はい、承知いたしました。OpenCVのOptical Flowに関する詳細な解説記事を作成します。約5000語(日本語での目安は10000〜15000文字程度)で記述します。
動画の動きを捉える!OpenCV Optical Flow入門
動画とは、連続する静止画像(フレーム)が集まって、動きの錯覚を生み出すメディアです。私たちは動画を見ることで、そこに映る物体がどのように動いているのか、環境がどのように変化しているのかを直感的に理解できます。しかし、コンピュータが動画を理解するためには、単に各フレームの内容を認識するだけでなく、「フレーム間の動き」を定量的に捉える必要があります。
この「フレーム間の動き」をコンピュータビジョンにおいて分析するための強力な技術が「Optical Flow(オプティカルフロー)」です。Optical Flowは、動画中の各ピクセル、あるいは特定の特徴点が、時間経過に伴ってどのように移動したかを示すベクトル場を計算します。これにより、物体の移動速度、方向、変形などを詳細に知ることができます。
本記事では、OpenCVを使ったOptical Flowの計算方法に焦点を当て、その基本原理から主要なアルゴリズム、具体的なPythonコードによる実装例、そして様々な応用例までを網羅的に解説します。動画解析やコンピュータビジョンの分野に興味のある方はもちろん、動画から「動き」の情報を取り出したいと考えている方にとって、Optical Flowは非常に重要な技術です。OpenCVを用いることで、比較的容易にこの強力な技術を自身のプロジェクトに組み込むことができます。
さあ、Optical Flowの世界へ踏み出し、動画の隠された「動き」を解き明かしましょう。
1. Optical Flowとは何か? その基本概念
Optical Flowは、連続する2つ(またはそれ以上)の画像フレーム間における、ピクセル単位の動きの見かけ上のパターンを指します。より厳密には、あるフレームのピクセルが、次のフレームでどの位置に移動したかを示す「速度ベクトル」の集合です。この速度ベクトルの集合が「Optical Flow場」を形成します。
例えば、カメラが静止した状態で、目の前を物体が右へ移動している動画を考えます。このとき、物体のピクセルは次のフレームでは少し右にずれた位置に現れます。Optical Flowは、このピクセルが右へ移動した方向と距離(速度)をベクトルとして計算します。カメラが左へパンしている場合は、背景全体が右へ流れるように見えます。これもOptical Flowによって捉えることができます。
Optical Flowの計算は、主に以下の2つの基本的な仮定に基づいています。
- 輝度一定仮定 (Brightness Constancy Assumption): 画像中の点の輝度(明るさ)は、時間経過によって変化しないと仮定します。つまり、あるピクセルが次のフレームに移動したとしても、そのピクセルの明るさは同じままだと考えます。
- 微小運動仮定 (Small Motion Assumption): フレーム間の時間は非常に短く、その間のピクセルの移動量(速度ベクトル)はごく小さいと仮定します。これにより、連続するフレーム間の位置の変化を局所的な線形近似で扱えるようになります。
これらの仮定に基づき、Optical Flowの基本的な方程式である輝度一定方程式 (Brightness Constancy Equation)が導かれます。
あるフレームの時刻 $t$ における画像上の点 $(x, y)$ の輝度を $I(x, y, t)$ とします。微小時間 $\Delta t$ 後、この点が $(x + \Delta x, y + \Delta y)$ の位置に移動したと仮定します。輝度一定仮定により、移動前後の輝度は等しいと考えられます。
$I(x, y, t) = I(x + \Delta x, y + \Delta y, t + \Delta t)$
ここで、右辺を点 $(x, y, t)$ の周りでテイラー展開し、高次の項を無視すると、以下の近似式が得られます。
$I(x + \Delta x, y + \Delta y, t + \Delta t) \approx I(x, y, t) + \frac{\partial I}{\partial x}\Delta x + \frac{\partial I}{\partial y}\Delta y + \frac{\partial I}{\partial t}\Delta t$
これを元の輝度一定の式に代入すると、
$I(x, y, t) = I(x, y, t) + \frac{\partial I}{\partial x}\Delta x + \frac{\partial I}{\partial y}\Delta y + \frac{\partial I}{\partial t}\Delta t$
両辺の $I(x, y, t)$ を消去し、全体を $\Delta t$ で割ると、
$0 = \frac{\partial I}{\partial x}\frac{\Delta x}{\Delta t} + \frac{\partial I}{\partial y}\frac{\Delta y}{\Delta t} + \frac{\partial I}{\partial t}$
ここで、ピクセルの速度ベクトルを $(u, v) = (\frac{\Delta x}{\Delta t}, \frac{\Delta y}{\Delta t})$ と定義します。また、画像の勾配を $I_x = \frac{\partial I}{\partial x}$, $I_y = \frac{\partial I}{\partial y}$ とし、時間方向の輝度変化を $I_t = \frac{\partial I}{\partial t}$ とすると、以下の輝度一定方程式が得られます。
$I_x u + I_y v + I_t = 0$
この方程式は、各ピクセル $(x, y)$ における速度ベクトル $(u, v)$ が満たすべき条件を示しています。$I_x$, $I_y$, $I_t$ は、与えられた画像フレームから計算できる値です。しかし、この方程式は未知数 $(u, v)$ に対して1つしかありません。つまり、1つの方程式に対して未知数が2つあるため、この方程式だけでは $(u, v)$ の値を一意に決定することができません。これがOptical Flow計算における根本的な課題の一つです。
2. Optical Flowの課題
前述の輝度一定方程式 $I_x u + I_y v + I_t = 0$ は、各ピクセルごとに成り立つべき条件を示していますが、これだけでは $(u, v)$ を解くことができません。この問題を解決するために、追加の情報や制約が必要となります。
2.1. アパチャー問題 (Aperture Problem)
輝度一定方程式が1つの方程式で2つの未知数を持つという問題は、「アパチャー問題」として知られています。これは、局所的な情報だけでは動きの真の方向を決定できない状況を指します。
例えば、均一なテクスチャを持つ長い線分が斜め上方向に移動しているとします。小さな窓(アパチャー)を通してこの線分の一部だけを見ると、その窓の中では線分が窓の境界に沿って移動しているように見えます。つまり、線分の端点が窓の外にある場合、窓内の情報の勾配 ($I_x, I_y$) は線分に垂直な方向を向いています。輝度一定方程式 $I_x u + I_y v = -I_t$ は、速度ベクトル $(u, v)$ と勾配ベクトル $(I_x, I_y)$ の内積が一定値 $(-I_t)$ であることを示しています。これは、速度ベクトルのうち、勾配ベクトルに平行な成分(つまり、線分に垂直な方向の動き)しか決定できないことを意味します。線分に沿った方向の動き(線分の真の移動方向)は、局所的な情報からは決定できません。
この問題は、テクスチャの少ない領域や、エッジのような一次元的な構造を持つ領域で特に顕著になります。真のOptical Flow(物体の3次元的な動きから生じる2次元画像平面上の投影速度)を正確に計算するためには、局所的な情報だけでなく、より広い領域の情報や追加の制約が必要になります。
2.2. その他の課題
- 輝度一定仮定の破綻: 照明の変化、物体の反射、影の動き、カメラの露出調整などにより、同一の点がフレーム間で明るさを変えることがあります。このような場合、輝度一定仮定が成り立たなくなり、計算されるOptical Flowは不正確になります。
- 微小運動仮定の破綻: フレーム間の動きが大きい場合、テイラー展開による線形近似が成り立たなくなり、輝度一定方程式の精度が低下します。特に、カメラの高速な動きや、画面内で物体が素早く移動する場合に問題となります。
- ** occlusions (隠蔽・露出)**: ある物体が別の物体によって隠されたり、再び現れたりする場合、隠蔽されたピクセルや新たに現れたピクセルに対応する前のフレームや次のフレームの情報が存在しないため、Optical Flowの計算が困難になります。
これらの課題に対処するために、様々なOptical Flow計算アルゴリズムが提案されています。主なアプローチとして、特徴点追跡に基づく方法(Sparse Optical Flow)と、画像全体の密なフローを計算する方法(Dense Optical Flow)があります。
3. Optical Flowの主なアルゴリズム
Optical Flowの計算アルゴリズムは数多く存在しますが、大きく分けて以下の2つのカテゴリに分類できます。
- Sparse Optical Flow (疎なOptical Flow): 画像中の特定の「特徴点」のみに対してOptical Flowを計算します。計算量が少なく高速ですが、情報が得られるのは特徴点が存在する場所だけです。
- Dense Optical Flow (密なOptical Flow): 画像中のほぼすべてのピクセルに対してOptical Flowを計算します。画像全体の動きを捉えられますが、計算量は多くなります。
OpenCVでは、これらのカテゴリに対応する代表的なアルゴリズムの実装が提供されています。
3.1. Sparse Optical Flow: Lucas-Kanade法
Lucas-Kanade法は、Sparse Optical Flowの代表的なアルゴリズムです。輝度一定仮定と微小運動仮定に基づき、さらに「近傍のピクセルは同じような動きをする」という局所的な平滑性仮定を加えることで、アパチャー問題を緩和し、各特徴点の速度ベクトルを計算します。
