不足」が発生することもあります。
  • Redis: 標準アロケータを使い、各データ構造を表現するための独自の効率的な内部構造を使用します。データの種類やサイズ分布に関わらず比較的均等にメモリを利用できますが、各キーやデータ構造を管理するためのメタデータによるオーバーヘッドはMemcachedよりも大きくなる傾向があります。特に、キーの数やリスト・ハッシュなどの要素数が非常に多い場合、Redisのメモリ消費量は大きくなる可能性があります。ただし、Redisはキーや要素数が少ない場合にメモリを節約するための最適化(ziplist, intsetなど)を行っています。

どちらのメモリ管理も一長一短あり、キャッシュするデータの特性によってどちらがより効率的かは変わってきます。しかし、Redisはデータ構造ごとの最適化を行っているため、多様なデータを扱う場合にはRedisの方がメモリ効率が良いことが多いかもしれません。

4.4. 永続化:データの安全性

  • Memcached: 永続化機能はありません。サーバーが停止するとメモリ上のデータは全て失われます。これは、Memcachedが「失われてもバックエンドから再取得できる」という前提のキャッシュに特化しているためです。
  • Redis: RDBとAOFという強力な永続化機能を持ちます。これにより、Redisを単なるキャッシュとしてだけでなく、失われると困るデータ(セッション情報、キュー、ランキングデータなど)のストアとしても利用できます。AOFを適切に設定すれば、データの損失を最小限に抑えることができます。

データの永続性が求められるかどうかは、MemcachedとRedisを選択する上での非常に重要な判断基準となります。

4.5. 機能:シンプル vs リッチ

  • Memcached: 基本的なGET/SET/DELETEと数値のインクリメント/デクリメントなど、非常にシンプルな機能セットに限定されています。
  • Redis: 基本的なKV操作に加えて、各データ構造に応じた豊富な操作コマンド、有効期限設定、トランザクション、Luaスクリプト実行、Pub/Sub、地理空間インデックス、ビットマップなど、非常に多機能です。

この機能の豊富さにより、Redisは単なるキャッシュを超えた様々な用途に利用できます。メッセージング、分散ロック、リアルタイム処理など、インメモリで高速に行いたい処理の多くがRedisの機能で実現可能です。

4.6. スケーラビリティと高可用性:サーバーサイドの強み

  • Memcached: スケーラビリティ(サーバー数を増やして全体性能を向上させること)は主にクライアントサイドの分散(一貫性ハッシュなど)に依存します。新しいサーバーを追加したり既存サーバーを削除したりすると、多くのクライアントにとってキャッシュの配置が変わってしまうため、キャッシュミス率が一時的に上昇する可能性があります。高可用性(一部に障害が発生してもサービス全体が停止しないこと)については、Memcachedサーバー自体には特別な機能はありません。あるサーバーがダウンすると、そのサーバーに保存されていたキャッシュデータは利用できなくなります。ただし、クライアントは自動的にキャッシュミスとして扱い、バックエンドからデータを取得し直すことで、システム全体としては停止を回避できます。
  • Redis: サーバー自身がレプリケーション、Sentinel、Clusterといったスケーラビリティと高可用性のための機能を提供します。
    • レプリケーション: 読み込み負荷を分散できます。
    • Sentinel: マスター障害時の自動フェイルオーバーにより、高可用性を実現できます。
    • Cluster: データを自動的にシャーディングし、容量とスループットをスケールアウトさせると同時に、ノード障害時にもサービスを継続する高可用性を提供します。
      これらのサーバーサイド機能により、RedisはMemcachedよりも容易に、そして堅牢に、大規模環境でのスケーラビリティと高可用性を実現できます。

4.7. 複雑さ:機能の代償

  • Memcached: 機能が少ないため、仕組みがシンプルで理解しやすいです。導入や設定も比較的簡単です。
  • Redis: 多機能であるため、利用できるコマンドや設定項目が多く、Memcachedに比べて学習コストや運用管理の複雑さは増します。特に、永続化設定、レプリケーション、Sentinel、Clusterといった機能を使いこなすには、それぞれの仕組みを理解する必要があります。

シンプルさを求めるならMemcached、多機能性を求めるならRedisとなりますが、後者はそれなりの複雑さを伴うことを覚悟する必要があります。

4.8. コミュニティとエコシステム

両者とも長い歴史を持ち、非常に活発なコミュニティと豊富なクライアントライブラリを持っています。しかし、現代のアプリケーション開発では、Redisの多機能性や永続化・高可用性機能が求められることが多いため、近年はRedisの方がより注目され、新しいツールや情報が豊富にある傾向があります。クラウドベンダーもマネージドサービスとしてMemcachedとRedisの両方を提供していますが、Redisの方がより多くのオプションや新しい機能が提供されていることが多いです。

5. 結局、どちらを選べば良いのか?

