n型半導体とは?仕組み・p型との違いを初心者向けに徹底解説!【図解あり】
私たちの生活は、スマートフォン、パソコン、テレビ、自動車など、数えきれないほどの電子機器に支えられています。これらの機器がまるで魔法のように複雑な処理をこなせるのは、その内部で無数の小さな部品が休むことなく働いているからです。その中でも、電子機器の「頭脳」や「神経」に相当する最も重要な部品が「半導体」です。
ニュースなどで「半導体不足」という言葉を耳にしたことがある方も多いでしょう。それほどまでに、現代社会において半導体は不可欠な存在となっています。
この半導体にはいくつかの種類がありますが、そのすべての基本となるのが「n型半導体」と「p型半導体」です。この2つの半導体を理解することが、電子機器が動く仕組みを理解するための第一歩と言っても過言ではありません。
この記事では、特に「n型半導体」に焦点を当て、その正体、仕組み、そして最高のパートナーである「p型半導体」との違いを、専門知識がまったくない方でも理解できるよう、図や身近なたとえ話を交えながら、一から丁寧に、そして深く掘り下げて解説していきます。
「なぜ “n型” と呼ばれるの?」「”n” は何かの頭文字?」「一体どんな仕組みで電気を流しているの?」
この記事を最後まで読めば、そんな疑問がすべて氷解し、半導体の世界の面白さに気づくはずです。それでは、ミクロの世界への旅に出かけましょう。
第1章: すべての始まり「半導体」って何だろう?
n型半導体の話に入る前に、まずはその大元である「半導体」そのものについて理解しておく必要があります。「半分、導体?」という名前の通り、半導体は非常にユニークな性質を持っています。
1-1. 導体、不導体(絶縁体)、そして半導体
世の中の物質は、電気の通しやすさによって、大きく3つに分類できます。
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導体(どうたい)
電気をよく通す物質です。金、銀、銅、アルミニウムといった金属が代表例です。導体の中では、電子が自由に動き回れる状態になっており、電圧をかけると電子が一斉に流れ出し、電流となります。まるで、障害物のない広大な「高速道路」を車(電子)がビュンビュン走っているイメージです。 -
不導体(ふどうたい)または絶縁体(ぜつえんたい)
電気をほとんど通さない物質です。ゴム、ガラス、プラスチックなどがこれにあたります。不導体の中では、電子は原子にガッチリと捕まっていて、身動きが取れません。そのため、電圧をかけても電子は動けず、電流は流れません。車(電子)の行く手を阻む、高くて厚い「巨大な壁」のような存在です。電線の周りがゴムで覆われているのは、この性質を利用して感電を防ぐためです。 -
半導体(はんどうたい)
そして、今回の主役である半導体は、導体と不導体の中間の性質を持つ物質です。普段は電気をほとんど通さない不導体に近い状態ですが、特定の条件(光を当てる、熱を加える、不純物を混ぜる、特定の方向に電圧をかけるなど)を加えることで、電気を通す導体に変化します。
この性質をたとえるなら、普段は閉じているけれど、許可証を見せたり、特定の操作をしたりすると開く「関所」や、水量を自在にコントロールできる「水門」のようなものです。
この「電気の流れを意のままにコントロールできる」という性質こそが、半導体が電子部品の王様たる所以です。コンピュータが「0」と「1」のデジタル信号で情報を処理できるのは、半導体が電流を「流さない(0)」状態と「流す(1)」状態を高速で切り替える、超小型のスイッチとして機能しているからなのです。
1-2. 半導体の主役:シリコン(ケイ素)
半導体の材料にはいくつか種類がありますが、現在最も広く使われているのが「シリコン(Si)」です。日本語では「ケイ素」と呼ばれます。
なぜシリコンなのでしょうか?その理由は主に2つあります。
- 地球上に豊富に存在する: シリコンは、地球の地殻を構成する元素の中で酸素に次いで2番目に多く存在します。石や砂、ガラスの主成分であり、資源として非常に豊富で安価に手に入ります。
- 安定していて加工しやすい: シリコンは化学的に安定しており、高温にも強いため、半導体チップを作るための複雑な製造プロセスに適しています。
