zlib完全ガイド:デフレート圧縮の基礎
はじめに
デジタル時代において、データはますます増大の一途をたどっています。ネットワークを通じて大量のデータが瞬時に転送され、ストレージデバイスには膨大な情報が蓄積されています。このような状況下で、データを効率的に扱い、リソースを節約するために不可欠な技術が「データ圧縮」です。データ圧縮は、データのサイズを小さくすることで、ストレージ容量を節約し、ネットワーク転送時間を短縮し、処理速度を向上させることを可能にします。
データ圧縮技術には様々な種類がありますが、その中でも最も広く普及し、様々な形式やプロトコルで利用されている強力なアルゴリズムの一つに「デフレート(Deflate)」があります。そして、このデフレートアルゴリズムをC言語で実装した、非常に有名なフリーのソフトウェアライブラリが「zlib」です。zlibは、その安定性、移植性の高さ、そしてパフォーマンスの良さから、オペレーティングシステム、ファイル形式(ZIP、PNG、GZIPなど)、ネットワークプロトコル(HTTP、TLS、SSHなど)、ゲーム、ソフトウェア開発など、数え切れないほどの場面で利用されています。
本記事では、このzlibライブラリの核となるデフレート圧縮アルゴリズムに焦点を当て、その基礎から詳細までを深掘りしていきます。デフレートがどのようにデータを圧縮するのか、そのメカニズムを理解することで、なぜこれほどまでに多くの場所で利用されているのか、その理由が明らかになるでしょう。約5000語のボリュームで、デフレートの基礎理論、アルゴリズムの詳細、zlibライブラリの簡単な使い方、そして応用例までを網羅的に解説します。
デフレート圧縮の基礎
なぜ圧縮が必要か?
データ圧縮の必要性は、主に以下の点に集約されます。
- ストレージ容量の節約: 同じデータをより小さな容量で保存できるため、ハードディスク、SSD、クラウドストレージなどのコストを削減できます。
- ネットワーク帯域幅の節約: 転送するデータ量を減らすことで、ネットワーク帯域の使用量を抑え、通信コストや混雑を緩和できます。これはインターネット上のコンテンツ配信やモバイル通信において特に重要です。
- データ転送速度の向上: 転送するデータ量が少なければ、同じ帯域幅でもより短時間で転送が完了します。これにより、ウェブページの読み込み速度向上やファイルのダウンロード時間短縮が実現します。
- 処理速度の向上: ストレージからの読み書き時間やネットワークからのデータ受信時間は、データ量に比例することが多いため、データ圧縮は全体の処理速度向上にも貢献します。
可逆圧縮と不可逆圧縮
データ圧縮には、大きく分けて二つの種類があります。
- 可逆圧縮 (Lossless Compression): 圧縮前のデータと完全に同じデータを復元できる圧縮方式です。テキストファイル、プログラムコード、一部の画像形式(PNG、GIF)、音声形式(FLAC)などに適しています。データを一切失うことが許されない場合に必須です。デフレートは可逆圧縮アルゴリズムです。
- 不可逆圧縮 (Lossy Compression): データを圧縮する際に、人間が知覚しにくい情報を削除することで、より高い圧縮率を実現する圧縮方式です。画像(JPEG)、音声(MP3、AAC)、動画(MPEG、H.264)などに使われます。元のデータとは完全に同じデータは復元できませんが、多くの場合、品質の劣化は許容範囲内です。
デフレートは可逆圧縮であるため、元のデータを完全に復元することが保証されます。これは、プログラムコードや重要なドキュメント、正確なデータ表現が求められる科学データなど、1ビットの情報の欠損も許されない場面で非常に重要です。
デフレートのコア技術
デフレートは、主に二つの異なる圧縮技術を組み合わせています。
- LZ77に基づく重複データの除去: データストリーム中の繰り返されるバイト列(パターン)を検出し、そのパターンを「以前出現した位置(オフセット)」と「長さ」で参照することによって置き換えます。これにより、同じバイト列を繰り返し格納する必要がなくなり、データ量が削減されます。
- ハフマン符号化に基づく出現頻度に応じた符号化: 繰り返しやパターン参照によって表現されたデータ(リテラルバイトまたはオフセット/長さペア)について、出現頻度の高いものは短いビット列で、出現頻度の低いものは長いビット列で符号化します。これにより、全体としてデータサイズを小さくします。これは、モールス信号でよく使われる文字に短い符号を割り当てるのと似た考え方です。
これらの二つの技術が組み合わされることで、デフレートは高い圧縮率と比較的速い処理速度を実現しています。特に、データに繰り返しパターンが多いほど、LZ77による重複除去の効果が高まり、高い圧縮率が期待できます。さらに、ハフマン符号化は、どのようなデータに対してもある程度の圧縮効果を発揮します(ただし、既にランダム性が高いデータや、他の方法で圧縮されたデータに対しては効果が薄いか、逆にサイズが増えることもあります)。
デフレートアルゴリズムの詳細
デフレート圧縮は、入力バイトストリームを処理し、圧縮されたビットストリームを出力します。その過程を、LZ77ベースのマッチングとハフマン符号化という二つの主要な要素に分けて詳しく見ていきましょう。
LZ77に基づくマッチング
LZ77アルゴリズムは、1977年にジェイコブ・ジヴ(Jacob Ziv)とアブラハム・レムペル(Abraham Lempel)によって提案された辞書式圧縮法の一つです。デフレートでは、このLZ77の概念を発展させた形で利用しています。
スライディングウィンドウと辞書:
LZ77の基本的な考え方は、「スライディングウィンドウ」と呼ばれる過去のデータの一部を「辞書」として利用することです。デフレートでは、最大32KB(32768バイト)のウィンドウサイズを使用します。このウィンドウは、現在処理しているデータの直前にある32KBのデータを含みます。
