はい、承知いたしました。
以下に「他の脆弱性診断ツールと何が違う?Amazon Inspectorの強みと特徴」について、約5000字で詳細に解説した記事を作成します。
【徹底比較】他の脆弱性診断ツールと何が違う?Amazon Inspectorの強みと特徴を徹底解説
はじめに
クラウドコンピューティングの普及に伴い、企業のITインフラは急速にAWS(Amazon Web Services)へと移行しています。この変革はビジネスに俊敏性とスケーラビリティをもたらす一方で、新たなセキュリティ課題を生み出しました。動的に変化し、複雑化するクラウド環境において、従来のセキュリティ対策だけでは不十分であり、継続的な脆弱性管理の重要性はかつてないほど高まっています。
このような背景の中、数多くの脆弱性診断ツールが登場し、セキュリティ担当者はどのツールを選択すべきかという課題に直面しています。特に、AWSが自ら提供する「Amazon Inspector」は、多くのAWSユーザーにとって有力な選択肢の一つです。しかし、「他のサードパーティ製ツールやオープンソースツールと具体的に何が違うのか?」「Amazon Inspectorならではの強みとは何か?」といった疑問を持つ方も少なくないでしょう。
本記事では、Amazon Inspectorに焦点を当て、その基本的な機能から、他の脆弱性診断ツールとの比較を通じて浮き彫りになる独自の強みと特徴までを徹底的に解説します。AWS環境のセキュリティを強化したいと考えているインフラエンジニア、セキュリティ担当者、そしてすべてのAWSユーザーにとって、最適な脆弱性管理戦略を立てるための一助となれば幸いです。
第1章: Amazon Inspectorとは?基本を理解する
Amazon Inspectorを他のツールと比較する前に、まずはその基本的な概念と機能、そして今日に至るまでの進化について理解を深めましょう。
1-1. Amazon Inspectorの概要
Amazon Inspectorは、AWSが提供する自動化された脆弱性管理サービスです。その主な目的は、AWS上で稼働するワークロードに潜むソフトウェアの脆弱性や、意図しないネットワークエクスポージャーを継続的にスキャンし、検出することです。
単なる「スキャンツール」ではなく「管理サービス」と表現されるのは、一度有効化すれば、手動でのスキャン実行やスケジュールの設定が不要で、環境の変化に応じて自動的かつ継続的に評価を行ってくれる点にあります。これにより、運用負荷を大幅に削減しながら、セキュリティポスチャを常に最新の状態に保つことが可能になります。
1-2. Amazon Inspectorの歴史と進化(旧バージョンとの違い)
現在のAmazon Inspectorを理解する上で、その前身である「Amazon Inspector Classic」との違いを知ることは非常に重要です。2021年後半にリリースされた新しいAmazon Inspector(通称 v2)は、Classic版が抱えていた課題を克服し、全く新しいサービスとして生まれ変わりました。
Amazon Inspector Classic(旧バージョン)の特徴:
* エージェントベース: スキャン対象のEC2インスタンスに専用の「Inspector Agent」をインストールする必要がありました。
* スケジュールベースのスキャン: スキャンは手動で開始するか、事前に設定したスケジュール(例: 週に1回)に基づいて実行されました。スキャンとスキャンの間は評価がされないため、その間に新たな脆弱性が公開されても検知できませんでした。
* ルールパッケージ: スキャン内容は「ルールパッケージ」として定義されており、ユーザーが選択する必要がありました。(例: CVE、CISベンチマークなど)
* 限定的な対象: 主にEC2インスタンスが対象でした。
新しいAmazon Inspector(v2)の特徴:
これに対し、新しいAmazon Inspectorは以下の点で劇的な進化を遂げています。
* AWS Systems Manager (SSM) Agentの活用: EC2インスタンスのスキャンには、多くのAWS環境で既に利用されているSSM Agentを活用します。これにより、Inspector専用エージェントのインストール・管理が不要となり、実質的にエージェントレスに近い体験を提供します。
* 継続的な自動スキャン: スケジュールベースではなく、イベントドリブンで動作します。新しいEC2インスタンスの起動、ソフトウェアパッケージのインストール、ECRへのコンテナイメージのプッシュ、新しい脆弱性情報(CVE)の公開といったイベントをトリガーに、自動で再スキャン・再評価が行われます。
* AWS Organizationsとのネイティブ統合: 数クリックで組織内のすべてのAWSアカウントに対してInspectorを有効化できます。新しいアカウントが作成された際も自動的に保護対象となるため、大規模環境での展開と管理が非常に容易になりました。
* カバレッジの拡大: EC2インスタンスに加え、Amazon ECR内のコンテナイメージやAWS Lambda関数の脆弱性診断にも標準で対応しました。
