Boost Converter入門:電圧アップ回路の基礎知識

Boost Converter入門:電圧アップ回路の基礎知識と設計の要点

序論

現代の電子機器は、様々な電圧レベルの電源を必要とします。スマートフォンからノートPC、自動車、LED照明システム、太陽光発電システムに至るまで、多くのアプリケーションで電圧の変換が行われています。特に、バッテリー駆動機器のように、限られた低い電圧源から、より高い電圧を作り出す必要がある場面では、電圧を「上げる」ための回路が不可欠となります。このような目的で広く利用されているのが、「Boost Converter(昇圧コンバータ)」です。

線形レギュレータも電圧変換器の一種ですが、これは入力電圧が出力電圧よりも高い場合にしか使えず、また余分なエネルギーを熱として消費するため効率が悪いという欠点があります。これに対して、Boost Converterを含むスイッチングコンバータは、スイッチング動作を利用してエネルギーを一時的に蓄え、それを放出することで電圧を変換します。これにより、線形レギュレータに比べてはるかに高い変換効率を実現できます。

本記事では、このBoost Converterの基本原理から、その構成要素、詳細な動作モード、制御方法、そして実際の設計における重要な考慮事項までを、初心者にも理解できるように詳細に解説します。Boost Converterがどのようにして電圧を「持ち上げる」のか、その秘密を解き明かしていきましょう。


1. Boost Converterの基本原理

Boost Converterは、直流(DC)電圧を入力として、それよりも高い直流電圧を出力するDC-DCコンバータの一種です。その基本的な構成要素は、以下の4つです。

  1. インダクタ (L): エネルギーを磁気エネルギーとして蓄える役割を果たします。
  2. スイッチング素子 (S): 回路のオン/オフを高速に切り替える半導体素子(主にMOSFETが使われます)。
  3. ダイオード (D): 電流を一方向にだけ流す整流素子です。
  4. 出力コンデンサ (Cout): 出力電圧を平滑化し、負荷に安定した電流を供給します。

これらの部品は、概念的には図1に示すような構成で接続されます。入力電圧源(Vin)にインダクタ(L)が直列に接続され、そのインダクタの先にスイッチング素子(S)がグラウンドに向かって接続されています。また、インダクタとスイッチング素子の間のノードから、ダイオード(D)を通して出力コンデンサ(Cout)と負荷(Rload)に接続され、出力電圧(Vout)が得られます。ダイオードのカソード側が出力側、アノード側がインダクタ側になります。

Boost Converterの動作は、このスイッチング素子(S)を高速にオン/オフすることによって成り立っています。スイッチング周期(T)を一定とし、その周期中のスイッチがオンになっている時間の割合をデューティ比(D)と呼びます(オン時間 Ton = D * T)。オフ時間は Toff = (1-D) * T となります。このデューティ比を制御することで、出力電圧を調整します。

基本動作は、以下の2つの期間に分けて考えることができます。

期間1: スイッチング素子(S)がオンの状態 (0 < t < Ton)

  • この期間、スイッチ(S)は閉じられています。理想的には抵抗ゼロで電流が流れます。
  • 入力電圧(Vin)は、インダクタ(L)とスイッチ(S)を通してグラウンドにつながる閉回路を形成します。このとき、インダクタには入力電圧Vinが直接印加されます。
  • ダイオード(D)は、スイッチがオンになっている間、インダクタの右側のノード電圧がグラウンドレベル(ほぼ0V)になるため、出力電圧(Vout)よりも低くなり、逆バイアス状態となり、電流を流しません。出力側はダイオードによって入力側から切り離されます。
  • 入力電圧(Vin)がインダクタ(L)に印加されるため、インダクタには電流(iL)が流れ始め、時間とともに増加します。インダクタはエネルギーを磁気エネルギーとして蓄積します。
  • インダクタの電圧と電流の関係式 V = L * di/dt より、この期間のインダクタ電流の変化率(diL/dt)は、Vin = L * diL/dt となるため diL/dt = Vin / L となり、電流は直線的に増加します。
  • 出力コンデンサ(Cout)は、この期間、ダイオードによって入力側から切り離されているため、蓄えていた電荷を負荷(Rload)に供給します。このため、出力電圧はわずかに降下します(出力リップル電圧の一因)。

期間2: スイッチング素子(S)がオフの状態 (Ton < t < T)

  • この期間、スイッチ(S)は開かれています。理想的には電流は流れません。
  • インダクタ(L)に蓄えられたエネルギーは、電流を流し続けようとします。インダクタンスの性質により、電流の流れを急激に変化させようとすると、その変化を妨げる方向に電圧(逆起電力)が発生します。この逆起電力は、電流を維持するために、インダクタの左側(Vin側)よりも右側の電圧を高くしようと働きます。
  • インダクタの右側のノード電圧は、スイッチがオンの時(グラウンドレベル)から急激に上昇します。このインダクタの逆起電力と入力電圧(Vin)が直列に加算された電圧(Vin + |インダクタの逆起電力|)が、ダイオード(D)のアノード側に印加されます。
  • この電圧が出力電圧(Vout)よりも高くなると、ダイオード(D)は順バイアス状態となり、導通します。
  • インダクタに流れていた電流は、ダイオード(D)を通して出力コンデンサ(Cout)と負荷(Rload)に供給されます。これにより、出力コンデンサが充電され、出力電圧を維持・上昇させます。
  • インダクタのエネルギーが放出されるにつれて、インダクタ電流は時間とともに減少します。
  • この期間、インダクタに印加される電圧は、インダクタの左側の電圧(Vin)と右側の電圧(Vout – ダイオード順方向電圧降下Vf、理想的にはVout)の差である Vin – Vout となります(理想的なダイオードを仮定)。したがって、インダクタの電流変化率(diL/dt)は、Vin – Vout = L * diL/dt より diL/dt = (Vin – Vout) / L となります。出力電圧(Vout)は入力電圧(Vin)よりも高いため、Vin – Vout は負となり、この変化率は負となります。

このように、スイッチング素子のオン/オフを繰り返すことで、インダクタにエネルギーを蓄積・放出するサイクルが繰り返されます。インダクタの「電流を流し続けようとする」性質と、ダイオードによる一方向の流れ、そして出力コンデンサによる平滑化によって、入力電圧よりも高い、比較的安定した直流出力電圧が得られるのです。

理想的な回路における入出力電圧比

スイッチング周期(T)において、インダクタに印加される電圧の時間平均値はゼロであるという性質(インダクタの電圧-秒バランス、またはフラックスバランス)を利用すると、理想的なBoost Converterの入出力電圧比を求めることができます。これは、インダクタの電流が定常状態(周期的に同じ波形を繰り返す状態)にある場合、1周期の間に電流が増加した量と減少した量は等しくなければならない、という事実に基づいています。電流変化量が等しいということは、L * (電流変化率) = 電圧、ですから、印加された電圧と時間の積(電圧-秒積)の合計がゼロになる必要があります。

  • スイッチオン期間 (Ton = D * T): インダクタにかかる電圧 = Vin
    • インダクタ電圧-秒積 = Vin * Ton = Vin * D * T
  • スイッチオフ期間 (Toff = (1-D) * T): インダクタにかかる電圧 = Vin – Vout (理想的なダイオードとスイッチを仮定し、ダイオード順方向電圧降下を無視)
    • インダクタ電圧-秒積 = (Vin – Vout) * Toff = (Vin – Vout) * (1-D) * T

1周期の電圧-秒積の合計がゼロなので:
Vin * D * T + (Vin – Vout) * (1-D) * T = 0
両辺を T で割ると:
Vin * D + (Vin – Vout) * (1-D) = 0
Vin * D + Vin * (1-D) – Vout * (1-D) = 0
Vin * (D + 1 – D) – Vout * (1-D) = 0
Vin * 1 – Vout * (1-D) = 0
Vin = Vout * (1-D)

したがって、入出力電圧比は:
Vout / Vin = 1 / (1-D)

この式は、Boost Converterの最も基本的な電圧変換式です。ここで D はデューティ比(0 < D < 1)です。
* Dが0に近いとき、Vout ≈ Vin (昇圧されない)
* Dが大きくなるにつれて、Voutは急激に上昇します。例えば、D=0.5なら Vout = 1 / (1-0.5) * Vin = 2 * Vin、D=0.8なら Vout = 1 / (1-0.8) * Vin = 1 / 0.2 * Vin = 5 * Vin、D=0.9なら Vout = 1 / (1-0.9) * Vin = 1 / 0.1 * Vin = 10 * Vin となります。
* 理論上はDを1に近づけるほど無限に昇圧できますが、実際には部品の損失(スイッチング素子のオン抵抗、ダイオードの順方向電圧降下、インダクタの抵抗など)やスイッチング速度の限界、制御の難しさにより、実現できる昇圧比には限りがあります。損失がある場合、実際のVout/Vin比は 1/(1-D) よりも低くなります。

