STM32書き込みエラーを解決!ST-LINK Utilityの正しい使い方

はい、承知いたしました。
STM32の書き込みエラー解決とST-LINK Utility(および後継のSTM32CubeProgrammer)の正しい使い方について、約5000語の詳細な記事を作成します。


STM32書き込みエラーを完全攻略!ST-LINK Utility(STM32CubeProgrammer)の正しい使い方

はじめに:STM32開発の「最初の壁」を乗り越えよう

ARM Cortex-Mコアを搭載し、豊富なラインナップと高いコストパフォーマンスで、ホビーからプロの組み込み開発まで絶大な人気を誇るSTマイクロエレクトロニクス社の32ビットマイコン「STM32」。ArduinoやMbedなどの手軽なプラットフォームから、本格的なリアルタイムOS(RTOS)まで対応できる懐の深さが魅力です。

しかし、多くの開発者がSTM32の世界に足を踏み入れたとき、最初に直面するのが「プログラムを書き込めない」という壁です。IDEのビルドは成功しているのに、ターゲットのマイコンに転送しようとすると、無情なエラーメッセージが表示される。ケーブルを抜き差ししたり、PCを再起動したりしても状況は変わらず、開発のモチベーションが大きく削がれてしまう…そんな経験をした方も少なくないでしょう。

この書き込みエラーは、実にさまざまな原因が絡み合って発生します。物理的な接続ミス、電源の問題、ソフトウェアのドライバや設定、そしてマイコン自体の保護機能など、確認すべき項目は多岐にわたります。

この記事の目的は、STM32開発における最大のつまずきポイントである「書き込みエラー」を体系的に理解し、その原因を切り分け、解決へと導くための完全ガイドを提供することです。その鍵となるのが、公式プログラミングツールである「ST-LINK Utility」、そしてその後継ツールである「STM32CubeProgrammer」です。これらのツールを正しく使いこなすことで、エラーメッセージの背後にある真の原因を突き止め、的確な対処が可能になります。

本記事は、以下のような方を対象としています。

  • STM32を始めたばかりで、書き込みエラーに悩まされている初心者の方
  • エラーは解決できたものの、なぜ直ったのか根本的な理由がわからず不安な方
  • ST-LINK UtilityやSTM32CubeProgrammerの機能を深く理解し、より高度な開発を行いたい中級者の方

この記事を読み終える頃には、あなたは単にエラーを解決できるだけでなく、STM32の書き込みメカニズムを深く理解し、自信を持って開発に取り組めるようになっているはずです。さあ、一緒に書き込みエラーの迷宮を抜け出し、快適なSTM32開発ライフを手に入れましょう。

第1章:STM32とST-LINKの基礎知識

エラー解決に取り組む前に、まずは基本となるコンポーネントとその仕組みを理解しておくことが重要です。遠回りに見えるかもしれませんが、この基礎知識が後のトラブルシューティングで必ず役立ちます。

1.1 STM32とは?

STM32は、STマイクロエレクトロニクス社が製造する32ビットマイコンファミリーの総称です。その心臓部には、ARM社が設計したCortex-MシリーズのCPUコアが採用されています。
* 豊富なラインナップ: 低消費電力のSTM32Lシリーズ、高性能なSTM32F4/F7/H7シリーズ、コストパフォーマンスに優れたSTM32F0/F1/G0シリーズなど、用途に応じて最適なマイコンを選択できます。
* 高い拡張性: GPIO、UART、SPI、I2Cといった基本的なペリフェラル(周辺機能)はもちろん、USB、Ethernet、CAN、高度なタイマーやADC/DACなどを数多く内蔵しています。
* 強力な開発エコシステム: STM32CubeIDE(統合開発環境)、STM32CubeMX(コード自動生成ツール)、そして本記事の主役であるSTM32CubeProgrammerなど、公式から手厚い開発ツールが提供されています。

1.2 ST-LINKとは?

ST-LINKは、PCとSTM32マイコンを接続し、プログラムの書き込み(プログラミング)やデバッグを行うためのインターフェースツールです。PCのUSBポートに接続し、反対側をSTM32マイコンの特定のピンに接続して使用します。

