AG比(Alb/Glo比)とは?血液検査でわかること、基準値、異常値の原因

AG比(Alb/Glo比)とは?血液検査でわかること、基準値、異常値の原因

健康診断や日常の診療において行われる血液検査は、私たちの体の状態を知るための非常に重要な手がかりを与えてくれます。数多くの検査項目がありますが、その中でも「AG比」は、全身のタンパク質バランスを反映する指標として、様々な疾患のスクリーニングや状態把握に役立てられています。

この記事では、AG比が一体どのような指標なのか、血液検査でどのように測定されるのか、そしてその基準値や、基準値から外れた場合にどのような病気や状態が疑われるのかについて、詳細かつ網羅的に解説していきます。AG比という一つの指標を通して、私たちの体がどのように機能し、病気と闘っているのか、その一端を理解を深めることができるでしょう。

1. はじめに:血液検査とAG比の重要性

血液は「体の中を流れる情報ネットワーク」とも言える重要な組織です。酸素や栄養を運び、老廃物を回収するだけでなく、ホルモンや免疫物質などの生体調節因子を全身に届け、病原体と戦う細胞や抗体も含まれています。血液検査は、この血液を採取し、含まれる成分の種類や量を測定することで、体の様々な機能や異常を数値として把握する検査です。これにより、自覚症状がなくても早期に病気の兆候を発見したり、病気の診断、治療効果の判定、病状の経過観察などを行うことが可能となります。

血液検査の項目は多岐にわたりますが、その中でも血液中のタンパク質成分は、体の構造を維持し、様々な生理機能(物質輸送、酵素作用、免疫応答など)を担う重要な役割を果たしています。血液中のタンパク質は、大きく分けて「アルブミン(Alb)」と「グロブリン(Glo)」の二つに分類されます。これらのタンパク質の合計量を「総タンパク質(TP)」と呼びます。

AG比は、このアルブミンとグロブリンの量の比率を示す指標であり、「アルブミン値 ÷ グロブリン値」で算出されます。正式には「Albumin/Globulin Ratio」と呼ばれ、その頭文字をとってAG比と呼ばれています。

AG比は、アルブミンとグロブリンという、それぞれ異なる役割を持つ主要なタンパク質のバランスを見ることで、肝臓や腎臓の機能、栄養状態、免疫系の活動、炎症の有無など、全身の様々な状態を間接的に反映するスクリーニング指標となります。AG比の異常は、これらのいずれかに問題が生じている可能性を示唆しており、さらに詳しい検査が必要であることを教えてくれる重要なサインとなりうるのです。

この記事では、まずアルブミンとグロブリンそれぞれの詳細な機能や性質を理解し、AG比がどのように算出されるのかを確認します。次に、血液検査での測定方法、一般的な基準値とその解釈について説明します。そして、本記事の核となる部分として、AG比が基準値から外れた場合、すなわちAG比が低下する場合と上昇する場合に、それぞれどのような原因(病気や生理的な状態)が考えられるのかを、病態生理学的なメカニズムを交えながら詳しく解説します。最後に、AG比異常が見られた場合の追加検査や、AG比の臨床的な意義と限界についてまとめます。

AG比は、単独で病気を診断するものではありませんが、他の検査項目や臨床症状と組み合わせることで、病気の手がかりや全身状態の把握に大いに役立つ指標です。この記事を通じて、AG比に関する理解を深め、ご自身の健康管理や検査結果の解釈にお役立ていただければ幸いです。

2. AG比の基本構造と構成要素:アルブミンとグロブリン

AG比は、血液中の二つの主要なタンパク質成分、アルブミン(Alb)とグロブリン(Glo)の比率です。これらのタンパク質がどのようなもので、どのような機能を持っているかを理解することが、AG比を解釈する上で非常に重要です。

2.1 アルブミン (Alb)

  • 定義と構造: アルブミンは、血液中のタンパク質の約50〜60%を占める、最も豊富に存在する単純タンパク質です。比較的小さな分子量(約66,500ダルトン)を持ち、水に溶けやすい性質を持っています。その構造は単一のポリペプチド鎖からなり、複雑な酵素活性などはありませんが、その物理的・化学的性質から非常に重要な役割を果たしています。
  • 生理機能: アルブミンには、主に以下の二つの重要な機能があります。
    1. 膠質浸透圧(オンコット圧)の維持: 血液中の水分は、血管内と血管外(細胞間質液)を行き来しています。血管内に存在するタンパク質、特にアルブミンは、その分子量から血管壁を容易に透過できません。このため、血管内のアルブミン濃度が高くなると、浸透圧の原理により血管外から血管内へ水分を引き込む力が働きます。この力を「膠質浸透圧」と呼び、アルブミンはこの膠質浸透圧の約80%を担っています。膠質浸透圧が適切に保たれることで、血液中の水分が血管外へ漏れ出すのを防ぎ、体内の水分バランス(循環血漿量)を維持し、浮腫(むくみ)を防ぐ役割を果たしています。アルブミンが低下すると、膠質浸透圧が低下し、血管内の水分が血管外に漏れ出して浮腫が生じやすくなります。
    2. 様々な物質の輸送: アルブミンは、水に溶けにくい様々な物質と結合して、血液中を輸送するキャリアタンパク質としても機能します。輸送する物質には、脂肪酸、ビリルビン(ヘモグロビンの分解産物)、コレステロール、ステロイドホルモン、甲状腺ホルモン、カルシウム、マグネシウムなどのミネラル、そして薬剤(多くの酸性薬剤、一部の中性・塩基性薬剤)などがあります。これらの物質はアルブミンと結合することで、血液中に安定して存在し、必要とされる組織へ運ばれます。薬剤の中には、アルブミンとの結合率が高いものがあり、アルブミン値の変動が薬剤の効果や副作用に影響を与えることもあります。
  • 合成と代謝: アルブミンは、肝臓の肝細胞でのみ合成されます。栄養状態が良い健常な成人では、1日に約10〜15gのアルブミンが合成されます。その合成量は、肝細胞の機能と、食事からのタンパク質摂取量に大きく依存します。血中のアルブミンの半減期(血中濃度が半分になるまでの時間)は比較的長く、約19日間です。この長い半減期のため、アルブミン値は比較的安定しており、急性期の変化よりも、慢性的な状態や栄養状態を反映しやすい指標と言えます。分解は主に全身の細胞で行われます。
  • 測定方法: 血液検査では、通常、生化学自動分析装置を用いて比色法で測定されます。主に、ブロモクレゾールグリーン(BCG)法やブロモクレゾールパープル(BCP)法が用いられます。BCG法は比較的簡便ですが、グロブリンの一部にも反応しやすいという欠点があり、特にガンマグロブリンが多い場合はアルブミン値が実際より高く算出されることがあります。BCP法はアルブミンへの特異性が高く、より正確な測定が可能とされていますが、基準値がBCG法よりやや低くなる傾向があります。測定方法の違いによって基準値が異なる場合があるため、自身の検査結果を見る際には、どの方法で測定されたのか、施設の基準値がどの範囲であるかを確認することが重要です。

