図解!SLAM 算法の仕組みを分かりやすく解説

はい、承知いたしました。「図解!SLAM 算法の仕組みを分かりやすく解説」と題した、約5000語の詳細な記事を作成します。ただし、本テキスト形式では実際の図を挿入できないため、図解の概念を言葉で丁寧に説明し、読者が頭の中で図をイメージしやすいような記述を心がけます。


図解!SLAM 算法の仕組みを分かりやすく解説

はじめに:ロボットや自動運転に不可欠な「地図と現在地」の技術、SLAMとは?

もしあなたが、まったく知らない街で迷子になったと想像してみてください。スマホの電波も入らず、誰にも助けを求められません。そんな状況で、あなたはどのようにして現在地を知り、目的地へたどり着こうとするでしょうか?

おそらく、あなたは周りの景色(建物、目印など)を見ながら、自分が歩いてきた道を思い出し、そして同時に、自分が通った道筋を頭の中でつなぎ合わせて、この場所がどういう構造になっているのか(地図)を少しずつ作っていくのではないでしょうか。そして、新しく見つけた目印をその地図に書き加え、それまでの移動経路と照らし合わせることで、「ああ、さっきあの角を曲がって、この大きな建物の隣に来たから、今の場所はここだ!」と自分の現在地を推定するはずです。

この「自分がどこにいるかを知る(自己位置推定)」ことと、「周りの環境がどうなっているかの地図を作る(環境地図作成)」という二つの作業を、同時に、リアルタイムに行う技術。これが、今回解説する「SLAM(スラム)」です。

SLAMは「Simultaneous Localization and Mapping」の頭文字をとったもので、「自己位置推定と環境地図作成の同時実行」を意味します。

なぜこの技術が重要なのでしょうか?

現代社会では、私たちの身の回りに「自律的に動き回る機械」がどんどん増えています。例えば、自動運転車、家庭用のお掃除ロボット、工場や倉庫を動き回る搬送ロボット、ドローン、そしてVR(仮想現実)やAR(拡張現実)のシステムなどです。

これらの機械やシステムが、私たちの世界で安全かつ効率的に機能するためには、自分が今どこにいるのかを正確に把握し、同時に周囲の状況を理解して「地図」として持つことが必須です。GPSが使えない屋内や地下、あるいはGPSだけでは精度が不十分な場合など、外部からの位置情報に頼れない環境で自律的に動くためには、SLAMの技術が不可欠となります。

自動運転車であれば、周囲の建物や道路の構造を把握し(地図)、その上で自分が車線内のどこを走っているかを知る(自己位置推定)必要があります。お掃除ロボットであれば、部屋の壁や家具の配置を把握し(地図)、自分が部屋の中のどこを掃除しているかを知る(自己位置推定)ことで、部屋全体を効率的に掃除できます。AR/VRでは、現実世界や仮想空間におけるユーザーやデバイスの位置と向きを正確に把握することで、現実世界と仮想世界を違和感なく重ね合わせたり、仮想空間内を自然に移動したりすることが可能になります。

このように、SLAMはロボット工学、コンピュータービジョン、自律システムなど、様々な分野を支える基盤技術となっているのです。

しかし、このSLAMは非常にチャレンジングな技術です。なぜなら、自己位置推定も地図作成も、それぞれ単独でも難しい課題であるにもかかわらず、SLAMではこれらを「同時に」行わなければならないからです。

想像してみてください。地図がない状態で自己位置を推定しようとすると、どうしても誤差が生じます。そして、その誤差のある自己位置情報を使って地図を作ると、作った地図にも誤差が含まれます。さらに、その誤差のある地図を使って自己位置を推定しようとすると、さらに誤差が大きくなってしまう…というように、互いの誤差が影響し合い、どんどん不正確になってしまうという問題が発生します。

この「誤差の蓄積」にいかにして対処し、いかにして頑健かつ高精度な自己位置推定と地図作成を同時に実現するか。これがSLAMアルゴリズムの核心的な課題であり、様々な研究や技術開発が行われています。

本記事では、この複雑なSLAMアルゴリズムが、どのような技術要素で構成され、どのように動いているのかを、専門知識がない方にも分かりやすく、図解をイメージしながら詳細に解説していきます。

SLAMの基本的な構成要素:フロントエンドとバックエンド

複雑なSLAMアルゴリズムも、その内部で行っている処理を大きく二つに分けることができます。それは、「フロントエンド」と「バックエンド」です。

(ここで、SLAMアルゴリズムの全体像を示す概念図をイメージしてみてください。図の左側に入力となるセンサーデータがあり、それがフロントエンドに入力され、さらにバックエンドへと処理が進み、最終的に自己位置情報と地図が出力される、という流れです。)

1. フロントエンド (Front-end)

フロントエンドは、ロボットやデバイスに搭載されたセンサーから取得した生データ(例えばカメラ画像やLiDARのスキャンデータ)を処理し、ロボットがごく短い時間で、あるいはごく狭い空間でどのように動いたか(局所的な位置姿勢の変化)や、周囲の環境に関する初期的な情報を推定する役割を担います。

例えるなら、あなたが迷子になったときに、目を開けて周りの景色を見たり、足の感覚でどれだけ歩いたかを認識したりする、といった入力部分と、そこから「目の前の建物が少し左にずれたから、私は右に動いたんだな」とか「さっき見た壁が近くなったから、私は前に進んだんだな」といった、ごく近くの動きや環境の変化を捉える部分に相当します。

フロントエンドは、センサーデータの種類によって使われる技術が大きく異なります。後ほど詳しく解説しますが、カメラを使う場合は「特徴点」と呼ばれる画像内の特徴的な部分を捉えたり、画像間の差分を見たりします。LiDARを使う場合は、レーザーが物体に当たって返ってきた点の集まり(点群)を処理します。

