未だ色褪せない名玉 XF35mmF1.4 R の魅力と使い方
写真愛好家の間で「名玉」と称されるレンズは数あれど、FUJIFILM Xマウントの黎明期から存在し、今なお多くの写真家や愛好家に愛され続ける一本があります。それが「FUJIFILM XF35mmF1.4 R」です。Xマウント最初の単焦点レンズ群の一つとして2012年に登場して以来、新しいレンズが続々と発売される中にあっても、その独特な描写と確かな存在感は決して色褪せることがありません。むしろ、最新の高性能レンズとは異なる、唯一無二の「味」を持つレンズとして、その価値は年を追うごとに高まっていると言えるでしょう。
この記事では、なぜXF35mmF1.4 Rがこれほどまでに多くの人々を魅了し続けるのか、その「未だ色褪せない魅力」を深掘りし、さらにその魅力を最大限に引き出すための「使い方」についても詳しく解説していきます。単なるスペック紹介にとどまらず、実際にこのレンズを手にしたときに感じられる質感、シャッターを切った瞬間に目に飛び込んでくる描写、そしてそれがもたらす写真表現の可能性について、約5000語にわたって語り尽くしたいと思います。
導入:Xマウントの礎を築いた一本
2012年、FUJIFILMは新しいミラーレスシステム「Xマウント」を発表しました。その革新的なAPS-Cセンサー「X-Trans CMOSセンサー」と共に登場したのが、交換レンズ群、XFレンズシリーズです。その初期ラインナップには、ズームレンズと共に単焦点レンズが3本含まれていました。その中の一つが、今回ご紹介するXF35mmF1.4 Rです。
当時、ミラーレスカメラはまだ発展途上にあり、高性能な交換レンズシステムを構築することは容易ではありませんでした。しかし、FUJIFILMはセンサー技術と共に、描写性能に徹底的にこだわったレンズ開発を進めました。XF35mmF1.4 Rは、そのコンセプトを体現する最初の単焦点レンズとして、多くのユーザーに驚きと感動を与えたのです。
35mm判換算で約53mm相当という、人間の視野に近いとされる標準的な焦点距離。そして開放F値1.4という明るさ。これらのスペックだけを見れば、他のメーカーにも類似のレンズは存在します。しかし、XF35mmF1.4 Rが「名玉」と称される理由は、スペック表には現れない、その「写り込み」にあります。独特のボケ味、豊かな階調表現、そして何よりも被写体の質感や場の空気感を写し取る力。これらが相まって、このレンズで撮られた写真は、見る者の心に深く響く何かを持っているのです。
この記事を通して、XF35mmF1.4 Rが持つ多層的な魅力に触れ、このレンズがあなたの写真表現にどのような可能性をもたらすのかを感じ取っていただければ幸いです。
XF35mmF1.4 R の基本スペックと外観
まずは、XF35mmF1.4 Rの基本的な仕様を確認しましょう。
- 焦点距離: 35mm (35mm判換算: 53mm相当)
- 開放絞り: F1.4
- 最小絞り: F16
- レンズ構成: 6群8枚 (非球面レンズ1枚含む)
- 絞り羽根枚数: 7枚 (円形絞り)
- 最短撮影距離: 28cm
- 最大撮影倍率: 0.17倍
- フィルター径: φ52mm
- 最大径×長さ: φ65.0mm × 54.9mm
- 質量: 約187g
レンズ構成はシンプルながらも、非球面レンズを1枚採用することで、諸収差の補正を図っています。特筆すべきはそのサイズと質量。全長約55mm、質量約187gというコンパクトさと軽量さは、Xシリーズのボディとの組み合わせにおいて非常にバランスが良く、優れた携行性を実現しています。
外観もまた、このレンズの魅力の一つです。金属鏡筒を採用しており、手に持った時のずっしりとした質感と、所有欲を満たす美しいデザインは、所有する喜びを感じさせてくれます。絞りリングはクリック感があり、物理的に絞り値を操作できるフィーリングは、オールドレンズのような感覚で写真撮影を楽しめる要素となっています。フォーカスリングもスムーズな操作感です。
