Keras とは? TensorFlow との関係性を理解する
はじめに:ディープラーニングの進化とフレームワークの役割
近年、人工知能、特にディープラーニングは目覚ましい発展を遂げ、画像認識、自然言語処理、音声認識など、様々な分野で驚異的な成果を上げています。この技術革新を支えているのが、ディープラーニングモデルの開発、トレーニング、デプロイを効率的に行うためのソフトウェアフレームワークです。数あるフレームワークの中でも、Googleによって開発されたTensorFlowは、その高いスケーラビリティと豊富な機能により、広く普及しています。
しかし、TensorFlowは低レベルな操作も可能な非常に強力なツールである反面、特に初心者にとっては学習曲線が急峻であるという側面もありました。複雑なモデルを構築し、トレーニングループを記述するには、TensorFlowの内部動作に関するある程度の理解が必要とされたためです。
ここで登場するのがKerasです。Kerasは、ニューラルネットワークの開発をより直感的かつ効率的に行うことを目的に設計された高レベルなAPIです。当初はTensorFlowを含む様々なバックエンド上で動作する独立したライブラリでしたが、その設計思想と使いやすさが評価され、現在ではTensorFlowの公式な高レベルAPIとして深く統合されています。
本記事では、Kerasとは具体的にどのようなものであるか、そして、エンドツーエンドの機械学習プラットフォームであるTensorFlowとの関係性がどのように変化し、現在の形になったのかを、その歴史的背景を含めて詳細に解説します。これにより、ディープラーニング開発におけるKerasとTensorFlowのそれぞれの役割と、両者を効果的に活用するための理解を深めることを目指します。
Kerasとは何か? その哲学と特徴
Kerasは、高レベルなニューラルネットワークAPIとして定義されます。APIとは、Application Programming Interfaceの略であり、プログラマーがソフトウェアの機能を簡単に利用できるように提供されるインターフェースのことです。つまり、Kerasは、ディープラーニングモデルを構築し、トレーニングするための複雑な内部処理を隠蔽し、よりシンプルで直感的な操作を提供します。
Kerasの設計哲学は、以下の3つの重要な原則に基づいています。
- ユーザーフレンドリーであること: Kerasは、認知負荷を最小限に抑えるように設計されています。一般的なユースケースをカバーする一貫性のあるシンプルなAPIを提供することで、ユーザーは迅速にアイデアを形にし、実験を行うことができます。
- モジュール性: ニューラルネットワークは、レイヤー、オプティマイザー、損失関数、メトリックなどの独立した再利用可能なコンポーネントから構成されます。Kerasでは、これらのコンポーネントが疎結合されており、組み合わせて新しいモデルを容易に構築できます。これにより、柔軟性が高まり、新しいアーキテクチャの実験が容易になります。
- 拡張性: Kerasは、新しいアイデアを探求することを奨励します。カスタムレイヤー、損失関数、メトリック、またはコールバックを容易に作成し、フレームワークに組み込むことができます。これにより、標準的な機能だけでは不可能な独自のソリューションを実装できます。
これらの哲学は、Kerasが提供する以下の特徴に現れています。
- 直感的で分かりやすいAPI: モデル構築のコードは、ニューラルネットワークの構造を直接的に反映するため、可読性が高く、理解しやすいです。例えば、複数の層を積み重ねていくモデルは、
Sequential
APIを使って直感的に記述できます。 - 高速なプロトタイピング: シンプルなAPIとモジュール性のおかげで、新しいモデルのアイデアを素早く実装し、トレーニングして結果を確認できます。これにより、ディープラーニング開発における試行錯誤のサイクルを大幅に短縮できます。
- 多様なモデル構築方法: シンプルなスタックモデルから、複雑な分岐や共有レイヤーを持つモデル、さらには完全にカスタムなモデルまで、様々な構造のニューラルネットワークに対応できるAPIが提供されています(
Sequential
,Functional API
,Model Subclassing
)。 - 豊富な標準機能: 一般的に使用される様々な種類のレイヤー(全結合層、畳み込み層、プーリング層、リカレント層など)、活性化関数、オプティマイザー、損失関数、メトリックなどが標準で提供されています。
- コールバックシステム: トレーニング中に特定のイベントが発生した際に実行される関数(コールバック)を容易に設定できます。これにより、モデルの保存、学習率の調整、早期終了などのタスクを自動化できます。
- 多様なデータの扱い: NumPy配列、TensorFlowの
tf.data
データセット、Pythonジェネレーターなど、様々な形式のデータを入力として使用できます。
Kerasの歴史的背景
Kerasは、フランスのAI研究者であるFrancois Chollet氏によって開発され、2015年に初めて公開されました。当初のKerasは、あくまでバックエンドとして動作する低レベルな深層学習フレームワーク(Theano, TensorFlow, CNTKなど)の上に構築された、独立した高レベルライブラリという位置づけでした。
この「マルチバックエンド」戦略は、特定のフレームワークに依存せずに、開発者が使い慣れたKerasのAPIを使用してモデルを構築できるという大きな利点をもたらしました。ユーザーは、設定ファイルを変更するだけで、モデルのトレーニングに使用するバックエンドフレームワークを切り替えることができました。これは、当時の各フレームワークがそれぞれ異なる強みや特徴を持っていた中で、特定のバックエンドに縛られずに開発を進めるための有効なアプローチでした。
しかし、時が経つにつれて、TensorFlowがディープラーニングコミュニティで最も広く使用されるフレームワークの一つとなっていきました。TensorFlowの機能が拡充され、エコシステムが整備されるにつれて、KerasをTensorFlowの公式な高レベルAPIとして統合することの利点が大きくなっていきました。
TensorFlowとは何か? その全体像と機能
TensorFlowは、Google Brainチームによって開発された、エンドツーエンドのオープンソース機械学習プラットフォームです。名前の通り、主要なデータ構造として「テンソル (Tensor)」を使用し、そのテンソル上での数値計算グラフを構築・実行することに重点を置いています。
