【完全ガイド】無料の科学画像解析ソフトImageJのすべて


【完全ガイド】無料の科学画像解析ソフトImageJのすべて

導入:科学の眼を数値化する魔法のツール

顕微鏡が映し出すミクロの世界、望遠鏡が捉える宇宙の広がり、医療現場で撮影される人体の断面図。これら科学の最前線で得られる画像は、単に美しいだけでなく、膨大な情報を含んだ貴重なデータです。しかし、その情報を人間の目だけで解釈するには限界があります。「この細胞は、あの細胞よりどれくらい明るいのか?」「この粒子の大きさは正確に何マイクロメートルか?」「この組織では、2つのタンパク質は同じ場所に存在するのか?」——こうした定量的な問いに答えるためには、画像を客観的な数値データとして解析するツールが不可欠です。

その最強のツールこそ、今回ご紹介するImageJ(イメージジェイ)です。

ImageJは、米国国立衛生研究所(NIH)によって開発され、世界中の研究者に無料で提供されているパブリックドメインの画像処理・解析ソフトウェアです。Javaをベースにしているため、Windows, macOS, Linuxといった主要なオペレーティングシステムで動作するクロスプラットフォーム対応も魅力です。

なぜImageJはこれほどまでに重要なのでしょうか?

  1. 無料であること: 高価な商用ソフトウェアが多数存在する中で、誰でも無料で利用できるImageJは、教育機関や予算の限られた研究室にとって、まさに救世主です。
  2. 科学的信頼性: NIHという公的機関が開発を主導しており、そのアルゴリズムはオープンで検証可能です。世界中の科学論文でImageJを用いた解析結果が報告されており、その信頼性は折り紙付きです。
  3. 圧倒的な拡張性: ImageJの真価は、その拡張性にあります。世界中の開発者が作成した「プラグイン」を追加することで、特定の解析(細胞追跡、3D画像の構築、コロカリゼーション分析など)に特化した機能を無限に増やすことができます。
  4. 自動化による効率化: 「マクロ」機能を使えば、繰り返し行う煩雑な解析作業をボタン一つで自動化できます。これにより、作業時間が劇的に短縮されるだけでなく、人的ミスを防ぎ、解析の再現性を高めることができます。

この記事は、これからImageJを学びたいと考えている初心者から、基本的な操作は知っているけれど、もっと活用したいと考えている中級者までを対象としています。インストールの基本から、画像の定量解析、さらには応用的なテクニックや作業の自動化まで、ImageJのすべてを網羅的に、そして丁寧に解説していきます。この長いガイドを読み終える頃には、あなたは画像を目で見るだけでなく、「数値で語る」ための強力な武器を手に入れているはずです。さあ、科学の眼を数値化する旅を始めましょう。


第1章: ImageJをはじめよう – インストールと基本設定

ImageJの世界へ足を踏み入れるための最初のステップです。ここでは、ソフトウェアの入手方法から、快適な解析環境を整えるための初期設定までを解説します。

1. ImageJか、Fijiか? それが問題だ

ImageJを始めようと検索すると、“ImageJ”“Fiji” という2つの名前を目にするはずです。これらは何が違うのでしょうか?

  • ImageJ: NIHが開発しているオリジナルのコアソフトウェアです。基本的な機能がコンパクトにまとまっています。
  • Fiji: “Fiji Is Just ImageJ” の略で、ImageJの配布パッケージの一つです。例えるなら、Fijiは「全部入り」のImageJです。ImageJ本体に加えて、科学研究で頻繁に利用される膨大な数のプラグイン、便利なアップデート機能、さまざまなプログラミング言語(スクリプト)を実行する環境が最初からバンドルされています。

結論から言うと、これから始める方は迷わずFijiをインストールしてください。 多くのチュートリアルや解説記事もFijiを前提としており、後からプラグインを一つずつ探してインストールする手間が省けます。このガイドもFijiの使用を前提として進めます。