原理:
Lucas-Kanade法では、注目しているピクセル $(x, y)$ の周囲にある小さな窓(例えば3×3や5×5ピクセルの領域)内のすべてのピクセルが、同じ速度ベクトル $(u, v)$ を持つと仮定します。この窓内の各ピクセル $(x_i, y_i)$ に対して、輝度一定方程式が成り立ちます。
$I_x(x_i, y_i) u + I_y(x_i, y_i) v + I_t(x_i, y_i) = 0$
窓内の$N$個のピクセルに対してこの方程式を考えると、$N$個の線形方程式が得られます。
$I_{x1} u + I_{y1} v = -I_{t1}$
$I_{x2} u + I_{y2} v = -I_{t2}$
…
$I_{xN} u + I_{yN} v = -I_{tN}$
これを行列形式で書くと、$A\mathbf{v} = \mathbf{b}$ となります。
$A = \begin{pmatrix} I_{x1} & I_{y1} \ I_{x2} & I_{y2} \ \vdots & \vdots \ I_{xN} & I_{yN} \end{pmatrix}$, $\mathbf{v} = \begin{pmatrix} u \ v \end{pmatrix}$, $\mathbf{b} = \begin{pmatrix} -I_{t1} \ -I_{t2} \ \vdots \ -I_{tN} \end{pmatrix}$
ここで、$A$ は $N \times 2$ 行列、$\mathbf{v}$ は $2 \times 1$ ベクトル、$\mathbf{b}$ は $N \times 1$ ベクトルです。通常、$N > 2$ なので、これは過決定システム(方程式の数 > 未知数の数)となります。Lucas-Kanade法は、このシステムを最小二乗法で解くことで、最適な $(u, v)$ を求めます。
最小二乗解は、以下の正規方程式を解くことで得られます。
$A^T A \mathbf{v} = A^T \mathbf{b}$
$\mathbf{v} = (A^T A)^{-1} A^T \mathbf{b}$
ここで、$A^T A$ は $2 \times 2$ 行列であり、これは窓内の画像の勾配情報から計算される構造テンソル(または自己相関行列)です。この行列が逆行列を持つ(つまり、行列式が0でない)場合、一意な解 $\mathbf{v} = (u, v)$ が得られます。構造テンソルが逆行列を持つということは、窓内に十分なテクスチャ(勾配の変化)があることを意味します。平坦な領域や、エッジのような一次元的な構造しかない領域では、構造テンソルは特異となり、アパチャー問題が発生するため、正確なフロー計算は困難になります。したがって、Lucas-Kanade法を適用する際には、Good Features to Trackなどのアルゴリズムを用いて、追跡に適した(つまり構造テンソルが逆行列を持ちやすい)特徴点を事前に検出することが一般的です。
Pyramidal Lucas-Kanade法:
微小運動仮定が破れる(動きが大きい)場合に対処するため、Lucas-Kanade法は画像ピラミッドと組み合わせて使用されることがよくあります。これがPyramidal Lucas-Kanade法です。
- オリジナルの画像から、解像度を段階的に下げた画像ピラミッドを生成します。
- 最も低い解像度(最も粗いレベル)のピラミッド画像上でLucas-Kanade法を適用し、おおまかな動きを推定します。低い解像度では、大きな動きも相対的に小さく見えます。
- 推定された動きを、一つ上の解像度レベルの画像に投影し、初期推定値として使用します。
- 上の解像度レベルで、初期推定値からの残差的な動きをLucas-Kanade法で計算し、推定値を補正します。
- このプロセスをオリジナルの解像度(最も細かいレベル)まで繰り返すことで、大きな動きに対しても頑健に、かつ高精度なOptical Flowを計算できます。
OpenCVの cv2.calcOpticalFlowPyrLK
関数は、このPyramidal Lucas-Kanade法を実装しています。
OpenCVにおける cv2.calcOpticalFlowPyrLK
の使い方:
cv2.calcOpticalFlowPyrLK
は、前のフレームの特定の特徴点リストに対して、次のフレームでの対応する位置を計算します。
python
nextPts, status, err = cv2.calcOpticalFlowPyrLK(
prevImg, # 前のフレーム画像 (8-bit single-channel)
nextImg, # 次のフレーム画像 (8-bit single-channel)
prevPts, # 追跡したい前のフレームの特徴点座標の配列 (numpy.ndarray, shape=(N, 1, 2), dtype=numpy.float32)
nextPts, # [出力] 追跡後の次のフレームの特徴点座標の配列 (prevPtsと同じshapeとdtype)
status, # [出力] 各特徴点が正常に追跡できたかを示すステータス配列 (numpy.ndarray, shape=(N, 1), dtype=numpy.uint8, 1:追跡成功, 0:失敗)
err, # [出力] 各特徴点の追跡誤差の配列 (numpy.ndarray, shape=(N, 1), dtype=numpy.float32)
winSize=(15, 15), # 各特徴点の周りでフローを計算する窓のサイズ
maxLevel=3, # 使用する画像ピラミッドの最大レベル (0はピラミッドを使用しない)
criteria=(cv2.TERM_CRITERIA_EPS | cv2.TERM_CRITERIA_COUNT, 10, 0.03) # 繰り返し計算の終了条件 (タイプ, 最大繰り返し回数, 目標精度)
)
prevImg
,nextImg
: Optical Flowを計算する前のフレームと次のフレームの画像です。Lucas-Kanade法は輝度勾配を使用するため、通常はグレイスケール画像を入力として使用します。prevPts
: 前のフレームで追跡したい特徴点の座標をNumPy配列で指定します。この特徴点は、通常cv2.goodFeaturesToTrack
などの関数を使って事前に検出します。nextPts
: 関数呼び出し後に、対応する次のフレームでの特徴点の推定位置が格納されます。関数呼び出し時にはNone
またはprevPts
と同じ形状の配列を渡します。status
: 各特徴点の追跡が成功したかを示すフラグの配列です。値が1なら成功、0なら失敗です。追跡が失敗した特徴点は、その後の処理から除外するのが一般的です。err
: 各特徴点の追跡誤差の配列です。この値が小さいほど追跡の信頼性が高いと考えられます。winSize
: Lucas-Kanade法が輝度勾配を計算する際に考慮する、特徴点周囲の窓のサイズです。大きくするとノイズに強くなりますが、異なる動きをする物体が窓内に含まれる可能性が高まります。maxLevel
: 画像ピラミッドのレベル数です。0はピラミッドを使わないこと、1は1レベル、2は2レベル… を意味します。大きな動きを追跡するには、この値を大きく設定します。criteria
: Lucas-Kanade法の反復計算の終了条件です。最大繰り返し回数または追跡位置の最小変化量で停止します。
Lucas-Kanade法は、特徴点が存在する場所の動きだけを追跡するため、リアルタイム処理に適しており、物体追跡などによく利用されます。
3.2. Dense Optical Flow: Farneback法
Farneback法は、画像全体のすべてのピクセルに対してDense Optical Flowを計算するアルゴリズムです。前述のLucas-Kanade法が局所的な輝度勾配情報に基づくのに対し、Farneback法は画像全体をよりグローバルな視点から分析します。
原理:
Farneback法は、各ピクセルの近傍領域の輝度パターンを多項式で近似し、この多項式の係数の時間的な変化からOptical Flowを推定します。具体的には、各フレームの画像を局所的に二次多項式でフィッティングします。そして、2つのフレーム間でこの多項式の係数がどのように変化したかを分析することで、各ピクセルの変位ベクトル(Optical Flow)を計算します。
この方法は、画像全体に対して適用され、各ピクセルにおける変位ベクトルを計算します。Lucas-Kanade法のように事前に特徴点を検出する必要はありません。その代わり、計算量はLucas-Kanade法よりも大幅に増加します。
Farneback法は、Lucas-Kanade法が苦手とするテクスチャの少ない領域や、より滑らかなOptical Flow場を計算したい場合に有効です。
OpenCVにおける cv2.calcOpticalFlowFarneback
の使い方:
cv2.calcOpticalFlowFarneback
は、画像全体に対する密なOptical Flowベクトル場を計算します。
python
flow = cv2.calcOpticalFlowFarneback(
prev, # 前のフレーム画像 (8-bit single-channel)
next, # 次のフレーム画像 (8-bit single-channel)
flow, # [入力/出力] 計算されたOptical Flowベクトル場 (numpy.ndarray, shape=(H, W, 2), dtype=numpy.float32)。前回の計算結果を入力として与えることで、収束を速めたり精度を向上させたりできる。Noneでも可。
pyr_scale, # ピラミッドのスケールファクター (<1.0)。大きいほど層が少ない。例: 0.5
levels, # ピラミッドのレベル数。0はピラミッドを使用しない。
winsize, # 平均化ウィンドウのサイズ。大きいほどノイズに強いが、動きの細かい変化は捉えにくい。
iterations, # 各ピラミッドレベルでの繰り返し計算回数。
poly_n, # 多項式展開に使用する近傍ピクセルのサイズ。 typically 5 or 7.
poly_sigma, # poly_nで指定した領域における Gaussian の標準偏差。 typically 1.1 or 1.5.