それでは、このシリコンの原子構造を少しだけ覗いてみましょう。難しく考える必要はありません。原子を「中心の核(原子核)」と「その周りを回る惑星(電子)」からなる小さな太陽系だとイメージしてください。
シリコン原子の最も重要な特徴は、一番外側の軌道を回っている電子、「価電子(かでんし)」の数が4つであることです。この「4」という数字が、半導体の物語の鍵を握ります。
原子というものは、一番外側の電子の数が8つになると非常に安定する性質があります(オクテット則)。価電子が4つのシリコンは、安定するためにお互いに協力し合います。1つのシリコン原子が、自分の4つの価電子を、隣り合う4つのシリコン原子と1つずつ出し合って共有するのです。これを「共有結合」と呼びます。
【図解イメージ】
中心にシリコン原子(Si)があり、その周りに4つの手(価電子)が出ています。その4つの手が、それぞれ隣のシリコン原子の手と固く握手している様子を想像してください。
この共有結合が、まるでジャングルジムのように立体的に無数に繋がることで、非常に安定した「シリコン結晶」が形成されます。この状態では、すべての価電子が隣の原子との「握手」に使われていて、身動きが取れません。自由に動き回れる電子がいないため、純粋なシリコン結晶は電気をほとんど通さないのです。
1-3. 真性半導体:まだ力を発揮できない状態
このように、不純物を全く含まない、純度100%のシリコン結晶の状態を「真性半導体(しんせいはんどうたい)」と呼びます。
真性半導体は、いわば「眠れる巨人」です。ポテンシャルは秘めているものの、このままではただの電気を通しにくい物質であり、電子部品としては役に立ちません。
この眠れる巨人を呼び覚まし、電気を自在にコントロールする能力を与える魔法。それが、次章で詳しく解説する「ドーピング」なのです。
第2章: n型半導体の誕生!「ドーピング」という魔法
真性半導体という、いわば「まっさらなキャンバス」に、ある工夫を施すことで、私たちはその性質を劇的に変化させることができます。その魔法の技術が「ドーピング」です。
2-1. ドーピングとは?不純物を加える技術
「ドーピング」と聞くと、スポーツの世界で禁止されている薬物使用を思い浮かべるかもしれません。しかし、半導体の世界におけるドーピングは、全く意味が異なります。
半導体におけるドーピングとは、極めて純度の高い真性半導体(シリコンなど)に、ごく微量の「不純物(ふじゅんぶつ)」を意図的に混ぜ込むことを指します。
その量は本当にごくわずか。例えば、シリコン原子が1億個ある中に、たった1個の不純物原子を混ぜ込む、といったレベルです。しかし、このほんのわずかな不純物が、シリコン結晶全体の電気的性質を根底から変えてしまうのです。
例えるなら、完璧に整然と並んだ将棋の駒の中に、一つだけチェスの駒を紛れ込ませるようなものです。その異質な存在が、盤面全体のルールや動きを大きく変えるきっかけとなります。
そして、この「何を不純物として混ぜ込むか」によって、生まれてくる半導体のタイプが「n型」になるか「p型」になるかが決まります。
2-2. n型半導体を作るための不純物:「5価の元素」
それでは、いよいよn型半導体の作り方を見ていきましょう。
思い出してください。シリコン原子の価電子は4つでした。
n型半導体を作るには、このシリコン結晶の中に、価電子が5つある元素を不純物としてドーピングします。価電子が5つある元素を「5価(ごか)の元素」と呼びます。
代表的な5価の元素には、以下のようなものがあります。
* リン(P)
* ヒ素(As)
* アンチモン(Sb)
ここでは、代表としてリン(P)をドーピングするケースで考えてみましょう。
純粋なシリコン結晶の中に、ポツンと一つ、シリコン原子の代わりにリン原子が入り込んだとします。
【図解イメージ】
たくさんのシリコン原子(Si)が手をつないでいる結晶格子の中に、1つだけリン原子(P)が割り込んで配置されています。
リン原子は、周りのシリコン原子と仲良くするために、自分が持っている5つの価電子(5本の手)を使おうとします。
周りには4つのシリコン原子がいますから、リンはそのうちの4つの価電子を使って、4つのシリコン原子とそれぞれ共有結合を作ります(4本の手で握手します)。
すると、どうなるでしょうか?
