塩水噴霧試験 JIS Z 2371 規格解説

はい、承知いたしました。塩水噴霧試験 JIS Z 2371 規格解説の詳細な説明を含む記事を作成します。約5000語を目指し、規格の目的、原理、装置、試験方法(NSS, AASS, CASS)、試料準備、試験条件、評価方法、報告書、解釈と限界など、多岐にわたる内容を網羅的に解説します。


JIS Z 2371:2015 塩水噴霧試験 規格解説 – 加速腐食試験の基礎と応用

はじめに:加速腐食試験の重要性

現代社会において、製品の耐久性や信頼性はますます重要な要素となっています。特に金属材料や表面処理された製品は、大気や水、化学物質など、さまざまな腐食性環境に曝されることで劣化が進みます。この腐食による性能低下や機能不全は、製品寿命を縮め、経済的損失だけでなく、安全性の問題にもつながりかねません。

実際の使用環境における腐食挙動を長期間にわたって観察することは理想的ですが、製品開発のサイクルや品質管理の観点からは、非常に長い時間を要するため現実的ではありません。そこで、比較的短時間で腐食を人工的に促進させ、材料や表面処理の耐食性を評価するための「加速腐食試験」が不可欠となります。

加速腐食試験には多くの種類がありますが、その中でも最も代表的かつ広く利用されている手法の一つが「塩水噴霧試験」です。塩水噴霧試験は、試験槽内で所定の濃度の塩水を霧状にして噴霧し、試験片をこの塩霧雰囲気中に曝すことで、金属材料の錆やめっき・塗装などの表面処理層の劣化を促進させる試験です。

日本産業規格(JIS)においては、この塩水噴霧試験に関する規定が「JIS Z 2371」として定められています。本規格は、国際標準化機構(ISO)のISO 9227「人工雰囲気における腐食試験−塩水噴霧試験」と整合性が取られており、国内外で通用する標準的な試験方法を提供しています。

本記事では、JIS Z 2371:2015「塩水噴霧試験」について、その詳細な内容を解説します。規格の目的、適用範囲、試験原理から、装置構成、具体的な試験方法(中性塩水噴霧試験、酢酸塩水噴霧試験、銅促進酢酸塩水噴霧試験)の各条件、試験片の準備、溶液の調製、試験の操作、試験後の処理、結果の評価方法、報告書の作成、さらには試験結果の解釈における注意点や限界に至るまで、規格に準拠した塩水噴霧試験を正しく理解し、実施・活用するために必要な情報を網羅的に説明します。

この解説が、製品の耐食性評価に関わる技術者、品質管理担当者、研究者、学生など、幅広い読者にとって有益な知識となることを願っています。

1. 規格の目的と適用範囲 (JIS Z 2371:2015 Scope)

1.1 目的

JIS Z 2371 規格の主目的は、金属材料及び金属被覆、並びに無機及び有機被膜の人工雰囲気における腐食試験として、塩水噴霧試験の試験方法を規定することです。この試験は、特定の条件(塩濃度、温度、pHなど)下で材料表面に発生する腐食を加速させ、その耐食性を相対的に評価するために用いられます。

重要な点は、本規格で規定される塩水噴霧試験は、暴露される製品の屋外における実際の腐食環境下での挙動を予測するものではないということです。実際の環境は、湿度、温度変化、濡れ・乾きのサイクル、汚染物質の種類や濃度、紫外線など、様々な要因が複雑に絡み合っており、単純な塩霧環境とは大きく異なります。

塩水噴霧試験は、主に以下の用途に利用されます。

  • 品質管理: 同一仕様の製品や被膜のバッチ間での耐食性のばらつきを確認する。
  • 研究開発: 材料組成や表面処理条件の変更が耐食性に与える影響を比較評価する。
  • 仕様確認: 製品の仕様に定められた耐食性要求を満たしているかを確認する。
  • 初期故障の検出: 不適切な材料や工程欠陥による耐食性不良を早期に発見する。

したがって、この試験は、異なる種類の被膜や異なる材料の耐食性を、現実の環境への暴露なしに直接比較するための有効な手段とはなりにくい場合があることを理解しておく必要があります。あくまで、標準化された特定の加速条件下での相対的な比較評価に焦点を当てた試験です。

1.2 適用範囲

JIS Z 2371 で規定される塩水噴霧試験は、以下の材料及び被膜に適用可能です。

  • 金属及びその合金: 鉄鋼、非鉄金属など。
  • 金属被覆(めっき): 電気めっき、無電解めっき、溶融めっき、真空めっきなど。
  • 無機被膜: 化成皮膜(リン酸塩皮膜、クロメート皮膜など)、陽極酸化皮膜(アルマイト)など。
  • 有機被膜: 塗料、ラッカー、粉体塗装、ゴムなどの有機被膜。

これらの材料及び被膜に適用される試験方法として、以下の3種類が規定されています。

  • 中性塩水噴霧試験 (NSS: Neutral Salt Spray)
  • 酢酸塩水噴霧試験 (AASS: Acetic Acid Salt Spray)
  • 銅促進酢酸塩水噴霧試験 (CASS: Copper Accelerated Acetic Acid Salt Spray)

これらの試験方法は、後述するように試験溶液の組成やpH、試験温度などが異なり、それぞれ異なる種類の被膜や想定される腐食環境に対して適用されます。例えば、NSSは比較的広範囲の材料・被膜に適用されますが、AASSやCASSは特に装飾用クロムめっきやアルマイトなど、より腐食性の高い環境への耐性を評価したい場合に用いられます。

ただし、本規格が適用できない場合や、試験結果の解釈に注意が必要な場合もあります。例えば、非常に薄い被膜や、エッジ部分の被膜が特に脆弱な試験片では、試験結果がばらつきやすい傾向があります。また、材料や被膜によっては、塩水噴霧試験よりも他の加速腐食試験(例:複合サイクル腐食試験 JIS K 5621, ISO 12944-6、キャス試験 JIS H 8681-2など)の方が実際の使用環境をより良くシミュレートできる場合もあります。したがって、試験方法の選定にあたっては、評価対象の材料・被膜の種類、想定される使用環境、評価したい特性などを十分に考慮する必要があります。

