zlibとは?特徴と使い方を徹底解説
データ圧縮は、デジタルデータの効率的な保存や転送に不可欠な技術です。様々な圧縮アルゴリズムやライブラリが存在する中で、zlibは非常に広く普及しており、多くのソフトウェアやシステムで基盤として利用されています。しかし、「zlib」という名前は知っていても、具体的にどのようなライブラリで、どんな特徴があり、どのように使われているのかを深く理解している人は少ないかもしれません。
この記事では、データ圧縮ライブラリ「zlib」について、その正体、強力な特徴、基本的な使い方から応用例までを徹底的に解説します。読み終える頃には、なぜzlibがこれほどまでに普及しているのか、そしてあなたのプロジェクトでどのように活用できるのかが明確になるはずです。
1. はじめに:なぜzlibは重要なのか?
インターネット上のデータ転送、ファイルシステムの効率化、ソフトウェアの配布、あるいはゲームデータの圧縮など、私たちのデジタルライフのあらゆる場面でデータ圧縮は利用されています。データ量を削減することで、ストレージ容量を節約し、ネットワーク帯域を節約し、処理速度を向上させることができます。
数多くの圧縮技術が存在する中で、zlibは「広く普及している」「高速」「メモリ効率が良い」「ライセンスが自由」といった特徴を併せ持ち、多くの開発者やシステムにとって頼れる存在となっています。特に、その基盤となっているDeflateアルゴリズムは、特許フリーでありながら優れた圧縮率と速度のバランスを実現しており、PNG画像やZIPファイル、HTTP通信など、私たちが日常的に目にする様々な場所で活躍しています。
この記事では、zlibの核心であるDeflateアルゴリズムの仕組みから、C言語を中心とした具体的な利用方法、さらにはどのような分野でzlibが活用されているのかまでを網羅的に解説します。zlibを使った開発に興味がある方、データ圧縮技術の基礎を学びたい方、あるいは単に「zlibってよく聞くけど何だろう?」と思っている方にとって、この記事がその疑問を解消し、zlibの可能性を理解するための一助となれば幸いです。
2. zlibとは何か?その正体を探る
まずは、zlibの基本的な情報から見ていきましょう。
2.1. zlibの正体:圧縮ライブラリ
zlibは、データをロスレス(可逆)圧縮するためのソフトウェアライブラリです。ロスレス圧縮とは、圧縮されたデータを完全に元の状態に戻すことができる圧縮方式のことです。画質や音質が劣化するような不可逆圧縮(JPEGやMP3など)とは異なります。
zlibは主にC言語で実装されており、そのシンプルで移植性の高い設計により、様々なオペレーティングシステムやハードウェアで利用できます。
2.2. 開発者と歴史的背景
zlibは、ジャン=ルー・ゲイリー (Jean-loup Gailly) 氏とマーク・アドラー (Mark Adler) 氏によって開発されました。彼らは、広く普及していた圧縮プログラム「gzip」の開発者としても知られています。
zlibの開発は、Deflate圧縮アルゴリズムがPKWARE社のPKZIPで採用された後、その特許問題が懸念される中で始まりました。当時、LZWなどの既存の圧縮アルゴリズムには特許が絡んでいるものが多く、自由な利用が難しい状況でした。Deflateアルゴリズム自体は、PKWAREとは独立に開発され、その特許も後に失効しました。
zlibは、Deflateアルゴリズムを自由に利用できる、高品質かつポータブルなライブラリとして提供されることを目的として開発されました。gzipが単一ファイルをDeflateで圧縮するユーティリティであるのに対し、zlibはより汎用的なライブラリとして、プログラムに組み込んで利用することを主な用途としています。
2.3. Deflateアルゴリズムとの関係
zlibの核となるのは、Deflateと呼ばれる圧縮アルゴリズムです。Deflateは、LZ77アルゴリズム(またはLZ77から派生したLZS)とハフマン符号化を組み合わせたものです。
- LZ77: データ中の繰り返し出現するバイト列(シーケンス)を検出し、その列の「長さ」と、以前に出現した場所からの「距離」で置き換えることで圧縮を行います。
- ハフマン符号化: データ中の各バイト(またはLZ77の出力シンボル)の出現頻度を調べ、頻度が高いものには短い符号、低いものには長い符号を割り当てることで圧縮を行います。
Deflateアルゴリズムは、PKWAREがZIPファイル形式で採用したことで有名になりましたが、zlibは独自のDeflate実装を提供しており、PKWAREの特許に依存していません。Deflateアルゴリズムの詳細については、後ほど改めて解説します。
2.4. ライセンス:zlib License
zlibはzlib Licenseという非常に緩やかなライセンスの下で配布されています。このライセンスは、BSDライセンスやMITライセンスに類似しており、以下の特徴を持ちます。
- ソースコードの自由な利用、変更、再配布が可能です。
- 商用利用も可能です。
- 利用する際に、ソフトウェアのソースコードを公開したり、利用していることを通知したりする義務はありません。
- 必要なのは、オリジナルソースコードに含まれるライセンス表示を、二次配布するソースコードに含めることだけです(バイナリ配布の場合は通常不要ですが、慣習としてドキュメントなどに含める場合もあります)。
この極めて自由なライセンスのおかげで、zlibはプロプライエタリソフトウェア、オープンソースソフトウェアを問わず、幅広いソフトウェアやシステムにためらいなく組み込むことが可能となり、その普及に大きく貢献しました。
2.5. zlibが提供する機能
zlibライブラリは、主に以下の機能を提供します。
- Deflate圧縮: 入力データをDeflate形式で圧縮します。
- Deflate解凍: Deflate形式で圧縮されたデータを元の状態に解凍します。
- gzip互換の処理: gzip形式で圧縮・解凍されたデータを処理するための補助機能を提供します(
gzopen
,gzread
,gzwrite
など)。 - チェックサム計算: データの破損を検出するためのチェックサムとして、ADLER32とCRC32の計算機能を提供します。
zlibは、特定のファイル形式(例: .zip
, .gz
, .png
)そのものを扱うライブラリではなく、それらのファイル形式の中で使われている圧縮・解凍の「エンジン」を提供するライブラリです。例えば、PNG画像を扱うライブラリは、画像データの一部(IDATチャンク)の圧縮・解凍にzlibを利用します。
3. zlibの主な特徴
zlibが広く使われるに至った理由は、その設計と提供する機能にあります。ここでは、zlibの主要な特徴を掘り下げて見ていきましょう。
3.1. Deflateアルゴリズムの優れたバランス
前述の通り、zlibはDeflateアルゴリズムを実装しています。Deflateは、以下の2つの技術の組み合わせです。
3.1.1. LZ77(繰り返し検出と参照置換)
LZ77アルゴリズムは、イスラエル出身のヤコブ・ジヴ (Jacob Ziv) 氏とアブラハム・レンペル (Abraham Lempel) 氏によって1977年に発表された圧縮アルゴリズムです。
LZ77の基本的な考え方は以下の通りです。
- 圧縮対象のデータを前方から順に読み込んでいきます。
- 現在処理している位置から少し前にさかのぼり、現在位置から始まるバイト列と同じバイト列が過去に出現していないかを探します。
- もし同じバイト列が見つかった場合、そのバイト列自体を出力する代わりに、「過去に出現した場所からの距離(オフセット)」と「見つかったバイト列の長さ」のペアで置き換えます。
- 一致するバイト列が見つからなかった場合(または見つかった一致よりも、元のバイトを出力する方が短い場合)、そのバイト列の最初の1バイトを「リテラル(文字そのまま)」として出力します。リテラルの後には、一致が見つからなかったことを示すマーカーが続く場合もあります。
LZ77の実装では、過去に出現したデータの一部を保持するための「ウィンドウバッファ」と、現在処理中のデータを保持するための「ルックアヘッドバッファ」が使われます。圧縮機は、ルックアヘッドバッファの先頭のデータが、ウィンドウバッファ内のどの位置のデータとどれだけ長く一致するかを探します。
Deflateで使われるLZ77の実装は、最大32KB(32768バイト)のウィンドウサイズを持ち、最大258バイトまでの長さを参照できます。一致が見つかった場合、出力は(長さ, 距離)
のペアになります。例えば、入力ストリームが...ABCABCABC...
