Hブリッジ回路の選び方と設計の注意点

Hブリッジ回路の選び方と設計の注意点:徹底解説

Hブリッジ回路は、直流(DC)モーターやソレノイドなどの誘導性負荷を正転・逆転させたり、電源電圧を正負反転させたりするために広く使用される電子回路です。この記事では、Hブリッジ回路の基本原理から、具体的な選び方、設計上の注意点、そして応用例までを詳細に解説します。Hブリッジ回路を効果的に活用するための知識を深めましょう。

1. Hブリッジ回路とは?基本原理と動作

Hブリッジ回路は、名前の通り「H」の字のような形状をした回路です。通常、4つのスイッチング素子(トランジスタ、MOSFETなど)と、それらを制御する回路で構成されます。負荷(通常はモーター)は「H」の真ん中に接続されます。

1.1 基本構成:

  • スイッチング素子 (S1, S2, S3, S4): 回路のON/OFFを切り替える役割を担います。バイポーラトランジスタ(BJT)やMOSFETがよく使われます。
  • 負荷 (Load): DCモーター、ソレノイド、スピーカーなど、電力を供給したいデバイスです。
  • 制御回路 (Control Circuit): スイッチング素子を適切なタイミングでON/OFFさせるための回路。マイクロコントローラ(マイコン)やロジックICなどが使用されます。

1.2 動作原理:

Hブリッジ回路の動作は、スイッチング素子のON/OFFパターンによって決まります。

  • 正転: スイッチS1とS4をON、S2とS3をOFFにすると、電源から負荷を通してGNDへ電流が流れ、モーターが正転します。
  • 逆転: スイッチS2とS3をON、S1とS4をOFFにすると、電源から負荷を通してGNDへ電流が逆方向に流れ、モーターが逆転します。
  • ブレーキ:
    • ハイサイドブレーキ (S1 & S3 ON or S2 & S4 ON): 上側のスイッチ (S1 & S3, or S2 & S4) を同時にONにすると、モーターの端子が短絡され、強力なブレーキがかかります。
    • ローサイドブレーキ (S1 & S2 ON or S3 & S4 ON): 下側のスイッチ (S1 & S2, or S3 & S4) を同時にONにすると、モーターの端子がGNDに短絡され、比較的弱いブレーキがかかります。
  • 停止: 全てのスイッチをOFFにすると、モーターはフリーの状態になり、慣性で回転し続けます。

1.3 スイッチング素子の種類と特徴:

  • バイポーラトランジスタ (BJT): コレクタ電流でベース電流を制御する電流制御型素子です。比較的安価ですが、ベース電流が必要なため、電力効率が低い場合があります。また、飽和電圧降下 (Vce(sat)) が大きいため、発熱しやすい傾向があります。
  • MOSFET (Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor): ゲート電圧でドレイン電流を制御する電圧制御型素子です。高い入力インピーダンスを持ち、駆動に必要な電流が非常に少ないため、電力効率に優れています。オン抵抗 (RDS(on)) が小さく、発熱も抑えられます。近年では、Hブリッジ回路に最も一般的に使用されています。
  • IGBT (Insulated Gate Bipolar Transistor): MOSFETの入力特性とバイポーラトランジスタの出力特性を組み合わせた素子です。高電圧・大電流用途に適しており、産業用モーター制御などに使用されます。

2. Hブリッジ回路の選び方

Hブリッジ回路を選ぶ際には、以下の点を考慮する必要があります。

2.1 電圧と電流の要件:

  • 供給電圧: Hブリッジ回路に供給する電圧は、負荷の動作電圧と一致している必要があります。使用するモーターの定格電圧を確認し、適切な電圧範囲のHブリッジICを選びましょう。
  • 最大電流: 負荷が消費する最大電流を把握し、Hブリッジ回路の定格電流がそれを上回るように選ぶ必要があります。特に、モーターの起動時には定格電流の数倍の突入電流が流れることがあるため、安全マージンを考慮して選定することが重要です。
  • 逆起電力: モーターなどの誘導性負荷を駆動する場合、スイッチング時に逆起電力が発生します。この逆起電力によってHブリッジ回路が破損する可能性があるため、ダイオード(フライホイールダイオード)を並列に接続して保護する必要があります。多くのHブリッジICには、このフライホイールダイオードが内蔵されていますが、内蔵されていない場合は外付けする必要があります。