2. 試験の原理 (Principle)

塩水噴霧試験の原理は、試験槽内に生成される塩霧雰囲気によって、試験片表面の金属腐食を電気化学的に促進させることにあります。

  • 塩霧雰囲気: 試験槽内に噴霧される微細な塩水粒子(塩霧)は、試験片表面に付着し、薄い液膜を形成します。この液膜が電解質溶液となり、金属の腐食反応を進行させます。
  • 電気化学反応: 金属の腐食は基本的に電気化学反応です。金属が酸化されてイオンとして溶け出す反応(アノード反応)と、酸素が還元される反応(カソード反応)が組み合わさって起こります。
    • アノード反応(例:鉄の場合): Fe → Fe²⁺ + 2e⁻
    • カソード反応(中性環境の場合): O₂ + 2H₂O + 4e⁻ → 4OH⁻
    • カソード反応(酸性環境の場合): O₂ + 4H⁺ + 4e⁻ → 2H₂O
  • 塩化物の影響: 塩化物イオン(Cl⁻)は、金属表面の不動態皮膜を破壊しやすく、アノード反応を促進させる触媒的な働きをします。また、電解質溶液の電気伝導率を高めることで、電気化学反応の進行を加速させます。
  • 酸素の供給: 試験槽内の空気中には十分な酸素が含まれており、これがカソード反応に必要な酸素を供給します。
  • 温度: 規定された温度(通常35℃または50℃)に保たれることで、化学反応速度が向上し、腐食が促進されます。

これらの要因、すなわち「電解質(塩水)の存在」、「酸化剤(酸素)の供給」、「腐食促進因子(塩化物イオン)」、「適切な温度」が組み合わさることで、試験片表面の腐食が自然環境下よりもはるかに速く進行します。

特に、AASSやCASSでは、酢酸の添加により溶液が酸性となるため、カソード反応が促進され、さらに腐食速度が増大します。CASSでは加えて銅イオン(Cu²⁺)が添加されますが、これも電気化学的な触媒として働き、腐食をさらに加速させます。

このように、塩水噴霧試験は、試験環境を特定の条件に制御することで、材料の腐食に対する脆弱性を短時間で露呈させることを目的としています。観察される腐食形態(赤錆、白錆、膨れ、剥離など)やその進行度合いを評価することで、耐食性の良否を判断します。

3. 試験装置 (Test Apparatus)

JIS Z 2371 に規定される塩水噴霧試験を実施するためには、特定の要件を満たす試験装置が必要です。主な構成要素は以下の通りです。

3.1 試験槽 (Test Chamber)

  • 構造: 試験片を設置し、塩霧雰囲気を生成・維持するための密閉構造の槽です。通常、槽本体、蓋、試験片支持台、塩水貯槽、噴霧システム、温度調節システム、排気システムなどから構成されます。
  • 材質: 槽本体や蓋は、塩水噴霧による腐食を受けにくい材質(例: 硬質ポリ塩化ビニル(PVC), ガラス繊維強化プラスチック(FRP), ガラスなど)でなければなりません。金属製の槽を使用する場合は、内部全体を耐食性の高い材料でライニングする必要があります。
  • 形状と寸法: 塩霧が槽内に均一に分布するような形状である必要があります。また、試験片のサイズや個数に応じて適切な容積を持つ必要があります。試験片の配置や噴霧の条件を考慮すると、ある程度の空間が必要です。槽の容積は通常、500L以上が一般的ですが、規格には最小容積の規定はありません。ただし、過度に小さい槽は塩霧の均一性が損なわれる可能性が高いため推奨されません。
  • 蓋: 槽は気密性の高い蓋を備えている必要があります。蓋を開閉する際に、蓋から試験片に凝縮水が滴り落ちないような構造が望ましいとされています。
  • 加熱システム: 試験槽内の温度を一定に保つための加熱システム(例: ウォータージャケット方式、エアジャケット方式、槽内ヒーター方式など)が必要です。温度分布は±1℃以内に保たれる必要があります。

3.2 塩水噴霧システム (Salt Solution Spray System)

  • 噴霧ノズル (Atomizer): 試験溶液を微細な霧状にして噴霧するためのノズルです。通常、圧縮空気を利用して溶液を吸い上げ、微粒化する構造(サイフォン式ノズルなど)が用いられます。ノズルは耐食性の高い材料(例: ガラス、セラミック、耐食性プラスチックなど)でできていなければなりません。
  • ノズル数と配置: 槽のサイズや形状に応じて、適切な数のノズルが設置され、槽内全体に塩霧が均一に行き渡るように配置されている必要があります。ノズルは、試験片から溶液滴が直接かからないような向きに取り付けられます。
  • 圧縮空気供給システム: ノズルによる噴霧には、清浄で乾燥した圧縮空気が必要です。圧縮空気は、油分、塵、その他の汚染物質を除去するための適切なフィルタを通さなければなりません。
  • 飽和塔 (Saturation Tower / Humidifier): 圧縮空気を噴霧ノズルに送る前に、水蒸気で飽和させるための装置です。通常、加温された水が入った塔を圧縮空気が通る構造になっています。空気を飽和させるのは、噴霧された塩水粒子が乾燥して結晶化するのを防ぎ、試験片表面の液膜が乾燥・濃縮するのを抑制するためです。飽和塔の温度は、試験槽の温度と噴霧圧力に応じて調整されます。
  • 塩水貯槽 (Salt Solution Reservoir): 規定濃度の塩水試験溶液を貯蔵し、噴霧ノズルに供給するためのタンクです。十分な容量があり、試験中に溶液濃度が変化しないようにする必要があります。通常、タンクの材質も耐食性があるものを選びます。

3.3 塩霧捕集システム (Fog Collection System)

  • 捕集器 (Collector): 槽内の任意の位置に設置し、一定時間内に堆積する塩霧の量と濃度を測定するための器具です。通常、内径100mmの円形開口部を持つ漏斗と、それにつながるメスシリンダーで構成されます。
  • 設置場所: 少なくとも2個の捕集器を設置する必要があります。一つは噴霧ノズルから最も近い位置に、もう一つは最も遠い位置(または試験片の配置場所)に設置し、槽内の塩霧の均一性を確認します。試験片から滴下した水滴が入らないように注意して設置します。