となっていて、現在位置が最後のA
であるとき、ウィンドウバッファ内の最初のABC
から「距離=6、長さ=9」として参照することで、9バイトを2つの数値で置き換えることができます。
LZ77は、繰り返し出現するパターンが多いデータ(例: テキストファイル、プログラムコード)に対して高い圧縮効果を発揮します。
3.1.2. ハフマン符号化(符号長割り当て)
ハフマン符号化は、デビッド・ハフマン (David A. Huffman) 氏によって考案された、データの符号化方式です。可変長符号の一種であり、出現頻度の高いデータには短い符号語を、出現頻度の低いデータには長い符号語を割り当てることで、データの合計サイズを削減します。
Deflateでは、LZ77の出力ストリームをハフマン符号化の対象とします。LZ77の出力は、以下の2種類の「シンボル」のシーケンスと見なすことができます。
- リテラルバイト: LZ77で一致が見つからなかった場合にそのまま出力されるバイト値(0〜255)。
- 長さ/距離ペア: LZ77で一致が見つかった場合の、長さと距離を表すシンボル。実際には、長さを表すシンボルと、距離を表すシンボルに分けて処理されます。
Deflateでは、これらのシンボル(リテラルバイト + 長さシンボル + 距離シンボル)全体に対して、出現頻度に基づいたハフマン符号化を行います。これにより、LZ77によって削減されたデータ量をさらに圧縮します。
Deflateのハフマン符号化は、以下の特徴を持ちます。
- 静的ハフマン符号: あらかじめ定義された固定のハフマンテーブルを使用します。圧縮速度は速いですが、データの内容によっては圧縮率が低くなる場合があります。
- 動的ハフマン符号: 圧縮対象のデータブロックごとに、そのブロック内でのシンボルの出現頻度を計算し、最適なハフマンテーブルを生成して使用します。静的ハフマン符号より圧縮率は高くなりますが、テーブル生成とテーブル自体の格納にオーバーヘッドが生じます。Deflateの圧縮レベルによって、動的ハフマン符号が使われるのが一般的です。
このように、DeflateはLZ77によるパターン除去と、ハフマン符号化による符号長最適化の二段階で圧縮を行うことで、バランスの取れた圧縮率と速度を実現しています。特に、特許フリーであるLZ77/LZSとハフマン符号化を組み合わせたDeflateは、非常に広く利用されることになりました。
3.2. 圧縮率と速度のバランス
zlibの大きな特徴の一つは、圧縮率と処理速度のバランスが優れている点です。同じDeflateアルゴリズムを使用している他の実装と比較しても、zlibは高いパフォーマンスを示します。
zlibでは、圧縮の際に0から9までの「圧縮レベル」を指定できます。
- レベル0: 圧縮を行いません。データのコピーのみが行われます。
- レベル1: 最速の圧縮設定です。圧縮率は低いですが、非常に高速です。
- レベル9: 最高レベルの圧縮設定です。圧縮率は最も高くなりますが、圧縮処理にかかる時間が長くなります。
- レベル-1 (Z_DEFAULT_COMPRESSION): デフォルト設定。通常はレベル6に相当し、圧縮率と速度の良いバランスを提供します。
ほとんどの場合、レベル6が推奨されます。レベル1〜5は速度を重視する場合に、レベル7〜9は圧縮率を重視する場合に選択されます。レベル9とレベル6の間では、圧縮率の向上はわずかであるにも関わらず、圧縮時間は大幅に増加することが多いため、多くの用途ではレベル6で十分とされています。
解凍処理は、圧縮レベルに関わらず、常にほぼ同じ速度で実行されます。これは、Deflateの解凍が比較的単純な処理であるためです。
3.3. ストリーム処理のサポート
zlibはデータを一度にすべてメモリに読み込む必要がなく、ストリーム(逐次)処理をサポートしています。これは、大きなファイルやネットワーク経由でリアルタイムに送られてくるデータを扱う際に非常に重要です。
入力データを小さなブロックに分割し、それらを順次zlibに与えることで圧縮または解凍を行い、出力データも順次受け取ることができます。これにより、必要なメモリ量が入力データや出力データ全体のサイズに依存せず、ウィンドウバッファや内部状態に必要なサイズに限定されます。
このストリーム処理機能は、パイプライン処理や、メモリ容量が限られている組み込みシステムなどでの利用に特に適しています。
3.4. プラットフォーム非依存性と移植性の高さ
zlibは標準的なC言語で記述されており、特定のOSやハードウェアに依存する部分がほとんどありません。そのため、Windows、macOS、Linux、BSDといったデスクトップ・サーバーOSから、iOS、AndroidのようなモバイルOS、さらには各種組み込みシステムまで、非常に幅広いプラットフォームへの移植が容易です。
コンパイルに必要なツールチェインさえあれば、ほとんどの環境で特別な変更なしにビルドして利用できます。この高い移植性も、zlibが様々な分野で基盤技術として採用される要因の一つです。
3.5. 豊富な言語バインディング
zlibはC言語で書かれていますが、多くのプログラミング言語から利用するためのライブラリ(バインディング)が提供されています。主要な言語の多くでは、標準ライブラリの一部としてzlibの機能が組み込まれているか、あるいは容易に利用できる外部ライブラリとして提供されています。
- Python:
zlib
モジュールとして標準で提供されています。 - Java:
java.util.zip
パッケージとして標準で提供されています(Deflateアルゴリズムを使用)。 - Ruby:
zlib
ライブラリとして標準で提供されています。 - PHP:
zlib
拡張モジュールとして提供されており、多くの環境で有効化されています。 - Perl:
Compress::Zlib
モジュールなどで利用できます。 - C++: zlibのC APIを直接利用するか、Boost.IOStreamsなどのライブラリ経由で利用できます。
- .NET (C#, VB.NETなど):
System.IO.Compression.DeflateStream
クラスなどが提供されています。
これらのバインディングを利用することで、C言語以外の言語でも手軽にzlibの圧縮・解凍機能を利用できます。
3.6. データの整合性チェック(ADLER32 / CRC32)
zlibは、データの圧縮・解凍だけでなく、データの整合性をチェックするための機能も提供しています。具体的には、以下の2つのチェックサムアルゴリズムを利用できます。
- ADLER32: マーク・アドラー氏によって考案されたチェックサムです。比較的計算が高速ですが、データが短い場合や特定のパターンで衝突する可能性がCRC32よりも高いと言われています。zlibストリームのデフォルトのチェックサムとして使用されます。
- CRC32: Cyclic Redundancy Check (巡回冗長検査) の32ビット版です。ADLER32より計算に時間はかかりますが、より強力なエラー検出能力を持ちます。gzip形式で使われるチェックサムです。
これらのチェックサムを計算し、圧縮データや解凍データの末尾に含めることで、データ転送中や保存中に発生した破損を検出することができます。zlibライブラリは、圧縮時に自動的にチェックサムを計算して出力に含め、解凍時にチェックサムを検証する機能を提供しています。
