RPCとは?メリット・デメリットを知って使いこなそう
現代のソフトウェア開発は、モノリシックな巨大なアプリケーションから、小さく疎結合な複数のサービスが連携する分散システムへと急速にシフトしています。マイクロサービスアーキテクチャはその代表例であり、それぞれのサービスは独立して開発・デプロイ・拡張が可能です。
このような分散システム環境では、異なるサービス間での通信が非常に重要になります。サービスは互いにデータを交換し、機能を呼び出し合うことで、全体として一つの大きな機能を提供します。このサービス間通信の方法論は多岐にわたりますが、その中でも古くから使われ、近年再び注目を集めている技術の一つが「RPC(Remote Procedure Call)」です。
RPCは、まるでローカルにある関数やメソッドを呼び出すかのように、ネットワーク上の別のプロセスやコンピュータにある関数やメソッドを実行するための技術です。開発者は、通信の詳細やネットワークの複雑さを意識することなく、リモートの機能を呼び出すことができます。この透過性が、分散システムの開発効率を向上させる上で大きな役割を果たします。
しかし、RPCは魔法ではありません。ローカルな呼び出しとは異なり、ネットワークの不確実性や分散システム特有の課題が伴います。RPCを効果的に使いこなすためには、その仕組みを深く理解し、メリットだけでなくデメリットも把握した上で、適切な設計や運用を行う必要があります。
この記事では、RPCとは何かという基本的な概念から始め、その複雑な仕組み、利用する上でのメリットとデメリット、代表的なRPCフレームワーク、そしてよく比較されるRESTとの違いについて詳細に解説します。さらに、RPCを実際の開発で使いこなすためのベストプラクティスや将来展望にも触れていきます。この記事を通じて、あなたが自身のシステムにRPCを導入する際の判断材料を得たり、すでに利用しているRPCベースのシステムをより良く理解・改善したりするための一助となれば幸いです。
さあ、RPCの世界を深く掘り下げていきましょう。
1. RPCとは何か? (基本概念)
RPC(Remote Procedure Call)は、「リモート手続き呼び出し」と訳されます。その名の通り、離れた場所(リモート)にあるプログラムの手続き(関数やメソッド)を呼び出すための技術です。
より具体的に言うと、RPCは、あるプロセス空間(例えば、あなたのPCで実行されているプログラム)から、別のプロセス空間(例えば、ネットワーク上の別のサーバーで実行されているプログラム)にある関数やサブルーチンを実行することを可能にします。あたかも、同じプログラム内でローカルな関数を呼び出すかのように、です。
なぜRPCが必要なのでしょうか?
モノリシックなアプリケーションでは、全ての機能が単一のプロセス内で実行されるため、関数呼び出しはメモリ空間内で行われます。これは非常に高速でシンプルです。しかし、システムが巨大化したり、特定の機能だけをスケールアウトしたい場合、あるいは異なる技術スタックを持つシステム間で連携が必要な場合、モノリシックな構造では限界が来ます。
ここで分散システムの登場です。機能を独立した小さなサービスに分割し、それぞれを個別のプロセスやサーバーとして実行します。これらのサービスはネットワークを介して互いに通信し合います。このサービス間通信を実現する様々な方法がありますが、RPCはその強力な選択肢の一つです。
RPCの基本的なモデルは、クライアントとサーバーの関係に基づいています。
- クライアント (Client): リモートにある手続きを呼び出したいプログラム。ローカルな関数を呼び出すように、リモートの関数呼び出しを行います。
- サーバー (Server): 呼び出される側のプログラム。クライアントからのリクエストを受け付け、実際の手続きを実行し、結果をクライアントに返します。
RPCの核心的なアイデアは、「透過性」です。開発者は、リモート呼び出しであるという事実(ネットワーク通信、データのシリアライズ/デシリアライズなど)を極力意識せずに、ローカル呼び出しと同じ感覚でコードを書けるようにすることを目指します。これにより、分散システムの開発における複雑さを軽減し、開発効率を高めることができます。
ローカルな関数呼び出しとRPCの大きな違いは、以下の点です。
- 実行場所: ローカルは同じプロセス内、RPCは異なるプロセス/マシン間。
- 通信方法: ローカルはスタック/レジスタを通じた直接的なメモリ操作、RPCはネットワーク通信。
- エラー: ローカル呼び出しのエラーは通常プログラミング上のバグや例外、RPCはそれに加えてネットワーク関連のエラー(タイムアウト、接続断、通信遅延、リモートサービスのエラーなど)が発生しうる。
- パフォーマンス: ローカル呼び出しは非常に高速、RPCはネットワーク遅延やデータ処理のオーバーヘッドが伴うため、一般的に低速。
- 状態: ローカル呼び出しではメモリ上の状態(変数など)を共有できる場合があるが、RPCでは基本的に状態を持たず、呼び出しごとに独立している(ステートレス)。
RPCは、これらの違いを抽象化し、リモート呼び出しをローカル呼び出しのように見せかけるための様々な技術要素から成り立っています。次に、その仕組みについて詳しく見ていきましょう。
2. RPCの仕組み (技術的詳細)
RPCがどのようにしてリモート呼び出しをローカル呼び出しのように見せかけているのか、その内部の仕組みをステップごとに分解して見ていきましょう。
クライアントがリモートの手続きを呼び出す際の基本的なフローは以下のようになります。
- クライアントはリモート手続きを呼び出す。
- クライアント側の「スタブ(Stub)」が呼び出しをインターセプトする。
- スタブは、呼び出された手続きの名前、引数の値などをネットワーク経由で送信可能な形式(シリアライズ)に変換する。
- スタブは、シリアライズされたデータをトランスポート層に渡し、サーバーへ送信する。
- サーバー側のトランスポート層がデータを受信する。
- サーバー側の「スケルトン(Skeleton)」または「サーバースタブ(Server Stub)」がデータを受信する。
- スケルトンは、受信したデータを元の形式(デシリアライズ)に戻す。
- スケルトンは、デシリアライズされたデータを使って、実際のリモート手続きを呼び出す。
- リモート手続きが実行され、結果(戻り値や例外)が生成される。
- スケルトンは、結果をシリアライズする。
- スケルトンは、シリアライズされたデータをトランスポート層に渡し、クライアントへ送信する。
- クライアント側のトランスポート層がデータを受信する。
- クライアントスタブがデータを受信する。
- クライアントスタブは、受信したデータをデシリアライズし、元の結果に戻す。
- クライアントスタブは、結果をクライアントプログラムに返す。クライアントプログラムは、あたかもローカルな手続き呼び出しから返されたかのように結果を受け取る。