TensorFlowは単なるライブラリではなく、機械学習のライフサイクル全体をサポートする広範なエコシステムを形成しています。その核となるのは、以下の特徴を持つ低レベルの数値計算ライブラリです。
- テンソル演算: 多次元配列であるテンソルを効率的に扱うための豊富な演算を提供します。これは、ニューラルネットワークの順伝播・逆伝播計算の基礎となります。
- 自動微分 (Autograd): 計算グラフ上のどの点においても、入力に対する出力の勾配を自動的に計算する機能を持っています。これは、ニューラルネットワークの学習に不可欠な勾配降下法を実装するために非常に重要です。TensorFlow 2.x以降では、
tf.GradientTape
というメカニズムを通じて動的な自動微分が容易に行えます。 - スケーラビリティ: 単一のCPU、GPU、複数のGPU、さらにはGoogle独自のハードウェアであるTPU(Tensor Processing Unit)など、様々なハードウェア上で効率的に計算を実行できるように設計されています。また、分散コンピューティングにも対応しており、大規模なデータセットやモデルを使ったトレーニングを複数のマシンに分散させることが可能です。
- 柔軟性: 標準で提供される演算だけでなく、カスタムな演算を定義することも可能です。また、条件分岐やループなどの制御フローを計算グラフ内に組み込むこともできます。
- デプロイメント: トレーニング済みのモデルを様々な環境(サーバー、ウェブブラウザ、モバイルデバイス、エッジデバイスなど)にデプロイするためのツールやライブラリ(TensorFlow Serving, TensorFlow.js, TensorFlow Liteなど)が提供されています。
- 可視化: トレーニングの進捗やモデルの構造、計算グラフなどを視覚的に確認できるTensorBoardというツールが付属しています。これは、モデルの開発やデバッグに非常に役立ちます。
TensorFlowの操作モードには、歴史的に重要な2つのスタイルがあります。
- グラフ実行 (Graph Execution): TensorFlow 1.xの主要なモードでした。計算を行う前に、全ての操作(オペレーション)とそれらの間のデータフローを定義した静的な計算グラフを構築する必要がありました。そして、
tf.Session
を使ってこのグラフを実行する際に、実際のデータがグラフに入力されて計算が行われました。このモードは最適化の機会が豊富でしたが、Pythonの通常の制御フロー(if文やforループなど)と組み合わせるのが難しく、デバッグが困難という欠点がありました。 - Eager Execution (動的実行): TensorFlow 2.xでデフォルトとなったモードです。Pythonのコードが記述された順に即座に計算が実行されます。これは、NumPyのような通常のプログラミングパラダイムに近く、コードの記述やデバッグが容易になります。Eager Executionでは、計算グラフはバックグラウンドで動的に構築・実行されます。
TensorFlow 2.xは、このEager Executionをデフォルトにすることで、開発者の生産性を大幅に向上させました。そして、この変更は、動的な性質を持つKeras APIとの親和性を高めることにもつながりました。
KerasとTensorFlowの関係性の歴史的変遷
KerasとTensorFlowの関係性は、時間とともに大きく変化してきました。この変遷を理解することは、現在のtf.keras
がどのような位置づけにあるのかを把握するために重要です。
1. Keras as a multi-backend API (初期)
前述の通り、Kerasは当初、Theano、TensorFlow、CNTKといった複数のバックエンド上で動作する独立したライブラリとして開発されました。この段階では、TensorFlowはKerasのバックエンドの一つにすぎず、Keras自体はTensorFlowとは別のプロジェクトでした。
ユーザーは、~/.keras/keras.json
のような設定ファイルでバックエンドを指定し、同じKerasコードを異なるフレームワーク上で実行することができました。これは、フレームワーク間の移行を容易にし、特定のフレームワークの制約を受けずに開発を進めるための素晴らしいアプローチでした。
json
{
"image_data_format": "channels_last",
"epsilon": 1e-07,
"floatx": "float32",
"backend": "tensorflow" // ここでバックエンドを指定
}
この時代、Kerasは「高レベル」APIとして、バックエンドであるTensorFlowの「低レベル」な詳細(グラフ構築、セッション管理など)を抽象化していました。
2. TensorFlow 1.x 時代の tf.keras
TensorFlowが普及するにつれて、GoogleはKerasの使いやすさに注目し、TensorFlowの中にKerasを公式に含めることを決定しました。TensorFlow 1.8以降、tf.keras
モジュールがTensorFlowライブラリの一部として同梱されるようになりました。
しかし、この時点ではまだ、pip install keras
でインストールされる独立したKerasライブラリ(keras-team/keras)も並行して存在しており、両者の間に互換性の問題や混乱が生じることがありました。tf.keras
はTensorFlowのグラフ実行モデルに合わせて一部変更されている場合もあり、独立Kerasとは完全に同一ではありませんでした。TensorFlow 1.xではグラフ構築が主要なモードだったため、tf.keras
を使う際も、バックグラウンドでは静的な計算グラフが構築されていました。
3. TensorFlow 2.x 時代:tf.keras
の公式統合とEager Execution
TensorFlow 2.0のリリースは、KerasとTensorFlowの関係において決定的な転換点となりました。TensorFlow 2.xでは、Eager Executionがデフォルトの実行モードとなり、開発体験が大幅に改善されました。そして、tf.keras