2. ダウンロードとインストール

Fijiのインストールは非常に簡単です。

  1. 公式サイトにアクセス: ウェブブラウザで Fijiの公式サイト( fiji.sc )にアクセスします。
  2. ダウンロード: トップページに大きく表示されている「Download」ボタンをクリックします。お使いのコンピュータのOS(Windows, macOS, Linux)に合ったバージョンが自動で推奨されるので、それをクリックしてダウンロードを開始します。
  3. インストール: ダウンロードされたファイルは、通常、圧縮ファイル(.zipなど)です。これを解凍(展開)するだけでインストールは完了です。WindowsならC:\ドライブ直下、macOSならアプリケーションフォルダなど、分かりやすい場所に解凍した「Fiji.app」フォルダを配置しましょう。インストーラーを実行する必要はありません。

3. 初回起動とインターフェースの解剖

解凍したフォルダの中にある実行ファイル(WindowsならImageJ-win64.exe、macOSならFiji.app)をダブルクリックしてFijiを起動してみましょう。小さなウィンドウがいくつか表示されるはずです。

  • メインウィンドウ: これがImageJ/Fijiの中心です。上部にはメニューバー、その下にはツールバーが配置されています。
    • メニューバー: File, Edit, Image, Process, Analyze など、ImageJのすべての機能がここから呼び出せます。最初は圧倒されるかもしれませんが、よく使う機能は限られています。
    • ツールバー: 画像の領域選択や線の描画、拡大・縮小など、直感的な操作を行うためのツールが並んでいます。各アイコンにマウスカーソルを合わせると、ツールの名前が表示されます。主なツールをいくつか見てみましょう。
      • 選択ツール: 矩形、楕円、多角形、フリーハンドなど。解析したい領域(ROI)を指定します。
      • 直線ツール: 長さや輝度プロファイルを測定するための直線を引きます。
      • 角度ツール: 3点をクリックして角度を測定します。
      • 虫眼鏡ツール(Zoom Tool): クリックで拡大、Altキー(Optionキー)を押しながらクリックで縮小します。
      • ハンドツール(Hand Tool): 拡大表示した画像をドラッグして移動します。スペースキーを押している間もこのツールに切り替わります。
  • ステータスバー: メインウィンドウの下部にあり、マウスカーソルの位置座標や画素値、実行中の操作の進捗などを表示します。常にここに注目する癖をつけると良いでしょう。
  • プログレスバー: 時間のかかる処理を行っている間、メインウィンドウの上部に緑色のバーが表示され、進捗状況を示します。

4. メモリ割り当ての最適化 – 解析をスムーズにするために

高解像度の画像や、何百枚もの画像からなるスタック(後述)を扱うと、ImageJの動作が遅くなったり、エラーで停止したりすることがあります。これは、ImageJが使用できるメモリ(RAM)の上限が低く設定されていることが原因です。快適な解析のために、最初にメモリ割りてを最適化しましょう。

  1. メニューバーから Edit > Options > Memory & Threads... を選択します。
  2. Maximum memory という項目に、ImageJが使用できるメモリの最大値をメガバイト(MB)またはギガバイト(GB)単位で入力します。
  3. どれくらい割り当てれば良いでしょうか?目安として、お使いのPCに搭載されている総メモリの50%〜75%を割り当てると良いでしょう。例えば、16GBのメモリを搭載したPCなら、8000MB(8GB)から12000MB(12GB)程度に設定します。
  4. 設定後、Fijiを再起動すると変更が適用されます。

この一手間が、後の解析作業の快適さを大きく左右します。


第2章: 画像の基本操作 – 開く、見る、保存する

解析の前に、まずは画像を自在に操るための基本操作をマスターしましょう。

1. 画像の開き方

ImageJは驚くほど多くのファイル形式に対応しています。

  • ドラッグ&ドロップ: 最も簡単な方法は、画像ファイルをFijiのメインウィンドウに直接ドラッグ&ドロップすることです。
  • メニューから開く: File > Open... を選択し、ファイルを選択して開きます。
  • 対応形式: 一般的なJPEG, PNG, GIF, BMPはもちろん、科学分野で標準的に使われるTIFF (Tagged Image File Format)、医療用画像の国際標準規格であるDICOM (Digital Imaging and Communications in Medicine)、天文学で使われるFITSなど、専門的な形式もそのまま開くことができます。FijiにバンドルされているBio-Formatsプラグインのおかげで、各顕微鏡メーカー独自の特殊なファイル形式にも多数対応しています。