3.4 温度調節システム (Temperature Control System)

  • 試験槽内の温度を規定値(NSS/AASS: 35℃ ± 1℃、CASS: 50℃ ± 1℃)に保つためのシステムです。加熱能力だけでなく、正確な温度センサーと制御機構が必要です。

3.5 排気システム (Exhaust System)

  • 試験槽内の塩霧を外部に排出するためのシステムです。排出された塩霧は、環境規制に従って適切に処理する必要があります。

3.6 その他

  • 圧力計: 圧縮空気の圧力を正確に測定・調整するための圧力計。
  • 流量計 (Optional): 噴霧される空気量や溶液量を制御・監視するための流量計。
  • タイマー: 試験時間を管理するためのタイマー。

これらの装置は、規格で定められた性能要件(温度精度、噴霧量、塩濃度、pHなど)を満たしていることを定期的に校正・確認する必要があります。特に、噴霧ノズルは目詰まりを起こしやすいため、定期的な清掃や点検が不可欠です。

4. 試験方法の種類と条件 (Types of Test Methods and Conditions)

JIS Z 2371 では、以下の3種類の試験方法が規定されており、それぞれ試験条件が異なります。

4.1 中性塩水噴霧試験 (NSS: Neutral Salt Spray Test)

  • 特徴: 最も基本的な塩水噴霧試験であり、様々な金属材料及び被膜の一般的な耐食性評価に広く用いられます。
  • 試験溶液:
    • 組成: 質量分率で5%の塩化ナトリウム (NaCl) 水溶液。
    • 塩化ナトリウムの品質: JIS K 8150 特級またはそれ以上の品質の試薬級塩化ナトリウムを使用します。不純物、特に銅やニッケルなどの重金属イオン、またヨウ化物イオンは腐食反応に影響を与える可能性があるため、極力含まれていないものが望ましいです。乾燥した状態で、質量分率99.5%以上のNaCl純度が要求されます。
    • 水質: 電導率が20℃で20 µS/cm以下の脱イオン水または蒸留水を使用します。清浄で、腐食反応に影響を与えるような不純物を含まない水であることが重要です。
    • 濃度: 試験溶液のNaCl濃度は、噴霧された塩霧を捕集して測定した際に、質量分率で40 g/L ~ 60 g/L の範囲(通常50 ± 10 g/L)となるように調整します。これは、塩水を噴霧した際の溶液の濃縮を考慮した値です。溶液調製時には、通常、最終的な噴霧後の濃度を逆算して、少し高めの濃度で調製しておくことが多いですが、規格では捕集液の濃度が基準となります。
    • pH: 試験溶液のpHは、試験槽内で噴霧されて試験片に到達する前に測定した際に、25℃で 6.5 ~ 7.2 の範囲でなければなりません。pHの調整には、試薬級の塩酸または水酸化ナトリウムを使用します。ただし、pH調整に使用する試薬は、試験結果に影響を与えないように、必要最小限にとどめることが推奨されます。
  • 試験温度: 試験槽内の雰囲気温度は、35℃ ± 1℃に維持します。
  • 圧縮空気圧力: 噴霧ノズルに供給する圧縮空気の圧力は、ノズルの種類や構造によって異なりますが、一般的には70 kPa ~ 170 kPa の範囲で調整されます。適切な圧力は、規定の噴霧量が得られるように設定します。
  • 塩霧捕集量: 少なくとも2個の捕集器を用いて、単位時間当たり・単位面積当たりの塩霧捕集量を測定します。捕集量は、連続した16時間以上の期間において、80 cm² の水平受面で測定した際に、1時間当たり 1.0 mL ~ 2.0 mL となるように調整します。
  • 捕集液の濃度とpH: 捕集器で捕集された溶液のNaCl濃度が 40 g/L ~ 60 g/L、pHが25℃で 6.5 ~ 7.2 であることを確認します。これらの条件が満たされない場合は、噴霧条件や試験溶液の調製方法を見直す必要があります。

4.2 酢酸塩水噴霧試験 (AASS: Acetic Acid Salt Spray Test)

  • 特徴: NSS試験よりも腐食性が高い試験です。特に、装飾用クロムめっきの下地めっき(例: ニッケルめっき)やアルミニウム合金の陽極酸化皮膜などの耐食性評価に用いられることがあります。
  • 試験溶液:
    • 組成: 質量分率で5%の塩化ナトリウム (NaCl) 水溶液に、酢酸を添加してpHを酸性にしたものです。
    • pH: 試験槽内で噴霧されて試験片に到達する前に測定した際に、25℃で 3.1 ~ 3.3 の範囲でなければなりません。pHの調整には、試薬級の氷酢酸を使用します。
    • その他: NaCl品質、水質、濃度、捕集液の濃度に関する要件はNSSと同様です。
  • 試験温度: 試験槽内の雰囲気温度は、35℃ ± 1℃に維持します。
  • 圧縮空気圧力、塩霧捕集量、捕集液の濃度: NSSと同様です。捕集液のpHは、25℃で 3.1 ~ 3.3 であることを確認します。

4.3 銅促進酢酸塩水噴霧試験 (CASS: Copper Accelerated Acetic Acid Salt Spray Test)

  • 特徴: AASS試験よりもさらに腐食性が高い試験です。特に、ニッケル-クロムめっき、銅-ニッケル-クロムめっきなど、装飾用めっきの耐食性評価に用いられます。非常に強力な腐食促進試験であり、短時間でめっき層の欠陥や下地金属の腐食を誘発します。
  • 試験溶液:
    • 組成: 質量分率で5%の塩化ナトリウム (NaCl) 水溶液に、酢酸と塩化銅(Ⅱ) (CuCl₂) を添加したものです。
    • 塩化銅(Ⅱ)添加量: 試薬級の塩化銅(Ⅱ)二水和物 (CuCl₂・2H₂O) を、試験溶液1リットル当たり 0.25 g ± 0.01 g 添加します。
    • pH: 試験槽内で噴霧されて試験片に到達する前に測定した際に、50℃で 3.1 ~ 3.3 の範囲でなければなりません。pHの調整には、試薬級の氷酢酸を使用します。
    • その他: NaCl品質、水質、濃度、捕集液の濃度に関する要件はNSSと同様です。
  • 試験温度: 試験槽内の雰囲気温度は、50℃ ± 1℃に維持します。NSS及びAASSよりも高温であることに注意が必要です。
  • 圧縮空気圧力、塩霧捕集量、捕集液の濃度: NSSと同様です。捕集液のpHは、50℃で 3.1 ~ 3.3 であることを確認します。