  • バージョン: ST-LINK/V2、ST-LINK/V3などのバージョンがあり、新しいものほど高速な通信や多機能化が図られています。
  • 形態:
    • オンボードST-LINK: NucleoボードやDiscovery Kitといった評価ボードには、基板上にあらかじめST-LINK機能が実装されています。USBケーブル一本でPCと接続するだけで、書き込みとデバッグが可能です。
    • 単体ST-LINKプローブ: 自作基板やST-LINKが搭載されていないボードに書き込む際に使用する、独立したツールです。USBでPCに接続し、ケーブルでターゲット基板と接続します。

1.3 書き込み(プログラミング)の仕組み

PC上の開発環境でビルドされたプログラム(.hexファイルや.binファイル)は、どのようにしてSTM32マイコン内部のFlashメモリに書き込まれるのでしょうか。その通信を仲介するのがST-LINKです。

PC ⇔ (USB) ⇔ ST-LINK ⇔ (SWD/JTAG) ⇔ STM32マイコン

この通信経路で重要なのが、ST-LINKとSTM32マイコン間で使用される「デバッグインターフェース」です。主に2つの規格が存在します。

  • SWD (Serial Wire Debug):

    • 近年のSTM32開発で最も一般的に使用されるインターフェースです。
    • SWCLK (クロック)SWDIO (双方向データ) の2本の信号線(+GND)だけで通信できるため、配線が非常にシンプルです。
    • 本記事では、主にこのSWDを前提に解説を進めます。
  • JTAG (Joint Test Action Group):

    • 元々は基板の回路テスト用に策定された規格ですが、デバッグや書き込みにも利用されます。
    • TCK, TMS, TDI, TDO, TRST(オプション)の5本程度の信号線が必要となり、SWDより多くのピンを占有します。
    • 複数のデバイスを連結してデバッグする「デイジーチェーン」接続が可能など、高度な機能を持っています。

ST-LINKは、PCからの指令を受け取り、それをSWDまたはJTAGのプロトコルに変換してSTM32マイコンに伝えます。マイコン側は、これらのピンからの信号を受け取るとデバッグモードに入り、内部のFlashメモリやレジスタへのアクセスを許可します。この仕組みによって、外部からプログラムを書き込んだり、CPUの動作をステップ実行したりといったデバッグが可能になるのです。


第2章:書き込みエラーの主な原因と切り分け

「書き込みエラー」と一言で言っても、その原因は様々です。やみくもに対処するのではなく、原因を体系的に分類し、一つずつ潰していくアプローチが解決への最短ルートです。エラーの原因は、大きく「ハードウェア」「ソフトウェア・設定」「マイコン側の問題」の3つに大別できます。

2.1 ハードウェアに起因する問題

最も多く、そして最も見落としがちなのがハードウェア関連の問題です。プログラムや設定を疑う前に、まず物理的な接続を徹底的に確認しましょう。

  • 物理的な接続不良:

    • ケーブルの確認: USBケーブルや、ST-LINKとターゲット基板を繋ぐジャンパーワイヤーが断線していないか、コネクタが奥までしっかり刺さっているか確認します。特に安価なジャンパーワイヤーは内部で断線していることがあります。
    • ピン接続の間違い: SWDで最も重要なのはSWDIO, SWCLK, GNDの3本です。これらの接続が正しいか、マイコンのデータシートや基板のシルク印刷を見て何度も確認してください。特にSWDIOとSWCLKを逆に接続しているケースは非常に多いです。
    • VDD(VCC)の接続: ST-LINKからターゲットに電源を供給する場合(後述)は、VDDピンも接続する必要があります。
    • はんだ付け不良: 自作基板の場合、マイコンのピンやコネクタのはんだ付けが不十分(イモはんだ)であったり、隣のピンとショート(ブリッジ)していないか、目視やテスターで確認します。
  • 電源供給の問題:

    • ターゲットへの電源: STM32マイコンが動作していなければ、ST-LINKは通信できません。ターゲット基板に正しく電源(通常3.3V)が供給されているか、テスターで電圧を測定しましょう。
    • ST-LINKからの電源供給: 単体のST-LINKプローブには、ターゲット基板へ電源を供給する機能を持つものがあります(多くはVDD_TARGETピン)。しかし、供給できる電流は数十mA程度と非常に小さいため、多くの周辺回路を持つ基板には不十分です。基本的にはターゲット基板には外部から別途電源を供給し、ST-LINKからの電源供給は使用しないのが安全です。
    • GNDの共通化: ST-LINKとターゲット基板のGNDは必ず接続してください。GNDが接続されていないと、信号の基準電位が定まらず、通信が不安定になったり、全くできなくなったりします。
  • ブートモードの設定ミス:

    • STM32マイコンには、起動時にどこからプログラムを読み込むかを決めるためのBOOT0およびBOOT1ピンがあります。
    • Main Flash memory: 通常の動作および書き込み時は、ここから起動します。BOOT0ピンをGNDに落とす(Lowにする)設定が一般的です。
    • System memory: マイコン内部のROMに書き込まれたブートローダーから起動します。UARTやUSB経由で書き込みを行う際に使用します。
    • Embedded SRAM: RAMから起動します。デバッグ時などに特殊な用途で使われます。
    • 書き込みができない場合、意図せずBOOT0ピンがHighになっていて、System memoryから起動しようとしていないか確認してください。

2.2 ソフトウェア・設定に起因する問題

ハードウェアに問題がないと確信できたら、次にPC側のソフトウェアや設定を疑います。

  • ドライバの問題:

    • ST-LINKをPCに接続した際、ドライバが正しくインストールされていないと、OSがST-LINKを認識できません。
    • Windowsの場合、「デバイス マネージャー」を開き、「ユニバーサル シリアル バス デバイス」などの項目に「ST-Link Debug」や「ST-Link Virtual COM Port」が警告マーク(!や?)なしで表示されているか確認します。
    • 認識されていない場合は、ST公式サイトから最新のST-LINK USBドライバをダウンロードしてインストールし直してください。STM32CubeProgrammerをインストールすると、通常は同時にインストールされます。
  • プログラミングツールの設定ミス:

    • STM32CubeProgrammer(または旧ST-LINK Utility)内の設定が、ターゲットの状況と合っていない可能性があります。
    • 接続モード: Hot plug(ターゲット動作中に接続)とUnder Reset(リセットをかけながら接続)の選択が重要です。後述しますが、Under Resetは多くの問題を解決する魔法のオプションです。
    • 通信周波数: SWDのクロック周波数が高すぎると、配線長やノイズの影響で通信が失敗することがあります。デフォルトの4MHz程度で失敗する場合、1.8MHzやそれ以下に下げて試してみてください。

2.3 マイコン側の問題(ロック状態など)

物理接続もソフトウェア設定も正しいはずなのに、なぜか接続できない。その場合、マイコン自体が書き込みを受け付けない状態になっている可能性があります。

  • Readout Protection (RDP):

    • Flashメモリ内のプログラムを不正な読み出しから保護するための機能です。RDPが有効になっていると、デバッガからのアクセスが制限され、書き込みができなくなります。
    • これは意図せず設定されてしまうこともあれば、製品のファームウェアを保護するために意図的に設定されていることもあります。
    • RDPを解除するには、マイコン全体のFlashを消去(Mass Erase)する必要があります。詳細は第3章で解説します。
  • デバッグピンのGPIO化:

    • これは非常に厄介で、初心者が陥りやすい罠の一つです。ユーザープログラムの中で、SWD通信に使用するSWDIO/SWCLKピン(通常はPA13/PA14)を、通常のGPIO(Lチカなど)として再設定してしまうケースです。
    • 一度このプログラムを書き込んでしまうと、マイコンが起動した瞬間にデバッグピンがGPIOに切り替わってしまうため、ST-LINKは通信経路を失い、二度と接続できなくなってしまいます。
    • この状態から復旧するためには、マイコンがピンの設定コードを実行する「前」に、ST-LINKが制御を奪う必要があります。そのためのテクニックが「Connect under reset」です。

これらの原因を念頭に置き、次の章では解決の核となるツール「STM32CubeProgrammer」の使い方を徹底的に解説していきます。


第3章:ST-LINK UtilityからSTM32CubeProgrammerへ

書き込みエラーと戦うための最も強力な武器が、ST公式のプログラミングツールです。

3.1 ツールの変遷とSTM32CubeProgrammerのすすめ

長年、STM32の書き込みツールとしては「ST-LINK Utility」が広く使われてきました。シンプルなUIで直感的に操作できるのが特徴でしたが、現在は開発が終了し、レガシーツールという位置づけになっています。