2. 画像の表示とナビゲーション

画像を開いたら、細部を観察したり全体を俯瞰したりしてみましょう。

  • ズーム: ツールバーの虫眼鏡ツールを選択し、画像をクリックすると拡大、Altキー(macOSではOptionキー)を押しながらクリックすると縮小します。また、キーボードの + キーで拡大、- キーで縮小も可能です。
  • 移動: 画像を拡大表示しているとき、ツールバーのハンドツールを選択して画像をドラッグするか、どのツールを選択していてもスペースキーを押しながらドラッグすることで、表示範囲を自由に移動できます。
  • ウィンドウ情報: 画像ウィンドウのタイトルバーには、ファイル名、画像の幅×高さ(ピクセル単位)、画像の種類(後述)、ファイルサイズなどの基本情報が表示されています。

3. 画像の保存 – 科学データの完全性を保つ

解析結果や処理後の画像を保存する際には、ファイル形式の選択が極めて重要です。

  • 保存方法: File > Save As... を選択し、希望のファイル形式を選びます。
  • なぜTIFFが重要か?:
    • ブログやレポートに貼り付けるだけならJPEGでも構いません。しかし、JPEGは非可逆圧縮という方式でデータを圧縮するため、保存するたびに画質がわずかに劣化し、元のピクセル情報が失われてしまいます。
    • 一方、TIFF可逆圧縮または非圧縮で保存できるため、画質の劣化が一切なく、元のピクセル情報を完全に保持できます。科学的な解析においては、データの完全性が最も重要です。解析途中や最終的なデータとして画像を保存する場合は、必ずTIFF形式を選びましょう。
  • オーバーレイの焼き付け: 後述するROIや測定結果の数値を画像上に表示した状態(オーバーレイ)をそのまま画像として保存したい場合は、Image > Overlay > Flatten を実行します。これにより、オーバーレイがピクセル情報として画像に「焼き付け」られ、他の画像ビューワーでも表示できるようになります。

4. スタックとハイパースタック – 多次元画像を操る

ImageJは、一枚の画像だけでなく、連続した複数の画像を扱うのが得意です。

  • スタック(Stack)とは?: 複数の画像を一つのファイルにまとめたものです。画像ウィンドウの下部にスライダーが表示され、これを動かすことで画像を切り替えることができます。
    • Zスタック: 焦点(Z軸)を少しずつずらしながら撮影した一連の画像。共焦点顕微鏡などで得られます。
    • タイムラプス: 同じ場所を経時的(Time)に撮影した一連の動画のような画像。
  • ハイパースタック(Hyperstack)とは?: さらに次元が増えた多次元画像です。一般的な生物学の実験では、チャンネル(C, 蛍光色素の違い)Z軸(Z)時間(T)の3つの次元を持つハイパースタックがよく使われます。ウィンドウの下部には、各次元を操作するためのスライダーが表示されます。
  • スタックの操作: Image > Stacks メニューには、スタックを操作するための様々な機能があります。
    • Add Slice / Delete Slice: 現在のスタックにスライスを追加・削除します。
    • Make Montage: スタック内の全画像を格子状に並べた一枚の画像を作成します。論文の図を作成する際に便利です。
    • Z Project...: Zスタックの全スライスを1枚の画像に投影します。例えば「Max Intensity」を選択すると、各ピクセル位置で最も輝度が高い値を採用した画像が生成され、焦点が合っている部分をすべて集めたような画像になります。

第3章: 画像処理の基礎 – 画像を解析しやすくする

生の画像データは、ノイズが多かったり、照明が不均一だったりして、そのままでは正確な解析が難しい場合があります。この章では、定量解析の前準備として、画像を「整える」ための基本的な画像処理テクニックを学びます。