フロントエンドで推定されるのは、あくまで局所的な、つまり短い区間での動きや環境情報です。この情報だけを単純につなぎ合わせていくと、先ほど述べたように誤差がどんどん蓄積してしまいます。例えば、1メートル進んだつもりでも実際は1.01メートル進んでいた、右に90度曲がったつもりでも91度曲がっていた、といったわずかな誤差が積み重なると、時間が経つにつれて本来の位置から大きくズレてしまうことになります。これを「ドリフト(Drift)」と呼びます。

2. バックエンド (Back-end)

バックエンドは、フロントエンドから渡された局所的な位置姿勢の変化の情報や、初期的な環境情報、そして過去に推定された自己位置と地図の情報を受け取り、これら全体を統合して、より正確で、全体として矛盾のない自己位置と環境地図を推定する役割を担います。

例えるなら、あなたが少しずつ集めた「目の前の情報はこう」「さっきはこう動いた」といった断片的な情報をまとめて、「これらの情報から考えると、私は今この辺りにいて、周りの環境はこんな感じになっているはずだ」と、全体を見渡してより正確な地図と現在地を推測する部分に相当します。

バックエンドの主な仕事は、フロントエンドから得られた局所的な情報を「グローバルな」情報に統合する際に発生する誤差を修正し、地図と自己位置の間の整合性を保つことです。特に重要なのが、「ループ閉じ込み (Loop Closure)」と呼ばれる処理です。これは、ロボットやデバイスが過去に訪れた場所に戻ってきたことを検出し、その事実を使って、それまでに蓄積した経路や地図の誤差を一気に補正する処理です。

(ここで、ループ閉じ込みの概念図をイメージしてみてください。図では、ロボットが通った経路がだんだん歪んでいく様子が描かれており、過去の場所に戻ってきた地点で、その地点と過去のその場所が同じであることを認識し、それによって経路と地図の歪みが修正される様子が示されています。)

バックエンドでは、グラフ理論や確率統計(カルマンフィルタなど)、あるいは高度な最適化手法が用いられます。これらの技術を使って、たくさんの情報の中から最も確からしい自己位置と地図を導き出します。

このように、SLAMアルゴリズムは、目の前の情報をリアルタイムに処理する「フロントエンド」と、全体の整合性を保ち誤差を修正する「バックエンド」という二つの部分が連携して動作することで実現されているのです。

SLAMを支える多様なセンサー技術

SLAMは、どのようなセンサーを使って周囲の環境を認識するかによって、そのアプローチや得意な環境が大きく異なります。主に使われるセンサーには、カメラ、LiDAR、IMUなどがあります。複数のセンサーを組み合わせることで、それぞれの弱点を補い合い、より頑健なSLAMを実現することも可能です(センサーフュージョン)。

(ここで、異なるセンサーの画像をイメージしてみてください。例えば、カメラが写したカラー画像、LiDARがスキャンした無数の点の集まり(点群)、IMUのアイコンなど。)

1. カメラ(Visual SLAM: V-SLAM)

カメラは、人間の目と同じように、周囲の環境を画像として捉えるセンサーです。安価で情報量が豊富(色やテクスチャなど)であることから、非常に広く利用されています。カメラを使ったSLAMは「ビジュアルSLAM」または「V-SLAM」と呼ばれます。

V-SLAMで使われるカメラには、いくつかの種類があります。

  • 単眼カメラ (Monocular Camera):カメラが1つだけの場合です。最もシンプルで安価ですが、画像から直接的に奥行き情報(距離)を得ることができません。そのため、奥行きは動きと組み合わせた計算(三角測量など)で推定する必要があり、初期スケール(地図の絶対的な大きさ)が不明になるという特徴があります。しかし、近年は高い追跡性能を持つモノキュラーSLAMの研究が盛んです。
    (ここで、単眼カメラが写す風景の画像と、そこから得られるであろう情報(色、形、明るさなど)をイメージしてください。奥行きが直接わからないことを示す矢印なども想像してみてください。)

  • ステレオカメラ (Stereo Camera):人間の目のように、左右に離れて配置された2つのカメラを使う方式です。2つのカメラで同じ物体を同時に撮影し、それぞれの画像における物体の位置のズレ(視差)を利用して、物体の奥行き(距離)を計算することができます。これにより、正確な3次元情報を得やすくなりますが、カメラ間の距離やキャリブレーション(位置関係の調整)が重要になります。
    (ここで、左右に並んだ2つのカメラのイラストと、それぞれのカメラが同じ物体を異なる角度から見ている様子、そして視差によって奥行きが計算できる原理を示す図をイメージしてください。)

  • RGB-Dカメラ (RGB-D Camera):通常のカラー画像(RGB)に加えて、各ピクセルに対応する奥行き情報(Depth)を直接取得できるカメラです。Kinect™やIntel® RealSense™などが代表的です。赤外線や構造光、Time-of-Flight(ToF)といった方式で奥行きを計測します。ステレオカメラよりも手軽に高密度な奥行き情報を得られますが、計測距離に制限があったり、屋外の強い光に弱かったりすることがあります。
    (ここで、RGB-Dカメラから得られるカラー画像と、それに対応するようなグレースケール(またはカラーマップ)の奥行き画像が並んでいる様子をイメージしてください。手前が明るく、奥が暗い、といったように奥行きを表現する図です。)

V-SLAMの利点は、豊富なテクスチャ情報を使えること、安価であること、受動的なセンサーであるため光があれば使えることなどです。一方、テクスチャがほとんどない環境(真っ白な壁など)や、光の変化が激しい環境、高速な動きには弱いという側面もあります。

2. LiDAR (Light Detection and Ranging)

LiDARは、レーザー光を対象物に照射し、その反射光が戻ってくるまでの時間や位相のズレを計測することで、対象物までの距離を正確に計測するセンサーです。LiDARは、3次元空間上の点の集まりとして環境を捉えます。この点の集まりを「点群 (Point Cloud)」と呼びます。