このフローにおいて中心的な役割を果たすのが、スタブ、IDL、データシリアライズ、そしてトランスポートプロトコルです。
2.1. スタブ (Stub) / プロキシ (Proxy) および スケルトン (Skeleton) / サーバースタブ (Server Stub)
スタブとスケルトンは、RPCの透過性を実現するための鍵となる要素です。
-
クライアントスタブ (Client Stub): クライアントプログラムがリモート呼び出しを行う際に、最初にやり取りするオブジェクトです。クライアント側からは、リモートの関数のように見えます。クライアントスタブは以下の役割を果たします。
- リモート呼び出しをインターセプトする。
- 呼び出された手続きの名前と引数を収集する。
- これらをネットワーク送信に適した形式にシリアライズする。
- サーバーにデータを送信する。
- サーバーからの応答データを受信する。
- 応答データをデシリアライズし、クライアントプログラムが理解できる形式に戻す。
- 結果(戻り値や例外)をクライアントプログラムに返す。
クライアントプログラムは、クライアントスタブをローカルオブジェクトのように扱います。
-
スケルトン (Skeleton) / サーバースタブ (Server Stub): サーバー側でクライアントからのリモート呼び出しリクエストを受け付けるオブジェクトです。スケルトンは以下の役割を果たします。
- クライアントからのデータを受信する。
- 受信したデータをデシリアライズし、手続き名と引数を取り出す。
- 取り出した情報を使って、実際のリモート手続き(サーバー上に実装されている関数やメソッド)を呼び出す。
- リモート手続きの実行結果(戻り値や例外)を受け取る。
- 結果をネットワーク送信に適した形式にシリアライズする。
- クライアントに応答データを送信する。
簡単に言えば、クライアントスタブはクライアント側でリモート手続きの「代理」として振る舞い、スケルトンはサーバー側でリモート手続きを「受け付け、実行し、結果を返す」役割を担います。これらのスタブ/スケルトンは、RPCフレームワークやIDLコンパイラによって自動的に生成されるのが一般的です。
2.2. IDL (Interface Definition Language)
RPCにおいて、クライアントとサーバーが互いに期待する手続きのインターフェース(手続き名、引数の型、戻り値の型、発生しうる例外など)を正確に合意していることが不可欠です。異なるプログラミング言語で書かれたクライアントとサーバーが連携する場合、言語固有の型システムや構文に依存しない、共通のインターフェース定義が必要です。このために使用されるのがIDL (Interface Definition Language) です。
IDLは、特定のプログラミング言語に依存しない独自の構文を持つ記述言語です。開発者はIDLを使って、リモートで呼び出し可能な手続きのリストとそのシグネチャ(名前、引数、戻り値)を定義します。
代表的なIDLには以下のようなものがあります。
- Protocol Buffers (Protobuf): Googleが開発したIDLおよびデータシリアライズ形式です。
.protoファイルという形式でインターフェースとメッセージ構造を定義します。gRPCで広く利用されています。 - Thrift IDL: Apache Thriftフレームワークで利用されるIDLです。
.thriftファイルでインターフェースとデータ構造を定義します。Thriftは非常に多くのプログラミング言語をサポートしています。 - Avro IDL: Apache Avroフレームワークで利用されるIDLです。JSON形式でスキーマを定義します。データシリアライズに重点を置いていますが、RPC機能も提供します。
IDLでインターフェースを定義した後、IDLコンパイラというツールを使用して、その定義からクライアントスタブおよびサーバー(スケルトン)のコードを、対象とするプログラミング言語(Java, C++, Python, Go, Node.jsなど)向けに自動生成します。
この自動生成されたコードは、開発者が手書きする部分(クライアントでリモート手続きを呼び出すコード、サーバーでリモート手続きの実装を提供するコード)と連携します。IDLとコード生成によって、インターフェースの不整合を防ぎ、異なる言語間での安全な連携を実現します。
2.3. データシリアライズ/デシリアライズ
リモート呼び出しにおいて、手続きの引数や戻り値、例外などのデータは、ネットワーク経由でバイト列として送信される必要があります。プログラム内で使用されているオブジェクトやデータ構造を、このようなバイト列に変換するプロセスを「シリアライズ (Serialization)」と呼びます。逆に、受信したバイト列を元のプログラムが扱えるオブジェクトやデータ構造に戻すプロセスを「デシリアライズ (Deserialization)」と呼びます。
RPCの効率やパフォーマンスは、使用するシリアライズ形式に大きく依存します。主なシリアライズ形式には以下のようなものがあります。
- XML/JSON: 人間が読めるテキスト形式です。普及しており、デバッグが比較的容易ですが、バイナリ形式に比べて一般的にデータサイズが大きく、パース(解析)のオーバーヘッドも大きいため、パフォーマンスが要求されるRPCには向かない場合があります。ただし、JSON-RPCのようにHTTP上でJSONを利用するRPCも存在します。
- Protocol Buffers (Protobuf): バイナリ形式のシリアライズ形式です。スキーマ定義に基づいて、非常に効率的にデータをバイト列に変換します。データサイズが小さく、シリアライズ/デシリアライズの速度も速いという特徴があります。ProtobufはgRPCで標準的に使用されています。
- Thrift Binary/Compact Protocol: Apache Thriftで利用されるバイナリ形式のシリアライズ形式です。Protobufと同様に効率的で高速です。Compact Protocolは、データサイズをさらに削減することを目指しています。
- MessagePack: バイナリ形式のシリアライズ形式です。JSONに近い柔軟性を持ちながら、よりコンパクトで高速です。
- Avro: スキーマに基づいたバイナリシリアライズ形式です。特にデータ処理パイプラインでの利用に適していますが、RPCにも利用されます。
RPCでは、パフォーマンスの観点からProtobufやThrift Binary/Compact Protocolのようなバイナリ形式が好まれる傾向があります。これらの形式はデータサイズが小さいためネットワーク帯域幅を節約でき、シリアライズ/デシリアライズが高速なためCPU負荷も低減できます。ただし、バイナリ形式は人間が直接内容を確認できないため、デバッグ時には専用のツールが必要になる場合があります。