* インテリジェントなリスクスコアリング: 単純なCVSSスコアだけでなく、ネットワーク到達可能性や既知の攻撃コード(エクスプロイト)の有無といったコンテキスト情報を加味した独自の「Inspector Risk Score」を導入し、対応の優先順位付けを容易にしました。
このように、新しいAmazon Inspectorは、より自動化され、より広範なワークロードをカバーし、よりインテリジェントな評価が可能な、現代のクラウド環境に最適化されたサービスへと進化を遂げたのです。本記事で解説する「Amazon Inspector」は、この新しいバージョンを指します。
1-3. 主な診断対象と検出できる脆弱性の種類
現在のAmazon Inspectorがカバーする主な診断対象と脆弱性の種類は以下の通りです。
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Amazon EC2インスタンス:
- OSのパッケージ脆弱性: OS(Amazon Linux, Ubuntu, CentOS, RHEL, Windows Serverなど)にインストールされているパッケージの既知の脆弱性(CVE)を検出します。
- ネットワーク到達可能性: セキュリティグループやネットワークACLの設定を分析し、そのEC2インスタンスがインターネットなどの外部ネットワークから到達可能かどうかを評価します。この情報は、脆弱性のリスクを判断する上で重要なコンテキストとなります。
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Amazon ECR (Elastic Container Registry) 内のコンテナイメージ:
- OSのパッケージ脆弱性: コンテナイメージのベースOSに含まれるパッケージの脆弱性(CVE)を検出します。
- プログラミング言語パッケージの脆弱性: 一部のプログラミング言語(Java, Python, Ruby, Node.jsなど)のアプリケーションライブラリの脆弱性も検出対象となります。(CodeGuru Securityとの統合により機能が拡張されています)
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AWS Lambda関数:
- プログラミング言語パッケージの脆弱性: Lambda関数のデプロイパッケージに含まれるアプリケーションライブラリ(例: Pythonのpipパッケージ, Node.jsのnpmパッケージ)の脆弱性(CVE)を検出します。
これらの対象を継続的にスキャンし、発見された脆弱性を一元的にダッシュボードで可視化することで、迅速な対応を支援します。
第2章: Amazon Inspectorの「強み」と「特徴」を深掘り
Amazon Inspectorの基本を理解したところで、次はその核心である「強み」と「特徴」を、他のツールとの比較を念頭に置きながら深掘りしていきましょう。
2-1. 強み①: AWSネイティブならではのシームレスな統合
Amazon Inspectorの最大の強みは、AWSエコシステムに深く根ざしたネイティブサービスである点です。これにより、他のサードパーティ製ツールでは実現が難しい、シームレスな統合と簡単な管理が実現されています。
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AWS Organizationsとの強力な連携:
多くの企業では、環境(本番、開発など)や部署ごとに複数のAWSアカウントを運用しています。AWS Organizationsはこれらを一元管理するためのサービスです。Amazon InspectorはOrganizationsとネイティブに連携し、以下のような圧倒的な管理の容易さを提供します。- 一括有効化: 管理アカウントから数クリックするだけで、組織内のすべての既存メンバーアカウントに対してAmazon Inspectorを有効化できます。各アカウントに個別にログインして設定する必要はありません。
- 新規アカウントの自動有効化: 今後、組織内に新しいAWSアカウントが作成された場合も、自動的にAmazon Inspectorが有効になります。これにより、管理対象からの漏れを防ぎ、常にガバナンスを効かせた状態を維持できます。
- 委任管理者設定: セキュリティ管理を特定のメンバーアカウント(例: セキュリティ管理用アカウント)に委任できます。委任された管理者は、組織全体の検出結果を横断的に確認・管理することが可能です。
サードパーティ製ツールの場合、各アカウントへの接続設定(IAMロールの作成など)やエージェントの展開を個別に行う必要があり、特にアカウント数が多い大規模組織では、この導入・展開の手間が大きな負担となります。InspectorのOrganizations連携は、この課題を根本的に解決します。
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他のAWSサービスとのエコシステム:
Inspectorは、他のAWSサービスと連携することで、その真価をさらに発揮します。- AWS Systems Manager (SSM) Agent: 前述の通り、EC2スキャンにSSM Agentを利用します。SSM Agentはパッチ管理、インベントリ収集、リモートコマンド実行など、多くの運用タスクで利用される標準的なエージェントであり、既に導入済みの場合が多いです。これにより、Inspectorのために新たなエージェントを導入・管理するオーバーヘッドがゼロになります。
- Amazon EventBridge: Inspectorが脆弱性を検出すると、その情報がEventBridgeイベントとして発行されます。これをトリガーとして、様々なアクションを自動化できます。例えば、「”Critical”な脆弱性が検出されたら、Slackに通知する」「特定の脆弱性に対して、Lambda関数を起動して自動修復を試みる」といったワークフローを簡単に構築できます。
- AWS Security Hub: Inspectorの検出結果は、自動的にAWS Security Hubに集約されます。Security Hubは、GuardDuty(脅威検出)、Macie(データ保護)、Config(設定評価)など、他のAWSセキュリティサービスの検出結果も一元的に表示・管理するサービスです。これにより、脆弱性情報だけでなく、AWS環境全体のセキュリティポスチャを統合的に把握し、トリアージ(対応の優先順位付け)を行うことが可能になります。
このAWSネイティブの統合力こそ、Inspectorが単なるスキャンツールではなく、AWS環境におけるセキュリティ運用の中核を担うサービスたる所以です。
2-2. 強み②: 継続的かつ自動化されたスキャン
従来の脆弱性診断は、「週に一度」「月に一度」といった定期的なスキャンが主流でした。しかし、このアプローチには、スキャンとスキャンの間にセキュリティの空白期間が生まれるという課題がありました。
Amazon Inspectorは、この概念を覆す「継続的な自動スキャン」モデルを採用しています。
* “スキャン”という概念からの脱却:
Inspectorは、特定の時間に一斉にスキャンを実行するわけではありません。AWS環境内で発生する様々なイベントをトリガーに、継続的にリソースを評価します。
* 新しいリソースの発見: 新しいEC2インスタンスが起動されたり、ECRに新しいコンテナイメージがプッシュされると、それを自動で検知し、スキャンを開始します。
* 環境の変化の検知: 稼働中のEC2インスタンスに新しいソフトウェアがインストールされたり、ポートが開かれたりすると、その変更を検知して再評価を行います。
* 新たな脆弱性情報の検知: Amazonの脅威インテリジェンスチームが新しい脆弱性情報(CVE)をデータベースに追加すると、そのCVEに該当するリソースがないか、管理下のすべてのリソースが自動で再評価されます。
これにより、「昨日は安全だったが、今日公開された新しい脆弱性の影響を受ける」といった状況にも即座に対応でき、常に最新の状態でセキュリティリスクを把握することが可能です。
- 運用負荷の大幅な軽減:
この継続的スキャンモデルは、運用チームの負担を劇的に軽減します。一度有効化してしまえば、スキャンの実行やスケジューリング、対象リソースの追加・削除といった手作業は一切不要です。開発チームはインフラの変更を意識することなく開発に集中でき、セキュリティチームは常に最新の評価結果に基づいて対策に専念できます。この特性は、開発と運用のサイクルを高速化するDevOpsの考え方と非常に高い親和性を持ちます。
2-3. 強み③: 高度なリスクスコアリング
世の中には日々、無数の脆弱性が公開されており、そのすべてに即時対応することは現実的ではありません。セキュリティ運用において最も重要なことの一つは、「どの脆弱性から先に対応すべきか」を正しく判断することです。
Amazon Inspectorは、この優先順位付けを支援するために、単なるCVSS(共通脆弱性評価システム)スコアに留まらない、独自の「Inspector Risk Score」を提供します。
* コンテキストを考慮したスコア:
Inspector Risk Scoreは、CVSS基本スコアをベースにしつつ、AWS環境の様々なコンテキスト情報を加味して、0.1から10.0の範囲で算出されます。考慮される主な要素は以下の通りです。
* ネットワーク到達可能性: その脆弱性が存在するEC2インスタンスが、インターネットからアクセス可能なポートを持っているか。もしアクセス不能であれば、外部からの攻撃リスクは低いため、スコアは下方修正されます。
* エクスプロイト(攻撃コード)の活発度: その脆弱性を悪用する攻撃コードが既に公開されているか、また、実際に攻撃が観測されているかといった脅威インテリジェンス情報を加味します。攻撃が活発な脆弱性は、スコアが上方修正されます。
* 修正の可能性 (VEX): ベンダーから提供されるVEX (Vulnerability Exploitability eXchange) 情報を利用し、脆弱性が特定の条件下では悪用されない、といった情報をスコアリングに反映させることも可能です。
- 優先順位付けの容易さ:
このインテリジェントなスコアリングにより、膨大な脆弱性リストの中から、本当に危険なものを効率的に特定できます。- 例1: CVSSスコアが9.8(Critical)の脆弱性でも、そのインスタンスが完全にプライベートなサブネットにあり、外部からのアクセス経路がなければ、Inspectorスコアは低く評価される可能性があります。
- 例2: 逆に、CVSSスコアは7.5(High)でも、インターネットに公開されており、かつ攻撃コードが出回っている脆弱性であれば、Inspectorスコアは高く評価され、対応の優先順位が上がります。
これにより、セキュリティチームはノイズに惑わされることなく、ビジネスに対する実質的なリスクが最も高い脆弱性にリソースを集中させることができます。
2-4. 強み④: 幅広いカバレッジとエージェントレスアプローチ
現代のアプリケーションは、仮想サーバー(EC2)、コンテナ(ECR/ECS/EKS)、サーバーレス(Lambda)といった多様なコンポーネントで構成されています。Amazon Inspectorは、これら主要なAWSワークロードを単一のサービスで横断的にカバーできる点が特徴です。
また、EC2スキャンにおけるSSM Agentの活用は、ユーザーに「エージェントレス」に近い体験を提供します。Inspector専用のエージェントを新たに展開・設定・更新・管理する必要がないため、導入のハードルが非常に低く、既存の運用プロセスへの影響も最小限に抑えられます。これは、エージェントの管理が大きな負担となりがちなサードパーティ製ツールと比較した場合の、明確な優位点と言えるでしょう。
第3章: 他の脆弱性診断ツールとの比較
Amazon Inspectorの強みを理解した上で、他の脆弱性診断ツールと具体的に比較してみましょう。ここではツールをいくつかのカテゴリーに分け、それぞれの特徴とInspectorとの違いを明確にします。
3-1. 比較対象となるツールのカテゴリー
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クラウドネイティブ セキュリティプラットフォーム (CNAPP/CSPM/CWPP):
- 例: Prisma Cloud (Palo Alto Networks), Aqua Security, Snyk, Tenable Cloud Security, Qualys Cloud Platform
- 特徴: 脆弱性診断(CWPP: Cloud Workload Protection Platform)だけでなく、クラウドの設定ミス検知(CSPM: Cloud Security Posture Management)、IaC(Infrastructure as Code)スキャン、コンプライアンス管理、ランタイム保護など、包括的な機能を提供するプラットフォームです。多くはマルチクラウドに対応しています。
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オープンソースソフトウェア (OSS):
- 例: Trivy, Clair, OpenSCAP, Lynis
- 特徴: 無償で利用可能で、ソースコードが公開されているためカスタマイズ性が高いのが魅力です。特定の機能(例: Trivyはコンテナイメージスキャン)に特化しているものが多く、組み合わせて使用されることもあります。
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従来のネットワーク脆弱性スキャナ:
- 例: Nessus Professional, OpenVAS
- 特徴: オンプレミス環境で長年の実績があり、IPアドレスを指定してネットワーク経由でスキャンを行うのが基本です。OSやミドルウェアの脆弱性、開いているポートなどを広範囲にスキャンする能力に長けています。
3-2. 比較軸①: 対象範囲と機能
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Amazon Inspector:
- 対象: AWSワークロード(EC2, ECR, Lambda)に特化。
- 機能: OS/ライブラリの脆弱性(CVE)とEC2のネットワーク到達可能性の評価が中核。シンプルで、脆弱性管理にフォーカスしている。
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CNAPP/CSPM/CWPP:
- 対象: AWS, Azure, GCPなどマルチクラウドに対応。
- 機能: 非常に多機能。脆弱性診断に加え、IAM設定の不備、S3バケットの公開設定ミス、コンプライアンス(PCI DSS, ISO 27001など)準拠チェック、コンテナのランタイム保護、Kubernetesセキュリティ、IaCテンプレートのスキャンなど、クラウドセキュリティに関わるほぼすべての領域をカバーする。
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OSS:
- 対象/機能: ツールによる。Trivyはコンテナイメージ、ファイルシステム、Gitリポジトリの脆弱性スキャンに強い。LynisはLinuxシステムのセキュリティ監査(Hardening)に特化。複数のOSSを組み合わせることで広範なカバーも可能ですが、機能間の連携や結果の統合は自前で構築する必要がある。