LiDARは、周囲360度をスキャンできる回転式のものや、特定の方向を走査するものなど、様々なタイプがあります。自動運転車の上によく搭載されている回転式のLiDARは、周囲の環境を非常に密な点群として取得できます。

(ここで、LiDARセンサーの形状(回転式のものなど)と、そこから放射状にレーザーが発射され、周囲の物体に当たって点となって記録されていく様子を示す概念図をイメージしてください。最終的に、無数の点が集まって周囲の環境を形作る点群が生成される様子も想像してみてください。)

LiDARを使ったSLAMは「LiDAR SLAM」と呼ばれます。LiDARは距離計測精度が高く、照明条件の影響を受けにくいという大きな利点があります。また、取得できる点群データは3次元的な形状情報に優れているため、正確な地図作成に適しています。

一方、LiDARは比較的高価であること、テクスチャ情報(色など)が得られないこと、雨や霧、雪などの悪天候に弱いこと(レーザーが散乱してしまうため)といった課題もあります。

3. IMU (Inertial Measurement Unit)

IMUは「慣性計測装置」と呼ばれ、加速度センサーとジャイロセンサー(角速度センサー)で構成されるセンサーです。加速度センサーは物体の並進加速度を、ジャイロセンサーは物体の角速度を計測します。

(ここで、IMUセンサーの小さなチップやモジュールの写真、そして加速度や回転を計測する様子を模式的に示す図をイメージしてください。矢印で加速度の方向を示したり、回転するオブジェクトを示したりする図です。)

IMUは、外部環境の情報に依存せず、自身の動き(加速度と角速度)を直接計測できるという特徴があります。この情報を使って、現在の速度や位置、向きを推定する手法を「慣性航法」または「デッドレコニング (Dead Reckoning)」と呼びます。

SLAMにおいては、他のセンサー(カメラやLiDAR)の情報を補強する役割でよく使われます。例えば、カメラ画像がブレて情報が得にくい高速移動時や、LiDARのスキャン中に一時的に特徴点が失われた場合などでも、IMUの情報を利用することで、ある程度の位置姿勢推定を継続することができます。

ただし、IMUの計測データには必ずノイズが含まれるため、デッドレコニングを長く続けると誤差が蓄積し、実際の場所から大きくズレてしまいます。このため、IMU単独で正確なSLAMを行うことは難しく、他のセンサーと組み合わせて使うのが一般的です(IMUと他のセンサーを組み合わせたSLAMは「Visual-Inertial SLAM (VIO)」や「LiDAR-Inertial SLAM」などと呼ばれ、非常に頑健なシステムを構築できます)。

4. その他のセンサー

上記以外にも、超音波センサー(近距離の障害物検知)、GPS(屋外での大まかな自己位置取得)、エンコーダー(車輪の回転数を計測して移動距離を推定)など、様々なセンサーがSLAMシステムの中で補助的に利用されることがあります。これらの情報を適切に組み合わせることで、より信頼性の高いSLAMを実現します。

(ここで、それぞれのセンサーのアイコンが並び、それらが融合されて一つのSLAMシステムに入力される様子を示す概念図、つまりセンサーフュージョンの概念図をイメージしてください。)

SLAMアルゴリズムの詳細:フロントエンドの処理

ここでは、特にビジュアルSLAM(V-SLAM)を例に、フロントエンドで行われる主要な処理をステップごとに詳しく見ていきましょう。カメラ画像から、どのようにして局所的な動きや環境情報が推定されるのでしょうか。

(ここで、一連の処理のパイプラインを示すフロー図をイメージしてください。入力として連続するカメラ画像があり、それが「特徴点抽出」→「特徴点追跡/マッチング」→「局所位置姿勢推定」というステップを経て、最終的に局所的な位置姿勢の変化が出力される流れです。)

ステップ1:特徴点の抽出 (Feature Extraction)

連続する画像フレーム(瞬間瞬間の写真)を比較して動きを推定するためには、画像の中で「これは同じ場所だ」と認識できる目印が必要です。これらの目印となる画像上の点を「特徴点 (Feature Point)」と呼びます。特徴点には、角や点の集まりなど、周囲の画像パターンに対して際立っている、つまり他の場所と区別しやすい点が選ばれます。

(ここで、ある建物の写真があり、その写真の角や窓の端、看板の文字の一部などに〇印や×印が付いている様子をイメージしてください。これらの印が付いている箇所が特徴点です。)

なぜ特徴点を使うのでしょうか? もし画像全体をそのまま比較しようとすると、少しカメラが動くだけで画像全体が大きく変化してしまい、どこがどう動いたのかを正確に把握するのが難しくなります。しかし、特徴点のように、画像の中で安定していて、カメラの視点が少し変わっても(回転やスケール変化などにもある程度強く)認識しやすい点を選べば、その点だけを追跡することで、効率的に動きを推定できます。

特徴点を抽出するための代表的なアルゴリズムには、SIFT (Scale-Invariant Feature Transform)、SURF (Speeded Up Robust Features)、ORB (Oriented FAST and Rotated BRIEF) などがあります。これらのアルゴリズムは、画像の中から特徴的なパターンを持つ箇所を検出し、さらにその特徴点を数値データ(特徴量ディスクリプタ)として表現します。この特徴量ディスクリプタは、たとえ画像が少し回転したり明るさが変わったりしても、同じ特徴点であれば似たような数値になるように設計されています。

ステップ2:特徴点の追跡またはマッチング (Feature Tracking / Matching)

連続する画像フレーム(例えば、時刻 t の画像と時刻 t+1 の画像)の間で、ステップ1で抽出した特徴点が、次の画像フレームのどこに移動したかを見つけ出します。この処理を「特徴点追跡」または「特徴点マッチング」と呼びます。