データストリームを前から順に処理していく際、エンコーダーは現在の位置から始まるバイト列を、このスライディングウィンドウ(過去のデータ)内に存在するバイト列と比較します。もし一致するバイト列が見つかれば、それは「マッチ」として扱われます。
マッチの表現:オフセットと長さ
マッチが見つかった場合、エンコーダーは現在のバイト列そのものを出力するのではなく、マッチしたバイト列がウィンドウ内のどこから始まったかを示す「オフセット(距離)」と、その一致したバイト列の「長さ」を出力します。
- オフセット(Distance): 現在の位置から見て、ウィンドウ内でマッチが始まった位置までの距離を示します。デフレートでは、オフセットは1から32768の範囲を取ります。オフセット1は直前のバイトを指し、オフセット32768はウィンドウの最も古いバイトを指します。
- 長さ(Length): マッチしたバイト列の長さを示します。デフレートでは、長さは最小3バイトから最大258バイトの範囲を取ります。
例えば、入力データが ...ABCDEFGABCDEF...
のようになっているとします。エンコーダーが ABCDEF
の部分を処理するとき、直前のウィンドウ内に既に同じ ABCDEF
が出現しているのを見つけたとします。このとき、エンコーダーは ABCDEF
という6バイトのシーケンスを直接出力する代わりに、「現在の位置からXバイト前の位置から始まる、長さ6のバイト列を繰り返せ」という情報(オフセットX、長さ6)を出力するわけです。これは、元の6バイトを出力するよりも、オフセットと長さを表すわずかなビット数で済むため、圧縮になります。
リテラルバイトとマッチの選択:
常にマッチが見つかるわけではありません。また、マッチが見つかっても、マッチの長さが短い場合(例えば1バイトや2バイトのマッチ)、オフセットと長さを表現するためのビット数の方が、元のバイトをそのまま出力するよりも大きくなってしまい、かえってサイズが増えてしまいます。
そのため、エンコーダーは現在の位置から見て、以下のどちらを選択するかを決定します。
- リテラルバイトとして出力: マッチが見つからなかった場合、または見つかったマッチが短すぎて圧縮に寄与しない場合、エンコーダーは現在のバイトをそのまま「リテラルバイト(Literal Byte)」として出力します。
- マッチ(オフセット、長さのペア)として出力: 適切な長さのマッチが見つかった場合、エンコーダーは現在の位置から始まるバイト列を、対応するオフセットと長さのペアに置き換えて出力します。
デフレートのエンコーダーは、圧縮率を最大化するために、現在の位置から可能な限り長いマッチを探そうとします。これは、一般的に「greedy parsing」や「lazy matching」といった戦略によって実現されます。
- Greedy Matching: 現在位置から開始する最も長い可能なマッチを常に選択します。
- Lazy Matching: 現在位置から最も長いマッチを見つけた後、次のバイトも同様に最も長いマッチを探します。もし次のバイトから始まるマッチが、現在のマッチよりも効率的(例えば、より長いマッチにつながる可能性がある)であれば、現在のマッチを諦めて次のバイトをリテラルとして出力し、その次のバイトから新しいマッチを探す、といった戦略です。zlibの実装では、通常、greedy matchingを基本としつつ、いくつかのレベルでlazy matchingの度合いを調整しています。
このLZ77ベースのマッチングにより、データ中の繰り返しパターンや文字列が効率的に置き換えられ、大幅なサイズ削減が可能になります。
ハフマン符号化
LZ77による重複除去の後、データストリームはリテラルバイトと(オフセット、長さ)ペアのシーケンスになります。デフレートの次のステップは、これらのシンボル(リテラルバイト、長さ、オフセット)を効率的にビット列に符号化することです。ここで使用されるのが「ハフマン符号化」です。
ハフマン符号化の原理:
ハフマン符号化は、デビッド・ハフマンによって考案された可変長符号化アルゴリズムです。データストリーム中に出現するシンボル(文字や値など)の出現頻度を分析し、出現頻度の高いシンボルには短いビット列(符号語)を、出現頻度の低いシンボルには長いビット列を割り当てることで、全体のデータサイズを小さくします。
ハフマン符号の重要な特徴は、「プレフィックスフリー」であることです。つまり、どの符号語も他の符号語の接頭辞(プレフィックス)になっていません。これにより、受信側はビットストリームを順番に読み込むだけで、符号語の区切りを明確に判断し、一意に元のシンボルを復元することができます。
デフレートにおけるハフマン符号化の適用:
デフレートでは、以下の二種類のシンボルストリームに対して独立にハフマン符号化を適用します。
-
リテラル/長さシンボル (Literal/Length Symbols): これは、以下のシンボルを含みます。
- リテラルバイト(0から255までの値)
- 長さの値(3から258までの値)。ただし、実際の符号語は長さの値そのものではなく、長さを表現するための「長さコード」と追加のビットで構成されます。
- ブロックの終端を示す特殊なシンボル(End-of-Block: EOB)。
-
距離シンボル (Distance Symbols): これは、オフセットの値(1から32768までの値)を含みます。ただし、これも実際の符号語はオフセットの値そのものではなく、オフセットを表現するための「距離コード」と追加のビットで構成されます。
エンコーダーは、入力データのブロックごとに、そのブロック内に出現するリテラル/長さシンボルと距離シンボルの出現頻度を計算します。そして、それぞれのシンボルセットに対して独立にハフマン木(およびそれに対応する符号語)を構築します。
ダイナミックハフマンと固定ハフマン:
デフレートには、ハフマン符号化の際に使用する符号木をどのように決定するかについて、二つのモードがあります。
- ダイナミックハフマン (Dynamic Huffman): 最も一般的なモードです。このモードでは、エンコーダーは現在のデータブロックの特性に合わせて、最適なハフマン木をデータから動的に構築します。そして、構築したハフマン木をデコーダーが復元できるように、符号木の情報を圧縮データに含めて出力します。これにより、データブロックごとに最適な圧縮率が得られます。ただし、符号木の情報をデータに含めるオーバーヘッドが発生します。
- 固定ハフマン (Fixed Huffman): このモードでは、RFC 1951という仕様で事前に定義された固定のハフマン木を使用します。この木は、一般的なデータに対してそこそこの圧縮率が得られるように設計されています。固定木を使用する利点は、符号木の情報を圧縮データに含める必要がないため、オーバーヘッドが小さいことです。一方、特定のデータブロックにとって最適な木ではないため、ダイナミックハフマンよりも圧縮率が低くなる可能性があります。
一般的に、データブロックが大きい場合はダイナミックハフマンの方が有利ですが、ブロックが小さい場合は固定ハフマンの方がオーバーヘッドが少なく有利になることがあります。zlibなどのライブラリは、データの内容や圧縮レベルに応じて、これらのモードを自動的に選択したり、ユーザーが指定できるようにしたりします。
ハフマンテーブルの符号化(ダイナミックハフマンの場合):
ダイナミックハフマンを使用する場合、エンコーダーはデコーダーにハフマン木を伝える必要があります。木そのものを直接送るのではなく、より効率的に伝えるために、デフレートでは「コード長コード」という仕組みを使って符号木の情報を圧縮します。
各シンボル(リテラル/長さ、距離)に対して、ハフマン符号化によって割り当てられたビット列の「長さ」(ビット長)だけをリストアップします。このビット長のリストは、元のシンボルリストよりもはるかに短いですが、このビット長リストから一意にプレフィックスフリーなハフマン符号語のセットを再構築できます(これはハフマン符号化の性質です)。
さらに、このビット長のリスト自体も冗長性を持つことが多い(同じコード長が続くなど)ため、ビット長リストを表現するための小さなハフマン木を別途構築し、それを使ってビット長リストを符号化します。これがコード長コードです。デコーダーは、まずコード長コードのハフマン木情報を受け取り、それを使ってビット長リストを復元し、最終的にリテラル/長さと距離のハフマン木を再構築するという、入れ子になった復号化プロセスを実行します。
この複雑な仕組みにより、デフレートはデータブロックごとに最適なハフマン木を使用しつつ、その木の情報を最小限のオーバーヘッドで伝えることを可能にしています。
デフレートデータストリームの構造
デフレートによって圧縮されたデータは、一連の「ブロック」として構成されます。各ブロックは、圧縮されていないデータ、固定ハフマンで圧縮されたデータ、またはダイナミックハフマンで圧縮されたデータのいずれかを含みます。
ブロックヘッダー:
各ブロックの開始時には、3ビットのヘッダーがあります。
- 最終ブロックフラグ (BFINAL): 1ビット。これが1の場合、そのブロックはデータストリームの最後のブロックであることを示します。0の場合、その後に続くブロックがあることを示します。
- ブロックタイプ (BTYPE): 2ビット。ブロックの内容と圧縮方法を示します。
00
(0): 圧縮されていないブロック。01
(1): 固定ハフマン木を使用した圧縮ブロック。10
(2): ダイナミックハフマン木を使用した圧縮ブロック。11
(3): 予約済み(使用禁止)。
ブロックの種類:
-
圧縮されていないブロック (BTYPE = 00):
- ヘッダー(BFINAL, BTYPE=00)の後、パディングビットが続き、バイト境界に位置合わせされます。
- 次に、データの長さを示す16ビットのLENフィールドが続きます。
- その直後に、LENフィールドのビット反転である16ビットのNLENフィールドが続きます(LENとNLENのビット反転は互いに補数関係にあるため、LEN + NLEN = 0xFFFF となります。これは簡単なエラーチェックに使えます)。
- 最後に、長さLENで指定された生データがそのまま格納されます。
この形式は、圧縮がほとんど効果がないデータ(既に圧縮されているデータなど)や、非常に小さなデータブロックに使用されます。
-
固定ハフマンブロック (BTYPE = 01):
- ヘッダー(BFINAL, BTYPE=01)の後、データが続きます。
- 使用されるハフマン木はRFC 1951で固定的に定義されています。
- リテラル/長さシンボル(0-285)用のハフマン木。リテラル0-143には8ビット、144-255には9ビット、256-279には7ビット、280-285には8ビットが割り当てられています(これは簡略化された説明であり、実際のコード長は範囲によって異なります)。
- 距離シンボル(0-29)用のハフマン木。距離0-29には5ビットが割り当てられています。
- データ部分は、リテラルシンボル、または長さシンボルとその後に続く距離シンボルのシーケンスとして符号化されます。長さや距離によっては、追加のビットが必要になります。例えば、長さ257は特定の長さコードと8ビットの追加ビット(0-255)で表現されます。距離も同様に、距離コードと追加ビットで表現されます。
- ブロックの終わりは、リテラル/長さシンボルのEnd-of-Block (EOB) シンボル(値256)によって示されます。デコーダーはEOBシンボルを読み込むと、現在のブロックの処理が終了したことを認識します。
-
ダイナミックハフマンブロック (BTYPE = 10):
- ヘッダー(BFINAL, BTYPE=10)の後、このブロックで使用されるハフマン木の情報が符号化されて続きます。