2.2 グロブリン (Glo)

  • 定義と算出: グロブリンは、総タンパク質からアルブミンを除いた残りのタンパク質の総称です。したがって、血液検査では通常、総タンパク質(TP)とアルブミン(Alb)を測定し、TPからAlbを差し引いてグロブリン値が算出されます(Glo = TP – Alb)。これは間接的な算出方法であり、グロブリンという単一のタンパク質を測定しているわけではありません。グロブリンには、非常に多様なタンパク質が含まれています。
  • グロブリンの多様性:血清タンパク電気泳動 グロブリンは、その電気的な性質や分子量の違いによって、さらに細かく分類することができます。この分類を行うのが「血清タンパク電気泳動」という検査です。これは、血液サンプルを電気泳動ゲル上で展開し、電場をかけることで、各タンパク質を移動速度の違いによって分離する方法です。分離されたタンパク質を染色すると、特徴的なパターンとしてバンドが現れます。健康な人の場合、大きく5つの分画(ピーク)に分離されます。
    1. アルブミン (Albumin): 最も多く、最も速く移動するシャープなバンド。
    2. アルファ1 (α1)-グロブリン: アルブミンのすぐ後ろに現れる小さなピーク。主にα1-アンチトリプシン(炎症で増加する急性期反応物質、プロテアーゼ阻害)、α-フェトプロテイン(AFP、胎児期に多く、成人の肝細胞がんなどで増加)、α1-酸性糖タンパク質(オロソムコイド、炎症で増加)などが含まれます。
    3. アルファ2 (α2)-グロブリン: α1-グロブリンの後ろに現れる、やや大きなピーク。主にα2-マクログロブリン(大きなプロテアーゼ阻害物質、ネフローゼ症候群で腎臓から失われにくいため相対的に増加)、ハプトグロビン(遊離ヘモグロビンと結合、溶血で減少、炎症で増加)、セルロプラスミン(銅輸送タンパク質、急性期反応物質)などが含まれます。
    4. ベータ (β)-グロブリン: α2-グロブリンの後ろに現れるピーク。主にトランスフェリン(鉄輸送タンパク質)、リポタンパク質(LDLなど、脂質代謝関連)、C3補体(免疫反応)、CRP(C反応性タンパク質、代表的な急性期反応物質)などが含まれます。ベータ分画はさらにβ1とβ2に分けられることもあります。
    5. ガンマ (γ)-グロブリン: 最も遅く移動し、最も広がりのあるピーク。主に免疫グロブリン(抗体)が含まれます。免疫グロブリンには、IgG, IgA, IgM, IgD, IgEの5つのクラスがあり、これらが免疫機能の中核を担っています。ガンマ分画は、病的な状態(特に多発性骨髄腫など)では、特定の免疫グロブリンが異常に増加し、シャープなピーク(Mタンパク)として検出されることがあります。
  • 機能: グロブリンに含まれるタンパク質は非常に多様であるため、その機能も多岐にわたります。
    • 免疫機能: ガンマグロブリンである免疫グロブリンは、細菌やウイルスなどの異物に対する抗体として機能し、免疫応答の中心を担います。
    • 物質輸送: トランスフェリン(鉄)、セルロプラスミン(銅)、リポタンパク質(脂質)など、特定の物質を輸送します。
    • 酵素作用や阻害作用: α1-アンチトリプシンやα2-マクログロブリンは、体内で働く様々な酵素(プロテアーゼなど)の働きを調節します。
    • 炎症反応: α1, α2, βグロブリンの一部は、炎症や組織傷害が起きた際に急激に増加する「急性期反応物質」として機能し、生体防御や組織修復に関与します。CRPなどが代表的です。
  • 合成場所: グロブリンの合成場所も多様です。アルファおよびベータグロブリンの多くは肝臓で合成されます。一方、ガンマグロブリン(免疫グロブリン)は、リンパ節や脾臓などのリンパ組織に存在する形質細胞(B細胞から分化)で合成されます。
  • 測定方法: 前述のように、通常は総タンパク質からアルブミンを差し引いて間接的に算出されます。血清タンパク電気泳動を行うことで、各分画(α1, α2, β, γ)を個別に測定することが可能であり、AG比異常の原因を詳細に調べる上で非常に重要な検査となります。

2.3 AG比の算出

AG比は以下の式で算出されます。

AG比 = アルブミン値 (g/dL または g/L) ÷ グロブリン値 (g/dL または g/L)
AG比 = アルブミン値 ÷ (総タンパク質値 – アルブミン値)

例えば、総タンパク質が 7.0 g/dL、アルブミンが 4.2 g/dL の場合、グロブリン値は 7.0 – 4.2 = 2.8 g/dL となり、AG比は 4.2 ÷ 2.8 = 1.5 となります。

AG比は、アルブミンとグロブリンの相対的なバランスを示します。一般的に、アルブミンの量の方がグロブリンの量よりも多い傾向にあるため、健常な状態ではAG比は1.0よりも大きくなります。AG比が1.0を下回る状態を「AG比逆転」と呼ぶことがあり、グロブリンがアルブミンより多くなっている状態を示唆しており、特にガンマグロブリンの著しい増加などで見られます。

AG比の変動は、アルブミン値とグロブリン値のどちらか一方、あるいは両方の変動によって引き起こされます。したがって、AG比の異常を評価する際には、必ず総タンパク質、アルブミン、グロブリンそれぞれの値を合わせて確認し、可能であれば血清タンパク電気泳動の結果も参照して、どの成分に異常があるのかを特定することが重要です。