1. 画像の種類の変換 – データの本質を理解する

画像の「種類(Type)」は、各ピクセルが持つことのできる情報の範囲を定義します。Image > Type メニューから変換できます。

  • 8-bit: 各ピクセルの明るさを0(黒)から255(白)までの256段階で表現します。一般的なグレースケール画像です。
  • 16-bit: 0から65,535までの65,536段階で表現します。科学用の高感度カメラは、より広い明るさの範囲(ダイナミックレンジ)を捉えるため、16-bitで画像を記録することが多いです。より繊細な輝度の差を保持できます。
  • 32-bit (float): 浮動小数点数を使ってピクセル値を表現します。これにより、負の値や1.0以上の値、小数点以下の値も扱うことができます。計算結果(例:2つの画像の差分)などを格納するのに適しています。
  • RGB Color: 赤(R)、緑(G)、青(B)の3つのチャンネルから構成されるカラー画像です。各チャンネルは通常8-bitで、それぞれが0-255の値を持ちます。

解析を行う際は、元データのビット深度をむやみに下げないことが重要です。例えば、16-bitの元データを8-bitに変換すると、微細な輝度情報が失われてしまいます。

2. 明るさとコントラストの調整 – 見やすく、しかし騙されず

画像のコントラストが低いと、対象物が見えにくいことがあります。Image > Adjust > Brightness/Contrast... (B&C) を使うと、表示上の明るさを調整できます。

  • B&Cウィンドウ: このウィンドウを開くと、画像の輝度分布を示すヒストグラムが表示されます。MinimumとMaximumのスライダーを動かすことで、どの範囲の輝度値を黒と白に割り当てるかを調整できます。
  • Auto: 自動で最適なコントラストに調整してくれます。
  • Reset: 調整をリセットして元の表示に戻します。
  • 最重要注意点: “Apply” は押さない!
    B&CウィンドウのApplyボタンを押すと、表示上の調整が実際のピクセル値に恒久的に反映されてしまいます。 例えば、0-50の範囲のピクセル値はすべて0に、200-255の範囲はすべて255に書き換えられてしまいます。これは定量的な情報を破壊する行為です。科学的な解析においては、Applyは絶対に使わず、表示上の調整に留めるのが鉄則です。元のデータはそのままに、見え方だけを変えるのがB&Cツールの正しい使い方です。

3. フィルタ処理 – ノイズを除去し、特徴を際立たせる

顕微鏡画像などには、センサー由来のランダムなノイズが含まれることがよくあります。フィルタ処理は、こうしたノイズを低減するのに役立ちます。Process > Filters メニューに様々なフィルタがあります。

  • Gaussian Blur(ガウシアンぼかし): 周囲のピクセルの値を重み付け平均することで、画像を滑らかにし、細かいノイズを低減します。ぼかしの強さはSigma (radius)の値で調整します。最も一般的で使いやすいノイズ除去フィルタです。
  • Median(メディアンフィルタ): 周囲のピクセル値の中央値を採用するフィルタです。塩コショウノイズ(ポツポツとした白黒のノイズ)の除去に特に効果的で、ガウシアンぼかしに比べてエッジ(輪郭)を保持しやすい特徴があります。
  • Find Edges: 画像の輪郭部分を検出して強調します。
  • Unsharp Mask: 画像のシャープネスを向上させ、細部を際立たせます。

フィルタ処理は、後の閾値処理や粒子解析の結果を大きく改善することがありますが、かけすぎると元々の画像の特徴まで失ってしまうため、適用前と後で画像を見比べながら慎重に行う必要があります。

