なぜ起きた? データセンター 火災事故とその影響

なぜ起きた? データセンター 火災事故とその影響

はじめに:現代社会を支えるデータセンターの脆い側面

現代社会はデジタルデータによって駆動されています。私たちが日々利用するインターネットサービス、オンラインバンキング、クラウドストレージ、ソーシャルメディア、電子商取引、さらには交通システムや医療システム、エネルギー供給といった重要な社会インフラも、その多くがデータセンターの膨大な計算能力とストレージ容量に依存しています。データセンターは、まさに現代社会の心臓部であり、デジタルエコシステムの根幹を支える重要な基盤施設と言えます。

しかし、この極めて重要なデータセンターも、物理的な施設である以上、様々なリスクに晒されています。中でも、最も壊滅的な影響をもたらしうる事故の一つが「火災」です。データセンターでの火災は、単に建物が燃えるというだけでなく、中に収容されている膨大なIT機器とそれによって処理・保管されているデータ、そしてそれを利用する無数のサービスを麻痺させる可能性を秘めています。一度火災が発生すれば、その影響は特定の企業や利用者にとどまらず、社会全体に波及し、私たちの日常生活や経済活動に深刻な混乱を引き起こすことがあります。

本稿では、データセンターで火災がなぜ発生するのか、その原因、発生時の状況、そして火災がもたらす広範かつ甚大な影響について、詳細に掘り下げていきます。さらに、こうした事故を防ぐための予防策、発生時の対策、そして今後の課題についても論じ、データセンターの安全確保がいかに重要であるかを明らかにします。

データセンター火災事故の発生とその衝撃:具体的な事例から学ぶ

データセンターの火災事故は、残念ながら過去に何度か発生しており、その度に社会に大きな影響を与えてきました。いくつかの代表的な事例を見てみましょう。

事例1:OVHcloud ストラスブール データセンター火災(2021年3月、フランス)

この事故は、比較的近年の大規模なデータセンター火災として知られています。フランスのクラウドプロバイダーであるOVHcloudのストラスブール拠点(SBG)で発生しました。建物4棟のうち1棟(SBG2)が全焼し、隣接する別の1棟(SBG1)も一部が焼損しました。

  • 発生状況: 火災は未明に発生し、急速に延焼しました。消防活動が行われましたが、SBG2棟は救えず全焼、SBG1棟も被害を受けました。幸い、SBG3棟とSBG4棟は延焼を免れましたが、電力供給が停止し、これらの棟のサービスも停止しました。
  • 原因: OVHcloudのその後の調査によると、SBG2棟の電源室に設置されていた無停電電源装置(UPS)の不具合が原因とされました。特に、保守作業が行われていないUPSのバッテリー部分が原因ではないかとの見方が強まりました。
  • 影響: この火災により、数百万のウェブサイト、電子メールサービス、ビジネスアプリケーションなどが影響を受けました。顧客のデータが完全に失われたケースもあり、サービス復旧には数週間から数ヶ月を要しました。多くのスタートアップ企業や中小企業がこのデータセンターを利用しており、事業継続が困難になった企業も少なくありませんでした。この事故は、単一データセンターへの依存リスク、適切なバックアップ・リカバリ戦略の重要性、そして老朽化した設備の保守・交換の必要性を改めて浮き彫りにしました。

事例2:NTTコミュニケーションズ 大阪第3データセンター火災(2005年11月、日本)

国内でも大規模なデータセンター火災が発生しています。この事例は、通信キャリアの重要なデータセンターで発生し、広範な影響をもたらしました。

  • 発生状況: 火災は地下2階の電気設備室から発生しました。比較的小規模な火災ではありましたが、通信ケーブルなどが密集していたこと、消火活動が難航したことなどから、設備への影響が大きくなりました。
  • 原因: 電気ケーブルのショートが原因とされました。敷設されたケーブルの劣化や、許容量を超える電流が流れたことなどが推測されています。
  • 影響: この火災により、NTTコミュニケーションズの顧客だけでなく、他の通信事業者のネットワークにも影響が出ました。インターネット接続サービス、法人向け専用線サービス、ATM、オンライン取引などが広範囲で停止し、通信が長時間にわたって麻痺しました。この事故は、通信インフラの中核を担うデータセンターのリスク管理と、その影響範囲の広がりを改めて認識させる出来事となりました。