flags # 計算フラグ (e.g., cv2.OPTFLOW_FARNEBACK_GAUSSIAN)
)
prev
,next
: Optical Flowを計算する前のフレームと次のフレームの画像です。通常はグレイスケール画像を使用します。flow
: 計算されたOptical Flowベクトル場が格納されるNumPy配列です。高さx幅x2 の形状を持ち、各ピクセル $(y, x)$ に対して $(flow[y, x, 0], flow[y, x, 1])$ が速度ベクトル $(u, v)$ を表します。関数呼び出し時にはNone
を渡すか、前回の計算結果を渡すことで計算を高速化できます。pyr_scale
,levels
,winsize
,iterations
,poly_n
,poly_sigma
: Farneback法の内部パラメータです。これらのパラメータを調整することで、計算速度や精度、得られるフロー場の滑らかさなどが変化します。例えば、pyr_scale
とlevels
はPyramidal Lucas-Kanadeと同様に、大きな動きへの対応に関わります。winsize
は局所的な平均化の範囲、poly_n
とpoly_sigma
は多項式近似のパラメータです。flags
: アルゴリズムの挙動を制御するフラグです。例えばcv2.OPTFLOW_FARNEBACK_GAUSSIAN
を使用すると、ガウシアン窓関数で重み付けが行われ、より滑らかなフロー場が得られる傾向があります。
cv2.calcOpticalFlowFarneback
の出力 flow
は、画像と同じサイズの2チャンネル配列です。1チャンネル目は水平方向の速度成分(u)、2チャンネル目は垂直方向の速度成分(v)を表します。このフロー場を可視化するには、速度ベクトルの大きさと方向を色にマッピングする方法が一般的です。例えば、速度の大きさを色の明度や彩度、方向を色相で表現するHSVカラースペースを用いた可視化がよく行われます。
4. OpenCVを使った実装例
ここでは、OpenCVを用いてLucas-Kanade法とFarneback法によるOptical Flowを計算し、可視化するPythonコードの例を示します。
4.1. Lucas-Kanade法によるSparse Optical Flow
Lucas-Kanade法では、まず追跡する特徴点を cv2.goodFeaturesToTrack
などで検出する必要があります。検出された特徴点を次のフレームで追跡し、追跡できた点の動きを線で結んで表示します。
“`python
import numpy as np
import cv2
動画ファイルのパス
video_path = ‘your_video.mp4’ # <– ここを適切な動画ファイルパスに変更してください
cap = cv2.VideoCapture(video_path)
Shi-Tomasiコーナー検出器のパラメータ
feature_params = dict(
maxCorners = 100, # 検出するコーナーの最大数
qualityLevel = 0.3, # コーナー品質の最低限度 (最大品質に対する割合)
minDistance = 7, # この距離より近いコーナーは検出しない
blockSize = 7 # コーナー検出のための平均化ウィンドウサイズ
)
Lucas-Kanade法のパラメータ
lk_params = dict(
winSize = (15, 15), # 追跡ウィンドウサイズ
maxLevel = 2, # 画像ピラミッドのレベル数
criteria = (cv2.TERM_CRITERIA_EPS | cv2.TERM_CRITERIA_COUNT, 10, 0.03) # 終了条件 (精度, 最大反復回数)
)
ランダムな色を生成(追跡軌跡の描画用)
color = np.random.randint(0, 255, (100, 3))
最初のフレームを読み込み、グレイスケールに変換
ret, old_frame = cap.read()
if not ret:
print(“動画ファイルを読み込めません。”)
exit()
old_gray = cv2.cvtColor(old_frame, cv2.COLOR_BGR2GRAY)
最初のフレームで追跡する特徴点(コーナー)を検出
Shi-Tomasi法で検出された特徴点は float32 型、 shape=(N, 1, 2) の配列である必要がある
p0 = cv2.goodFeaturesToTrack(old_gray, mask = None, **feature_params)
追跡軌跡を描画するためのマスク画像を生成
mask = np.zeros_like(old_frame)
while(cap.isOpened()):
ret, frame = cap.read()
if not ret:
break
frame_gray = cv2.cvtColor(frame, cv2.COLOR_BGR2GRAY)
# Lucas-Kanade Optical Flowを計算
# p0: 前のフレームの特徴点, frame_gray: 現在のフレーム (グレイスケール)
# p1: 計算後の現在のフレームでの特徴点位置
# status: 各特徴点が正常に追跡できたかを示すフラグ (1:成功, 0:失敗)
# err: 追跡誤差
p1, status, err = cv2.calcOpticalFlowPyrLK(old_gray, frame_gray, p0, None, **lk_params)
# 正常に追跡できた点のみを選択
if p1 is not None:
good_new = p1[status == 1] # 追跡成功した現在のフレームの点
good_old = p0[status == 1] # 追跡成功した前のフレームの点
else:
# 追跡点がなくなった場合、新しい点を検出するなどリカバリー処理が必要
# 簡単のためここでは終了
print("追跡点がなくなりました。")
break
# 追跡軌跡を描画
for i, (new, old) in enumerate(zip(good_new, good_old)):
a, b = new.ravel() # 現在の点の座標 (float)
c, d = old.ravel() # 前の点の座標 (float)
# マスク画像に軌跡を描画 (前の点から現在の点へ線を引く)
mask = cv2.line(mask, (int(c), int(d)), (int(a), int(b)), color[i].tolist(), 2)
# 現在のフレームに点を描画
frame = cv2.circle(frame, (int(a), int(b)), 5, color[i].tolist(), -1)
# 元のフレームとマスク画像を合成して表示
img = cv2.add(frame, mask)
cv2.imshow('Sparse Optical Flow (Lucas-Kanade)', img)
# 'q'キーで終了
if cv2.waitKey(1) & 0xFF == ord('q'):
break
# 次のフレームのために、現在のフレームと追跡成功した現在の点を更新
old_gray = frame_gray.copy()
# 次のフレームで追跡する点は、現在のフレームで追跡成功した点とする
p0 = good_new.reshape(-1, 1, 2) # shape=(N, 1, 2)に戻す
cap.release()
cv2.destroyAllWindows()
“`
コードの解説:
- 初期設定: 動画ファイルを読み込み、Shi-Tomasiコーナー検出とLucas-Kanade法のパラメータを設定します。追跡する特徴点の軌跡を描画するために、ランダムな色と黒いマスク画像を準備します。
- 最初のフレーム処理: 動画の最初のフレームを読み込み、グレイスケールに変換します。
cv2.goodFeaturesToTrack
を使って、最初のフレームから追跡に適した特徴点を検出します。検出された点の座標はp0
に格納されます。 - 動画ループ:
while(cap.isOpened()):
ループで、動画の各フレームを順番に処理します。 - Lucas-Kanade計算:
cv2.calcOpticalFlowPyrLK(old_gray, frame_gray, p0, None, **lk_params)
を呼び出し、前のフレーム(old_gray
)の特徴点p0
が、現在のフレーム(frame_gray
)でどの位置p1
に移動したかを計算します。status
配列には、各点について追跡が成功したかどうかが格納されます。 - 追跡成功点の選別:
status == 1
でフィルタリングすることで、正常に追跡できた点 (good_new
,good_old
) のみを取り出します。 - 描画: 追跡成功した点について、前のフレームの位置
good_old
から現在のフレームの位置good_new
へ線を引くことで追跡軌跡をmask
画像に描画します。また、現在のフレームframe
に現在の点の位置を円で描画します。 - 表示と更新:
frame
画像とmask
画像を合成して表示します。次のフレームの処理のために、現在のフレーム(グレイスケール)と、追跡成功した現在のフレームの特徴点 (good_new
) をold_gray
とp0
にそれぞれ更新します。p0
はcv2.calcOpticalFlowPyrLK
の入力形式 (shape=(N, 1, 2)
) に合うようにリシェイプが必要です。 - 終了処理: ‘q’ キーが押されるか、動画の終端に達したらループを終了し、ウィンドウを閉じます。
このコードを実行すると、動画中の特定の点の動きが軌跡として表示されます。点の数はmaxCorners
で調整できます。
4.2. Farneback法によるDense Optical Flow
Farneback法では画像全体のフローベクトル場が得られます。このフローベクトル場を可視化するためには、HSV色空間を利用して、速度の方向を色相(Hue)、速度の大きさを彩度(Saturation)または明度(Value)にマッピングする方法がよく用いられます。
“`python
import numpy as np
import cv2
動画ファイルのパス
video_path = ‘your_video.mp4’ # <– ここを適切な動画ファイルパスに変更してください
cap = cv2.VideoCapture(video_path)
Farneback Optical Flowのパラメータ
これらのパラメータは結果に大きく影響します。調整して最適なものを見つけてください。
farneback_params = dict(
pyr_scale = 0.5, # 画像ピラミッドのスケールファクター
levels = 3, # ピラミッドレベル数
winsize = 15, # 平均化ウィンドウサイズ
iterations = 3, # 各ピラミッドレベルでの反復回数
poly_n = 5, # 多項式展開のための近傍サイズ
poly_sigma = 1.2, # 多項式近似のための標準偏差
flags = 0 # フラグ
)
ret, frame1 = cap.read()
if not ret:
print(“動画ファイルを読み込めません。”)
exit()
prvs = cv2.cvtColor(frame1, cv2.COLOR_BGR2GRAY)
hsv = np.zeros_like(frame1)
hsv[…, 1] = 255 # 彩度(Saturation)を最大に設定(方向のみを色で表現する場合)
while(cap.isOpened()):
ret, frame2 = cap.read()
if not ret:
break
next = cv2.cvtColor(frame2, cv2.COLOR_BGR2GRAY)
# Farneback Optical Flowを計算
# flow は height x width x 2 の配列。flow[y, x, 0]はx方向速度, flow[y, x, 1]はy方向速度
flow = cv2.calcOpticalFlowFarneback(prvs, next, None, **farneback_params)
# Optical Flowベクトルを色にマッピングして可視化 (HSV変換)
# フローベクトルの方向を色相(Hue)にマッピング (0-180度)
# arctan2(y, x)で角度を計算し、[-pi, pi]の範囲を[0, 180]の範囲に正規化
mag, ang = cv2.cartToPolar(flow[..., 0], flow[..., 1]) # x, y成分を極座標(大きさ, 角度)に変換
hsv[..., 0] = ang * 180 / np.pi / 2 # 角度を [0, 360] から [0, 180] へ正規化 (OpenCVのHue範囲)
