k3sとは?小規模・リソース制限環境のためのKubernetes入門

はい、承知いたしました。「k3sとは?小規模・リソース制限環境のためのKubernetes入門」というテーマで、約5000語の詳細な記事を作成します。


k3sとは?小規模・リソース制限環境のためのKubernetes入門

はじめに

現代のアプリケーション開発において、コンテナ技術とそれを管理するオーケストレーションツールは、もはや不可欠な存在となりました。その中でも「Kubernetes (クーバネティス、通称k8s)」は、コンテナオーケストレーションのデファクトスタンダードとしての地位を確立し、大規模で複雑なシステムを安定的に運用するための強力な基盤を提供しています。

しかし、その強力さゆえに、Kubernetesはいくつかの課題も抱えています。それは、複雑性高いリソース要求です。フルスペックのKubernetesクラスタを構築・運用するには、専門的な知識が必要であり、マスターノードやワーカーノードには相応のCPUやメモリが求められます。

この「重厚長大」とも言える特性は、クラウド上の大規模システムには適していても、すべてのユースケースに合致するわけではありません。例えば、以下のような環境では、フルスペックのKubernetesは過剰(オーバーキル)となりがちです。

  • エッジコンピューティングやIoTデバイス: 工場の機械や店舗のPOS端末など、リソースが極端に制限された環境。
  • CI/CDパイプライン: ビルドやテストのために一時的に利用する環境。
  • 開発者のローカル環境: 本番に近い環境を手元のPCで素早く構築したい場合。
  • 小規模なプロジェクト: 限られた予算と人員で、シンプルにコンテナを動かしたいスタートアップや個人開発。

こうした「小規模・リソース制限環境」におけるコンテナオーケストレーションのニーズに応えるべく登場したのが、今回詳しく解説する「k3s」です。

k3sは、Rancher Labs(現在はSUSEの一部)によって開発された、CNCF(Cloud Native Computing Foundation)認定の軽量Kubernetesディストリビューションです。その名の由来は「k8s」から5を引いた「k3s」であり、「Kubernetesよりも5つ少ない(Five less than k8s)」、つまり「より小さく、シンプルである」というコンセプトを表しています。

この記事では、Kubernetesが抱える課題を乗り越えるために生まれたk3sについて、その核心的な特徴からアーキテクチャ、具体的な使い方、そして実際のユースケースまで、網羅的かつ詳細に解説していきます。k3sがどのようにしてKubernetesのパワーを身近なものにし、新たな可能性を切り開いているのか、その全貌に迫りましょう。


第1章: Kubernetesの課題とk3sの誕生

k3sを理解するためには、まずその土台であるKubernetes(k8s)がどのようなツールで、どのような課題を抱えていたのかを知る必要があります。

1.1 Kubernetes (k8s) とは?

既にご存知の方も多いかと思いますが、簡単におさらいしましょう。Kubernetesは、Googleが社内で利用していたコンテナ管理システム「Borg」を元に開発され、オープンソース化されたコンテナオーケストレーションプラットフォームです。

その主な役割は、多数のコンテナ化されたアプリケーションを、複数のサーバー(ノード)からなるクラスタ上で効率的にデプロイ、管理、スケーリングすることです。主な機能には以下のようなものがあります。

  • 宣言的な設定と自動化: ユーザーは「アプリケーションがどうあるべきか(Desired State)」をYAMLファイルなどで定義するだけで、Kubernetesがその状態を維持するように自動で動作します。
  • サービスの発見と負荷分散: コンテナ群に対して単一のDNS名やIPアドレスを割り当て、トラフィックを適切に分散します。
  • 自己修復 (Self-healing): コンテナが停止したり、ノードがダウンしたりした場合、自動的にコンテナを再起動・再配置し、システムの可用性を維持します。
  • 自動スケーリング: CPU使用率などのメトリクスに応じて、コンテナの数を自動で増減させることができます。
  • ローリングアップデートとロールバック: アプリケーションのアップデートをダウンタイムなしで実行し、問題が発生した際には以前のバージョンに簡単に戻すことができます。

