【入門】Spring Framework vs Spring Boot 特徴と違いを徹底比較
Javaによるエンタープライズ開発の世界へようこそ!多くのJavaエンジニアにとって、Springは避けて通れない、非常に重要な技術です。しかし、学習を始めたばかりの方や、これからJava開発に携わろうと考えている方にとって、「Spring Framework」と「Spring Boot」という二つの言葉が飛び交い、その違いや関係性がよく分からず混乱してしまうことも少なくありません。
この記事では、そんな入門者の皆さんのために、Spring FrameworkとSpring Bootがそれぞれどのようなもので、どのような特徴があり、そして両者はどう違うのかを、約5000語というボリュームを使って、徹底的に分かりやすく解説します。
この記事を読めば、以下の疑問がクリアになるはずです。
- Spring Frameworkとは何か? なぜ必要とされたのか?
- Spring Bootとは何か? なぜ誕生したのか?
- Spring Frameworkの得意なこと、苦手なこと
- Spring Bootの得意なこと、苦手なこと
- Spring FrameworkとSpring Bootは、どちらかを選べば良いのか? それとも併用するものなのか?
- 実際の開発では、どちらがどのように使われるのか?
さあ、Springの世界への理解を深める旅に出かけましょう!
1. はじめに:Javaエンタープライズ開発とSpring
現代のJavaによるエンタープライズアプリケーション開発において、Springはデファクトスタンダードと言っても過言ではありません。Webアプリケーション、RESTfulサービス、マイクロサービス、バッチ処理など、様々な種類のアプリケーションがSpringを使って構築されています。
その理由は何でしょうか? Springは、Java開発における多くの課題を解決し、開発効率、保守性、テスト容易性を向上させるための強力な機能を提供しているからです。しかし、Springは単一の巨大なライブラリではなく、様々な機能を持つモジュールの集合体です。そして、その中心にあるのが「Spring Framework」であり、さらにその上に開発を劇的に効率化する「Spring Boot」が登場しました。
多くの入門者が最初に戸惑うのが、この「Spring Framework」と「Spring Boot」の関係性です。「Spring BootはSpring Frameworkの後継なのか?」「Spring Bootを使えばSpring Frameworkは学ばなくていいのか?」といった疑問を抱く方もいるでしょう。
結論から言うと、Spring BootはSpring Frameworkの「後継」ではなく、Spring Frameworkをより簡単に、より迅速に使えるようにするための「ツール」あるいは「規約に基づいたフレームワーク」です。Spring BootはSpring Frameworkの上に構築されており、Spring Bootを使うということは、Spring Frameworkの様々な機能を利用するということです。
この基本的な関係性を頭に入れた上で、まずはそれぞれの特徴を掘り下げていきましょう。
2. Spring Framework とは
まず、Springの根幹である「Spring Framework」について詳しく見ていきます。
2.1. 誕生背景:EJBの複雑さへのアンチテーゼ
Spring Frameworkが生まれたのは2003年です。当時のJavaエンタープライズ開発の主流技術はEJB(Enterprise JavaBeans)でした。EJBはエンタープライズアプリケーションに必要な様々な機能(トランザクション管理、セキュリティ、リモート呼び出しなど)を提供しましたが、その設定や開発には非常に複雑な手続きが必要でした。デプロイも特定のアプリケーションサーバーが必要で、開発サイクルが遅く、テストも困難でした。
このようなEJBの「重さ」や「複雑さ」に対するアンチテーゼとして登場したのがSpring Frameworkです。Spring Frameworkは、よりシンプルで、POJO(Plain Old Java Object)と呼ばれる通常のJavaクラスを中心にした開発を可能にすることを目指しました。特定のコンテナに依存せず、JUnitを使ったユニットテストが容易に行える設計思想は、当時の開発者に大きな衝撃と共感をもって迎えられました。
2.2. コアコンセプト:DI (Dependency Injection) / IoC (Inversion of Control)
Spring Frameworkの最も重要かつ中心的なコンセプトは、DI(Dependency Injection:依存性の注入)とIoC(Inversion of Control:制御の反転)です。これらの概念は、アプリケーションの部品(オブジェクト)間の関係性を管理し、コードの疎結合化とテスト容易性を劇的に向上させます。
-
IoC (Inversion of Control – 制御の反転):
通常、オブジェクトは自身が必要とする他のオブジェクトを自分で生成したり、探しに行ったりします。しかし、IoCでは、その「制御」が反転します。オブジェクト自身は依存するオブジェクトを生成したり探しに行ったりせず、外部(Springコンテナ)から提供されます。つまり、オブジェクトの生成や依存関係の解決といった制御が、オブジェクト自身ではなくフレームワーク側に委ねられるのです。 -