レンズフードは、クラシックな角形フードが付属します。このフードも金属製で、デザインの一部として非常に格好良いのですが、少し大きく、フードを付けた状態だとレンズキャップが取り付けにくいという面もあります(専用の小さなキャップは付属しています)。しかし、このフードこそがXF35mmF1.4 Rのトレードマークのようなものであり、多くのユーザーはこのスタイルを好んでいます。
「未だ色褪せない」と言われる魅力の詳細
なぜXF35mmF1.4 Rは、発売から10年以上経っても「名玉」として語り継がれるのでしょうか。その魅力は、単なる解像度やAF性能といったスペックだけでは語り尽くせません。
1. 開放F1.4の独特な描写
XF35mmF1.4 Rの最大の魅力の一つは、何と言っても開放F1.4での描写です。最新のレンズのように画面全体がカリッとシャープに写るわけではありません。中心部は比較的シャープですが、周辺部、特に画面の隅に行くほど描写は甘くなります。また、開放付近では軸上色収差(パープルフリンジやグリーンフリンジ)やコマ収差、非点収差といった収差も目立つ傾向があります。
しかし、これらの「欠点」とも言える収差や甘さが、このレンズの「味」となっているのです。意図的に残された、あるいは補正しきれなかった収差が、独特の光の滲みや立体感を生み出し、被写体に柔らかな雰囲気をまとわせます。特に、ハイライト部分のにじみや、輪郭の柔らかさは、デジタルらしい硬質な描写とは一線を画します。ポートレート撮影などで、肌の質感を優しく写したい場合などに、この開放描写が非常に有効です。
2. 絞った時のシャープネス
開放の独特な描写とは対照的に、F2.8やF4と絞っていくと、描写は一変します。画面全体で均一なシャープネスを発揮し、隅々まで解像感の高い描写となります。F5.6からF8あたりが最も解像度が高く、現代的なレンズにも劣らないキレのある写りを見せます。風景撮影などでパンフォーカスに近い描写を得たい場合や、被写体の細部まで精密に描写したい場合には、積極的に絞って使うのが良いでしょう。
このように、開放と絞った時で描写が大きく変化する「二面性」を持っていることも、このレンズの面白さであり、表現の幅を広げる要素となっています。開放で雰囲気重視の写真を撮るか、絞って解像度重視の写真を撮るか、撮り手の意図によって使い分けることができます。
3. 秀逸なボケ味
XF35mmF1.4 Rのボケ味は、多くのユーザーが賞賛する点です。開放F1.4が生み出すボケは非常に大きく、被写体を背景から美しく分離させることができます。そのボケは、柔らかく滑らかで、被写体を邪魔することなく、自然に溶け込んでいくような印象を与えます。
点光源のボケ(玉ボケ)は、中央付近では比較的綺麗な円形に近い形になりますが、画面の周辺に行くほど口径食の影響でレモン型に変形します。また、非球面レンズの影響か、玉ボケの中に年輪のような模様が見られる「年輪ボケ」が発生することもあります。これらの特徴も、人によっては「個性」や「味」として捉えられており、むしろ好む写真家も少なくありません。
ボケの質は、被写体の前後に発生するボケ(前ボケと後ボケ)でも微妙に異なりますが、全体的に硬さがなく、描写される空間に自然な立体感をもたらします。特に、最短撮影距離28cmを活かして近距離で撮影する際には、大きなボケと相まって、被写体が浮き上がるような印象的な写真を撮ることができます。
4. マイクロコントラストと質感描写
解像度だけでなく、XF35mmF1.4 Rは「マイクロコントラスト」の表現に長けていると言われます。マイクロコントラストとは、被写体の細かな凹凸や、異なる質感を持つものの境界線におけるコントラストのことで、これが適切に表現されることで、写真に立体感やリアリティが生まれます。このレンズは、被写体の表面のざらつき、滑らかさ、光沢などを、非常に説得力を持って写し取ることができます。例えば、ポートレートにおける肌の質感、静物写真における金属や布地の質感描写などは、このレンズの得意とするところです。