これらの強力な機能により、Kubernetesは現代のマイクロサービスアーキテクチャを支える中核技術となっています。

1.2 Kubernetesが抱える課題

輝かしい成功を収める一方で、Kubernetesはいくつかの乗り越えるべき壁を開発者や運用者にもたらしました。

  1. 複雑性: Kubernetesは非常に多機能であり、そのアーキテクチャや概念(Pod, Service, Deployment, Ingress, PV/PVCなど)を理解するには steepな学習曲線が伴います。クラスタの構築、設定、セキュリティ、ネットワーク、ストレージなど、考慮すべき点は多岐にわたり、専門知識を持つエンジニアの存在が半ば前提とされています。

  2. 高いリソース消費:

    • マスターノード: API Server, Controller Manager, Schedulerといったコントロールプレーンのコンポーネントは、クラスタの規模に応じて多くのCPUとメモリを消費します。公式ドキュメントでは、小規模なクラスタでもマスターノードに最低2CPU、2GB RAMを推奨しています。
    • ワーカーノード: アプリケーションコンテナの他に、kubeletkube-proxyといったKubernetes自体のエージェントプロセスが常駐し、リソースを消費します。
    • etcd: クラスタの状態を保存する分散キーバリューストアであるetcdは、高い信頼性を提供する一方で、高速なディスクI/Oと十分なメモリを要求します。
  3. セットアップの難しさ: kubeadmのようなツールによって構築プロセスは簡略化されたものの、それでもネットワークプラグイン(CNI)の選定・導入、各種コンポーネントの設定など、多くの手順が必要です。「The Hard Way」と呼ばれる手動での構築は、Kubernetesの内部構造を学ぶ上では有益ですが、非常に煩雑です。

  4. 依存関係: 伝統的にKubernetesはコンテナランタイムとしてDockerに依存してきました。最近ではCRI(Container Runtime Interface)という標準インターフェースを介してcontainerdCRI-Oなど他のランタイムも利用できますが、環境構築時にランタイムのインストールと設定が別途必要になります。

これらの課題は、リソースが潤沢なクラウド環境や大規模なデータセンターでは許容できるかもしれませんが、制約の厳しい環境では導入の大きな障壁となります。

1.3 k3sの登場背景

このような背景の中、Rancher Labsの開発者たちは考えました。
「エッジやIoTのような極端なリソース制約環境でも、Kubernetesの恩恵を受けられるようにできないだろうか?」
「開発者が自分のラップトップで、もっと手軽に、もっと速くKubernetes環境を試せるようにできないか?」
「CI/CDのパイプラインで、ジョブごとに使い捨てのKubernetesクラスタを軽量に作れないか?」

これらの問いに対する答えが、k3sでした。

k3sプロジェクトの目標は、フルスペックのKubernetesとの完全な互換性を維持しつつ、不要なコンポーネントを削ぎ落とし、依存関係を最小化することで、軽量かつシンプルなKubernetesディストリビューションを創り出すことでした。

その結果、k3sは以下の特徴を持つに至りました。

  • インストールが劇的に簡単: 1本のコマンドで数分以内にクラスタが起動。
  • リソース消費が極めて少ない: 512MB RAMのマシンでも動作可能。
  • 単一のバイナリ: 50MB程度の単一実行ファイルに、サーバーとエージェントの機能がすべて含まれている。
  • 依存関係が少ない: Dockerは不要。containerdを内蔵。データストアとしてetcdの代わりに軽量なSQLiteをデフォルトで使用。

k3sは、Kubernetesを「誰もが、どこでも」使えるようにするための、革新的な一歩となったのです。


第2章: k3sとは? – その核心に迫る

k3sは単なる「小さなKubernetes」ではありません。リソース制約環境という特定のニーズに最適化された、「効率的なKubernetes」です。ここでは、k3sの核心的な特徴を一つずつ詳しく見ていきましょう。

2.1 k3sの定義とコンセプト

k3sは、CNCF(Cloud Native Computing Foundation)によって公式に認定された、軽量なKubernetesディストリビューションです。CNCF認定とは、k3sがKubernetesの標準APIや仕様に準拠しており、高い互換性を持つことを意味します。