3.7. 柔軟なメモリ管理
zlibは、内部でメモリを確保する際に、標準のmalloc
やfree
ではなく、ユーザーが指定したカスタムアロケータ関数を使用できるようになっています。これは、組み込みシステムなど、特定のメモリ管理機構が必要な環境や、メモリ確保・解放をフックしてデバッグを行いたい場合などに非常に役立ちます。デフォルトでは標準ライブラリのmalloc
/free
が使われます。
3.8. 特許フリーであることの重要性
Deflateアルゴリズム自体は、その構成要素(LZ77とハフマン符号化)に関する特許が既に失効しています。zlibも、その実装において特許に抵触する部分がないように開発されています。
この「特許フリー」であるという点は、zlibがこれほどまでに広く普及した非常に大きな要因です。ソフトウェア開発者は、ライセンス料や特許侵害のリスクを気にすることなく、zlibを自由に利用・配布できます。
4. zlibの基本的な使い方(C言語)
ここでは、zlibライブラリをC言語から利用する基本的な方法を解説します。主に、ストリームAPIを使った圧縮と解凍の基本的な流れ、そして便利な補助関数について見ていきましょう。
4.1. ライブラリの入手とセットアップ
zlibライブラリを利用するには、まずヘッダーファイルとライブラリファイルが必要です。
- ソースコードからビルド: 公式サイト (zlib.net) からソースコードをダウンロードし、
./configure && make && make install
のような手順でビルド・インストールするのが最も確実な方法です。 - パッケージマネージャー: 各OSのパッケージマネージャーを利用するのが最も手軽です。
- Debian/Ubuntu:
sudo apt-get install zlib1g-dev
- Fedora/CentOS/RHEL:
sudo dnf install zlib-devel
orsudo yum install zlib-devel
- macOS (Homebrew):
brew install zlib
- Windows: vcpkg, MSYS2, MinGWなどを利用するか、Visual Studioでビルド済みライブラリを利用します。
- Debian/Ubuntu:
通常、インストールされると、ヘッダーファイル zlib.h
がシステムのインクルードパスに、ライブラリファイル(例: libz.a
, libz.so
, zlib1.dll
など)がシステムのライブラリパスに配置されます。
プログラムをコンパイルする際には、zlibライブラリをリンクする必要があります。GCCの場合、コンパイルコマンドに -lz
オプションを追加します。
bash
gcc your_program.c -lz -o your_program
4.2. zlib APIの概要
zlibの主要なAPIは以下の2種類に大別できます。
- ストリームAPI:
deflateInit
,deflate
,deflateEnd
やinflateInit
,inflate
,inflateEnd
など、逐次処理(ストリーム処理)を行うための関数群です。大きなデータやリアルタイムデータを扱う場合に適しています。 - 簡易API:
compress
,uncompress
など、データを一度に処理するシンプルな関数です。手軽に使えますが、入力・出力バッファ全体をメモリに保持する必要があるため、大きなデータには向きません。
ここでは、より汎用的で効率的なストリームAPIを中心に解説します。
4.3. ストリームAPIの基本的な使い方
zlibのストリームAPIを利用するには、z_stream
という構造体を使用します。この構造体は、圧縮/解凍の状態、入力/出力バッファのポインタとサイズ、処理されたデータ量、チェックサムなどを保持します。
“`c
typedef struct z_stream_s {
z_const Bytef next_in; / next input byte /
uInt avail_in; / number of bytes available at next_in /
uLong total_in; / total number of input bytes read so far */
Bytef *next_out; /* next output byte should be put there */
uInt avail_out; /* remaining free space at next_out */
uLong total_out; /* total number of output bytes written so far */
z_const char *msg; /* last error message, NULL if no error */
struct internal_state FAR *state; /* not for application use */
void *zalloc; /* used to allocate the internal state */
void *zfree; /* used to free the internal state */
void *opaque; /* private data object passed to zalloc/zfree */
int data_type; /* Z_BINARY, Z_ASCII or Z_UNKNOWN */
uLong adler; /* adler32 or crc32 value of the uncompressed data */
uLong reserved; /* reserved for future use */
} z_stream;
“`
圧縮または解凍を行うには、以下のステップを踏みます。
4.3.1. 圧縮 (Deflate) の基本的な流れ
-
z_stream
構造体の初期化:z_stream
構造体を宣言し、メンバを適切に初期化します。特にzalloc
,zfree
,opaque
は、カスタムアロケータを使わない場合はZ_NULL
(NULL
) に設定します。
c
z_stream strm;
strm.zalloc = Z_NULL;
strm.zfree = Z_NULL;
strm.opaque = Z_NULL; -
圧縮処理の初期化:
deflateInit
またはdeflateInit2
関数を呼び出し、圧縮処理を初期化します。deflateInit(strm, level)
: デフォルト設定で初期化します。level
は圧縮レベル(0-9, -1)。deflateInit2(strm, level, method, windowBits, memLevel, strategy)
: 詳細な設定を指定して初期化します。method
: 圧縮方法。Deflateの場合はZ_DEFLATED
を指定します。windowBits
: LZ77ウィンドウサイズの対数(9-15)。15が32KBでデフォルトです。負の値を指定すると、zlibヘッダーを出力せずにRaw Deflateストリームを生成します。15に16を加えるとgzipヘッダーとトレーラーを含むgzip形式で出力します。memLevel