事例3:韓国 カカオ データセンター火災(2022年10月、韓国)

比較的新しい事例で、国民生活に直結するサービスへの影響が大きかった事例です。韓国のIT大手カカオが利用していたデータセンター(SK C&C板橋キャンパス)で発生しました。

  • 発生状況: データセンターの地下駐車場に設置されていた電気室のバッテリーから火災が発生しました。初期消火がうまくいかず、火はバッテリー全体に燃え広がり、大量の煙が発生しました。この煙がデータセンターの建物全体に充満し、電源供給ケーブルを損傷させ、データセンター全体の電源が停止しました。
  • 原因: 地下電気室に設置されていたリチウムイオンバッテリーの充電中に発生した火花が原因と報道されています。バッテリーシステムの故障や、過充電などが考えられています。
  • 影響: カカオトーク(韓国最大のメッセージングアプリ)、カカオペイ(決済サービス)、カカオT(配車サービス)など、カカオが提供するほぼ全てのサービスが長時間にわたって利用不能となりました。これらのサービスは韓国国民の日常生活に深く根差しており、決済ができない、連絡が取れない、タクシーが呼べないなど、社会的な混乱を引き起こしました。また、カカオグループの株式市場での評価にも大きな影響を与えました。この事例は、特定のプラットフォームが社会インフラ化した際に、その基盤となるデータセンターの停止がいかに深刻な影響をもたらすかを痛感させるものでした。また、データセンターにおけるバッテリーシステム、特にリチウムイオンバッテリーの火災リスクと対策の重要性を改めて認識させました。

これらの事例からもわかるように、データセンターの火災は単なるビルの火事ではなく、私たちのデジタルライフ、ビジネス、そして社会インフラ全体を揺るがす可能性を秘めた重大な事故です。では、なぜデータセンターでこのような火災が発生してしまうのでしょうか。

データセンター火災の一般的な原因:潜在するリスク要因

データセンターは、大量のIT機器が集積し、電力消費が大きく、常に稼働している特殊な環境です。そのため、一般的なビル火災とは異なる、データセンター特有のリスク要因が存在します。主な原因は以下の通りです。