DI (Dependency Injection – 依存性の注入):
DIはIoCを実現するための具体的な手法の一つです。オブジェクトが必要とする依存関係(他のオブジェクト)を、外部(Springコンテナ)がオブジェクトのコンストラクタ、セッターメソッド、またはフィールドを通じて「注入」します。オブジェクトは、注入された依存オブジェクトをそのまま利用すればよく、自身でインスタンス化する責任から解放されます。
DI/IoCのメリット:
- 疎結合化: オブジェクトが具体的な依存オブジェクトの実装を知る必要がなくなるため、部品間の結合度が低くなります。これにより、一部の部品を変更しても他の部分への影響が少なくなります。
- テスト容易性: 依存オブジェクトをモックやスタブに簡単に差し替えることができるため、単体テストが非常に容易になります。
- 再利用性: 依存関係が外部から注入されるため、様々なコンテキストでオブジェクトを再利用しやすくなります。
- 設定の一元化: オブジェクト間の依存関係の設定をSpringコンテナに一元化できます。
Spring Frameworkでは、このDI/IoCコンテナが、アプリケーション内の様々なオブジェクト(Beanと呼ばれます)を生成し、依存関係を解決し、管理する役割を担います。Beanの設定は、初期はXMLファイルで行われることが多かったですが、現在ではJavaConfig(Javaクラスを使った設定)やアノテーションを使った設定が主流です。
2.3. 主要なモジュール/機能
Spring Frameworkは、DI/IoCを核としながらも、様々な分野でJava開発を支援するための豊富なモジュールを提供しています。代表的なものをいくつか紹介します。
- Spring Core: DI/IoCコンテナ、リソース管理、イベント処理、バリデーションなどの基本的な機能を提供します。Spring Frameworkの基盤となる部分です。
- Spring Data Access/Integration:
- JDBC: JDBC(Java Database Connectivity)をより簡単に使うための機能を提供します。煩雑な例外処理などをSpringが肩代わりしてくれます。
- ORM: JPA(Java Persistence API)やHibernateなどのORM(Object-Relational Mapping)ライブラリとの連携を強力にサポートします。
- OXM: オブジェクトとXMLマッピングのサポート。
- JMS: Java Message Serviceとの連携。
- Transactions: 宣言的トランザクション管理機能。アノテーション一つでトランザクション境界を定義できるなど、非常に強力です。
- Spring Web:
- Servlet: MVC(Model-View-Controller)アーキテクチャに基づいたWebアプリケーション開発のためのフレームワーク(Spring MVC)を提供します。リクエストマッピング、データバインディング、ビュー解決などの機能が含まれます。
- Reactive: Spring WebFluxとして、ノンブロッキングI/Oに基づいたリアクティブWebアプリケーション開発をサポートします。
- Spring AOP (Aspect-Oriented Programming):
AOPは、ログ出力、セキュリティ、トランザクション管理など、複数のモジュールにまたがる横断的な関心事(Concern)を、個々のモジュールから切り離して(Aspectとして)定義し、適切なタイミングでそれらの処理を織り込む(Weaving)プログラミング手法です。Spring AOPは、DIと同様にアプリケーションの疎結合化に貢献します。 - Spring Test:
Springアプリケーションのテストを容易にするためのサポートを提供します。Springコンテナを使った統合テストや、モックオブジェクトの利用などを支援します。
これらのモジュールは、必要なものだけを選択して利用することができます。これにより、アプリケーションに必要な最小限の機能だけを組み込むことができ、不要な依存関係を減らすことが可能です。
2.4. Spring Frameworkの利点
Spring Frameworkが広く普及した理由には、以下のような利点があります。
- 強力なDI/IoCコンテナ: アプリケーションの構造を柔軟にし、テストや保守を容易にします。
- 広範な機能: Web開発、データアクセス、セキュリティ、AOPなど、エンタープライズアプリケーションに必要な様々な機能がモジュールとして提供されています。
- POJOベースの開発: 特定のフレームワークの基底クラスを継承する必要などが少なく、通常のJavaクラスを中心に開発できます。これにより、コードがシンプルになり、再利用性やテスト容易性が向上します。
- 宣言的プログラミング: トランザクション管理やセキュリティ設定などを、XML設定やアノテーションを使って宣言的に記述できます。これにより、ビジネスロジックと非機能要件の実装が分離され、コードがすっきりします。
- 優れたテスト容易性: DIによって依存関係を簡単に差し替えられること、そしてSpring Testモジュールがあることから、Springアプリケーションのテストは比較的容易に行えます。
- 大規模で活発なコミュニティ: 長い歴史を持ち、多くの開発者に利用されているため、情報が豊富で問題解決しやすいです。
2.5. Spring Frameworkの課題