がTensorFlowの公式かつ推奨される高レベルAPIとして明確に位置づけられました。
TensorFlow 2.xでは、tf.keras
APIを使用してモデルを構築することが、標準的な開発手法となりました。tf.keras
はEager Executionとシームレスに連携し、NumPyライクな直感的なコードでモデルを開発・デバッグできるようになりました。低レベルなグラフ構築やセッション管理といった作業は、ユーザーが意識することなくバックグラウンドでTensorFlowが自動的に処理するようになりました。
この変更により、TensorFlowユーザーにとってKerasは、もはや単なる「バックエンド上の高レベルラッパー」ではなく、「TensorFlowそのものを効率的に扱うための主要なインターフェース」という位置づけになりました。特に、tf.keras
の Model Subclassing
機能は、TensorFlowの低レベルな機能(例: tf.GradientTape
を使ったカスタムトレーニングループ)とKerasの高レベルな抽象化を組み合わせる強力な手段を提供します。
独立したKerasライブラリ(keras-team/keras)も、この間も開発が続けられており、Keras 3からは再びTensorFlow、PyTorch、JAXといった複数のバックエンドをサポートする形で進化しています。しかし、TensorFlowユーザーの大多数にとっては、TensorFlowに同梱されている tf.keras
を使用することが標準的な開発スタイルとなっています。本記事で以降「Keras」という場合、特に断りがない限り、TensorFlowエコシステムにおける tf.keras
を指すものとします。
なぜTensorFlowユーザーはKerasを使うのか?
TensorFlowは低レベルなAPIも提供しているにも関わらず、なぜ多くのユーザーがKeras(特にtf.keras
)を好んで使うのでしょうか?その理由は、Kerasが提供する以下の利点に集約されます。
-
生産性の向上: Kerasを使用すると、同じモデルをTensorFlowの低レベルAPIで記述する場合と比較して、はるかに少ないコード量で構築できます。例えば、複数のレイヤーを重ねた単純なCNNモデルを構築する場合、Kerasの
Sequential
モデルを使えば数行で済みますが、低レベルなAPIで記述すると、変数管理、順伝播計算、損失計算、勾配計算、オプティマイザーの適用など、多くの boilerplate code (定型的なコード) が必要になります。Kerasはこれらの定型作業をカプセル化しているため、開発者はモデルのアーキテクチャ設計により集中できます。 -
学習コストの低減: KerasのAPIはシンプルで一貫性があります。主要なコンポーネント(モデル、レイヤー、オプティマイザー、損失関数、メトリック)の使い方が統一されているため、一度Kerasの使い方を覚えれば、様々な種類のモデルやタスクに応用できます。TensorFlowの低レベルAPIは強力ですが、その柔軟性ゆえに習得に時間がかかる場合があります。Kerasは、ディープラーニング初心者にとって、複雑な概念に圧倒されることなくモデル開発を始めるための優れた入り口となります。
-
ベストプラクティスのカプセル化: Kerasは、ニューラルネットワーク開発における多くのベストプラクティスを組み込んでいます。例えば、
model.fit()
メソッドは、データのバッチ処理、エポック処理、損失計算、勾配計算、パラメーター更新といったトレーニングループの標準的な手順を自動的に実行します。また、正規化、ドロップアウト、初期化戦略など、モデルの性能向上や安定化に役立つテクニックがレイヤーやコンパイル設定として容易に利用できます。 -
Eager Executionとの親和性: TensorFlow 2.xのEager Executionは、コードを記述した順に即座に実行するため、標準的なPythonコードと同じ感覚でデバッグできます。KerasはEager Executionと非常に相性が良く、モデルの各層の出力を確認したり、カスタムトレーニングループの中で変数の値を追跡したりすることが容易になります。これは、モデル開発の効率を大幅に向上させます。
-
TensorFlowエコシステムとの統合:
tf.keras
はTensorFlowライブラリの一部であるため、TensorFlowの他のツールやライブラリとシームレスに連携できます。例えば、tf.keras
モデルはtf.data
APIを使って効率的にデータセットを処理したり、TensorBoardを使ってトレーニングの進捗を可視化したり、SavedModel
フォーマットで保存してTensorFlow ServingやTensorFlow Liteを使ってデプロイしたりできます。
これらの理由から、多くのディープラーニング開発者にとって、日常的なモデル開発においてはtf.keras
が第一の選択肢となっています。低レベルなTensorFlow APIは、Kerasでは実現できない高度なカスタマイズや制御が必要な場合に補完的に使用される、という使い分けが一般的です。
Keras APIの詳細 (tf.keras
における)
tf.keras
を使ってディープラーニングモデルを構築する際の主要な要素と、その使い方について詳しく見ていきましょう。
1. モデル構築方法
Kerasでは、モデルを構築するための主要な方法が3つ提供されています。
-
Sequential
モデル:
最もシンプルで一般的なモデルタイプです。層が線形に積み重ねられたモデル(入力から出力までが一直線になっているモデル)を定義するのに適しています。各層には1つの入力テンソルと1つの出力テンソルがあります。“`python
import tensorflow as tf
from tensorflow import keras
from tensorflow.keras import layersSequentialモデルの定義
model = keras.Sequential([
layers.Dense(128, activation=’relu’, input_shape=(784,)), # 入力層 + 隠れ層
layers.Dropout(0.2),
layers.Dense(10, activation=’softmax’) # 出力層
])または、層をリストとして渡す代わりに .add() を使う
model = keras.Sequential()