- ハフマン木情報は、前述の「コード長コード」を使って表現されます。まず、コード長コードのハフマン木を構築するための情報が最低限含まれ、デコーダーはそれを使ってコード長コードの木を再構築します。次に、そのコード長コードの木を使って、リテラル/長さシンボルと距離シンボルのハフマン木の「コード長リスト」を復元します。最後に、そのコード長リストから、実際のリテラル/長さと距離のハフマン木を再構築します。
- ハフマン木情報に続いて、固定ハフマンブロックと同様に、リテラルシンボル、または長さシンボルとその後に続く距離シンボルのシーケンスとしてデータが符号化されます。
- ブロックの終わりは、リテラル/長さシンボルのEnd-of-Block (EOB) シンボル(値256)によって示されます。
このように、デフレートデータストリームは複数のブロックから構成され、各ブロックはそれぞれ独立して圧縮・伸長できます(ただし、LZ77のマッチングのために直前のデータが必要になるため、ストリームの途中のブロックだけを完全に独立して伸長できるわけではありません。伸長はストリームの最初から順に行う必要があります)。最後のブロックのBFINALフラグが1になっていることで、ストリームの終端が示されます。
zlibライブラリの概要
zlibは、デフレート圧縮アルゴリズムの実装を提供する非常に人気のあるライブラリです。1995年にジャン=ルー・ガリーとマーク・アドラーによって開発されて以来、継続的にメンテナンスが行われ、現在も広く利用されています。
zlibの目的と特徴
- 目的: デフレート圧縮・伸長機能を、シンプルで移植性の高いAPIを通じて提供すること。
- 特徴:
- フリーでオープンソース: zlibライセンスの下で提供されており、非常に寛容なライセンスです。
- 高い移植性: C言語で書かれており、多くのプラットフォームでコンパイル・実行できます。
- シンプルで使いやすいAPI: ストリーム処理APIとワンショットAPIを提供し、様々なユースケースに対応します。
- 高い信頼性: 長年の利用実績と継続的なテストにより、安定した動作が保証されています。
- メモリ効率: 比較的少ないメモリで動作するように設計されています。
- 圧縮レベルの調整: 圧縮率と処理速度のバランスを調整するためのパラメータを提供します。
- チェックサム機能: データの整合性を確認するためのADLER32およびCRC32チェックサム機能を提供します。
APIの主要部分
zlibライブラリは、大きく分けて以下の二種類のAPIを提供します。
-
ワンショットAPI (Simple API):
compress()
: 入力バッファ全体のデータを圧縮し、出力バッファに格納します。uncompress()
: 入力バッファ全体のデータを伸長し、出力バッファに格納します。
これらの関数は、データ全体がメモリにロードできる場合に便利ですが、大きなデータやストリーム処理には向いていません。
-
ストリームAPI (Streaming API):
deflateInit()
,deflate()
,deflateEnd()
: 圧縮のための関数群。-
inflateInit()
,inflate()
,inflate()
,inflateEnd()
: 伸長のための関数群。
これらの関数は、入力データを少しずつ読み込み、圧縮または伸長しながら少しずつ出力するというストリーム処理に適しています。大きなファイルを処理する場合や、ネットワーク経由でデータを送受信する場合に主に使用されます。 -
z_stream
構造体: ストリームAPIの中心となる構造体です。入出力バッファ、処理済みデータの量、現在のストリームの状態などを保持します。 deflateInit(strm, level)
: 圧縮ストリームを初期化します。strm
はz_stream
構造体へのポインタ、level
は圧縮レベル(0から9、またはZ_DEFAULT_COMPRESSION
)を指定します。deflate(strm, flush)
: 圧縮処理を実行します。入力バッファからデータを読み込み、圧縮して出力バッファに書き込みます。flush
パラメータは、保留中のすべての出力データを強制的にフラッシュするかどうかを制御します(例:Z_NO_FLUSH
,Z_SYNC_FLUSH
,Z_FINISH
)。deflateEnd(strm)
: 圧縮ストリームを終了し、関連するリソースを解放します。inflateInit(strm)
: 伸長ストリームを初期化します。inflate(strm, flush)
: 伸長処理を実行します。入力バッファから圧縮データを読み込み、伸長して出力バッファに書き込みます。伸長時には通常Z_NO_FLUSH
を使用し、最後にZ_FINISH
を使います。inflateEnd(strm)
: 伸長ストリームを終了し、関連するリソースを解放します。
パラメータ:
zlibの圧縮処理では、いくつかのパラメータを調整できます。
- 圧縮レベル (Compression Level):
deflateInit
で指定します(0-9)。- 0 (
Z_NO_COMPRESSION
): 圧縮なし(非圧縮ブロック)。 - 1 (
Z_BEST_SPEED
): 最速の圧縮(圧縮率は低い)。 - 9 (
Z_BEST_COMPRESSION
): 最高圧縮率(最も遅い)。 - -1 (
Z_DEFAULT_COMPRESSION
): デフォルトレベル(通常6で、速度と圧縮率のバランスが良い)。
高いレベルほど、より多くのCPU時間とメモリを使用して最適なマッチを探し、圧縮率を高めようとします。
- 0 (
- ウィンドウサイズ (Window Bits):
deflateInit2