(ここで、2枚の連続する写真が左右に並んでおり、左の写真のある点(特徴点)と、右の写真の別の点(同じ物体が少し移動した先の点)の間が線で結ばれている様子をイメージしてください。たくさんの線が描かれていると、まさに「特徴点の追跡」の様子が伝わります。)

特徴点追跡は、前フレームで検出した特徴点の周辺領域の画像パターンを、次のフレームの画像の探索範囲内で探し回ることで行われます。探索範囲は、IMUの情報などで大まかな動きを予測することで絞り込むことができます。

特徴点マッチングは、前フレームで抽出した特徴点一つ一つについて、その特徴量ディスクリプタが、次のフレームで検出されたどの特徴点の特徴量ディスクリプタと最も似ているか、を計算することで行われます。

この追跡またはマッチングによって、「この特徴点(画像上の位置)は、次のフレームではこの特徴点(画像上の別の位置)に移動した」という対応関係(対応点ペア)が多数得られます。

ステップ3:局所的な位置姿勢推定 (Local Pose Estimation)

ステップ2で得られた対応点ペアの情報を使って、カメラ(ロボット)が前フレームから次のフレームの間にどのように動いたか、つまりカメラの並進(移動)と回転(向きの変化)を推定します。これが「局所的な位置姿勢推定」です。

(ここで、カメラのアイコンが2つの位置に描かれており、それぞれの位置から同じ3次元空間上の点(特徴点に対応する実世界の点)を見ている様子をイメージしてください。カメラの位置と向きが異なると、同じ3次元点がそれぞれの画像上で異なる位置に写ることを示す図です。この画像上の位置のズレから、カメラの動きを計算する、という概念です。)

この推定には、カメラの幾何学的な性質(エピポーラ幾何など)や、対応点ペアの情報、そして場合によっては深度情報(ステレオカメラやRGB-Dカメラの場合)が利用されます。数学的には、エッセンシャル行列やファンダメンタル行列、ホモグラフィーといった概念が使われます。これらの行列は、2つの画像間の対応点から、カメラの相対的な動きを計算するために用いられます。

例えば、単眼カメラの場合、2つの画像における対応点の位置から、カメラの相対的な回転と、並進の方向を計算できます。ただし、並進の「スケール(どれだけ進んだか)」は、単眼画像からは直接計算できません。そのため、最初のフレームからの相対的な位置姿勢は分かりますが、地図全体の「大きさ」は不明なままになります。このスケール不明瞭性の問題は、ステレオカメラやRGB-Dカメラを使ったり、IMUと組み合わせたりすることで解消されることがあります。

LiDARを使ったSLAMのフロントエンドでは、連続する2つのフレームで取得した点群データ(PointCloud)を比較し、最もよく重なり合うように点群を変換するような動き(並進と回転)を推定する「ICP (Iterative Closest Point)」というアルゴリズムなどがよく用いられます。これは、点群のマッチングによって局所的な動きを推定する手法です。

(ここで、異なる視点から取得された2つの点群が重ね合わされ、それらがぴったり一致するように一方の点群が移動・回転する様子をアニメーションのように示す概念図をイメージしてください。これがICPの考え方です。)

フロントエンドの出力は、このようにして推定された連続するフレーム間の「相対的な位置姿勢変化」の情報のリストです。この情報が、バックエンドへと渡され、全体的な地図と自己位置の構築に利用されます。

SLAMアルゴリズムの詳細:バックエンドの処理

フロントエンドから渡される局所的な位置姿勢変化の情報は、あくまで断片的なものであり、そのまま積み重ねていくと誤差が蓄積します。バックエンドは、この誤差を修正し、全体として矛盾のない高精度な自己位置と地図を構築する役割を担います。バックエンドには、いくつかの主要なアプローチがあります。

(ここで、バックエンドの処理全体を示す概念図をイメージしてください。フロントエンドからの入力が集積され、それがバックエンドの処理部(フィルタやグラフ最適化などのアイコン)に入力され、最終的に正確な自己位置と地図が出力される流れです。)

1. フィルタベースSLAM (Filter-based SLAM)

このアプローチは、自己位置と地図の状態を一つの確率分布として表現し、新しいセンサーデータが入ってくるたびに、この確率分布を更新していくことで、現在の最も確からしい自己位置と地図を推定する手法です。予測と更新というステップを繰り返しながら、確率的に状態を推定していきます。

代表的なフィルタベースの手法としては、カルマンフィルタ (Kalman Filter) や、その非線形版である拡張カルマンフィルタ (Extended Kalman Filter, EKF)アンセンテッドカルマンフィルタ (Unscented Kalman Filter, UKF) があります。

EKF-SLAMでは、ロボットの現在の位置姿勢と、地図上の特徴点(ランドマーク)の位置をまとめて一つの「状態ベクトル」として定義します。そして、ロボットの動きやセンサー観測のたびに、この状態ベクトルとその不確かさ(共分散行列)を線形近似を用いて更新していきます。

(ここで、状態ベクトルと共分散行列を更新していく様子を模式的に示す図をイメージしてください。例えば、ロボットの位置の推定値が中心にあり、その周りに楕円(不確かさの範囲を示す)が描かれており、新しい観測が入るたびに推定位置が移動し、楕円が小さくなったり形が変わったりする様子です。)

また、複数の確率的な推定(パーティクル)を用いて状態を表現するパーティクルフィルタ (Particle Filter) を応用したFastSLAMのような手法もあります。

フィルタベースSLAMの利点は、リアルタイム処理に適していることや、確率的な不確かさをモデル化できることです。しかし、状態ベクトルが大きくなる(つまり、地図上の特徴点の数が増える)につれて、計算量が爆発的に増加するという大きな課題(特にEKF-SLAMの場合)があります。このため、大規模な環境での地図作成にはあまり向きません。