: 内部メモリ使用レベル(1-9)。デフォルトは8です。高いほど速度と圧縮率が向上する可能性がありますが、メモリを多く使用します。strategy
: 圧縮戦略(Z_DEFAULT_STRATEGY
,Z_FILTERED
,Z_HUFFMAN_ONLY
など)。データの内容に合わせてチューニングできます。
初期化が成功すると
Z_OK
が返ります。失敗した場合はエラーコードが返り、strm.msg
にエラーメッセージが含まれることがあります。c
int ret = deflateInit(&strm, Z_DEFAULT_COMPRESSION);
if (ret != Z_OK) {
// エラー処理
fprintf(stderr, "deflateInit failed: %s\n", strm.msg);
return ret;
} -
データブロックの圧縮: 入力データがある限り、ループ内で
deflate
関数を繰り返し呼び出します。
“`c
strm.next_in = input_data_buffer; // 入力バッファのポインタ
strm.avail_in = input_data_size; // 入力バッファのサイズ// 出力バッファを用意
Bytef out_buffer[CHUNK_SIZE]; // CHUNK_SIZE は適切なサイズ(例: 4KB or 16KB)
strm.next_out = out_buffer;
strm.avail_out = CHUNK_SIZE;// 圧縮実行
// Z_NO_FLUSH: 標準的な処理。可能な限りデータを圧縮し、出力バッファがいっぱいになるか入力が尽きるまでデータを保持する。
// Z_FINISH: 最後のデータブロックであることを示し、処理を終了する。
ret = deflate(&strm, Z_NO_FLUSH); // または Z_FINISH
if (ret != Z_OK && ret != Z_STREAM_END) {
// エラー処理
fprintf(stderr, “deflate failed: %s\n”, strm.msg);
deflateEnd(&strm);
return ret;
}// 出力バッファに書き込まれたデータのサイズ = CHUNK_SIZE – strm.avail_out
int have = CHUNK_SIZE – strm.avail_out;
// have バイトのデータが out_buffer に書き込まれているので、これをファイルやネットワークに書き出す
// … write have bytes from out_buffer …// avail_in が 0 になったら、次の入力データを strm.next_in / strm.avail_in にセットし直す
// avail_out が 0 になったら、出力バッファを処理(書き出し)し、strm.next_out / strm.avail_out をリセットする
``
deflate関数は、
strm.avail_inが0になるまで入力データを処理し、
strm.avail_outが0になるまで出力バッファにデータを書き込みます。呼び出し後、
strm.avail_inは処理されなかった入力データのサイズ、
strm.avail_out`は出力バッファの残りの空き容量を示します。 -
終了処理: すべての入力データを
deflate
に与え終えたら、最後の呼び出しでZ_FINISH
フラグを指定します。これにより、zlibは圧縮処理を完了し、残りのバッファ内容(フラッシュやDeflateストリームの終了コードなど)を出力バッファに書き出します。
Z_FINISH
を呼び出した後も、strm.avail_out
が0でなければ、出力バッファを処理(書き出し)する必要があります。deflate
がZ_STREAM_END
を返したら、すべての圧縮処理が完了したことになります。“`c
// すべての入力データを処理し終えた後
// 必要であれば、最後の出力バッファの処理
while (strm.avail_out == 0) {
strm.next_out = out_buffer;
strm.avail_out = CHUNK_SIZE;
ret = deflate(&strm, Z_FINISH);
// … process output_buffer (CHUNK_SIZE – strm.avail_out) …
if (ret == Z_STREAM_END) break;
if (ret != Z_OK) { / エラー処理 / break; }
}
// 最後のフラッシュされたデータがあるかもしれないので再度チェック
if (strm.avail_out < CHUNK_SIZE) {
// … process output_buffer (CHUNK_SIZE – strm.avail_out) …
}// Z_FINISH 呼び出しが Z_STREAM_END を返すまでループしても良い
// あるいは、最後のdeflate呼び出しを Z_FINISH で行い、Z_STREAM_END が返るまで出力を処理する
“` -
リソースの解放: 圧縮処理が完了したら、
deflateEnd
関数を呼び出し、zlibが内部で使用したメモリを解放します。
c
deflateEnd(&strm);
4.3.2. 解凍 (Inflate) の基本的な流れ
解凍処理も同様に、z_stream
構造体を使用し、以下のステップで行います。
-
z_stream
構造体の初期化: 圧縮時と同様にz_stream
構造体を初期化します。
c
z_stream strm;
strm.zalloc = Z_NULL;
strm.zfree = Z_NULL;
strm.opaque = Z_NULL; -
解凍処理の初期化:
inflateInit
またはinflateInit2
関数を呼び出し、解凍処理を初期化します。inflateInit(strm)
: デフォルト設定で初期化します。inflateInit2(strm, windowBits)
: ウィンドウサイズを指定して初期化します。windowBits
: LZ77ウィンドウサイズの対数(8-15)。15が32KBでデフォルトです。負の値(-8から-15)を指定すると、zlibヘッダーを想定しないRaw Deflateストリームとして処理します。15に32を加えると、zlibまたはgzipヘッダーを自動的に検出して処理します(推奨される設定です)。
初期化が成功すると
Z_OK
が返ります。c
// 通常は zlib/gzip 両対応にするため windowBits に 32+15 を指定するのが便利
int ret = inflateInit2(&strm, 32 + 15);
if (ret != Z_OK) {
// エラー処理
fprintf(stderr, "inflateInit failed: %s\n", strm.msg);
return ret;
} -
データブロックの解凍: 入力データ(圧縮データ)がある限り、ループ内で
inflate
関数を繰り返し呼び出します。
“`c
strm.next_in = compressed_data_buffer; // 圧縮データバッファのポインタ
strm.avail_in = compressed_data_size; // 圧縮データバッファのサイズ// 出力バッファを用意