3. AG比の測定方法と血液検査

AG比の測定は、一般的な血液検査の一部として行われます。

  • 採血: 通常、腕の静脈から少量の血液を採取します。採血自体は数分で終了します。
  • 検査項目の測定: 採取された血液は、凝固しないように処理され(血清または血漿として)、生化学自動分析装置にかけられます。この装置で、総タンパク質(TP)とアルブミン(Alb)が測定されます。測定には、前述した比色法などが用いられます。
  • グロブリン値の算出: 装置は、測定されたTP値からAlb値を差し引いてグロブリン(Glo)値を算出します。
  • AG比の計算: 最後に、算出されたAlb値とGlo値を用いて、AG比(Alb ÷ Glo)が計算されます。
  • 結果の報告: 測定されたTP、Alb、Glo、および算出されたAG比の値が、基準値とともに検査報告書に記載されます。

測定における注意点:

  • 食事: 検査前夜からの絶食が推奨されることが多いですが、TPやAlbの値は食後数時間で大きく変動するものではないため、絶食していない場合でも測定は可能です。ただし、食後の採血は血清が濁る(乳び)ことがあり、一部の測定に影響を与える可能性があるため、可能な限り絶食が望ましいとされます。
  • 体位: 長時間起立した状態での採血は、血漿量が減少し、タンパク質濃度が相対的に上昇することがあります。座った状態や臥位での採血がより安定した値を得られます。
  • 脱水: 脱水状態では、血漿量が減少し、すべての血液成分が濃縮されます。TP, Alb, Gloすべてが高値となり、AG比にも影響を与える可能性があります。適切な水分摂取が重要です。
  • 激しい運動: 検査直前の激しい運動は、一時的に血漿量を変動させ、タンパク質濃度に影響を与える可能性があります。
  • 薬剤: 一部の薬剤がタンパク質代謝や腎機能などに影響を与え、AG比に影響を与える可能性があります。服用している薬剤がある場合は、事前に医師に伝えてください。

これらの生理的変動や検査前の状態によって、AG比は多少変動しうることを理解しておくことが重要です。

4. AG比の基準値と解釈

AG比の基準値は、検査施設や測定方法(特にAlbの測定方法)によって多少異なります。しかし、一般的な基準値は 1.2〜2.0程度 とされることが多いです。あるいは、1.0〜1.7 など、施設によって幅があることもあります。

  • 基準値の考え方: 基準値は、統計的に多くの健常な人のデータから算出された「基準範囲」です。この範囲内であれば、現時点でのAG比に関しては異常の可能性は低いと考えられます。
  • 基準値からの逸脱: AG比が基準値から外れている場合、何らかの異常が示唆されます。
    • AG比が低い場合(1.0以下など): アルブミンが低下しているか、グロブリンが上昇しているか、あるいはその両方の可能性があります。様々な病気が考えられますが、特に肝疾患、腎疾患、慢性炎症性疾患、免疫系疾患(自己免疫疾患や血液腫瘍など)が原因となることが多いです。
    • AG比が高い場合(2.0以上など): アルブミンが相対的に上昇しているか、グロブリンが低下しているか、あるいはその両方の可能性があります。脱水による相対的な上昇が最も一般的ですが、グロブリンの合成低下(免疫不全など)も原因として考えられます。
  • 基準値範囲内での変動: 基準値の範囲内であっても、以前の検査結果から大きく変動している場合や、他の検査項目に異常がある場合は、注意が必要です。例えば、TPやAlbは基準値内だが、AG比が以前より低下傾向にある、といった場合も、経過観察や追加検査が必要となることがあります。
  • 年齢や性別による変動: 小児期は免疫系が未発達なため、ガンマグロブリンが成人より低い傾向にあり、AG比はやや高いことがあります。高齢者では、アルブミン合成能力の低下や栄養状態の変化、基礎疾患の存在などにより、アルブミンがやや低下し、グロブリンが相対的に上昇するため、AG比が低下傾向になることがあります。しかし、これらの生理的な変動は、病的な異常値とは区別して解釈する必要があります。

重要な注意点: AG比の基準値からの逸脱は、あくまで何らかの異常が存在する可能性を示唆するものであり、これだけで特定の病気を診断することはできません。異常値が見られた場合は、必ず医師に相談し、他の臨床症状や追加の検査結果と総合的に判断してもらう必要があります。自己判断は危険です。

5. AG比低下の原因と病態

AG比が低下しているということは、アルブミンが基準値より低い、またはグロブリンが基準値より高い、あるいはその両方が起こっている状態を示します。AG比の低下は、様々な病気や状態によって引き起こされます。その原因を詳しく見ていきましょう。

AG比低下の原因は大きく分けて、アルブミン値の低下が主に関与する場合、グロブリン値の上昇が主に関与する場合、そしてその両方が関与する場合に分けられます。

I. アルブミン低下が主因の場合(AG比低下に寄与)

アルブミン値が低下すると、当然ながらAG比は低下します。アルブミンは肝臓で合成され、腎臓や消化管からはほとんど失われないため、アルブミンが低下する原因は主に以下のいずれかです。

  1. 肝臓における合成能力の低下:

    • 慢性肝疾患(肝硬変、慢性肝炎): アルブミンは肝臓で合成されるため、肝細胞が広範囲に障害される慢性肝疾患、特に肝硬変では、アルブミンの合成能力が著しく低下します。肝硬変が進行するにつれてアルブミン値は低下し、AG比も顕著に低下します。同時に、門脈圧亢進による脾腫や、肝臓での異物処理能力の低下に伴い、免疫系が活性化してガンマグロブリンが増加することが多く、これがさらにAG比の低下を助長します。したがって、肝硬変はAG比が著しく低下し、しばしばAG比が1.0を下回る「AG比逆転」を示す代表的な疾患です。慢性肝炎でも、病状が進行し肝細胞の機能が低下するとアルブミンが低下し始め、AG比が低下します。
    • 急性重症肝炎: 急性肝炎でも、肝細胞の広範な破壊が急速に進行すると、アルブミンの合成が間に合わず、短期間でアルブミン値が低下することがあります。これは重症度を示す指標の一つとなります。
    • 肝がん: 進行した肝がんでも、肝機能が低下している場合はアルブミン合成能力が低下し、AG比が低下することがあります。
    • 栄養不良: 食事からのタンパク質摂取が極端に不足すると、アルブミン合成に必要なアミノ酸が供給されず、アルブミン値が低下します。特に、タンパク質・エネルギー低栄養状態(PEM)であるクワシオルコルなどでは著明なアルブミン低下が見られます。先進国では、食事が十分に摂れない状態(摂食障害、消化吸収不良、高齢者の低栄養、長期臥床など)や、特定の栄養療法を行っていない場合に起こりえます。
  2. 腎臓からの喪失亢進(腎性タンパク喪失):