5. 色乗りと階調表現
FUJIFILMのカメラが持つ独特の色再現性、特にフィルムシミュレーションとの相性の良さも、このレンズの魅力です。XF35mmF1.4 Rは、フィルムシミュレーションが持つ豊かな色合いや階調を、余すところなく引き出す能力を持っています。特に、シャドウからハイライトにかけての滑らかな階調表現や、こってりとした色乗りは、このレンズならではの深みのある写真を生み出します。
6. 描写に宿る「空気感」や「雰囲気」
これまでに述べた描写性能、ボケ味、質感描写などが複合的に作用し、XF35mmF1.4 Rで撮られた写真には、数値化しにくい「空気感」や「雰囲気」が写し込まれると言われます。被写体そのものを写すだけでなく、その場に流れる時間、光の質、温度感といった目に見えないものを感じさせる力があるのです。
この「写り込み」は、最新のレンズが目指す「収差を極限まで排除し、画面全域で均一な高解像度を実現する」という設計思想とは異なります。XF35mmF1.4 Rは、ある程度の収差を残すことで、独特の柔らかさや滲み、そして情緒的な表現力を獲得しています。これが「エモい」「ノスタルジック」と評される所以であり、多くの写真家がこのレンズを手放せない理由です。
XF35mmF1.4 R の使い方・活用シーン
XF35mmF1.4 Rの持つ独特な描写を理解した上で、どのように使えばその魅力を最大限に引き出せるのでしょうか。様々な撮影シーンにおける使い方を考えてみましょう。
1. ポートレート
XF35mmF1.4 Rは、ポートレートレンズとして非常に優れています。35mm判換算53mmという焦点距離は、モデルとの距離感を自然に保ちつつ、全身からバストアップまで幅広い構図に対応できます。
- 開放F1.4を活かす: 開放F1.4で撮影することで、大きなボケが得られ、モデルを背景から美しく浮かび上がらせることができます。特に顔のアップなどでは、ピント面はシャープに、そこから滑らかにボケていく描写が、モデルの表情を際立たせ、立体感を生み出します。前述の通り、開放付近の描写は少し柔らかさも持ち合わせているため、肌の質感を優しく写したい場合に最適です。また、玉ボケの独特な形状も、背景によっては写真にアクセントを加えることができます。
- 自然なパースペクティブ: 標準域の焦点距離は、広角レンズのように歪みが強調されることもなく、望遠レンズのように圧縮効果が強すぎることもありません。人間の目に近い自然な遠近感が得られるため、モデルのプロポーションを自然に写すことができます。
- 雰囲気重視のポートレート: 最新レンズのようなカリカリの解像度ではなく、XF35mmF1.4 Rが持つ柔らかさや光の滲みは、モデルの内面や場の雰囲気を表現するポートレートに適しています。ノスタルジック、あるいはドリーミーな雰囲気を演出したい場合などに、このレンズの描写力が活きてきます。
2. スナップ撮影
XF35mmF1.4 Rは、ストリートスナップや日常のスナップ撮影にも最適なレンズです。Xシリーズのコンパクトなボディとの組み合わせは、目立ちにくく、軽快に街を歩きながら撮影できます。
- 標準域の万能性: 35mm判換算53mmという焦点距離は、目の前の情景を切り取るのに非常に適しています。広すぎず狭すぎず、見たままの印象に近い画角で撮影できます。街並み、人々の様子、カフェの風景など、様々な被写体を捉えることができます。
- 開放F1.4で状況を切り取る: 開放F1.4の明るさは、光量の少ない夕暮れ時や室内でもシャッタースピードを稼ぐのに役立ちます。また、背景を大胆にぼかすことで、雑然とした街中でも主題を明確に際立たせた写真を撮ることができます。特定の人物や物に焦点を当て、その瞬間の雰囲気を切り取る際に有効です。
- 絞って情景描写: F5.6やF8まで絞れば、パンフォーカスに近い描写が得られ、街の奥行きや広がりを写し込むことができます。建物から通りを行き交う人々まで、画面全体に情報量を詰め込んだスナップも可能です。