MemcachedとRedisは、どちらも優れたインメモリデータストアですが、それぞれ得意な領域が異なります。どちらを選択すべきかは、実現したいこと、必要な機能、システムの要件によって決まります。

以下の点を考慮して判断しましょう。

  1. 用途:

    • 純粋なキャッシュとしてのみ利用したい: データベースクエリの結果、Webページの断片など、失われても問題ない一時的なデータの高速な読み書きが主目的なら、Memcachedのシンプルさと高速性が適しています。
    • キャッシュ以外の用途でも利用したい: セッションストア、メッセージキュー、ランキング、Pub/Subなど、多様な用途でインメモリデータストアを活用したいなら、Redis一択です。
  2. データの種類:

    • バイト列(文字列やバイナリデータ)しか扱わない: Memcachedでも十分対応できます。
    • リスト、セット、ハッシュなどの複雑なデータ構造をインメモリで効率的に扱いたい: Redisが必要です。
  3. データの永続性:

    • データが失われても問題ない(キャッシュなのでバックエンドから復旧可能): Memcachedで十分です。
    • データが失われると困る(セッション情報、キューのメッセージなど): Redisの永続化機能が必要です。
  4. スケーラビリティと高可用性:

    • シンプルな水平分散(クライアント側での振り分け)で十分、高可用性はそれほど重要視しない: Memcachedの構成も可能です。
    • レプリケーションによる読み込み分散、自動フェイルオーバーによる高可用性、データの自動シャーディングによる大規模スケーラビリティが必要: Redisのサーバーサイド機能が不可欠です。
  5. 機能の複雑さ vs シンプルさ:

    • 設定や運用を可能な限りシンプルにしたい、機能は基本的なもので十分: Memcachedが優位です。
    • 多機能性を活用したい、多少の複雑さや学習コストは許容できる: Redisが適しています。
  6. コスト:

    • ライセンス費用はどちらもオープンソースで無料です。ただし、マネージドサービスを利用する場合、Redisの方が提供される機能が多いため、プランによってはコストが高くなる可能性があります。

どちらを選ぶかの一般的なガイドライン:

  • とりあえずシンプルに高速なキャッシュだけが欲しい、失われても問題ないデータのみを扱いたい、運用コストを抑えたいMemcached
  • キャッシュとしてだけでなく、セッションストア、キュー、ランキングなど複数の用途で使いたい、多様なデータ構造を効率的に扱いたい、データの永続性や高い可用性・スケーラビリティが必要Redis

近年では、Redisが提供する豊富な機能や、サーバーサイドでのスケーラビリティ・高可用性機能が多くのシステムで求められるため、Memcachedの代わりにRedisが選ばれるケースが増えています。ただし、Memcachedが不要になったわけではなく、そのシンプルさと効率性が依然として大きな利点となる場面も多くあります。特に、純粋なオブジェクトキャッシュとして大量のデータを扱う場合に、MemcachedのSlab Allocationが有効に機能することもあります。

また、システムによってはMemcachedとRedisを併用することもあります。例えば、揮発性の高い純粋なキャッシュにはMemcachedを使い、セッション情報やキューなど永続性が必要なデータにはRedisを使う、といった構成です。

最終的には、ご自身のアプリケーションやサービスの具体的な要件、チームのスキルセット、将来的な拡張性などを総合的に考慮して、最適なツールを選択することが重要です。

まとめ

インメモリデータストアであるMemcachedとRedisは、アプリケーションのパフォーマンスを劇的に向上させる強力なツールです。どちらもキーバリューストアとしてデータをメモリ上に保持することで高速なデータアクセスを実現しますが、その設計思想や機能には明確な違いがあります。

  • Memcached: シンプルさを追求した、純粋な分散型メモリキャッシュシステムです。バイト列のみをサポートし、永続化機能はありません。クライアントサイドでの分散とマルチスレッド処理により、大量の単純な読み書きリクエストを高速に処理するのに優れています。
  • Redis: 多様なデータ構造をサポートし、永続化、レプリケーション、Sentinel、Cluster、Pub/Sub、Luaスクリプトなど、豊富な機能を持つ高機能なインメモリデータ構造ストアです。単なるキャッシュを超えて、セッションストア、メッセージキュー、ランキングなど幅広い用途に利用できます。シングルスレッド+イベントループで効率的なI/O処理を行い、サーバーサイド機能で高可用性とスケーラビリティを実現します。

どちらを選ぶかは、必要なデータ構造の種類、データの永続性の要否、必要な機能セット、スケーラビリティ・高可用性の要件、そして運用管理の複雑さに対する許容度によって決まります。シンプルなキャッシュならMemcached、多様な機能やデータ構造、永続性が必要ならRedisが適しています。

この入門記事が、MemcachedとRedisの基本的な理解を深め、ご自身のプロジェクトにどちらが適しているかを判断するための一助となれば幸いです。それぞれの公式ドキュメントや、さらに詳しい技術情報にも触れて、インメモリデータストアの世界をさらに深く探求してみてください。


注釈:
本記事は約5000語で記述するよう努めましたが、記述内容の質と分かりやすさを優先しております。厳密な文字数は環境や測定方法によって変動する可能性がありますことをご了承ください。専門用語については、初心者の方にも理解できるよう努めましたが、さらに詳細な説明が必要な場合は公式ドキュメントなどを参照ください。

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