    • ネフローゼ症候群: 腎臓の糸球体は、通常、アルブミンのような大きな分子が尿中に漏れ出ないようにフィルターの役割を果たしています。しかし、ネフローゼ症候群では、このフィルター機能が障害され、血液中の大量のアルブミンが尿中に漏れ出してしまいます(高度のタンパク尿)。これにより、血中のアルブミン値が著しく低下し(低アルブミン血症)、AG比も顕著に低下します。同時に、腎臓から失われるタンパク質を補うために肝臓でのタンパク質合成が亢進し、特にアルファ2グロブリン(α2-マクログロブリンなど)やベータグロブリン(リポタンパク質など)が増加することが多く、これがAG比の低下をさらに強めることがあります。ネフローゼ症候群は、低アルブミン血症、高度タンパク尿、高コレステロール血症、浮腫を特徴とします。
    • その他の腎疾患: 糖尿病性腎症、膜性腎症、IgA腎症(重症例)、全身性エリテマトーデス(SLE)に伴う腎炎など、高度なタンパク尿を伴う他の様々な腎疾患でも、アルブミンが失われてAG比が低下することがあります。
  3. 消化管からの喪失亢進(消化管性タンパク喪失):

    • タンパク漏出性胃腸症: 消化管粘膜のバリア機能が障害されると、血液中のタンパク質が消化管内に漏れ出して、消化・吸収されずに便として失われます。これをタンパク漏出性胃腸症と呼びます。原因としては、リンパ管拡張症(原発性または続発性)、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病 – 特に重症で広範囲の病変がある場合)、重症感染性腸炎(サイトメガロウイルス腸炎など)、消化管の悪性リンパ腫、特定の薬剤(NSAIDsなど)による消化管障害などがあります。アルブミンだけでなく、グロブリン(特に免疫グロブリン)も同時に失われることが多いため、総タンパク質、アルブミン、グロブリンすべてが低下し、AG比も低下傾向となります。炎症性腸疾患の場合は、同時に炎症によるグロブリン上昇も起こりうるため、AG比のパターンは疾患の活動性などによって変動します。
  4. 異化亢進・消費増加:

    • 炎症・感染症: 重症の感染症(敗血症など)や広範囲の熱傷、重症外傷、大きな手術後など、体が強いストレスや侵襲を受けている状態では、タンパク質の分解(異化)が亢進し、アルブミンの分解も促進されます。また、組織修復や免疫応答のためにタンパク質の需要が増加し、アルブミンの消費が増加します。同時に、炎症反応として急性期反応物質であるアルファやベータグロブリンが増加するため、アルブミン低下とグロブリン上昇の両方が起こり、AG比が著しく低下することがあります。
    • 悪性腫瘍: 進行した悪性腫瘍では、腫瘍細胞の増殖によるタンパク質消費、腫瘍から放出される物質によるタンパク異化亢進、食欲不振による栄養摂取不足、慢性炎症など、様々な要因が複合してアルブミン低下を引き起こし、AG比が低下することがあります。いわゆる「悪液質(カヘキシー)」の状態です。
    • 甲状腺機能亢進症: 代謝が亢進し、タンパク質の異化が促進されるため、アルブミン値がわずかに低下することがあります。
  5. 体液貯留による希釈:

    • 心不全、肝硬変、腎不全などによる水分過剰: 体内に過剰な水分が貯留し、血漿量が増加すると、血液中のアルブミン濃度が相対的に薄まります(希釈効果)。これにより、アルブミン値が低下し、AG比も低下する場合があります。これはアルブミン自体の絶対量が減っているわけではなく、体液量のバランスの問題です。重度の浮腫や腹水がある場合に見られます。

II. グロブリン上昇が主因の場合(AG比低下に寄与)

グロブリン値が上昇すると、アルブミン値が正常であっても、AG比は低下します。グロブリンの上昇は、その多様な構成要素(アルファ、ベータ、ガンマ)のうち、どれが増加しているかによって原因が異なります。血清タンパク電気泳動が原因特定に不可欠です。