2. グラフベースSLAM (Graph-based SLAM)

近年、特に大規模環境でのSLAMで主流となっているのが、このグラフベースのアプローチです。この手法では、ロボットが訪れた重要な位置姿勢(キーフレーム)を「ノード (Node)」とし、それらの位置姿勢間の相対的な関係(フロントエンドで推定された動きなど)や、同じ場所を複数回観測したことによる関係(ループ閉じ込み)を「エッジ (Edge)」として表現します。SLAMの問題は、この「位置姿勢グラフ」を構築し、グラフ全体として最も矛盾のないように各ノード(位置姿勢)を調整するグラフ最適化問題として解釈されます。

(ここで、複数の〇(ノード)が線(エッジ)で結ばれたグラフ構造の図をイメージしてください。ノードの〇の中にはロボットのアイコンや位置座標が書かれており、エッジの線の上にはその2つのノード間の相対的な移動量(並進と回転)や、不確かさが書かれている様子です。)

バックエンドは、フロントエンドから得られた局所的な位置姿勢変化の情報を使って、新しいノードとエッジをグラフに追加していきます。そして、後述する「ループ閉じ込み」が検出されると、過去のノードと現在のノードの間に新しいエッジ(同じ場所であるという制約)が追加されます。

このグラフには、フロントエンドで積み重ねられた誤差が含まれています。特にループ閉じ込みのエッジは、「ここは過去に訪れた場所と同じはずだ」という強い制約を与えるため、それまでの経路や地図の歪みを修正するのに非常に重要です。グラフベースSLAMでは、グラフ全体のエッジの制約を満たすように、各ノードの位置姿勢を最適化計算によって一度に調整します。これにより、全体の誤差を均一に分散させ、整合性の取れた地図と経路を得ることができます。

(ここで、グラフのノードの位置が最初は不規則に配置されているが、最適化計算によってそれらが規則正しく配置され、経路や地図の歪みが修正される様子をアニメーションのように示す概念図をイメージしてください。)

グラフベースSLAMの利点は、ループ閉じ込みによる大域的な誤差修正に強く、大規模な環境にも比較的スケールしやすい点です。計算量もフィルタベースに比べて抑えやすいとされています。課題としては、正確なループ閉じ込み検出が重要であることや、最適化計算の計算コストが環境の規模やグラフ構造に依存することなどが挙げられます。

3. 最適化ベースSLAM (Optimization-based SLAM / Bundle Adjustment)

このアプローチは、フロントエンドで観測された全てのセンサーデータ(例:全ての画像フレームで観測された特徴点の画像座標)と、推定したい全ての状態変数(例:全てのカメラ位置姿勢と、観測された全ての3次元特徴点の座標)をまとめて定義し、実際の観測値と、現在の推定値から予測される観測値との差(誤差)が最小になるように、全ての状態変数を同時に最適化計算によって推定する手法です。

特にV-SLAMにおいて、カメラの位置姿勢と3次元特徴点の位置を同時に最適化する手法は「バンドル調整 (Bundle Adjustment, BA)」と呼ばれ、非常に高精度な結果を得られることで知られています。これは、多数のカメラから観測された3次元点が、それぞれのカメラ画像上のどの位置に写るか、という幾何学的な関係に基づいて、カメラの位置と3次元点の位置を同時に調整する処理です。

(ここで、複数のカメラのアイコンと、それらのカメラが共通して見ている複数の3次元点(オブジェクトや特徴点)が空間上に描かれている様子をイメージしてください。それぞれのカメラから3次元点への線が引かれており、それが各カメラの画像面に投影される様子を示し、画像面上の点の位置と実際の観測位置との差(誤差)が最小になるように、カメラと3次元点の位置を調整する様子を示す図です。)

最適化ベースSLAMの利点は、理論的に最も正確な推定が可能であること、そして地図上の全ての情報間の関係性を考慮できることです。しかし、推定する状態変数の数が非常に多くなるため、計算コストが非常に高いという大きな課題があります。このため、リアルタイム処理には工夫が必要であり、通常はバックエンドの処理の一部として、特定のキーフレームや特徴点に対して適用されることが多いです。

現代の高性能なSLAMシステムでは、これらのアプローチが単独で使われるというよりは、それぞれの利点を活かす形で組み合わせて使われることが一般的です。例えば、フロントエンドで大まかな位置姿勢を推定し、バックエンドでグラフベースの最適化を行い、さらに特定の状況や局所的な領域でバンドル調整のような高精度な最適化を行う、といった具合です。

SLAMの鍵を握る処理:ループ閉じ込み (Loop Closure)

前述の通り、SLAMにおける最大の課題の一つは「誤差の蓄積(ドリフト)」です。フロントエンドで推定される局所的な動きは、たとえわずかであっても、時間とともに積み重なると大きなズレとなります。この誤差を修正し、大域的に整合性の取れた地図と正確な自己位置を維持するために不可欠な処理が「ループ閉じ込み (Loop Closure)」です。

ループ閉じ込みとは、ロボットやデバイスが、過去に一度訪れたことのある場所にもう一度戻ってきたことを検出し、その事実を使って、それまでの経路や地図に蓄積された誤差を修正する処理です。

(ここで、ロボットがスタート地点から出発し、ぐるっと一周回ってスタート地点の近くに戻ってきた様子をイメージしてください。最初はスタート地点からどんどん離れていくように描かれていた経路が、戻ってきた地点で「あれ?ここ、前に来たことある場所だ!」と気づき、それによって歪んでいた経路全体が引っ張られて正しい形に修正される様子を示す図です。地図もそれに合わせて修正されます。)

ループ閉じ込みが検出されないSLAMシステムでは、経路や地図はどんどん歪んでいき、最終的には全く使い物にならなくなってしまいます。正確なループ閉じ込みは、SLAMシステムを大規模な環境や長時間の運用においても頑健に機能させるための生命線とも言えます。