2.4. トランスポートプロトコル
シリアライズされたデータを実際にネットワーク経由で送信するために、RPCはトランスポートプロトコルを利用します。一般的にはTCP/IPが基盤となりますが、その上位のプロトコルとしてどのようなものを使うかがRPCの特性に影響します。
- TCP/IP: 信頼性の高いデータ転送を提供します。多くのRPCフレームワークの基盤となります。
- HTTP/1.1: Web APIで広く使われているプロトコルです。XML-RPCやJSON-RPCのように、HTTP/1.1の上でRPCを実現する方式もあります。ただし、HTTP/1.1はリクエスト/レスポンスのペアごとに接続を張るか、Keep-Aliveで接続を再利用しますが、複数のリクエストを同時に効率的に扱うのが苦手です(Head-of-Line Blockingの問題など)。
- HTTP/2: HTTP/1.1の後継プロトコルです。単一のTCPコネクション上で複数のリクエストとレスポンスを多重化して送受信できます(ストリーム)。また、ヘッダー圧縮機能によりオーバーヘッドを削減します。gRPCはこのHTTP/2をトランスポート層として利用することで、高いパフォーマンスと双方向ストリーミングといった高度な機能を実現しています。
- その他のカスタムプロトコル: 特定のRPCフレームワークが独自のプロトコルをTCP上に実装する場合もあります。
近年の高性能なRPCフレームワーク、特にgRPCではHTTP/2の利用が標準となっています。HTTP/2の多重化機能は、複数のRPC呼び出しを効率的に捌く上で大きなメリットとなります。
2.5. メッセージ交換
クライアントとサーバー間では、シリアライズされたデータをメッセージとして交換します。基本的なメッセージ交換は以下の2種類です。
- リクエストメッセージ: クライアントからサーバーへ送信されます。通常、呼び出したい手続きの識別子(名前やID)、引数のデータ、そして認証情報やトレースIDなどのメタデータを含みます。
- レスポンスメッセージ: サーバーからクライアントへ送信されます。手続きの実行結果(戻り値や成功/失敗ステータス)、戻り値データ、発生した例外やエラー情報、そして応答に関するメタデータを含みます。
RPCフレームワークは、これらのメッセージの構造を定義し、シリアライズ/デシリアライズ、そしてネットワーク送受信を自動的に処理します。
このように、RPCの仕組みはスタブ、IDL、シリアライズ、トランスポートプロトコルといった複数の技術要素が連携して成り立っています。これらの要素が、開発者に対してリモート呼び出しをローカル呼び出しのように透過的に見せる役割を果たしているのです。
3. RPCのメリット (なぜRPCを選ぶのか)
RPCの仕組みを理解したところで、RPCを採用することによって得られる具体的なメリットを見ていきましょう。これらのメリットは、特にマイクロサービスのような分散システム環境において大きな力を発揮します。
3.1. 透過性 (Transparency)
RPCの最も重要なメリットの一つが「透過性」です。RPCフレームワークは、リモート呼び出しに関するネットワーク通信、データ変換、エラーハンドリングといった複雑な詳細を抽象化します。開発者は、リモートのサービスが提供する関数やメソッドを、あたかもローカルのオブジェクトのメソッドを呼び出すかのように扱うことができます。
これにより、開発者はサービス間の通信方法そのものに煩わされることなく、ビジネスロジックの実装に集中できます。リモート呼び出しをローカル呼び出しとほとんど同じ構文で記述できるため、コードの可読性が向上し、学習コストも比較的低く抑えられます。ただし、完全に透過的になるわけではなく、分散システム特有の問題(ネットワーク遅延、部分的な障害など)は依然として考慮する必要があります。
3.2. 生産性の向上
RPCは開発生産性の向上に寄与します。
- 明確なインターフェース定義 (IDL): RPCでは、クライアントとサーバー間の「契約」となるインターフェースをIDLで明示的に定義します。これにより、各サービスがどのような機能を提供し、どのような形式でデータをやり取りするかが明確になります。チーム間での仕様共有が容易になり、インターフェースの認識ずれによるバグを減らすことができます。
- 自動コード生成 (スタブ): IDL定義からクライアントスタブとサーバー側のスケルトンコードが自動生成されます。これにより、手作業で通信処理やシリアライズ/デシリアライズ処理を記述する必要がなくなり、開発にかかる労力と時間を大幅に削減できます。また、自動生成されたコードはボイラープレートコード(定型的で繰り返し発生するコード)を手書きするよりも正確で一貫性があります。
- 言語非依存性: IDLは特定のプログラミング言語に依存しません。様々な言語向けのIDLコンパイラが存在するため、クライアントとサーバーが異なる言語で実装されていても、共通のIDLを介して連携することが容易です。これは、マイクロサービスにおいて各サービスが最適な技術スタックを選択できるという大きな利点につながります。
3.3. パフォーマンス
適切な設計と実装がなされたRPCは、RESTなどの他の通信手法と比較して高いパフォーマンスを発揮する場合があります。
- バイナリプロトコル: Protocol BuffersやThrift Binary Protocolのようなバイナリシリアライズ形式は、JSONやXMLといったテキスト形式に比べてデータサイズが圧倒的に小さく、シリアライズ/デシリアライズが高速です。これにより、ネットワーク帯域幅の使用量を削減し、データ処理のCPUオーバーヘッドを低減できます。
- 効率的なトランスポートプロトコル (HTTP/2): gRPCが採用しているHTTP/2は、単一コネクションでの多重化やヘッダー圧縮といった機能により、ネットワーク通信の効率を高めます。これにより、多数の小さなRPC呼び出しが頻繁に発生するようなシナリオでも高いスループットを実現できます。
- 軽量なメッセージング: RPCメッセージは、手続き呼び出しに必要な情報(手続き名、引数)とメタデータのみを含むため、RESTのメッセージに比べてペイロードが小さい傾向があります。
これらの要素が組み合わさることで、RPCは低レイテンシかつ高スループットなサービス間通信を実現しやすくなります。これは、システム内部で密に連携するマイクロサービス間の通信において特に重要です。
3.4. 型安全性
RPCでは、IDLによってリモート手続きのインターフェースとそのデータ型が厳密に定義されます。IDLから生成されたスタブコードは、この定義に基づいて型付けされます。これにより、クライアントがリモート手続きを呼び出す際、引数の型や数がIDLの定義と一致しない場合、コンパイル時やコード生成時にエラーとして検出される可能性が高まります。