- 最短撮影距離を活かす: 28cmという最短撮影距離は、テーブル上のカップや小物などをクローズアップして撮影する際に便利です。背景を大きくぼかした印象的なテーブルフォトも手軽に撮影できます。
3. テーブルフォト・物撮り
料理やカフェのメニュー、雑貨などのテーブルフォトや物撮りにも、XF35mmF1.4 Rは適しています。
- 質感描写: 前述の通り、XF35mmF1.4 Rは質感描写に優れています。食材の瑞々しさ、焼き物の手触り、布地の柔らかさなどを、リアルかつ魅力的に写し取ることができます。
- 最短撮影距離とボケ: 最短撮影距離28cmまで寄れるため、被写体を画面いっぱいに写しつつ、開放F1.4の大きなボケで背景を整理することができます。これにより、主題である料理や雑貨に視線を集め、印象的な写真を撮ることができます。
- 自然な色合い: このレンズが持つ自然な色乗りは、料理の色合いを美味しそうに表現するのに役立ちます。
4. 風景撮影
風景撮影においては、広角レンズや望遠レンズが主役になることが多いですが、XF35mmF1.4 Rも十分に活躍できます。
- 標準域からの切り取り: 広大な風景を写すというよりは、風景の中の特定の要素や、標準域で切り取った情景を写すのに向いています。遠景にピントを合わせ、手前のボケを活かして遠近感を表現したり、逆に全体にピントを合わせて解像感の高い風景写真を撮ったりと、使い分けが可能です。
- 絞り込んで解像度を活かす: F5.6〜F8程度まで絞れば、画面全体で高い解像力を発揮するため、細部までシャープな風景写真が得られます。
- 光芒: 絞り羽根が7枚のため、光源を小さく絞り込むと7本の美しい光芒が発生します。夕景や夜景で、太陽や街灯の光芒をアクセントとして取り入れるのも良いでしょう。
5. 夜景・星景撮影(応用)
開放F1.4という明るさは、夜景や星景撮影にも有利です。ISO感度を抑えつつ、ノイズの少ないクリアな写真を撮ることができます。
- 明るさを活かす: F1.4は非常に明るいため、三脚を使わずに手持ちで夜景を撮影したり、ISO感度を低く抑えてノイズを減らしたりするのに有効です。
- 点像再現性: 広角レンズと比較すると、周辺の点像(星など)の歪み(コマ収差など)は目立つ傾向がありますが、画面中央付近であれば比較的良好な点像再現性を示します。星景写真においては、比較明合成などを前提として、中央付近の描写を活かすという使い方も考えられます。
他のレンズとの比較
FUJIFILMのXマウントには、XF35mmF1.4 R以外にも魅力的な単焦点レンズが豊富にあります。特に標準域においては、直接の比較対象となるレンズがいくつか存在します。
XF35mmF2 R WR
「F2兄弟」と呼ばれるレンズ群の一本で、XF35mmF1.4 Rの後に登場しました。F値はF1.4より一段暗いF2ですが、その名の通り防塵防滴構造(WR)を備え、AF駆動が高速かつ静かになりました。サイズも一回りコンパクトで、価格も抑えられています。
- 描写: XF35mmF2は、開放から画面全域で比較的均一なシャープネスを発揮します。収差はXF35mmF1.4 Rよりも良く補正されており、より現代的でカリッとした描写が得られます。ボケ味は、XF35mmF1.4 Rのようなとろけるような柔らかさとは異なり、ややしっかりとした印象です。玉ボケはより円形に近く、年輪ボケは目立ちにくい傾向があります。
- AF性能: リニアモーターを採用しており、AF速度はXF35mmF1.4 Rと比較して圧倒的に高速で静かです。動体撮影などAF速度が重要なシーンではXF35mmF2が有利です。
- 堅牢性・携行性: 防塵防滴構造を持つため、悪天候下でも安心して使用できます。サイズも小さく、軽量なため、さらに軽快なスナップ撮影に適しています。
どちらを選ぶか?: 最新の高性能な描写、高速AF、防塵防滴、コンパクトさを求めるならXF35mmF2。一方、独特な開放描写、とろけるようなボケ味、金属鏡筒の質感、そして何よりも「写りの味」を重視するならXF35mmF1.4 Rと言えるでしょう。描写の「個性」という点では、XF35mmF1.4 Rが際立っています。