その中心的なコンセプトは、前述の通り「軽量・シンプル・高互換性」です。これを実現するために、k3sは大胆な「引き算」と賢い「置き換え」を行っています。

2.2 k3sの主な特徴

1. 軽量性 (Lightweight)

k3sが「軽量」である理由は、フルスペックのKubernetesからいくつかの機能を取り除き、コンポーネントを統合したことにあります。

  • 削除された機能:
    • レガシー機能、アルファ機能、非デフォルト機能: 安定していない、あるいは広く使われていない機能は積極的に削除されています。
    • インツリー(in-tree)のクラウドプロバイダ: AWS, Azure, GCPなど、特定のクラウドベンダーに依存するコードは本体から分離されています(これらは現在、Kubernetes本体でもアウトオブツリー(out-of-tree)への移行が進んでいます)。必要な場合はアドオンとして後から追加できます。
    • インツリーのストレージドライバ: 上記と同様に、特定のストレージ製品に依存するコードも削除され、標準的なCSI (Container Storage Interface) を介して利用する形になっています。

この「ダイエット」により、k3sのバイナリサイズは、数百MBあるkubeletなどと比較して、約50MB〜70MBという驚異的な小ささを実現しています。

  • メモリフットプリントの削減:
    • サーバー(マスター)ノード: 最低512MB RAM
    • エージェント(ワーカー)ノード: 最低75MB RAM

これは、フルスペックのKubernetesが要求する数GBのメモリと比較して、劇的な削減です。これにより、Raspberry Piのようなシングルボードコンピュータ(SBC)上でも快適に動作します。

2. シンプルさ (Simple)
  • シングルバイナリ: k3sの最も象徴的な特徴です。k3sという単一の実行可能ファイルに、Kubernetesのサーバー(コントロールプレーン)とエージェント(ワーカー)の両方の機能がパッケージングされています。k3s serverコマンドでサーバーを、k3s agentコマンドでエージェントを起動でき、管理が非常にシンプルです。

  • 簡単なインストール: 公式に提供されているインストールスクリプトを使えば、以下の1行のコマンドでk3sサーバーをインストールし、クラスタを起動できます。
    bash
    curl -sfL https://get.k3s.io | sh -

    このスクリプトが、OSを判別し、k3sバイナリをダウンロードし、systemdやopenrcのサービスとして登録するところまでを自動で行ってくれます。

  • 依存関係の削減:

    • Docker不要: k3sはコンテナランタイムとしてcontainerdを内蔵しています。事前にDockerをインストールする必要がなく、環境構築の手間を省きます。containerddockershim(DockerをKubernetesで使うための中間層)を介さないため、より効率的です。
    • デフォルトでSQLite: Kubernetesクラスタの状態を保存するデータストアとして、デフォルトで軽量なSQLiteを採用しています。etcdは強力ですが、運用やリソース要求が重いという側面がありました。シングルノードのクラスタや小規模な構成ではSQLiteで十分な性能を発揮し、メモリ消費を大幅に削減します。もちろん、後述する高可用性(HA)構成では、etcdや外部のSQLデータベースを利用することも可能です。
3. 高い互換性 (Highly Compatible)

軽量化・シンプル化のために多くのものを削ぎ落としましたが、k3sはKubernetesの核心であるAPIの互換性を一切犠牲にしていません。

  • CNCF準拠: k3sはCNCFの「Certified Kubernetes」プログラムのテストに合格しています。これは、k3sが標準的なKubernetes APIを完全に実装していることを保証するものです。
  • エコシステムの活用: この高い互換性により、kubectlHelm(パッケージマネージャ)、Lens(GUIクライアント)、ArgoCD(GitOpsツール)など、既存の膨大なKubernetesエコシステムのツールやアプリケーションを、一切変更することなくそのままk3sクラスタ上で利用できます。開発者は、k3sを使っていることをほとんど意識せずに、使い慣れたツールで作業を続けることができます。
4. バッテリー同梱 (Batteries Included)

k3sは、Kubernetesクラスタを機能させるために最低限必要なコンポーネントを、最初から内蔵または自動でデプロイしてくれます。これにより、ユーザーはコンポーネントの選定や複雑な設定に悩まされることなく、すぐにクラスタを使い始めることができます。