などの拡張関数で指定します。LZ77のマッチングに使用するスライディングウィンドウのサイズを決定します(通常9から15ビット、つまり512バイトから32KB)。大きいほど、より遠い過去のデータとのマッチを見つけやすくなりますが、メモリ使用量が増加します。また、特殊な値を使用することで、GZIPやZLIBヘッダーの有無を制御できます。 - メモリレベル (Memory Level):
deflateInit2
で指定します(1から9)。圧縮に使用する内部バッファやハッシュテーブルなどのメモリ量を制御します。高いレベルほどメモリを多く使用し、圧縮速度と圧縮率が向上する可能性があります。
これらのパラメータを適切に設定することで、特定のアプリケーションの要件(速度優先か、圧縮率優先か、メモリ制限など)に合わせてzlibの動作を調整できます。
デフレートの応用と利点
デフレートアルゴリズムとそれを提供するzlibライブラリは、その効率性と柔軟性から、非常に幅広い分野で利用されています。
主な応用例
- ファイル形式:
- ZIP (.zip): 最も一般的なアーカイブ形式の一つで、内部的にデフレート圧縮を広く利用しています。
- PNG (.png): 可逆画像形式で、画像データの圧縮にデフレートを使用します。
- GZIP (.gz): ファイルを単体で圧縮するための形式で、デフレート圧縮データにGZIP固有のヘッダーとフッター(CRC32チェックサムなど)を追加したものです。Unix/Linux環境で標準的に利用されます。
- PDF (.pdf): 一部のストリーム(例えば画像やフォントデータ)の圧縮にデフレートを使用します。
- TIFF (.tif, .tiff): 複数の圧縮方法をサポートしており、デフレートもその一つとして利用されます。
- ネットワークプロトコル:
- HTTP (Content-Encoding): ウェブサーバーとブラウザの間でコンテンツ(特にHTML、CSS、JavaScriptなど)を圧縮するために使用されます。
Content-Encoding: deflate
またはより一般的なContent-Encoding: gzip
として利用されます。GZIPはデフレートにヘッダー・フッターを追加したものです。 - TLS/SSL: 通信内容の圧縮オプションとしてデフレートが利用されることがありますが、いくつかのセキュリティ上の懸念(CRIME/BREACH攻撃)から、最近ではあまり推奨されなくなっています。
- SSH: 通信セッションの圧縮に利用されることがあります。
- HTTP (Content-Encoding): ウェブサーバーとブラウザの間でコンテンツ(特にHTML、CSS、JavaScriptなど)を圧縮するために使用されます。
- ソフトウェア開発:
- 多くのプログラミング言語の標準ライブラリにzlibへのバインディングが提供されています(Pythonの
zlib
モジュール、Javaのjava.util.zip
パッケージなど)。 - ソフトウェアインストーラーやパッケージ管理システムでデータの圧縮・解凍に使用されます。
- ゲームデータの圧縮など。
- 多くのプログラミング言語の標準ライブラリにzlibへのバインディングが提供されています(Pythonの
- オペレーティングシステム:
- カーネルやシステムレベルで、ファイルシステムの圧縮やメモリのスワップ領域の圧縮などに利用されることがあります。
デフレートの利点
デフレートがこれほどまでに普及しているのには、いくつかの明確な利点があります。
- 高い圧縮率: 特にテキストデータやバイナリデータに含まれる繰り返しパターンに対して、優れた圧縮率を発揮します。
- 比較的速い伸長速度: 圧縮と比較して、伸長(解凍)処理は一般的に非常に高速です。これは、圧縮時に構築された符号木とマッチ情報を単純にたどるだけで済むためです。多くのアプリケーションでは、圧縮は一度だけ行われ、伸長は何度も行われるため、伸長速度が速いことは大きな利点となります。
- 特許フリー: デフレートアルゴリズムは、LZ77とハフマン符号化という基本的な、パブリックドメインとなった技術の組み合わせに基づいています。以前、LZWアルゴリズムなどが特許問題で利用が制限された時期があったことを考えると、特許フリーであることは、デフレートが広く普及し、様々な標準に採用される上で非常に重要な要素でした。
- ストリーム処理のサポート: 入力データを全てメモリに読み込む必要がなく、データの流れ(ストリーム)を処理できるため、巨大なファイルの圧縮・伸長やリアルタイム通信に適しています。
- 汎用性: 特定のデータタイプ(画像、音声など)に特化しているわけではなく、任意のバイナリデータに対して適用できます。
これらの利点により、デフレートはデータ圧縮技術の事実上の標準の一つとしての地位を確立しています。
zlibを使った簡単なプログラミング例
zlibライブラリをC言語から利用する簡単な例を示します。ここでは、メモリ上のデータをワンショットで圧縮・伸長するcompress
とuncompress
関数を使用します。
“`c
include
include
include
// 圧縮関数
int compress_data(const unsigned char in, size_t in_len, unsigned char out, size_t out_len) {
// 出力バッファサイズの見積もり: 元データの1.001倍 + 12バイト程度のオーバーヘッドが安全とされている
// ただし、入力データが非常に小さい場合や、元データが既に圧縮されにくい場合は、
// この見積もりでは足りなくなる可能性があるため、より安全な計算式を使用するか、
// 必要に応じてバッファを拡張するロジックを追加するのが望ましい。
// zlibドキュメントでは compressBound() 関数が推奨されているが、ここでは簡単な見積もり。
// compressBound(in_len) を使う方が安全です。