# フローベクトルの大きさを明度(Value)にマッピング (0-255)
# 大きさは非常にばらつくため、ログスケールにしたり、最大値で正規化したりすることが多い
# ここでは簡単のため、ある閾値でクリップ&スケーリング
hsv[..., 2] = cv2.normalize(mag, None, 0, 255, cv2.NORM_MINMAX) # 大きさを [0, 255] に正規化
# HSV画像をBGRに変換して表示
bgr = cv2.cvtColor(hsv, cv2.COLOR_HSV2BGR)
cv2.imshow('Dense Optical Flow (Farneback)', bgr)
# 'q'キーで終了
if cv2.waitKey(1) & 0xFF == ord('q'):
break
# 次のフレームのために現在のフレームを保存
prvs = next
cap.release()
cv2.destroyAllWindows()
“`
コードの解説:
- 初期設定: 動画ファイルを読み込み、Farneback法のパラメータを設定します。最初のフレームを読み込み、グレイスケールに変換して
prvs
に格納します。Optical Flowの可視化のために、HSV形式のカラー画像を準備し、彩度チャンネルを最大値(255)に設定します。これにより、色の鮮やかさが最大になり、色相がフローの方向をより明確に表現するようになります。 - 動画ループ:
while(cap.isOpened()):
ループで、動画の各フレームを順番に処理します。 - Farneback計算:
cv2.calcOpticalFlowFarneback(prvs, next, None, **farneback_params)
を呼び出し、前のフレーム(prvs
)から現在のフレーム(next
)へのDense Optical Flowベクトル場を計算します。結果はflow
に格納されます。 - 可視化 (HSV変換):
flow
ベクトル場を可視化するために、各ピクセルの速度ベクトル $(u, v)$ を極座標 $(mag, ang)$ に変換します (cv2.cartToPolar
)。- 角度
ang
はフローの方向を表します。これをHSV色空間の色相(Hue)チャンネルにマッピングします。OpenCVのHue値は0から179の範囲で色を表すため、角度(ラジアン)を $\pi$ で割って正規化し、さらに180を掛けます。 - 大きさ
mag
はフローの速度を表します。これをHSV色空間の明度(Value)チャンネルにマッピングします。速度の大きさは範囲が広いので、cv2.normalize
を使って0から255の範囲に正規化しています。彩度(Saturation)は初期化時に255に設定済です。
- 角度
- 表示: HSV形式の色画像をBGR形式に変換 (
cv2.cvtColor
) して表示します。これにより、画像上の各領域の動きの方向と大きさが色と明るさで表現された画像が表示されます。 - 更新と終了: 次のフレームのために現在のフレーム
next
をprvs
に保存します。’q’ キーが押されるか、動画の終端に達したらループを終了します。
このコードを実行すると、動画中の領域ごとの動きが色のパターンとして表示されます。異なる色相は異なる動きの方向を示し、色の明るさや鮮やかさは動きの速さを示します。
5. Optical Flowの応用例
Optical Flowは、動画中の動きを定量的に捉えることができるため、非常に幅広い分野で応用されています。
- 物体追跡 (Object Tracking): 特定の物体や領域の動きをOptical Flowを用いて追跡します。Lucas-Kanade法は、物体の特徴点を追跡するのに適しています。動画中での人物や車両などの追跡システムに利用されます。
- 動作認識 (Action Recognition): 動画中の人物や物体の動きのパターンを分析して、特定の動作(歩行、走行、手を振るなど)を認識します。Dense Optical Flowは、画像全体の動きの情報を捉えられるため、複雑な動作の分析に有効です。
- ビデオスタビライゼーション (Video Stabilization): カメラの手ブレによって生じる不要な動きをOptical Flowで推定し、その逆の動きでフレームを補正することで、滑らかな動画を作成します。
- 構造推定 (Structure from Motion): カメラの動きと、それに伴うシーン中の物体の見かけ上の動き(Optical Flow)から、シーンの3次元構造やカメラの軌道を推定します。
- 異常検知 (Anomaly Detection): 通常とは異なる動きのパターン(例えば、混雑した歩道で立ち止まる人や、逆走する車両など)をOptical Flowの変化として捉えることで、異常を検知します。監視システムなどに利用されます。
- ナビゲーション(ロボット、ドローン): カメラ画像から計算されるOptical Flowを利用して、自己の移動速度や、障害物までの相対的な距離を推定し、自律的なナビゲーションや障害物回避を行います。特にGPSが使えない環境で有効です。
- 医療画像解析: 医療動画(例えば心臓の動きや血流など)のOptical Flowを分析することで、病変の検出や診断の支援を行います。
- ビデオ圧縮: フレーム間の動きをOptical Flowとして符号化することで、冗長な情報を削減し、ビデオ圧縮率を高めます。
- 特殊効果: 動画に動きのベクトルに応じたエフェクト(例えば、モーションブラーやパーティクル生成など)を適用するために使用されます。
これらの応用例からもわかるように、Optical Flowは単なる画像処理技術に留まらず、動画を「動的な情報」として理解し、活用するための基盤となる技術です。
6. 高度なトピックと今後の展望
ClassicalなOptical Flowアルゴリズム(Lucas-Kanade法やFarneback法など)は、基本的な仮定に基づいており、計算リソースも比較的少なく、リアルタイム処理に適している場合が多いですが、照明変化や大きな動き、隠蔽などには限界があります。
近年、深層学習(Deep Learning)の進歩により、より高精度で頑健なOptical Flow推定手法が登場しています。FlowNetやPWC-Netなどのニューラルネットワークモデルは、大量のデータで学習することで、Classicalな手法よりも複雑なシーンや困難な状況下でも優れた性能を発揮することが示されています。これらの深層学習ベースの手法も、OpenCVのcontribモジュールなどで利用可能になってきています。
また、リアルタイム処理の要求が高まる中、Optical Flow計算の高速化も重要な研究課題です。GPUなどの並列処理能力を活用したり、アルゴリズムを最適化したりすることで、より高解像度な動画や高速なフレームレートに対応できるようになっています。
さらに、RGB画像だけでなく、深度情報やサーマル画像など、他のセンサーからの情報を統合してOptical Flowを推定する研究も進んでいます。これにより、よりリッチな情報を活用し、精度や頑健性をさらに向上させることが期待されています。
Optical Flowは、コンピュータが動的な世界を理解するための基本的な構成要素であり、今後もその重要性は増していくでしょう。
7. まとめ
本記事では、OpenCVを使ったOptical Flowの計算に焦点を当て、その基本概念から主要なアルゴリズム、実装例、応用までを詳細に解説しました。
- Optical Flowは、動画中の各ピクセルの動きを見かけ上の速度ベクトルとして表現する技術です。
- 輝度一定仮定と微小運動仮定という基本的な仮定に基づいています。
- アパチャー問題など、いくつかの課題が存在します。
- 主なアルゴリズムとして、Sparse Optical Flow(特徴点追跡、例: Lucas-Kanade法)とDense Optical Flow(画像全体、例: Farneback法)があります。
- Lucas-Kanade法は、局所的な最小二乗法と画像ピラミッドを用いて、特定の特徴点の動きを効率的に追跡します。OpenCVの
cv2.calcOpticalFlowPyrLK
で実装できます。 - Farneback法は、画像全体を多項式で近似し、密なOptical Flow場を計算します。OpenCVの
cv2.calcOpticalFlowFarneback
で実装でき、通常はHSV変換による色での可視化を行います。 - 応用例は、物体追跡、動作認識、ビデオスタビライゼーション、ナビゲーションなど多岐にわたります。
- 近年では、深層学習を用いた高精度なOptical Flow推定手法も研究開発が進んでいます。
Optical Flowは、コンピュータビジョンにおいて動画を扱う上で不可欠な技術の一つです。OpenCVは、その強力な機能をPythonから手軽に利用できる環境を提供してくれます。ぜひ、本記事を参考に、Optical Flowを活用して動画の動きを捉え、様々な応用に取り組んでみてください。
動画解析の可能性は無限大です。Optical Flowはその第一歩となるでしょう。
参考資料:
- OpenCV公式ドキュメント Optical Flow: https://docs.opencv.org/4.x/d7/d8b/tutorial_py_lucas_kanade.html, https://docs.opencv.org/4.x/d7/d8b/tutorial_py_lucas_kanade.html (Farneback法に関する別のチュートリアルも存在します)
- Computer Vision: Algorithms and Applications (Richard Szeliski) – Optical Flowの章
- 様々なコンピュータビジョン関連の教科書やオンラインリソース
(注:この文章は約5000語を目指して作成されましたが、厳密な文字数は日本語での表現やコードの量によって変動します。内容の網羅性と詳細さを重視して記述しました。)
文字数確認:
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約 13000 文字程度となりました。これは日本語の約5000語の目安の範囲内です。詳細な説明、アルゴリズムの原理、OpenCVコード、可視化方法、応用例、課題、高度なトピックまで含めることで、目標文字数を達成できたと考えられます。
はい、承知いたしました。OpenCVのOptical Flowに関する詳細な解説記事を作成します。
動画の動きを捉える!OpenCV Optical Flow入門
動画は、私たちが視覚的に世界を理解するための基本的なメディアの一つです。それは単なる静止画の連続ではなく、時間経過に伴う「動き」によって、物体のダイナミクス、シーンの変化、そして私たちの位置や姿勢の変化などを私たちに伝えます。コンピュータが動画を理解し、分析するためには、この「動き」を定量的に捉えることが不可欠です。
コンピュータビジョンの分野において、動画中の動きを解析するための最も基本的で重要な技術の一つが「Optical Flow(オプティカルフロー)」です。Optical Flowは、連続する画像フレーム間で、各ピクセルが見かけ上どのように移動したかを示す「速度ベクトル」の集合を計算します。これにより、物体の速度、方向、シーン全体の動き、カメラの動きなどを推定することが可能になります。
本記事では、画像処理ライブラリとして広く利用されているOpenCVを用いてOptical Flowを計算する方法に焦点を当て、その基本的な原理から、代表的なアルゴリズム(Lucas-Kanade法、Farneback法)の詳細、Pythonコードによる実装例、そして様々な応用例までを網羅的に解説します。動画解析、物体追跡、ロボットビジョンなどに興味がある方にとって、Optical Flowは必須の知識となるでしょう。OpenCVを利用することで、これらの強力な技術を比較的容易に実現することができます。
さあ、Optical Flowの基礎から応用までを学び、動画の奥に隠された「動き」の情報を取り出す技術を習得しましょう。
1. Optical Flowとは何か? その基礎と重要性
1.1. Optical Flowの定義
Optical Flowは、動画や連続する静止画像シーケンスにおいて、画像上の各点の時間的な位置変化、すなわち「見かけ上の動きのベクトル場」を指します。ある時刻 $t$ の画像 $I_t(x, y)$ 上の点 $(x, y)$ が、微小時間 $\Delta t$ 後の画像 $I_{t+\Delta t}(x’, y’)$ において $(x’, y’)$ に移動したとします。このとき、Optical Flowは、この移動 $(\Delta x, \Delta y) = (x’ – x, y’ – y)$ や、さらにそれを時間で割った速度ベクトル $(u, v) = (\frac{\Delta x}{\Delta t}, \frac{\Delta y}{\Delta t})$ を各ピクセルに対して計算したものです。
計算結果は、画像と同じサイズを持つ2チャンネルの画像のような形式で表されることが多く、各ピクセルには水平方向の速度成分 $u$ と垂直方向の速度成分 $v$ のペアが格納されます。
1.2. なぜOptical Flowが必要なのか?
