サプライチェーン攻撃の事例から学ぶ:対策のヒント
近年、企業や組織がサイバー攻撃を受ける経路として、サプライチェーン(供給網)を狙った攻撃が急増しており、深刻な被害をもたらしています。サプライチェーン攻撃は、直接的な標的だけでなく、そのサプライヤーやパートナー企業など、関連する組織全体に影響を及ぼす可能性があるため、その対策は非常に重要です。
本稿では、サプライチェーン攻撃の現状を概観し、過去の事例を詳細に分析することで、その手口や影響を理解を深め、効果的な対策を検討するためのヒントを提供します。
1. サプライチェーン攻撃とは
サプライチェーン攻撃とは、攻撃者が特定の企業や組織を直接攻撃するのではなく、そのサプライチェーンに関わる組織(サプライヤー、パートナー企業、サービスプロバイダーなど)を攻撃することで、最終的な標的を間接的に攻撃する手法です。
従来のサイバー攻撃は、標的企業のシステムやネットワークに直接侵入を試みることが一般的でしたが、サプライチェーン攻撃は、より脆弱なサプライヤーを足がかりにすることで、セキュリティ対策が強固な企業への侵入を容易にしたり、機密情報を窃取したりすることを目的としています。
サプライチェーン攻撃の典型的な経路:
- ソフトウェアの脆弱性: ソフトウェアサプライヤーが提供するソフトウェアに脆弱性が存在し、その脆弱性を悪用して攻撃者がシステムに侵入する。
- ハードウェアの改ざん: ハードウェアサプライヤーが提供するハードウェアにマルウェアが仕込まれており、そのハードウェアを使用する企業がマルウェアに感染する。
- 認証情報の窃取: サプライヤー企業の従業員の認証情報(ID、パスワード)を窃取し、その認証情報を使って標的企業のシステムに不正アクセスする。
- サプライヤーへのマルウェア感染: サプライヤー企業のシステムをマルウェアに感染させ、標的企業との通信を傍受したり、マルウェアを拡散させたりする。
- 物理的な侵入: サプライヤー企業のオフィスやデータセンターに物理的に侵入し、機密情報を窃取したり、システムを改ざんしたりする。
サプライチェーン攻撃の目的:
- 機密情報の窃取: 顧客情報、知的財産、財務情報など、標的企業が保有する機密情報を窃取する。
- システムの妨害: 標的企業のシステムを停止させたり、データを破壊したりすることで、業務を妨害する。
- 金銭的な要求: ランサムウェアなどを利用して、標的企業に身代金を要求する。
- 評判の毀損: 標的企業の評判を落とすことを目的として、機密情報を公開したり、システムの改ざんを公表したりする。
- 国家的なスパイ活動: 政府機関や重要なインフラ企業を標的として、スパイ活動を行う。
2. サプライチェーン攻撃の現状
近年、サプライチェーン攻撃は増加傾向にあり、その手口も巧妙化しています。背景には、以下の要因が考えられます。
- グローバル化の進展: 企業活動がグローバル化し、サプライチェーンが複雑化しているため、セキュリティ対策が行き届かないサプライヤーが存在する。
- ソフトウェアサプライチェーンの複雑化: オープンソースソフトウェアやサードパーティ製のソフトウェアの利用が増加し、ソフトウェアサプライチェーンが複雑化しているため、脆弱性が見つけにくい。
- リモートワークの普及: リモートワークの普及により、従業員のセキュリティ意識の低下や、セキュリティ対策が不十分なネットワーク環境からのアクセスが増加している。
- 攻撃者の高度化: 攻撃者の技術力や資金力が高まり、より高度な攻撃手法が開発されている。
近年発生した主なサプライチェーン攻撃の事例:
- SolarWinds攻撃: 2020年に発生したSolarWindsのサプライチェーン攻撃は、世界中の政府機関や大手企業に影響を及ぼしました。攻撃者は、SolarWinds社のソフトウェアアップデートにマルウェアを仕込み、それをダウンロードしたユーザーのシステムに侵入しました。
- Kaseya VSA攻撃: 2021年に発生したKaseya VSA攻撃は、中小企業向けのIT管理ソフトウェアを提供するKaseya社のソフトウェアの脆弱性を悪用し、ランサムウェア攻撃を行いました。この攻撃により、世界中の数千社の企業が被害を受けました。
- Log4j脆弱性: 2021年末に発見されたLog4jの脆弱性は、広範囲に利用されているJavaのロギングライブラリに存在し、世界中のシステムに影響を及ぼしました。この脆弱性を悪用した攻撃者は、サプライチェーンを通じて様々な企業や組織に侵入しました。
- MOVEit Transfer攻撃: 2023年に発生したMOVEit Transfer攻撃は、ファイル転送ソフトウェアの脆弱性を利用し、多くの企業や政府機関のデータを窃取しました。
これらの事例からわかるように、サプライチェーン攻撃は、規模や業種に関わらず、あらゆる企業や組織が標的になる可能性があります。
3. サプライチェーン攻撃の事例分析