この電圧比の式は、後述する連続モード(CCM)で動作している場合に適用される理想的な場合の式です。不連続モード(DCM)で動作する場合や、損失を考慮する場合は、この式はそのままでは成り立ちません。


2. 主要部品の詳細解説

Boost Converterを構成する各部品は、それぞれ重要な役割を担っており、その選定がコンバータの性能(効率、安定性、サイズ、コストなど)に大きく影響します。

2.1. インダクタ (L)

  • 役割: スイッチオン期間にエネルギーを磁気エネルギーとして蓄積し、スイッチオフ期間にそのエネルギーを放出することで、電流を連続的に流し、電圧を昇圧する中核部品です。インダクタンスの働きにより、電流の急激な変化を抑え、入出力電流を平滑化する効果もあります。
  • 選定パラメータ:

    • インダクタンス値 (L): Boost Converterのインダクタ電流のリップル幅(変動幅)や、動作モード(CCM/DCM)を決定する重要なパラメータです。インダクタンス値が小さいとリップル電流が大きくなり、ピーク電流が増加します。大きいと電流リップルは小さくなりますが、インダクタのサイズが大きくなったり、価格が高くなったり、コンバータの制御応答性が悪くなったりします。適切な値は、入力/出力電圧、スイッチング周波数、最大/最小負荷電流、許容リップル電流などから計算されます。一般的に、CCM動作を維持するために必要な最小インダクタンスや、特定の電流リップル率(例えば、インダクタ電流の平均値に対するリップル幅の比率)を実現するためのインダクタンス値を求めます。
    • 許容電流 (定格電流): インダクタに流れる可能性のある最大電流(ピークインダクタ電流)に耐えられる必要があります。定格電流を超える電流が流れると、インダクタのコアが飽和したり、巻線が過熱したりする危険があります。ピークインダクタ電流は、入力電圧、出力電圧、最大負荷電流、インダクタンス値、スイッチング周波数などから計算され、平均インダクタ電流にインダクタ電流リップルのピーク値を加算して求められます。選定時には、このピーク電流に対して十分なマージンを持った定格電流のインダクタを選びます。
    • 飽和特性: インダクタのコア材料は、一定以上の磁束密度(電流に比例)に達すると磁気飽和を起こし、インダクタンス値が急激に低下します。インダクタンス値が低下すると、電流リップルが設計値よりも増大し、ピーク電流がさらに上昇するという悪循環を引き起こす可能性があります。最悪の場合、コンバータが正常に動作しなくなったり、スイッチング素子などが過電流で破壊されたりします。使用する最大電流(特にピークインダクタ電流)において、インダクタンス値が大きく低下しないようなインダクタを選定する必要があります。多くのインダクタメーカーは、電流に対するインダクタンス値の変化を示すグラフ(直流重畳特性)を提供しています。
    • コア材料: フェライト、鉄粉コア、アモルファス、ナノクリスタルなどの材料があります。それぞれ、飽和特性、透磁率(同じ巻数でどれだけ磁束を作りやすいか)、周波数特性、損失などが異なります。スイッチング周波数や必要な性能、コストに応じて適切な材料を選択します。例えば、高周波にはフェライトが適していますが、飽和しやすい傾向があります。鉄粉コアは比較的飽和しにくいですが、損失が大きくなる場合があります。
    • 直流重畳特性: 電流を流しながらインダクタンス値がどのように変化するかを示す特性です。最大動作電流においても、必要なインダクタンス値を維持できるかを確認します。カタログのグラフなどで確認します。
    • 損失: インダクタには直流抵抗(DCR: DC Resistance)による銅損(I^2*DCR)と、コア材料の磁気特性に起因するコア損(ヒステリシス損、渦電流損)があります。これらの損失はコンバータの効率に直接影響するため、低損失のインダクタが望ましいです。銅損は流れる電流の二乗と抵抗に比例し、コア損はスイッチング周波数と印加される交流磁束密度(電圧-秒積と巻数、コア断面積などで決まる)の関数です。特にスイッチング周波数が高いほどコア損が無視できなくなります。
  • 実際のインダクタ: 理想的なインダクタとは異なり、実際のインダクタには直列抵抗(ESR: Equivalent Series Resistance)成分があり、これが導通損失の原因となります。また、巻線間に寄生容量が存在し、高周波特性に影響を与えたり、スイッチングノイズの原因になったりします。

2.2. スイッチング素子 (S)

  • 役割: 高速にオン/オフを繰り返し、インダクタにエネルギーを蓄積・放出するタイミングを制御します。Boost Converterでは、インダクタとグラウンドの間に接続されるため、スイッチがオフのときにはその両端に高い電圧(出力電圧にほぼ等しい電圧)がかかります。したがって、出力電圧に応じた高い耐圧が必要です。主にパワーMOSFETが使われますが、高電圧大電流用途ではIGBTが使われることもあります。近年では、より高速スイッチングや高効率化が可能なGaN(窒化ガリウム)やSiC(炭化ケイ素)などの広バンドギャップ半導体デバイスも使われ始めています。
  • MOSFETの選定パラメータ:
    • 耐圧 (Vds: ドレイン-ソース間電圧): スイッチがオフのときに、スイッチ(MOSFETのドレイン-ソース間)には出力電圧(Vout)にほぼ等しい電圧がかかります。したがって、使用する最大出力電圧よりも十分に高い耐圧を持つMOSFETを選ぶ必要があります。スイッチング時の電圧オーバーシュート(リンギング)も考慮し、設計マージンとして、通常は最大出力電圧の1.2~1.5倍以上の耐圧を持つものを選びます。
    • オン抵抗 (Rds(on)): スイッチがオンのときのドレイン-ソース間の抵抗です。この抵抗により、電流が流れる際に I^2 * Rds(on) の電力損失が発生します(導通損失)。流れる電流の実効値が大きいほど、この損失は大きくなります。Rds(on)が低いほど導通損失は少なくなりますが、一般的に低オン抵抗のMOSFETはチップサイズが大きくなったり、ゲート容量が大きくなったりする傾向があります。
    • スイッチング速度: MOSFETをオン/オフする際の応答速度です。スイッチングが遅いと、オン/オフの切り替え時に電圧と電流が同時にゼロでない状態(スイッチング遷移期間)が存在する時間が長くなり、その間に電力が消費されます(スイッチング損失)。スイッチング周波数が高いほど、スイッチング回数が増え、この損失が大きくなるため、高速なスイッチングが可能なMOSFETが求められます。スイッチング速度は主にMOSFETのゲート容量とゲートドライバの駆動能力によって決まります。
    • ゲート容量 (Qg, Ciss, Coss, Crss): MOSFETをスイッチングさせるためには、ゲートに電荷を注入・引き出す必要があります。このゲート電荷量(Qg)や、入力容量(Ciss)、出力容量(Coss)、帰還容量(Crss)といった寄生容量が大きいほど、ゲートドライバに要求される駆動能力(電流供給・吸収能力)が大きくなり、スイッチング時間も長くなる傾向があります。スイッチング損失やゲート駆動回路の設計に大きく影響します。
  • 損失: MOSFETにおける主な損失は、スイッチがオンのときの導通損失(インダクタ電流の実効値Isw_rmsの二乗 * Rds(on))と、スイッチがオン・オフする際のスイッチング損失です。スイッチング損失はスイッチング周波数にほぼ比例します。また、ゲート駆動回路がMOSFETのゲート容量を充放電するために消費する電力も損失となります。適切なMOSFETの選定、高速で強力なゲートドライバの使用、そしてスイッチング時のリンギング抑制(スナバ回路など)により、これらの損失を最小限に抑えることが効率向上につながります。

2.3. ダイオード (D)