一方で、Spring Frameworkには以下のような課題もありました。
- 設定の複雑さ: 特にXML設定が主流だった時代は、膨大な量のXMLファイルを記述する必要があり、非常に煩雑でした。JavaConfigやアノテーションの登場により改善されましたが、それでも多くの設定項目を理解し、適切に記述する必要があります。
- ボイラープレートコード: 定型的なコード(例: データベース接続設定、Webサーバー設定など)を自分で記述する必要がある場面が多く、プロジェクトを開始したり、新しい機能を追加したりする際に手間がかかります。
- 依存関係管理の煩雑さ: アプリケーションに必要なSpringモジュールやその他のライブラリのバージョン管理、依存関係の解決を手動で行う必要があり、コンフリクトなどが発生しやすいです。
- アプリケーション起動の複雑さ: Webアプリケーションの場合、基本的には外部のアプリケーションサーバー(Tomcat, Jettyなど)にWARファイルをデプロイする必要があります。開発中の起動確認も、サーバーを準備してデプロイするという手順が必要でした。
これらの課題、特に「設定の複雑さ」と「ボイラープレートコードの多さ」は、開発の初期段階や小規模なアプリケーション開発において、Spring Frameworkの採用を躊躇させる要因となることもありました。そして、これらの課題を解決するために登場したのが、次に説明するSpring Bootです。
3. Spring Boot とは
Spring Bootは、Spring Frameworkの利用を「圧倒的に簡単にする」ことを目的として開発されました。2014年にリリースされ、Javaアプリケーション開発の現場で急速に普及しました。
3.1. 誕生背景:開発効率の向上と設定の簡素化
前述のように、Spring Frameworkはその強力な機能にも関わらず、多くの設定や定型的なコードが必要でした。特にWebアプリケーションを開発する場合、以下のような設定が必要になるのが一般的でした。
web.xml
やWebApplicationInitializer
を使ったDispatcherServletの設定- Spring MVCの設定(View Resolver, Static Resource Handlingなど)
- データベース接続設定(DataSource, JPA/Hibernate設定など)
- トランザクションマネージャー設定
- 外部アプリケーションサーバー(Tomcat, Jettyなど)の準備と設定
これらの設定は、アプリケーションのコアロジックとは直接関係ないにも関わらず、多くの時間と労力を要しました。また、プロジェクトごとに似たような設定を何度も記述する必要がありました。
Spring Bootは、このような「お決まりの設定」を自動で行うことで、開発者がビジネスロジックの実装に集中できるようにすることを目指しました。その根底にある思想が、「Convention over Configuration(設定より規約)」です。
3.2. 「Convention over Configuration(設定より規約)」の考え方
「Convention over Configuration」とは、フレームワーク側で推奨される規約(Convention)に従って開発すれば、明示的な設定(Configuration)の記述を最小限にできるという考え方です。
例えば、Spring Bootは特定のファイル配置やクラス命名規則などに規約を設けています。開発者がその規約に従ってコードを書けば、Spring Bootが「きっと開発者はこうしたいのだろう」と推測し、自動的に必要な設定を行います。もちろん、規約から外れるカスタマイズも可能ですが、多くの場合、デフォルトの規約で十分です。
この考え方により、開発者は膨大な設定を記述する手間から解放され、開発スピードが格段に向上します。
3.3. 主要な特徴
Spring Bootは、「Convention over Configuration」の思想を実現するために、いくつかの強力な特徴を持っています。
-
自動構成 (Auto-configuration):
これがSpring Bootの最も核となる機能です。アプリケーションに追加されたライブラリやクラスパス上の設定などを分析し、Spring FrameworkのBean設定などを自動で行います。
例えば、spring-boot-starter-data-jpa
という依存関係を追加すると、Spring Bootはクラスパス上にH2 databaseやMySQL Connectorが見つかれば、自動的にDataSource BeanやEntityManagerFactory Beanなどを設定してくれます。開発者は、データベース接続情報(URL, username, passwordなど)をプロパティファイルに数行書くだけで、データベースアクセスが可能になります。
この自動構成機能により、Spring Frameworkで必要だった多くのXMLやJavaConfigによる明示的な設定が不要になります。 -
組み込みサーバー (Embedded Servers):
Webアプリケーションを開発する際、Spring BootはTomcat, Jetty, UndertowといったWebサーバーをアプリケーション自体に組み込むことができます。これにより、アプリケーション全体を一つの実行可能なJARファイル(Fat JARまたはUber JARと呼ばれます)としてビルドし、java -jar
コマンド一つで起動できるようになります。