これは、実行時になるまでインターフェースの不整合が発見されにくいREST(特にスキーマレスなJSONを使う場合)と比較して、開発の早期段階でバグを発見できるという大きな利点です。型安全性は、大規模なシステム開発において、サービス間の連携に関するデバッグコストを削減し、システムの信頼性を高めるのに役立ちます。
3.5. インターフェースの進化への対応
IDLを用いたインターフェース管理は、サービスのバージョンアップに伴うインターフェースの変更に比較的柔軟に対応できます。IDLには通常、フィールドの追加や削除、型の変更などに対するバージョン管理や互換性維持の仕組みが備わっています(例:Protocol Buffersのフィールド番号)。
適切に設計されたIDLとシリアライズ形式(後方互換性を持つもの)を使用することで、クライアントとサーバーの異なるバージョンが一時的に混在する環境でも、通信が破綻するリスクを低減できます。これにより、サービスの独立したデプロイメントが容易になり、マイクロサービスの継続的な進化を支えます。
3.6. 双方向ストリーミング (gRPCなど)
gRPCのような高度なRPCフレームワークは、クライアントとサーバー間での双方向ストリーミング通信をサポートしています。これは、単一のRPC呼び出しの中で、クライアントからサーバーへ、あるいはサーバーからクライアントへ、またはその両方で、データのストリームを継続的に送受信できる機能です。
例えば、大きなファイルをアップロード/ダウンロードしたり、リアルタイムの通知をサーバーからクライアントへプッシュしたり、あるいは継続的なデータの流れを処理したりするようなシナリオで非常に有用です。これは従来のリクエスト/レスポンスモデルでは実現が難しい高度な通信パターンであり、RPCが分散システムに提供できる強力な機能の一つです。
これらのメリットを総合すると、RPCは特に以下のようなユースケースに適していると言えます。
- システム内部のサービス間通信
- マイクロサービス間の密な連携
- 高いパフォーマンス(低レイテンシ、高スループット)が要求される通信
- 異なるプログラミング言語で書かれたサービス間の連携
- インターフェースの型安全性が重要な場合
- 双方向ストリーミング通信が必要な場合
4. RPCのデメリット (RPCの課題と注意点)
RPCは多くのメリットを提供しますが、同時にいくつかのデメリットや注意すべき点も存在します。これらを理解し、適切に対処することが、RPCを使いこなす上で不可欠です。
4.1. 複雑性
RPCは、一見ローカル呼び出しのように見えますが、その内部にはネットワーク通信やデータ変換といった複雑な処理が隠されています。この「隠された複雑性」が、デバッグやトラブルシューティングを困難にする場合があります。
- デバッグの難しさ: RPC呼び出しで問題が発生した場合、原因がクライアント側のコード、サーバー側のコード、ネットワーク、シリアライズ/デシリアライズ、スタブ/スケルトンコードの生成ミスなど、多岐にわたる可能性があります。ネットワーク越しのため、ローカルなデバッガーだけでは追跡が難しく、分散トレーシングシステムや詳細なログ収集が必須となります。
- 設定と構築: RPCフレームワークの導入には、IDLファイルの作成、コード生成ツールの設定、サービスディスカバリ、ロードバランシングなど、追加の設定やインフラ構築が必要になる場合があります。
- ローカル呼び出しとの違い: 透過性を目指しているとはいえ、ネットワークエラーやリモートサービスのエラーなど、ローカル呼び出しにはない特有のエラー処理が必要です。これらの違いを意識しないと、予期せぬ挙動や障害につながります。
4.2. ネットワークの不確実性
RPCはネットワークを介して通信するため、ネットワークに関連する様々な問題の影響を受けます。
- ネットワーク遅延 (Latency): ネットワークの状況によって呼び出しにかかる時間が変動します。応答が遅れると、呼び出し元のサービス全体のスループットや応答性に影響を与えます。
- パケットロス: ネットワーク上でデータが失われることがあります。信頼性の高いトランスポートプロトコル(TCPなど)を使用していれば再送されますが、遅延の原因となります。
- 接続断: クライアントとサーバー間のネットワーク接続が予期せず切断されることがあります。
- 部分的な障害: リモートサービス自体が応答しない、エラーを返す、あるいはパフォーマンスが低下するといった「部分的な障害」が発生し得ます。これは、呼び出し元のサービスに連鎖的な障害を引き起こす可能性があります(カスケード障害)。
これらの不確実性に対処するためには、タイムアウトの設定、再試行ロジック(冪等性を考慮)、サーキットブレーカーパターンの導入、デッドライン(gRPCなど)などの設計が必要です。
4.3. バージョン管理
IDLでインターフェースを定義するRPCでは、インターフェースの変更(新しいフィールドの追加、既存フィールドの削除/変更、手続きの追加/削除/シグネチャ変更など)が発生した場合のバージョン管理が重要な課題となります。
- 後方互換性: サービスが独立してデプロイされるマイクロサービス環境では、クライアントとサーバーが異なるバージョンで実行されている期間が存在し得ます。新しいバージョンのサーバーは古いバージョンのクライアントからのリクエストを処理でき、古いバージョンのサーバーは新しいバージョンのクライアントからのリクエストを処理できる(あるいは gracefully にエラーを返す)ような「後方互換性」を維持する設計が不可欠です。IDLやシリアライズ形式によっては、特定の変更は後方互換性を壊してしまうため、慎重な設計が必要です。
- バージョン管理戦略: インターフェース変更の頻度や性質に応じて、異なるバージョン管理戦略(例:URIにバージョンを含める、ヘッダーでバージョンを示す、異なるバージョンのサービスをサイドバイサイドでデプロイするなど)を検討・導入する必要があります。
4.4. 学習コスト
RPCフレームワーク(特にgRPCやThriftのような高機能なもの)の導入には、関連する技術(IDL、特定のシリアライズ形式、HTTP/2など)やフレームワーク固有の概念、ツール類(IDLコンパイラ)の学習が必要です。
特に、ローカル呼び出しやシンプルなREST APIに慣れている開発者にとっては、IDLの記述方法、スタブコードの使い方、エラーハンドリングのベストプラクティスなど、学ぶべきことが多く感じるかもしれません。チーム全体のスキルアップや、フレームワークのサポート体制を考慮する必要があります。
4.5. エラーハンドリングの複雑さ
分散システムにおけるエラーハンドリングは、モノリシックなシステムと比較して本質的に複雑です。RPCの場合、通常のアプリケーションロジック上のエラーに加えて、以下のようなエラーが発生し得ます。
- ネットワークエラー(接続失敗、タイムアウト、リセットなど)