ここでは、上記の事例の中から、SolarWinds攻撃とKaseya VSA攻撃について、より詳細に分析し、攻撃の手口や影響、対策について検討します。
3.1 SolarWinds攻撃
- 攻撃概要: SolarWindsは、ネットワーク監視ソフトウェア「Orion」を提供している企業です。攻撃者は、Orionのソフトウェアアップデートに「Sunburst」と呼ばれるマルウェアを仕込み、2020年3月から6月にかけて、顧客に配信しました。Sunburstは、感染したシステムにバックドアを設置し、攻撃者がリモートでアクセスできるようにしました。攻撃者は、このバックドアを通じて、米国の政府機関や大手企業など、多くの組織に侵入し、機密情報を窃取しました。
- 攻撃の手口:
- ソフトウェアサプライチェーンの悪用: ソフトウェアのアップデートという、ユーザーが信頼している経路を利用してマルウェアを拡散しました。
- 長期的な潜伏: マルウェアは、感染したシステムに長期間潜伏し、攻撃者の指示を待ちました。
- 高度な隠蔽技術: マルウェアは、高度な隠蔽技術を使用し、検知を逃れました。
- 多段階攻撃: 攻撃者は、感染したシステムを足がかりに、ネットワーク内を横方向に移動し、より重要なシステムに侵入しました。
- 影響:
- 機密情報の窃取: 米国政府機関や大手企業の機密情報が窃取されました。
- システムの妨害: 一部のシステムが停止したり、データが破壊されたりしました。
- 評判の毀損: SolarWindsの評判が大きく毀損されました。
- 多額の復旧費用: 被害を受けた組織は、多額の復旧費用を負担することになりました。
- 対策:
- ソフトウェアサプライチェーンのセキュリティ強化: ソフトウェアサプライヤーに対するセキュリティ監査の実施、ソフトウェアの脆弱性管理の徹底、ソフトウェアアップデートの検証プロセスの強化などが必要です。
- ネットワーク監視の強化: ネットワークトラフィックの監視を強化し、異常な通信を早期に検知する必要があります。
- エンドポイントセキュリティの強化: エンドポイント(PC、サーバーなど)のセキュリティ対策を強化し、マルウェアの感染を防止する必要があります。
- インシデントレスポンス体制の強化: インシデントが発生した場合に、迅速かつ適切に対応できる体制を構築する必要があります。
- サプライヤーリスク管理の強化: サプライヤーのセキュリティリスクを評価し、リスクの高いサプライヤーに対しては、セキュリティ対策の強化を要求する必要があります。
3.2 Kaseya VSA攻撃
- 攻撃概要: Kaseyaは、中小企業向けのIT管理ソフトウェア「VSA」を提供している企業です。攻撃者は、VSAのソフトウェアに存在する脆弱性を悪用し、2021年7月にランサムウェア攻撃を行いました。攻撃者は、VSAサーバーを乗っ取り、ランサムウェアをVSAを通じて顧客のシステムに拡散しました。この攻撃により、世界中の数千社の企業が被害を受け、ランサムウェアによる身代金が要求されました。
- 攻撃の手口:
- 既知の脆弱性の悪用: 攻撃者は、VSAのソフトウェアに存在する既知の脆弱性を悪用しました。
- ランサムウェアの拡散: 攻撃者は、VSAを通じてランサムウェアを顧客のシステムに拡散しました。
- サプライチェーンの悪用: 攻撃者は、VSAという管理ツールを悪用し、多くの顧客を同時に攻撃しました。
- 影響:
- ランサムウェア感染: 世界中の数千社の企業がランサムウェアに感染しました。
- システムの停止: 感染した企業のシステムが停止し、業務が中断されました。
- 身代金の要求: 攻撃者は、身代金を要求しました。
- データ損失: 一部の企業では、データが暗号化され、アクセスできなくなりました。
- 評判の毀損: Kaseyaの評判が大きく毀損されました。
- 対策:
- 脆弱性管理の徹底: ソフトウェアの脆弱性情報を常に監視し、脆弱性が発見された場合は、迅速に修正プログラムを適用する必要があります。
- 多要素認証の導入: システムへのアクセスに多要素認証を導入し、認証情報の窃取による不正アクセスを防止する必要があります。
- バックアップ体制の強化: データのバックアップを定期的に実施し、ランサムウェア感染時にデータを復旧できるようにする必要があります。
- インシデントレスポンス体制の強化: インシデントが発生した場合に、迅速かつ適切に対応できる体制を構築する必要があります。
- サプライヤーリスク管理の強化: サプライヤーのセキュリティリスクを評価し、リスクの高いサプライヤーに対しては、セキュリティ対策の強化を要求する必要があります。
4. サプライチェーン攻撃に対する対策のヒント
上記の事例分析を踏まえ、サプライチェーン攻撃に対する効果的な対策について、具体的なヒントを提供します。
4.1 組織全体でのセキュリティ対策:
- セキュリティ意識の向上: 従業員へのセキュリティ教育を徹底し、フィッシング詐欺やソーシャルエンジニアリングなどの攻撃に対する警戒心を高める必要があります。