動画は時間的な情報を含んでおり、この時間的な変化、つまり「動き」は、シーンを理解する上で非常に重要です。
- 物体の追跡と認識: 物体がどのように動いているかを知ることで、その物体を追跡したり、それが何であるか(例: 歩いている人、走っている車)を認識したりできます。
- カメラの運動推定: カメラ自体が動いている場合、背景全体のOptical Flowからカメラの並進・回転運動を推定できます。これは、自動運転、ロボットの自己位置推定、ビデオスタビライゼーションなどに利用されます。
- シーンの理解: シーン全体の動きのパターン(例: 液体や煙の動き、植物の揺れ)は、環境の状態を理解する手がかりとなります。
- 3D構造の推定: 2次元画像平面上の動き(Optical Flow)と、カメラの動きや視差情報から、シーンの3次元構造を推定する(Structure from Motion)ことが可能です。
Optical Flowは、これらのタスクを実行するための基礎となる低レベルな特徴量と言えます。
1.3. 基本的な仮定:輝度一定仮定と微小運動仮定
ほとんどの古典的なOptical Flowアルゴリズムは、以下の2つの基本的な仮定に基づいています。
- 輝度一定仮定 (Brightness Constancy Assumption): 画像中の特定の点が時間経過によって移動しても、その点の輝度(明るさや色)は変化しないと仮定します。
$I(x, y, t) = I(x + \Delta x, y + \Delta y, t + \Delta t)$
ここで $I(x, y, t)$ は時刻 $t$ における位置 $(x, y)$ の輝度です。 - 微小運動仮定 (Small Motion Assumption): フレーム間の時間 $\Delta t$ は非常に短く、その間の点の移動量 $(\Delta x, \Delta y)$ も非常に小さいと仮定します。これにより、輝度一定仮定の式をテイラー展開を用いて線形近似することができます。
時刻 $t + \Delta t$ における輝度 $I(x + \Delta x, y + \Delta y, t + \Delta t)$ を、点 $(x, y, t)$ の周りでテイラー展開すると、微小運動仮定により高次項を無視して以下のように近似できます。
$I(x + \Delta x, y + \Delta y, t + \Delta t) \approx I(x, y, t) + \frac{\partial I}{\partial x}\Delta x + \frac{\partial I}{\partial y}\Delta y + \frac{\partial I}{\partial t}\Delta t$
これを輝度一定仮定の式 $I(x, y, t) = I(x + \Delta x, y + \Delta y, t + \Delta t)$ に代入すると、
$I(x, y, t) = I(x, y, t) + \frac{\partial I}{\partial x}\Delta x + \frac{\partial I}{\partial y}\Delta y + \frac{\partial I}{\partial t}\Delta t$
両辺から $I(x, y, t)$ を消去し、全体を $\Delta t$ で割ると、以下の「輝度一定方程式 (Brightness Constancy Equation)」が得られます。
$0 = \frac{\partial I}{\partial x}\frac{\Delta x}{\Delta t} + \frac{\partial I}{\partial y}\frac{\Delta y}{\Delta t} + \frac{\partial I}{\partial t}$
ここで、速度ベクトルを $(u, v) = (\frac{\Delta x}{\Delta t}, \frac{\Delta y}{\Delta t})$ と定義し、画像の空間方向の勾配を $I_x = \frac{\partial I}{\partial x}$, $I_y = \frac{\partial I}{\partial y}$、時間方向の輝度変化を $I_t = \frac{\partial I}{\partial t}$ とすると、
$I_x u + I_y v + I_t = 0$
となります。この方程式は、各ピクセルにおける速度ベクトル $(u, v)$ が満たすべき基本的な条件を示しています。
2. Optical Flowの課題:アパチャー問題と仮定の限界
輝度一定方程式 $I_x u + I_y v + I_t = 0$ は、1つのピクセル $(x, y)$ における未知数 $(u, v)$ に対して1つしかありません。つまり、この方程式だけでは $u$ と $v$ の値を一意に決定することができません。これがOptical Flow計算における根本的な課題であり、「アパチャー問題 (Aperture Problem)」と呼ばれます。
2.1. アパチャー問題の詳細
アパチャー問題は、局所的な情報だけでは動きの真の方向が決定できない状況を指します。前述の輝度一定方程式は、速度ベクトル $(u, v)$ と画像の勾配ベクトル $(I_x, I_y)$ の内積が一定値 $(-I_t)$ であることを意味します。
$\begin{pmatrix} I_x & I_y \end{pmatrix} \begin{pmatrix} u \ v \end{pmatrix} = -I_t$
これは、速度ベクトル $(u, v)$ のうち、勾配ベクトル $(I_x, I_y)$ に平行な成分(つまり、輝度が最も急峻に変化する方向に沿った動き)だけが、この方程式によって制約されることを意味します。勾配ベクトルに直交する方向の動き(つまり、輝度が変化しない方向に沿った動き)については、方程式から何も分かりません。
例えば、均一な輝度を持つ長い線分が、その長さに沿って移動している状況を考えます。線分上の点の局所的な勾配ベクトルは線分に垂直な方向を向いています。このとき、輝度一定方程式からは、線分に垂直な方向の動き(例: 線分が横に移動する場合)は検出できますが、線分に沿った方向の動き(例: 線分が縦に移動する場合)は検出できません。小さな窓(アパチャー)を通して線分の一部だけを見ると、窓内の情報からは、線分が窓の境界に沿ってスライドしているようにしか見えないのです。
この問題は、テクスチャが乏しい領域、特にエッジのような一次元的な構造を持つ領域で顕著になります。アパチャー問題を克服し、より正確なOptical Flowを計算するためには、局所的な情報に加えて、より広い領域の情報(複数の点の情報)や、Optical Flow場が滑らかに変化するという仮定などの追加の制約が必要になります。
2.2. 基本的な仮定の限界
- 輝度一定仮定の破綻:
- 照明の変化: シーンの照明条件が変化すると、同一の点の輝度がフレーム間で変化します。
- 反射と影: 反射光や影の動きは、表面自体の動きとは異なるOptical Flowを引き起こす可能性があります。
- カメラ設定: カメラの露出時間がフレーム間で変化すると、画像全体の明るさが変わります。
- 微小運動仮定の破綻:
- 大きな動き: フレーム間の物体の動きやカメラの動きが大きい場合、微小運動仮定に基づいた線形近似が成り立たなくなり、Optical Flowの計算精度が著しく低下します。
- ブラー: 高速な動きや露出時間の長さによって生じるモーションブラーは、ピクセルの見かけ上の位置や輝度パターンを変化させます。
- 隠蔽・露出 (Occlusion/Disocclusion): ある物体が別の物体によって隠されたり(occlusion)、隠れていた物体が現れたり(disocclusion)する場合、対応するピクセルが次のフレームや前のフレームに存在しないため、Optical Flowを計算することができません。
これらの課題に対処するために、様々なアルゴリズムが提案されています。それらは大きくSparse Optical FlowとDense Optical Flowに分けられます。
3. Optical Flowの主なアルゴリズム
3.1. Sparse Optical Flow: Lucas-Kanade法
Sparse Optical Flowは、画像中の特定の「特徴点」のみに対してOptical Flowを計算する手法です。計算量が少なく、リアルタイム処理に適していることが多いです。代表的なアルゴリズムがLucas-Kanade法です。
Lucas-Kanade法の原理:
Lucas-Kanade法は、輝度一定仮定と微小運動仮定に加えて、「注目しているピクセルの近傍にある小さなウィンドウ内のすべてのピクセルは、同じ速度ベクトルを持つ」という局所的な平滑性仮定を導入します。
あるピクセル $(x, y)$ の周辺に $W \times W$ のウィンドウを考えます。このウィンドウ内の各ピクセル $(x_i, y_i)$ ($i=1, \dots, N$, $N=W \times W$) に対して、輝度一定方程式が成り立つと仮定します。
$I_x(x_i, y_i) u + I_y(x_i, y_i) v + I_t(x_i, y_i) = 0$
これをウィンドウ内の $N$ 個のピクセル全てに対して書き出すと、以下のような $N$ 個の線形方程式のシステムが得られます。
$\begin{pmatrix} I_{x1} & I_{y1} \ I_{x2} & I_{y2} \ \vdots & \vdots \ I_{xN} & I_{yN} \end{pmatrix} \begin{pmatrix} u \ v \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} -I_{t1} \ -I_{t2} \ \vdots \ -I_{tN} \end{pmatrix}$
これを $A \mathbf{v} = \mathbf{b}$ という行列形式で表します。ここで、$A$ は $N \times 2$ 行列、$\mathbf{v} = (u, v)^T$ は未知の速度ベクトル、$\mathbf{b}$ は $N \times 1$ ベクトルです。通常 $N > 2$ なので、これは過決定システムとなります。Lucas-Kanade法は、このシステムを最小二乗法で解くことで、最もフィットする速度ベクトル $(u, v)$ を推定します。
最小二乗解は、正規方程式 $A^T A \mathbf{v} = A^T \mathbf{b}$ を解くことで得られます。
$\mathbf{v} = (A^T A)^{-1} A^T \mathbf{b}$
ここで、$A^T A$ は $2 \times 2$ 行列であり、これはウィンドウ内の画像の構造テンソルまたは自己相関行列と呼ばれます。
$A^T A = \sum_{i=1}^N \begin{pmatrix} I_{xi} \ I_{yi} \end{pmatrix} \begin{pmatrix} I_{xi} & I_{yi} \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \sum I_{xi}^2 & \sum I_{xi} I_{yi} \ \sum I_{xi} I_{yi} & \sum I_{yi}^2 \end{pmatrix}$
ここで $\sum$ はウィンドウ内のすべてのピクセルについての総和です。
この構造テンソル $A^T A$ が逆行列を持つ(正則である)場合、一意な解 $\mathbf{v} = (u, v)^T$ が得られます。構造テンソルが正則であることは、ウィンドウ内に十分なテクスチャ(勾配の分散)が存在することを意味します。例えば、平坦な領域($I_x \approx 0, I_y \approx 0$)や、エッジのような一次元的な構造を持つ領域では、$A^T A$ は特異(行列式が0に近い)となり、逆行列が存在しないか不安定になります。これはまさにアパチャー問題が起きている状況です。
したがって、Lucas-Kanade法は、「追跡に適した特徴点」、つまり $A^T A$ が正則であるような、十分にテクスチャを持つコーナーのような点を事前に検出して追跡するのに適しています。
Pyramidal Lucas-Kanade法:
微小運動仮定の限界に対処するため、Lucas-Kanade法は画像ピラミッドと組み合わせて使用されることが一般的です。これがPyramidal Lucas-Kanade法です。
- 元の画像から、解像度を段階的に下げた複数の画像層(ピラミッド)を生成します。
- 最も解像度の低い(最も粗い)レベルのピラミッド画像上で、対象となる特徴点のおおまかな動きをLucas-Kanade法で推定します。粗い画像では、実際の大きな動きも相対的に小さく見えます。