外部のアプリケーションサーバーにWARファイルをデプロイする手間が不要になり、開発中の起動確認はもちろん、本番環境へのデプロイも非常にシンプルになります。これは特にマイクロサービスのようなアーキテクチャと相性が良い特徴です。 -
Starter POMs:
Spring Bootが提供するMavenまたはGradleの依存関係のセットです。例えば、Webアプリケーションを開発したい場合はspring-boot-starter-web
を、JPAを使ったデータアクセスをしたい場合はspring-boot-starter-data-jpa
を、RESTfulサービスを開発したい場合はspring-boot-starter-rest
を、といった具合に、実現したい機能に対応するStarter POMを一つ追加するだけで、その機能に必要な関連ライブラリ(Spring Core, Spring Web MVC, Jackson, Validation APIなど)とそのバージョンがまとめて依存関係として追加されます。
これにより、開発者は個々のライブラリやそのバージョンの互換性を気にすることなく、必要な機能を簡単にプロジェクトに追加できます。依存関係管理が非常に楽になります。 -
Spring Actuator:
本番環境で稼働するSpring Bootアプリケーションを監視・管理するための機能を提供します。アプリケーションの状態(ヘルスチェック)、メトリクス(メモリ使用量、リクエスト数など)、環境設定、ログ情報などを、HTTPエンドポイントやJMX経由で公開できます。
これにより、アプリケーションの運用状況の把握や問題発生時の診断が容易になります。 -
外部化された設定 (Externalized Configuration):
アプリケーションの設定値(データベース接続情報、ポート番号など)を、プロパティファイル(application.propertiesやapplication.yml)、YAMLファイル、環境変数、コマンドライン引数など、様々なソースから読み込めるようにサポートします。これにより、設定をコードから分離し、開発環境、テスト環境、本番環境などで簡単に設定を切り替えられるようになります。
3.4. Spring Bootの利点
Spring Bootのこれらの特徴は、以下のような利点をもたらします。
- 開発速度の劇的な向上: 自動構成やStarter POMsにより、プロジェクトのセットアップや機能追加に必要な定型的な設定やコードが大幅に削減されます。
- 設定の簡素化: 多くの設定が自動化されるため、開発者は必要な設定を最小限記述するだけで済みます。
- 依存関係管理の容易化: Starter POMsにより、必要なライブラリとそのバージョンがまとめて管理されます。
- スタンドアロン実行可能: 組み込みサーバーにより、アプリケーション全体を単一のJARファイルとして配布・実行できます。デプロイが非常に簡単になります。
- 運用管理の容易化: Actuatorにより、本番環境でのアプリケーションの監視や管理が容易になります。
- マイクロサービス開発との親和性: 軽量でスタンドアロン実行可能な特性は、マイクロサービスアーキテクチャを構築する上で非常に適しています。
3.5. Spring Bootの課題
Spring Bootにも、考慮すべき課題がないわけではありません。
- ブラックボックス化のリスク: 自動構成がどのように行われているかを完全に理解しないまま利用していると、予期せぬ挙動に遭遇したり、自動構成がうまくいかない場合に原因を特定するのが難しくなることがあります。
- 規約への依存: デフォルトの規約から大きく外れた設定や、特殊な要件を持つ場合は、自動構成をオーバーライドしたり、手動で設定を追加したりする必要があり、かえって手間がかかる場合もあります。
- マジック感: あまりに簡単に動くため、「なぜ動くのか?」の内部的な仕組みが見えづらく、Spring Frameworkの基礎的な理解を疎かにしてしまう可能性があります。
これらの課題は、Spring Bootを使う上での注意点と言えます。特に、自動構成の仕組みや、Spring Frameworkの基本的な概念(DI/IoCなど)を理解しておくと、問題発生時のデバッグや、より高度なカスタマイズが必要になった際に役立ちます。
4. Spring Framework vs Spring Boot 違いの比較
これまでの説明を踏まえて、Spring FrameworkとSpring Bootの主な違いを様々な観点から比較してみましょう。
比較観点 | Spring Framework | Spring Boot |
---|---|---|
位置づけ/目的 | Javaアプリケーション開発のための基盤フレームワーク | Spring Frameworkを「より使いやすく」するためのツール/規約集 |
コア機能 | DI/IoC、AOP、トランザクション、データアクセス、MVCなど | 自動構成、Starter POMs、組み込みサーバー、Actuatorなど |
設定 | 明示的な設定が基本(XML, JavaConfig, アノテーション) | 自動構成が中心。規約に従えば設定不要な場合が多い。プロパティファイルでカスタマイズ。 |
依存関係管理 | 手動または親POMなどで管理。バージョンコンフリクトの可能性 | Starter POMsで関連ライブラリとバージョンをまとめて管理。容易。 |