4. 背景補正 – 不均一な照明ムラを取り除く

顕微鏡画像の中心部は明るく、周辺部は暗い、といった照明ムラはよくある問題です。このような背景輝度の勾配は、定量解析の正確性を著しく損ないます。

Process > Subtract Background... 機能は、この問題を解決するのに非常に強力です。

  • Rolling ball algorithm: この機能は、「転がるボール」のアルゴリズムに基づいています。画像の下側から、指定した半径の仮想的なボールを転がすことを想像してください。ボールが届かない部分(細胞などの突起)を除いた、滑らかな背景面(ボールの軌跡)を推定し、元の画像からその背景面を引き算します。
  • Rolling ball radius の設定: この値が最も重要です。目安として、除去したい背景のムラのスケールよりも大きく、かつ、解析したい対象物(細胞など)の最も太い部分よりも大きい値に設定します。Light backgroundのチェックボックスは、背景が白く物体が黒い場合(透過光顕微鏡など)にチェックを入れます。Previewにチェックを入れると、設定値を変更しながらリアルタイムで結果を確認できます。

第4章: 定量的な画像解析 – 画像から数値を引き出す

いよいよImageJの真骨頂である定量解析です。画像という視覚情報を、客観的で比較可能な数値データに変換していきます。

1. ROIの設定とROIマネージャー

解析の第一歩は、「画像のどこを測定するのか」を指定することです。この測定対象領域をROI (Region of Interest)と呼びます。

  • ROIの作成: ツールバーの選択ツール(矩形、楕円、多角形、フリーハンドなど)を使って、測定したい領域を囲みます。例えば、細胞の輪郭をフリーハンドツールでなぞります。
  • ROIマネージャー: 複数のROIを効率的に管理するための必須ツールがROIマネージャーです。Analyze > Tools > ROI Manager... で開くか、ROIを作成した状態でキーボードの t を押すと、そのROIがROIマネージャーに登録されます。
    • Add [t]: 現在選択しているROIをリストに追加します。
    • Update: リストで選択中のROIを、現在画像上で編集したROIの形状に更新します。
    • Delete / Rename: リストのROIを削除・改名します。
    • Measure: リストに含まれるすべてのROIについて、一括で測定を実行します。これが非常に便利です。
    • Save… / Open…: ROIのセットをファイルとして保存・読み込みができます。これにより、後で同じ領域を再解析することが可能です。

2. 計測(Measurement)の実行

ROIを指定したら、いよいよ測定です。

  • 測定の実行: ROIを選択した状態で Analyze > Measure を実行するか、キーボードショートカット Ctrl+M (Windows) / Cmd+M (macOS) を押します。すると、「Results」というタイトルの結果テーブルが表示され、測定値が記録されます。
  • 測定項目の設定: デフォルトでも多くの項目が測定されますが、何を測定するかは Analyze > Set Measurements... でカスタマイズできます。以下に主要な項目を解説します。
    • Area: ROIの面積(単位はピクセル。スケール設定をすれば物理単位に)。
    • Mean gray value: ROI内のピクセル輝度の平均値。
    • StdDev (Standard Deviation): ROI内のピクセル輝度の標準偏差。輝度のばらつきを示します。
    • Min & max gray value: ROI内の輝度の最小値と最大値。
    • Integrated Density (IntDen): ROI内のすべてのピクセルの輝度値を合計したもの (Area * Mean gray value)。蛍光の総量などを評価する際に非常に重要です。
    • Centroid / Center of Mass: ROIの重心座標。
  • スケール設定: Analyze > Set Scale... で、ピクセルと物理的な長さ(µm, mmなど)の関係を設定できます。例えば、画像のスケールバーを直線ツールでなぞり、その長さをKnown distanceに入力すると、面積や長さが自動的に正しい物理単位で計算されるようになります。

3. プロファイルプロット – 線上の輝度変化を見る

細胞膜へのタンパク質の集積や、ウェスタンブロットのバンドの濃さなどを評価したい場合、線上の輝度変化をグラフ化すると便利です。

  1. 直線ツールやフリーハンド線ツールで、輝度を測定したい線を描画します。
  2. Analyze > Plot Profile (ショートカット: Ctrl+K / Cmd+K) を実行します。
  3. すると、描画した線に沿った輝度の変化がグラフとして表示されます。横軸が線に沿った距離、縦軸が輝度値です。Listボタンを押せば、グラフの元データを数値で得ることもできます。