- シリアライズ/デシリアライズエラー
- リモートサービス内部でのアプリケーションエラー
- リモートサービスでのリソース枯渇(接続過多、スレッドプール枯渇など)
- 認証/認可エラー
クライアント側では、これらの様々なエラーを区別し、適切に処理する必要があります。単に例外をキャッチするだけでなく、エラーコードの体系化、リトライ戦略、フォールバック処理などを設計する必要があります。サーバー側でも、エラーを適切にクライアントに通知する仕組みが必要です。
4.6. シリアライズ形式による制約
バイナリ形式のシリアライズ形式(Protobufなど)はパフォーマンスに優れますが、人間が直接内容を確認することが困難です。これにより、通信内容をデバッグする際に専用のツールやプロキシが必要になります。テキスト形式(JSONなど)に比べて可読性が低いため、開発中の手軽な確認がしにくいという側面があります。
また、シリアライズ形式によっては、表現できるデータ型や構造に制約がある場合があります。IDL定義が、その形式で表現可能である必要があります。
これらのデメリットは、RPCが分散システム間の通信という複雑な課題に取り組む上で避けられない側面とも言えます。重要なのは、これらの課題を認識し、適切な設計パターン(リトライ、サーキットブレーカー)、ツール(分散トレーシング、ロギング)、そして運用プラクティスによって対処することです。デメリットがあるからといってRPCを避けるのではなく、メリットとのトレードオフを理解し、システム全体の要件に基づいて最適な通信方法を選択するべきです。
5. 代表的なRPCフレームワーク (実践編)
現在、多くのRPCフレームワークが存在し、それぞれ異なる特徴を持っています。ここでは、代表的なものをいくつか紹介し、それぞれの特徴と適したユースケースについて解説します。
5.1. gRPC
gRPCはGoogleが開発し、オープンソースとして公開している高性能RPCフレームワークです。現在のRPCフレームワークの中で最も広く利用されているものの一つです。
- 技術スタック:
- IDL: Protocol Buffers (Protobuf) を標準として使用します。
- シリアライズ形式: Protocol Buffersを標準としますが、他の形式(JSONなど)を利用することも可能です。
- トランスポートプロトコル: HTTP/2を標準として使用します。
- 特徴:
- 高いパフォーマンス: HTTP/2とProtocol Buffersの組み合わせにより、低レイテンシかつ高スループットな通信を実現します。
- 多言語対応: C++, Java, Python, Go, C#, Node.js, Ruby, PHP, Dartなど、主要なプログラミング言語の多くをサポートしています。
- ストリーミング通信: 単方向ストリーミング(サーバーからクライアント、またはクライアントからサーバー)と双方向ストリーミングをサポートします。
- 認証・暗号化: TLS/SSLによる暗号化、各種認証メカニズムをサポートしています。
- デッドライン/キャンセル: リモート呼び出しに対するタイムアウト(デッドライン)やキャンセル処理をサポートし、分散システムでの制御性を高めます。
- ユースケース:
- マイクロサービス間の内部通信
- モバイルクライアントとバックエンド間の通信(Protocol Buffersは軽量なため)
- リアルタイム性の高い通信(ストリーミング機能を利用)
- 多言語で開発されるシステム
gRPCは、HTTP/2の機能を最大限に活かし、モダンな分散システム開発に適した多くの機能を提供します。Protobufによる厳格なインターフェース定義と効率的なシリアライズも大きな利点です。
5.2. Apache Thrift
Apache Thriftは、Facebook(現Meta)で開発され、Apacheソフトウェア財団のトップレベルプロジェクトとなったRPCフレームワークです。非常に多くのプログラミング言語をサポートしていることが特徴です。
- 技術スタック:
- IDL: Thrift IDL (
.thriftファイル) を使用します。 - シリアライズ形式: Binary Protocol, Compact Protocol, JSON Protocol, Simple JSON Protocol, TBase Protocolなど、多様な形式をサポートしています。
- トランスポートプロトコル: TCP Socket, HTTP, 各種ファイルトランスポートなど、多様なトランスポート層をサポートしています。
- IDL: Thrift IDL (
- 特徴:
- 広範な言語サポート: gRPC以上に多くのプログラミング言語(C++, Java, Python, PHP, Ruby, Perl, C#, Erlang, Node.js, Swiftなど数十種類)をサポートしています。
- 高い柔軟性: シリアライズ形式やトランスポート層を選択できるため、様々な要件に合わせてカスタマイズできます。
- パフォーマンス: Binary ProtocolやCompact Protocolを使用することで、高いパフォーマンスを実現できます。
- ユースケース:
- 非常に多くの異なる言語で書かれたサービスが連携する環境
- 特定のシリアライズ形式やトランスポート層が必要な場合
- gRPCがサポートしていない言語を使用している場合
Thriftは、その言語サポートの幅広さと柔軟性から、多様な技術スタックが混在する環境や、レガシーシステムとの連携などでも選択肢となり得ます。
5.3. その他のフレームワーク
上記以外にも様々なRPCフレームワークが存在します。
- JSON-RPC / XML-RPC: HTTP/1.1上でJSONまたはXMLをシリアライズ形式として利用するRPC仕様です。実装がシンプルでブラウザからの呼び出しも比較的容易ですが、バイナリRPCに比べて非効率な場合が多いです。公開APIなどにも使われることがあります。
- Apache Avro: 主にデータシリアライズ形式として使われますが、RPC機能も提供しています。JSON形式のスキーマ定義が特徴です。
- Dubbo: Alibabaが開発した高性能なJava RPCフレームワークです。Javaエコシステムで広く利用されていますが、近年は多言語対応も進んでいます。
- 独自のカスタムRPC: 非常に特定の要件を満たすために、企業が独自のRPCフレームワークを開発・利用しているケースもあります。
5.4. フレームワーク選定のポイント
どのRPCフレームワークを選択するかは、システムの要件によって異なります。以下の点を考慮して選定を行うと良いでしょう。
- 利用するプログラミング言語: 開発するサービスが利用する言語がフレームワークにサポートされているか。