初期設定/セットアップ | 比較的多くの設定が必要(特に古いバージョンや複雑な構成) | Starterを使うことで非常に迅速に開始できる。 |
ボイラープレートコード | 定型的な設定コードが多くなりがち。 | 自動構成により大幅に削減される。 |
アプリケーション実行 | 基本的に外部アプリケーションサーバーにWARデプロイ | 組み込みサーバーで単一のJARファイルとしてスタンドアロン実行可能 |
開発速度 | 初期設定などに時間がかかりがち。 | 自動構成やStarterにより、迅速な開発が可能。 |
学習曲線 | DI/IoC、各モジュールの設定など、学ぶべきことが多い。急勾配になりがち。 | 規約に乗ることで簡単に始められる。内部を深く理解するにはSpring Frameworkの知識が必要。 |
柔軟性 | 高い。全ての要素を細かく制御できる。 | 高い。自動構成をオーバーライドするなどカスタマイズ可能だが、デフォルトで十分なことが多い。 |
運用/管理 | 外部サーバーの機能に依存。 | Actuatorにより、アプリケーション内部の監視・管理が容易。 |
マイクロサービス | 構築は可能だが、設定やデプロイの手間がかかる。 | 組み込みサーバーやスタンドアロン実行の特性から、非常に適している。 |
4.1. 目的/思想:基盤 vs 開発効率向上
- Spring Framework: Javaエンタープライズアプリケーション開発のための強力な基盤を提供すること自体が目的です。DI/IoCを核とした設計思想により、柔軟でテスト容易なアプリケーション構築を可能にします。様々な機能モジュールを提供し、「何でもできる」ように設計されています。
- Spring Boot: Spring Frameworkの「使いにくさ」を解消し、開発効率を劇的に向上させることが最大の目的です。開発者が「車輪の再発明」や定型的な設定に時間を浪費しないように、「Convention over Configuration」の思想に基づき、お決まりの設定を自動化します。
4.2. 設定:明示的 vs 自動構成
-
Spring Framework: アプリケーションの構成要素(Beanやそれらの依存関係、データソースの設定、MVCの設定など)を、XML、JavaConfigクラス、またはアノテーションを使って明示的に記述する必要があります。特にXMLが主流だった頃は、数ページにもわたる設定ファイルを記述することも珍しくありませんでした。
“`xml
org.hibernate.dialect.MySQLDialect true
``
@Configuration
JavaConfigを使っても、多くの場合、クラスを作成し、
@Bean` アノテーションを使って各Beanを明示的に定義する必要があります。 -
Spring Boot: クラスパス上に存在するライブラリや設定ファイルの内容を読み取り、Spring Frameworkの各種設定(DataSourceの設定、JPAの設定、Web MVCの設定など)を自動的に行います。開発者は、
application.properties
やapplication.yml
といったプロパティファイルに、最低限必要な情報(例: データベースURL)を記述するだけで済みます。
properties
# Spring Boot (application.propertiesの例)
spring.datasource.url=jdbc:mysql://localhost:3306/mydb
spring.datasource.username=user
spring.datasource.password=password
spring.jpa.hibernate.ddl-auto=update
spring.jpa.show-sql=true
このプロパティファイルとspring-boot-starter-data-jpa
Starterがあれば、Spring Bootは自動的にDataSourceやEntityManagerFactoryなどを設定してくれます。@Bean
アノテーションを使った手動設定が必要な場面は大幅に減少します。
4.3. 依存関係管理:手動 vs Starter POMs
-
Spring Framework: プロジェクトに必要な各Springモジュールやサードパーティライブラリ(ロギングライブラリ、データベースドライバー、JSONパーサーなど)を、Mavenの
pom.xml
や Gradleのビルドスクリプトに個別に記述し、そのバージョンを指定する必要があります。関連する複数のライブラリ間でバージョンの互換性を考慮する必要があり、依存関係コンフリクトの問題に直面することも少なくありませんでした。
xml
<!-- Spring Framework (pom.xmlの抜粋例) -->
<dependency>
<groupId>org.springframework</groupId>
<artifactId>spring-core</artifactId>
<version>5.3.20</version>
</dependency>
<dependency>
<groupId>org.springframework</groupId>
<artifactId>spring-context</artifactId>
<version>5.3.20</version>
</dependency>
<dependency>
<groupId>org.springframework</groupId>
<artifactId>spring-webmvc</artifactId>