2.2 スイッチング周波数:

  • PWM制御: Hブリッジ回路は、PWM(Pulse Width Modulation)制御によってモーターの速度を制御することが一般的です。PWM制御の周波数が高すぎると、スイッチング損失が増加し、発熱の原因となります。一方、低すぎると、モーターの動作が不安定になることがあります。適切なスイッチング周波数は、負荷の種類や制御要件によって異なります。
  • デッドタイム: MOSFETなどのスイッチング素子を使用する場合、ハイサイドとローサイドのスイッチが同時にONになることを防ぐために、デッドタイムを設定する必要があります。デッドタイムが短すぎると、貫通電流が発生し、スイッチング素子が破損する可能性があります。一方、長すぎると、モーターの効率が低下する可能性があります。

2.3 制御方法:

  • TTLレベル制御: TTL(Transistor-Transistor Logic)レベルの信号で制御できるHブリッジICは、マイクロコントローラとの接続が容易です。
  • PWM制御: PWM制御に対応したHブリッジICは、モーターの速度制御を容易に行うことができます。
  • SPI/I2C制御: SPI(Serial Peripheral Interface)やI2C(Inter-Integrated Circuit)などのシリアル通信インターフェースに対応したHブリッジICは、複数のHブリッジ回路を制御する場合に便利です。

2.4 保護機能:

  • 過電流保護: 過電流保護機能は、負荷に過大な電流が流れた場合に、Hブリッジ回路を自動的に停止させることで、回路の破損を防ぎます。
  • 過熱保護: 過熱保護機能は、Hブリッジ回路の温度が異常に上昇した場合に、回路を自動的に停止させることで、熱暴走を防ぎます。
  • 低電圧保護: 低電圧保護機能は、電源電圧が一定値を下回った場合に、回路を自動的に停止させることで、誤動作を防ぎます。

2.5 その他の考慮事項:

  • 実装面積: 回路基板の実装面積に制限がある場合は、小型のHブリッジICを選ぶ必要があります。
  • パッケージ: HブリッジICのパッケージの種類によって、放熱性能や実装方法が異なります。適切なパッケージを選びましょう。
  • コスト: HブリッジICの価格は、性能や機能によって異なります。予算に合わせて最適なHブリッジICを選びましょう。

2.6 HブリッジICの例:

  • L298N: 一般的なHブリッジIC。比較的大電流を扱えるが、効率はやや劣る。
  • DRV8833: 小型で効率の良いHブリッジIC。低電圧で動作するため、バッテリー駆動に適している。
  • TB6612FNG: 高効率で、制御も簡単なHブリッジIC。モーター制御に広く使用されている。

3. Hブリッジ回路の設計における注意点

Hブリッジ回路を設計する際には、以下の点に注意する必要があります。

3.1 スイッチング素子の選定:

  • 適切な耐圧と電流容量: スイッチング素子は、負荷の電圧と電流に十分耐えられるものを選定する必要があります。安全マージンを考慮し、定格電圧と定格電流を上回る素子を選びましょう。
  • オン抵抗 (RDS(on)): MOSFETを使用する場合、オン抵抗が小さいほど、電力損失が少なく、発熱を抑えることができます。
  • ゲートチャージ (Qg): MOSFETのゲートチャージが小さいほど、スイッチング速度が速くなり、スイッチング損失を低減できます。
  • 適切なゲート駆動回路: MOSFETを効率的に駆動するためには、適切なゲート駆動回路が必要です。ゲート駆動回路は、必要なゲート電圧を供給し、ゲートチャージを迅速に充放電する必要があります。

3.2 回路保護:

  • フライホイールダイオード: 誘導性負荷を駆動する場合、フライホイールダイオードは必須です。フライホイールダイオードは、逆起電力からスイッチング素子を保護し、回路の信頼性を高めます。多くのHブリッジICには内蔵されていますが、内蔵されていない場合は外付けする必要があります。
  • スナバ回路: スナバ回路は、スイッチング時の電圧スパイクを抑制し、EMI(電磁妨害)を低減します。スナバ回路は、抵抗とコンデンサを直列に接続し、スイッチング素子に並列に接続します。
  • 過電流保護回路: 過電流保護回路は、負荷に過大な電流が流れた場合に、回路を自動的に停止させることで、回路の破損を防ぎます。
  • 過熱保護回路: 過熱保護回路は、Hブリッジ回路の温度が異常に上昇した場合に、回路を自動的に停止させることで、熱暴走を防ぎます。

3.3 レイアウト設計:

  • グランドプレーン: グランドプレーンは、ノイズを低減し、回路の安定性を高めます。回路基板全体にグランドプレーンを配置し、スイッチング素子のGND端子をグランドプレーンに直接接続します。
  • 電源ライン: 電源ラインは、十分な幅を確保し、電圧降下を最小限に抑えます。また、電源ラインには、デカップリングコンデンサを並列に接続し、ノイズを低減します。
  • 信号ライン: 信号ラインは、スイッチング素子からできるだけ離して配置し、ノイズの影響を最小限に抑えます。また、信号ラインには、終端抵抗を直列に接続し、反射を防止します。
  • 放熱対策: スイッチング素子は、発熱します。放熱対策を施すことで、スイッチング素子の温度上昇を抑え、信頼性を高めます。ヒートシンクを取り付けたり、強制空冷を行ったりするなどの対策が必要です。

3.4 PWM制御の最適化:

  • 適切な周波数: PWM制御の周波数は、負荷の種類や制御要件によって異なります。一般的に、可聴範囲外の周波数(20kHz以上)が使用されます。
  • デッドタイム: デッドタイムは、スイッチング素子の種類や動作条件によって異なります。適切なデッドタイムを設定することで、貫通電流を防止し、スイッチング素子の破損を防ぎます。
  • デューティ比: デューティ比は、モーターの速度やトルクを制御するために調整します。デューティ比を高くすると、モーターの速度やトルクが向上します。

4. Hブリッジ回路の応用例

Hブリッジ回路は、様々な分野で応用されています。

  • DCモーター制御: ロボット、おもちゃ、家電製品など、DCモーターを使用する多くのデバイスで、Hブリッジ回路がモーターの正転・逆転・速度制御に使用されています。
  • ソレノイド制御: ソレノイドバルブや電磁石のON/OFF制御に使用されます。
  • 電源回路: DC-ACインバータや、電圧の極性を反転させる回路に使用されます。
  • オーディオアンプ: D級アンプの出力段に使用され、高効率な電力増幅を実現します。
  • アクチュエータ制御: 産業用ロボットや自動化装置のアクチュエータ制御に使用されます。

5. トラブルシューティング

Hブリッジ回路が正常に動作しない場合、以下の点を確認してください。

  • 電源電圧: 適切な電圧が供給されているか確認してください。
  • 配線: 配線が正しく接続されているか確認してください。
  • スイッチング素子: スイッチング素子が破損していないか確認してください。
  • 制御信号: 制御信号が正しく入力されているか確認してください。
  • 負荷: 負荷が正常に動作しているか確認してください。
  • 保護回路: 保護回路が誤動作していないか確認してください。

6. まとめ

Hブリッジ回路は、DCモーターなどの誘導性負荷を制御するための強力なツールです。適切なHブリッジ回路を選び、適切な設計を行うことで、効率的かつ信頼性の高いシステムを構築することができます。この記事で解説した内容を参考に、Hブリッジ回路の知識を深め、様々なアプリケーションで活用してください。

7. 今後の展望

近年、Hブリッジ回路の小型化、高効率化が進んでいます。GaN(窒化ガリウム)やSiC(炭化ケイ素)などの新材料を用いたスイッチング素子の登場により、さらに高性能なHブリッジ回路が実現されることが期待されます。また、インテリジェントな制御機能を搭載したHブリッジICの開発も進んでおり、より高度なモーター制御や電力制御が可能になるでしょう。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

上部へスクロール