その後継として登場したのが「STM32CubeProgrammer」です。
このツールは、ST-LINK Utilityの全機能を引き継ぎつつ、さらに多くの機能が追加されています。

  • 対応インターフェースの拡充: ST-LINK(SWD/JTAG)だけでなく、UARTやUSB DFUブートローダー経由での書き込みにも対応。
  • クロスプラットフォーム: Windows、Linux、macOSで動作します。
  • セキュアプログラミング: STM32のセキュリティ機能(TrustZoneなど)に対応した書き込みが可能です。
  • 豊富な機能: オプションバイトの編集、コマンドラインインターフェース(CLI)など、より高度な操作をサポートしています。

現在、新規に開発を始めるのであれば、STM32CubeProgrammer(以下、CubeProgrammer)を選択するのが最適解です。本記事でも、主にCubeProgrammerの画面と機能に基づいて解説を進めます。基本的な操作の流れはST-LINK Utilityと共通しているため、旧ツールユーザーの方も参考にしていただけます。

3.2 インストールと初期設定

  1. ダウンロード: ST公式サイトのSTM32CubeProgrammerページにアクセスし、”Get Software”から最新版をダウンロードします。(要ユーザー登録)
  2. Javaの確認: CubeProgrammerはJavaで動作するため、PCにJava Runtime Environment (JRE) がインストールされている必要があります。インストーラーが自動で確認・導入を促してくれます。
  3. インストール: ダウンロードしたインストーラーを実行します。ウィザードに従って進めていくだけで完了します。途中、ST-LINKドライバなどをインストールするか尋ねられるので、すべてチェックを入れておきましょう。

3.3 基本的な使い方(書き込み手順)

CubeProgrammerを起動すると、少し複雑に見えるウィンドウが表示されます。しかし、基本的な書き込み手順は以下の4ステップで非常にシンプルです。

[Step 1] 接続 (Connect)

まず、PCとSTM32マイコンをST-LINKで物理的に接続します。その後、CubeProgrammerの右上にあるインターフェースと接続設定を行います。

  1. インターフェースの選択: ドロップダウンリストから「ST-LINK」を選択します。
  2. ST-LINKの選択: PCに複数のST-LINKが接続されている場合、シリアルナンバーで識別できます。通常はデフォルトでOKです。
  3. 接続設定:
    • Port: 書き込みインターフェースを選択します。通常は「SWD」です。
    • Freq (Frequency): SWDクロックの周波数です。まずはデフォルトの「4000 kHz (4MHz)」で試します。接続に失敗する場合は、ここを低い値(1800, 1000, …)に下げてみてください。
    • Mode: 接続モードを選択します。これが非常に重要です。
      • Normal: 通常の接続モード。Hot plugとも呼ばれます。
      • Under Reset: ターゲットマイコンをリセット状態に保ったまま接続を試みます。デバッグピンがGPIO化された場合など、特殊な状況からの復旧に絶大な効果を発揮します。
      • Power down: ST-LINK V3でサポートされるモードです。
  4. Connectボタン: すべての設定が完了したら、緑色の「Connect」ボタンをクリックします。

成功すると、左側のペインにマイコンのメモリ情報(Device memory)が表示され、Logウィンドウに「Device connected」といったメッセージが出力されます。これでPCとマイコン間の通信が確立されました。

[Step 2] 消去 (Erase)

プログラムを書き込む前に、Flashメモリを消去するのが一般的です。左側のメニューから「Erasing & Programming」(消しゴムと矢印のアイコン)を選択します。

  • Full chip erase: Flashメモリ全体を完全に消去します。新しいプログラムをクリーンな状態で書き込みたい場合に実行します。
  • Sector erase: 特定のセクタ(領域)だけを選択して消去します。設定データなど、一部のデータを残したままプログラム部分だけを更新したい場合に使用します。

通常は「Full chip erase」ボタンをクリックすればOKです。

[Step 3] プログラム (Program)