  • containerd: コンテナランタイム
  • Flannel: シンプルで一般的なネットワークプラグイン(CNI)。Pod間の通信を可能にします。カスタマイズしてCalicoなどに変更することも可能です。
  • CoreDNS: クラスタ内のDNSサービス。Service名からPodのIPアドレスを解決します。
  • Traefik: モダンで強力なIngressコントローラ。クラスタ外部からのHTTP/HTTPSトラフィックを、クラスタ内のサービスにルーティングします。
  • Klipper Load Balancer: Servicetype: LoadBalancerをエミュレートするためのサービスロードバランサ。
  • ローカルストレージプロバイダ: ホストのパスを永続ボリュームとして利用するためのシンプルなストレージプロビジョナ。

これらのコンポーネントは、k3sの起動時に自動的にマニフェスト(YAMLファイル)としてデプロイされます。不要な場合は、起動オプションで無効化することも可能です。

5. ARMサポート

k3sは、標準的なx86-64アーキテクチャに加えて、ARM64およびARMv7アーキテクチャを公式にサポートしています。これは、Raspberry Pi、NVIDIA Jetson、その他のARMベースのSBCやエッジデバイスでk3sをネイティブに実行できることを意味し、エッジコンピューティングやIoTの分野でk3sが広く採用される大きな理由となっています。


第3章: k3sのアーキテクチャ – なぜ軽量でシンプルなのか?

k3sがなぜこれほど軽量でシンプルなのかを深く理解するには、その内部アーキテクチャと、フルスペックのKubernetes(k8s)との違いを見るのが一番です。

3.1 k3sのコンポーネント詳解

k3sのアーキテクチャは、サーバー(Server)エージェント(Agent)という2つの主要な役割に集約されます。これはk8sのマスターノードとワーカーノードに相当します。

サーバーノード (k8sのマスターノードに相当)

k3sのサーバーノードでは、k3s serverという単一のプロセスが、Kubernetesのコントロールプレーンの役割をすべて担います。

  • 統合されたコントロールプレーン:
    フルスペックのk8sでは、kube-apiserverkube-controller-managerkube-schedulerはそれぞれ別のプロセスとして動作します。k3sでは、これらが単一のGo言語のプロセス内にまとめられています。これにより、プロセス間の通信オーバーヘッドがなくなり、メモリ消費も削減されます。

  • 組み込みデータストア:
    前述の通り、デフォルトではSQLitek3s serverプロセスに直接組み込まれています。これにより、外部のetcdクラスタを管理する必要がなくなり、構成が劇的にシンプルになります。

  • トンネリングプロキシ (Tunnel Proxy):
    k3sのユニークな機能の一つです。サーバーとエージェント間の通信は、サーバー上のAPI Server(ポート6443)へのWebSocketトンネルを介して行われます。これにより、エージェントはサーバーに接続するだけでよく、サーバー側からエージェントへの複雑なネットワーク経路設定(ファイアウォール設定など)が不要になります。セキュリティとシンプルさを両立させる巧みな設計です。

  • エージェント機能の内包:
    k3s serverプロセスは、コントロールプレーンの機能だけでなく、kubeletkube-proxyに相当するエージェント機能も内包しています。これにより、サーバーノード自身もワークロード(Pod)を実行するワーカーノードとして機能させることが可能です(デフォルトでそうなっています)。

エージェントノード (k8sのワーカーノードに相当)

エージェントノードでは、k3s agentというプロセスが動作します。

  • シンプルなエージェント:
    k3s agentプロセスは、kubeletkube-proxyの責務を担います。サーバーノードのトンネリングプロキシに接続し、自身に割り当てられたPodの管理やネットワークの設定を行います。

  • 内蔵コンテナランタイム:
    サーバー同様、containerdが内蔵されており、コンテナのライフサイクルを管理します。

3.2 k8sとのアーキテクチャ比較

この違いを図でイメージするとより明確になります。

フルスペックKubernetes (k8s) のアーキテクチャ:

“`
[マスターノード]
+———————————+
| kube-apiserver (プロセス) |
| kube-controller-manager (プロセス)|
| kube-scheduler (プロセス) |
| etcd (プロセス/クラスタ) |
+———————————+
| kubelet (プロセス) |
| kube-proxy (プロセス) |
| コンテナランタイム (例: Docker) |
+———————————+

[ワーカーノード]
+———————————+
| kubelet (プロセス) |
| kube-proxy (プロセス) |
| コンテナランタイム (例: Docker) |
+———————————+
“`
多数の独立したプロセスが協調して動作する。

k3sのアーキテクチャ:

“`
[サーバーノード]
+———————————+
| k3s server (単一プロセス) |
| – API Server |
| – Controller Manager |
| – Scheduler |
| – SQLite (組み込み) |
| – Tunnel Proxy |
| – Kubelet機能 |
| – Kube-proxy機能 |
+———————————+
| containerd (内蔵) |
+———————————+

[エージェントノード]
+———————————+
| k3s agent (単一プロセス) |
| – Kubelet機能 |
| – Kube-proxy機能 |
+———————————+
| containerd (内蔵) |
+———————————+
“`
主要な機能が単一のプロセスに統合され、非常にシンプル。

このアーキテクチャの違いこそが、k3sの軽量性とシンプルさの根源です。

3.3 高可用性 (HA) 構成

シングルノードや開発環境ではSQLiteで十分ですが、本番環境では単一障害点(SPOF)を避けるために高可用性(HA)構成が求められます。k3sは、このニーズにも柔軟に対応します。

  1. 組み込みetcdによるHA:
    k3sは、データストアとしてetcdを使用するモードもサポートしています。複数のサーバーノードを--cluster-initオプション付きで起動することで、k3sが自動的に組み込みのetcdクラスタを構成し、高可用なコントロールプレーンを実現します。

  2. 外部データベースによるHA:
    k3sの非常にユニークな特徴として、データストアにPostgreSQL, MySQL, MariaDBといった一般的なリレーショナルデータベースを利用できます。多くの組織では既にこれらのデータベースの運用ノウハウが蓄積されており、マネージドサービスも豊富です。etcdの運用という新たな課題を抱えることなく、既存の技術スタックでKubernetesのHA構成を組めるのは、運用上の大きなメリットです。


第4章: k3sを使ってみよう – 実践ハンズオン

理論を学んだところで、次は実際にk3sを触ってみましょう。ここでは、Linuxマシン上にk3sクラスタを構築し、アプリケーションをデプロイするまでの一連の流れを体験します。

前提条件

  • Linuxが動作するマシンまたはVM(Ubuntu, Debian, CentOS, RHELなどに対応)
  • 最低でも 1 CPU, 512MB RAM
  • インターネット接続
  • sudoまたはroot権限

Step 1: シングルノードクラスタの構築

驚くほど簡単です。ターミナルを開き、以下のコマンドを実行するだけです。

bash
curl -sfL https://get.k3s.io | sh -

このコマンドは、
1. get.k3s.ioからインストールスクリプトをダウンロードします。
2. スクリプトがOSやアーキテクチャを自動判別します。
3. GitHubから最新のk3sバイナリをダウンロードし、/usr/local/binに配置します。
4. systemd(またはopenrc)のサービスファイルを作成し、k3sをサービスとして起動・有効化します。

数分待つとインストールが完了します。さっそく動作を確認してみましょう。

k3sにはkubectlがバンドルされているので、k3s kubectlというプレフィックスでコマンドを実行できます。

“`bash

ノードの状態を確認 (sudoが必要)

sudo k3s kubectl get node

出力例:

NAME STATUS ROLES AGE VERSION

my-host Ready control-plane,master 60s v1.28.5+k3s1

“`

Readyと表示されれば、クラスタは正常に稼働しています。

毎回sudo k3s kubectlと入力するのは手間なので、エイリアスを設定しておくと便利です。

bash
alias kubectl='sudo k3s kubectl'