// size_t compressed_buf_size = compressBound(in_len); // より安全な方法
size_t compressed_buf_size = in_len + (in_len / 1000) + 12 + 1; // RFC 1951に基づく見積もり例
*out = (unsigned char *)malloc(compressed_buf_size);
if (*out == NULL) {
return Z_MEM_ERROR; // メモリ確保失敗
}
unsigned long temp_out_len = (unsigned long)compressed_buf_size;
// compress 関数を実行
// compress(dest, destLen, source, sourceLen)
// dest: 圧縮データ格納先バッファ
// destLen: destバッファのサイズ(ポインタへのポインタで渡し、関数内で実際の圧縮サイズが格納される)
// source: 元データバッファ
// sourceLen: 元データのサイズ
int ret = compress(*out, &temp_out_len, in, (unsigned long)in_len);
if (ret != Z_OK) {
free(*out);
*out = NULL;
*out_len = 0;
return ret; // 圧縮エラー
}
*out_len = (size_t)temp_out_len;
// 必要に応じて、実際の圧縮サイズに合わせてバッファをreallocすることも可能だが、ここでは省略
return Z_OK; // 成功
}
// 伸長関数
int uncompress_data(const unsigned char in, size_t in_len, unsigned char out, size_t out_len, size_t expected_out_len) {
// 伸長後のバッファサイズは、元のデータサイズと等しいはず。
// 通常、圧縮データ自体に元のデータサイズの情報は含まれない(GZIPやZIP形式には含まれることがある)。
// したがって、伸長する前に元のサイズを知っているか、十分大きなバッファを確保する必要がある。
// ここでは、元のサイズをexpected_out_lenとして引数で渡す。
out = (unsigned char )malloc(expected_out_len);
if (*out == NULL) {
return Z_MEM_ERROR; // メモリ確保失敗
}
unsigned long temp_out_len = (unsigned long)expected_out_len;
// uncompress 関数を実行
// uncompress(dest, destLen, source, sourceLen)
// dest: 伸長データ格納先バッファ
// destLen: destバッファのサイズ(ポインタへのポインタで渡し、関数内で実際の伸長サイズが格納される)
// source: 圧縮データバッファ
// sourceLen: 圧縮データのサイズ
int ret = uncompress(*out, &temp_out_len, in, (unsigned long)in_len);
if (ret != Z_OK) {
free(*out);
*out = NULL;
*out_len = 0;
return ret; // 伸長エラー
}
*out_len = (size_t)temp_out_len;
// 伸長されたサイズが期待値と一致するか確認することも重要
if (*out_len != expected_out_len) {
// サイズ不一致エラー処理が必要な場合も
}
return Z_OK; // 成功
}
int main() {
const char original_data_str = “This is a sample string for zlib compression. This string contains some repeating words and patterns. Let’s see how well zlib can compress this sample string. zlib is great!”;
const unsigned char original_data = (const unsigned char *)original_data_str;
size_t original_len = strlen(original_data_str);
unsigned char *compressed_data = NULL;
size_t compressed_len = 0;
unsigned char *decompressed_data = NULL;
size_t decompressed_len = 0;
printf("Original data length: %zu bytes\n", original_len);
// データを圧縮
int ret = compress_data(original_data, original_len, &compressed_data, &compressed_len);
if (ret != Z_OK) {
fprintf(stderr, "Compression failed: %d\n", ret);
return 1;
}
printf("Compressed data length: %zu bytes\n", compressed_len);
printf("Compression ratio: %.2f%%\n", (double)compressed_len / original_len * 100);
// データを伸長