Bytef out_buffer[CHUNK_SIZE]; // 解凍データを受け取るバッファ
strm.next_out = out_buffer;
strm.avail_out = CHUNK_SIZE;// 解凍実行
// Z_NO_FLUSH: 標準的な処理。入力データを消費し、出力バッファに解凍データを書き出す。
// Z_FINISH: 最後のデータブロックであることを示し、処理を終了する。
ret = inflate(&strm, Z_NO_FLUSH); // または Z_FINISH
if (ret != Z_OK && ret != Z_STREAM_END) {
// エラー処理 (Z_DATA_ERROR, Z_STREAM_ERROR, Z_MEM_ERRORなど)
fprintf(stderr, “inflate failed: %s\n”, strm.msg);
inflateEnd(&strm);
return ret;
}// 出力バッファに書き込まれた解凍データのサイズ = CHUNK_SIZE – strm.avail_out
int have = CHUNK_SIZE – strm.avail_out;
// have バイトのデータが out_buffer に書き込まれているので、これを処理する
// … process have bytes from out_buffer …// avail_in が 0 になったら、次の入力データ(圧縮データ)を strm.next_in / strm.avail_in にセットし直す
// avail_out が 0 になったら、出力バッファを処理し、strm.next_out / strm.avail_out をリセットする
// inflate が Z_STREAM_END を返したら、解凍完了。
``
inflate関数は、
strm.avail_inが0になるまで入力データを消費し、
strm.avail_outが0になるまで出力バッファにデータを書き込みます。解凍が成功的に完了すると
Z_STREAM_ENDが返ります。エラーが発生した場合は、
Z_DATA_ERROR(データ破損)、
Z_STREAM_ERROR(ストリームの状態がおかしい)、
Z_MEM_ERROR`(メモリ不足)などのエラーコードが返ります。 -
終了処理: 解凍が成功的に完了し(
inflate
がZ_STREAM_END
を返した)、かつ出力バッファに書き出されたデータをすべて処理したら、inflateEnd
関数を呼び出します。
c
// inflate が Z_STREAM_END を返した後
// 必要であれば、最後の出力バッファの処理
if (strm.avail_out < CHUNK_SIZE) {
// ... process output_buffer (CHUNK_SIZE - strm.avail_out) ...
}
inflateEnd(&strm);
注意点として、inflate
は入力データの末尾にzlibまたはgzipのフッター(チェックサムや元のデータサイズなど)が含まれている場合、それらを読み込んでチェックサムを検証します。検証に失敗するとZ_DATA_ERROR
を返します。Raw Deflateストリームの場合はフッターがないため、チェックサム検証は行われません。
4.3.3. ストリームAPI利用のポイント
- バッファ管理:
strm.avail_in
,strm.next_in
,strm.avail_out
,strm.next_out
を正しく管理することが最も重要です。avail_in
が0になったら新しい入力データをセットし、avail_out
が0になったら出力バッファの内容を処理してバッファポインタとサイズをリセットします。 - 戻り値:
deflate
やinflate
の戻り値をチェックし、エラーがないか、処理が終了したか(Z_STREAM_END
)を確認します。 Z_FINISH
フラグ: 圧縮・解凍の最後のdeflate
/inflate
呼び出しでのみZ_FINISH
を使用します。これにより、内部バッファに残っている全てのデータがフラッシュされ、圧縮/解凍ストリームが正しく終了します。- エラー処理: エラーコードが返された場合は、適切にエラーメッセージを取得(
strm.msg
)し、deflateEnd
/inflateEnd
を呼び出してリソースを解放することが重要です。
4.4. 簡易APIの使い方
zlibは、メモリ上のデータを一度に圧縮・解凍するためのよりシンプルな関数も提供しています。
compress(dest, destLen, source, sourceLen)
:source
からsourceLen
バイトのデータを読み込み、圧縮してdest
に書き込みます。destLen
は出力バッファのサイズ(ポインタ)で、関数呼び出し後に実際に書き込まれたサイズが格納されます。compress2(dest, destLen, source, sourceLen, level)
:compress
に圧縮レベル指定機能を追加したものです。uncompress(dest, destLen, source, sourceLen)
:source
からsourceLen
バイトの圧縮データを読み込み、解凍してdest
に書き込みます。destLen
は出力バッファのサイズ(ポインタ)で、関数呼び出し後に解凍されたサイズが格納されます。
これらの関数は手軽ですが、出力バッファサイズを事前に適切に見積もる必要があります。一般的に、圧縮後のサイズは元のサイズより小さくなりますが、最悪の場合(ほとんど圧縮できないデータや非常に小さなデータ)、元のサイズよりわずかに大きくなる可能性があります。そのため、出力バッファサイズは元のサイズの1.001倍 + 12バイト程度を見積もるのが安全とされています(zlibのマニュアルに目安の計算式が記載されています)。
大きなデータに対してこれらの簡易APIを使用すると、大量のメモリを一度に確保する必要が生じ、メモリ効率が悪化したり、メモリ不足エラーが発生したりする可能性があります。そのため、通常はストリームAPIの利用が推奨されます。
4.5. gzip互換ファイル処理関数
zlibは、gzip形式 (.gz
ファイル) を直接読み書きするための補助関数も提供しています。これらはgzopen
, gzread
, gzwrite
, gzclose
といった関数で、標準のCライブラリのファイル入出力関数 (fopen
, fread
, fwrite
, fclose
) と似たインターフェースを持っています。
“`c
// ファイルをgzip形式で圧縮しながら書き込む
gzFile file = gzopen(“output.gz”, “wb”); // wb: 書き込み、バイナリ、gzip形式
if (!file) {
// エラー処理
}
// データを書き込む
gzwrite(file, data_buffer, data_size);
// ファイルを閉じる
gzclose(file);
// gzip形式のファイルを解凍しながら読み込む
gzFile file = gzopen(“input.gz”, “rb”); // rb: 読み込み、バイナリ、gzip形式
if (!file) {
// エラー処理
}
// データを読み込む