  • 役割: スイッチがオフの期間に、インダクタから出力コンデンサと負荷へ電流を流す役割と、スイッチがオンの期間に、出力コンデンサからインダクタ側への逆流を防ぐ役割を果たします。ダイオードがないと、スイッチオフ時にインダクタ電流の逃げ場がなくなり、スイッチやインダクタに異常な高電圧が発生したり、出力コンデンサの電荷が入力側に逆流したりします。
  • 種類:
    • ファストリカバリダイオード (FRD): PN接合ダイオードの一種で、スイッチング電源向けに逆回復時間(Trr)を短くしたものです。
    • ショットキーバリアダイオード (SBD): 金属と半導体の接合を利用したダイオードで、PN接合ダイオードのような少数キャリア蓄積がないため、逆回復時間が極めて短い(実質ゼロとみなせる)のが最大の特徴です。また、順方向電圧降下(Vf)がPN接合ダイオードやFRDよりも低いという利点もあります。Boost Converterでは、この高速スイッチング性能と低Vfの利点から、ショットキーバオリアダイオードが広く用いられます。
  • 選定パラメータ:
    • 耐圧 (Vrrm: 繰り返しピーク逆方向電圧): ダイオードが逆方向(電流を流さない方向)にバイアスされたときにかかる最大電圧の定格です。スイッチがオンの期間、ダイオードには出力電圧(Vout)にほぼ等しい逆方向電圧がかかります。したがって、使用する最大出力電圧よりも十分に高い耐圧を持つダイオードを選ぶ必要があります。スイッチング時の電圧オーバーシュートも考慮し、設計マージンをとります。
    • 順方向電圧降下 (Vf): ダイオードがオンのときに発生する電圧降下です。この電圧降下とダイオードに流れる順方向電流の積がダイオードの導通損失となります(Pd_D = Id_avg * Vf)。Vfが低いほど導通損失は少なくなります。ショットキーダイオードはこのVfが低いのが大きな利点です。Vfは流れる電流や温度によって変動します。
    • 平均順方向電流 (If(avg)): ダイオードに流れる平均電流の定格です。スイッチオフ期間にインダクタ電流が流れるため、この平均値はほぼ負荷電流(Iout)に等しくなります。最大負荷電流に対応できるものを選びます。
    • ピーク順方向サージ電流 (Ifsm): 瞬間的に流れる大きな電流(例えば起動時や短絡時)に耐えられる定格です。
    • 逆回復時間 (Trr): ダイオードが順方向から逆方向バイアスに切り替わったときに、少数キャリアの蓄積が原因で逆方向に電流が瞬間的に流れる時間です。Trrが長いと、スイッチがオンになった瞬間に、スイッチとダイオードの両方に同時に電流が流れる期間が発生し、損失(逆回復損失)が増大します。スイッチング周波数が高いほど、この損失は無視できなくなります。ショットキーダイオードはTrrが非常に短いため、この逆回復損失を無視できることが多く、Boost Converterによく用いられますれる理由の一つです。ただし、ショットキーダイオードも完全に逆回復電流がゼロではないため、厳密には損失があります。
  • 損失: ダイオードにおける主な損失は、順方向電流が流れる際の導通損失(Id_avg * Vf)と、スイッチオフ時に発生する逆回復損失です。DCM動作時やショットキーダイオード使用時には逆回復損失は非常に小さくなります。

2.4. 出力コンデンサ (Cout)

  • 役割: スイッチがオンの期間にダイオードがオフになるため、この期間、負荷へ電流を供給する「エネルギー貯蔵タンク」の役割を果たします。また、スイッチがオフの期間にダイオードを通して供給されるインダクタ電流を受け取り、出力電圧の変動(リップル)を平滑化し、安定した直流出力電圧を維持する役割を担います。出力電圧のリップルを抑制するためにも非常に重要です。
  • 選定パラメータ:
    • 容量値 (C): 出力電圧のリップル電圧(Vripple)を決定する主要因の一つです。スイッチオン期間に負荷に供給する電荷量と、スイッチオフ期間に受け取る電荷量に基づいて計算されます。容量が大きいほど、同じ期間における電圧降下(リップル)は小さくなりますが、コンデンサのサイズが大きくなり、コストも高くなる傾向があります。また、容量が増えるとESRやESLも増大する場合があります。必要なリップル電圧仕様を満たす最小容量を計算して選定します。Vripple ∝ 充電/放電される電荷量 / 容量 です。
    • ESR (等価直列抵抗): コンデンサの内部抵抗成分です。出力リップル電圧は、コンデンサに流れる電流リップルとこのESRの積に大きく依存します(Vripple ≈ Iripple_rms * ESR)。スイッチオフ期間に流れるダイオード電流波形(ほぼ三角波)が出力コンデンサに流れ込み、これが主なリップル電流源となります。ESRが低いほど、同じ容量でもリップル電圧を小さくできます。スイッチング周波数が高いほど、コンデンサに流れるリップル電流の周波数も高くなり、ESRの影響が大きくなります。アルミ電解コンデンサはESRが高い傾向があり、セラミックコンデンサやポリマーコンデンサはESRが低い傾向があります。Boost Converterの出力には、低ESRのコンデンサが強く推奨されます。
    • ESL (等価直直列インダクタンス): コンデンサの内部インダクタンス成分です。高周波特性に影響し、特にスイッチング時の急峻な電圧・電流変化に対して、ESRと同様にリップル電圧やスイッチングノイズに寄与します。ESLも低い方が望ましいです。
    • 耐圧: コンデンサにかかる最大電圧(出力電圧のピーク値 + リップル電圧のピーク値)よりも十分に高い耐圧が必要です。特に電解コンデンサなどは、電圧がかかると容量値が低下したり寿命が短くなったりする特性を持つものもあるため、適切な電圧ディレーティング(マージン)を考慮して選定します。
    • リップル電流耐性: スイッチング動作により、出力コンデンサには比較的大きなリップル電流が流れます。このリップル電流がコンデンサのESRを流れる際に I^2 * ESR の電力損失となり、コンデンサ内部で熱が発生します。コンデンサの定格リップル電流を超える電流が流れると、自己発熱により寿命が著しく短縮されたり、最悪の場合、故障したり発煙したりします。コンバータに流れる出力リップル電流の実効値を計算し、それに耐えられる定格リップル電流を持つコンデンサを選定する必要があります。特に電解コンデンサの寿命は温度に強く依存するため、リップル電流耐性とそれに伴う自己発熱に細心の注意が必要です。複数のコンデンサを並列に接続してリップル電流を分担させることもよく行われます。

2.5. 入力コンデンサ (Cin)

  • 役割: Boost Converterの入力電流は、スイッチング動作によって脈動します(特にスイッチオン時に大きく引き込まれます)。入力コンデンサは、この入力電流のリップルを吸収し、入力電圧源に直接大きな電流リップルが流れるのを防ぐとともに、入力電圧を安定化させる役割を果たします。入力電源のインピーダンスが高い場合(例:バッテリー、長い配線)や、電源ラインが長い場合に特に重要です。入力コンデンサがない、または不十分な場合、入力電圧が大きく変動し、コンバータの不安定動作や、入力電源や他の回路への悪影響を引き起こす可能性があります。
  • 選定パラメータ: 出力コンデンサと同様に、容量値、ESR、リップル電流耐性、耐圧が重要です。Boost Converterの入力電流リップルは、インダクタ電流リップルよりも複雑な波形(矩形波に近い脈動電流)になります。この入力電流リップルの実効値を計算し、それに耐えられるリップル電流耐性と、必要な入力電圧リップル抑制能力を持つ容量値およびESRのコンデンサを選定します。一般的に、出力コンデンサほど大容量や極端な低ESRが要求されないこともありますが、入力電源の特性や配線長によっては、低ESRかつ十分なリップル電流耐性を持つコンデンサが必要になります。セラミックコンデンサなどの低ESRコンデンサと、容量を稼ぐための電解コンデンサなどを組み合わせて使用することもよくあります。

3. 動作モードの詳細

Boost Converterの動作は、スイッチング周期中にインダクタ電流がゼロになるかどうかによって、主に2つのモードに分類されます。これらのモードは、コンバータの特性(入出力電圧比、損失、制御の容易さなど)に大きな影響を与えます。

3.1. 連続モード (CCM: Continuous Conduction Mode)