いよいよプログラムファイルを書き込みます。

  1. ファイル選択: 「File path」の「Browse」ボタンをクリックし、書き込みたいプログラムファイル(拡張子が .hex, .bin, .elf のいずれか)を選択します。IDEが生成したファイルは、プロジェクトフォルダ内の DebugRelease といったフォルダにあります。
  2. 開始アドレス:
    • .hex.elf ファイルにはアドレス情報が含まれているため、通常は「Start address」は自動で設定されます。
    • .bin ファイルは純粋なバイナリデータでアドレス情報を持たないため、手動で正しい開始アドレスを指定する必要があります。STM32のFlashメモリの開始アドレスは、通常 0x08000000 です。
  3. オプション:

    • Verify programming: 必ずチェックを入れてください。書き込み後に、Flashメモリの内容とファイルの内容が一致しているかを確認(ベリファイ)する重要なオプションです。これがオンであれば、書き込みが正しく完了したことを保証できます。
    • Skip flash erase before programming: チェックを入れると、書き込み前の自動消去をスキップします。通常はチェックを外しておき、CubeProgrammerに消去を任せるのが安全です。
  4. Programmingボタン: 設定が完了したら、「Start Programming」ボタンをクリックします。

プログレスバーが進み、Logウィンドウに「File download complete」や「Verification… OK」といったメッセージが表示されれば、書き込みは成功です。

[Step 4] 切断 (Disconnect)

作業が完了したら、右上の赤い「Disconnect」ボタンをクリックして、マイコンとの接続を安全に解除します。

3.4 応用的な機能:オプションバイト(OB)の制覇

CubeProgrammerの真価は、基本的な書き込み機能だけではありません。特に「オプションバイト (Option Bytes)」の編集機能は、書き込みエラーの解決や製品のセキュリティ設定に不可欠です。

左側メニューの「OB」(鍵のアイコン)をクリックすると、オプションバイトの編集画面が開きます。

  • オプションバイトとは?
    Flashメモリとは別の、特殊な不揮発性メモリ領域です。マイコンの基本的な動作や保護設定などを司る、いわば「マイコンの憲法」のようなものです。

  • Readout Protection (RDP):

    • 読み出し保護レベルを設定します。これが書き込みエラーの直接的な原因になることがあります。
    • Level 0 (AA): 保護なし。デバッガからのアクセスは自由です。通常の開発時はこのレベルです。
    • Level 1 (Not AA/CC): Flashメモリの読み出しが禁止されます。デバッガを接続することはできますが、メモリの内容は見えません。Level 1からLevel 0に戻す操作を行うと、Chip Mass Erase(全消去)が強制的に実行されます。 これにより、保護されていたプログラムは消去されますが、再び書き込み可能な状態に戻ります。
    • Level 2 (CC): 【警告:絶対に安易に設定しないこと!】 デバッグポート(SWD/JTAG)が完全に無効化され、マイコンへの一切のアクセスが永久にできなくなります。Level 0に戻すことはできません。 このマイコンは文字通り「文鎮化」します。市場に出す製品のファームウェアを完全に保護するための最終手段です。

    もし「Read-out protection is activated」というエラーが出たら、RDPがLevel 1に設定されている可能性が高いです。 この画面でRDPを Level 0 に変更し、「Apply」ボタンを押すことで、Mass Eraseを経て復旧できます。

  • Write Protection (WRP):

    • Flashメモリの特定のセクタを書き込み禁止にする機能です。ブートローダーや重要な設定データを誤って上書きしないように保護するために使います。
    • もし特定の領域だけ書き込みに失敗する場合、このWRPが設定されていないか確認してください。
  • BOR Level:

    • Brown-Out Resetの略。電源電圧が一定以下に低下した際に、マイコンを安全にリセットさせるための電圧閾値を設定します。電源が不安定な環境では、適切なBORレベルの設定が重要です。

オプションバイトを変更した後は、必ず「Apply」ボタンを押して設定をマイコンに書き込む必要があります。


第4章:実践!エラーケース別・解決への道筋

理論を学んだところで、いよいよ実践です。実際によく遭遇するエラーメッセージと、その解決に向けた具体的な手順をフローチャート形式で見ていきましょう。

Case 1: “No ST-LINK detected” / “Cannot open ST-LINK”

CubeProgrammerがST-LINK自体を認識できていない状態です。マイコンではなく、PCとST-LINK間の問題です。

[切り分けフロー]

  1. 【物理チェック】 USBケーブルはPCとST-LINKにしっかり接続されていますか?