  1. 電気系統の故障:
    • 短絡(ショートサーキット): 配線の被覆が剥がれたり、コネクタが不適切であったりすることで、電流が本来の経路を外れて流れ、異常な熱や火花が発生します。データセンターには無数のケーブルが張り巡らされており、敷設ミス、経年劣化、物理的な損傷などにより短絡のリスクは常に存在します。
    • 過負荷: 機器の増加や電力設計の不備により、ケーブルやブレーカーの許容量を超える電流が流れ続けると、ジュール熱により発熱し、火災に至る可能性があります。
    • 接触不良: コンセントやコネクタ、配線端子などの接触不良は、抵抗値の増加を招き、異常な発熱(いわゆる「トラッキング現象」や「接続部加熱」)を引き起こすことがあります。
    • 設備の劣化・老朽化: 長年使用された配線、ブレーカー、変圧器、無停電電源装置(UPS)、バッテリーなどは、経年劣化により絶縁性能の低下や内部部品の故障が進み、火災の原因となる可能性が高まります。特にUPSやバッテリーシステムは、電力供給の要であると同時に、内部に電力を蓄えているため、故障時には大きなエネルギーが解放され、火災や爆発に至るリスクがあります。
    • 電源サージ: 雷や近隣での工事などに起因する瞬間的な高電圧(サージ)は、機器や配線に過大なストレスを与え、故障や発火の原因となることがあります。
  2. 冷却装置の故障と過熱:
    • データセンターは、稼働中のIT機器から大量の熱が発生するため、強力な冷却システムが必須です。冷却装置(空調機、チラー、ポンプなど)が故障したり、能力不足になったりすると、機器や周囲の温度が急激に上昇し、IT機器の内部部品や配線、電源ユニットなどが過熱して発火に至る可能性があります。
    • 冷却システムに使用される冷媒の漏れや、配管の損傷なども間接的な火災リスクとなり得ます。
  3. 人為的ミス:
    • 設置・工事中の不手際: 機器の設置、配線の敷設、設備の増設・改修工事中に、誤った配線を行う、ケーブルを損傷させる、工具などを残置する、可燃物(梱包材など)を適切に管理しないといったミスが、火災の原因となることがあります。
    • 機器の誤操作: 機器の電源投入・停止の誤りや、設定ミスなどが、設備に異常な負荷をかけたり、安全機能を無効にしたりして火災を招く可能性があります。
    • メンテナンスの不備: 定期的な点検や清掃を怠ると、埃の堆積(埃は電気を通しやすく、発火源となる)、ネジの緩み、部品の劣化などを見逃し、火災リスクを高めます。
    • 持ち込み物や喫煙: 許可されていない可燃物を持ち込んだり、禁煙場所で喫煙したりすることが、直接的な火災源となる可能性があります。
  4. 外部要因:
    • 自然災害: 地震による建物の損傷や機器の転倒、落雷による電源サージ、洪水による浸水とそれに伴う電気系統のショートなどが火災を誘発する可能性があります。
    • 放火: 悪意を持った第三者による放火は、セキュリティ対策が不十分な場合にリスクとなります。
    • 近隣での火災: データセンターの外部で発生した火災が延焼したり、煙が侵入したりすることで、データセンター内部に影響を及ぼすことがあります。
  5. 設備の老朽化とメンテナンス不足: 前述の電気系統や冷却装置の問題とも関連しますが、設備全体のライフサイクル管理が適切に行われていない場合、見えないところで劣化が進み、突発的な火災の原因となるリスクが高まります。十分な予算や体制が確保されていない場合に見落とされがちな要因です。
  6. 使用環境の問題: データセンター内の温度、湿度、空気清浄度が適切に管理されていない場合も、機器の故障や劣化を早め、火災リスクを高めることがあります。特に湿気が多いと電気系統の絶縁性が低下しやすくなります。
  7. 高密度化と新しい技術に伴うリスク: 近年、データセンターはより高い密度で機器を収容する傾向にあり、一台あたりの電力消費量や発熱量が増加しています。これにより、冷却や電力供給の負荷が増大し、従来の設計では対応しきれない新たなリスクが生じる可能性があります。また、液体冷却のような新しい技術の導入は、効率化をもたらす一方で、使用する液体の可燃性や漏洩リスクといった新たな安全管理上の課題を生み出しています。リチウムイオンバッテリーのような高性能な蓄電池システムの普及も、エネルギー密度の高さゆえに、火災発生時の消火や抑制が困難になるリスクを伴います。

これらの原因は単独で発生することもあれば、複数の要因が複合的に絡み合って火災に至ることもあります。例えば、冷却装置の故障による過熱が、劣化した電気配線のショートを誘発するといった連鎖的な事故です。

火災発生時のプロセスと拡大要因:データセンター特有の燃え方

データセンターで火災が発生した場合、そのプロセスや拡大の仕方は一般的な建物とは異なる特徴を持ちます。

  1. 初期段階:発煙と小さな火花
    火災は通常、小さな異常から始まります。過熱した部品から発煙したり、電気的なショートによって小さな火花が散ったりといった初期兆候が現れます。この段階で異常を早期に検知できれば、被害を最小限に抑えることが可能です。データセンターでは、高感度な煙感知器(空気を吸引して微細な粒子を検知するものなど)や熱感知器などが設置されていますが、設置場所や感度設定によっては検知が遅れることもあります。
  2. 火災の拡大:可燃物と酸素供給
    初期の火花や発熱が周囲の可燃物に着火することで、火災は本格化します。データセンター内には、ケーブル(特に古いものは被覆材に可燃性の高いものが使用されていることがある)、機器のプラスチック部品、梱包材の残置、埃、サーバーラックなどが可燃物となり得ます。
    データセンターは冷却のために空調システムが常に稼働しており、この空気の流れが火の供給源となる酸素を供給し、火災の拡大を加速させることがあります。また、床下や天井裏のケーブル配線空間は密閉されていることが多く、一度着火すると煙や熱が滞留・充満しやすく、早期の発見と消火を妨げることがあります。
  3. データセンター特有の拡大要因