  • 定義: スイッチング周期を通して、インダクタ電流(iL)が常にゼロよりも大きい状態です。つまり、スイッチがオフになる期間が終わる時(次のスイッチオンが始まる直前)でも、インダクタには電流が流れています。これは主に、インダクタンス値が十分に大きいか、負荷電流が十分に重い場合に発生します。
  • 動作サイクル: CCM動作は、前述の基本原理で解説した2つの期間(スイッチオン期間とスイッチオフ期間)を繰り返します。
    • 期間1 (スイッチオン: Ton = D*T): スイッチSがオン。インダクタLにVinが印加され、インダクタ電流iLは初期値(iL_min > 0)から直線的に増加し、最大値(iL_max)に達します。増加量は ΔiL_on = (Vin/L) * Ton です。ダイオードDはオフ。Coutは負荷Rloadに電流Ioutを供給。
    • 期間2 (スイッチオフ: Toff = (1-D)*T): スイッチSがオフ。インダクタLに Vin – Vout の電圧が印加され(Vout > Vin より負の電圧)、インダクタ電流iLはiL_maxから直線的に減少し、期間の終わりにiL_minに戻ります。減少量は ΔiL_off = ((Vout-Vin)/L) * Toff です。ダイオードDはオン。インダクタ電流iLはダイオードDを通してCoutとRloadに供給されます。
  • 定常状態では、1周期のインダクタ電流の増加量と減少量は等しくなければなりません。 ΔiL_on = ΔiL_off より:
    (Vin/L) * Ton = ((Vout-Vin)/L) * Toff
    Vin * D * T = (Vout-Vin) * (1-D) * T
    Vin * D = (Vout-Vin) * (1-D)
    Vin * D = Vout * (1-D) – Vin * (1-D)
    Vin * D + Vin * (1-D) = Vout * (1-D)
    Vin * (D + 1 – D) = Vout * (1-D)
    Vin = Vout * (1-D)
    Vout / Vin = 1 / (1-D)
    この式は、理想的なCCM Boost Converterの入出力電圧比です。負荷電流には依存しません。
  • 波形:
    • インダクタ電流 (iL): 三角波状のリップルを伴いながら、ある平均値の周りを変動します。最小値は常に正(ゼロより大きい)です。平均インダクタ電流は、入力電力Poutと入力電圧Vinから計算されます(Pout = Vout * Iout = Pin = Vin * Iin_avg ≈ Vin * iL_avg、損失無視)。つまり、iL_avg ≈ (Vout/Vin) * Iout = (1/(1-D)) * Iout となります。
    • スイッチ電圧 (Vsw): スイッチオン期間はほぼゼロボルト(MOSFETのオン抵抗による電圧降下のみ)、スイッチオフ期間は出力電圧Voutにほぼ等しい電圧がかかります。
    • スイッチ電流 (Isw): スイッチオン期間にインダクタ電流iLと同じ電流が流れ、スイッチオフ期間はゼロです。
    • ダイオード電圧 (Vd): ダイオードオン期間(スイッチオフ期間)は順方向電圧降下Vfのみ、ダイオードオフ期間(スイッチオン期間)は出力電圧Voutにほぼ等しい逆方向電圧がかかります。
    • ダイオード電流 (Id): スイッチオフ期間にインダクタ電流iLと同じ電流が流れ、スイッチオン期間はゼロです。
    • 出力電圧 (Vout): 平均値はほぼ一定ですが、出力コンデンサCoutの充放電とESRによるリップルを含みます。
  • 特徴:
    • 入出力電圧比が Vout / Vin = 1 / (1-D) という単純な式で表され、負荷電流に依存しません(理想回路において)。これは制御の観点から有利です。
    • インダクタ電流のリップルが比較的小さいです。これにより、インダクタやスイッチング素子のピーク電流がDCMよりも小さく抑えられます。
    • 重負荷時に自然とこのモードで動作します。軽負荷になると、後述のDCMに移行します。
    • スイッチがオフからオンに切り替わる際に、ダイオードの逆回復電流が原因でスイッチング損失が発生します(特にFRD使用時)。ショットキーダイオードはこの損失を大幅に削減できます。
    • 制御ループの設計に際して、右半面ゼロ点(RHP Zero)を考慮する必要があります。

3.2. 不連続モード (DCM: Discontinuous Conduction Mode)

  • 定義: スイッチング周期中に、インダクタ電流(iL)がゼロになる期間がある状態です。つまり、スイッチオフ期間の途中でインダクタ電流がゼロになり、次のスイッチオンまで電流ゼロの状態が続きます。これは主に負荷が軽い場合や、インダクタンス値が小さい場合、スイッチング周波数が比較的低い場合に発生します。
  • 発生条件: CCMとDCMの境界は、インダクタ電流の最小値(iL_min)がゼロになる点です。特定の条件下(入力/出力電圧、デューティ比D、スイッチング周波数fsw、インダクタンス値L、負荷電流Iout)でCCM時のiL_minがゼロ以下になろうとすると、実際にはゼロで停止し、DCMに移行します。具体的には、負荷電流Ioutが小さくなる、インダクタンス値Lが小さくなる、スイッチング周波数fswが低くなる、デューティ比Dが小さくなる、といった場合にDCMになりやすくなります。
  • 動作サイクル: DCMは、CCMの2つの期間に加えて、インダクタ電流がゼロになる第3の期間が存在します。1周期Tは3つの期間に分かれます。
    • 期間1 (スイッチオン: Ton = D*T): スイッチSがオン。インダクタ電流iLはゼロから直線的に増加し、期間の終わりに最大値(iL_peak)に達します。増加量は ΔiL = (Vin/L) * Ton = (Vin/L) * D * T です。ダイオードDはオフ。Coutは負荷Rloadに電流Ioutを供給。
    • 期間2 (スイッチオフ, iL > 0: Toff1): スイッチSがオフ。インダクタ電流iLはiL_peakから直線的に減少します。電圧 Vin – Vout が印加され、減少率 diL/dt = (Vin-Vout)/L です。インダクタ電流は、この期間中にゼロに達します。この期間の長さToff1は、インダクタ電流がiL_peakからゼロになるまでの時間であり、 ΔiL = ((Vout-Vin)/L) * Toff1 より Toff1 = ΔiL * L / (Vout-Vin) となります。ダイオードDはオン。インダクタ電流iLはダイオードDを通してCoutとRloadへ供給されます。
    • 期間3 (スイッチオフ, iL = 0: Toff2): インダクタ電流iLがゼロになった後、スイッチはまだオフの状態です。インダクタ電流はゼロのまま維持されます。ダイオードDはインダクタ電流がゼロになった時点でオフになります(電流がゼロになったため順方向電圧降下がなくなり、出力電圧Voutがインダクタノードの電圧よりも高くなり逆バイアスになるため)。この期間は、次のスイッチオンまで続きます。期間の長さToff2 = T – Ton – Toff1 です。Coutが負荷Rloadにのみ電流Ioutを供給します。
  • 入出力電圧比: DCMではインダクタ電流の平均値がCCMよりも小さくなります。定常状態では出力電流の平均値Ioutは、ダイオード電流の平均値に等しくなります。ダイオード電流は期間2のみに流れる三角波の一部です。この平均値を計算し、負荷抵抗Rloadとの関係 Iout = Vout / Rload を用いると、Vout / Vin はデューティ比Dだけでなく、L, fsw, Rloadにも依存する複雑な式になります。大まかに言うと、DCMでのVout / Vin 比は、同じデューティ比DであればCCMよりも低くなります。
  • 波形:
    • インダクタ電流 (iL): 三角波状ですが、最小値は常にゼロです。スイッチオン開始時にゼロから増加し、スイッチオフ期間の途中でゼロに戻り、次のスイッチオンまでゼロのままです。
    • スイッチ電圧 (Vsw): スイッチオン期間はほぼゼロ。スイッチオフ期間の最初のToff1期間はVoutにほぼ等しい電圧。Toff2期間は、インダクタ電流がゼロでダイオードもオフになるため、スイッチの両端電圧は入力電圧Vinと出力電圧Voutの間の値になります(出力コンデンサCoutが負荷Rloadに放電している間は、このノード電圧はVoutよりも若干低くなります)。
    • ダイオード電流 (Id): スイッチオフ期間の最初のToff1期間にインダクタ電流iLと同じ電流が流れ、Toff1期間の終わりにゼロになり、その後はゼロです。
  • 特徴:
    • 入出力電圧比が、デューティ比Dだけでなく、インダクタンスL、スイッチング周波数fsw、負荷抵抗Rloadにも依存します。これにより、負荷変動や入力電圧変動に対する制御がCCMよりも複雑になる場合があります。
    • インダクタ電流のピーク値が、同じ平均電流を流す場合(特にCCM)よりも大きくなります。これにより、インダクタやスイッチング素子の許容電流に注意が必要です。
    • インダクタ電流がゼロになる期間があるため、スイッチオフからオンへの切り替え時にインダクタ電流は常にゼロです。また、ダイオード電流もゼロになった後に逆バイアスがかかるため、ダイオードの逆回復損失が発生しません。これは高速スイッチングやFRD使用時に効率の観点から有利になることがあります。
    • 制御ループの設計がCCMよりも単純になることがあります(RHP Zeroの影響がない、または小さい)。
    • 電流リップルが大きい傾向があり、EMIノイズの観点から不利になる場合があります。
    • 軽負荷時に自然とこのモードで動作します。設計によっては、全負荷範囲でDCMまたはCCMを維持するように設計することも可能です。