4. 閾値処理による二値化 – オブジェクトの抽出

「画像中の細胞だけ」「核だけ」といった特定の対象物だけを抽出したい場合、閾値(いきち)処理(Thresholding)が有効です。これは、指定した輝度の範囲内にあるピクセルを前景(オブジェクト)、それ以外を背景として分離する操作です。

  1. Image > Adjust > Threshold... (ショートカット: Ctrl+Shift+T / Cmd+Shift+T) を開きます。
  2. 画像のヒストグラムと2つのスライダーが表示されます。スライダーを動かして、抽出したい対象物が赤く表示されるように輝度の下限と上限を設定します。
  3. 自動閾値設定: 手動での設定は主観が入り込むため、再現性の観点から自動閾値設定アルゴリズムの利用が強く推奨されます。ドロップダウンメニューからOtsuIsoDataなど、様々なアルゴリズムを選択できます。どのアルゴリズムが良いかは画像によりますが、Otsu法は輝度ヒストグラムに2つのピークがある場合にうまく機能するため、広く使われています。
  4. 閾値が決まったらApplyを押します。すると画像が二値化(Binary)され、前景は黒(または白)、背景は白(または黒)の2つの値だけの画像になります。この二値化画像が、次の粒子解析の入力となります。

5. 粒子解析 – オブジェクトを自動で数え、測る

二値化画像さえ作成できれば、ImageJの最も強力な機能の一つである粒子解析(Particle Analysis)が使えます。これは、画像中の個々のオブジェクト(粒子、細胞、核など)を自動的に検出し、それぞれの面積、形状、位置などを一括で測定する機能です。

  1. 閾値処理で作成した二値化画像を用意します。
  2. Analyze > Analyze Particles... を開きます。
  3. 設定ウィンドウで、解析の条件を指定します。
    • Size (pixel^2): 解析対象とするオブジェクトの面積の範囲をピクセル単位で指定します。例えば100-Infinityと設定すれば、面積が100ピクセル未満の小さなゴミやノイズを無視できます。
    • Circularity: オブジェクトの形状をフィルタリングします。値は0から1.0までで、1.0が真円に相当します。例えば0.8-1.0と設定すれば、円形に近い細胞だけを解析対象とすることができます。
    • Show: ドロップダウンメニューから結果の表示方法を選べます。Outlinesを選ぶと、検出されたオブジェクトの輪郭を描画した新しい画像が生成され、正しく検出できているか視覚的に確認できます。
    • Display results: チェックを入れると、各オブジェクトの測定結果がResultsテーブルに表示されます。
    • Add to Manager: チェックを入れると、検出された各オブジェクトがROIとしてROIマネージャーに自動で登録されます。これが非常に強力で、後から元のグレースケール画像に戻り、ROIマネージャーのROIを使って各細胞の平均輝度などを測定することができます。

この「閾値処理 → 粒子解析 → ROIマネージャー経由で元画像を測定」という一連の流れは、ImageJによる定量解析の王道パターンです。


第5章: 応用テクニックと便利な機能

基本をマスターしたら、さらに高度で専門的な解析に挑戦してみましょう。Fijiには、そのための強力なツールが満載です。

1. カラー画像の操作と疑似カラー

多重染色した免疫染色の画像など、カラー画像は多くの情報を含んでいます。

  • チャンネルの分離とマージ:
    • Image > Color > Split Channels: RGBカラー画像を、Red, Green, Blueの3枚のグレースケール画像に分離します。分離後は、各チャンネルを個別に閾値処理したり、輝度を測定したりできます。
    • Image > Color > Merge Channels...: 分離したチャンネルや、異なるグレースケール画像を、再びR, G, Bに割り当ててカラー画像を合成します。
  • ルックアップテーブル (LUTs): グレースケール画像は、通常、黒(0)から白(255)へのグラデーションで表示されますが、この色の割り当て(LUT)を変更することで、輝度の違いをより視覚的に分かりやすくすることができます。Image > Lookup Tables からFire, Ice, Spectrumなどを選んでみてください。これは疑似カラー表示と呼ばれ、表示上の見た目を変えるだけで、元のピクセル値は変更されません。