model.add(layers.Dense(128, activation=’relu’, input_shape=(784,)))
model.add(layers.Dropout(0.2))
model.add(layers.Dense(10, activation=’softmax’))
“`Sequential
モデルはシンプルで分かりやすいですが、入力が複数あるモデル、出力が複数あるモデル、層を共有するモデル、分岐があるモデルなど、複雑なアーキテクチャには対応できません。 -
Functional API
:
より柔軟なモデル構築方法です。層を関数のように呼び出し、入力テンソルから出力テンソルまでの計算グラフを明示的に定義します。これにより、共有レイヤーを持つモデル、多入力/多出力モデル、Skip Connectionを持つモデルなど、非線形なトポロジーを持つモデルを構築できます。“`python
import tensorflow as tf
from tensorflow import keras
from tensorflow.keras import layers
from tensorflow.keras.models import ModelFunctional APIの定義
入力テンソルを定義
input_tensor = keras.Input(shape=(784,))
層を関数のように呼び出し、テンソルを渡していく
x = layers.Dense(128, activation=’relu’)(input_tensor)
x = layers.Dropout(0.2)(x)
output_tensor = layers.Dense(10, activation=’softmax’)(x)入力と出力テンソルを指定してモデルを作成
model = Model(inputs=input_tensor, outputs=output_tensor)
“`Functional API
は、多くの一般的な複雑なモデルアーキテクチャを表現するのに十分な柔軟性を持っています。コードはやや冗長になりますが、モデルの構造がより明確になります。 -
Model Subclassing
:
最も柔軟性の高いモデル構築方法です。tf.keras.Model
クラスを継承し、__init__
メソッドでモデルの層を定義し、call
メソッドで順伝播の計算ロジックを記述します。Pythonの通常のクラス定義と同じ感覚でモデルを構築できるため、if
文やfor
ループといったPythonの制御フローを計算ロジックに組み込むことが容易です。“`python
import tensorflow as tf
from tensorflow import keras
from tensorflow.keras import layersModel Subclassingの定義
class MyModel(keras.Model):
def init(self, num_classes=10):
super(MyModel, self).init()
# モデルで使用する層を定義
self.dense1 = layers.Dense(128, activation=’relu’)
self.dropout = layers.Dropout(0.2)
self.dense2 = layers.Dense(num_classes, activation=’softmax’)def call(self, inputs, training=False): # 順伝播の計算ロジックを記述 x = self.dense1(inputs) # トレーニング時のみドロップアウトを適用 if training: x = self.dropout(x, training=training) output = self.dense2(x) return output
モデルのインスタンス化
model = MyModel(num_classes=10)
“`Model Subclassing
は、完全にカスタムな計算ロジックや、トレーニング時とテスト時で異なる振る舞いをするモデルなどを実装するのに適しています。ただし、モデル構造がコードに隠蔽されるため、Sequential
やFunctional API
のようにmodel.summary()
からモデル構造を自動的に取得するのが難しい場合があります。また、デバッグにはEager Executionが不可欠です。
2. レイヤー (tf.keras.layers
)
Kerasのモデルは、様々な種類のレイヤーを組み合わせて構築されます。tf.keras.layers
モジュールには、ディープラーニングで一般的に使用される豊富な種類のレイヤーが含まれています。
- Core レイヤー:
Dense
(全結合層),Activation
,Dropout
,BatchNormalization
,Flatten
,Reshape
など。 - Convolutional レイヤー:
Conv1D
,Conv2D
,Conv3D
(畳み込み層),SeparableConv2D
,DepthwiseConv2D
など。 - Pooling レイヤー:
MaxPooling1D
,MaxPooling2D
,MaxPooling3D
,AveragePooling1D
,AveragePooling2D
,AveragePooling3D
,GlobalMaxPooling2D
など。 - Recurrent レイヤー:
LSTM
,GRU
,SimpleRNN
,ConvLSTM2D
,Bidirectional
(ラッパー) など。 - Embedding レイヤー:
Embedding
(単語埋め込み層)。 - Normalization レイヤー:
BatchNormalization
,LayerNormalization
,GroupNormalization
,UnitNormalization
など。 - Preprocessing レイヤー: テキスト、画像、構造化データなどの前処理に使用される層。Keras 2.xまでの
ImageDataGenerator
に代わる推奨される方法の一つ。TextVectorization
,Normalization
,Resizing
,Rescaling
など。 - Custom レイヤー:
tf.keras.layers.Layer