  1. 免疫グロブリン(ガンマ・グロブリン)の増加: ガンマグロブリンの増加は、グロブリン全体の増加の最も一般的な原因であり、AG比低下の主要な原因の一つです。

    • 多クローン性ガンマグロブリン血症: これは、様々な種類の抗体(免疫グロブリン)が全体的に増加している状態です。慢性的な免疫刺激や炎症反応によって起こります。
      • 慢性感染症: 肝炎ウイルス(B型、C型)による慢性肝炎、HIV感染症、結核、梅毒、寄生虫症など、持続的な感染は免疫系を刺激し続け、多クローン性の免疫グロブリン増加を引き起こします。特にC型慢性肝炎ではガンマグロブリン増加がよく見られます。
      • 自己免疫疾患: 全身性エリテマトーデス(SLE)、関節リウマチ(RA)、シェーグレン症候群、多発性筋炎/皮膚筋炎、血管炎など、免疫系が自身の組織を攻撃してしまう病気では、異常な自己抗体が大量に産生され、ガンマグロブリンが著しく増加します。
      • 非感染性慢性炎症: サルコイドーシスや、重症・活動性の炎症性腸疾患などでも、全身性の慢性炎症によりガンマグロブリンが増加することがあります。
        血清タンパク電気泳動では、ガンマ分画に広く裾野を引くような多クローン性の増加パターンが特徴です。
    • 単クローン性ガンマグロブリン血症 (MGRS: Monoclonal Gammopathy of Renal Significance): これは、特定の形質細胞のクローンが異常に増殖し、単一の種類(単クローン性)の異常な免疫グロブリン(またはその一部)を過剰に産生する状態です。この異常なタンパク質をMタンパク(Monoclonal protein)と呼びます。
      • 多発性骨髄腫: 形質細胞の悪性腫瘍であり、大量のMタンパク(IgG, IgA, または軽鎖など)が産生されます。Mタンパクはグロブリン分画、特にガンマ分画に鋭いピーク(Mピーク)として検出され、グロブリン値の著しい上昇を引き起こします。アルブミン合成能力の低下も伴うことが多く、AG比は著しく低下し、しばしば0.x台といった極端なAG比逆転が見られます。多発性骨髄腫を強く疑う所見であり、診断のためには骨髄検査などの精密検査が必須となります。
      • 意義不明の単クローン性ガンマグロブリン血症 (MGUS): Mタンパクが検出されるものの、多発性骨髄腫などの悪性疾患の診断基準を満たさない良性の状態です。高齢者に見られることが多く、Mタンパクの量も骨髄腫ほど多くないため、AG比の低下も比較的軽度である場合が多いです。ただし、一部は将来的に骨髄腫などに進行するリスクがあるため、定期的な経過観察が必要です。
      • ワルデンストレームマクログロブリン血症: IgMの単クローン性増殖を特徴とするリンパ増殖性疾患です。
      • アミロイドーシス、軽鎖沈着病など: Mタンパク(主に軽鎖)が臓器に沈着する病態。
        血清タンパク電気泳動では、ガンマ分画に鋭く突出した単一のピーク(Mピーク)が出現するのが特徴です。免疫電気泳動や免疫固定法といった検査で、Mタンパクの種類(IgG, IgA, IgM, κ鎖, λ鎖)を特定します。
  2. 急性期反応物質の増加(アルファ1, アルファ2, ベータ グロブリンの上昇): 炎症や組織傷害が起こると、生体防御反応として肝臓で多くの急性期反応物質が合成され、血中濃度が急激に上昇します。これらの物質の多くはアルファやベータグロブリンに分類されるため、これらの分画が上昇し、グロブリン全体の増加、ひいてはAG比の低下につながります。

    • 急性感染症: 細菌性肺炎、尿路感染症、虫垂炎など、様々な急性感染症でCRP, α1-アンチトリプシン, ハプトグロビン, セルロプラスミンなどが上昇します。血清タンパク電気泳動では、アルファ1分画やアルファ2分画に明らかな増加が見られます。
    • 炎症性疾患: 関節リウマチや血管炎などの活動期の炎症性疾患でも、急性期反応物質が増加します。
    • 悪性腫瘍: 進行した悪性腫瘍でも、腫瘍組織からの炎症性サイトカイン放出などにより、慢性的な炎症反応が生じ、急性期反応物質が上昇することがあります。
    • 外傷、熱傷、手術: 組織破壊やそれに続く炎症反応により、急性期反応物質が増加します。
      血清タンパク電気泳動では、アルファ1分画、アルファ2分画、またはベータ分画に増加が見られます。アルブミンも同時に異化亢進や希釈で低下している場合、AG比の低下はより顕著になります。

III. 両方が関与する場合

前述の肝硬変のように、アルブミン合成能力の低下とグロブリン(特にガンマ)の上昇が同時に起こることで、AG比が著しく低下する場合があります。また、進行した悪性腫瘍では、アルブミン異化亢進や栄養不良による低下と、炎症によるグロブリン(アルファ、ベータ、ガンマ)の上昇が同時に起こることがあります。

IV. 脱水

重度の脱水では、血漿量が減少するため、TP, Alb, Gloすべてが相対的に濃縮されて上昇します。しかし、グロブリンの上昇がアルブミンと比較してより顕著な場合、結果的にAG比が低下することがあります。ただし、これは体液量の問題であり、水分補給によって補正される一過性の変動です。

AG比低下のまとめ:

AG比の低下は、アルブミンが少なくなるか、グロブリンが多くなるか、あるいはその両方が原因です。
* アルブミン低下の主な原因: 肝臓での合成不足(肝硬変、重症肝炎、栄養不良)、腎臓からの喪失(ネフローゼ症候群)、消化管からの喪失(タンパク漏出性胃腸症)、異化亢進(炎症、感染、悪性腫瘍)、希釈(体液貯留)。
* グロブリン上昇の主な原因: 慢性炎症や自己免疫疾患、慢性感染症による多クローン性ガンマグロブリン増加、多発性骨髄腫やMGUSによる単クローン性ガンマグロブリン増加、急性炎症や組織障害による急性期反応物質(α, βグロブリン)増加。

AG比低下の原因を特定するためには、必ず総タンパク質、アルブミン、グロブリンそれぞれの値を確認し、最も重要な追加検査として血清タンパク電気泳動を行い、どのグロブリン分画が増減しているのかを詳細に分析する必要があります。

6. AG比上昇の原因と病態

AG比が上昇しているということは、アルブミンが基準値より高い、またはグロブリンが基準値より低い、あるいはその両方が起こっている状態を示します。AG比の低下に比べると原因は少なく、特にグロブリンの低下が主な要因となります。

AG比上昇の原因は、アルブミン値の上昇が主に関与する場合と、グロブリン値の低下が主に関与する場合に分けられます。

I. アルブミン上昇が主因の場合(AG比上昇に寄与)

アルブミン値が病的に増加することは、ほとんどありません。アルブミン合成能力が異常に亢進するような病態は知られていません。したがって、アルブミンが高値を示す主な原因は、相対的な濃縮によるものです。

  • 脱水: 最も一般的なAG比上昇の原因です。嘔吐、下痢、発汗過多、水分摂取不足などにより体内の水分量が減少し、血漿量が減少すると、血液中のすべての成分(赤血球、白血球、タンパク質など)が濃縮され、見かけ上の濃度が高くなります。TP, Alb, Gloすべてが高値を示しますが、アルブミンの上昇率がグロブリンの上昇率を上回る場合、AG比が上昇します。脱水が補正されればAG比も正常に戻ります。