そう、リン原子が持っていた5つの価電子のうち、1つの電子が握手する相手がおらず、余ってしまいます。
この余った電子は、特定の原子との結合に縛られていません。リン原子との結びつきも非常に弱いため、ほんの少しのエネルギー(常温の熱エネルギー程度で十分)で原子から離れ、広大なシリコン結晶の中を自由に動き回ることができるようになります。
2-3. 「自由電子」の登場と「n型」の由来
この、結晶の中を自由に動き回れるようになった電子のことを「自由電子(じゆうでんし)」と呼びます。
そもそも「電流」の正体は、電子の流れです。つまり、自由に動き回れる電子が増えたということは、それだけ電気が流れやすくなったということを意味します。ドーピングによって、真性半導体は電気を通しやすい物質へと変貌を遂げたのです。
そして、ここが最も重要なポイントです。
電子は、ご存知の通りマイナス(Negative)の電気的な性質(電荷)を持っています。
この半導体では、電気を運ぶ主役(専門用語で「キャリア」と言います)が、マイナスの電荷を持つ自由電子です。
このことから、Negative(ネガティブ)の頭文字 “n” を取って、「n型半導体」 と呼ばれるのです。
ここで一つ注意点があります。「マイナスの性質を持つ電子がキャリアだからn型」と聞くと、n型半導体全体がマイナスに帯電しているように勘違いしがちですが、そうではありません。半導体全体としては、原子核にあるプラスの陽子の数と、電子の数が等しいため、電気的に中性です。あくまで「自由に動き回って電気を運ぶ役割を担うのが、マイナスの電子である」ということを覚えておいてください。
2-4. ドナー準位:自由電子の待機場所
ここからは、少しだけ物理学的な視点から、n型半導体がなぜ電気を通しやすくなるのかを補足します。興味のある方だけ読んでみてください。
原子の中の電子は、それぞれ決まったエネルギーの高さ(エネルギー準位)を持っています。電子は、低いエネルギーの軌道から順に埋まっていきます。
半導体結晶全体で考えると、電子が存在できるエネルギー領域は、大きく分けて2つの「帯」として考えることができます。
- 価電子帯(かでんしたい): 価電子が原子に束縛されている、エネルギーの低い領域。この帯にいる電子は自由に動けません。
- 伝導帯(でんどうたい): 電子が原子の束縛から離れ、自由電子として動き回れる、エネルギーの高い領域。
そして、価電子帯と伝導帯の間には、電子が存在できない「禁制帯(きんせいたい)」と呼ばれる大きなエネルギーのギャップ(溝)があります。真性半導体では、価電子帯の電子がこの大きな溝を飛び越えて伝導帯へ移るには、かなりのエネルギーが必要なため、通常はほとんど自由電子が存在せず、電気を通しにくいのです。
ところが、n型半導体では、リンなどの5価の不純物をドーピングしたことで、この禁制帯の中に「ドナー準位」という新しいエネルギーの足場ができます。
【図解イメージ】
低い位置にある「価電子帯」と、高い位置にある「伝導帯」。その間には広い「禁制帯」が広がっています。n型半導体では、伝導帯のすぐ真下に「ドナー準位」という小さなステップ(足場)が新設されているイメージです。
「ドナー(Donor)」とは「提供者」という意味です。自由電子を”提供”することからこの名がついています。
先ほど説明した「余った1つの電子」は、このドナー準位に待機しています。
ドナー準位は、伝導帯のすぐ下にあるため、禁制帯を丸ごと飛び越えるのに比べて、はるかに少ないエネルギーで伝導帯へジャンプすることができます。常温の熱エネルギーだけでも、ドナー準位にいる電子は次々と伝導帯へ移動し、自由電子となって結晶内を駆け巡ります。
これが、n型半導体が効率よく自由電子を生み出し、電気を通しやすくなる物理的な仕組みなのです。
第3章: もう一つの主役「p型半導体」との違い