- パフォーマンス要件: 低レイテンシ、高スループットがどの程度求められるか。バイナリプロトコルとHTTP/2の組み合わせが有利な場合が多いです。
- 機能要件: ストリーミング、認証、モニタリング機能などがどの程度必要か。
- コミュニティとエコシステム: フレームワークの成熟度、ドキュメント、コミュニティの活発さ、関連ツールの豊富さ。
- 運用・学習コスト: 導入、設定、運用、そして開発チームの学習コスト。
- 既存システムとの連携: すでに利用している技術スタックやプロトコルとの互換性。
gRPCは多くの一般的なユースケースで優れた選択肢となりますが、特定の要件(例えば、gRPCがサポートしない言語を使用、特定のレガシープロトコルへの対応など)がある場合は、Thriftや他のフレームワークも検討する価値があります。
6. RPCとRESTの違い (比較)
RPCと並んで、分散システムやサービス間通信で広く利用されているもう一つのアプローチがREST(Representational State Transfer)です。RPCとRESTはどちらもネットワークを介した通信を実現しますが、その設計思想やアプローチは大きく異なります。どちらが優れているということではなく、それぞれの特性を理解して使い分けることが重要です。
| 比較項目 | RPC (Remote Procedure Call) | REST (Representational State Transfer) |
|---|---|---|
| 設計思想 | リモートの手続き(関数/メソッド)を呼び出す | リソースを操作する(作成、取得、更新、削除など) |
| インターフェース定義 | IDL (Interface Definition Language) で手続きとデータ型を定義 | URI (Uniform Resource Identifier) と HTTP メソッドでリソースと操作を定義 |
| 通信スタイル | 手続き呼び出し (例: getUserById(id), createUser(userData)) |
リソース操作 (例: GET /users/{id}, POST /users) |
| データ形式 | バイナリ形式 (Protobuf, Thrift) が多い。テキスト形式 (JSON/XML) も利用可能。 | テキスト形式 (JSON, XML) が多い。 |
| プロトコル | HTTP/2 (gRPC) やカスタムTCPプロトコルが多い。HTTP/1.1 も利用可能。 | HTTP/1.1 が多いが、HTTP/2 も利用可能。 |
| パフォーマンス | 一般的にバイナリ + HTTP/2 の組み合わせで高効率。軽量。 | 一般的にバイナリRPCよりオーバーヘッドが大きい場合がある(テキスト形式、HTTP/1.1)。 |
| 型安全性 | IDLとスタブ生成により型安全性が高い。コンパイル時チェックが可能。 | 動的な場合が多い。スキーマ (OpenAPI/Swagger, JSON Schema) を利用することで型安全性に近づけることは可能。 |
| 可読性/汎用性 | バイナリ形式は人間が読みにくい。特定のフレームワークに依存する場合が多い。 | JSON/XMLは人間が読みやすい。ブラウザや汎用的なHTTPクライアントから容易にアクセス可能。 |
| バージョニング | IDLの機能やフィールド番号などで管理。 | URIにバージョンを含める、Custom Headerを利用するなど。 |
| ユースケース | システム内部のサービス間通信、マイクロサービス間の密な連携、高性能が求められる場合、ストリーミングが必要な場合。 | 外部公開API、ブラウザからのアクセス、CRUD操作中心のリソース管理、汎用的な連携。 |
RPCの利点(RESTとの比較において):
- パフォーマンス: バイナリ形式と効率的なトランスポートプロトコル(HTTP/2)により、データサイズが小さく、処理が高速。
- 型安全性: IDLによる厳密なインターフェース定義と自動生成コードによる型チェック。
- 開発効率: IDLからのコード生成によるボイラープレートコードの削減。
- ストリーミング: 双方向ストリーミングのような高度な通信パターンを容易に実現(gRPCなど)。
RESTの利点(RPCとの比較において):
- 汎用性とシンプルさ: HTTP標準に基づいているため、理解しやすく、汎用的なHTTPクライアント(ブラウザ、curlなど)から容易にアクセス・テスト可能。公開APIに適している。
- 可読性: JSON/XMLは人間が読みやすく、デバッグが比較的容易。
- ステートレス: 各リクエストが独立しており、スケーラビリティが高い(ただし、これはRPCもステートレスな設計が可能)。
- リソース指向: システムの状態をリソースとして捉える設計は、特定のドメインにおいて直感的で整合性が高い。
使い分け:
一般的に、システム内部のサービス間通信においては、パフォーマンス、型安全性、開発効率(自動コード生成)のメリットが大きいRPCが適していると考えられます。特にマイクロサービス間の密結合が必要な場合や、データ量が多かったりリアルタイム性が求められたりする通信においては、RPCが有力な選択肢となります。
一方、外部に公開するAPIや、ブラウザからのアクセス、あるいはCRUD操作が中心のリソース管理を行う場合には、汎用性、可読性、標準への準拠という点でRESTがより適していると考えられます。RESTfulなAPIは、クライアント側が特定のフレームワークに依存しないため、幅広いクライアントからの利用を想定する場合に有利です。
もちろん、これらの使い分けは絶対的なものではありません。システム要件やチームの得意な技術によって、最適な選択は変わります。例えば、単純な内部サービス間通信でも、開発チームがRESTに慣れており、パフォーマンス要件もそこまで厳しくない場合は、RESTfulなアプローチを選択することもあり得ます。重要なのは、それぞれの技術の特性を理解し、メリット・デメリットを比較検討した上で、目的に最も合った方法を選ぶことです。場合によっては、システム内でRPCとRESTの両方を使い分けることもあります。
7. RPCを使いこなすためのベストプラクティス
RPCを導入し、分散システムを構築・運用する上で、そのメリットを最大限に活かしつつ、デメリットを克服するためには、いくつかのベストプラクティスを実践することが重要です。
7.1. 適切なインターフェース設計
RPCの核心はインターフェース定義にあります。IDLを使って、クライアントとサーバー間の契約を明確かつ適切に設計することが成功の鍵です。
- 粒度: サービスの境界とRPCインターフェースの粒度を適切に設計します。あまりに細かすぎるインターフェース(チャッティな通信)はネットワークオーバーヘッドを増大させ、パフォーマンスを低下させます。関連する操作をまとめ、適切な粒度でサービス境界を設定します(例:ユーザーサービスがユーザーに関連するすべての操作をまとめて提供)。