を継承して、独自の計算ロジックを持つカスタムレイヤーを作成することも可能です。これは、標準のレイヤーでは実現できない特殊な操作が必要な場合に非常に役立ちます。
各レイヤーは、その層のパラメータ(重みやバイアス)、順伝播の計算ロジック、および必要に応じて逆伝播のための情報(自動微分に使用される)を保持しています。
3. コンパイル (model.compile()
)
モデルをトレーニングする準備をするために、model.compile()
メソッドを使用します。このメソッドでは、トレーニングプロセスに必要な以下の要素を指定します。
-
オプティマイザー (
optimizer
): モデルのパラメータを更新して損失を最小化する方法を定義します。一般的なオプティマイザーには、Adam
,RMSprop
,SGD
(確率的勾配降下法),Adagrad
,Adadelta
などがあります。それぞれに学習率やその他のハイパーパラメータを設定できます。python
optimizer = tf.keras.optimizers.Adam(learning_rate=0.001) -
損失関数 (
loss
): モデルの予測と実際のターゲット値との間の誤差を計算する方法を定義します。トレーニングプロセスはこの損失を最小化することを目指します。タスクの種類(回帰、二項分類、多クラス分類など)に応じて適切な損失関数を選択します。一般的な損失関数には、mean_squared_error
(MSE),categorical_crossentropy
,binary_crossentropy
,sparse_categorical_crossentropy
などがあります。“`python
loss_fn = tf.keras.losses.SparseCategoricalCrossentropy() # ラベルが整数値の場合loss_fn = tf.keras.losses.CategoricalCrossentropy() # ラベルがone-hotエンコードの場合
“`
-
メトリック (
metrics
): トレーニングおよび評価中にモデルの性能を測定するための指標を指定します。損失関数とは異なり、メトリックは通常、勾配計算には直接使用されませんが、モデルの進捗や最終的な性能を人間が理解しやすい形で把握するために使用されます。一般的なメトリックには、accuracy
,precision
,recall
,F1Score
などがあります。複数のメトリックを指定することも可能です。python
metrics = ['accuracy']
compile
メソッドはこれらの要素を受け取り、モデルをトレーニング可能な状態に設定します。
python
model.compile(optimizer=optimizer,
loss=loss_fn,
metrics=metrics)
4. トレーニングと評価 (model.fit()
, model.evaluate()
)
モデルをコンパイルしたら、データを使ってモデルをトレーニングできます。
-
model.fit()
:
モデルをトレーニングするために使用します。入力データ (x
) と対応するターゲットデータ (y
) を指定し、トレーニングのエポック数 (epochs
)、バッチサイズ (batch_size
) などを設定します。検証データ (validation_data
) を指定すると、各エポックの終了後にモデルが検証データで評価され、過学習の検出などに役立ちます。コールバック (callbacks
) を渡すことで、トレーニング中にカスタムなアクションを実行できます。“`python
トレーニングデータの準備 (例: NumPy配列)
x_train = … # 特徴量
y_train = … # ラベル
x_val = … # 検証用特徴量
y_val = … # 検証用ラベルモデルのトレーニングを実行
history = model.fit(x_train, y_train,
epochs=10,
batch_size=32,
validation_data=(x_val, y_val))
“`model.fit()
は、トレーニングの履歴(各エポックでの損失やメトリックの値)を含むHistory
オブジェクトを返します。 -
model.evaluate()
:
トレーニングが完了したモデルを、新しいデータセット(通常はテストデータ)で評価するために使用します。テストデータに対する損失と指定されたメトリックの値を計算し、返します。“`python
テストデータの準備
x_test = … # テスト用特徴量
y_test = … # テスト用ラベルモデルの評価を実行
loss, accuracy = model.evaluate(x_test, y_test, verbose=2)
print(f”Test loss: {loss}”)
print(f”Test accuracy: {accuracy}”)
“` -
model.predict()
:
トレーニング済みのモデルを使って、新しい入力データに対する予測を行います。“`python
新しいデータの準備
x_new = … # 予測したい特徴量
予測を実行
predictions = model.predict(x_new)
“`分類問題の場合、
predict
は通常、各クラスに属する確率の配列を返します。回帰問題の場合は、予測値自体を返します。
5. データのロードと前処理 (tf.data
との連携)
大規模なデータセットを効率的に扱うためには、TensorFlowの tf.data
APIを使用するのが推奨されます。tf.data.Dataset
オブジェクトは、データの読み込み、変換、バッチ処理、シャッフルなどを効率的に行うための強力なツールです。Kerasの model.fit()
メソッドは、tf.data.Dataset
オブジェクトを直接入力として受け入れることができます。
“`python
import tensorflow as tf
tf.data.Dataset を作成 (例: NumPy配列から)
dataset = tf.data.Dataset.from_tensor_slices((x_train, y_train))
dataset = dataset.shuffle(buffer_size=1024).batch(32)
検証データセット