    • → No: しっかり接続し直す。別のUSBポートや別のUSBケーブルで試す。
    • → Yes: 次へ
  2. 【ドライバチェック】 WindowsのデバイスマネージャーでST-LINKは正しく認識されていますか?(警告マークなし)

    • → No: ST-LINKのUSBドライバを再インストールする。CubeProgrammerのインストーラーを再実行するのが手軽。
    • → Yes: 次へ
  3. 【ST-LINK本体チェック】 ST-LINKのLEDは点灯・点滅していますか?

    • → No(消灯): ST-LINK自体の故障の可能性。
    • → Yes(点灯/点滅): 次へ
  4. 【切り分け】 別のSTM32ボード(Nucleoなど)があれば、それで接続を試せますか?

    • → Yes, 別のボードでは成功: 問題は元のターゲット基板側にある可能性。
    • → Yes, 別のボードでも失敗: ST-LINKプローブ自体の故障が濃厚。
    • → No, 試せない: 次へ
  5. 【Nucleoボード特有】 Nucleoボードの場合、CN2コネクタの近くにあるJP1(IDD測定用)ジャンパーが外れていませんか?これが外れているとマイコンに電源が供給されず、ST-LINKがターゲットを認識できません。

Case 2: “Target is not responding” / “SWD/JTAG Communication failure”

ST-LINKは認識されているが、その先のSTM32マイコンと通信できていない状態です。最も多くの原因が考えられる、典型的なエラーです。

[切り分けフロー]

  1. 【電源チェック】 ターゲット基板に電源は供給されていますか?(LED点灯、テスターでVDD電圧測定)

    • → No: 外部電源を接続する、または電源回路を見直す。
    • → Yes: 次へ
  2. 【配線チェック】 SWDIO, SWCLK, GND の配線は正しいですか?(逆になっていないか、接触不良はないか)

    • → No/不安: データシートや回路図でピン配置を再確認し、接続し直す。
    • → Yes: 次へ
  3. 【ブートモードチェック】 BOOT0ピンの設定は正しいですか?(通常はGNDに接続)

    • → No/Highになっている: 正しくGNDに接続する。
    • → Yes: 次へ
  4. 【CubeProgrammer設定変更①:周波数】 CubeProgrammerの接続設定で、Freqを低い値(1800kHzなど)に下げて Connectを試してください。

    • → 成功!: 通信速度が原因でした。配線が長い、ノイズが多いなどの環境が考えられます。
    • → 失敗…: 次へ
  5. 【CubeProgrammer設定変更②:接続モード】 これが最重要ポイントです。CubeProgrammerの接続設定で、Modeを Under Reset に変更して Connectを試してください。

    • なぜ Under Reset が有効なのか?
      • 前述の「デバッグピンのGPIO化」問題のように、ユーザープログラムが起動直後にSWDピンの機能を上書きしてしまう場合、通常モードでは接続が間に合いません。
      • Under Reset モードでは、ST-LINKがまずマイコンのリセットピンを制御してリセット状態に保ちます。マイコンのCPUが停止しているこの隙に、ST-LINKがSWDポートの制御を確立します。これにより、ユーザープログラムが暴走する前に接続を確保できるのです。
    • 成功!: おめでとうございます!多くの場合、この操作で解決します。原因はデバッグピンのGPIO化、あるいは低消費電力モード(STOP/STANDBY)に即時に入ってしまうプログラムが書き込まれていた可能性が高いです。接続できたら、まずは「Full chip erase」を実行して問題のプログラムを消去しましょう。その後、ModeをNormalに戻して書き込みができるはずです。
    • 失敗…: 問題はさらに根深いようです。次へ。
  6. 【RDPチェック】 オプションバイトのRDPがLevel 2に設定されていませんか?(もしそうなら、残念ながらそのマイコンは復旧不可能です)あるいは、ハードウェアの致命的な故障(マイコンの破損など)の可能性も考えられます。

Case 3: “Read-out protection is activated”

エラーメッセージが親切に原因を教えてくれています。

[解決手順]