<version>5.3.20</version>
</dependency>
<dependency>
<groupId>org.springframework</groupId>
<artifactId>spring-orm</artifactId>
<version>5.3.20</version>
</dependency>
<!-- Hibernate, MySQL Connector, Jackson なども個別にバージョン指定 -->
<dependency>
<groupId>org.hibernate</groupId>
<artifactId>hibernate-core</artifactId>
<version>5.6.9.Final</version>
</dependency>
<dependency>
<groupId>mysql</groupId>
<artifactId>mysql-connector-java</artifactId>
<version>8.0.29</version>
</dependency>
<!-- 依存関係が多く、バージョン管理が大変 --> -
Spring Boot: Starter POMsを利用することで、特定の機能(Web開発、データアクセスなど)に必要なSpringモジュールと関連ライブラリ一式を、推奨される互換性のあるバージョンでまとめて取り込むことができます。Starter POMs自体が、依存している個々のライブラリとそのバージョンを管理しています。開発者は必要なStarterを一つ追加するだけで済みます。
“`xml
org.springframework.boot
spring-boot-starter-parent
2.7.0
org.springframework.boot
spring-boot-starter-web
org.springframework.boot
spring-boot-starter-data-jpa
``
spring-boot-starter-parent` を親POMとして設定することで、Spring Bootが管理するバージョン情報(BOM: Bill of Materials)を利用でき、個々のライブラリのバージョン指定が不要になります(もちろん、明示的に指定してオーバーライドすることも可能です)。これにより、依存関係管理の複雑さが大幅に軽減されます。
4.4. サーバーとアプリケーション実行:外部デプロイ vs 組み込みサーバー
- Spring Framework: 伝統的なWebアプリケーションの場合、プロジェクトをWARファイルとしてビルドし、別途インストール・設定された外部のアプリケーションサーバー(Tomcat, Jetty, WebLogic, WebSphereなど)にデプロイして実行するのが一般的です。開発中のコード変更を確認するためにも、多くの場合、ローカルにサーバーを起動してデプロイし直すという手間が必要でした。
- Spring Boot: アプリケーションにTomcatやJettyといったWebサーバーを組み込むことができます。これにより、Spring Bootアプリケーションは、JavaSEアプリケーションのように
java -jar application.jar
コマンド一つで起動できます。外部サーバーは不要です。開発中の実行も、IDEからメインクラスを実行するだけで済み、非常に手軽です。これは開発サイクルを大幅に短縮します。
4.5. 開発速度:比較的遅い vs 高速
- Spring Framework: プロジェクトの立ち上げ時や新しい機能(例えば、データベースアクセス機能やWeb機能)を追加する際に、必要なモジュールを追加し、DI/IoCコンテナや各モジュールの設定を記述する手間がかかります。この初期設定や定型的なコード記述の時間が、開発速度を鈍化させる要因となります。
- Spring Boot: Starter POMsを選択し、プロパティファイルに必要な情報を数行記述するだけで、ほとんどの機能に必要な設定が自動的に行われます。これにより、プロジェクトのセットアップや機能追加にかかる時間が大幅に短縮され、開発者はすぐにビジネスロジックの実装に取りかかれます。これは、特にMVP(Minimum Viable Product)の開発や、スタートアップなどスピードが重視される場面で大きなアドバンテージとなります。
4.6. 学習曲線:急勾配 vs 比較的緩やか
- Spring Framework: DI/IoCの概念、様々なモジュールの機能と設定方法(XML、JavaConfig、アノテーション)、各設定オプションの意味などを深く理解する必要があります。学ぶべき範囲が広く、最初は戸惑うことが多いかもしれません。特に「なぜこのように設定する必要があるのか」といった理由を理解するには、ある程度の経験が必要です。
- Spring Boot: 「Convention over Configuration」の思想により、まずは規約に従ってコードを書けば動く、という体験を比較的簡単に入手できます。複雑な設定を意識することなく、すぐにアプリケーションを開発し始めることができます。この「すぐに動く」という体験は、学習のモチベーション維持に繋がります。ただし、より高度なカスタマイズや問題解決のためには、Spring Frameworkの基本的な知識(DI/IoC、Beanのライフサイクルなど)がやはり必要になります。Spring Bootは学習の「入り口」を下げてくれますが、Springを深く学ぶには、Spring Frameworkの知識も不可欠です。