これらの試験方法は、それぞれ想定する腐食環境や評価対象の特性に応じて選択されます。同一製品の試験であっても、要求される耐食性のレベルや評価したい劣化モードによっては、異なる試験方法が適用される場合があります。

5. 試験片の準備 (Preparation of Test Specimens)

適切な試験結果を得るためには、試験片の準備が非常に重要です。試験片の準備方法は、評価対象となる製品や材料、そして評価したい特性によって異なりますが、一般的に以下の点に注意が必要です。

5.1 試験片の種類と数

  • 試験片は、実際に評価したい製品そのもの、または製品から切り出したもの、あるいは製品と同じ材質・表面処理条件で作製されたものが用いられます。
  • 試験結果のばらつきを考慮し、信頼性を高めるためには、同じ条件の試験片を複数個(通常3個以上)用意することが推奨されます。

5.2 試験片の寸法と形状

  • 試験片の寸法は、試験槽内に適切に配置でき、かつ代表的な表面状態を反映できるようなサイズとします。規格には具体的な寸法規定はありませんが、一般的には板状のものが多く、例えば JIS H 8502「めっきの耐食性試験方法」など、関連する規格や製品規格に規定されている場合があります。
  • 試験片の形状が製品の複雑な形状を再現している場合もあります。

5.3 試験片の表面状態

  • 試験片の表面は、評価したい被膜または材料の代表的な状態を反映している必要があります。通常、製品が最終的に出荷される状態(洗浄済み、乾燥済みなど)に準じて準備します。
  • 油分、指紋、研磨剤の残留物など、試験結果に影響を与えうる汚染物質は、適切な方法(例: 有機溶剤での脱脂洗浄、超音波洗浄など)で除去します。ただし、洗浄方法自体が表面に影響を与えないように注意が必要です。製品の通常の洗浄工程があれば、それに従います。

5.4 試験片のエッジ部

  • 板状試験片のエッジ部分は、被膜が薄くなったり、下地金属が露出したりしていることが多く、初期の腐食起点となりやすい箇所です。エッジからの腐食が試験結果に大きく影響を与えるため、評価の目的によって以下のいずれかの処理を行います。
    • エッジ部の評価を含める場合: 特段の処理は行わず、エッジ部からの腐食進行も評価対象とします。この場合、エッジ部の状態(バリの有無、面取りの有無など)を記録しておくと良いでしょう。
    • エッジ部からの腐食を除外したい場合: エッジ部をワックス、塗料、粘着テープなどの適切な保護材で覆い、塩水がエッジ部に接触しないように処理します。この保護材は、試験条件(温度、塩水)に対して安定であり、自身が剥離したり溶出したりして試験溶液を汚染しないものである必要があります。
  • 実際の製品ではエッジ部からの腐食が問題となることも多いため、特別な理由がない限り、エッジ部を含めて評価する場合が多いです。

5.5 人工的な傷(スクライブ)

  • 塗装などの有機被膜や一部の無機被膜では、表面に傷が入った場合の耐食性(傷部の腐食進行や傷周辺の被膜の剥離・膨れなど)を評価するために、試験前に人工的な傷(スクライブ)を入れる場合があります。
  • スクライブの入れ方は、通常、規格や製品仕様で規定されています(例: JIS K 5600-7-1「塗料試験方法−第7部:塗膜の長期促進劣化試験−第1節:塩水噴霧」や ISO 9227 の付属書を参照)。一般的には、鋭利な刃物を用いて、下地金属に達する深さの傷を交差状(X字)または直線状に入れます。スクライブの幅や深さは、試験片の厚みや被膜の種類によって適切に選ばれます。
  • スクライブを入れる位置や本数も、規格や製品仕様に従います。

5.6 試験片の固定方法

  • 試験片は、試験槽内の支持台に、評価したい面を上にして、鉛直方向に対して15° ~ 30°の角度で傾けて設置します。これは、塩霧が均等に付着し、試験片表面に凝縮した塩水や腐食生成物が滞留せず、自然に流れ落ちるようにするためです。平面状の試験片の場合、通常は傾斜角を固定します。
  • 試験片同士が互いに接触したり、試験槽の側面や底に接触したりしないように配置します。試験片同士が接触すると、接触部で電位差が生じて異常腐食を起こしたり、塩霧の回り込みが悪くなったりする可能性があります。
  • 試験片を固定する際には、試験片に影響を与えない(腐食しない、溶液を汚染しない)材質の支持具(例: ガラス棒、プラスチック製スタンドなど)を使用します。金属製の支持具を使用する場合は、耐食性の高い材料を選び、試験片と絶縁する必要があります。

このように、試験片の準備段階での適切な処理は、試験結果の信頼性と再現性を確保するために極めて重要です。不適切な準備は、試験結果の解釈を誤らせる原因となります。

6. 試験溶液の調製 (Preparation of Salt Solution)

試験溶液の品質は、塩水噴霧試験の結果に直接影響します。規格では、溶液の調製に使用する塩と水の品質、濃度、そしてpHについて厳密な規定があります。

6.1 使用する塩 (Salt Quality)

  • 要求品質: JIS K 8150 特級またはそれ以上の品質の試薬級塩化ナトリウム(NaCl)を使用します。
  • 不純物: 以下の不純物含有量に上限が設けられています。
    • 銅 (Cu): 0.001% 以下
    • ニッケル (Ni): 0.001% 以下
    • ヨウ化物 (I): 0.005% 以下
    • 合計不純物 (乾燥ベース): 0.5% 以下
  • これらの不純物、特に銅やニッケルなどの重金属イオンは、金属表面でのカソード反応を促進したり、特定のめっきの種類によっては置換めっきを引き起こしたりして、腐食挙動に大きな影響を与える可能性があります。したがって、高純度のNaClを使用することが不可欠です。
  • 塩は乾燥した状態で保存し、吸湿させないように注意します。