val_dataset = tf.data.Dataset.from_tensor_slices((x_val, y_val))
val_dataset = val_dataset.batch(32)
Datasetを使ってモデルをトレーニング
history = model.fit(dataset, epochs=10, validation_data=val_dataset)
“`
tf.data
APIは、特にGPUやTPUのようなアクセラレーターを使用する場合に、CPUがデータ供給のボトルネックにならないようにパイプラインを最適化してくれます。
6. コールバック (tf.keras.callbacks
)
コールバックは、トレーニングの特定ステージ(エポック開始/終了、バッチ開始/終了など)で実行される関数です。tf.keras.callbacks
モジュールには、様々な便利なコールバックが含まれています。
ModelCheckpoint
: 指定した条件(例: 検証精度が向上した場合)でモデルや重みを保存します。EarlyStopping
: 検証メトリックが一定期間改善しない場合にトレーニングを早期に停止します。ReduceLROnPlateau
: 検証メトリックが停滞した場合に学習率を減少させます。TensorBoard
: TensorBoardで可視化するためのログを生成します。CSVLogger
: エポックごとの結果をCSVファイルに記録します。- カスタムコールバック:
tf.keras.callbacks.Callback
クラスを継承して、独自のコールバックを作成できます。
“`python
from tensorflow.keras.callbacks import EarlyStopping, ModelCheckpoint
callbacks = [
EarlyStopping(monitor=’val_loss’, patience=5), # 検証損失が5エポック改善しない場合に停止
ModelCheckpoint(filepath=’best_model.h5′, monitor=’val_loss’, save_best_only=True) # 最良のモデルを保存
]
history = model.fit(dataset, epochs=100, validation_data=val_dataset, callbacks=callbacks)
“`
7. モデルの保存とロード
トレーニング済みのモデルを保存し、後でロードして推論や追加トレーニングに使用できます。
-
SavedModel
フォーマット:
TensorFlowの推奨される保存フォーマットです。モデルのアーキテクチャ、重み、および計算グラフ(@tf.function
でグラフ化された部分)を含みます。TensorFlow Serving, TensorFlow Lite, TensorFlow.js など、TensorFlowエコシステムの様々なツールで広くサポートされています。python
model.save('my_model') # SavedModelとして保存
loaded_model = tf.keras.models.load_model('my_model') # ロード -
H5 フォーマット (Keras h5):
Keras独自の古い保存フォーマットです。モデルのアーキテクチャと重みを保存します。Sequential
モデルやFunctional API
で構築されたモデルには適していますが、Model Subclassing
で構築されたモデルの場合、アーキテクチャ情報は保存されず、重みのみが保存される点に注意が必要です。python
model.save('my_model.h5') # H5フォーマットとして保存
loaded_model = tf.keras.models.load_model('my_model.h5') # ロード -
重みのみの保存/ロード:
モデルのアーキテクチャはコードで定義し、トレーニング済みの重みだけを保存/ロードすることもよく行われます。“`python
model.save_weights(‘my_model_weights’) # 重みのみをSavedModel形式で保存 (ディレクトリが生成される)または model.save_weights(‘my_model_weights.h5’) # H5形式で保存
モデルを再構築または定義し、重みをロード
model = … # 同じアーキテクチャのモデルを構築/定義
model.load_weights(‘my_model_weights’)
または model.load_weights(‘my_model_weights.h5’)
“`
KerasのAPIは、ディープラーニングモデル開発の主要なタスクをカバーしており、これらの要素を組み合わせることで、様々な種類のニューラルネットワークを効率的に構築・トレーニングできます。
TensorFlowの低レベル機能とKerasの使い分け
TensorFlowは低レベルな数値計算機能を提供し、Kerasはその上に構築された高レベルなAPIです。これらをどのように使い分けるか、あるいは組み合わせて使うかは、開発するアプリケーションの要件や複雑さによって異なります。
Keras (tf.keras
) を使うべき場面:
- 一般的なニューラルネットワークモデルの構築: CNN、RNN、全結合ネットワーク、Transformerエンコーダー/デコーダーの一部など、広く知られている標準的なニューラルネットワークアーキテクチャを構築する場合。Kerasの
Sequential
やFunctional API
を使えば、少ないコードで効率的に実装できます。 - 迅速なプロトタイピングと実験: 新しいモデルのアイデアを素早く試したい場合。Kerasの直感的なAPIにより、モデルの構築、トレーニング、評価のサイクルを迅速に回せます。
- 標準的なトレーニング、評価、予測タスク: モデルのトレーニングに
model.fit()
, 評価にmodel.evaluate()
, 予測にmodel.predict()
を使うのが適切である場合。これらのメソッドは、一般的なタスクを効率的に処理するための多くの機能(バッチ処理、シャッフル、コールバックなど)を提供します。 - 多くのユーザーにとって十分な柔軟性が提供される場合: 多くのディープラーニングのユースケースは、Kerasの標準機能や
Functional API