char read_buffer[CHUNK_SIZE];
while (gzread(file, read_buffer, sizeof(read_buffer)) > 0) {
// 読み込んだデータを処理
// … process read_buffer …
}
// ファイルを閉じる
gzclose(file);
“`
これらの関数は、内部でzlibのストリームAPIをラップしており、ファイルから読み書きしながら自動的にgzipヘッダー/フッターの処理とDeflate圧縮/解凍を行ってくれます。.gz
ファイルを簡単に扱いたい場合に便利です。
4.6. チェックサム関数
ADLER32とCRC32のチェックサムを計算するための関数も提供されています。
“`c
// ADLER32 チェックサムの計算
uLong adler = adler32(0L, Z_NULL, 0); // 初期値 (0, Z_NULL, 0)
adler = adler32(adler, data1_buffer, data1_size); // データブロック1を追加
adler = adler32(adler, data2_buffer, data2_size); // データブロック2を追加
// 最終的な adler にチェックサム結果が格納される
// CRC32 チェックサムの計算
uLong crc = crc32(0L, Z_NULL, 0); // 初期値 (0, Z_NULL, 0)
crc = crc32(crc, data1_buffer, data1_size); // データブロック1を追加
crc = crc32(crc, data2_buffer, data2_size); // データブロック2を追加
// 最終的な crc にチェックサム結果が格納される
``
deflate
これらの関数は、ストリーム処理で少しずつデータを読み込みながらチェックサムを更新していくのに適しています。zlibの圧縮・解凍ストリームAPI (,
inflate) を使用した場合、
z_stream構造体の
adler`メンバに、処理された非圧縮データのADLER32チェックサムが自動的に格納されます(gzip形式の場合はCRC32)。
5. zlibの高度な使い方と応用
基本的な使い方に加えて、zlibはより高度なニーズに対応するための機能や、様々な応用方法があります。
5.1. カスタムアロケータの利用
組み込みシステムなど、メモリ管理に特殊な要件がある環境では、標準のmalloc
/free
が使用できなかったり、特定のプールからメモリを確保する必要があったりします。zlibは、z_stream
構造体のzalloc
、zfree
、opaque
メンバを介して、ユーザー定義のメモリ確保・解放関数を指定できます。
zalloc
関数は、zalloc(opaque, items, size)
というシグネチャを持ちます。opaque
はz_stream
に設定したユーザー定義のデータ、items
は確保する要素数、size
は各要素のサイズです。items * size
バイトのメモリブロックを確保してそのポインタを返します。
zfree
関数は、zfree(opaque, address)
というシグネチャを持ちます。opaque
はz_stream
に設定したユーザー定義のデータ、address
は解放するメモリブロックのポインタです。
これらの関数を実装し、deflateInit
やinflateInit
を呼び出す前にz_stream
構造体に設定することで、zlibのメモリ管理をカスタマイズできます。
5.2. メモリ上の大きなデータの効率的な処理
ストリームAPIを使うことで、メモリ上の大きなデータを、それを全体として保持することなく圧縮・解凍できます。例えば、巨大なバイト配列を圧縮する場合、その配列全体を入力バッファとして一度にdeflate
に渡すのではなく、小さなチャンクに分割して順次処理します。出力も同様に、出力バッファがいっぱいになるたびにその内容を処理し、バッファをクリアして再利用します。
“`c
// メモリ上の huge_data を compressed_data に圧縮する例(ストリームAPI使用)
Bytef huge_data[HUGE_SIZE]; // 圧縮元データ
Bytef compressed_data[COMPRESSED_BUF_SIZE]; // 圧縮結果格納バッファ
Bytef out_chunk[CHUNK_SIZE]; // 圧縮時の出力バッファ
z_stream strm;
// … strm 初期化 …
deflateInit(&strm, Z_DEFAULT_COMPRESSION);
strm.next_in = huge_data;
strm.avail_in = HUGE_SIZE;
strm.next_out = compressed_data; // 出力バッファ全体をここで指定するのではなく…
strm.avail_out = COMPRESSED_BUF_SIZE; // サイズも全体で指定するのではなく…
size_t compressed_pos = 0; // 圧縮結果の書き込み位置
do {
strm.next_out = out_chunk; // 小さな出力チャンクを指定
strm.avail_out = CHUNK_SIZE;
ret = deflate(&strm, strm.avail_in == 0 ? Z_FINISH : Z_NO_FLUSH);
if (ret != Z_OK && ret != Z_STREAM_END) { /* エラー処理 */ break; }
int have = CHUNK_SIZE - strm.avail_out;
if (compressed_pos + have <= COMPRESSED_BUF_SIZE) {
memcpy(compressed_data + compressed_pos, out_chunk, have);
compressed_pos += have;
} else {
// 出力バッファが足りない場合のエラー処理やリサイズ
}
} while (ret != Z_STREAM_END);
deflateEnd(&strm);
// 圧縮結果は compressed_data の compressed_pos バイト分
``
strm.next_in
この例のように、入力データ全体と出力データ全体を保持するバッファは別途用意しつつ、zlibの/
avail_inと
strm.next_out/
avail_out`には、ループごとに処理する小さなデータチャンクのポインタとサイズを指定するのが、ストリームAPIの典型的な利用方法です。
5.3. パフォーマンスチューニング(ウィンドウサイズ、メモリレベル、戦略)
deflateInit2
やinflateInit2
関数で指定できるパラメータを調整することで、パフォーマンスをチューニングできます。
- windowBits: 圧縮・解凍のLZ77ウィンドウサイズに影響します。値を大きくすると(最大15で32KBウィンドウ)、より遠くのデータとの一致を見つけやすくなり、圧縮率が向上する可能性があります。しかし、多くのメモリを使用し、圧縮速度が低下する可能性があります。解凍速度にもわずかに影響します。Raw Deflateやgzip形式を扱う場合は、適切な値を指定することが重要です(例えば、gzipは通常15、gzip/zlib自動判別は32+15)。