4.7. 柔軟性:高い vs 高い (ただしアプローチが異なる)
- Spring Framework: 全ての設定を明示的に記述するため、アプリケーションの隅々まで細かく制御できます。特定の要件に合わせて、フレームワークの挙動を詳細にカスタマイズすることが可能です。
- Spring Boot: デフォルトの自動構成で多くの場合は事足りますが、必要に応じて自動構成を無効にしたり、独自のBean定義で自動構成されたBeanを上書きしたり、自動構成用の条件付き設定クラスを記述したりすることで、Spring Frameworkと同様の高い柔軟性を持ってカスタマイズできます。ただし、デフォルトの自動構成を前提としているため、完全にSpring Bootの規約から外れた使い方をしようとすると、かえって手間がかかる場合もあります。しかし、ほとんどのエンタープライズアプリケーションの要件は、Spring Bootの自動構成とカスタマイズ機能で十分に満たせます。
4.8. 運用:外部依存 vs Actuatorによる支援
- Spring Framework: アプリケーション自体の運用・管理機能は限定的です。ヘルスチェックやメトリクス収集などは、外部のアプリケーションサーバーや監視ツールに依存することが多いです。
- Spring Boot: Spring Actuatorモジュールを組み込むことで、ヘルスチェック、アプリケーション情報の公開、メトリクス収集などの運用管理に必要な機能を簡単に利用できます。これにより、特にコンテナ環境やクラウド環境でのアプリケーションの監視や運用が非常に容易になります。
4.9. ボイラープレートコード:多い vs 少ない
- Spring Framework: プロジェクトのセットアップ、データベース接続設定、Web MVC設定、セキュリティ設定など、機能ごとに多くの定型的なコードや設定ファイルを記述する必要があり、ボイラープレートコードが多くなりがちです。
- Spring Boot: 自動構成やStarter POMsにより、これらの定型的な設定やコードが大幅に削減されます。開発者は、ビジネスロジックに関連するコード記述に集中できます。
4.10. 結論:Spring BootはSpring Frameworkの上に構築されている
最も重要な違いは、Spring BootがSpring Frameworkの代替ではなく、Spring Frameworkを基盤としてその上に構築されたものであるという点です。
Spring Frameworkは、Javaアプリケーション開発のための様々な機能(DI/IoC、Web、Dataなど)を提供する「骨組み」や「部品箱」のようなものです。
Spring Bootは、そのSpring Frameworkの骨組みや部品を、より効率的に、より簡単に組み立てるための「設計図」や「自動化ツール」のようなものです。Starter POMsで必要な部品をまとめて選び、自動構成で配線を自動で行い、組み込みサーバーで簡単に実行できるようにします。
したがって、Spring Bootを使って開発する場合でも、内部ではSpring FrameworkのDI/IoCコンテナがBeanを管理し、Spring MVCがHTTPリクエストを処理し、Spring Dataがデータベースアクセスを担っています。Spring Bootは、これらのSpring Frameworkの機能を、開発者が意識する設定量を最小限にして利用できるようにしているのです。
5. どちらを選ぶべきか?
では、新しいプロジェクトを始める際や、学習を進める上で、Spring FrameworkとSpring Bootのどちらを選ぶべきでしょうか?
現在のJavaエンタープライズアプリケーション開発において、新規プロジェクトでSpring Bootを選択しない理由はほとんどありません。
- 圧倒的な開発効率: プロジェクトの立ち上げから機能追加まで、Spring BootはSpring Framework単体を使うよりもはるかに迅速に開発を進められます。
- 簡素化された設定と依存関係管理: 複雑な設定やライブラリのバージョン管理に悩む時間が大幅に削減されます。
- 容易なデプロイと運用: 組み込みサーバーとActuatorにより、開発環境、ステージング環境、本番環境でのデプロイや運用が非常に容易になります。
- 最新技術への対応: Spring BootはSpring Frameworkの最新バージョンを迅速に取り込み、リアクティブプログラミング、クラウドネイティブ開発、マイクロサービスといった新しい技術トレンドへの対応も積極的に行われています。
したがって、これからSpringを学ぶ入門者の方も、まずはSpring Bootから学習を始めるのがおすすめです。 Spring Bootを使うことで、Springを使ったアプリケーション開発の全体像を掴みやすく、すぐに動くものを作成する達成感を得やすいでしょう。
ただし、Spring Bootを使いこなすためには、Spring Frameworkの基本的な概念(DI/IoC、Beanのスコープ、アノテーションの意味など)を理解しておくことが非常に重要です。Spring Bootは多くのことを自動で行ってくれますが、その「自動」がどのように行われているのか、なぜそのように動くのかを理解していれば、カスタマイズや問題解決に役立ちます。
既存のSpring Frameworkプロジェクトの場合:
- そのまま維持: 特に問題なく稼働している大規模な既存システムの場合、無理にSpring Bootに移行するメリットが少ないと判断し、そのままSpring Frameworkを使い続けることもあります。
- 部分的な移行: 新しいモジュールや機能を追加する際に、その部分だけSpring Bootで開発し、既存のSpring Frameworkアプリケーションと連携させるというアプローチも考えられます。
- 全面的な移行: Spring Bootのメリットを享受するために、既存のSpring FrameworkプロジェクトをSpring Bootに移行するケースもあります。ただし、プロジェクトの規模によっては大きな労力がかかる可能性があります。
特定のレガシーシステムとの連携や、Spring Bootの規約に馴染まないような極端なカスタマイズが必要な場合は、Spring Framework単体での開発を選択する可能性もゼロではありませんが、現代の標準的なエンタープライズアプリケーション開発において、Spring Bootは事実上の標準となっています。
6. Spring BootはSpring Frameworkの代替ではない
繰り返しますが、これは最も重要なポイントです。Spring BootはSpring Frameworkの代替ではありません。Spring Bootは、Spring Frameworkの機能を活用するためのより効率的な手段を提供します。
例えるなら、
- Spring Framework は、自動車のエンジン、シャシー、トランスミッション、ブレーキといった、車を構成する基本的な「部品」や「システム」そのものです。
- Spring Boot は、これらの部品やシステムを使って、誰でも簡単に、快適に運転できる「完成された自動車」を組み立てるための「生産ライン」や「標準設計」、そして「カーナビ」や「自動運転アシスト」のような追加機能です。
Spring Bootという「完成された自動車」に乗って快適にドライブ(開発)できますが、その車の挙動を深く理解したり、自分で修理したり、改造したりするためには、Spring Frameworkという「部品」や「システム」の知識が必要になります。
したがって、Spring Bootを学ぶ過程で、DI/IoCとは何か、AOPとは何か、Spring MVCはどのようにリクエストを処理するのか、といったSpring Frameworkのコアコンセプトについても同時に学ぶことを強くお勧めします。
7. まとめ
この記事では、Javaエンタープライズ開発を支えるSpring Frameworkと、その開発を劇的に効率化するSpring Bootについて、それぞれの特徴、誕生背景、そして両者の違いを詳細に比較しました。
- Spring Framework は、DI/IoCを核とするJavaアプリケーション開発のための基盤フレームワークであり、Web、データアクセス、AOPなど、様々な分野をカバーする豊富な機能モジュールを提供します。柔軟性が高い反面、設定が複雑になりがちで、ボイラープレートコードが多いという課題がありました。
- Spring Boot は、Spring Frameworkの課題を解決するために誕生しました。「Convention over Configuration」の思想に基づき、自動構成、Starter POMs、組み込みサーバー、Actuatorといった機能を提供することで、開発のセットアップ、設定、依存関係管理、デプロイ、運用を大幅に簡素化・高速化します。Spring Frameworkの上に構築されており、Spring Frameworkの機能を利用するための強力なツールです。
特徴 | Spring Framework | Spring Boot |
---|---|---|
位置づけ | 基盤フレームワーク | フレームワークを使いやすくするツール |
設定 | 明示的(XML, JavaConfig, アノテーション) | 自動構成 + プロパティファイル |
開発速度 | 比較的遅い | 高速 |
依存管理 | 手動(個別に管理) | Starter POMs(まとめて管理) |
実行形式 | 基本WAR(外部サーバー) | JAR(組み込みサーバー) |
運用 | 外部依存 | Actuatorで支援 |
ボイラープレート | 多い | 少ない |
現代の新規Javaエンタープライズアプリケーション開発においては、Spring Bootを選択するのが標準的です。Spring Bootは、開発効率、デプロイの容易さ、運用管理のしやすさなど、多くの面でSpring Framework単体よりも優れています。
しかし、Spring BootはSpring Frameworkなしには成り立ちません。Spring Bootをより深く理解し、真に使いこなすためには、Spring Frameworkの基礎知識が不可欠です。
したがって、これからSpringを学び始める方は、まずはSpring Bootを使って実際に動くアプリケーションを作ってみるのが良いでしょう。そして、開発を進める中で「このアノテーションは何をしているのだろう?」「なぜ設定ファイルにこれを書くだけで動くのだろう?」といった疑問が生まれたら、その都度、Spring Frameworkの該当する部分(DI/IoC、AOP、Spring MVCの仕組みなど)について調べてみる、という学習スタイルがおすすめです。
この入門記事が、皆さんのSpring FrameworkとSpring Bootの理解を深め、今後のJava開発学習の助けとなれば幸いです。