II. グロブリン低下が主因の場合(AG比上昇に寄与)

グロブリン値が低下すると、アルブミン値が正常であればAG比は上昇します。グロブリン低下の主な原因は、免疫グロブリンの合成低下や喪失です。

  1. 免疫不全状態(免疫グロブリン合成低下): ガンマグロブリンである免疫グロブリンの合成が低下すると、グロブリン全体の量が減少し、AG比が上昇します。これは免疫系の機能が障害されている状態です。

    • 先天性免疫不全症: 生まれつき免疫グロブリンを十分に合成できない病気です。X連鎖無ガンマグロブリン血症(ブリュトン病)、共通可変型免疫不全症(CVID)などがあります。これらの患者さんでは、血中の免疫グロブリン(特にIgG)が著しく低下しており、ガンマグロブリン分画がほとんど見られず、AG比が著しく上昇します。反復性の重篤な感染症が特徴です。
    • 後天性免疫不全:
      • 悪性リンパ腫や慢性リンパ性白血病(CLL): これらの血液がんでは、B細胞の分化や機能が障害され、正常な免疫グロブリン合成が低下することがあります。腫瘍細胞が骨髄を占拠し、正常な形質細胞が減少することも原因となります。
      • 多発性骨髄腫の治療後: 多発性骨髄腫の治療(化学療法や造血幹細胞移植)によって、Mタンパクを産生する異常な形質細胞だけでなく、正常な形質細胞も減少するため、正常免疫グロブリンのレベルが低下することがあります。Mタンパクが減少しても、正常免疫グロブリンが低いままだとAG比は比較的高値のままとなることがあります。
      • 特定の薬剤: 免疫抑制剤(シクロスポリン、タクロリムスなど)、化学療法剤、リツキシマブ(B細胞を標的とする抗体薬)などの使用により、免疫グロブリン合成が抑制されることがあります。
      • 重症複合免疫不全症(SCID): T細胞とB細胞の両方の機能が著しく障害される、非常に重篤な先天性免疫不全症です。
  2. タンパク質喪失による免疫グロブリンの喪失:

    • ネフローゼ症候群: 前述のように、アルブミンが大量に失われることでAG比は低下するのが典型的です。しかし、分子量の比較的大きいIgG以外の免疫グロブリン(IgMなど)は比較的失われにくい一方で、IgGも少なからず腎臓から漏出します。アルブミン合成能力が比較的保たれている状況で、特にIgGの喪失が目立つ場合に、グロブリン全体の低下がアルブミン低下よりも相対的に大きく影響し、理論的にはAG比が上昇する可能性も考えられますが、一般的ではありません。ネフローゼ症候群でAG比が高い場合は、他の原因(例えば脱水)も考慮する必要があります。
    • タンパク漏出性胃腸症: アルブミンとともに免疫グロブリンも消化管から失われます。しかし、多くの場合、アルブミン喪失がより顕著であり、同時に炎症に伴うグロブリン上昇も起こりうるため、AG比は低下傾向となることがほとんどです。タンパク漏出性胃腸症でAG比が上昇するのはまれです。
  3. 重症肝障害: アルファおよびベータグロブリンの一部は肝臓で合成されます。したがって、肝硬変の末期など、肝機能が著しく障害された状態では、これらのグロブリンの合成能力も低下しうるため、アルブミンとともにアルファ、ベータグロブリンが低下する可能性があります。しかし、肝硬変では通常、免疫系の活性化によりガンマグロブリンが著しく増加するため、全体としてはグロブリンは高値を示し、AG比は低下するのが一般的です。ごくまれに、アルブミン合成低下よりもアルファ、ベータグロブリン合成低下が目立ち、ガンマグロブリンも大きく増加しないような特殊な病態であれば、AG比が上昇する可能性も否定はできませんが、非常に例外的と考えられます。

  4. 薬剤の影響: 長期的なステロイドの使用は、免疫抑制効果によりガンマグロブリンの合成を抑制する可能性があります。

  5. 栄養不良: 極端なタンパク質摂取不足が長期間続くと、免疫グロブリンを含めたタンパク質全体の合成能力が低下し、グロブリン値も低下してAG比が上昇する可能性があります。

AG比上昇のまとめ:

AG比の上昇は、アルブミンが濃縮されるか(脱水)、またはグロブリンが少なくなるか(免疫不全など)が原因です。
* アルブミン上昇の主な原因: 脱水による相対的な上昇。
* グロブリン低下の主な原因: 免疫グロブリン合成低下(先天性・後天性免疫不全症、特定の血液疾患、薬剤性)、まれにタンパク質喪失(ネフローゼ症候群など)や重症肝障害。

AG比上昇が見られた場合も、総タンパク質、アルブミン、グロブリンそれぞれの値を確認し、血清タンパク電気泳動でグロブリン分画、特にガンマ分画の低下を確認することが重要です。脱水が疑われる場合は、問診(水分摂取量、嘔吐・下痢の有無など)や他の検査(ヘマトクリット値、尿比重など)も参考にします。

7. AG比異常が疑われる場合の追加検査

AG比はスクリーニング検査であり、異常値が見られた場合は、その原因を特定するためにさらなる精密検査が必要です。最も重要かつ一般的に行われる追加検査は、血清タンパク電気泳動 (SPEP) です。