また、k3sが生成したkubeconfigファイルは/etc/rancher/k3s/k3s.yamlにあります。このファイルの内容を~/.kube/configにマージするか、KUBECONFIG環境変数を設定すれば、sudoなしでkubectlコマンドが使えるようになります。

“`bash

KUBECONFIG環境変数を設定 (権限に注意)

sudo chmod 644 /etc/rancher/k3s/k3s.yaml
export KUBECONFIG=/etc/rancher/k3s/k3s.yaml

これで sudo なしで実行可能に

kubectl get node
“`

Step 2: サンプルアプリケーションのデプロイ

次に、このk3sクラスタに簡単なWebサーバー(Nginx)をデプロイしてみましょう。
nginx-deployment.yamlという名前でファイルを作成し、以下の内容を記述します。

“`yaml
apiVersion: apps/v1
kind: Deployment
metadata:
name: nginx-deployment
spec:
replicas: 2 # Podを2つ作成
selector:
matchLabels:
app: nginx
template:
metadata:
labels:
app: nginx
spec:
containers:
– name: nginx
image: nginx:latest
ports:
– containerPort: 80


apiVersion: v1
kind: Service
metadata:
name: nginx-service
spec:
selector:
app: nginx
ports:
– protocol: TCP
port: 80
targetPort: 80
type: NodePort # 各ノードの特定のポートでサービスを公開
“`

このYAMLファイルをkubectl applyコマンドで適用します。

“`bash
kubectl apply -f nginx-deployment.yaml

deployment.apps/nginx-deployment created

service/nginx-service created

“`

PodとServiceの状態を確認します。

“`bash
kubectl get pods,svc

NAME READY STATUS RESTARTS AGE

pod/nginx-deployment-5c689d8b88-abcde 1/1 Running 0 30s

pod/nginx-deployment-5c689d8b88-fghij 1/1 Running 0 30s

NAME TYPE CLUSTER-IP EXTERNAL-IP PORT(S) AGE

service/kubernetes ClusterIP 10.43.0.1 443/TCP 10m

service/nginx-service NodePort 10.43.123.45 80:31234/TCP 30s

“`

nginx-serviceNodePortタイプで公開され、31234番ポート(このポート番号は環境によって異なります)がノードのポートにマッピングされていることがわかります。

curlコマンドでアクセスしてみましょう。

“`bash
curl http://localhost:31234

<!DOCTYPE html>

Welcome to nginx!

“`

Nginxのウェルカムページが表示されれば、デプロイは成功です!

Step 3: ワーカーノードの追加

次に、このクラスタにエージェント(ワーカー)ノードを追加して、マルチノードクラスタを構成してみましょう。(別のマシンまたはVMが必要です)

  1. サー バーノードで参加トークンを取得
    エージェントがサーバーに接続するためには、URLとトークンが必要です。トークンはサーバーノードの以下のファイルに保存されています。

    “`bash

    サーバーノードで実行

    sudo cat /var/lib/rancher/k3s/server/node-token

    例: K10abcdefg1234567890::server:hijklmn

    “`

  2. ワーカーノードでk3sエージェントをインストール
    ワーカーノード用のマシンで、以下のコマンドを実行します。<server_ip><token>は、ご自身の環境に合わせて置き換えてください。

    “`bash

    ワーカーノードで実行

    curl -sfL https://get.k3s.io | K3S_URL=https://:6443 K3S_TOKEN= sh –
    ``K3S_URLで接続先のサーバーを指定し、K3S_TOKEN`で認証を行います。これだけで、ワーカーノードとしてクラスタに参加できます。

  3. サーバーノードで確認
    再度、サーバーノードでget nodeコマンドを実行します。

    “`bash

    サーバーノードで実行

    kubectl get nodes -o wide

    NAME STATUS ROLES AGE VERSION INTERNAL-IP EXTERNAL-IP OS-IMAGE KERNEL-VERSION CONTAINER-RUNTIME

    server-host Ready control-plane,master 20m v1.28.5+k3s1 192.168.1.10 Ubuntu 22.04.3 LTS 5.15.0-89-generic containerd://1.7.7-k3s1

    worker-host Ready 2m v1.28.5+k3s1 192.168.1.11 Ubuntu 22.04.3 LTS 5.15.0-89-generic containerd://1.7.7-k3s1