結論: 機能の広さではCNAPPが圧倒的です。InspectorはAWS上の脆弱性管理に特化しており、OSSは特定の目的に対して強力なツールとなります。
3-3. 比較軸②: 導入と運用の容易さ
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Amazon Inspector:
- 導入: AWS Organizations連携により、大規模環境でも数分で展開完了。
- 運用: 継続的自動スキャンにより、日常的な運用タスクはほぼゼロ。AWSネイティブなため、学習コストも低い。
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CNAPP/CSPM/CWPP:
- 導入: マルチクラウド対応のため、各クラウド環境への接続設定(権限設定など)や、ワークロードへのエージェント展開が必要。Inspectorに比べて初期設定は複雑になる傾向がある。
- 運用: 高機能な分、使いこなすには専門的な知識が必要。ダッシュボードやポリシー設定も多岐にわたるため、学習コストは高め。
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OSS:
- 導入/運用: 高度な専門知識が必須。ツールのインストール、設定、スキャンの自動化(CI/CD連携やcron設定)、結果を集約・可視化する仕組みの構築など、すべて自前で行う必要がある。
結論: 導入・運用の容易さではAmazon Inspectorが群を抜いています。手軽に始められ、運用負荷が低い点は最大の魅力の一つです。
3-4. 比較軸③: コスト
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Amazon Inspector:
- 料金体系: 完全な従量課金制。スキャンしたEC2インスタンスの平均数、ECRにプッシュしたコンテナイメージ数などに基づいて課金される。スモールスタートしやすく、コストが予測しやすい。
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CNAPP/CSPM/CWPP:
- 料金体系: 年間サブスクリプションが基本。管理対象のリソース数(クレジット)や利用機能に応じたライセンス契約となる。一般的に高機能な分、コストも高額になる。
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OSS:
- 料金体系: ソフトウェア自体のライセンス費用は無料。しかし、それを運用・管理するためのエンジニアの人件費、結果を保存・可視化するためのインフラコストといった「見えないコスト」が発生する点に注意が必要。
結論: コスト面での始めやすさはInspectorやOSSに軍配が上がります。CNAPPは包括的な機能を提供する分、相応の投資が必要となります。
3-5. 使い分けのシナリオ:どんな場合にAmazon Inspectorが最適か?
これらの比較から、Amazon Inspectorが特に輝くシナリオが見えてきます。
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AWSにインフラが集中している企業:
マルチクラウド環境を管理する必要がなく、AWSに特化した最適なソリューションを求めている場合、Inspectorのネイティブ統合の恩恵を最大限に享受できます。 -
DevOpsを推進し、自動化を重視する企業:
CI/CDパイプラインとの連携や、EventBridgeによる自動化ワークフローの構築など、InspectorのイベントドリブンなアーキテクチャはDevOps文化と非常に親和性が高いです。 -
専任のセキュリティチームが小規模、または兼任の企業:
導入と運用の負荷が極めて低いため、限られたリソースでも高度な脆弱性管理を実現できます。「まずはクラウドの脆弱性対策から始めたい」という場合の第一歩として最適です。
一方で、厳格なコンプライアンス要件を持つ企業や、既に複雑なマルチクラウド環境を運用している企業にとっては、CNAPP/CSPMプラットフォームが提供する包括的な機能がより適している場合もあります。また、高度なカスタマイズを求めるセキュリティ専門家は、OSSを組み合わせて独自のシステムを構築することを選択するかもしれません。
重要なのは、これらのツールは排他的な関係ではないということです。例えば、基本的な脆弱性管理をAmazon Inspectorでカバーしつつ、より高度な設定ミスチェックやコンプライアンス管理のためにCSPMツールを併用する、といったハイブリッドなアプローチも有効です。
第4章: Amazon Inspectorの導入と活用事例
最後に、Amazon Inspectorがいかに簡単に導入でき、どのように活用できるのかを具体的に見ていきましょう。
4-1. 簡単な導入ステップ
Amazon Inspectorの導入は驚くほど簡単です。
1. AWSマネジメントコンソールにログインし、Amazon Inspectorのサービスページを開きます。