2. 3Dビューワーで立体的に見る

Zスタック画像は、スライダーで1枚ずつ見るだけでは全体の構造を把握しにくいものです。Plugins > 3D > 3D Viewer を使うと、Zスタックをインタラクティブな3Dオブジェクトとして可視化できます。

  • Display as: で表示方法を選択できます。
    • Volume: ボリュームレンダリングで、半透明の雲のように表示します。
    • Surface: 閾値を設定し、オブジェクトの表面を滑らかに表示します。
    • Orthoslice: X, Y, Zの3方向からの断面を同時に表示します。
  • マウスでドラッグすれば、自由に回転、拡大・縮小が可能です。プレゼンテーションや論文の図として非常にインパクトがあります。

3. ステッチングで広視野画像を合成

高倍率で撮影すると視野が狭くなります。顕微鏡のステージを動かしながら撮影した複数のタイル状の画像を、パズルのように繋ぎ合わせて1枚の広大な高解像度画像を作成する技術がステッチング(Stitching)です。

Plugins > Stitching > Grid/Collection stitching プラグインが非常に優秀です。画像の重なり合う部分(オーバーラップ)の特徴点を元に、最適な位置と角度を自動で計算して繋ぎ合わせてくれます。

4. TrackMateで細胞を追跡する

タイムラプス動画から、動いている細胞や粒子を自動で追跡し、その軌跡や速度を定量化したい、というニーズは非常に高いです。そのための決定版プラグインが TrackMate です。

Plugins > Tracking > TrackMate から起動します。TrackMateはウィザード形式で、ステップバイステップで設定を進めていくだけで、高度な追跡解析が可能です。

  1. Detectorの選択: まず、追跡対象のオブジェクト(スポット)を各フレームで検出します。
  2. Trackerの選択: 次に、フレーム間でスポットを繋ぎ合わせ、軌跡(トラック)を作成します。
  3. 解析と可視化: 最終的に、トラックの長さ、速度、方向性などのデータを算出し、軌跡を画像上に表示したり、グラフ化したりできます。

5. コロカリゼーション分析で共局在を評価

「タンパク質Aとタンパク質Bは、細胞内の同じ場所(例:核)に存在するか?」——このような2つのシグナルの空間的な共局在(Colocalization)を評価するのは、細胞生物学における重要なテーマです。

Fijiに標準搭載されているPlugins > Colocalization > Coloc 2 プラグインが役立ちます。2つのチャンネルの画像を指定すると、散布図(2Dヒストグラム)と共に、以下のような統計的な相関係数を計算してくれます。

  • ピアソンの相関係数 (Pearson’s Correlation Coefficient): 2つのチャンネルの輝度値の相関の強さを示します。-1から+1の値をとり、+1に近いほど強い正の相関があることを意味します。
  • マンダース係数 (Mander’s Overlap Coefficient): チャンネル1のシグナルのうち、どれだけの割合がチャンネル2のシグナルと重なっているか、またその逆、を評価します。

これらの数値によって、「なんとなく重なって見える」という主観的な判断を、客観的なデータとして示すことができます。


第6章: 作業の自動化 – マクロとプラグインでImageJを育てる

ImageJの真の力は、定型的な作業を自動化し、自分専用の機能を追加できる点にあります。

1. マクロの基本 – 面倒な作業よ、さようなら

マクロとは、一連の操作を記録し、後で再生できるスクリプトのことです。何十枚、何百枚もの画像に同じ解析処理を施す場合、マクロを使えば作業は一瞬で終わります。

なぜマクロが重要なのか?
* 時間節約: 繰り返し作業から解放されます。
* 再現性の確保: すべての画像に全く同じ手順を適用できるため、解析結果の客観性と信頼性が向上します。「あの画像はどうやって処理したんだっけ?」という事態を防げます。