    ``worker-hostがクラスタに追加され、Ready`状態になっていることが確認できます。これでマルチノードクラスタが完成しました。

Step 4: k3sクラスタの管理

  • アップグレード: k3sのアップグレードは非常に簡単です。単にインストールスクリプトを再実行するだけです。スクリプトが既存のバージョンを検知し、安全にアップグレード処理を行ってくれます。

    bash
    curl -sfL https://get.k3s.io | sh -

  • アンインストール: クラスタが不要になった場合、アンインストールも専用のスクリプトで簡単に行えます。

    “`bash

    サーバーノードをアンインストール

    /usr/local/bin/k3s-uninstall.sh

    エージェントノードをアンインストール

    /usr/local/bin/k3s-agent-uninstall.sh
    “`

便利なツール: k3d

ローカルの開発環境では、物理マシンやVMを用意する代わりに、Dockerコンテナ内でk3sクラスタを動かすk3dというツールが非常に便利です。k3dを使えば、数秒でマルチノードのk3sクラスタを作成・破棄できます。

“`bash

k3dで “mycluster” という名前のクラスタを作成 (サーバー1台、エージェント2台)

k3d cluster create mycluster –servers 1 –agents 2

作成したクラスタにkubectlのコンテキストを切り替え

kubectl config use-context k3d-mycluster

クラスタを削除

k3d cluster delete mycluster
“`


第5章: k3sのユースケース – どこで活躍するのか?

k3sの軽量・シンプルという特性は、これまでKubernetesの導入が難しかった様々な領域で新たな可能性を切り開いています。

1. エッジコンピューティング & IoT

これはk3sが最も輝く分野です。
* 環境: 工場の生産ライン、遠隔地の石油掘削施設、小売店の在庫管理システム、スマート農業のセンサーハブなど、ネットワークが不安定で、CPUやメモリのリソースが極端に制限されたデバイス。
* 利点:
* Raspberry PiなどのARMデバイスで動作するため、低コストなハードウェアを活用できます。
* オフラインでの自律動作が可能。中央のサーバーと接続できない状況でも、エッジデバイス上でアプリケーションを実行し続けられます。
* GitOps(ArgoCDやFluxなど)と組み合わせることで、何千ものエッジデバイスのアプリケーションを中央から一貫して管理・更新できます。

2. CI/CDパイプライン

継続的インテグレーション/継続的デリバリー(CI/CD)のプロセスにおいて、k3sはテスト環境の提供に大きな価値をもたらします。
* 環境: Jenkins, GitLab CI, GitHub ActionsなどのCI/CDツール。
* 利点:
* 各ビルドジョブやマージリクエストごとに、k3dなどを使って使い捨てのk3sクラスタを動的に作成。
* 本番環境とほぼ同じ構成(ただし軽量)で、分離されたテストを実行できます。
* 起動が高速でリソース消費も少ないため、ビルドサーバーの負荷を抑え、CIの実行時間を短縮できます。

3. ローカル開発環境

開発者が自身のPC上でアプリケーションを開発・テストする際の環境としても最適です。
* 環境: 開発者のラップトップ(Mac, Windows, Linux)。
* 利点:
* MinikubeやDocker DesktopのKubernetes機能に代わる、より軽量で高速な選択肢となります。特にk3dとの組み合わせは強力です。
* 数秒でクラスタを起動できるため、「コードを書く→テストする」のイテレーションを高速に回せます。
* 本番環境でk8s/k3sを使っている場合、ローカルでも同じマニフェストを使って開発でき、環境差異による問題を減らせます。

4. 小規模な本番環境

すべての本番環境が巨大なわけではありません。
* 環境: スタートアップのWebサービス、個人プロジェクト、社内の小規模なツールなど。
* 利点:
* 1台のサーバーからスモールスタートできます。
* 管理がシンプルなため、専任のSRE(Site Reliability Engineer)やインフラエンジニアがいないチームでも運用しやすいです。
* ビジネスの成長に合わせて、エージェントノードを追加したり、HA構成に移行したりと、柔軟にスケールアップできます。