  1. CubeProgrammerの左メニューから「OB」(オプションバイト)画面を開きます。
  2. Read Out Protection」の項目が Level 1 になっていることを確認します。
  3. ドロップダウンリストから Level 0 を選択します。
  4. Apply」ボタンをクリックします。
  5. 「この操作を行うとチップが完全に消去されます(Mass Erase)」という趣旨の警告が表示されます。内容を理解した上で「OK」します。
  6. 処理が完了すると、RDPが解除され、Flashメモリが空になった状態で再び書き込みが可能になります。

Case 4: (番外編)中華製ST-LINKクローンのトラブル

安価なST-LINKクローン製品を使っている場合、特有のトラブルが発生することがあります。
* ファームウェアが古い: CubeProgrammerやST-LINK Utilityには、接続されているST-LINKのファームウェアをアップデートする機能があります。「ST-LINK > Firmware update」メニューから最新版に更新することで、動作が安定することがあります。
* 品質の問題: 内部の部品やはんだ付けの品質が低く、通信が不安定になることがあります。
* 電圧レギュレータ非搭載: 一部の粗悪なクローンには、5VトレラントでないSTM32に対して5Vレベルで信号を送ってしまうものがあり、最悪の場合マイコンを破損させます。

トラブルシューティングに行き詰まったら、一度公式のNucleoボードに搭載されているST-LINKや、信頼できるメーカーのST-LINKプローブで試してみることを強くお勧めします。


第5章:それでも解決しないとき

あらゆる手を尽くしても問題が解決しない場合、一人で抱え込まずに外部の助けを借りたり、視点を変えたりすることが重要です。

  • コミュニティの活用:

    • ST Community (公式): STのエンジニアや世界中の開発者が集う公式フォーラムです。英語が基本ですが、非常に質の高い情報交換が行われています。
    • Stack Overflow: プログラミング関連のQ&Aサイト。STM32関連の質問も多数あります。
    • 質問する際のコツ:
      • 使用しているマイコン、ボード、ST-LINKの種類を明記する。
      • 開発環境(IDE、CubeProgrammerのバージョン)を伝える。
      • 表示されたエラーメッセージを正確に全文コピー&ペーストする。
      • これまでに試したことを具体的にリストアップする。
      • 回路図や接続の写真を添付する。
        これらを明確にすることで、回答者は的確なアドバイスをしやすくなります。
  • 高度なデバッグツール:

    • オシロスコープやロジックアナライザがあれば、SWCLKやSWDIOの信号波形を直接観測できます。「信号が全く出ていない」「波形がなまっている」「ノイズが乗っている」といった物理層の問題を特定できます。また、ターゲット基板の電源ラインが安定しているかを確認するのにも役立ちます。
  • 原点回帰(ミニマム構成でのテスト):

    • 自作基板で問題が起きている場合、一度その基板から離れ、正常に動作することが分かっているNucleoボード単体で書き込みができるか確認します。
    • ここで成功すれば、問題は自作基板の回路や実装にあることが確定します。
    • 最もシンプルで確実な環境に戻って基準点を作ることは、複雑な問題解決において非常に有効な手法です。

まとめ:エラーは成長の糧

STM32の書き込みエラーは、開発者にとって避けては通れない道です。しかし、本記事で解説したように、その原因は必ずどこかに潜んでいます。重要なのは、パニックにならず、体系的なアプローチで一つずつ可能性を潰していくことです。

  1. ハードウェアを疑う: 接続、電源、GND。基本中の基本を徹底的に確認する。
  2. ソフトウェアを疑う: ドライバ、CubeProgrammerの設定(特に周波数とConnect under reset)。
  3. マイコンを疑う: RDPやWRPといったオプションバイトの状態を確認する。

この3つの視点を持ち、STM32CubeProgrammerという強力なツールを使いこなせば、ほとんどの書き込みエラーはあなたの手で解決できるはずです。エラーメッセージは、あなたを困らせるものではなく、問題の在り処を教えてくれるヒントです。一つ一つのエラーを乗り越えるたびに、あなたのSTM32に関する知識と経験は確実に深まっていきます。

この記事が、あなたのSTM32開発における「書き込めない」という壁を打ち破る一助となれば幸いです。エラーを恐れず、トライ&エラーを楽しみながら、素晴らしい電子工作・組み込み開発の世界を存分に満喫してください。

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