2. マクロレコーダーで誰でもプログラマー

プログラミング経験がなくても、簡単にマクロを作成できるのがマクロレコーダーです。

  1. Plugins > Macros > Record... を選択して、レコーダーウィンドウを開きます。
  2. あとは、いつも通りにImageJで画像処理や解析を行ってみてください。例えば、「画像を開く → ガウシアンぼかしをかける → 閾値を設定する → 粒子解析を実行する」という一連の操作をしてみましょう。
  3. すると、驚くべきことに、あなたが行った操作がレコーダーウィンドウにコードとしてリアルタイムで記録されていきます。
    open("C:\\images\\cell.tif");
    run("Gaussian Blur...", "sigma=2");
    setAutoThreshold("Otsu dark");
    run("Analyze Particles...", "size=100-Infinity circularity=0.5-1.0 show=Outlines display");
  4. 操作が終わったら、レコーダーウィンドウのCreateボタンを押し、マクロに名前を付けて保存します(拡張子は.ijm)。
  5. 作成したマクロを実行するには、Plugins > Macros > Run... から保存した.ijmファイルを選択するか、Fijiのメインウィンドウにドラッグ&ドロップします。

これで、あなただけの自動解析ツールの完成です。

3. プラグインの活用 – 世界中の知恵を借りる

マクロが既存の機能の組み合わせであるのに対し、プラグインはImageJに全く新しい機能を追加するものです。Fijiには既に多数のプラグインが導入済みですが、さらに専門的なプラグインを探して追加することもできます。

  • プラグインの探し方:
    • ImageJ WikiImage.sc Forum は、プラグインを探すための素晴らしいリソースです。
    • Fijiのアップデーター機能 (Help > Update...) を使うのが最も簡単です。Manage update sitesボタンを押すと、世界中の開発者が提供しているプラグインの配布元(Update Site)のリストが表示されます。興味のあるサイトにチェックを入れてApply changesを押すだけで、関連するプラグインが自動でインストールされます。
  • これにより、あなたのImageJは、あなたの研究分野に特化した、より強力なツールへと成長していきます。

4. さらなる高みへ – スクリプト言語

ImageJマクロ言語(IJM)はシンプルで強力ですが、より複雑なロジックや、他のソフトウェアとの連携を行いたい場合は、より汎用的なプログラミング言語(スクリプト言語)も利用できます。Fijiでは、Python (Jython), JavaScript, Groovy, R などを使ってImageJを操作できます。プログラミングの知識があれば、可能性は無限大です。


結論:あなたの研究を加速させる最高のパートナー

この長いガイドを通して、ImageJ/Fijiが単なる画像ビューワーではなく、科学的な探求を根底から支える、非常に奥深く、強力で、柔軟な解析プラットフォームであることがお分かりいただけたかと思います。

私たちは、インストールの基本から始まり、画像の表示、前処理、そして核心である定量解析(ROI、測定、閾値処理、粒子解析)までを学びました。さらに、3D表示やステッチング、細胞追跡といった応用技術に触れ、最後にマクロによる自動化で、その能力を最大限に引き出す方法を知りました。

ImageJをマスターする最良の方法は、とにかく実際に使ってみることです。あなたの研究で得られた画像を開き、このガイドで学んだことを一つずつ試してみてください。失敗を恐れる必要はありません。元データさえ別に保存しておけば、何度でもやり直せます。

もし壁にぶつかったら、Image.sc Forum ( https://forum.image.sc/ ) を訪れてみてください。そこでは、世界中のユーザーや開発者が、あなたの質問に親切に答えてくれるはずです。

科学の世界では、データがすべてを語ります。ImageJは、あなたの画像に秘められた物語を、客観的な数値という誰もが理解できる言葉で語らせるための、最高のパートナーです。このガイドが、あなたの研究を新たなステージへと押し上げる一助となれば、これ以上嬉しいことはありません。さあ、解析を始めましょう!

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