XF33mmF1.4 R LM WR
2021年に登場した、XF35mmF1.4 Rの実質的な後継とも言えるレンズです。焦点距離はわずかに広角寄りの33mm(35mm判換算約50mm)、開放F値は同じF1.4です。最新の光学設計とリニアモーターによる高速AF、防塵防滴構造を備えています。
- 描写: XF33mmF1.4は、最新の光学技術を駆使して設計されており、開放F1.4から画面全域で非常に高い解像度とコントラストを発揮します。収差も極めて良好に補正されており、まさに現代のレンズの基準を満たした描写です。ボケ味も、XF35mmF1.4 Rのような「味」とは異なり、素直で綺麗なボケを目指した設計と言えます。
- AF性能: リニアモーターを搭載しており、AF速度、精度、静粛性において、XF35mmF1.4 Rを大きく凌駕します。
- 堅牢性・携行性: 防塵防滴構造に加え、耐低温性能も備えています。サイズはXF35mmF1.4 Rよりもやや大きくなっています。
- 価格: 最新の高性能レンズであるため、価格はXF35mmF1.4 Rよりも高価です。
どちらを選ぶか?: 最新の光学性能、圧倒的な解像度、高速・高精度AF、防塵防滴といった「現代のレンズに求められる性能」を最高レベルで求めるならXF33mmF1.4。これ一本で万能に使える標準単焦点として理想的です。しかし、XF35mmF1.4 Rが持つ、ある種の「不完全さ」から生まれる唯一無二の描写の「味」や「雰囲気」を求めるなら、やはりXF35mmF1.4 Rを選ぶ理由があります。XF33mmF1.4はXF35mmF1.4 Rの性能向上版というよりは、全く異なる描写思想に基づいて設計された別のレンズと考えるべきでしょう。
XF35mmF1.4 R の「弱点」と付き合い方
名玉と称されるXF35mmF1.4 Rにも、いくつかの「弱点」は存在します。しかし、これらの弱点もこのレンズの個性を形作る一部であり、理解した上で付き合っていくことが、XF35mmF1.4 Rを使いこなす鍵となります。
1. AF速度と駆動音
XF35mmF1.4 Rは、初期のXFレンズであり、AF駆動にDCモーターを採用しています。そのため、最新のリニアモーター搭載レンズと比較すると、AF速度は速くありません。特に暗い場所やコントラストの低い被写体に対しては、合焦までに時間がかかったり、迷ったりすることがあります。また、AF駆動時には「ジーコジーコ」といった独特の駆動音が発生します。
付き合い方:
* 過信しない: AF速度が要求される動体撮影や、素早くピントを合わせたいシーンでは、AF性能の限界を理解しておくことが重要です。
* MFを活用する: じっくりとピントを合わせたいシーンでは、積極的にマニュアルフォーカス(MF)を活用しましょう。XF35mmF1.4 Rのフォーカスリングはスムーズな操作感であり、ピーキングやデジタルスプリットイメージなどのMFアシスト機能を使えば、正確なピント合わせが可能です。特に、開放F1.4で厳密なピント合わせをしたい場合は、MFが有利なこともあります。
* 被写体を選ぶ: AF速度が遅いことを踏まえ、動きの少ない被写体や、予測可能な動きをする被写体を中心に撮影する、あるいは置きピンを活用するなどの工夫が必要です。
* 駆動音を受け入れる: 駆動音は構造上避けられないため、「このレンズの鳴き声」として受け入れましょう。静かな場所での撮影や動画撮影時には注意が必要ですが、多くの場合は問題にならないレベルです。
2. 軸上色収差(パープルフリンジ/グリーンフリンジ)
開放F1.4付近では、特に明るい背景の輪郭などに、紫や緑の色のにじみ(パープルフリンジ/グリーンフリンジ)が発生しやすい傾向があります。これは軸上色収差と呼ばれる収差の一種で、特に初期の明るいレンズで目立つことがあります。
付き合い方:
* 「味」として許容する: この色のにじみも、XF35mmF1.4 Rの「味」の一部として捉えることもできます。特にポートレートなどで、背景のハイライト部分にわずかに発生するフリンジは、独特の雰囲気を作り出すこともあります。
* RAW現像で補正する: 気になる場合は、RAW現像ソフトで簡単に補正することができます。多くのRAW現像ソフトには色収差補正機能があり、一瞬で解消できます。
* 絞る: 絞ることで収差は軽減されます。F2.8以上に絞れば、ほとんど目立たなくなります。
3. 逆光耐性・フレア/ゴースト
XF35mmF1.4 Rは、最新のレンズと比較すると、逆光に対する耐性は高くありません。強い光源が画面内にある場合や、画面外すぐ近くにある場合などには、フレアやゴーストが発生しやすい傾向があります。
付き合い方:
* フレア・ゴーストを「効果」として利用する: 意図的にフレアやゴーストを写真に取り込むことで、幻想的で印象的な写真に仕上げることができます。特に、淡いフレアはこのレンズの情緒的な描写と相性が良いこともあります。
* フードを適切に使う: 付属の角形フードは、画面外からの不要な光を防ぎ、フレア・ゴーストの発生を抑えるのに有効です。必ず装着して使用しましょう。
* 構図を工夫する: 強い光源を直接画面に入れないように構図を工夫したり、手や物で光源を隠したりすることで、フレアやゴーストの発生を抑えることができます。
4. 周辺減光(口径食)
開放F1.4では、画面の四隅が暗くなる周辺減光(口径食)が発生します。
付き合い方:
* 「味」として許容する: 周辺減光は、写真の中央に視線を集める効果があり、これを好む写真家も少なくありません。開放付近の描写と合わせて、レトロな雰囲気や立体感を生み出す要素として捉えることができます。
* RAW現像で補正する: 多くのRAW現像ソフトで簡単に補正できます。
* 絞る: 絞ることで周辺減光は軽減されます。F2.8以上に絞れば、ほとんど気にならないレベルになります。
5. 防塵防滴ではない
XF35mmF1.4 Rは防塵防滴構造ではありません。雨や埃の多い場所での使用には注意が必要です。
付き合い方:
* 悪天候での使用を避ける: 雨や雪の中など、悪天候での撮影は可能な限り避けましょう。
* 保護する: 撮影中に雨が降ってきた場合は、タオルなどでレンズを保護したり、屋根のある場所に移動したりするなどの対策が必要です。埃の多い場所では、ブロアーなどでこまめに清掃しましょう。
これらの「弱点」は、最新の設計基準から見れば改良の余地がある点かもしれませんが、同時にXF35mmF1.4 Rの個性であり、魅力的な描写を生み出す源泉とも言えます。これらの特徴を理解し、意図的に活かしたり、必要に応じて補正したりすることで、このレンズとの付き合いはより豊かなものになるでしょう。
このレンズを選ぶべき人、選ばない方が良い人
XF35mmF1.4 Rは、全ての人にとって最高のレンズというわけではありません。その独特な個性から、合う人合わない人がいます。
このレンズを選ぶべき人:
- 描写の「味」や「雰囲気」を重視する人: 最新のレンズのような完璧な描写よりも、独特のボケ味、光の滲み、柔らかな描写、そして「エモい」雰囲気といった、数値化できない魅力を求める人には最適です。
- ポートレートやスナップなど、表現力を求める人: 被写体を写すだけでなく、その場の空気感や感情まで写し取りたいと考える写真家にとって、このレンズの表現力は大きな武器となります。
- クラシックな操作感や所有感を求める人: 金属鏡筒の質感、クリック感のある絞りリングなど、物理的な操作感や美しいデザインを好む人には、所有する喜びを与えてくれます。
- 初めての単焦点レンズとして、標準域で表現の幅を広げたい人: 標準的な焦点距離と明るい開放F値は、ボケを活かした表現や、暗い場所での撮影など、単焦点レンズならではの表現を学ぶのに適しています。また、レンズの個性に合わせて撮り方を変える経験は、写真の腕を磨く上でも貴重です。
- 「弱点」を「味」として受け入れられる人: AF速度の遅さや収差などを、レンズの個性として楽しみ、それらを含めた描写を愛せる人に向いています。