6.2 使用する水 (Water Quality)

  • 要求品質: 電導率が20℃で 20 µS/cm 以下の水を使用します。通常、蒸留水またはイオン交換水(脱イオン水)が用いられます。
  • 清浄度: 水は清浄で、腐食試験に影響を与えるような溶解性固形物、シリカ、有機物、銅、真鍮などで汚染されていない必要があります。水道水などは不純物が多く含まれる可能性があるため、原則として使用できません。
  • 調製方法: 高純度の水を調製するには、ガラス蒸留器、イオン交換樹脂装置、または逆浸透膜装置などが用いられます。これらの装置自体から不純物が溶出しないように、適切な材質で構成されている必要があります。

6.3 試験溶液の調製

  • 濃度:
    • NSS, AASS, CASSのいずれも、基本となるNaCl濃度は質量分率で5%です。すなわち、塩5部に水95部を質量比で混合します。例えば、塩50gに対して水950g(ほぼ950mL)を加えて溶解させ、合計1000gの溶液とします。
    • 注意: 規格で規定される塩濃度は、噴霧によって捕集された溶液の濃度が 40 g/L ~ 60 g/L(50 ± 10 g/L)であることです。調製した溶液そのものの濃度ではありません。しかし、実際には、調製時の濃度を50 g/Lに近い値(質量分率5%)とし、噴霧条件(空気圧、飽和塔温度、ノズル種類など)を調整することで、捕集液濃度がこの範囲に入るように設定します。通常、調製溶液の濃度は質量分率で5.0%(50g/L)とします。
  • 溶解: 塩を水に完全に溶解させます。必要であれば、溶液を穏やかに撹拌して溶解を促進させます。
  • 濾過 (Optional): 溶液中に不溶性の粒子が含まれている場合は、噴霧ノズルの目詰まりを防ぐために濾過することが推奨されます。濾過に使用するフィルターは、溶液の組成に影響を与えない材質のものを使用します。
  • pH調整:
    • NSS: 試験溶液のpHは、噴霧前の調製溶液のpHではなく、噴霧によって捕集された溶液のpHが25℃で 6.5 ~ 7.2 となるように調整します。pH調整には、試薬級の塩酸または水酸化ナトリウムを少量使用します。調整後、十分に撹拌して均一にします。pHメーターは、高純度の水溶液の測定に適した校正済みのものを使用します。
    • AASS: 噴霧によって捕集された溶液のpHが25℃で 3.1 ~ 3.3 となるように調整します。pH調整には、試薬級の氷酢酸を添加します。添加量はおよそ10 mL/L程度ですが、使用する酢酸の濃度や水のpHによって異なりますので、実際にpHメーターで測定しながら調整します。
    • CASS: 噴霧によって捕集された溶液のpHが50℃で 3.1 ~ 3.3 となるように調整します。pH調整には、試薬級の氷酢酸を添加します。また、CuCl₂・2H₂O を 0.25 g/L 添加します。CuCl₂を水に溶解させた後、酢酸でpH調整を行います。
  • 試験溶液の供給: 調製した試験溶液は、噴霧システムに供給される貯槽に移します。貯槽の容量は、試験期間中に溶液が不足しないように十分な大きさが必要です。連続試験の場合は、自動供給システムを備えていると便利です。試験溶液は、試験中に補充する必要が生じる可能性があるため、試験期間を通じて同じロットの溶液を使用できる量を一度に調製するか、または同じ品質の溶液を繰り返し調製できる体制を整えておくことが望ましいです。

試験溶液の調製は、試験結果の再現性に直接関わる重要なステップです。規格の要求事項を正確に守り、適切な品質の塩と水を使用し、規定の濃度とpHに調整することが必須です。

7. 試験の操作 (Operation of Test)

試験の操作は、試験槽の準備から試験条件の設定、運転、そして試験後の処理まで一連の流れで行われます。

7.1 試験槽の準備

  • 試験槽内部を清掃し、前回の試験による残留物や汚染物質がないことを確認します。
  • 水槽や飽和塔に規定量の水を入れ、適切な温度に加温を開始します。
  • 塩水貯槽に規定濃度の試験溶液を準備し、必要であれば温度を調整します。
  • 試験片支持台を試験槽内に設置し、試験片を規定の角度(15°~30°)で設置します。試験片同士が接触しないように注意します。
  • 塩霧捕集器を槽内の規定位置(少なくとも2箇所)に設置します。

7.2 試験条件の設定

  • 試験槽の温度、飽和塔の温度、圧縮空気圧を、選択した試験方法(NSS, AASS, CASS)に従って設定します。これらのパラメータは、後述する塩霧の捕集量と濃度が規定値になるように調整します。
    • NSS/AASS: 槽内温度 35℃ ± 1℃, 飽和塔温度は空気圧によって調整(例: 80 kPaで47℃, 140 kPaで50℃など、飽和塔温度は圧力が高いほど高くなる)
    • CASS: 槽内温度 50℃ ± 1℃, 飽和塔温度は空気圧によって調整(例: 80 kPaで63℃, 140 kPaで66℃など)
    • 圧縮空気圧: 70 kPa ~ 170 kPa の範囲で設定し、ノズルの特性に合わせて調整。
  • これらの設定値は、試験開始前に安定していることを確認します。

7.3 試験の開始

  • 塩水貯槽からの溶液供給を開始し、圧縮空気をノズルに供給して噴霧を開始します。
  • 試験槽の蓋を閉め、密閉状態にします。
  • 試験時間を計測開始します。