5. 学習・教育用途

Kubernetesをこれから学びたいという人にとって、k3sは最高の入門ツールです。
* 環境: 学習者のPC、教育機関の演習環境。
* 利点:
* 複雑なセットアップで挫折することなく、すぐにKubernetesのコア概念(Pod, Service, Deploymentなど)の学習に集中できます。
* 低スペックなPCでも動作するため、学習のハードルが低くなります。


第6章: k3s vs 他のKubernetesディストリビューション

k3sは素晴らしいツールですが、唯一の選択肢ではありません。他のツールとの違いを理解し、状況に応じて最適なものを選ぶことが重要です。

比較項目 k3s k8s (kubeadm) Minikube / Kind MicroK8s
主な用途 エッジ, CI/CD, 開発, 小規模本番 本番環境全般 ローカル開発・テスト エッジ, IoT, 開発
リソース要求 非常に低い 高い 低い〜中程度 非常に低い
インストール curlスクリプト (超簡単) kubeadm (手順多め) 専用CLI (簡単) snap (簡単)
アーキテクチャ シングルバイナリ, SQLite/etcd マルチプロセス, etcd必須 VM or Dockerコンテナ シングルパッケージ
Docker依存 不要 (containerd内蔵) 必要 (または他のCRI) 不要 不要 (containerd内蔵)
エコシステム SUSE / Rancher CNCF / Google Canonical / Ubuntu
本番利用 可能 (HA構成あり) 主な選択肢 非推奨 可能 (HA構成あり)

k3s vs k8s (kubeadm)

  • 選択のポイント: 本格的な大規模本番環境で、Kubernetesの全機能をフルに活用し、きめ細やかなカスタマイズを行いたい場合はk8s (kubeadm)。リソース制約がある環境や、シンプルさ・管理の容易さを優先したい場合はk3s

k3s vs Minikube / Kind

  • 選択のポイント: これらは主にローカルでの開発・テストに特化しています。k3s (特にk3d)もその用途で強力ですが、エッジや小規模本番までカバーする汎用性があります。ローカル専用と割り切るならMinikube/Kindも良い選択肢です。

k3s vs MicroK8s

  • 選択のポイント: MicroK8sはk3sの最も直接的な競合相手です。どちらも軽量でシンプル、エッジや開発用途をターゲットにしています。大きな違いは開発元とパッケージング方式です。Ubuntuエコシステムに慣れているならMicroK8s(snapで管理)、より汎用的なLinux環境でシンプルなスクリプトによる導入を好むならk3sが向いているかもしれません。機能的には甲乙つけがたく、最終的には好みの問題になることも多いです。

おわりに

本記事では、「k3s」について、その誕生の背景からアーキテクチャ、具体的な使い方、そして競合ツールとの比較まで、詳細に解説してきました。

k3sは、Kubernetesの持つ強力なパラダイムを維持しながら、その「重さ」と「複雑さ」という障壁を劇的に低くしました。それは、単に機能を削った「劣化版Kubernetes」では決してありません。むしろ、リソース制約という現代的な課題に正面から向き合い、最適化を施した「効率的なKubernetes」と呼ぶべき存在です。

シングルバイナリで提供される究極のシンプルさ、Raspberry Piでも動作する驚異的な軽量性、そしてkubectlHelmがそのまま使える完全な互換性。これらの特徴が融合することで、k3sはこれまでコンテナオーケストレーションの導入が難しかったエッジコンピューティング、IoT、CI/CD、そして私たちの手元にある開発環境といった領域に、新たな扉を開きました。

Kubernetesを学ぶ最初の第一歩として、あるいはあなたの次のプロジェクトを支える軽量な基盤として、k3sは非常に魅力的な選択肢です。この記事をきっかけに、ぜひ一度その手軽さとパワフルさを体験してみてください。1行のコマンドで、あなたの目の前に広大なコンテナの世界が立ち上がるはずです。

次のステップへ:
* k3s公式サイト: https://k3s.io/
* k3s公式ドキュメント: https://docs.k3s.io/
* k3d (k3s on Docker): https://k3d.io/

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