- バージョニング: インターフェースの変更は避けられません。将来の変更に備え、IDLのバージョン管理機能を活用し、後方互換性を維持できる設計を心がけます。必須ではない新しいフィールドはオプションとして追加する、フィールドの削除はすぐに行わず非推奨とする、古いバージョンのインターフェースを一定期間サポートするなど、明確なバージョンアップ戦略を持ちます。
- 契約: IDL定義は、クライアントとサーバー間の厳格な契約です。この契約は一度公開されたら、後方互換性を壊すような変更は極力避けるべきです。契約テスト (Consumer-Driven Contracts) などを導入し、インターフェースの変更が依存関係のあるサービスに影響を与えないことを保証する仕組みを構築することも有効です。
7.2. エラーハンドリングと監視
分散システムでは様々なエラーが発生しうるため、堅牢なエラーハンドリングとシステムの状態を把握するための監視が不可欠です。
- リモートエラーの伝播: リモートサービスで発生したエラーや例外を、クライアントに適切に伝播させる仕組みを構築します。RPCフレームワークのエラーコード体系や、カスタムエラー型を活用し、クライアント側でエラーの種類を判別できるようにします。
- ネットワーク関連のエラー対処: ネットワーク遅延や障害に備え、クライアント側で以下のパターンを実装します。
- タイムアウト: RPC呼び出しに上限時間を設定し、指定時間内に応答がない場合はエラーとします。
- 再試行 (Retry): 一時的なネットワークエラーやサーバーの瞬断などに対して、自動的に呼び出しを再試行します。ただし、冪等性(複数回実行しても同じ結果になること)のない操作に対して安易な再試行は副作用を引き起こす可能性があるため、注意が必要です。
- サーキットブレーカー (Circuit Breaker): リモートサービスへの呼び出しが一定回数失敗した場合、一時的にそのサービスへの呼び出しを停止(遮断)し、障害が回復した後に徐々に再開するパターンです。これにより、障害のあるサービスへの継続的な呼び出しによるリソース枯渇やカスケード障害を防ぎます。
- デッドライン (Deadline – gRPC): gRPCでは、呼び出しの開始から完了までの許容時間を設定できます。これは、クライアント側でタイムアウトを管理するよりも、呼び出し全体にわたる時間制約を表現するのに適しています。
- 監視とログ収集: RPC呼び出しの成功率、応答時間、エラーレートなどのメトリクスを収集し、リアルタイムで監視します。エラーが発生した場合には、詳細なログを記録し、迅速な原因特定を可能にします。
- 分散トレーシング (Distributed Tracing): 一つのリクエストが複数のサービスを跨いでRPC呼び出しを行う場合、処理の流れやボトルネックを把握するのが難しくなります。分散トレーシングシステム(Zipkin, Jaegerなど)を導入し、リクエストが各サービスでどの程度時間を要しているか、どのサービス呼び出しでエラーが発生しているかなどを可視化することが非常に有効です。
7.3. パフォーマンス最適化
高いパフォーマンスはRPCの大きなメリットの一つですが、これを維持するためには注意が必要です。
- 効率的なシリアライズ形式の選択: ProtobufやThrift Binary/Compact Protocolのようなバイナリ形式を選び、データサイズと処理速度を最適化します。
- ペイロードサイズの最小化: 不要なデータをRPCメッセージに含めないようにします。必要な情報のみをやり取りすることで、ネットワーク帯域幅とシリアライズ/デシリアライズのコストを削減できます。
- N+1問題の回避: 一つのリクエストを処理するために、依存サービスに対して大量のRPC呼び出しが発生する「N+1問題」に注意します。バッチ処理や、より適切な粒度のインターフェース設計によって、呼び出し回数を削減します。
- 接続プーリング: クライアントがサーバーへの新しい接続を呼び出しごとに確立するのは効率が悪いです。接続プーリングを利用することで、既存の接続を再利用し、接続確立のオーバーヘッドを削減できます。
7.4. セキュリティ
分散システムにおける通信のセキュリティは非常に重要です。RPC通信においても、以下の対策を講じる必要があります。
- 暗号化: 通信内容が盗聴されることを防ぐため、TLS/SSLを使用して通信経路を暗号化します。gRPCはTLSを簡単に有効化できます。
- 認証: 呼び出し元のクライアントが正当であることを確認します。証明書認証、トークンベース認証、APIキーなど、適切な認証メカニズムを導入します。
- 認可: 認証されたクライアントが、呼び出そうとしている特定の手続きを実行する権限を持っているかを確認します。サーバー側でアクセス制御リスト(ACL)やロールベースアクセス制御(RBAC)などを実装します。
7.5. テスト戦略
RPCベースのシステムのテストは、単体テスト、統合テスト、契約テストなどを組み合わせて行います。
- 単体テスト: 各サービスの内部ロジックをテストします。RPC呼び出し部分はスタブやモックを使って代替します。
- 統合テスト: 複数のサービスを組み合わせて、RPCによる連携が正しく行われるかテストします。
- 契約テスト (Consumer-Driven Contracts): クライアント(Consumer)が期待するインターフェースの仕様を定義し、サーバー(Provider)がその仕様を満たしているかテストします。これにより、クライアントとサーバーが独立してデプロイされてもインターフェースの不整合による問題が発生しないことを保証できます。
7.6. ドキュメンテーション
IDLファイル自体がインターフェースの重要なドキュメントとなりますが、それだけでは不十分です。
- 各RPCメソッドの目的、引数の意味、期待される戻り値、発生しうるエラーケースなどを詳細に記述したドキュメントを作成します。
- IDL定義を元に、ドキュメント生成ツールを活用することも有効です。
- サービスの利用者は、IDLとドキュメントを参照して、どのようにサービスを呼び出し、結果を解釈すれば良いかを理解できるようになる必要があります。
これらのベストプラクティスを実践することで、RPCが持つ潜在的な課題(複雑性、ネットワークの不確実性など)を管理し、高性能で信頼性の高い分散システムを構築・運用することが可能になります。RPCは強力なツールですが、その力を引き出すためには、適切な設計、堅牢な実装、そして継続的な監視・運用努力が不可欠です。
8. RPCの将来展望
RPCは長い歴史を持つ技術ですが、マイクロサービスアーキテクチャの普及や、HTTP/2のような新しいプロトコルの登場により、近年再び脚光を浴びています。今後も分散システム開発における主要な技術として進化していくと考えられます。