n型半導体の仕組みがわかったところで、その相方である「p型半導体」についても見ていきましょう。p型を理解することで、n型との違いがより明確になり、半導体の全体像を掴むことができます。両者はまさにコインの裏表のような関係です。
3-1. p型半導体の作り方:今度は「3価の元素」をドーピング
n型半導体が「価電子が5つ」の不純物を使ったのに対し、p型半導体は「価電子が3つ」の元素を不純物としてドーピングします。価電子が3つの元素を「3価(さんか)の元素」と呼びます。
代表的な3価の元素には、以下のようなものがあります。
* ホウ素(B)
* アルミニウム(Al)
* ガリウム(Ga)
ここでは、代表としてホウ素(B)をドーピングするケースで考えてみましょう。
純粋なシリコン結晶の中に、シリコン原子の代わりにホウ素原子が一つ入り込みました。
【図解イメージ】
たくさんのシリコン原子(Si)が手をつないでいる結晶格子の中に、1つだけホウ素原子(B)が割り込んで配置されています。
ホウ素原子は、価電子を3つしか持っていません(3本の手しかありません)。
しかし、周りには4つのシリコン原子がいて、それぞれが握手を求めて手(価電子)を差し出してきます。
ホウ素は自分の3つの価電子を使って、3つのシリコン原子とは共有結合を作ることができます。
しかし、4つ目のシリコン原子に対しては、握手するための電子が足りません。
その結果、共有結合が完成せず、電子が1つ欠けた「穴」ができてしまいます。
この電子が1つ不足している穴のことを、「正孔(せいこう)」または「ホール(Hole)」と呼びます。
3-2. 「正孔(ホール)」の不思議な動き
さて、この「正孔(ホール)」、ただの穴だと侮ってはいけません。実は、この正孔が結晶の中を動き回ることで、電流が流れるのです。
「穴が動くってどういうこと?」と不思議に思うかもしれません。正孔自体が物理的に移動するわけではありません。その仕組みを、身近な例でたとえてみましょう。
たとえ話:満員の駐車場の空きスペース
10台分の駐車スペースがすべて埋まっている、満員の駐車場を想像してください。この状態が、電子で満たされた共有結合です。車は動けません。
ここで、1台の車(9番)が出ていくと、そこに空きスペース(正孔)ができます。
すると、隣にいた車(8番)が「あ、空いてる」とその空きスペースに移動します。
結果、もともと8番の車がいた場所に、新しい空きスペースができます。
次に、その隣の車(7番)が、新しくできた8番の空きスペースに移動します。
すると、今度は7番の場所に空きスペースができます。
これを繰り返すと、車は右に動いていますが、空きスペース(正孔)はあたかも左に移動しているように見えます。
半導体の中でも、これと全く同じことが起こります。
正孔(電子の穴)ができると、その隣の共有結合にいた価電子が、その穴を埋めようとピョンと飛び移ります。すると、電子がもともといた場所に、新たに正孔ができます。この連鎖反応が次々と起こることで、あたかも正孔が結晶の中を移動しているかのように見えるのです。
3-3. 「p型」の由来とキャリアの違い
正孔は、マイナスの電荷を持つ電子が「不足している」状態です。相対的に見ると、プラスの電荷を持っているかのように振る舞います。
そのため、正孔はプラス(Positive)の性質を持つと考えられます。
この半導体では、電気を運ぶ主役(キャリア)が、プラスの性質を持つ正孔です。
このことから、Positive(ポジティブ)の頭文字 “p” を取って、「p型半導体」 と呼ばれるのです。
これで、n型とp型の名前の由来と、根本的な違いが見えてきましたね。まとめてみましょう。
項目 | n型半導体 | p型半導体 |
---|---|---|
由来 | Negative-type | Positive-type |