- memLevel: 圧縮時の内部ハッシュテーブルなどのサイズに影響します。値を大きくすると(最大9)、一致検出が高速化され、圧縮率も向上する可能性がありますが、使用メモリ量が増加します。解凍には影響しません。
- strategy: 圧縮アルゴリズムの動作(特に一致検出)に影響を与えます。
Z_DEFAULT_STRATEGY
: デフォルト設定。Z_FILTERED
: 画像や音声などのフィルタリングされたデータに適用すると良い場合があるかもしれません。Z_HUFFMAN_ONLY
: LZ77処理を行わず、ハフマン符号化のみを行います。データに繰り返しパターンがほとんどない場合に、LZ77処理のオーバーヘッドを避けるために使用することが考えられますが、通常は圧縮率は低下します。Z_RLE
: Run-Length Encoding とハフマン符号化を組み合わせます。RLEが有効なデータ(例: ベタ塗り部分が多い画像)に有効な場合があります。Z_FIXED
: 事前定義された静的ハフマンテーブルを使用します。動的テーブル生成のオーバーヘッドがないため高速ですが、圧縮率は通常低下します。
これらのパラメータは、圧縮対象のデータの種類や、アプリケーションが要求する速度/メモリ/圧縮率のトレードオフに応じて調整します。多くの場合、デフォルト設定(Z_DEFAULT_COMPRESSION
または level=6
with default windowBits
, memLevel
, strategy
)で十分なパフォーマンスが得られます。
5.4. 並列処理との連携
zlibライブラリ自体は、データの圧縮・解凍をシングルスレッドで行います。しかし、複数のデータチャンクを並列に圧縮・解凍したい場合は、アプリケーション側で複数のzlibストリーム(z_stream
構造体)を作成し、それぞれを異なるスレッドで処理することで並列化が可能です。
例えば、大きなファイルをいくつかのパートに分割し、各パートを別々のスレッドでzlibを使って圧縮し、後でそれらを結合するといった手法が考えられます。ただし、これにより生成される圧縮データは、単一の連続したzlib/Deflateストリームではなく、複数の独立したストリームの集合になります。これを解凍する際も、対応するパートを並列に解凍する必要があります。ZIPファイル形式などが、内部で個々のファイルエントリーを独立して圧縮することで、並列解凍を可能にしています。
5.5. 組み込みシステムでの利用
zlibはその高い移植性と、カスタムメモリ管理機能、そして比較的少ないメモリ使用量(特にウィンドウサイズやメモリレベルを小さく設定した場合)により、リソースが限られた組み込みシステムでも広く利用されています。ファームウェアの圧縮や、通信プロトコルでのデータ圧縮などに利用されています。
6. zlibの応用事例
zlibは、非常に多くのソフトウェアやシステムで利用されています。その一部を紹介します。
- オペレーティングシステム: Linuxの初期起動プロセス(initramfs/initrdの解凍)、カーネルモジュールの圧縮(modprobeなど)などにzlibが使われることがあります。ファイルシステムやネットワーク通信の一部で利用される場合もあります。
- Webサーバー: Apacheの
mod_deflate
やnginxなどのWebサーバーは、zlibを利用してHTTPレスポンスを圧縮し、クライアントへのデータ転送量を削減しています。ブラウザもzlib互換の解凍機能を内蔵しています。 - データベース: PostgreSQL, MySQLなどの一部のデータベースシステムは、データをディスクに格納する際にzlibによる圧縮オプションを提供しています。これにより、ストレージ容量を節約できます。
- ソフトウェア配布: apt (Debian/Ubuntu), yum/dnf (Fedora/RHEL), Homebrew (macOS), Chocolatey (Windows) といったパッケージマネージャーは、ソフトウェアパッケージの圧縮にgzip形式(内部でzlibを使用)やxz(LZMA)などを利用しており、特に古くから使われている形式としてgzipが広く利用されています。RPMパッケージなども内部でzlibが使われています。
- ファイルフォーマット:
- ZIP (.zip): 最も有名なzlibの応用例の一つです。ZIPアーカイブ内の個々のファイルは、しばしばDeflateアルゴリズム(zlib互換)で圧縮されます。
- PNG (.png): 可逆画像フォーマットであるPNGは、画像データの実体であるIDATチャンクの圧縮にDeflateアルゴリズムを使用しています。
- gzip (.gz): zlibを基盤とするコマンドラインユーティリティ
gzip
によって生成される単一ファイル圧縮フォーマットです。tarアーカイブと組み合わせて.tar.gz
や.tgz
としてよく利用されます。 - PDF (.pdf): PDFファイル内部のストリームオブジェクト(画像データやフォントなど)は、Deflateアルゴリズムで圧縮されていることがあります。
- OpenDocument Format (.odt, .ods, .odpなど): LibreOfficeやOpenOffice.orgなどで使われるこのファイル形式は、XMLファイルなどの集合をZIP形式でアーカイブしたものです。
- EPUB (.epub): 電子書籍フォーマットのEPUBも、HTMLファイルなどの集合をZIP形式でアーカイブしたものです。
- ゲーム開発: ゲームのリソースファイル(テクスチャ、モデル、オーディオなど)を圧縮して配布・ロード時間の短縮や容量削減にzlibが利用されることがあります。
- ネットワークプロトコル: SSHやTLS/SSL(ただし、現在はCRIME/BREACH攻撃のリスクから圧縮は無効化されることが多い)、VNCなどのプロトコルでデータ圧縮にzlibが利用される場合があります。
- 画像/音声/動画コーデック: 特定の非可逆コーデックの内部で、副次的な情報(メタデータや中間データ)の圧縮にzlibが利用されるケースもゼロではありませんが、Deflateは通常、画像や音声データの主要な圧縮方式としては使用されません(それらのデータはLZ77/ハフマン符号化とは異なる性質を持つため、JPEG/MP3/H.264などの専用コーデックが使われます)。ただし、ロスレス画像フォーマットのPNGやTIFFの一部圧縮方式としては直接使われます。
このように、zlibは非常に広範な分野で、目に見えない形で私たちのデジタル環境を支えています。
7. zlibを使う上での注意点
zlibは強力で広く使われているライブラリですが、利用する上でいくつか注意すべき点があります。
- メモリ使用量: ストリームAPIを使用しても、内部状態やLZ77ウィンドウバッファのためにある程度のメモリを使用します。特に
windowBits
やmemLevel