8.1. Service Meshとの連携
近年注目を集めているのが「Service Mesh」です。Istio, Linkerd, Consul ConnectなどのService Meshは、マイクロサービス間の通信に関する課題(サービスディスカバリ、ロードバランシング、認証・認可、監視、トラフィック管理、障害回復など)を、各サービスから切り離してインフラ層で扱うことを目指しています。
Service Meshの多くは、Envoyのようなプロキシを各サービスのサイドカーとして配置し、サービス間の通信をそのプロキシ経由で行うアーキテクチャを採用しています。このプロキシ層が、RPCを含む様々なプロトコル(HTTP/1.1, HTTP/2, TCPなど)を理解し、前述の様々な通信に関する機能を提供します。
RPC(特にgRPC)はService Meshとの親和性が高いと言われています。HTTP/2ベースのgRPCは、ストリームやメタデータといった豊富な情報を持ち、Service Meshのプロキシがこれらの情報を活用して、より高度なトラフィックルーティング、負荷分散、監視などを実現できます。Service Meshの普及は、RPCベースのシステム構築・運用をさらに容易にし、RPCの採用を後押しすると考えられます。
8.2. プロトコルとフレームワークの進化
RPCプロトコルやフレームワーク自体も進化を続けています。より効率的なシリアライズ形式やトランスポートプロトコルの研究開発、多様なプログラミング言語やプラットフォームへの対応、そして開発者の利便性を高めるためのツールの改善が進んでいます。
例えば、WebAssemblyのような技術と組み合わせることで、ブラウザやエッジ環境でのRPC利用も広がっていく可能性があります。また、Service Meshの進化に伴い、プロキシとサービス間の通信プロトコルとして、最適化されたRPCが利用されるようになるかもしれません。
8.3. サーバーレス環境での利用
AWS LambdaやGoogle Cloud Functionsのようなサーバーレス環境でも、RPCはサービス間通信の選択肢として利用されています。サーバーレス関数が他のサービス(データベース、メッセージキュー、あるいは他のサーバーレス関数)をRPCで呼び出すといったパターンが考えられます。
サーバーレス環境はステートレスでイベント駆動であることが多いため、RPCのステートレスな特性と相性が良い場合があります。ただし、サーバーレス環境特有の課題(コールドスタート、実行時間の制限など)を考慮した設計が必要です。
8.4. AI/ML分野での利用
AIや機械学習の分野でも、分散処理やサービス間通信が重要になります。学習済みモデルをサービスとして公開し、他のサービスがRPCで推論を呼び出すといったユースケースでRPCが活用されています。高いスループットや低レイテンシが求められる推論処理において、RPCのパフォーマンスは大きなメリットとなります。
全体として、RPCは分散システム、特にマイクロサービスアーキテクチャの基盤技術として、今後も重要な役割を果たし続けるでしょう。Service Meshのような周辺技術の進化と連携しながら、より使いやすく、より高性能な通信を実現するための進化が期待されます。
9. まとめ
この記事では、RPC(Remote Procedure Call)について、その基本的な概念から技術的な仕組み、そして利用におけるメリットとデメリット、主要なフレームワーク、そしてRESTとの比較まで、詳細に解説してきました。
RPCは、異なるプロセスやマシン間で実行されるプログラムの手続きを、あたかもローカルな手続きであるかのように呼び出すための技術です。その核心的なアイデアは「透過性」にあり、これにより開発者はネットワーク通信やデータ変換の複雑さを意識することなく、分散システムにおけるサービス間連携を記述することができます。
RPCの仕組みは、クライアントスタブとサーバー側のスケルトン(サーバースタブ)、そしてIDL (Interface Definition Language)、データシリアライズ/デシリアライズ、トランスポートプロトコルといった複数の要素から成り立っています。IDLでインターフェースを定義し、それからスタブコードを自動生成するプロセスが、RPCの生産性と型安全性を支えています。
RPCの主なメリットは、透過性による開発効率の向上、IDLと自動生成による生産性の向上、バイナリプロトコルやHTTP/2による高いパフォーマンス、IDLに基づく型安全性、そして多言語連携の容易さなどです。これらは、特にシステム内部のマイクロサービス間通信において大きな価値を発揮します。
一方で、RPCにもデメリットが存在します。ネットワークの不確実性に起因する遅延や障害、デバッグや運用における複雑性、インターフェース変更に伴うバージョン管理の課題、そして新しいフレームワークに対する学習コストなどが挙げられます。これらのデメリットを克服するためには、タイムアウト、再試行、サーキットブレーカーなどの設計パターン、分散トレーシングや監視ツール、そして適切なインターフェース設計やバージョン管理戦略が不可欠です。
代表的なRPCフレームワークとしては、HTTP/2とProtocol Buffersを利用した高性能なgRPCや、幅広い言語とプロトコルをサポートするApache Thriftなどがあります。どのフレームワークを選択するかは、プロジェクトの要件や技術スタックによって慎重に検討する必要があります。
また、RPCはしばしばRESTと比較されます。RPCが「手続き呼び出し」に焦点を当てるのに対し、RESTは「リソース操作」に焦点を当てています。それぞれにメリットとデメリットがあり、システム内部の高性能な連携にはRPC、外部公開APIや汎用的な連携にはRESTが適しているなど、その特性を理解した上での適切な使い分けが重要です。
RPCは、マイクロサービスや分散システム開発において非常に強力なツールとなり得ます。しかし、その力を最大限に引き出し、潜在的な課題を回避するためには、単にフレームワークを使うだけでなく、RPCの仕組み、メリット・デメリット、そして適切な設計・運用プラクティスを深く理解することが不可欠です。
この記事が、あなたがRPCという技術を理解し、あなたのシステムにおいてRPCを効果的に「使いこなす」ための一助となれば幸いです。分散システムの世界は日々進化していますが、RPCのような基盤技術をしっかりと押さえることが、その進化に追随し、より堅牢でスケーラブルなシステムを構築するための力となるでしょう。
もしあなたのシステムが複数のサービスに分割されている、あるいはこれから分割を検討しているのであれば、RPCをサービス間通信の有力な選択肢として、ぜひ深く検討してみてください。
(注:約5000語を目標として記述しましたが、厳密な文字数は実行環境に依存します。内容はRPCの主要な側面を網羅し、詳細な説明を心がけました。)