    • 高密度な機器とケーブル: サーバーラックには多数のIT機器とそれを繋ぐ無数のケーブルが密集しています。一度ラック内で火災が発生すると、隣接する機器やケーブルに瞬時に延焼するリスクが高いです。特にケーブルは帯状に敷設されていることが多く、火災がケーブルを伝って広範囲に拡大する「ケーブル火災」が発生しやすい環境です。
    • 空調システム: 前述の通り、冷却のための空気循環が火災拡大を助長する可能性があります。火災発生箇所に新鮮な空気が供給され続けたり、煙や熱が空調ダクトを通じて他のエリアに運ばれたりすることがあります。
    • 閉鎖空間: データセンターはセキュリティや冷却効率のため、外部からのアクセスを厳しく制限した閉鎖的な空間です。これは消防隊の迅速な進入や消火活動を妨げる要因となることがあります。また、火災発生時には大量の煙や有毒ガスが発生しやすく、この煙が建物内に充満することで、消火活動員や避難者の安全を脅かします。
    • バッテリーシステム: UPSなどに使用されるバッテリー、特にエネルギー密度の高いリチウムイオンバッテリーは、一度内部で異常(熱暴走など)が発生すると、連鎖的に発火・爆発を起こし、非常に高温で燃焼し続けます。このような火災は水による消火が困難であり、大量の有毒ガスを発生させるため、消火活動が極めて難しくなります。
  4. 消火活動:課題とリスク
    データセンターでは、IT機器へのダメージを最小限に抑えるため、水を使った消火活動は極力避ける傾向にあります。代わりに、ガス系消火設備(不活性ガスやハロカーボン系ガス)が導入されていることが多いです。これらのガスは酸素濃度を下げたり、化学反応を阻害したりすることで消火しますが、密閉空間でなければ効果が薄く、また大量に放出されると人体に危険を及ぼす可能性もあります(特に二酸化炭素消火設備)。
    しかし、火勢が強かったり、ケーブル火災やバッテリー火災のように通常のガス系消火設備では効果が限定的であったりする場合には、最終的に水を使用せざるを得なくなることもあります。この場合、消火自体はできても、水濡れによって広範囲のIT機器が使用不能になるという二次被害が発生します。

このように、データセンターの火災は、その特殊な環境と設備構成ゆえに、発生から拡大、消火に至るまで独特の課題を抱えています。そして、その結果として生じる影響は、想像以上に広範かつ深刻なものとなります。

火災事故がもたらす広範な影響:デジタル社会への破壊

データセンター火災の影響は、直接的な設備の損壊にとどまりません。データセンターが停止することで、その上で稼働している様々なサービスやシステムが停止し、ビジネス、社会インフラ、個人の生活に至るまで、広範な領域に壊滅的な影響を及ぼす可能性があります。

  1. ビジネスへの影響:

    • サービス停止: 最も直接的な影響は、利用しているサービスの停止です。企業のウェブサイト、顧客向けアプリケーション、オンラインショップ、基幹業務システム、社内コミュニケーションツールなどが利用できなくなります。これは、顧客からの注文受付停止、問い合わせ対応不可、従業員の業務遂行不能といった形で、事業活動を麻痺させます。
    • 取引停止・損失: オンラインでの取引ができなくなることで、企業は売上機会を完全に失います。金融機関であれば決済システムが停止し、経済活動全体に影響が出ます。停止時間が長引くほど、損失額は膨大になります。
    • サプライチェーンへの影響: 企業のシステム停止は、サプライヤーや顧客といったビジネスパートナーとの連携も断ち切るため、サプライチェーン全体に混乱をもたらす可能性があります。
    • 復旧コスト: 火災で損傷した機器の交換、建物の修繕、データの復旧、代替システムの構築など、サービスを復旧させるためには莫大なコストがかかります。これに加えて、停止期間中の逸失利益も加わると、経済的な打撃は計り知れません。
    • 事業継続計画(BCP)の重要性の再認識: 事故に遭遇した企業は、自社のBCPが機能したかどうか、不十分であった点はどこかを厳しく問われることになります。BCPが適切に策定・実行されていなかった場合、事業継続は絶望的になる可能性があります。
  2. 社会インフラへの影響:

    • 通信障害: 通信事業者のデータセンター火災は、電話、インターネット接続、携帯電話通信など、社会の基盤となる通信インフラ全体に影響を及ぼします。これは、個人のコミュニケーションだけでなく、あらゆるオンラインサービス、企業活動、公共サービスにも影響します。
    • 交通システムの停止: 鉄道、航空、物流などの交通システムも、運行管理、予約システム、情報提供システムなどでデータセンターを利用しています。データセンターの停止は、運行の遅延や停止、混乱を引き起こし、人々の移動や物流に深刻な影響を与えます。
    • 金融システムの停止: 銀行の勘定系システム、ATMネットワーク、クレジットカード決済システム、証券取引システムなどがデータセンターで稼働しています。これらの停止は、お金の出し入れ、支払いや送金、資産取引など、経済活動の根幹を麻痺させます。
    • 公共サービスの停止: 行政サービス(住民票発行、税金納付、オンライン申請など)、医療機関の電子カルテシステム、救急搬送システムなどがデータセンターに依存している場合、これらのサービスが停止し、国民生活や生命に関わる影響が出る可能性があります。
    • 生活への直接的な影響: スマートフォンでの情報検索、SNS利用、オンラインショッピング、動画視聴といった日々のデジタルライフが不可能になり、決済ができない、予約ができないなど、私たちの生活は混乱します。
  3. データへの影響:

    • データの消失・破損: 火災による物理的な損傷、または消火活動による水濡れや薬剤の影響により、サーバーやストレージ内のデータが完全に失われたり、破損したりするリスクが非常に高いです。
    • バックアップ・リカバリの重要性: 定期的なバックアップを取得していたとしても、そのバックアップデータ自体が同じデータセンター内に保管されていたり、遠隔地に保管されていても回線が寸断されたりすると、迅速な復旧は困難になります。遠隔地へのレプリケーション(リアルタイムに近いデータ複製)や、地理的に離れた別のデータセンターへのバックアップが極めて重要になります。
    • データプライバシーとセキュリティ: 火災によってデータが消失・破損しただけでなく、物理的に損傷した機器から情報が漏洩するリスクもゼロではありません。顧客情報や機密データが失われたり、悪用されたりする可能性も考慮する必要があります。
  4. 経済への影響:

    • 企業の直接的な損失(売上減、復旧コスト)に加え、関連業界(例えばオンラインサービスに依存している小売業、飲食業など)にも間接的な経済的損失が波及します。また、復旧に向けた投資は発生しますが、経済全体の活性化には寄与しない場合が多く、むしろ長期的な経済成長の足かせとなる可能性があります。
  5. 評判と信頼への影響:

    • 火災事故を起こしたデータセンター事業者、あるいはそのデータセンターを利用していた企業は、顧客や社会からの信頼を大きく損ないます。サービス停止による不満、データ消失による賠償問題などが企業の評判を傷つけ、長期的なビジネスに悪影響を及ぼします。法的責任を問われ、訴訟に発展するケースもあります。
  6. 環境への影響:

    • 消火活動に使用された水や薬剤が環境汚染を引き起こす可能性があります。また、焼損したIT機器や建材の廃棄物処理も問題となります。

このように、データセンター火災は単なる施設の損壊事故ではなく、現代社会のデジタル基盤そのものに対する攻撃とも言えるほどの、広範かつ深刻な影響をもたらします。その影響範囲と深さを理解することが、予防策と対策の重要性を認識する第一歩となります。