7.4 試験中の監視と調整

  • 温度: 試験槽内の温度を連続的に監視し、規定の範囲内(±1℃)に保たれていることを確認します。
  • 塩霧捕集量と濃度・pH: 試験開始後、一定期間(例えば、最初の24時間)経過後に塩霧捕集器の捕集量、捕集液のNaCl濃度、およびpHを測定し、規定の範囲内(捕集量: 1.0~2.0 mL/h/80cm²、濃度: 40~60 g/L、NSS pH: 6.5~7.2、AASS/CASS pH: 3.1~3.3)に入っていることを確認します。これらの値が規定範囲外である場合は、圧縮空気圧、飽和塔温度、ノズルの清掃状態などを調整し、条件を満たすように再設定します。試験中も定期的に(例: 毎日)捕集器の測定を行い、条件が維持されていることを確認します。特に長時間試験の場合、条件が変動する可能性があるため注意が必要です。
  • 塩水補充: 塩水貯槽の溶液が減ってきたら、規定濃度の新しい試験溶液を補充します。補充する溶液は、試験開始時の溶液と同じ品質、濃度、pHのものを使用します。連続運転の場合、自動供給システムを使用すると便利です。
  • 試験片の確認 (Optional): 仕様によっては、試験を中断して試験片の状態を確認する場合があります。この場合、試験片を槽から取り出し、真水で軽く洗い流して塩分を除去し、観察・記録を行った後、できるだけ速やかに試験槽に戻します。試験片の取り出し・設置時には、表面を傷つけたり、腐食生成物を拭き取ったりしないように細心の注意を払います。試験中断時間は、可能な限り短くします。試験中断の回数や時間は、あらかじめ製品仕様や取り決めによって定めておく必要があります。

7.5 試験の終了

  • 規定の試験時間(例えば 24h, 48h, 96h, 168h, 504h, 1000h など)が経過したら、噴霧を停止し、試験槽の運転を終了します。
  • 試験槽の蓋を開け、槽内に滞留している塩霧を排気システムを用いて十分に換気します。換気を怠ると、試験片を取り出す際に試験者が塩霧を吸入する危険があります。

8. 試験後の処理と評価 (Post-test Treatment and Evaluation)

試験が終了した試験片は、評価のために適切な後処理を行い、その状態を評価します。

8.1 試験後の処理

  • 試験片を試験槽から注意深く取り出します。試験片表面に付着している塩分や腐食生成物を除去するために、以下のいずれかの方法で洗浄します。
    • 穏やかな洗浄: 流水(原則として20℃以下の真水)で、付着した塩分を洗い流します。この際、試験片表面の腐食生成物を物理的に除去したり、表面を擦ったりしないように、穏やかに洗浄します。試験片を水中に短時間浸漬することも有効です。
    • 腐食生成物の除去: 試験結果として腐食生成物の量や種類を評価する場合は、洗浄は流水による塩分の除去にとどめ、腐食生成物はそのままにしておきます。しかし、下地の状態や被膜の剥離・膨れなどを評価したい場合は、非腐食性の化学的方法(例: 酸洗いや研磨などを用いない、特定の試薬による溶解)や、非常に軽いブラッシングなどで腐食生成物を除去することが許容される場合があります。ただし、この除去方法が下地や被膜に影響を与えないことを事前に確認する必要があります。除去方法については、関連する規格(例: JIS H 8502)や製品仕様で規定されている場合があります。
  • 洗浄後、試験片を乾燥させます。乾燥は、室温で自然乾燥させるか、あるいは60℃以下の乾燥器で穏やかに行います。試験片表面を拭き取ったり、急速に乾燥させたりすると、状態が変わってしまう可能性があるため避けます。

8.2 試験結果の評価

試験結果の評価は、主に試験片の外観観察によって行われます。評価項目や評価方法は、評価対象の材料・被膜の種類や製品仕様によって異なりますが、一般的に以下の点が評価されます。

  • 腐食の発生: 試験片表面に発生した錆、白錆、その他の腐食生成物の有無、種類、量、分布などを観察します。
    • 鉄鋼材料: 赤錆の発生面積や発生箇所を評価します。
    • 亜鉛めっき、カドミウムめっきなど: 白錆(亜鉛の腐食生成物)の発生面積や発生箇所を評価します。
    • アルミニウム合金: 白い粉状の腐食生成物や孔食などを評価します。
  • 被膜の劣化: 塗装やめっきなどの被膜自体に生じた劣化を評価します。
    • 膨れ (Blistering): 被膜が下地から浮き上がる現象。膨れの大きさや密度を評価します。JIS K 5600-7-1(ISO 4628-2)などに規定される写真標準と比較して評価することが一般的です。
    • 剥離 (Delamination): 被膜が下地から剥がれる現象。剥離の面積や発生箇所を評価します。
    • 亀裂 (Cracking): 被膜に亀裂が入る現象。
    • 変色 (Discoloration): 被膜の色が変化する現象。
    • 光沢低下 (Loss of Gloss): 被膜の光沢が失われる現象。
  • スクライブ部の評価: 人工的な傷(スクライブ)を入れた試験片では、傷に沿って発生した腐食の広がりや、傷周辺の被膜の膨れ・剥離を評価します。JIS K 5600-7-1(ISO 4628-3, ISO 4628-8)などに規定される写真標準や定規を用いて、傷からの腐食や剥離の進行幅を測定・評価することが一般的です。
  • 評価方法の定量化: 評価結果を定量的に表現するために、関連する規格で定められた評価基準を用いることが推奨されます。例えば、JIS H 8502「めっきの耐食性試験方法」では、めっきの種類に応じた腐食面積率や膨れ、剥離などを評価するための基準が示されています。また、塗膜の劣化評価には、ISO 4628 シリーズ(塗膜の劣化度の評価)などが広く用いられます。これらの評価基準は、腐食面積率を特定の段階で示すスケールや、膨れや亀裂の密度と大きさを組み合わせた評価システムなどを含みます。

評価は、通常、訓練された目視検査員によって行われますが、必要に応じて拡大鏡や顕微鏡などが用いられます。試験期間が長い場合、試験を中断して中間評価を行うこともあります。

9. 試験報告書 (Test Report)

試験結果を正確に伝え、再現性や比較可能性を確保するためには、詳細かつ包括的な試験報告書を作成する必要があります。JIS Z 2371 には、報告書に含めるべき項目が規定されています。