で十分にカバーできます。必要以上に低レベルなAPIに降りる必要はありません。
TensorFlowの低レベル機能 (tf
モジュール, tf.GradientTape
など) を使うべき場面:
- 完全にカスタムなトレーニングループや勾配計算が必要な場合: GANs (敵対的生成ネットワーク) や強化学習のように、標準的な教師あり学習のトレーニングループ(
model.fit()
のような)では対応できない、複雑な学習プロセスを持つモデルを実装する場合。tf.GradientTape
を使用して勾配計算を手動で行い、オプティマイザーを適用するカスタムトレーニングループを記述する必要があります。 - カスタムな最適化アルゴリズムや損失関数の実装: Kerasに標準で用意されていない、特別な最適化アルゴリズムや損失関数を定義する場合。
tf.Variable
,tf.constant
, テンソル演算 (tf.matmul
,tf.reduce_sum
など) を組み合わせて実装します。 - 標準的なKeras APIでは表現できない複雑なモデル構造やデータフロー: 例えば、計算グラフの中に特定の副作用を持つ操作を組み込む必要がある場合や、標準的なレイヤーの組み合わせでは実現できない特殊なデータ変換や計算が必要な場合。
- 研究目的や、TensorFlowのより深い機能を利用したい場合: フレームワークの内部動作をより深く理解したい場合や、TensorFlowの提供するすべての低レベルな柔軟性を活用したい場合。
両者の組み合わせ:
最も強力なアプローチの一つは、KerasとTensorFlowの低レベル機能を組み合わせて使用することです。tf.keras.Model
をサブクラス化 (Model Subclassing
) し、__init__
メソッドでKerasのレイヤーを定義し、call
メソッドで順伝播を記述するのはKerasのスタイルですが、トレーニングループをカスタマイズしたい場合は、tf.GradientTape
を使って自分で勾配を計算し、optimizer.apply_gradients()
を呼び出すことができます。
“`python
class MyModel(keras.Model):
# … (init は上記と同じ)
# カスタムトレーニングステップを定義
@tf.function # 性能向上のためにグラフモードにコンパイル
def train_step(self, data):
inputs, targets = data
with tf.GradientTape() as tape:
predictions = self(inputs, training=True) # 順伝播
loss = self.compiled_loss(targets, predictions) # コンパイル時に指定した損失関数を計算
# 勾配計算
gradients = tape.gradient(loss, self.trainable_variables)
# オプティマイザーによるパラメータ更新
self.optimizer.apply_gradients(zip(gradients, self.trainable_variables))
# メトリック更新 (コンパイル時に指定したメトリック)
self.compiled_metrics.update_state(targets, predictions)
# 戻り値 (Dict形式)
return {m.name: m.result() for m in self.metrics}
モデル、オプティマイザー、損失関数、メトリックを定義し、コンパイル
model = MyModel()
model.compile(optimizer=tf.keras.optimizers.Adam(),
loss=tf.keras.losses.SparseCategoricalCrossentropy(),
metrics=[tf.keras.metrics.SparseCategoricalAccuracy()])
カスタムトレーニングループでトレーニング
model.fit() の代わりに Dataset やカスタムデータローダーを使って train_step を呼び出す
for epoch in range(epochs):
for step, data in enumerate(dataset):
metrics_results = model.train_step(data)
# 進捗表示やロギングなど…
“`
この例のように、Kerasでモデルの構造(レイヤーとその接続)を定義しつつ、トレーニングの具体的な手順はTensorFlowの低レベル機能を使って制御するという組み合わせは、柔軟性と生産性を両立させる強力な手法です。Model Subclassing
は、このような組み合わせを容易にするために設計されています。
Keras vs. 独立Keras vs. TensorFlow:用語の整理
Keras、tf.keras
、独立Keras、そしてTensorFlow Coreといった用語は、特に歴史的経緯を知らない場合に混乱の原因となり得ます。ここで、現代の状況におけるこれらの用語の関係性を整理しておきましょう。
-
TensorFlow Core (
tf
モジュール):
TensorFlowライブラリの中核部分であり、低レベルなAPIを提供します。テンソル操作 (tf.constant
,tf.Variable
,tf.matmul
など)、自動微分 (tf.GradientTape
)、グラフ構築・実行の制御、分散処理、SavedModelフォーマットなどがこれに含まれます。ディープラーニングだけでなく、一般的な数値計算ライブラリとしても使用できます。 -
tf.keras
:
TensorFlowライブラリの一部として提供される、公式かつ推奨される高レベルなAPIです。TensorFlow 2.x以降の開発において、多くのユーザーがディープラーニングモデル構築の主要なツールとして使用します。tf.keras
は、内部でTensorFlow Coreの低レベル機能を活用していますが、ユーザーは通常それを意識する必要がありません。本記事でこれまで説明してきたKerasの機能やAPIは、基本的にこのtf.keras
を指しています。 -
独立Kerasライブラリ (
keras
):
pip install keras