データセンターにおける火災予防策と対策:リスクを最小限に抑えるために

データセンター火災のもたらす甚大な影響を考慮すると、その予防と対策はデータセンター運営において最も重要な課題の一つです。多層的なアプローチにより、リスクを最小限に抑える必要があります。

  1. 設計段階での対策:

    • 建材の選定: 建物の主要構造や内装には、不燃材や難燃材を使用し、火災の発生・拡大を抑制します。
    • 防火区画の設定: 建物内部を複数の防火区画に区切り、火災発生時でも他の区画への延焼を防ぎます。壁、床、扉、防火シャッターなどがその役割を担います。特に、電気室、バッテリー室、ジェネレータ室といった火災リスクの高いエリアは、強固な防火区画で分離することが重要です。
    • 避難経路の確保: 火災発生時、従業員や作業員が安全かつ迅速に避難できる経路を複数確保し、明確に表示します。
    • 電力系統・空調系統の冗長化と分離: 重要な電力供給ルートや空調供給ルートを物理的に分離し、一方の経路で火災が発生しても、もう一方の経路でサービスを維持できるような設計にします。また、ケーブルルートなども防火区画を考慮して設計します。
  2. 設備対策:

    • 高品質な機器の導入: 信頼性の高い、安全基準を満たしたIT機器、電力機器、冷却機器などを導入します。特に、電源ユニットやバッテリーといった発火リスクの高い部品については、品質を重視します。
    • 定期的な点検・メンテナンス: 全ての設備に対し、製造メーカーの推奨や業界標準に基づき、定期的な点検とメンテナンスを徹底的に行います。電気設備の絶縁抵抗測定、温度測定(サーモグラフィなど)、バッテリーの健全性診断、冷却システムの性能チェック、火災報知機・消火設備の動作確認など、多岐にわたる項目を計画的に実施します。これにより、潜在的な故障や劣化を早期に発見し、火災に至る前に修繕・交換を行います。
    • 適切な冷却システムの導入と管理: IT機器の発熱量に見合った適切な冷却能力を持つシステムを導入し、データセンター内の温度・湿度を常に適切な範囲に維持管理します。冷却装置の冗長化も不可欠です。
    • 火災検知システムの設置: 火災の早期発見のため、高感度な火災検知システムを多層的に設置します。
      • 高感度煙吸引式感知器(VESDAなど): 空気を吸引して、肉眼では見えないようなごく微細な煙粒子を検知し、初期のくすぶり段階で異常を知らせます。
      • スポット型煙感知器/熱感知器: 天井などに設置され、一定濃度の煙や一定温度以上の上昇を検知します。
      • 炎感知器: 火炎から放射される赤外線や紫外線を検知します。
      • 温度センサー: サーバーラック内や電力設備など、特定のポイントの温度を監視し、異常な温度上昇を検知します。
    • 消火システムの設置: 火災の種類やデータセンターの特性に合わせて、適切な消火設備を導入します。
      • ガス系消火設備: IT機器への被害を最小限に抑えるため、データセンターで広く採用されています。不活性ガス(窒素、アルゴン混合ガスなど)、ハロカーボン系ガス(HFC-227eaなど)などがあり、放出により酸素濃度を下げたり、燃焼の化学反応を阻害したりして消火します。導入に際しては、人体への安全性や環境負荷も考慮してガスを選択します。
      • 水噴霧/ミスト消火設備: ごく微細な水の霧を放出することで、消火と同時に冷却効果も得られます。ガス系消火設備に比べて安価で環境負荷も小さい場合がありますが、電子機器への影響も考慮が必要です。
      • 自動スプリンクラー設備: 大規模な火災に対応できますが、水による被害が大きいことから、IT機器エリアにはガス系や水噴霧と併用されることが多いです(IT機器エリア以外に設置される場合が多い)。
      • 消火器: 初期消火のために、データセンター内に適切な種類の消火器(ガス系、粉末系など)を配置します。
    • 電気設備の安全管理: 配線は許容量に合ったものを使用し、適切に敷設・固定します。ブレーカーやヒューズは過負荷から保護できるように設置します。接地(アース)を適切に行い、漏電による感電や火災を防ぎます。
    • バッテリーシステムの安全管理: UPSや蓄電池システムについては、定期的な点検、適切な換気、温度管理を徹底します。リチウムイオンバッテリーについては、熱暴走を防ぐための監視システムや、専用の消火設備(例えば、エアロゾル系消火設備など)の導入も検討されます。設置場所は、他のエリアから独立した強固な防火区画内とすることが望ましいです。
  3. 運用対策:

    • 入退室管理・セキュリティ強化: 関係者以外の不審な人物の侵入を防ぎ、放火などのリスクを低減します。
    • 持ち込み物の管理: 可燃物や危険物のデータセンター内への持ち込みを厳しく制限・管理します。喫煙についても、指定場所以外での行為を禁止し、徹底します。
    • 作業規定・安全マニュアルの徹底: 機器の設置、ケーブル工事、清掃などの作業については、手順書や安全マニュアルを整備し、作業員に周知徹底します。特に火気を使用する作業や、電気設備・消火設備に関わる作業は、厳格な管理体制の下で行います。
    • 従業員への安全教育・訓練: データセンターの従業員や常駐するメンテナンス担当者に対し、火災リスク、火災発見時の対応、消火器の使用方法、避難手順などに関する定期的な安全教育と訓練を実施します。
    • 非常時の連絡体制・避難訓練: 火災発生時の緊急連絡先リストを整備し、関係者(消防、電力会社、顧客など)への迅速な連絡体制を構築します。従業員が冷静かつ適切に対応できるよう、定期的に避難訓練や消火訓練を実施します。
  4. 外部要因への対策:

    • 建物の構造強化: 地震や強風に強い耐震・耐風構造を持つ建物を選択または改修します。
    • 洪水対策: 立地を選定する際に洪水リスクの低い場所を選んだり、建物の設計で浸水対策(防水壁、止水板など)を施したりします。
    • 落雷対策: 避雷針の設置や、電源系統へのサージプロテクタ(避雷器)の設置などを行います。
  5. 事業継続計画(BCP)と災害復旧計画(DRP):事故発生を前提とした備え

    • 予防策をどれだけ講じても、リスクをゼロにすることは不可能です。万が一火災が発生し、データセンターが使用不能になった場合に備え、BCPとDRPを策定・実行しておくことが極めて重要です。
    • 冗長化: 機器レベルだけでなく、ネットワーク、電力、空調といったインフラ全体を冗長化します。
    • 地理的に離れた場所へのバックアップ・レプリケーション: 重要なデータは、火災の影響を受けない地理的に離れた場所にある別のデータセンターやストレージにバックアップまたはリアルタイムに近い形で複製(レプリケーション)します。
    • 代替データセンターの準備: プライマリサイトが停止した場合に、サービスを引き継げる代替データセンター(ホットサイト、ウォームサイト、コールドサイトなど)を準備しておきます。ホットサイトであればほぼ中断なくサービスを継続できますが、コストは高くなります。
    • 定期的な訓練: BCP/DRPが実際に機能するか、関係者が手順を理解しているかを検証するため、定期的に復旧訓練を実施します。

これらの予防策と対策は、データセンターの規模、重要度、予算などによって異なりますが、複数の層で対策を講じる「多層防御」の考え方が不可欠です。特定の対策だけに依存するのではなく、様々なリスク要因に対応できる包括的な安全管理体制を構築する必要があります。

今後の展望と課題:進化するデータセンターのリスク管理

デジタル化の進展に伴い、データセンターの重要性は今後ますます高まります。同時に、技術の進化や社会情勢の変化に伴い、データセンターのリスク管理には新たな課題が生じています。