  • 血清タンパク電気泳動 (SPEP):
    • 原理:血液中のタンパク質を、電気的な性質に基づいてアルブミン、α1, α2, β, γの各分画に分離し、それぞれの量を測定します。
    • 重要性:AG比異常の原因が、アルブミン自体の異常なのか、グロブリンのどの分画(α1, α2, β, γ)の異常なのかを視覚的・定量的に把握することができます。
    • 主なパターンと示唆される疾患:
      • アルブミン低下+γグロブリン増加: 慢性肝炎、肝硬変、自己免疫疾患、慢性感染症など(AG比低下の代表的なパターン)。ガンマ分画が多クローン性増加(広く盛り上がるパターン)の場合は慢性炎症/自己免疫疾患/慢性感染症、単クローン性増加(鋭いMピーク)の場合は多発性骨髄腫やMGUSなどを疑います。
      • アルブミン低下+α1, α2グロブリン増加: 急性炎症、組織傷害、悪性腫瘍など(AG比低下)。
      • アルブミン低下+α2グロブリン著明増加: ネフローゼ症候群(AG比低下)。α2-マクログロブリンが腎臓から失われにくいため相対的に増加します。
      • アルブミン低下+βグロブリン増加: 高脂血症、鉄欠乏性貧血(トランスフェリン増加)、一部の炎症(CRP増加)など(AG比低下)。
      • アルブミン低下+すべてのグロブリン低下: 重度栄養不良、重症肝不全(ごくまれ)、タンパク漏出性胃腸症、薬剤性など(AG比低下または変動)。
      • アルブミン正常+γグロブリン著明増加(単クローン性Mピーク): 多発性骨髄腫、MGUS、ワルデンストレームマクログロブリン血症など(AG比著明低下/逆転)。
      • グロブリン全体(特にγ)の著明な低下: 先天性・後天性免疫不全症、薬剤性(AG比上昇)。
  • 免疫グロブリン定量: IgG, IgA, IgM, IgD, IgEといった個別の免疫グロブリンの量を測定します。SPEPでMタンパクが疑われた場合の確定診断や、免疫不全症の診断・重症度評価に不可欠です。
  • 尿検査: タンパク尿の有無や程度、血尿、円柱などを調べ、腎臓からのタンパク質喪失の有無を確認します。24時間蓄尿でのタンパク質排泄量測定も重要です。
  • 肝機能検査: AST, ALT, ALP, γ-GTP, 総ビリルビン, 直接ビリルビン, プロトロンビン時間(PT-INR)などを測定し、肝細胞障害や胆道系の異常、肝臓の合成能力(PT-INRは凝固因子の合成能力を反映)を評価します。
  • 腎機能検査: BUN (尿素窒素), クレアチニン, eGFR (推算糸球体濾過量) などを測定し、腎臓の老廃物排泄能力を評価します。
  • 炎症マーカー: CRP (C反応性タンパク質), 赤沈 (赤血球沈降速度) などは、体内の炎症の有無や程度を示します。AG比低下の原因として炎症が疑われる場合に有用です。
  • その他の追加検査: AG比異常から疑われる特定の疾患に応じて、以下のような検査が行われます。
    • 自己抗体検査(ANA, 抗ds-DNA抗体, RF, 抗CCP抗体など):自己免疫疾患が疑われる場合。
    • ウイルスマーカー(HBs抗原/抗体, HCV抗体/RNA, HIV抗体/RNAなど):ウイルス性肝炎やHIV感染症が疑われる場合。
    • 腫瘍マーカー:悪性腫瘍が疑われる場合。
    • 骨髄検査:多発性骨髄腫やリンパ増殖性疾患が強く疑われる場合。骨髄穿刺や生検により、骨髄中の形質細胞やリンパ球の状況を詳しく調べます。
    • 画像検査(腹部超音波、CT, MRI):肝臓、腎臓、消化管、リンパ節、骨などの形態的異常を確認します。
    • 消化管内視鏡検査と生検:炎症性腸疾患やタンパク漏出性胃腸症が疑われる場合。

これらの追加検査を組み合わせて行うことで、AG比異常の根本原因を特定し、適切な診断と治療につなげることができます。

8. AG比と全身状態、他の検査項目との関連

AG比は、総タンパク質(TP)、アルブミン(Alb)、グロブリン(Glo = TP – Alb)という血液中の主要なタンパク質に関わる指標です。したがって、これらの項目と密接に関連しており、セットで評価することが不可欠です。

  • TP, Alb, Gloとの関連:
    • TP、Alb、Gloのいずれか、あるいは複数が異常な場合にAG比も異常となります。
    • 例えば、TPとAlbが低く、Gloが比較的正常な場合は、アルブミンの合成低下や喪失が考えられ、AG比は低下します。
    • TPが正常〜高値で、Albが低く、Gloが高い場合は、グロブリンの増加(特にγ)がアルブミンの低下を補っている、あるいはグロブリンの著明な増加が主因でアルブミンは比較的保たれている、といったパターンが考えられ、AG比は低下します。典型例は多発性骨髄腫(TP↑↑、Alb↓、Glo↑↑↑、AG比著明低下)や肝硬変(TP正常〜高値、Alb↓↓、Glo↑、AG比低下)などです。
    • TP、Alb、Gloすべてが高値の場合は、脱水による相対的な濃縮が考えられます(AG比は変動)。
    • TPが低値で、AlbとGloがともに低い場合は、重度の栄養不良や全身消耗、あるいはタンパク質喪失(ネフローゼやタンパク漏出性胃腸症の末期など)が考えられます(AG比は変動)。
  • 血清タンパク電気泳動分画との関連:
    • 血清タンパク電気泳動で示される各グロブリン分画(α1, α2, β, γ)の異常は、グロブリン全体の増減に影響し、結果としてAG比の異常として現れます。AG比異常の原因を詳細に分析するには、SPEPでどの分画に異常があるかを確認することが最も重要です。
    • 例えば、AG比が低下している場合、SPEPでγ分画の多クローン性増加が見られれば慢性炎症/自己免疫疾患、γ分画にシャープなMピークが見られれば多発性骨髄腫、α2分画が著明に増加していればネフローゼ症候群などが強く示唆されます。
  • 炎症マーカー(CRP)との関連:
    • CRPは急性期の炎症マーカーであり、炎症がある場合に急速に上昇します。炎症に伴うAG比の低下(特にα1, α2, βグロブリンの上昇や、慢性炎症によるγグロブリンの上昇)と組み合わせて評価することで、炎症の存在や程度をより明確に把握できます。CRP高値とAG比低下が同時に見られる場合は、炎症や感染症、組織破壊などを強く疑います。
  • 肝機能検査との関連:
    • AST, ALTなどの肝酵素高値やビリルビン高値は肝細胞障害や胆道系異常を示唆し、アルブミン低下(肝硬変など)やグロブリン増加(慢性肝炎、肝硬変)の原因となりうるため、AG比異常が見られた場合にこれらの項目も確認することが重要です。PT-INRの延長は肝臓の合成能力低下を示唆し、アルブミン低下と並行して見られることが多いです。
  • 腎機能検査(クレアチニン、BUN、eGFR、尿検査)との関連:
    • クレアチニン高値やeGFR低下は腎機能障害を示唆します。タンパク尿を伴う腎疾患(ネフローゼ症候群、腎炎など)ではアルブミンが喪失してAG比が低下するため、これらの検査項目はAG比異常の原因として腎疾患を評価する上で不可欠です。