報告書には、少なくとも以下の情報を含める必要があります。

  • 試験に関する一般的な情報:
    • 報告書の発行機関名及び所在地
    • 報告書の識別番号及び発行年月日
    • 試験依頼者名及び所在地
    • 試験を行った日付
  • 試験片に関する情報:
    • 評価対象の材料、製品、または被膜の種類
    • 試験片の形状、寸法、数
    • 試験片の製造履歴(製造方法、ロット番号、表面処理条件など、入手可能な情報)
    • 試験片の準備方法(洗浄方法、エッジ処理、スクライブの有無と方法など)
    • 試験前の試験片の外観状態
  • 試験方法に関する情報:
    • 本規格の番号及び発行年(例: JIS Z 2371:2015)
    • 実施した試験方法の種類(NSS, AASS, CASS のいずれか)
    • 試験期間(時間単位)
    • 試験中断の有無及びその回数、時間、理由(試験片の観察など)
  • 試験条件に関する情報:
    • 試験槽の型式及び容積
    • 試験槽内の雰囲気温度(規定値及び実際の測定値または範囲)
    • 飽和塔の温度(規定値及び実際の測定値または範囲)
    • 圧縮空気圧(規定値及び実際の測定値または範囲)
    • 試験片の設置角度及び配置
    • 塩霧捕集器の設置位置、捕集量(規定値及び測定値または範囲)
    • 捕集液のNaCl濃度(規定値及び測定値または範囲)
    • 捕集液のpH(規定値及び測定値または範囲、測定温度)
  • 試験溶液に関する情報:
    • 使用した塩の種類及び品質(NaCl純度、不純物含有量など)
    • 使用した水の品質(電導率など)
    • 試験溶液の調製方法、濃度、pH(調整に使用した試薬など)
    • 試験期間中の溶液の補充方法
  • 試験結果に関する情報:
    • 試験後の試験片の外観状態の詳細な記述
    • 発生した腐食の種類、量、分布、発生箇所の特定の記述(例: 赤錆、白錆、孔食、膨れ、剥離、変色など)
    • 定量的な評価結果(例: 腐食面積率スケール、膨れスケールと密度、剥離幅など、使用した評価基準の明記)
    • スクライブ部の評価結果(腐食や剥離の進行幅など)
    • 写真や図による試験片の状態の記録(評価を裏付けるために非常に有効)
    • 異常な観察事項(例: ノズル目詰まり、装置のトラブルなど、試験結果に影響を与える可能性のある事象)
  • 試験結果の解釈に関する補足事項 (Optional): 試験結果の比較や特定の結論を導き出す際の注意点など。
  • 評価者名

これらの情報を漏れなく記載することで、試験結果の透明性が確保され、他の試験結果との比較や、将来的な追跡調査が可能となります。特に、試験条件の測定値や評価方法は、試験結果のばらつきを理解するためにも重要です。

10. 試験結果の解釈と限界 (Interpretation of Test Results and Limitations)

塩水噴霧試験の結果を適切に解釈し、その限界を理解することは、試験を有効活用するために不可欠です。

10.1 試験結果の解釈

  • 相対的な比較: 塩水噴霧試験は、最も重要な目的の一つとして、同一または類似の材料や被膜の耐食性を標準化された条件下で相対的に比較するために用いられます。例えば、同じ材料に異なる種類の表面処理を施した場合や、同じ表面処理を異なる条件で施した場合の耐食性の優劣を比較することができます。また、特定の被膜仕様について、異なる製造ロット間での耐食性のばらつきを確認する品質管理ツールとして有効です。
  • 仕様への適合性: 製品や材料の仕様に「塩水噴霧試験 ○○時間で異常な腐食がないこと」といった要求が規定されている場合、その要求を満たしているかを確認するために用いられます。
  • 初期故障の検出: 製造工程上の問題(例: 被膜の膜厚不足、ピンホール、洗浄不良、下地処理の不備など)に起因する耐食性不良を、比較的短時間の試験で検出することができます。

10.2 試験結果の限界

前述の通り、塩水噴霧試験結果は、実際の使用環境における製品の耐食性を直接予測するものではありません。これは、塩水噴霧試験の環境が、実際の環境とは大きく異なるためです。限界となる主な要因は以下の通りです。

  • 環境の単純さ: 塩水噴霧試験は、一定の温度、湿度、塩濃度、そして連続的な湿潤という比較的単純な環境で行われます。これに対し、実際の屋外環境は、温度・湿度の変化、濡れ・乾きのサイクル(乾燥時間)、紫外線暴露、雨水による洗浄、大気中の汚染物質(二酸化硫黄、窒素酸化物、オゾン、煤塵など)、微生物、機械的応力など、多様な因子が複雑に作用し合っています。これらの因子は、腐食のメカニズムや進行速度に大きく影響するため、単純な塩霧環境での結果が実際の環境を正確に反映するとは限りません。
  • 腐食メカニズムの違い: 特定の材料や被膜に対する腐食メカニズムは、環境によって異なる場合があります。塩化物による腐食は促進されますが、実際の環境で支配的な腐食形態(例: 大気汚染物質による酸性雨による腐食、紫外線劣化と腐食の複合影響など)を再現できない場合があります。
  • 試験条件の変動: 規格では条件を厳密に定めていますが、装置の性能やメンテナンス状態、操作者の技量などにより、試験槽内の条件(特に塩霧の均一性や捕集量、pHなど)にばらつきが生じる可能性があり、これが試験結果の再現性に影響を与えることがあります。
  • 試験片の準備の影響: エッジ処理やスクライブの有無、洗浄方法など、試験片の準備方法が結果に大きく影響します。標準化されていない準備方法は、結果の比較可能性を損ないます。
  • 長期間暴露との相関性の低さ: 短時間の加速試験である塩水噴霧試験の結果と、長期間の屋外暴露試験の結果との間に、良好な相関性が見られないケースが多数報告されています。特定の材料や被膜の長期耐久性を評価したい場合は、複合サイクル腐食試験など、より現実の環境に近い条件を再現できる試験方法を選択するか、または実際の環境下での暴露試験を行う必要があります。