3.3. CCMとDCMの選択

どちらのモードで動作させるかは、設計の要件によって異なります。多くのアプリケーションでは、広範囲な負荷に対応するため、軽負荷時にはDCM、重負荷時にはCCMで動作するような設計がされます(これをCCM/DCM遷移モードまたはハイブリッドモードと呼びます)。あるいは、常に特定のモード(例えば常にCCMまたは常にDCM)で動作するようにインダクタンス値や制御を設計することも可能です。

  • CCMの利点:
    • 入出力電圧比が負荷電流に依存せず、安定した電圧変換比が得られます。
    • インダクタ電流および出力電流のリップルが比較的小さく抑えられます。
    • インダクタやスイッチング素子のピーク電流がDCMより小さく抑えられます。
  • CCMの欠点:
    • 軽負荷時にDCMに移行する(モード遷移を考慮した制御が必要になる)。
    • ダイオードの逆回復損失がある(FRD使用時)。
    • 制御ループに右半面ゼロ点(RHP Zero)が存在し、安定化のための制御設計がDCMより複雑になる傾向がある。
  • DCMの利点:
    • 軽負荷時に効率が比較的良い場合がある(逆回復損失がないため)。
    • ダイオードの逆回復損失が発生しないため、高速FRDやショットキーダイオードの選択肢が広がる。
    • 制御ループの設計がCCMよりも単純になる場合がある(RHP Zeroの影響がない)。
  • DCMの欠点:
    • 入出力電圧比が負荷に依存するため、電圧安定化のためにデューティ比を負荷に応じてより大きく変動させる必要がある。
    • インダクタ電流のピーク値がCCMよりも大きい傾向があるため、部品選定に注意が必要。
    • 電流リップルが大きい傾向があり、入出力フィルタやEMI対策がより重要になる。

特定のモードに固定して設計する場合、例えば常にDCMで動作させる設計は、インダクタンス値を小さくできるためインダクタを小型化しやすいという利点がありますが、その反面、ピーク電流が大きくなる、リップルが増える、電圧変動に対する応答性がDCM特有の振る舞いになる、といった考慮が必要です。逆に、常にCCMで動作させる設計は、広い負荷範囲で安定した電圧比を得やすいですが、インダクタンス値が大きくなりインダクタが大型化しやすい、制御が複雑になる、といった課題があります。


4. 制御方法

Boost Converterは、スイッチング素子(S)のオン/オフ時間を制御することで、出力電圧を目的の値に安定化させます。この制御は、一般的にフィードバック制御システムによって行われます。出力電圧を監視し、それが目標電圧からずれた場合に、スイッチング素子のデューティ比を調整して電圧を修正します。

代表的な制御方法には、PWM制御(パルス幅変調)とPFM制御(パルス周波数変調)があります。スイッチングコンバータでは、デューティ比を調整するPWM制御が最も一般的で、特に高効率や高精度な電圧安定化が求められるアプリケーションで広く採用されています。

4.1. PWM (Pulse Width Modulation) 制御

PWM制御では、スイッチング周期(T)または周波数(fsw = 1/T)を一定に保ちます。そして、スイッチング周期中のスイッチがオンになっている時間(Ton)の長さ、すなわちデューティ比(D = Ton / T)を変化させることによって、出力電圧を制御します。デューティ比を大きくすると出力電圧は上昇し、小さくすると下降します。

  • 電圧モード制御:

    • 最も基本的なPWM制御方式です。
    • 出力電圧(Vout)を検出し、これを基準電圧(Vref)と比較して誤差信号を生成します。この誤差信号は、通常、誤差増幅器(帰還アンプ、多くはOPアンプを使用)によって増幅されます。
    • 増幅された誤差信号電圧(制御電圧Vc)と、一定周波数で振幅が一定のノコギリ波または三角波(キャリア波、ランプ波とも呼ばれます)を比較器に入力します。
    • 比較器は、制御電圧Vcがキャリア波よりも高い期間だけPWM信号を「ハイ」(またはオン)にし、低い期間は「ロー」(またはオフ)にします。これにより、制御電圧レベルに応じたパルス幅(デューティ比)を持つPWM信号が生成されます。制御電圧が高いほど、デューティ比が大きくなります。
    • 生成されたPWM信号でスイッチング素子を駆動します(通常、間にゲートドライバを挟みます。ゲートドライバは、PWM信号の電圧レベルと電流供給能力をスイッチング素子の駆動に適したレベルに変換します)。
    • このフィードバックループによって、出力電圧が目標電圧Vrefに安定化されます。出力電圧が目標より低い場合は誤差信号が大きくなりデューティ比が増加して出力電圧が上昇し、出力電圧が目標より高い場合は誤差信号が小さくなりデューティ比が減少して出力電圧が下降するように動作します。
    • 電圧モード制御は、回路構成が比較的単純ですが、CCM動作時の右半面ゼロ点(RHP Zero)の影響により、制御ループの設計が難しく、応答性が制限される傾向があります。特に負荷急変や入力電圧急変に対する応答が遅くなりがちです。
  • 電流モード制御:

    • 電圧モード制御の課題を改善するために開発された制御方法です。出力電圧フィードバックループ(電圧ループ)に加えて、インダクタ電流(またはスイッチ電流)もフィードバックループ(電流ループ)に組み込みます。
    • 主な方式:
      • ピーク電流モード制御 (Peak Current Mode Control): 電圧ループの誤差増幅器の出力で、インダクタ電流(またはスイッチ電流)のピーク目標値(制御電圧Vc)を生成します。スイッチオンはクロック信号によって開始されますが、スイッチオフはインダクタ電流(またはスイッチ電流)がこのピーク目標値Vcに達した時点でトリガーされます。これにより、サイクルごとにインダクタ電流のピーク値が制御されます。
      • 平均電流モード制御 (Average Current Mode Control): 電圧ループの誤差増幅器の出力でインダクタ電流の平均目標値を生成し、別の補償回路(電流ループ補償器)を用いて、実際のインダクタ電流がこの平均目標値に追従するようにデューティ比を制御します。
    • 電流モード制御の利点:
      • 制御ループの応答性が速い(特に負荷変動や入力電圧変動に対する応答)。インダクタ電流を直接制御するため、外乱(入力電圧変動など)の影響が抑制されやすいです。
      • 入力電圧変動に対する応答性が良い(ラインレギュレーションが優れている)。
      • 電流制限(過電流保護)の実装が比較的容易です。インダクタ電流のピーク値を直接監視・制限できるため、回路保護が容易になります。
      • 複数のコンバータを並列動作させて大電流を供給する際に、電流分担が容易です。
      • CCM動作時の電圧モード制御に比べて、制御ループの次数が低くなり、右半面ゼロ点(RHP Zero)の影響を受けにくくなるため、安定性を確保しやすく、より広い制御帯域を実現しやすいという利点があります(ただし、ピーク電流モード制御ではデューティ比が50%を超える場合にサブハーモニック振動と呼ばれる不安定現象が発生することがあり、これを防ぐためにスロープ補償と呼ばれる信号をキャリア波に加える必要があります)。
    • 電流モード制御の欠点:
      • インダクタ電流(またはスイッチ電流)を検出するための回路(センス抵抗やカレントトランスなど)が必要になり、回路構成が電圧モード制御よりも複雑になる場合があります。
      • センス抵抗を使用する場合、抵抗による損失が発生します。
      • ピーク電流モード制御の場合、高いデューティ比で安定動作させるためにスロープ補償が必要になることがあります。

4.2. PFM (Pulse Frequency Modulation) 制御

PFM制御では、パルスの幅を一定に保つ代わりに、スイッチング周波数を変化させることによって出力電圧を制御します。または、パルス幅と周波数の両方を制御する場合もあります。