// 伸長時には元のデータサイズを知っている必要がある(または十分に大きなバッファを準備)
ret = uncompress_data(compressed_data, compressed_len, &decompressed_data, &decompressed_len, original_len);
if (ret != Z_OK) {
fprintf(stderr, "Decompression failed: %d\n", ret);
free(compressed_data);
return 1;
}
printf("Decompressed data length: %zu bytes\n", decompressed_len);
// 元のデータと伸長したデータを比較
if (decompressed_len == original_len && memcmp(original_data, decompressed_data, original_len) == 0) {
printf("Decompression successful and data matches original.\n");
//printf("Decompressed data: %s\n", decompressed_data); // バイナリデータかもしれないので文字列として出力は注意
} else {
fprintf(stderr, "Decompression failed: Data mismatch or size mismatch.\n");
}
// メモリ解放
free(compressed_data);
free(decompressed_data);
return 0;
}
“`
この簡単な例では、compress
とuncompress
という最も基本的な関数を使っています。これらの関数は内部でdeflateInit
, deflate
, deflateEnd
やinflateInit
, inflate
, inflateEnd
を呼び出しています。より複雑な処理や、大きなデータを扱う場合は、deflate
/inflate
関数を使ったストリームAPIを利用するのが一般的です。ストリームAPIでは、入力バッファの一部を処理して出力バッファに書き出し、バッファが空になったら次のデータを供給するというループ処理を行う必要があります。
デフレートの高度な話題
デフレートアルゴリズムとその実装であるzlibには、さらに詳細な最適化や考慮事項があります。
最適なマッチ戦略
LZ77マッチングのセクションで触れたように、エンコーダーは現在位置から可能な限り長いマッチを探します。しかし、これは必ずしも全体としての最高の圧縮率につながるとは限りません。例えば、短いマッチのすぐ後に非常に長いマッチがある場合、短いマッチを選択せずに次のバイトをリテラルとして扱う「遅延評価(Lazy Matching)」戦略の方が、結果的に全体をより小さく圧縮できることがあります。
zlibは、圧縮レベルに応じて異なるマッチング戦略を採用しています。レベル1では高速化のために単純なGreedy Matchingに近い戦略を、レベル9ではより複雑な最適化(例えば、数バイト先まで見て最適なマッチの組み合わせを探す)を行います。これらの戦略の選択は、圧縮速度と圧縮率のトレードオフに直接影響します。
圧縮レベルとパフォーマンスのトレードオフ
zlibの圧縮レベルは、主にLZ77マッチングにおける以下の要素に影響します。
- マッチ検索の範囲: より広い範囲(より深いハッシュチェーンなど)を検索することで、より良いマッチを見つけやすくなります。
- 遅延評価の度合い: より積極的に遅延評価を行うことで、局所的な最適解ではなく全体的な最適解に近づけようとします。
- 使用するメモリ量: マッチ検索のためのハッシュテーブルなどが大きくなります。
一般に、圧縮レベルを上げると、これらの要素が強化され、圧縮率が向上しますが、その分CPUの計算負荷が増大し、圧縮にかかる時間が長くなります。一方、伸長処理は圧縮レベルにほとんど依存しません。デコーダーはエンコーダーが生成した指示(リテラル、長さ、オフセット)に従うだけなので、圧縮時の複雑なマッチ検索やハフマン木構築の処理は発生しないためです。
メモリ使用量
zlibのメモリ使用量は、主に以下の要素に依存します。
- スライディングウィンドウ: デフォルトでは32KBのバッファが必要です(ただし、伸長時にはウィンドウサイズに関わらず最大32KB必要です)。
- ハッシュテーブル: LZ77マッチングで高速にマッチを検索するために使用されます。圧縮レベルやメモリレベルによってサイズが変動します。
- ハフマン木関連のバッファ: 符号木の構築や格納に使用されます。
伸長時のメモリ使用量は、圧縮時のレベルよりもウィンドウサイズ(通常32KB)に大きく依存します。圧縮時は、圧縮レベルやメモリレベルによってさらに多くのメモリを使用する可能性があります。リソースに制限がある環境では、これらのパラメータを考慮してzlibを使用する必要があります。
チェックサム(ADLER32とCRC32)
データの整合性を確認するために、zlibはADLER32とCRC32という二種類のチェックサムアルゴリズムをサポートしています。
- ADLER32: シンプルで計算が速いチェックサムです。zlibのデフォルトで使用されます。伸長時に、計算されたチェックサムが圧縮データに含まれるチェックサムと一致するかを確認することで、データ転送中や保存中にデータが破損していないかを確認できます。
- CRC32: より堅牢なチェックサムです。ADLER32よりも計算に時間がかかりますが、エラー検出能力は高いです。GZIP形式では標準でCRC32が使用されます。
zlibのストリームAPI (deflate
/ inflate