このレンズを選ばない方が良い人:
- 最高の解像度とシャープネスを求める人: 画面全域で均一な高解像度を求めるなら、XF33mmF1.4 R LM WRや他の現代的なレンズの方が適しています。
- 高速・高精度AFが必須の人: 動体撮影が多い、AFに頼った撮影スタイルが主、動画撮影でAFを使いたいといった場合には、AF速度と精度に優れたXF35mmF2 R WRやXF33mmF1.4 R LM WRの方が向いています。
- 防塵防滴や堅牢性が必須の人: 悪天候下での撮影が多い、過酷な環境での使用が多いといった場合には、防塵防滴構造を持つレンズを選ぶべきです。
- 収差やフレア・ゴーストを一切許容できない人: 画像の隅々まで完璧な描写を求め、少しの収差やフレアも許容できないという人には、このレンズの特性はストレスになるかもしれません。
XF35mmF1.4 Rは、万人受けする万能なレンズではありません。しかし、その個性に魅力を感じ、付き合い方を理解できる人にとっては、他に替えのきかない、唯一無二の存在となり得るレンズです。
総評とまとめ:なぜXF35mmF1.4 Rは「名玉」であり続けるのか
FUJIFILM XF35mmF1.4 Rは、間違いなくXマウントの歴史において重要な位置を占める「名玉」です。発売から長い年月が経ち、より高性能で最新のレンズが次々と登場する中にあっても、その人気と評価は揺るぎません。
その理由は、単にスペックが高いからでも、全ての面で優れているからでもありません。XF35mmF1.4 Rが持つ最大の魅力は、その独特の「描写の味」にあります。開放F1.4での柔らかく情緒的な描写、とろけるようなボケ味、そして被写体の質感や場の空気感を写し取る力は、他のレンズではなかなか得られないものです。ある程度の収差やAF速度の遅さといった「弱点」も含めて、このレンズが持つ個性であり、それが結果として多くの写真家が求める「エモさ」や「深み」を持った写真を生み出しているのです。
最新のレンズが目指す「完璧な描写」とは異なるアプローチで設計されたXF35mmF1.4 Rは、デジタルの時代にありながら、かつてのフィルム時代のレンズが持っていたような、光学的な個性や不完全さから生まれる表現力を私たちに示してくれます。それは、単に記録するだけでなく、見る者の心に何かを語りかけるような、感情に訴えかける写真です。
XF35mmF1.4 Rは、カメラボディの進化と共に、そのポテンシャルをさらに引き出されています。初期のボディではAF速度がより遅く感じられましたが、最新のボディではAF性能が向上し、このレンズでも実用的な速度でAFが機能するようになっています。また、ボディ内手ブレ補正(IBIS)の搭載されたボディと組み合わせることで、開放F1.4の明るさを活かしつつ、さらに手持ちでの撮影領域が広がっています。
このレンズは、高速AFや防塵防滴といった現代的な利便性よりも、描写そのものの個性や表現力を追求したい写真愛好家にとって、今なお非常に魅力的な選択肢です。初めての単焦点レンズとしても、あるいは既に多くのレンズを持っている写真家が、特定の表現を求めて手にする一本としても、その価値は高いと言えるでしょう。
XF35mmF1.4 Rは、単なるカメラレンズという物体を超え、使い手の感性を刺激し、写真表現の幅を広げてくれるパートナーのような存在です。このレンズが写し出す世界は、他のレンズでは見ることのできない、あなただけの特別な世界となるはずです。
もしあなたが、最新の高性能レンズにはない、何か心に響く「写り」を求めているなら、ぜひ一度、XF35mmF1.4 Rを手に取ってみてください。そして、そのファインダーを通して、未だ色褪せない名玉が織りなす、独特の美しい世界を体験してみてください。きっと、あなたの写真人生に新たな発見をもたらしてくれることでしょう。
このレンズと共に、心に残る一枚を撮る旅に出てみませんか。XF35mmF1.4 Rは、その旅において、最高の相棒となってくれるはずです。