PFMは、主に軽負荷時の効率向上を目的として利用されることがあります。例えば、出力電圧が目標値より下がった場合にスイッチングパルス(特定のデューティ比またはパルス幅を持つ)を発生させ、出力電圧が目標値に達したらスイッチングを停止する、といったバーストモード制御やスキップモード制御などがPFMの一種として広く用いられています。これにより、軽負荷時にはスイッチング回数を大幅に減らし、スイッチング損失や制御IC自体の消費電力を削減し、効率を向上させることができます。ただし、出力電圧リップルやスイッチングノイズが大きくなる傾向があります。また、周波数が変動するため、EMI対策が難しくなる場合もあります。重負荷時にはPWM制御に切り替わるハイブリッド制御方式も多く採用されています。

4.3. 制御IC

Boost Converterの複雑な制御機能を実装するために、専用の制御IC(コンバータIC、コントローラIC、レギュレータICなど様々な名称で呼ばれます)が広く利用されています。これらのICは、PWM/PFM発生器、誤差増幅器、比較器、高精度な基準電圧源、強力なゲートドライバ、ソフトスタート機能、そして各種保護機能(過電流保護、過電圧保護、低電圧ロックアウト、過熱保護など)を内蔵しており、Boost Converterの設計と実装を大幅に容易にします。

多くの高性能な制御ICは、入力電圧や負荷電流に応じてCCM/DCMモードを自動で切り替えたり、軽負荷時にPFMモードやバーストモードに移行して効率を最適化する機能を備えています。また、電流モード制御に対応したICも多く、これにより高性能で安定したBoost Converterを比較的容易に実現できるようになっています。


5. 設計上の考慮事項と課題

Boost Converterを実際に設計する際には、基本原理や部品の役割を理解するだけでなく、様々な現実的な課題やトレードオフを考慮する必要があります。理想的な部品は存在せず、各部品の現実的な特性や損失がコンバータの性能に大きく影響します。

5.1. 部品選定のトレードオフ

各部品の選定は、コンバータの性能に直結します。しかし、それぞれの部品には複数の重要な特性があり、これらは互いにトレードオフの関係にあることが多いため、アプリケーションの要件(効率、サイズ、コスト、応答性、EMIなど)を考慮して最適なバランスを見つける必要があります。

  • インダクタ: インダクタンス値を大きくするとリップル電流は減りますが、インダクタ自体の物理的なサイズが大きくなり、価格も高くなる傾向があります。また、飽和しにくい(高飽和電流定格の)インダクタは、通常、同じインダクタンス値でもサイズが大きくなります。低損失化(低DCRによる銅損低減、適切なコア材料によるコア損低減)も重要ですが、これもコストやサイズに影響します。高周波で動作させる場合は、コア損が無視できなくなるため、高周波特性に優れたコア材料を選ぶ必要があります。
  • スイッチング素子 (MOSFET): 低オン抵抗(Rds(on))のMOSFETは導通損失を減らしますが、一般的にチップサイズが大きくなり、ゲート容量が大きく、スイッチング損失が増える傾向があります。耐圧を高くすると、通常オン抵抗も高くなります。高速スイッチングに対応できる素子(低ゲート電荷量、高速スイッチング速度)は、価格が高くなる傾向があります。特に高耐圧かつ低オン抵抗の素子は高価で、選定がトレードオフの典型例となります。SiCやGaNなどの広バンドギャップ半導体は、これらのトレードオフを改善する可能性を秘めていますが、まだコストが高い傾向があります。
  • ダイオード: ショットキーダイオードは順方向電圧降下(Vf)が低く、逆回復時間(Trr)が非常に短いという利点があり、Boost Converterのダイオードとして理想的ですが、PN接合ダイオードやFRDに比べて耐圧が低い傾向があります。必要な出力電圧が高い(例えば数百ボルト)アプリケーションでは、適切な耐圧を持つショットキーダイオードが入手困難または非常に高価になるため、高速なファストリカバリダイオードを選択せざるを得ない場合もあります(ただし逆回復損失に注意し、必要に応じてスナバ回路などで対策します)。
  • コンデンサ: 大容量、低ESR、低ESLのコンデンサは入出力電圧リップルを小さくするのに有利ですが、サイズが大きく、高価になります。特にアルミ電解コンデンサは寿命が温度やリップル電流に強く依存するため、リップル電流による自己発熱を考慮した定格のものを選ぶ必要があります。セラミックコンデンサは高周波特性に優れESRも低いですが、大容量のものは高価で、DCバイアス特性(印加電圧によって容量値が低下する現象)に注意が必要です。電解コンデンサとセラミックコンデンサを組み合わせて使用することで、両者の利点を生かす設計もよく行われます。

5.2. 効率 (Efficiency)

コンバータの効率は、入力電力に対する出力電力の割合であり、コンバータ設計において最も重要な指標の一つです。効率が高いほど、消費電力が少なく、発熱も抑えられるため、システム全体のエネルギー消費を削減し、冷却機構を簡素化し、部品の信頼性を向上させることができます。Boost Converterにおける主な損失要因は以下の通りです。

  • 導通損失 (Conduction Losses): 電流が抵抗成分を流れる際に発生する損失です。
    • インダクタの直流抵抗(DCR)による損失 (I_L_rms^2 * DCR)
    • スイッチング素子(MOSFET)のオン抵抗(Rds(on))による損失 (I_SW_rms^2 * Rds(on))。スイッチング素子に流れる電流の実効値はインダクタ電流の実効値とは異なります。
    • ダイオードの順方向電圧降下(Vf)による損失 (I_D_avg * Vf)。ダイオードに流れる平均電流は出力電流にほぼ等しくなります。
  • スイッチング損失 (Switching Losses): スイッチング素子がオン・オフする際の遷移期間に発生する損失です。電圧と電流が同時に非ゼロとなる期間の電力消費です。
    • スイッチング素子(MOSFETなど)のスイッチング損失(ターンオン損失、ターンオフ損失)。スイッチング速度、ゲート電荷量、印加電圧、流れる電流に依存し、スイッチング周波数に比例します。
    • ダイオードの逆回復損失(特にFRD使用時)。スイッチオン時にダイオードに逆回復電流が流れることによる損失で、スイッチング周波数、逆回復時間、逆方向電圧、インダクタ電流などに依存します。
    • スイッチング素子のゲート電荷を充放電するためのゲート駆動損失。制御ICやゲートドライバが消費する電力で、スイッチング周波数、ゲート電荷量、ゲート駆動電圧に依存します。
  • その他:
    • 制御IC自体の消費電力(スタンバイ電流、動作電流)。
    • 出力電圧検出のための抵抗分圧器などの検出回路での損失。
    • インダクタのコア損失(スイッチング周波数と磁束密度振幅に依存)。
    • コンデンサのESR/ESLによる損失(リップル電流に依存)。

効率向上策:

  • 適切な部品選定: 低DCRインダクタ、低オン抵抗MOSFET、低Vf・高速ダイオード(ショットキー推奨)、低ESR/ESLコンデンサの選定。これにより導通損失やスイッチング損失を削減します。
  • スイッチング周波数の最適化: 周波数を高くすると部品を小型化できますが、スイッチング損失が増加します。低くするとスイッチング損失は減りますが、部品(特にL, C)が大きくなります。効率とサイズ、コストのトレードオフを考慮して最適な周波数を選びます。一般的に、数10kHzから数MHzの範囲で選ばれます。
  • 同期整流 (Synchronous Rectification): ダイオードの代わりに、スイッチング素子(通常は低オン抵抗MOSFET)を使用します。ダイオードとして機能するMOSFETを、ダイオードがオンになるべきタイミングでオンに、オフになるべきタイミングでオフに制御します。これにより、ダイオードの順方向電圧降下 Vf による導通損失を、MOSFETの非常に低いオン抵抗による導通損失に置き換えることができ、特に低出力電圧や大電流のアプリケーションで大幅な効率向上を実現できます。ただし、制御が複雑になり、部品点数(追加のMOSFETとそれを制御するための回路)も増えます。
  • ソフトスイッチング (Soft Switching): スイッチング素子を、その両端電圧または流れる電流がゼロ(または非常に低い値)の状態でオン・オフさせる技術です(ZVS: Zero Voltage Switching, ZCS: Zero Current Switching)。これにより、スイッチング遷移期間における電圧と電流の重なりをなくすか、大幅に減らすことができ、スイッチング損失を劇的に削減できます。共振回路などを利用して実現しますが、回路構成が複雑になる傾向があります。
  • 軽負荷時のモード変更: 軽負荷時にPFMモードやバーストモードに移行することで、スイッチング回数を減らし、スイッチング損失や制御回路の消費電力を削減し、効率を向上させます。多くの高性能制御ICがこの機能を備えています。
  • ゲート駆動の最適化: ゲートドライバの駆動能力を適切に設計することで、MOSFETのスイッチング速度を最適化し、スイッチング損失を最小限に抑えます。