このように、AG比は単独の数値だけでなく、他の関連する検査項目と組み合わせて総合的に解釈することで、その臨床的な意義が明確になります。AG比異常は、これらの全身状態や臓器機能に異常が生じている可能性を示唆する「警告灯」のような役割を果たしていると言えます。

9. AG比の臨床的意義と限界

AG比は、比較的簡便な血液検査で得られる情報でありながら、全身状態や様々な疾患を示唆する有用な指標です。

  • 臨床的意義:

    • 全身のタンパク質バランスの把握: アルブミンとグロブリンの相対的な比率を見ることで、体内のタンパク質代謝や合成・分解のバランスに異常がないかを知る手掛かりとなります。
    • 栄養状態の評価補助: アルブミン値は慢性的な栄養状態を反映するため、AG比も栄養状態を評価する補助指標として用いられます。
    • 特定の疾患群のスクリーニング: 肝疾患(特に慢性肝炎・肝硬変)、腎疾患(特にネフローゼ症候群)、慢性炎症性疾患、自己免疫疾患、血液疾患(多発性骨髄腫など)、免疫不全症などの可能性を示唆する指標として、スクリーニングや病気の早期発見に役立ちます。
    • 病状の経過観察や治療効果判定: 特定の疾患に対して治療を行っている場合、AG比の値が改善傾向にあるか、あるいは悪化傾向にあるかを観察することで、病状のコントロールや治療効果を間接的に評価することができます。例えば、肝硬変の治療でアルブミン値が上昇し、AG比が改善すれば、肝機能が安定している可能性を示唆します。
    • 予後予測: 一部の疾患(例:肝硬変)では、アルブミン値の低下やそれに伴うAG比の低下が、病状の進行や予後不良と関連することが知られています。
  • 限界:

    • 非特異性: AG比の異常は、前述のように非常に多くの原因疾患によって引き起こされうるため、AG比単独で特定の病気を診断することはできません。例えば、AG比が低下しているからといって、それが肝硬変なのか、ネフローゼ症候群なのか、多発性骨髄腫なのかは、AG比だけでは分かりません。
    • 原因特定には追加検査が必須: AG比異常が見られた場合は、必ず血清タンパク電気泳動をはじめとする追加の精密検査を行い、原因疾患を特定する必要があります。AG比はあくまで「次に何を調べるべきか」の手がかりを与えてくれる指標です。
    • 生理的変動: 脱水や体位など、病気以外の生理的な要因でも変動しうるため、検査前の状態を考慮して解釈する必要があります。
    • 基準値の変動: 検査施設や測定方法によって基準値が異なることを理解しておく必要があります。
    • 基準値内でも異常の可能性: 疾患の初期段階などでは、AG比がまだ基準値内に収まっていることもあります。AG比が正常だからといって、病気が全くないとは言い切れません。他の臨床症状や検査項目も併せて評価することが重要です。

AG比は、全身の健康状態を知るための重要なスクリーニング項目であり、その異常は様々な疾患の存在を示唆するサインとなりえます。しかし、その解釈には限界があるため、異常が見られた場合は必ず医療機関を受診し、医師の判断に従って適切な精密検査を受けることが極めて重要です。

10. まとめ

AG比(Alb/Glo比)は、血液中の主要なタンパク質であるアルブミンとグロブリンの比率を示す血液検査項目です。アルブミンは肝臓で合成され、浸透圧維持や物質輸送を担い、グロブリンは免疫機能や炎症反応、物質輸送など多岐にわたる役割を果たしています。

AG比は、通常、アルブミン値 ÷ (総タンパク質値 – アルブミン値)で算出され、一般的な基準値は1.2〜2.0程度です(施設によって異なります)。

AG比が基準値から外れる場合、それは体内のタンパク質バランスや、肝臓、腎臓、免疫系、消化管、栄養状態、炎症などの全身状態に何らかの異常が生じている可能性を示唆します。

  • AG比が低下する場合: アルブミン低下(肝合成能低下、腎・消化管からの喪失、異化亢進、希釈)またはグロブリン上昇(慢性炎症・感染症・自己免疫疾患による多クローン性免疫グロブリン増加、多発性骨髄腫などによる単クローン性免疫グロブリン増加、急性炎症による急性期反応物質増加)が主な原因です。肝硬変、ネフローゼ症候群、多発性骨髄腫、自己免疫疾患、慢性・急性感染症などが代表的な原因疾患として挙げられます。
  • AG比が上昇する場合: 脱水によるアルブミンの相対的上昇、またはグロブリン低下(先天性・後天性免疫不全症、特定の薬剤、重症肝障害の一部など)が主な原因です。先天性無ガンマグロブリン血症や特定の薬剤による免疫抑制状態などが原因として考えられます。

AG比異常は、あくまで様々な疾患の可能性を示唆するスクリーニング指標であり、単独で病気を診断することはできません。AG比に異常が見られた場合は、その原因を特定するために、血清タンパク電気泳動、免疫グロブリン定量、肝機能検査、腎機能検査、尿検査、炎症マーカーなど、他の検査項目と合わせて総合的に評価し、必要に応じて精密検査(画像検査、生検など)を行うことが不可欠です。

AG比は、日頃の健康管理や病気の早期発見、治療効果の判定に役立つ、非常に有用な血液検査項目の一つです。ご自身の健康診断結果などでAG比に異常が見られた場合は、過度に心配せず、必ず医療機関を受診し、医師の指示に従って適切な対応をとることが重要です。定期的な血液検査を通じてご自身の体の状態を把握し、早期に異常を発見することが、健康寿命を延ばすことにつながります。

今後の展望として、AG比のような基本的な血液検査項目と、血清タンパク電気泳動などの詳細な分画情報、さらには炎症マーカーや他の臨床情報などを組み合わせた多角的データ解析(例えばAIを活用したパターン認識など)によって、より高精度な疾患のスクリーニングや予後予測が可能になることが期待されています。しかし、現時点でも、AG比は経験に基づいた臨床医の判断と他の検査結果を組み合わせることで、多くの重要な情報を提供してくれる価値ある指標であることに変わりはありません。

この記事が、AG比に関する皆さんの理解を深め、ご自身の健康に対する意識を高める一助となれば幸いです。

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