- アクセス制御の強化: 最小権限の原則に基づき、従業員に必要な権限のみを付与し、不要なアクセスを制限する必要があります。
- 多要素認証の導入: システムへのアクセスに多要素認証を導入し、認証情報の窃取による不正アクセスを防止する必要があります。
- ネットワークの監視: ネットワークトラフィックの監視を強化し、異常な通信を早期に検知する必要があります。
- エンドポイントセキュリティの強化: エンドポイント(PC、サーバーなど)のセキュリティ対策を強化し、マルウェアの感染を防止する必要があります。
- 脆弱性管理の徹底: ソフトウェアの脆弱性情報を常に監視し、脆弱性が発見された場合は、迅速に修正プログラムを適用する必要があります。
- インシデントレスポンス体制の強化: インシデントが発生した場合に、迅速かつ適切に対応できる体制を構築する必要があります。
- 定期的なセキュリティ監査: 定期的にセキュリティ監査を実施し、セキュリティ対策の有効性を評価する必要があります。
4.2 サプライヤーリスク管理:
- サプライヤーの選定基準: サプライヤーを選定する際に、セキュリティ対策のレベルを評価基準に含める必要があります。
- サプライヤーへのセキュリティ監査: サプライヤーに対して定期的にセキュリティ監査を実施し、セキュリティ対策の状況を確認する必要があります。
- 契約におけるセキュリティ条項: サプライヤーとの契約において、セキュリティに関する責任範囲や義務を明確に規定する必要があります。
- サプライヤーとの情報共有: サプライヤーとの間で、脅威情報やセキュリティ対策に関する情報を共有し、連携を強化する必要があります。
- サプライヤーとの緊急連絡体制の構築: インシデントが発生した場合に、サプライヤーと迅速に連絡を取り合い、連携して対応できる体制を構築する必要があります。
- サプライチェーン可視化の推進: サプライチェーン全体を可視化し、脆弱性のあるサプライヤーを特定し、対策を講じる必要があります。
- 第三者評価の活用: サプライヤーのセキュリティ対策状況を第三者機関に評価してもらい、客観的な評価を得ることも有効です。
- リスクベースのアプローチ: 全てのサプライヤーに対して同じレベルのセキュリティ対策を求めるのではなく、リスクの高いサプライヤーに対しては、より厳格なセキュリティ対策を要求する必要があります。
4.3 ソフトウェアサプライチェーンのセキュリティ:
- ソフトウェアの脆弱性管理: ソフトウェアサプライヤーが提供するソフトウェアの脆弱性情報を常に監視し、脆弱性が発見された場合は、迅速に修正プログラムを適用する必要があります。
- ソフトウェアの安全な開発プロセスの確保: ソフトウェアサプライヤーに対して、安全なソフトウェア開発プロセス(セキュアSDLC)を導入することを推奨する必要があります。
- ソフトウェアのSBOM(Software Bill of Materials)の活用: ソフトウェアの構成要素(ライブラリ、コンポーネントなど)を一覧化したSBOMを活用し、ソフトウェアの脆弱性管理を効率化する必要があります。
- ソフトウェアのサプライチェーン攻撃対策技術の導入: ソフトウェアの整合性検証、コード署名、サンドボックスなどの技術を導入し、ソフトウェアサプライチェーン攻撃からシステムを保護する必要があります。
- オープンソースソフトウェアのセキュリティ: オープンソースソフトウェアの利用においては、脆弱性情報に注意し、最新バージョンを適用するなど、適切な管理を行う必要があります。
- サードパーティ製ソフトウェアの評価: サードパーティ製ソフトウェアを導入する際には、セキュリティリスクを評価し、信頼できるソフトウェアを選定する必要があります。
4.4 その他:
- サイバー保険の検討: サプライチェーン攻撃による被害に備え、サイバー保険への加入を検討することも有効です。
- 法的規制への対応: サプライチェーン攻撃に関する法規制(例:サプライチェーンにおけるサイバーセキュリティの確保に関する法律)への対応を検討する必要があります。
- 業界団体との連携: 業界団体と連携し、サプライチェーン攻撃に関する情報共有や対策の検討を行うことも有効です。
5. まとめ
サプライチェーン攻撃は、企業や組織にとって深刻な脅威であり、その対策は喫緊の課題です。本稿では、サプライチェーン攻撃の現状、過去の事例分析、対策のヒントについて詳細に解説しました。
サプライチェーン攻撃対策は、組織全体でのセキュリティ対策、サプライヤーリスク管理、ソフトウェアサプライチェーンのセキュリティなど、多岐にわたる対策が必要です。また、技術的な対策だけでなく、従業員のセキュリティ意識向上や、サプライヤーとの連携強化なども重要です。
本稿で紹介した事例や対策を参考に、自社のサプライチェーンにおけるリスクを評価し、適切な対策を講じることで、サプライチェーン攻撃から組織を守り、安全なビジネス環境を構築していくことが重要です。