5.3. 安定性

フィードバック制御システムを持つBoost Converterは、制御ループが不安定になると、出力電圧が振動したり発振したりすることがあります。特にBoost Converterは、CCMモードで右半面ゼロ点(RHP Zero)と呼ばれる特性を持ち、制御ループの設計が降圧コンバータ(Buck Converter)よりも複雑になる傾向があります。

  • 右半面ゼロ点 (RHP Zero): CCMで動作するBoost Converterの小信号伝達関数(制御入力であるデューティ比の変化が出力電圧にどう影響するかを表す関数)には、複素平面の右半面にゼロ(伝達関数がゼロになる周波数)が存在します。これは、物理的には、デューティ比を増加させるとインダクタ電流が増加しますが、この増加分がすぐに出力に伝わらず、一旦インダクタに蓄えられてからスイッチオフ期間に出力に放出されるため、デューティ比変化に対する出力電圧応答に遅れと一時的な逆方向の動き(デューティ比増加に対して、瞬間的に出力電圧がわずかに降下するような振る舞い)が生じることに起因します。RHP Zeroは、ゲインの上昇に対して位相遅れを悪化させる効果を持つため、制御帯域(フィードバックが有効に働く周波数範囲)を高く設定することが難しくなり、結果として高速な応答性を得るのが困難になります。
  • 制御ループの補償: 制御ループの安定性を確保し、かつ必要な応答性(負荷変動や入力電圧変動に対する回復速度)を得るために、フィードバックループ内に適切な補償回路(多くは誤差増幅器のフィードバックネットワークで実現される、例えばタイプIIまたはタイプIII補償)を設計し、制御ループの周波数応答特性(ゲイン線図と位相線図)を調整します。これにより、制御系が不安定になる条件(ゲインが1となる周波数での位相マージン不足)を回避し、ゲインマージンとフェーズマージンを適切に確保する必要があります。RHP Zeroの存在は、特に位相マージンの確保を困難にします。
  • 電流モード制御の利点: 電圧モード制御と比較して、電流モード制御はインダクタ電流を直接制御する内部ループを持つため、制御対象(コンバータ本体)の等価的な伝達関数の次数が低くなり、RHP Zeroの影響を受けにくくなるため、安定性を確保しやすく、より広い制御帯域を実現しやすいという利点があります。これにより、より速い応答性と優れた外乱抑制特性が得られます。

5.4. EMI/ノイズ

Boost Converterを含むスイッチングコンバータは、高速なスイッチング動作を行うため、高周波の電圧・電流変動が発生し、EMI(電磁干渉)やノイズの原因となります。このノイズは、コンバータ自身の誤動作を引き起こしたり、他の電子機器に干渉したりする可能性があります。

  • ノイズ発生源:
    • スイッチング素子(MOSFETなど)やダイオードの高速なオン/オフに伴う急峻な電圧変化率(dV/dt)および電流変化率(dI/dt)。特にスイッチングノード(インダクタ、スイッチ、ダイオードが接続されているノード)の電圧がグラウンドレベルと出力電圧レベルの間で急峻に遷移するため、これが大きなノイズ源となります。
    • インダクタやコンデンサに流れる大きな電流リップル。
    • 部品や配線の寄生インダクタンスや寄生容量。
  • 対策:
    • 最適な基板レイアウト: ノイズ発生源となる高速電流ループ(特にスイッチ、ダイオード、出力コンデンサを含むパス)を物理的にできるだけ小さく、短くすることが非常に重要です。これにより、放射ノイズのアンテナ効果を低減し、不要なインダクタンスを最小限に抑えます。入力コンデンサも入力電流リップルパスを短くするために、入力端子とスイッチング素子の近くに配置します。ノイズに敏感な信号線(制御ICへのフィードバック線など)は、ノイズ源から離して配置したり、グラウンド層でシールドしたりします。グラウンド配線の設計も重要です。
    • フィルタリング: 入出力ラインにLCフィルタ(インダクタとコンデンサの組み合わせ)やフェライトビーズを挿入して、伝導ノイズ(電源ラインを通して伝わるノイズ)を抑制します。入力フィルタは入力電源側へのノイズ伝導を、出力フィルタは負荷側へのノイズ伝導を抑えます。
    • スナバ回路: スイッチング素子やダイオードのスイッチング遷移時に発生する電圧や電流のオーバーシュートやリンギング(振動)を抑制するために、これらの部品に並列にRCやRCDなどのスナバ回路を挿入することがあります。これにより、ノイズのピーク値を低減したり、部品にかかる電圧ストレスを軽減したりする効果がありますが、スナバ回路自体で損失が発生します。
    • スイッチング速度の調整: EMI規格を満たすために、意図的にスイッチング素子のオン・オフ速度をわずかに遅くすることで、dV/dtやdI/dtを緩やかにし、ノイズレベルを低減できる場合があります(ただしスイッチング損失は増加します)。
    • シールド: 必要に応じて、コンバータ全体または特定のノイズ発生源(インダクタなど)を導電性のケースやシートで覆い、電磁シールドを施します。

5.5. 保護機能

信頼性の高い電源回路を設計するためには、様々な異常状態(過負荷、短絡、入力電圧異常、温度上昇など)からコンバータ自身や接続された機器を保護する機能が不可欠です。多くのスイッチング電源制御ICにはこれらの機能が内蔵されており、外部部品を組み合わせることで実現されます。

  • 過電流保護 (OCP: Overcurrent Protection): 出力電流やスイッチ電流が設計上の安全な範囲を超えた場合に、コンバータの動作を停止したり、電流を制限したりする機能です。負荷のショートや異常な電流要求からコンバータや負荷を保護します。方式としては、スイッチ電流のピーク値をサイクルごとに制限するピーク電流制限や、平均電流を制限する方式などがあります。
  • 過電圧保護 (OVP: Overvoltage Protection): 出力電圧が設定値(例えば目標電圧の110%や120%など)を超えた場合に、スイッチングを停止するなどして出力電圧の異常な上昇を抑える機能です。制御ループの異常、負荷の急変(特に負荷を切り離した場合)、あるいはコンバータ自体の故障などによって出力電圧が異常に上昇することを防ぎ、接続機器の損傷を防ぎます。
  • 低電圧ロックアウト (UVLO: Undervoltage Lockout): 入力電圧がコンバータが正常に動作するために必要な最低電圧を下回った場合に、コンバータの動作を停止する機能です。不安定な低入力電圧での動作や、部品への不必要なストレス印加を防ぎ、回路の誤動作や部品の損傷を防ぎます。
  • 過熱保護 (OTP: Overtemperature Protection): コンバータ内の主要部品(制御ICやパワースイッチング素子など)の温度が許容範囲を超えた場合に、動作を停止する機能です。過負荷、冷却不足、あるいは他の故障モードによる部品の熱破壊を防ぎます。温度が安全なレベルまで下がると自動的に再起動する機能を持つものもあります。
  • 短絡保護 (SCP: Short Circuit Protection): 出力端子がグラウンドなどに短絡した場合に、コンバータを保護する機能です。過電流保護の一種ですが、Boost Converterの場合、出力が短絡すると出力電圧がほぼゼロになり、電圧変換比 Vout/Vin=1/(1-D) の関係が崩れるため、保護動作はCCM/DCM動作時とは異なる振る舞いになります。出力が短絡すると、インダクタ電流は入力電圧によってのみ決まるため異常に増加します。これを検出してスイッチングを停止するなどの保護が必要です。