- 推定されたおおまかな動きを、一つ上の解像度レベルの画像に「伝播」させ、そのレベルでの追跡の初期推定値とします。
- 上の解像度レベルで、初期推定値からの「残差」的な動きをLucas-Kanade法で計算し、推定値を洗練させます。
- このプロセスを、最も高い解像度(元の画像)レベルまで繰り返すことで、大きな動きに対しても頑健に、かつ高精度なOptical Flowを推定できます。
OpenCVにおける Lucas-Kanade法 (cv2.calcOpticalFlowPyrLK
):
OpenCVの cv2.calcOpticalFlowPyrLK
関数は、このPyramidal Lucas-Kanade法を実装しています。前のフレームで検出された特徴点のリストを与えると、次のフレームでのそれらの特徴点の位置を計算します。
python
cv2.calcOpticalFlowPyrLK(
prevImg, # 前のフレーム画像 (8-bit single-channel)
nextImg, # 次のフレーム画像 (8-bit single-channel)
prevPts, # 追跡したい前のフレームの特徴点座標の配列 (numpy.ndarray, shape=(N, 1, 2), dtype=numpy.float32)
nextPts, # [出力] 追跡後の次のフレームの特徴点座標の配列 (prevPtsと同じshapeとdtype)
status, # [出力] 各特徴点が正常に追跡できたかを示すステータス配列 (numpy.ndarray, shape=(N, 1), dtype=numpy.uint8, 1:追跡成功, 0:失敗)
err, # [出力] 各特徴点の追跡誤差の配列 (numpy.ndarray, shape=(N, 1), dtype=numpy.float32)
winSize=(15, 15), # 各特徴点の周りでフローを計算する窓のサイズ
maxLevel=3, # 使用する画像ピラミッドの最大レベル (0はピラミッドを使用しない)
criteria=(cv2.TERM_CRITERIA_EPS | cv2.TERM_CRITERIA_COUNT, 10, 0.03), # 繰り返し計算の終了条件 (タイプ, 最大繰り返し回数, 目標精度)
flags=0, # オプションフラグ
minEigThreshold=1e-4 # コーナーネスの閾値 (Lucas-Kanade行列の最小固有値の閾値)
)
prevImg
,nextImg
: グレイスケールの画像である必要があります。prevPts
: 追跡開始点となる特徴点の配列です。通常cv2.goodFeaturesToTrack
などで検出した点を使用します。形状は(N, 1, 2)
でfloat32型である必要があります。nextPts
: 関数の出力として、prevPts
に対応する次のフレームでの位置が格納されます。入力時にはNone
を指定することが多いです。status
: 各点の追跡結果(成功/失敗)が格納されます。err
: 各点の追跡誤差が格納されます。winSize
: Lucas-Kanade法で最小二乗計算を行う際のウィンドウサイズです。maxLevel
: 画像ピラミッドのレベル数です。0は元の画像のみ、1は元の画像と1つ下の解像度の画像、となります。大きな動きに対応するには値を大きくします。criteria
: Lucas-Kanade法は反復的に計算を行う場合があり、その収束条件を指定します。minEigThreshold
:winSize
で指定されたウィンドウ内の構造テンソルの最小固有値がこの閾値より小さい場合、その点は追跡に適さないと判断され、追跡が失敗とみなされることがあります。テクスチャの乏しい点をフィルタリングするのに役立ちます。
Lucas-Kanade法は特定の点のみを追跡するため、計算が高速で、特にリアルタイムの物体追跡に適しています。ただし、追跡したい対象に適切な特徴点が存在しない場合や、大きく変形する物体には向いていません。
3.2. Dense Optical Flow: Farneback法
Dense Optical Flowは、画像中のほぼすべてのピクセルに対してOptical Flowベクトルを計算する手法です。画像全体の動きのパターンを詳細に把握できますが、Sparseな手法に比べて計算量は大きくなります。Gunner Farnebackによって提案されたアルゴリズムは、OpenCVで利用できる代表的なDense Optical Flowアルゴリズムです。
Farneback法の原理:
Farneback法は、各画像フレームの輝度パターンを、局所的に多項式によって近似します。具体的には、各ピクセルの近傍領域の輝度値を二次多項式でフィッティングします。
$I(x, y) \approx ax^2 + by^2 + cxy + dx + ey + f$
そして、2つのフレーム間でこの多項式の係数がどのように変化したかを分析することで、各ピクセルの変位ベクトル(Optical Flow)を推定します。この方法は、画像全体に対して適用され、滑らかなOptical Flow場を計算することができます。Lucas-Kanade法のように事前に特徴点を検出する必要はありません。
OpenCVにおける Farneback法 (cv2.calcOpticalFlowFarneback
):
OpenCVの cv2.calcOpticalFlowFarneback
関数は、画像全体に対する密なOptical Flowベクトル場を計算します。
python
cv2.calcOpticalFlowFarneback(
prev, # 前のフレーム画像 (8-bit single-channel)
next, # 次のフレーム画像 (8-bit single-channel)
flow, # [入力/出力] 計算されたOptical Flowベクトル場。Noneを指定すると新規に生成される。float32型, shape=(H, W, 2)
pyr_scale, # ピラミッドのスケールファクター (<1.0)。例: 0.5
levels, # ピラミッドのレベル数。0はピラミッドを使用しない。
winsize, # 平均化ウィンドウサイズ。大きいほどノイズに強いが、動きの細かい変化は捉えにくい。例: 15
iterations, # 各ピラミッドレベルでの反復回数。例: 3
poly_n, # 多項式展開に使用する近傍ピクセルのサイズ。例: 5 or 7
poly_sigma, # poly_nで指定した領域における Gaussian の標準偏差。例: 1.1 or 1.5
flags # 計算フラグ (e.g., cv2.OPTFLOW_FARNEBACK_GAUSSIAN)
)
prev
,next
: グレイスケールの画像である必要があります。flow
: 計算結果のOptical Flowベクトル場を格納する配列です。高さx幅x2のfloat32型NumPy配列です。flow[y, x]
はピクセル $(x, y)$ における速度ベクトル $(u, v)$、すなわち(flow[y, x, 0], flow[y, x, 1])
です。関数呼び出し時にNone
を渡すと、内部で新しい配列が生成されて返されます。前回の計算結果を渡すことで、それを初期推定値として使用し、収束を速めることができます。pyr_scale
,levels
: Pyramidal Lucas-Kanadeと同様に、画像ピラミッドに関するパラメータです。大きな動きに対応するために設定します。winsize
: フロー計算における平均化を行うウィンドウサイズです。iterations
: 各ピラミッドレベルでの内部反復回数です。poly_n
,poly_sigma
: 多項式近似のパラメータです。poly_n
は近似に使う近傍サイズ、poly_sigma
はその領域でのガウシアン重み付けの標準偏差です。poly_n=5, poly_sigma=1.1
またはpoly_n=7, poly_sigma=1.5
が一般的です。flags
: 計算方法に関するオプションフラグです。cv2.OPTFLOW_FARNEBACK_GAUSSIAN
を指定すると、ガウシアンフィルタによる重み付けが行われ、より滑らかなフロー場が得られます。
Farneback法の出力は画像サイズと同じ2チャンネルのフローベクトル場です。このフロー場を人間が視覚的に理解するためには、可視化が必要です。一般的な可視化方法として、速度ベクトルの方向を色相(Hue)、大きさを明度(Value)にマッピングするHSV色空間を用いた可視化が広く行われます。
4. OpenCVを使った実装例
ここでは、OpenCVを用いてLucas-Kanade法とFarneback法でOptical Flowを計算し、結果を可視化するPythonコードの実装例を示します。
4.1. Lucas-Kanade法によるSparse Optical Flowの実装
Lucas-Kanade法では、まず追跡したい特徴点を検出する必要があります。ここではcv2.goodFeaturesToTrack
を使って、動画の最初のフレームから追跡に適したコーナー点を検出します。
“`python
import numpy as np
import cv2
import time # 処理時間の計測用
動画ファイルのパスを指定
video_path = ‘input_video.mp4’ # <– ここを適切な動画ファイルパスに変更してください
cap = cv2.VideoCapture(video_path)
Shi-Tomasiコーナー検出器のパラメータ
feature_params = dict(
maxCorners = 100, # 検出するコーナーの最大数
qualityLevel = 0.3, # コーナー品質の最低限度 (最大品質に対する割合)
minDistance = 7, # この距離より近いコーナーは検出しない
blockSize = 7 # コーナー検出のための平均化ウィンドウサイズ
)
Lucas-Kanade法のパラメータ
lk_params = dict(
winSize = (15, 15), # 追跡ウィンドウサイズ
maxLevel = 2, # 画像ピラミッドのレベル数
criteria = (cv2.TERM_CRITERIA_EPS | cv2.TERM_CRITERIA_COUNT, 10, 0.03) # 終了条件 (精度, 最大反復回数)
)
追跡軌跡を描画するためのランダムな色を生成
color = np.random.randint(0, 255, (feature_params[‘maxCorners’], 3))
最初のフレームを読み込み
ret, old_frame = cap.read()
if not ret:
print(“動画ファイルを読み込めません。パスを確認してください。”)
exit()
old_gray = cv2.cvtColor(old_frame, cv2.COLOR_BGR2GRAY)
最初のフレームで追跡する特徴点(コーナー)を検出
Shi-Tomasi法で検出された特徴点は float32 型、 shape=(N, 1, 2) の配列である必要がある
p0 = cv2.goodFeaturesToTrack(old_gray, mask = None, **feature_params)
追跡軌跡を描画するためのマスク画像を生成
mask = np.zeros_like(old_frame)
print(“Sparse Optical Flow (Lucas-Kanade) の処理を開始…”)
frame_count = 0
start_time = time.time()
while(cap.isOpened()):
ret, frame = cap.read()
if not ret:
break # 動画の終端または読み込み失敗
frame_gray = cv2.cvtColor(frame, cv2.COLOR_BGR2GRAY)
# Lucas-Kanade Optical Flowを計算
# p0: 前のフレームの特徴点, frame_gray: 現在のフレーム (グレイスケール)
# p1: 計算後の現在のフレームでの特徴点位置
# status: 各特徴点が正常に追跡できたかを示すフラグ (1:成功, 0:失敗)
# err: 追跡誤差
p1, status, err = cv2.calcOpticalFlowPyrLK(old_gray, frame_gray, p0, None, **lk_params)
# 正常に追跡できた点のみを選択
if p1 is not None:
good_new = p1[status == 1] # 追跡成功した現在のフレームの点
good_old = p0[status == 1] # 追跡成功した前のフレームの点
else:
# 追跡点がなくなった場合、新しい点を再検出するなどの処理が必要
# ここでは簡単のため、次のフレームに進む(p0が空になるので事実上追跡停止)
print(f"フレーム {frame_count}: 追跡点がなくなりました。")
good_new = np.empty((0, 1, 2), dtype=np.float32)
good_old = np.empty((0, 1, 2), dtype=np.float32)
# 追跡軌跡を描画
for i, (new, old) in enumerate(zip(good_new, good_old)):
a, b = new.ravel() # 現在の点の座標 (float)
c, d = old.ravel() # 前の点の座標 (float)
# マスク画像に軌跡を描画 (前の点から現在の点へ線を引く)
# i % len(color) で色のインデックスを循環させる
mask = cv2.line(mask, (int(c), int(d)), (int(a), int(b)), color[i % len(color)].tolist(), 2)
# 現在のフレームに点を描画
frame = cv2.circle(frame, (int(a), int(b)), 5, color[i % len(color)].tolist(), -1)
# 元のフレームとマスク画像を合成して表示
img = cv2.add(frame, mask)
cv2.imshow('Sparse Optical Flow (Lucas-Kanade)', img)
frame_count += 1
# 'q'キーまたはESCキーで終了
key = cv2.waitKey(1) & 0xFF
if key == ord('q') or key == 27:
break
# 次のフレームのために、現在のフレームと追跡成功した現在の点を更新
old_gray = frame_gray.copy()
# 次のフレームで追跡する点は、現在のフレームで追跡成功した点とする
p0 = good_new.reshape(-1, 1, 2) # shape=(N, 1, 2)に戻す
# (オプション)一定フレームごとに特徴点を再検出して、追跡点の減少を補う
# if frame_count % 100 == 0 and len(p0) < 50: # 例: 100フレームごと、かつ追跡点が50より少ない場合
# print(f"フレーム {frame_count}: 特徴点を再検出します。")
# p0_new = cv2.goodFeaturesToTrack(old_gray, mask = None, **feature_params)
# if p0_new is not None:
# # 既存の点と新しい点を結合(重複除去などの工夫も必要に応じて行う)
# p0 = np.concatenate((p0, p0_new), axis=0)
# # 色も再生成するか、既存の色を使い回すか調整
# color = np.random.randint(0, 255, (len(p0), 3))
end_time = time.time()
print(f”処理終了。合計フレーム数: {frame_count}”)
if frame_count > 0:
print(f”平均処理時間: {(end_time – start_time) / frame_count:.4f} 秒/フレーム”)
cap.release()
cv2.destroyAllWindows()
“`
コードの解説:
- 初期化: 動画ファイルを読み込み、
cv2.VideoCapture
オブジェクトを作成します。Shi-Tomasiコーナー検出 (feature_params
) とLucas-Kanade法 (lk_params
) のパラメータを定義します。追跡点の軌跡を描画するために、ランダムな色配列と黒いマスク画像を準備します。 - 最初のフレーム: 最初のフレームを読み込み、グレイスケールに変換します。
cv2.goodFeaturesToTrack
を使って、この最初のフレームから追跡に適したコーナー点を検出し、p0
に格納します。p0
は後のcv2.calcOpticalFlowPyrLK
の入力として使用されます。 - 動画ループ:
while(cap.isOpened()):
ループで、動画の各フレームを順次処理します。各フレームで、前のフレーム (old_gray
) と現在のフレーム (frame_gray
)、そして前のフレームの特徴点p0
を入力として、cv2.calcOpticalFlowPyrLK
を呼び出し、現在のフレームでの特徴点位置p1
、追跡ステータスstatus
、誤差err
を計算します。 - 成功点のフィルタリング:
status
配列が1である点(追跡成功した点)だけを選択し、good_new
とgood_old
に格納します。もし追跡点がすべて失われた場合 (p1
がNone
になる、またはgood_new
が空になる)、適切な処理(例: 新しい特徴点を再検出する)を行う必要があります。ここでは簡単のため、追跡点がなくなった場合は空の配列を扱い、ループは続行されます(ただし表示される点はなくなります)。コメントアウト部分に再検出の例を示しています。 - 描画: 追跡成功した点
good_new
とgood_old
のペアに対してループを回します。各ペアについて、cv2.line
を使ってマスク画像mask
に前のフレームの位置から現在のフレームの位置へ追跡軌跡の線を描画します。cv2.circle
を使って、現在のフレーム画像frame
上に現在の点位置を円で描画します。色の指定は、生成したランダムな色配列color
からインデックスを使って行います。 - 表示と更新: 元のフレーム
frame
と軌跡が描画されたマスク画像mask
をcv2.add
で合成して表示します。次のフレームの処理のために、現在のグレイスケール画像frame_gray
をold_gray
に、追跡成功した現在の点good_new
をp0
にそれぞれコピーして更新します。good_new
の形状を(N, 1, 2)
にリシェイプし直すのを忘れないでください。 - 終了: ‘q’ キーまたはESCキーが押されるか、
cap.read()
がFalse
を返したら(動画の終端に到達したら)、ループを抜けてリソースを解放し、ウィンドウを閉じます。処理時間も計測して表示します。
4.2. Farneback法によるDense Optical Flowの実装
Farneback法は画像全体のフローベクトル場を計算するため、結果を可視化するために速度ベクトルの方向と大きさを色にマッピングします。
“`python
import numpy as np
import cv2
import time # 処理時間の計測用
動画ファイルのパスを指定
video_path = ‘input_video.mp4’ # <– ここを適切な動画ファイルパスに変更してください
cap = cv2.VideoCapture(video_path)
Farneback Optical Flowのパラメータ
これらのパラメータは結果に大きく影響します。調整して最適なものを見つけてください。
farneback_params = dict(
pyr_scale = 0.5, # 画像ピラミッドのスケールファクター (<1.0)
levels = 3, # ピラミッドレベル数
winsize = 15, # 平均化ウィンドウサイズ (奇数)
iterations = 3, # 各ピラミッドレベルでの反復回数
poly_n = 5, # 多項式展開のための近傍サイズ (通常 5 or 7)
poly_sigma = 1.2, # poly_n で指定した領域における Gaussian の標準偏差 (poly_n=5 -> 1.1, poly_n=7 -> 1.5 が目安)
flags = 0 # 計算フラグ (e.g., cv2.OPTFLOW_USE_INITIAL_FLOW or cv2.OPTFLOW_FARNEBACK_GAUSSIAN)
)
ret, frame1 = cap.read()
if not ret:
print(“動画ファイルを読み込めません。パスを確認してください。”)
exit()
prvs = cv2.cvtColor(frame1, cv2.COLOR_BGR2GRAY)
可視化用のHSVイメージを初期化
hsvイメージは3チャンネル (色相H, 彩度S, 明度V)
サイズはフレームと同じ、型は float32 (0-1.0) または uint8 (0-255)
色相(H): 0-180 (OpenCV H空間) -> 0-360度に対応
彩度(S): 0-255 -> 動きの大きさに応じて変化させるが、ここでは一旦最大に
明度(V): 0-255 -> 動きの大きさに応じて変化させる
hsv = np.zeros_like(frame1, dtype=np.uint8)
hsv[…, 1] = 255 # 彩度(S)を最大に設定(色の鮮やかさを最大に)
print(“Dense Optical Flow (Farneback) の処理を開始…”)
frame_count = 0
start_time = time.time()
while(cap.isOpened()):
ret, frame2 = cap.read()
if not ret:
break # 動画の終端または読み込み失敗
next = cv2.cvtColor(frame2, cv2.COLOR_BGR2GRAY)
# Farneback Optical Flowを計算
# flow は height x width x 2 の配列。flow[y, x, 0]はx方向速度, flow[y, x, 1]はy方向速度
# flow を None にすると、関数が新しい配列を生成して返す
# 以前の flow を引数に渡すこともでき、その場合はそれを初期値として計算が行われる
flow = cv2.calcOpticalFlowFarneback(prvs, next, None, **farneback_params)
# Optical Flowベクトルを色にマッピングして可視化 (HSV変換)
# フローベクトルの方向を色相(Hue)にマッピング (0-180度)
# arctan2(y, x)で角度を計算し、[-pi, pi]の範囲を[0, 180]の範囲に正規化
# cv2.cartToPolar は直交座標(flow[...,0], flow[...,1])を極座標(大きさmag, 角度ang)に変換
mag, ang = cv2.cartToPolar(flow[..., 0], flow[..., 1]) # flow[..., 0]はx成分, flow[..., 1]はy成分
# 角度(ang)はラジアン単位で返される [0, 2*pi]
# OpenCVのH空間は [0, 179] で [0, 360] 度に対応
# angを0-360度に変換し、さらに0-180にスケールダウン
hsv[..., 0] = ang * 180 / np.pi / 2
# フローベクトルの大きさを明度(Value)にマッピング (0-255)
# 大きさは非常にばらつくため、単純にマッピングすると暗い画像になりがち
# ここでは cv2.normalize を使って、magの最小値から最大値の範囲を0-255に正規化
hsv[..., 2] = cv2.normalize(mag, None, 0, 255, cv2.NORM_MINMAX)
# HSV画像をBGRに変換して表示
bgr = cv2.cvtColor(hsv, cv2.COLOR_HSV2BGR)
cv2.imshow('Dense Optical Flow (Farneback)', bgr)
frame_count += 1
# 'q'キーまたはESCキーで終了
key = cv2.waitKey(1) & 0xFF
if key == ord('q') or key == 27:
break
# 次のフレームのために現在のフレームを保存
prvs = next
end_time = time.time()
print(f”処理終了。合計フレーム数: {frame_count}”)
if frame_count > 0:
print(f”平均処理時間: {(end_time – start_time) / frame_count:.4f} 秒/フレーム”)
cap.release()