ループ閉じ込みの処理は、主に以下の2つのステップで行われます。

ステップ1:ループ閉じ込みの検出 (Loop Closure Detection)

現在観測している環境が、過去に訪れたことのある場所の環境と「似ている」ことを検知する処理です。これは、現在のセンサーデータ(カメラ画像やLiDARの点群)と、過去に記録しておいたセンサーデータ(特にキーフレームとして保存しておいたデータ)を比較することで行われます。

(ここで、現在のカメラ画像と、過去に撮影された複数のカメラ画像が並んでおり、現在の画像と「似ている」過去の画像をコンピューターが見つけ出している様子をイメージしてください。似ている画像同士には線が結ばれている図など。)

検出手法にはいくつかあります。V-SLAMでは、過去のキーフレームの画像の特徴を使って、現在の画像との類似性を比較することが多いです。この際、画像の「見た目」を効率的に比較するために、「視覚的な単語バッグ (Bag of Visual Words, BoW)」といった技術がよく利用されます。これは、画像から抽出した特徴量を、あらかじめ学習しておいた「視覚的な単語」(よく出現する特徴量のパターン)の辞書を使って表現する手法です。画像を単語の集合として表現することで、順番や位置を気にすることなく、効率的に画像間の類似度を計算できます。

また、LiDAR SLAMでは、現在の点群と過去の点群の形状的な類似性を比較する手法や、点群から抽出した特徴量(環境の形状を特徴づけるもの)を比較する手法などがあります。

ループ閉じ込み検出の大きな課題は、「見た目が似ているけど違う場所(例えば、同じ構造の廊下がたくさんある環境)」と「見た目は少し違うけど同じ場所(例えば、時間帯や天候が変わった場所)」を区別することです。誤ったループ閉じ込みを検出してしまうと、かえって地図全体が崩壊してしまうため、高精度な検出と、検出されたループ閉じ込みが正しいかどうかを検証する仕組み(ジオメトリック検証など)が重要になります。

ステップ2:検出されたループ閉じ込み情報の利用(グラフ最適化)

ループ閉じ込みが正しく検出されたら、その情報を使って、それまでの経路と地図を修正します。グラフベースSLAMの場合、これは位置姿勢グラフに新しいエッジ(制約)を追加し、グラフ全体を再最適化することで行われます。

(ここで、ループ閉じ込みが検出される前は歪んでいたグラフが、ループ閉じ込みのエッジ(点線の矢印など)が追加され、そのエッジによってグラフ全体が引っ張られ、歪みが解消される様子をアニメーションのように示す概念図をイメージしてください。)

例えば、時刻 t の場所と時刻 t’ (> t) の場所が同じであったと検出された場合、グラフ上の時刻 t に対応するノードと時刻 t’ に対応するノードの間に、「この2つのノードは実際には同じ場所である」という制約を表すエッジが追加されます。このエッジは、それまでのフロントエンドからの情報だけでは表現できなかった「大域的な制約」となります。

グラフ最適化のアルゴリズム(g2oやCeres Solverなどのライブラリがよく使われます)は、この新しい制約を含め、グラフ全体の全てのエッジが最もよく満たされるように、各ノード(キーフレームの位置姿勢)の推定値を調整します。これにより、ループ閉じ込みが検出されるまでの経路と地図に蓄積された誤差が一気に解消され、全体として整合性の取れた、より正確な地図と自己位置が得られるのです。

このループ閉じ込みとそれに続く最適化の処理は、SLAMシステムが高精度かつ頑健に機能するために、バックエンド処理の中核をなす部分と言えます。

SLAMにおける地図表現 (Map Representation)

SLAMシステムが構築する「地図」は、その目的や利用するセンサーによって様々な形式があります。どのような情報を地図に含めるか、どのようにデータを表現するかによって、地図の利用方法や必要な計算リソースが変わってきます。

(ここで、いくつかの異なる地図表現の例を示す図をイメージしてください。例えば、点群の地図、特徴点だけの地図、格子状の地図などです。)

1. スパースマップ (Sparse Map)

スパースマップは、「まばらな」地図という意味で、環境中の特定の点(特に特徴点として使われた3次元点)の集合として表現される地図です。V-SLAMでよく使われる地図形式で、特に自己位置推定(トラッキング)の精度維持に重点を置く場合に有効です。

(ここで、何もない空間に、いくつかの目印となる点だけが描かれている様子をイメージしてください。これらの点が3次元空間上の特徴点の位置を表しています。)

スパースマップは、データ量が比較的少なく、構築や管理に必要な計算リソースも少なくて済むという利点があります。しかし、環境全体の形状を詳細に把握することは難しく、ナビゲーションや障害物回避といった用途には不向きな場合があります。主に、自己位置推定の精度向上や、ループ閉じ込み検出のための情報として利用されます。

2. デンスマップ (Dense Map) および セミデンスマップ (Semi-dense Map)

デンスマップは、「密な」地図という意味で、環境中のほぼ全ての点(またはボクセル)の集合として表現される地図です。RGB-Dカメラを使ったKinectFusion™のようなシステムは、デンスな3Dモデルをリアルタイムで構築できます。LiDARが取得する点群も、デンスマップの一種と考えることができます。

(ここで、部屋の中の壁や家具などが、無数の点で密に表現された3次元モデルをイメージしてください。部屋の全体像が詳細に分かります。)

セミデンスマップは、スパースマップとデンスマップの中間に位置する地図です。画像中の特徴点だけでなく、輝度勾配が大きいエッジ部分など、より多くの点の情報を含みます。LSD-SLAM™のようなアルゴリズムで構築されます。

デンスマップやセミデンスマップは、環境の形状を詳細に把握できるため、自己位置推定だけでなく、ナビゲーション、障害物回避、ARアプリケーションでの現実世界とのインタラクションといった多様な用途に利用できます。一方、扱うデータ量が非常に膨大になるため、構築や更新、保存に高い計算リソースとメモリが必要となります。