これらの保護機能は、コンバータの単体としての信頼性だけでなく、システム全体の安全性を確保するために非常に重要です。


6. 応用例

Boost Converterは、その「電圧を上げる」という機能から、非常に幅広いアプリケーションで利用されています。

  • バッテリー駆動機器: スマートフォン、ノートPC、デジタルカメラ、ポータブルオーディオプレイヤー、電動工具、ロボットなど、バッテリー電圧(通常は比較的低い、例えば3V~5V程度のリチウムイオンバッテリー)から、プロセッサやメモリ、ディスプレイ、LEDバックライト、モータードライバなど、より高い動作電圧(例えば12Vやそれ以上)が必要な部分へ電力を供給するために不可欠です。バッテリー電圧が使用とともに低下しても、Boost Converterによって必要なシステム電圧を安定して供給できます。
  • LED照明駆動: LEDは特定の順方向電圧降下(Vf)があり、複数のLEDを直列に接続して駆動する場合、合計の駆動電圧は高くなります。Boost Converterは、比較的低い入力電圧(例えばACアダプターやバッテリー)から、必要なLEDストリング駆動電圧(例えば10V~数十V)を効率よく生成するために広く用いられています。LEDの明るさを安定させるために、Boost Converterの出力電流を一定に制御する定電流制御機能が組み込まれたICも多数存在します。調光機能も容易に実現できます。
  • 自動車: EV(電気自動車)やHEV(ハイブリッド電気自動車)において、メインバッテリー(通常は数百ボルト)からさらに高い電圧(例えば600Vや800V)に昇圧する、メインのDC-DCコンバータとして利用されます。これは、モーター駆動用インバーターに高電圧を供給したり、回生ブレーキで発生した電力をバッテリーに充電したりするために必要です。また、12Vの鉛バッテリーから様々な車載電子機器(オーディオ、ナビゲーション、センサー、ECUなど)に必要な電圧を供給する際にも、Boost Converterが利用されることがあります。
  • 太陽光発電システム: 太陽電池パネルの出力電圧は、日射量や温度によって大きく変動します。Boost Converterは、この変動するパネル電圧を、系統連系インバーターやバッテリー充電コントローラーが必要とする一定の高い電圧に効率よく変換するために利用されます。特に、最大電力点追従(MPPT: Maximum Power Point Tracking)制御と組み合わせて、パネルからその時の日射量や温度に応じた最大限の電力を引き出すためにBoost Converterが用いられます。Boost Converterの入力インピーダンスをMPPT制御によって調整することで、パネルの最大電力点に追従します。
  • 産業機器・医療機器: 様々なセンサー、アクチュエータ、ディスプレイ、モーターなどを駆動するために、特定の電圧が必要とされる場面で利用されます。工場内の様々な機器の電源や、医療診断装置、治療機器など、信頼性と効率が要求される分野でBoost Converterが活躍しています。
  • 無停電電源装置 (UPS): 商用電源が断になった際にバッテリーから電力を供給する際に、バッテリー電圧から必要なACまたはDC電圧を生成するために利用されます。特に、AC出力を生成するインバーターの前段で、バッテリー電圧をインバーターが必要とする高いDC電圧に昇圧するためにBoost Converterが使用されます。

これらの例からもわかるように、Boost Converterは現代社会において、限られたエネルギー源から多様な電圧要求へ効率的に対応し、様々な機器の機能を実現するために不可欠な技術となっています。


7. Boost Converterの派生回路

Boost Converterの基本原理を応用したり、特定の機能(入出力間の絶縁など)を追加したりした派生回路も多数存在します。これらの派生回路は、Boost Converterの基本を理解していれば、その動作原理を比較的容易に理解できることが多いです。

  • 昇降圧コンバータ (Buck-Boost Converter): Boost Converterの構成を一部変更することで、入力電圧よりも高い電圧も低い電圧も出力できるコンバータです。基本形では、出力電圧の極性が入力電圧と逆になるという特徴があります。スイッチング素子とダイオードの接続順序などを変更することで実現されます。
  • SEPIC (Single Ended Primary Inductor Converter): 昇降圧機能(入力より高い/低い電圧を出力できる)を持ちながら、出力電圧の極性が入力と同じになるコンバータです。基本回路に結合されていない2つのインダクタ(または結合インダクタ)と直列コンデンサを追加することで実現されます。入出力間のエネルギー伝達に直列コンデンサを使用するため、入力側と出力側の間にDC的な絶縁(直流電流が流れない状態)があります。
  • ZETAコンバータ: SEPICと同様に、昇降圧機能と出力極性一致を持つコンバータです。構成はSEPICとは異なり、シャント構成のインダクタと直列コンデンサ、直列インダクタなどを組み合わせます。
  • 絶縁型Boostコンバータ: トランスを用いて入出力間を電気的に絶縁したBoostコンバータです。絶縁は、安全性の確保(人体からの感電保護など)や、ノイズ対策、グラウンドループの切断などの目的で重要になります。
    • フライバックコンバータ: これは最も一般的な絶縁型コンバータの一つで、基本的にはBoostコンバータの原理と似ています。インダクタの代わりにトランスの1次巻線にエネルギーを蓄積し、スイッチオフ時にそのエネルギーを2次巻線を通して出力側に放出します。トランスの巻数比によって昇圧も降圧も可能であり、絶縁も実現します。Boostコンバータと同様に、出力電流はスイッチオフ期間にのみ供給されます。
    • フォワードコンバータ (Active Clamp Forward Converterなど): フォワードコンバータは、スイッチオン期間にトランスを通して直接エネルギーを出力側に伝達する方式ですが、アクティブクランプ方式などを付加することで、トランスの残留磁束をリセットしつつ、Boost動作に似た昇圧機能や効率向上を実現するものもあります。

これらの派生回路は、特定のアプリケーション要件(絶縁の必要性、出力極性、連続/不連続電流の特性など)に応じて選択されます。Boost Converterの基本原理を理解していれば、これらの回路の動作も比較的容易に理解できるでしょう。


8. まとめ

Boost Converterは、低い直流電圧から高い直流電圧を効率的に生成するための最も基本的なスイッチングコンバータの一つです。インダクタへのエネルギー蓄積と放出、スイッチング素子とダイオードによる電流経路の切り替え、そして出力コンデンサによる平滑化というシンプルかつ巧妙な原理に基づいています。

本記事では、Boost Converterの基本原理から始め、インダクタ、スイッチング素子(MOSFET)、ダイオード、出力コンデンサ、入力コンデンサといった主要部品の役割と、それぞれの選定において重要な特性(インダクタンス値、許容電流、飽和特性、耐圧、オン抵抗、順方向電圧降下、逆回復時間、容量値、ESR、リップル電流耐性など)と選定のポイントを詳細に解説しました。部品選定における様々な特性のトレードオフについても述べました。

また、Boost Converterの異なる動作状態である連続モード(CCM)と不連続モード(DCM)について、それぞれの定義、動作サイクル、波形、そして入出力電圧比や特性の違いを比較しました。負荷状態やインダクタンス値によってモードが遷移すること、それぞれのモードが持つ利点と欠点についても理解を深めました。

さらに、出力電圧を目的の値に安定化させるための制御方法として、PWM制御(特に電圧モード制御と電流モード制御)とPFM制御に触れ、それぞれの基本的な考え方と特徴を解説しました。また、これらの複雑な制御機能をコンパクトに実装する専用の制御ICの機能と役割を紹介しました。

実際の回路設計においては、基本原理だけでなく、効率、安定性、EMI/ノイズ、保護機能といった様々な重要な考慮事項があることを述べました。コンバータの性能を決定する損失要因とその効率向上策(同期整流や軽負荷モード)、CCMにおける右半面ゼロ点(RHP Zero)に起因する安定化の課題と制御ループ補償の重要性、スイッチングによるノイズ発生源とその対策(基板レイアウト、フィルタリング、スナバ回路)、そして過電流保護や過電圧保護といった保護機能の必要性について解説しました。

Boost Converterは、バッテリー駆動機器、LED照明、電気自動車、太陽光発電、産業機器、医療機器など、現代の様々な技術分野で広く利用されている基盤技術です。その基本原理を理解することは、これらの分野における回路設計やシステム理解において非常に役立ちます。

電源技術は、より高効率、小型化、高密度化、そしてインテリジェント化へと進化を続けています。SiCやGaNといった次世代パワー半導体の登場は、スイッチング速度の向上と損失低減を可能にし、スイッチングコンバータの性能をさらに向上させる可能性を秘めています。Boost Converterの基礎知識は、これらの新しい技術を学び、応用していく上での強固な土台となるでしょう。

本記事が、Boost Converterの理解を深め、今後の学習や設計活動の助けとなれば幸いです。電源回路の世界は奥深く、学ぶべきことはたくさんありますが、まずは基本となるBoost Converterからその扉を開いてみてください。

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