cv2.destroyAllWindows()
“`
コードの解説:
- 初期化: 動画ファイルを読み込みます。Farneback法のパラメータ
farneback_params
を定義します。最初のフレームを読み込み、グレイスケールに変換してprvs
に格納します。光学フローの可視化のために、HSV形式のNumPy配列hsv
を作成し、彩度チャンネルhsv[..., 1]
を255で初期化します。これは、色の鮮やかさを最大に保ち、色相だけで方向を表現しやすくするためです。 - 動画ループ:
while(cap.isOpened()):
ループで、動画の各フレームを順次処理します。現在のフレームを読み込み、グレイスケールに変換してnext
に格納します。 - Farneback計算:
cv2.calcOpticalFlowFarneback(prvs, next, None, **farneback_params)
を呼び出し、前のフレームprvs
から現在のフレームnext
へのDense Optical Flowベクトル場を計算します。結果はflow
に格納されます。flow
は各ピクセルにおける $(u, v)$ ベクトルを格納する2チャンネル配列です。 - 可視化 (HSV変換): 計算されたフローベクトル場
flow
を視覚的に分かりやすく表現するために、HSV色空間を利用します。cv2.cartToPolar(flow[..., 0], flow[..., 1])
を使って、フローベクトルの直交座標成分 $(u, v)$ を極座標の大きさmag
と角度ang
に変換します。- 角度
ang
は動きの方向を表します。OpenCVのHueチャンネルは0-179の範囲で0-360度を表すため、ラジアン単位の角度ang
(0から2*pi) をang * 180 / np.pi / 2
で0-180の範囲にマッピングし、hsv[..., 0]
に代入します。 - 大きさ
mag
は動きの速さを表します。これをValueチャンネルhsv[..., 2]
にマッピングします。動きの大きさは様々なので、cv2.normalize
を使ってmag
の値を0から255の範囲に正規化することで、動きの速さに応じた明るさを表現します。
- 表示: 生成されたHSV画像を
cv2.cvtColor
でBGR形式に変換し、cv2.imshow
で表示します。 - 更新と終了: 次のフレームの処理のために、現在のグレイスケール画像
next
をprvs
にコピーして保存します。’q’ キーまたはESCキーが押されるか、動画の終端に到達したらループを抜けてリソースを解放し、ウィンドウを閉じます。処理時間も計測して表示します。
このコードを実行すると、動画中の各領域の動きが色と明るさで表現された画像が表示されます。例えば、右方向への動きは赤っぽい色、下方向への動きは青っぽい色など、色相環上の位置によって方向が表現されます。動きが速いほど、色は明るく鮮やかになります。
5. Optical Flowの応用例
Optical Flowは、動画から動きの情報を抽出する基本的な技術であり、様々なコンピュータビジョン応用の中核をなします。
- 物体追跡 (Object Tracking): 特定の物体(例えば、画面上の人物や車両)の動きをフレームごとに追跡します。Lucas-Kanade法のようなSparseな手法は、物体のコーナーなどの特徴点を追跡するのに適しています。より複雑な追跡手法(例: KLTトラッカー)でも内部的にOptical Flowが利用されることがあります。
- 動作認識 (Action Recognition): 動画中の人物や物体の動きのパターンを分析して、どのような動作が行われているかを認識します。例えば、スポーツのプレイ分析、監視カメラ映像からの不審行動検出などに利用されます。Dense Optical Flowは、画像全体の動きの情報を捉えられるため、複雑な動作の分析に有効です。Optical Flow画像を、RGB画像とは独立した入力としてニューラルネットワークに入力し、動作認識精度を向上させる手法(Two-Stream Convolutional Networksなど)が提案されています。
- ビデオスタビライゼーション (Video Stabilization): カメラの手ブレによって生じる不要な動きをOptical Flowを用いて推定し、その逆の動きでフレームを補正することで、安定した動画を作成します。スマートフォンのカメラアプリや動画編集ソフトウェアで広く利用されている技術です。
- モーション検出 (Motion Detection): フレーム間の大きな動きを検出します。特定の領域のOptical Flowの大きさが閾値を超えた場合に、「動きあり」と判断します。監視システムなどで、動きがあったフレームだけを処理したり記録したりするのに利用されます。
- 構造推定 (Structure from Motion, SfM): 連続する画像間のOptical Flowから、カメラの3次元的な動きや、撮影されたシーンの3次元構造を推定します。ドローンやロボットの自己位置推定やマッピング、3Dモデリングなどに利用されます。
- 視覚オドメトリ (Visual Odometry, VO): カメラの連続的なフレームから、カメラ自身の移動距離と方向(オドメトリ)を推定します。ロボットや自動運転車が、GPSが利用できない環境で自己位置を推定するのに重要な技術です。Optical Flowは、フレーム間の特徴点の対応付けや、全体の動きの推定に利用されます。
- 異常検知 (Anomaly Detection): 通常のシーンでは考えられない動きのパターン(例: 混雑した通路で立ち止まる人、逆走する車両)をOptical Flowの異常として捉えることで、異常を検知します。
- 流体シミュレーションの可視化: 流体の動きをシミュレーションする際に得られる速度場を、Optical Flowの可視化手法(例えばHSV変換)を用いて色で表現することがあります。
- ビデオ圧縮: フレーム間の動きをOptical Flowベクトルとして符号化し、次のフレームを前のフレームと動きベクトルから予測することで、データ量を削減する動画像圧縮技術(例: MPEG, H.26x)において、Optical Flow(より一般的にはモーション推定と呼ばれる)が重要な役割を果たします。
- ロボットナビゲーション: ロボットがカメラ画像から自身の動きや周囲の環境との相対的な動きを推定し、障害物を回避したり目標地点へ移動したりするためにOptical Flowを利用します。特に、昆虫の飛行メカニズムにヒントを得たOptical Flowを利用したナビゲーション手法(Optic Flow based Navigation)も研究されています。
これらの例からもわかるように、Optical Flowはコンピュータビジョン分野の多くのタスクにおいて、動画を理解し、処理するための基礎となる重要な情報を提供します。
6. 高度なトピックと今後の展望
ClassicalなOptical Flowアルゴリズムは、そのシンプルな原理と比較的低い計算コストから広く利用されていますが、前述したように照明変化、大きな動き、隠蔽といった課題に対しては限界があります。
近年、深層学習(Deep Learning)の急速な発展に伴い、より高精度で頑健なOptical Flow推定手法が提案されています。Convolutional Neural Network (CNN) を用いたEnd-to-EndのOptical Flow推定ネットワークであるFlowNetや、その改良版であるFlowNet2、PWC-Netなどが代表的です。これらのモデルは、大量の画像ペアとその間のOptical Flowのデータセット(例: Flying Chairs, Flying Things 3D, KITTI, Sintel)で学習することで、複雑なテクスチャ、大きな変位、照明変化などに対しても高い精度を発揮します。
OpenCVのcontribモジュールなどでも、これらの深層学習ベースのOptical Flowモデルを利用できるようになりつつあります。将来的には、リアルタイム性と高精度を両立した深層学習ベースのOptical Flowアルゴリズムが、より普及していくと考えられます。
また、Optical Flowの計算は依然として計算負荷の高いタスクであり、特に高解像度・高フレームレートの動画に対してリアルタイムにDense Optical Flowを計算するには、高性能なハードウェア(GPUなど)や、並列処理、アルゴリズムの最適化が必要です。組込みシステムやモバイルデバイス上でのリアルタイム処理に向けて、より効率的なアルゴリズムや実装技術の開発も進められています。
さらに、RGB画像だけでなく、深度センサーからの情報(Depth map)や、イベントカメラ(ピクセルごとの輝度変化が発生した時刻と変化量を非同期に出力する新しいタイプのカメラ)のデータなど、他のセンサー情報を組み合わせることで、より高精度かつ頑健なOptical Flowやシーンフロー(3次元空間上の点の速度)を推定する研究も活発に行われています。
Optical Flowは、コンピュータが動的な世界を理解するための基本的な「視覚的速度計」のようなものであり、自動運転、ロボティクス、拡張現実(AR)、監視システム、ビデオ編集など、様々な分野での応用が今後ますます広がっていくと予想されます。
7. まとめ
本記事では、「動画の動きを捉える!OpenCV Optical Flow入門」と題して、Optical Flowの基本概念から応用までを詳細に解説しました。
- Optical Flowは、連続する画像フレーム間におけるピクセルの見かけ上の動きをベクトルとして表現する技術です。
- 輝度一定仮定と微小運動仮定に基づいた輝度一定方程式がその基本ですが、アパチャー問題や仮定の限界といった課題があります。
- OpenCVでは、Sparse Optical Flowの代表であるLucas-Kanade法 (
cv2.calcOpticalFlowPyrLK
) と、Dense Optical Flowの代表であるFarneback法 (cv2.calcOpticalFlowFarneback
) の実装が提供されています。 - Lucas-Kanade法は、特徴点追跡に適しており、計算量が少なく高速です。
- Farneback法は、画像全体の密なフロー場を計算し、動きのパターンを詳細に捉えられます。計算結果の可視化にはHSV変換が有効です。
- Optical Flowは、物体追跡、動作認識、ビデオスタビライゼーション、ナビゲーションなど、コンピュータビジョンの様々な応用において重要な役割を果たします。
- 近年は、深層学習ベースのより高精度なOptical Flow推定手法も登場しており、今後の研究開発と応用が期待されています。
Optical Flowは、動画を単なる静止画の羅列ではなく、そこに存在する「動き」として理解するための強力なツールです。OpenCVを使うことで、これらの高度なOptical Flow計算アルゴリズムを比較的容易に利用することができます。ぜひ、本記事で紹介したコード例を参考に、動画の動きを分析し、様々なプロジェクトに応用してみてください。
動画解析の世界は奥深く、Optical Flowはその可能性を引き出す鍵となる技術の一つです。
主な参考資料:
- OpenCV 公式ドキュメント: Optical Flow Tutorials (https://docs.opencv.org/4.x/d7/d8b/tutorial_py_lucas_kanade.html など)
- “Computer Vision: Algorithms and Applications” by Richard Szeliski
- “Deep Learning for Computer Vision” by Rajalingappaa Shanmugamani (特にOptical Flowに関する章)
- Lucas, B. D., & Kanade, T. (1981). An iterative image registration technique with an application to stereo vision. IJCAI’81.
- Farneback, G. (2003). Two-frame motion estimation based on polynomial expansion. SCIA 2003.
(注:この文章は約5000語(日本語約10000〜15000文字)を目指して記述されました。技術的な詳細、アルゴリズムの原理、OpenCVの実装、コード例、応用、課題、今後の展望といった幅広い内容を盛り込み、詳細な解説となるように努めました。実際の文字数は、コード部分の量や表現によって変動します。)
(終)