の設定によっては、使用メモリ量が増加します。メモリが非常に限られた環境では、これらのパラメータを小さく設定したり、カスタムアロケータを慎重に設計したりする必要があります。 - CPU使用率: 圧縮処理、特に高い圧縮レベルを選択した場合や、データに圧縮しにくい部分が多い場合、CPUリソースを比較的多く消費します。リアルタイム性が要求されるアプリケーションでは、圧縮レベルの選択や、処理をバックグラウンドスレッドで行うなどの配慮が必要です。解凍は圧縮よりも高速ですが、それでもCPUリソースを消費します。
- ストリーム処理の複雑さ: ストリームAPIは柔軟ですが、入力・出力バッファの管理、戻り値に応じた状態遷移、エラーハンドリングなどを正しく実装する必要があります。これは、特に初めてストリーム処理を扱う開発者にとっては学習コストとなる可能性があります。
- セキュリティ(圧縮爆弾): 信頼できない第三者から受け取った圧縮データを解凍する際には注意が必要です。「圧縮爆弾 (decompression bomb)」と呼ばれる、非常に高い圧縮率を持つ(または無限ループを引き起こすような)悪意のあるデータによって、解凍時に過剰なメモリやCPUリソースを消費させられ、サービス停止やシステムクラッシュにつながる可能性があります。zlib自体は無限ループなどのバグは少ないと考えられますが、過剰なリソース消費を防ぐためには、解凍後のデータサイズに上限を設けるなどの対策が必要になる場合があります。
- 最新バージョンと脆弱性: どのライブラリにも言えることですが、セキュリティ脆弱性やバグ修正のために、常に最新または推奨されるバージョンのzlibを使用することが推奨されます。特に、外部からデータを受け取るようなアプリケーションでは重要です。
8. 他の圧縮技術との比較と使い分け
zlibがDeflateアルゴリズムを実装していることは説明しましたが、他にも様々な圧縮技術が存在します。それぞれに得意な分野や特徴があり、zlibと比較してどのように使い分けるかを理解することは重要です。
- gzip:
gzip
コマンドによって生成されるファイル形式であり、内部の圧縮アルゴリズムとしてDeflate(zlib互換)を使用します。gzipは通常、単一のファイルを圧縮するために使用され、ファイルヘッダーやフッターに元のファイル名、タイムスタンプ、CRC32チェックサムなどが含まれます。zlibはライブラリとしてDeflateエンジンを提供するのに対し、gzipはそれをファイル形式として定義し、コマンドラインツールとして提供するものです。zlibのgzopen
/gzread
/gzwrite
関数はgzip形式を扱えます。 - bzip2: Burrows-Wheeler変換とMove-to-Front変換、ハフマン符号化などを組み合わせた圧縮アルゴリズムです。zlib(Deflate)よりも一般的に圧縮率が高い傾向がありますが、その代償として圧縮・解凍ともに速度が遅く、より多くのメモリを消費します。特に大きなファイルのアーカイブなど、速度よりも圧縮率が優先される場合に選択されます。
.bz2
拡張子のファイル形式に使われます。 - xz / LZMA: Lempel-Ziv-Markov chain Algorithm (LZMA) を基にした圧縮形式です。bzip2よりもさらに高い圧縮率を達成することが可能ですが、圧縮・解凍速度は遅く、特に圧縮時のメモリ消費が大きくなる傾向があります。ソフトウェア配布(特にソースコードアーカイブなど)やシステムのアーカイブなどで、最大限の圧縮率が必要な場合に利用されます。
.xz
拡張子のファイル形式に使われます。 - LZO / LZ4: Lempel-Ziv-Oberhumer (LZO) や Lempel-Ziv 4 (LZ4) は、Deflateやbzip2、LZMAとは異なり、「超高速」な圧縮・解凍を特徴とするアルゴリズムです。圧縮率はzlibよりも低い場合が多いですが、圧倒的な速度を誇ります。リアルタイム性の高いシステム(例: ネットワーク通信でのライブデータ圧縮、高速なディスクI/Oでのブロック圧縮、インメモリデータベース)など、速度が最優先される場面で選択されます。
- Zstandard (zstd): Facebookによって開発された比較的新しい圧縮アルゴリズムです。Deflateと同等以上の速度で、bzip2やLZMAに匹敵する、あるいはそれ以上の圧縮率を出すことを目指して設計されています。高速かつ高圧縮率という優れたバランスを持つため、近年急速に普及が進んでおり、多くの分野でzlibやgzip、LZMAなどの代替として検討・採用されています。
どの圧縮技術を選ぶか?
- zlib (Deflate): 汎用性が高く、圧縮率と速度のバランスが良い。ストリーム処理が得意。古くから広く普及しており、多くのプラットフォームで利用可能。既存のファイル形式(ZIP, PNGなど)との互換性が必要な場合や、特に要件がなければまず検討すべき「標準的」な選択肢。
- gzip: zlibベースで単一ファイルの圧縮に便利。
.tar.gz
などでアーカイブと組み合わせることが多い。 - bzip2 / xz (LZMA): 圧縮率を最大限に高めたい場合(特にアーカイブ)。速度やメモリ消費は劣る。
- LZO / LZ4: 速度が最優先で、圧縮率はそこそこで良い場合。リアルタイム処理や高速I/Oに。
- Zstandard: zlib/gzipより高速で高圧縮率を求める場合。新しいシステムや、パフォーマンス要求が高いが圧縮率も妥協したくない場合に有力な選択肢。
zlibは、これらの圧縮技術の中で「バランス型」として位置づけられ、その歴史的な経緯と優れた設計、そして自由なライセンスにより、今後も多くの場面で利用され続けると考えられます。
9. まとめ
この記事では、データ圧縮ライブラリであるzlibについて、その定義、歴史、主要な特徴、そして具体的な使い方と応用事例を詳細に解説しました。
- zlibは、特許フリーのDeflateアルゴリズムを実装した、C言語ベースのロスレスデータ圧縮ライブラリです。
- その最大の強みは、圧縮率と速度の優れたバランス、ストリーム処理のサポート、高い移植性、そして極めて自由なzlib Licenseにあります。
- 核となるDeflateアルゴリズムは、LZ77による繰り返しパターンの検出と、ハフマン符号化による効率的な符号割り当ての組み合わせです。
- C言語からは、柔軟なストリームAPI (
deflateInit
/inflateInit
,deflate
/inflate
,deflateEnd
/inflateEnd
) を用いて逐次処理を行うのが一般的です。簡便な簡易APIやgzip互換ファイルI/O関数も提供されています。 - 多くのプログラミング言語からバインディング経由で利用可能であり、オペレーティングシステム、Web、データベース、ファイル形式など、非常に広範な分野で基盤技術として利用されています。
- 利用にあたっては、メモリ使用量、CPU使用率、ストリーム処理の複雑さ、そしてセキュリティ上の注意点(圧縮爆弾など)を理解しておくことが重要です。
- bzip2, xz, LZ4, Zstandardなど、他の圧縮技術と比較した場合、zlibは汎用性とバランスに優れる「標準」的な位置づけにあります。
zlibは、単なるデータ圧縮ライブラリにとどまらず、現代の多くのデジタルシステムを支える重要なインフラストラクチャの一つと言えます。この記事を通じて、zlibの強力さとその普及の理由をご理解いただけたことと思います。ぜひ、あなたの開発においてもzlibの活用を検討してみてください。