2. 「使用を開始する」ボタンをクリックします。
3. 初回であれば、有効化する範囲を選択する画面が表示されます。AWS Organizationsを利用している場合は、「すべてのアカウントを有効化」を選択するだけで、組織全体に展開できます。
4. スキャンしたいリソースタイプ(EC2スキャン、ECRスキャン、Lambdaスキャン)をオンにします。
5. 「有効化」をクリックします。
たったこれだけです。 この操作が完了した瞬間から、Amazon Inspectorは対象リソースの継続的なスキャンを開始します。エージェントのインストールも、スキャン設定も、ターゲットリストの作成も不要です。
4-2. 効果的な活用シナリオ
導入したInspectorをさらに効果的に活用するためのシナリオをいくつか紹介します。
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シナリオ①: Security Hubとの連携による一元的な脅威管理:
Inspectorの検出結果は、デフォルトでSecurity Hubに送信されます。セキュリティ担当者はSecurity Hubのダッシュボードを見るだけで、Inspectorによる脆弱性情報(Finding)、GuardDutyによる不審なアクティビティ、Configによる設定不備などを一元的に確認できます。これにより、個別のサービスコンソールを行き来することなく、効率的にリスクの全体像を把握し、トリアージを行うことができます。 -
シナリオ②: EventBridgeとLambdaによる脆弱性の自動修復:
クリティカルな脆弱性の放置は許されません。EventBridgeとLambdaを組み合わせることで、発見から修復までのプロセスを自動化できます。- Inspectorが「重大度: CRITICAL」の脆弱性を検出。
- EventBridgeがこの検出イベントをルールで捕捉。
- EventBridgeがターゲットとして設定されたAWS Lambda関数をトリガー。
- Lambda関数は、脆弱性の詳細(CVE-IDなど)をイベント情報から取得し、AWS Systems Manager (SSM) Run Command を使用して、該当するEC2インスタンスにパッチ適用コマンド(例:
sudo yum update --security -y
)を自動で実行。
このフローを構築することで、人の介在なしに、深刻なリスクを迅速に封じ込めることが可能になります。
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シナリオ③: CI/CDパイプラインへの組み込みによる”シフトレフト”セキュリティ:
開発プロセスの早い段階で脆弱性を発見・修正する「シフトレフト」の考え方は、現代のソフトウェア開発において不可欠です。- 開発者がコンテナイメージをビルドし、Amazon ECRにプッシュ。
- Inspectorがプッシュをトリガーに自動でイメージスキャンを実行。
- EventBridgeがInspectorのスキャン完了イベントを捕捉。
- EventBridgeがAWS CodePipelineやJenkinsなどのCI/CDツールに結果を通知(Lambda経由など)。
- パイプラインは、もし「重大度: CRITICAL」の脆弱性が含まれていれば、本番環境へのデプロイを自動的にブロックし、開発者に通知。
これにより、脆弱なアプリケーションが本番環境にリリースされるのを未然に防ぎ、手戻りのコストを大幅に削減できます。
まとめ
本記事では、Amazon Inspectorの基本的な機能から、他の脆弱性診断ツールと比較した際の強みと特徴、そして具体的な活用方法までを詳細に解説しました。
改めて、Amazon Inspectorの核心的な価値を要約すると以下のようになります。
* AWSネイティブの強み: Organizationsや他のAWSサービスとのシームレスな統合により、大規模環境でも導入・管理が圧倒的に容易。
* 継続的な自動化: イベントドリブンなスキャンモデルにより、運用負荷を最小限に抑えつつ、常に最新のセキュリティ状態を維持。
* インテリジェントなリスク評価: ネットワーク到達可能性などのコンテキストを加味した「Inspector Risk Score」により、真に対応すべき脆弱性の優先順位付けを支援。
Amazon Inspectorは、単なる脆弱性スキャナではなく、AWS環境に深く統合され、セキュリティ運用を自動化・効率化するための「自動脆弱性管理サービス」です。
もちろん、マルチクラウドを包括的に管理したい場合にはCNAPP/CSPMプラットフォームが、特定の目的のために深いカスタマイズが必要な場合にはOSSが、それぞれ適した選択肢となり得ます。しかし、AWSを中心としたインフラを運用し、効率的かつ低コストで堅牢な脆弱性管理体制を構築したいと考える多くの企業にとって、Amazon Inspectorは他に類を見ない、非常に強力で魅力的なソリューションであると言えるでしょう。
クラウドセキュリティは一日にして成らず。本記事が、皆様の環境に最適な脆弱性管理戦略を策定するための一助となれば幸いです。