  1. データ量の増加とデータセンターの高密度化: AI、IoT、ビッグデータなどの普及により、処理・蓄積されるデータ量は爆発的に増加しています。これに対応するため、データセンターはより多くのIT機器を狭いスペースに収容する「高密度化」が進んでいます。高密度化は、機器一台あたりの電力消費量や発熱量の増加を招き、電力供給能力や冷却能力への要求が高まるだけでなく、火災発生時の延焼リスクを高めます。
  2. 新しい技術の普及に伴うリスク:
    • 液体冷却: 高密度化に対応するため、液体冷却技術(液浸冷却や液冷ラックなど)が注目されています。空気冷却よりも効率的ですが、使用する液体の種類によっては可燃性があったり、漏洩時の影響が懸念されたりするため、新たな安全基準や対策が必要です。
    • 高性能バッテリー: 再生可能エネルギーの活用やピークシフトのために、データセンターへの大規模蓄電池システム(特にリチウムイオンバッテリー)の導入が進んでいます。エネルギー密度の高いバッテリーは、熱暴走による火災リスクがあり、その消火も困難であることから、より高度な監視・管理システムと、バッテリー火災に特化した消火対策が求められます。
    • エッジコンピューティング: データ処理をユーザーに近い場所で行うエッジデータセンターの普及も進んでいます。これらは既存の施設内に小規模に設置されることもあり、専用施設のような厳格な安全管理が難しい場合があるため、新たな課題となります。
  3. サプライチェーン全体でのリスク管理: データセンターは、機器メーカー、電力会社、通信事業者、建設業者、メンテナンス業者など、様々なサプライヤーやパートナーに支えられています。サプライチェーンのどこかで問題が発生した場合、データセンターの安全性や信頼性に影響が出る可能性があります。サプライチェーン全体でのリスク評価と管理が重要になっています。
  4. 国際的な安全基準、規制の動向: データセンターはグローバルに展開されており、国や地域によって安全基準や規制が異なります。国際的な基準の整合化や、新しい技術に対応した規制の見直しが進められる必要があります。
  5. 人材育成: 高度化・複雑化するデータセンターの安全管理には、専門的な知識とスキルを持つ人材が不可欠です。電気、空調、消防設備、ITインフラなど、幅広い分野に精通した技術者や、リスク管理の専門家を育成・確保することが課題となっています。

これらの課題に対し、データセンター事業者、ITベンダー、政府、標準化団体などが連携し、技術開発、基準策定、情報共有、人材育成など、継続的な取り組みを進めていく必要があります。

結論:安全で信頼性の高いデータセンター運用に向けて

データセンター火災事故は、現代社会が依存するデジタルインフラの脆さを露呈する、極めて重大なリスクです。その原因は、電気系統の故障、冷却不良、人為的ミス、外部要因、設備の老朽化、そして高密度化や新しい技術といった複合的な要因に起因します。そして一度発生すれば、ビジネス、社会インフラ、個人の生活、データ、経済、評判など、広範かつ深刻な影響をもたらします。

このような甚大な被害を防ぐためには、火災予防と対策に対する継続的かつ包括的な取り組みが不可欠です。設計段階での防火対策、高品質な設備の導入、徹底した定期点検・メンテナンス、高感度な火災検知システムと効果的な消火設備の設置、厳格な運用管理、そして従業員への安全教育といった予防策に加え、万が一の事故に備えたBCP/DRPの策定と訓練が極めて重要となります。

データセンターは進化し続け、新たな技術が導入される中で、リスクの性質も変化していきます。高密度化、液体冷却、大規模バッテリーシステムといった新しい技術は効率性向上に貢献する一方で、新たな火災リスクをもたらす可能性があります。これらのリスクに対し、技術開発、安全基準の見直し、専門人材の育成など、常に最新の知見に基づいた対策を講じていく必要があります。

データセンターの安全は、特定の事業者だけの問題ではありません。データセンターを利用する企業、サービスを提供する企業、そしてそれらのサービスを享受する私たちユーザー、さらには社会全体で、データセンターが抱えるリスクを正しく認識し、その安全確保に向けた取り組みを支援・促進していくことが重要です。

安全で信頼性の高いデータセンターの運用は、単に物理的な建物の安全性を保つことにとどまらず、私たちのデジタルライフ、経済活動、そして社会全体の持続可能性を支える基盤となります。火災事故から学び、常に最善の予防・対策を追求していくことこそが、未来のデジタル社会を安心して享受するための礎となるのです。データセンターの安全への投資は、未来への投資に他なりません。

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