でインストールされる、TensorFlowとは別の独立したライブラリです。Keras 2.xまでは、TensorFlowを含む様々なバックエンド上で動作するマルチバックエンドAPIとしての側面が強かったです。Keras 3以降では、再びマルチバックエンド戦略を推し進め、TensorFlow、PyTorch、JAXなど、複数の深層学習フレームワークをバックエンドとしてサポートする統一的なAPIを提供しています。TensorFlowユーザーは通常tf.keras
を使いますが、複数のフレームワーク間でコードを共有したい場合や、特定のバックエンドの機能を利用したい場合に独立Kerasライブラリを選択することがあります。
現代の一般的な開発スタイル:
TensorFlowを使ったディープラーニング開発を行う場合、最も一般的なアプローチは以下の通りです。
- 基本的なモデル開発:
tf.keras.Sequential
またはtf.keras.Functional API
を使用してモデルを構築し、model.compile()
で設定し、model.fit()
でトレーニングします。これは最も手軽で生産性が高い方法です。 - やや複雑なモデルやカスタムロジック:
tf.keras.Model
をサブクラス化します。__init__
やcall
メソッドの中で、必要に応じてTensorFlow Coreの低レベルな演算(例: 特殊なデータ操作や計算)を組み合わせて使用します。トレーニングはmodel.fit()
を使うことも、必要に応じてカスタムトレーニングループを記述することも可能です。 - 完全にカスタムな学習アルゴリズム:
tf.GradientTape
を使用して手動で勾配を計算し、オプティマイザーを適用するカスタムトレーニングループを記述します。モデルの構造定義にはtf.keras.Model
サブクラス化を利用することが多いですが、モデル全体を低レベルなTensorFlow Core APIで構築することも技術的には可能です(ただし、コード量が多くなりがちです)。
要するに、tf.keras
はTensorFlowの「顔」のようなものであり、TensorFlowの強力な機能をより多くの開発者が容易に利用できるようにするための主要なインターフェースです。TensorFlow Coreは、その「基盤」であり、より低レベルな制御や高度なカスタマイズを可能にします。
将来展望
KerasとTensorFlowの関係性は、今後も進化していくと考えられます。特にKeras 3の登場は、マルチバックエンドという初期の哲学に立ち返りつつ、TensorFlowを含む主要フレームワークの最新機能を取り込む方向性を示唆しています。
Keras 3は、TensorFlow、PyTorch、JAXといった複数のバックエンドに対して統一的なAPIを提供することを目指しており、これによりディープラーニング開発者は特定のフレームワークに縛られることなく、Kerasの使い慣れたインターフェースで開発を進められるようになります。TensorFlowユーザーは引き続き tf.keras
を使用することが標準となるでしょうが、独立Kerasライブラリの進化は、Keras API自体の洗練や、異なるフレームワークの良い点をKerasに取り込むことにもつながる可能性があります。
また、TensorFlow自体も進化を続けており、分散トレーニングの効率化、ハードウェアサポートの拡充、新しいAPIやツール(例: TensorFlow Privacy, TensorFlow Federatedなど)の開発が進んでいます。KerasはこれらのTensorFlowの最新機能と密接に連携し、高レベルなインターフェースを通じてそれらを開発者に提供していくと考えられます。
エコシステム全体としては、低レベルな柔軟性を提供するTensorFlow Coreと、高レベルな生産性を提供するKerasという両輪が、相互に補完し合いながら発展していくでしょう。これにより、研究者から実務家まで、幅広いユーザーのニーズに応えられるディープラーニングプラットフォームが維持されていくことが期待されます。
まとめ
本記事では、高レベルなニューラルネットワークAPIであるKerasと、エンドツーエンドの機械学習プラットフォームであるTensorFlowの関係性について、その歴史的変遷を含めて詳細に解説しました。
Kerasは、当初は独立したマルチバックエンドライブラリとして誕生しましたが、その使いやすさと効率性から注目を集め、現在ではTensorFlowの公式な高レベルAPIである tf.keras
として深く統合されています。TensorFlow 2.x以降、Eager Executionがデフォルトになったことで、tf.keras
はTensorFlow開発における主要なインターフェースとなり、直感的でPythonicな開発体験を提供しています。
TensorFlowはテンソル演算や自動微分といった低レベルな機能を提供し、高いスケーラビリティと柔軟性を持っています。一方、Kerasはこれらの低レベルな詳細を抽象化し、モデル構築、トレーニング、評価といった一般的なディープラーニングのタスクを、より少ないコード量で効率的に行えるようにします。
多くの一般的なユースケースでは、tf.keras
を使用することで十分な機能と生産性が得られます。Sequential
モデルや Functional API
を使えば、ほとんどの標準的なニューラルネットワークを容易に構築できます。より複雑なモデル構造やカスタムな計算ロジックが必要な場合は、Model Subclassing
を使用し、必要に応じてTensorFlow Coreの低レベル機能と組み合わせることができます。完全にカスタムな学習アルゴリズムを実装する必要がある場合は、tf.GradientTape
を使ったカスタムトレーニングループを記述するというように、タスクの要件に応じて両者を適切に使い分ける、あるいは組み合わせることが重要です。
現代のTensorFlow開発者にとって、Keras(tf.keras
)は不可欠なツールです。Kerasを理解し、TensorFlowの低レベル機能との関係性を把握することは、効率的かつ柔軟なディープラーニング開発を行う上で非常に役立ちます。Kerasは開発者の生産性を劇的に向上させ、アイデアを素早く検証することを可能にし、TensorFlowはその基盤として、スケーラビリティと高度なカスタマイズの機会を提供します。これら二つの強力なツールを使いこなすことで、ディープラーニングの可能性を最大限に引き出すことができるでしょう。