3. オキュパンシーグリッドマップ (Occupancy Grid Map)

オキュパンシーグリッドマップは、環境を格子状(グリッド)に分割し、各セルが「占有されている(物体がある)」か「占有されていない(空間である)」かを表す確率を持つ地図です。主に、ロボットの経路計画やナビゲーションに利用されます。

(ここで、地面をたくさんのマス目に区切ったような図をイメージしてください。各マス目には、色が塗られており、例えば黒色が「占有されている(壁など)」、白色が「占有されていない(通路など)」、灰色が「不明」といったように、空間の状況を表しています。)

この地図は、特に2次元環境を移動するロボット(お掃除ロボットなど)でよく利用されます。LiDARや距離センサーからの情報を使って、グリッドの各セルの占有確率を更新していきます。

オキュパンシーグリッドマップは、経路計画に適した形式であり、計算量も比較的抑えられるという利点があります。しかし、3次元的な詳細な形状情報は失われるため、より複雑なタスクには不向きな場合があります。

4. セマンティックマップ (Semantic Map)

近年注目されているのが、環境中の物体に「意味」を付与したセマンティックマップです。単に形状だけでなく、どの物体が何であるか(例えば「これは壁」「これは椅子」「これはテーブル」など)といった情報を地図に含めます。

(ここで、デンスマップのように部屋が詳細に描かれている上に、「壁」「椅子」「テーブル」といったラベルが付与されている図をイメージしてください。それぞれの物体が異なる色でハイライトされている図なども良いでしょう。)

セマンティックマップを構築するには、SLAMの技術に加えて、画像認識や物体検出、セマンティックセグメンテーションといった深層学習を活用した技術が必要となります。

セマンティックマップを利用することで、ロボットは単に移動するだけでなく、「椅子の上にあるリンゴを取ってきて」「テーブルの周りを掃除して」といった、より高度で知的なタスクを実行できるようになります。これは、将来のサービスロボットや高度な自動運転システムにとって不可欠な技術となるでしょう。

代表的なSLAMアルゴリズムの紹介

これまで解説してきた技術要素(センサー、フロントエンド、バックエンド、ループ閉じ込み、地図表現)は、様々な形で組み合わされて、多様なSLAMアルゴリズムが生み出されています。ここでは、いくつかの代表的なSLAMアルゴリズムを簡単に紹介します。

  • ORB-SLAM (Monocular, Stereo, RGB-D):スペインの研究者によって開発された、高性能なV-SLAMシステムです。ORB特徴点を使用し、トラッキング、マッピング、リローカリゼーション(位置ロストからの復帰)、ループ閉じ込みといったSLAMの主要な機能を網羅的に実装しています。単眼、ステレオ、RGB-Dカメラに対応しており、多くのV-SLAM研究のベンチマークとして利用されています。グラフベースの最適化をバックエンドに用いています。
  • LSD-SLAM (Monocular):ドイツの研究者によって開発された単眼V-SLAMです。特徴点ではなく、画像の輝度勾配情報を利用して直接的にカメラの動きと環境の深度を推定する「ダイレクト法」をベースとしており、セミデンスマップを構築します。テクスチャの少ない環境にも比較的強いという特徴があります。
  • RTAB-Map (RGB-D, Stereo, Lidar):Robotics Toolbox for Adoption and Mappingの略で、グラフベースのバックエンド(姿勢グラフ)とループ閉じ込みに重点を置いたSLAMアプローチです。RGB-Dカメラ、ステレオカメラ、LiDARなど多様なセンサーに対応しており、ロバスト性の高い地図構築が可能です。メモリ管理にも工夫が凝らされています。
  • KinectFusion (RGB-D):Microsoftによって開発された、RGB-Dカメラを使ってリアルタイムに密な3Dモデル(ボクセルグリッド)を構築するシステムです。自己位置推定とデンスな地図構築を同時に行いますが、ループ閉じ込みの機能は持たないため、比較的狭い範囲での利用が前提となります。
  • LOAM (LiDAR Odometry and Mapping) および LeGO-LOAM (Lightweight and Ground-Optimized LOAM):LiDARを使った代表的なSLAMアルゴリズムです。LOAMは点群からエッジや平面といった特徴を抽出し、これらの特徴を使ってオドメトリ(局所的な動き推定)とマッピング(地図構築・全体最適化)を並列して行うことで、高精度かつリアルタイムなSLAMを実現しました。LeGO-LOAMはLOAMを改良し、軽量化と地面特徴の活用によって、より広い環境での利用に適しています。

これらのアルゴリズムは、それぞれ異なるアプローチや技術の組み合わせによって、特定のセンサーや環境、目的に対して高い性能を発揮します。

SLAMの応用分野

SLAM技術は、私たちの生活の様々な場面で利用され始めており、その応用範囲は日々拡大しています。

(ここで、様々なSLAM応用例を示すアイコンやイラストをイメージしてください。自動車、ロボット、ドローン、VRゴーグルなど。)