) は、内部でこれらのチェックサムを計算・検証するオプションを持っています。例えば、GZIP形式で圧縮・伸長する場合は、適切なウィンドウサイズ(windowBits
パラメータに16を加えるなど)を指定することで、zlibが自動的にGZIPヘッダーやフッターの処理(CRC32の計算・検証を含む)を行ってくれます。
デフレートの制限と代替
デフレートは非常に広く使われている強力なアルゴリズムですが、すべての状況で最適なわけではありません。
デフレートが苦手なデータタイプ
デフレートは、データの繰り返しパターンや出現頻度の偏りを利用して圧縮します。したがって、以下のようなデータには圧縮効果が薄い、または全くない場合があります。
- 既に他の方法で圧縮されたデータ: JPEG画像、MP3音声、H.264動画など、既に不可逆圧縮や別の可逆圧縮が適用されたデータは、残っている冗長性が少ないため、デフレートでさらに大きく圧縮することは困難です。
- ランダム性の高いデータ: 暗号化されたデータや、統計的に一様な分布を持つデータなど、パターンや繰り返しがほとんどないデータは、LZ77もハフマン符号化も効果を発揮しにくいため、圧縮率は低くなります。場合によっては、圧縮後のサイズが元データより大きくなることもあります(特にダイナミックハフマンの符号木情報のオーバーヘッド)。
他の圧縮アルゴリズムとの比較
デフレートが登場してから長い時間が経ち、その後に開発されたいくつかの新しい圧縮アルゴリズムは、特定の種類のデータやユースケースにおいて、デフレートよりも優れたパフォーマンスを発揮することがあります。
- LZMA (Lempel–Ziv–Markov chain algorithm): 7zやxz形式で使われるアルゴリズムです。LZ77ベースですが、より大きな辞書サイズと高度なマッチング戦略、そして算術符号(ハフマン符号化よりも効率的な場合がある)を使用します。テキストデータなどに対して、デフレートよりも高い圧縮率を実現できることが多いですが、一般的に圧縮・伸長速度はデフレートよりも遅く、メモリ使用量も多い傾向があります。
- Brotli: Googleが開発した、主にウェブコンテンツ圧縮のために設計されたアルゴリズムです。LZ77、ハフマン符号化に加えて、文脈に応じたモデリングや、既知の単語・フレーズの辞書を利用するなどの技術を組み合わせています。デフレートよりも高い圧縮率を実現しつつ、伸長速度も比較的速いという特徴があります。
- Zstandard (Zstd): Facebookが開発した、非常に高速な圧縮・伸長を特徴とするアルゴリズムです。デフレートと同等かそれ以上の圧縮率を、はるかに高速な速度で実現できることが多いです。可変長のウィンドウサイズや先進的なエントロピー符号化手法を使用します。高速性と圧縮率のバランスが優れており、新しい標準として普及が進んでいます。
これらの新しいアルゴリズムは、それぞれ異なる利点と欠点を持っています。デフレートは、これらの新しいアルゴリズムほど最高の圧縮率や最高の速度を達成できない場合もありますが、その最大の強みは「普及度」と「互換性」です。何十年も広く使われてきた実績があり、ほとんど全ての環境で特別なライブラリなしに処理できる(あるいはzlibが既に利用可能である)ため、既存のシステムや広く共有されるファイル形式では、依然としてデフレートがデファクトスタンダードとして利用されています。
まとめ
本記事では、データ圧縮の重要性から始め、zlibライブラリの核となるデフレート圧縮アルゴリズムの基礎と詳細について掘り下げて解説しました。
デフレートは、LZ77に基づく重複除去(スライディングウィンドウ、オフセット・長さのマッチング)と、ハフマン符号化(リテラル/長さシンボルと距離シンボルの効率的な符号化)という二つの強力な技術を組み合わせています。データストリームは、圧縮されていないブロック、固定ハフマンで圧縮されたブロック、またはデータに適応したダイナミックハフマンで圧縮されたブロックのシーケンスとして構造化されます。
zlibライブラリは、このデフレートアルゴリズムをC言語で実装した、ポータブルで高性能、かつフリーなライブラリであり、シンプルながら強力なAPIを提供します。ワンショットAPIは手軽な圧縮・伸長に適しており、ストリームAPIは大きなデータやリアルタイム処理に威力を発揮します。圧縮レベルやその他のパラメータを調整することで、速度や圧縮率、メモリ使用量のバランスを制御できます。
デフレートアルゴリズムは、ZIP、PNG、GZIPといったファイル形式から、HTTP、TLS、SSHといったネットワークプロトコルに至るまで、現代のデジタルインフラの多くの側面に深く組み込まれています。その普及の背景には、高い圧縮率、高速な伸長、そして特許フリーであるという大きな利点があります。
もちろん、新しいアルゴリズム(LZMA, Brotli, Zstdなど)は特定のケースでデフレートを超える性能を示すこともありますが、デフレートが長年にわたって培ってきた互換性と信頼性は、今後も多くのアプリケーションで重要な役割を果たし続けるでしょう。
zlibライブラリは、デフレート圧縮の機能をソフトウェア開発者が容易に利用できるようにする、まさにデフレート普及の立役者です。データを取り扱う上で、デフレートとzlibの基本的な理解は、効率的なシステムやアプリケーションを構築する上で非常に役立ちます。
参考文献
- RFC 1951: DEFLATE Compressed Data Format Specification version 1.3. https://www.rfc-editor.org/info/rfc1951
- zlib Official Website: https://www.zlib.net/
- Mark Nelson, “The Data Compression Book”, 2nd Edition, M&T Books, 1996. (デフレートを含む様々な圧縮アルゴリズムの詳細な解説)