10.3 有効な活用方法

これらの限界を踏まえつつ、塩水噴霧試験を有効に活用するためには、以下の点を考慮する必要があります。

  • 目的の明確化: 試験を行う目的(品質管理、材料比較、仕様確認など)を明確にし、その目的に合致した試験方法(NSS, AASS, CASS)と試験期間を選択します。
  • 比較対象の選定: 比較評価を行う場合、比較対象となる試験片は、可能な限り同じ条件で準備されたものを使用します。異なる条件で準備された試験片や、全く異なる種類の材料・被膜の結果を安易に比較しないようにします。
  • 評価方法の標準化: 試験結果の評価方法(特に定量的な評価基準)を標準化し、客観性を確保します。複数の試験片間や、異なる時期に行った試験の結果を比較する際に重要です。
  • 他の試験との組み合わせ: 必要に応じて、塩水噴霧試験だけでなく、他の加速腐食試験(例: 複合サイクル腐食試験、恒温恒湿試験、ガス腐食試験など)や実際の環境下での暴露試験と組み合わせて評価を行います。
  • 現実環境への外挿の慎重さ: 試験結果を現実環境での性能予測に直接的に用いることは避けるべきです。あくまで、特定の加速条件下での性能指標として捉え、その限界を理解した上で判断を行う必要があります。

11. 他の腐食試験との比較 (Comparison with Other Corrosion Tests)

塩水噴霧試験は最も基本的な加速腐食試験ですが、材料や用途によっては他の試験方法が適している場合があります。簡単に他の代表的な腐食試験と塩水噴霧試験を比較します。

  • 複合サイクル腐食試験 (Cyclic Corrosion Test – CCT):
    • 特徴: 湿潤(塩水噴霧または塩水浸漬)、乾燥、湿度、場合によっては温度変化や紫外線暴露など、複数の環境因子を周期的に繰り返す試験です。
    • 利点: 実際の屋外環境(特に沿岸部や融雪剤散布地域など)に近い腐食メカニズムを再現できることが多く、塩水噴霧試験よりも実際の耐久性との相関が高い傾向があります。様々な規格(JIS K 5621, JASO M 609, ISO 12944-6 など)で規定されています。
    • 塩水噴霧試験との違い: 環境因子が多様でサイクルがあるため、装置が複雑で高価になる傾向があります。試験期間も塩水噴霧試験より長くなることが多いです。
  • 恒温恒湿試験 (Constant Temperature and Humidity Test):
    • 特徴: 一定の温度と湿度(例: 40℃ 95%RH)に試験片を曝す試験です。塩分などの腐食促進因子は通常含まれません。
    • 利点: 高湿度環境下での吸湿や材料の膨潤、または特定条件下での腐食(例: 結露による腐食)を評価できます。
    • 塩水噴霧試験との違い: 主に湿度による劣化を評価するため、塩化物イオンによる電気化学的腐食促進効果はありません。腐食速度は一般的に塩水噴霧試験よりも緩やかです。
  • ガス腐食試験 (Gas Corrosion Test):
    • 特徴: 二酸化硫黄(SO₂)、硫化水素(H₂S)、二酸化窒素(NO₂)、塩素(Cl₂)などの特定の腐食性ガスを含む雰囲気に試験片を曝す試験です。
    • 利点: 大気汚染物質による腐食(特に電子部品の接点、美術工芸品など)をシミュレートできます。異なるガス濃度や組み合わせで試験が可能です(例: JIS C 0023, IEC 60068-2-42, IEC 60068-2-60など)。
    • 塩水噴霧試験との違い: 腐食促進因子が塩化物イオンではなく特定のガスです。評価対象や腐食メカニズムが異なります。
  • 浸漬試験 (Immersion Test):
    • 特徴: 試験片を液体(水、塩水、薬品など)に浸漬する試験です。連続浸漬、間欠浸漬などがあります。
    • 利点: 液体環境下での腐食挙動を直接評価できます。タンク内面や水中機器などの評価に用いられます。
    • 塩水噴霧試験との違い: 液体中に完全に浸漬されるため、空気との界面での影響や液膜の乾燥・湿潤サイクルはありません。酸素の供給条件などが異なります。

これらの試験は、それぞれ異なる腐食環境をシミュレートし、異なる腐食メカニズムを促進することを目的としています。塩水噴霧試験は、その簡便さ、装置の普及度、標準化された手順から、今なお基本的な品質管理や比較的単純な比較評価において重要な位置を占めています。しかし、より現実的な環境での性能を評価したい場合は、目的に応じてこれらの他の試験方法も検討する必要があります。

12. まとめ (Conclusion)

JIS Z 2371 塩水噴霧試験は、金属材料及び被膜の耐食性を評価するための標準的な加速腐食試験方法です。中性塩水噴霧試験(NSS)、酢酸塩水噴霧試験(AASS)、銅促進酢酸塩水噴霧試験(CASS)の3種類が規定されており、試験溶液の組成、pH、試験温度などの条件が異なります。

本試験は、標準化された塩霧環境下で材料の腐食を加速させることで、材料や被膜の耐食性を比較的短時間で相対的に評価することを可能にします。品質管理や研究開発における材料・プロセスの比較評価、製品仕様への適合性確認、初期故障の検出などに広く利用されています。

しかしながら、塩水噴霧試験結果が実際の屋外環境における製品の耐食性を直接予測するものではないという限界を理解しておくことが重要です。実際の環境は、温度・湿度のサイクル、汚染物質、紫外線など、より複雑な因子が作用するため、単純な塩霧環境の結果とは異なる腐食挙動を示すことがあります。

したがって、塩水噴霧試験の結果は、その限界を踏まえた上で慎重に解釈する必要があります。特に、異なる種類の材料や被膜の絶対的な耐食性を比較する際には注意が必要です。より現実的な評価が必要な場合は、複合サイクル腐食試験など他の加速腐食試験や実際の暴露試験と組み合わせることを検討すべきです。

適切な試験片の準備、規格に則った試験装置の操作、正確な試験条件の維持、そして標準化された評価方法の適用は、信頼性の高い試験結果を得るために不可欠です。また、詳細かつ正確な試験報告書の作成は、試験結果の追跡可能性と透明性を確保するために重要です。

JIS Z 2371 規格を正しく理解し、その目的に沿って適切に実施・活用することで、製品の品質向上や信頼性確保に貢献することができます。本解説が、皆様の塩水噴霧試験への理解を深め、実務に役立てる一助となれば幸いです。


これで、約5000語の詳細なJIS Z 2371 塩水噴霧試験の解説記事となりました。規格の各側面について網羅的に説明したつもりです。

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