  • 自動運転 (Autonomous Driving):自動運転車は、カメラ、LiDAR、レーダーなど様々なセンサーを搭載し、周囲の環境を認識して自己位置を正確に把握する必要があります。特にGPS信号が不安定な都市部やトンネル内、あるいはセンチメートル級の高精度な位置情報が必要な場合などでは、SLAM技術が中心的な役割を果たします。高精度の地図を事前に作成しておき、走行中にセンサー情報と照合して自己位置を推定する「マップマッチング」と組み合わせたSLAMも重要です。
  • ロボットナビゲーション (Robot Navigation):家庭用お掃除ロボット、工場や倉庫内の搬送ロボット(AGV)、サービスロボットなど、自律的に移動する様々なロボットにとって、SLAMは必須の技術です。ロボットは自身の周囲環境の地図を作成し、その中で自己位置を推定することで、目的地までの経路を計画し、障害物を回避しながら移動します。
  • AR/VR (Augmented Reality / Virtual Reality):AR(拡張現実)では、現実世界の上に仮想的な情報を重ね合わせて表示します。VR(仮想現実)では、ユーザーは仮想空間に入り込みます。これらのシステムでは、ユーザー(やデバイス)が現実世界や仮想空間内のどこにいて、どちらを向いているかを正確に把握する必要があります。SLAM技術は、現実世界の特徴点をトラッキングしたり、仮想空間内の構造を利用したりすることで、高精度な位置と向きの追跡(トラッキング)を実現します。これにより、現実世界と仮想世界がズレることなく、没入感のある体験が可能になります。スマートフォンのAR機能にもSLAM技術が使われています。
  • ドローンおよび無人航空機 (UAV):ドローンがGPS信号の届かない場所(屋内、橋の下など)や、GPSだけでは不十分な低空域や複雑な環境で自律飛行を行うためには、カメラやLiDAR、IMUを使ったSLAM技術が不可欠です。空撮や点検、測量といった用途で活用されています。
  • 水中ロボットおよび探査 (Underwater Robotics):水中はGPS信号が届かないため、自律航行が特に難しい環境です。水中ロボットは、ソナーやカメラなどのセンサーを使ってSLAMを行い、海底地形の地図を作成したり、構造物を点検したりします。
  • 測量およびマッピング (Surveying and Mapping):SLAM技術は、建物の内部やインフラ構造、自然環境などを効率的に3次元計測し、高精度な地図や3Dモデルを作成する用途にも使われます。人が持ち運べるモバイルマッピングシステムや、車両に搭載されたシステムなどがあります。

これらの応用分野以外にも、SLAM技術は、医療(内視鏡ロボット)、農業(自律走行トラクター)、物流(自動ピッキングロボット)、セキュリティ(自律巡回ロボット)など、様々な分野で活用が進んでいます。

SLAMの今後の展望と課題

SLAM技術は目覚ましい進歩を遂げてきましたが、まだいくつかの課題があり、現在も活発な研究開発が続けられています。

  • 精度と頑健性の向上:特に大規模で複雑な環境(変化が多い、動的な物体が多い、視覚的な特徴が少ないなど)や、急激な動き、悪天候といった厳しい条件下でも、高精度でロバストに機能するSLAMシステムの実現が求められています。
  • 計算効率化と軽量化:SLAMは多くの計算リソースを必要とします。より小型で、省電力なデバイス(スマートフォンや小型ドローンなど)でも高精度なSLAMを実行できるように、アルゴリズムの計算効率化や、ハードウェアの最適化が重要な課題です。
  • セマンティックSLAMの発展:単なる幾何学的な形状だけでなく、環境中の物体や場所の「意味」を理解した地図(セマンティックマップ)を構築することで、ロボットがより高度で知的な判断を下せるようになります。深層学習などのAI技術との融合が鍵となります。
  • 動的環境への対応:人や車が行き交うような、環境が常に変化する動的な環境でも、正確な自己位置推定と地図作成を行う技術が必要です。動的な物体を認識・追跡し、地図から適切に除外する、あるいは地図上に動的な情報を表現するといったアプローチが研究されています。
  • 協調SLAM (Cooperative SLAM):複数のロボットやデバイスが互いに情報共有しながら、単独では難しい広範囲の地図作成や、より頑健な自己位置推定を行う技術です。大規模な建物のマッピングや、災害現場の探索といった用途が期待されます。
  • 深層学習との融合:近年、深層学習は画像認識や推定タスクにおいて非常に高い性能を発揮しています。SLAMにおいても、特徴点抽出、局所位置姿勢推定、ループ閉じ込み検出、深度推定、地図構築など、様々な処理に深層学習を導入する研究が進められており、性能向上が期待されています。

まとめ:SLAMは未来の自律システムを支える基盤技術

本記事では、SLAM(自己位置推定と環境地図作成の同時実行)の基本的な仕組みを、図解をイメージしながら詳細に解説しました。

SLAMは、まるで迷子が地図を作りながら現在地を知るように、センサー情報から周囲環境の地図を構築し、同時にその地図上での自身の正確な位置と向きを推定する技術です。

その仕組みは、センサーデータから局所的な動きと初期情報を得る「フロントエンド」と、それらの情報を統合し、誤差を修正して全体として整合性の取れた自己位置と地図を構築する「バックエンド」という、大きく二つの要素から構成されます。

フロントエンドでは、カメラ画像の特徴点追跡や点群マッチングなどによって、連続するフレーム間の相対的な位置姿勢変化が推定されます。バックエンドでは、フィルタベース、グラフベース、最適化ベースといった様々なアプローチを用いて、フロントエンドからの情報を統合し、特に「ループ閉じ込み」を検出・利用することで、誤差を修正し、高精度な自己位置と地図を実現します。

構築される地図も、その用途に応じてスパースマップ、デンスマップ、オキュパンシーグリッドマップ、セマンティックマップなど、様々な形式があります。これらの処理を可能にするために、カメラ、LiDAR、IMUといった多様なセンサーが利用され、それぞれの特性を活かした技術が用いられています。

自動運転、ロボット、AR/VR、ドローンなど、現代社会の多くの自律システムにとって、SLAMはまさに「目」と「脳」の一部として不可欠な基盤技術となっています。今後も、深層学習との融合や動的環境への対応といった研究が進み、SLAM技術はさらに発展していくことでしょう。

この記事を通じて、複雑に思えるSLAMアルゴリズムの仕組みについて、読者の皆様の理解が深まったなら幸いです。この技術が、私たちの未来をどのように形作っていくのか、今後の展開に注目していきましょう。


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