ドーピングする不純物 | 5価の元素(リン、ヒ素など) | 3価の元素(ホウ素、ガリウムなど) |
生成されるもの | 余った自由電子が1つ | 電子が足りない正孔が1つ |
多数キャリア | 自由電子(マイナスの電荷) | 正孔(プラスの性質) |
多数キャリアと少数キャリア
ここで、「多数キャリア」という新しい言葉が出てきました。
実は、n型半導体の中にも、熱などの影響でごくわずかな正孔が生成されます。同様に、p型半導体の中にも、ごくわずかな自由電子が存在します。
- n型半導体: 主役は圧倒的多数の自由電子(多数キャリア)。脇役としてごく少数の正孔(少数キャリア)が存在。
- p型半導体: 主役は圧倒的多数の正孔(多数キャリア)。脇役としてごく少数の自由電子(少数キャリア)が存在。
この多数キャリアと少数キャリアの存在が、次の章で解説する「pn接合」において非常に重要な役割を果たします。
3-4. アクセプタ準位:正孔のエネルギー状態
n型半導体に「ドナー準位」があったように、p型半導体にも特有のエネルギー準位が存在します。それが「アクセプタ準位」です。
「アクセプタ(Acceptor)」とは「受容者」という意味です。電子を”受け入れる”準備ができている場所、つまり正孔の状態を表しています。
【図解イメージ】
低い位置にある「価電子帯」と、高い位置にある「伝導帯」。p型半導体では、価電子帯のすぐ真上に「アクセプタ準位」という小さなステップ(足場)が新設されているイメージです。
アクセプタ準位は価電子帯のすぐ上にあるため、価電子帯にいる電子は、ほんの少しのエネルギーで簡単にアクセプタ準位にジャンプし、正孔を埋めることができます。
そして、電子がジャンプした後の価電子帯には、新たな正孔が残されます。この価電子帯にできた正孔が、次々と電子の移動を誘発し、自由に動き回れるキャリアとして振る舞うのです。
第4章: n型とp型の出会いが生み出す奇跡「pn接合」
これまで、n型半導体とp型半導体について、それぞれ単体での性質を学んできました。しかし、これらの半導体が真価を発揮するのは、単独でいるときではありません。
n型半導体とp型半導体。性質が正反対のこの二つをくっつけた(接合した)ときに、現代の電子工学を支える奇跡的な現象が起こるのです。この構造を「pn接合」と呼びます。
ダイオード、トランジスタ、LED、太陽電池など、あなたが知っているほとんどすべての半導体デバイスは、このpn接合が基本構造となっています。
4-1. pn接合で起こる現象①:拡散と空乏層の形成
では、n型半導体とp型半導体を物理的にくっつけると、その瞬間、接合面で何が起こるのでしょうか?
- キャリアの濃度差: n型領域には自由電子が、p型領域には正孔が、それぞれ大量に存在します。まるで、片方の部屋には男性ばかり、もう片方の部屋には女性ばかりが集まっているような状態です。
- 拡散の開始: 物質には、濃度が高い方から低い方へと自然に広がっていく「拡散」という性質があります。仕切りを取り払われた部屋で、男性と女性が混ざり合っていくのと同じです。
- n型領域の豊富な自由電子は、電子が少ないp型領域に向かって移動を開始します。
- p型領域の豊富な正孔は、正孔が少ないn型領域に向かって移動を開始します。
- 再結合と消滅: 接合面付近で、n型からやってきた自由電子と、p型からやってきた正孔が出会います。電子が穴(正孔)にすっぽりとはまり込むイメージです。すると、電子は自由を失い、正孔は埋められ、両者はそのキャリアとしての性質を失って消滅します。これを「再結合」と呼びます。
- 空乏層の形成: この拡散と再結合が接合面付近で活発に起こった結果、その一帯からはキャリア(自由電子も正孔も)がいなくなってしまいます。キャリアが空(から)っぽになったこの領域を「空乏層(くうぼうそう)」と呼びます。空乏層は、キャリアが存在しないため、電気を通しにくい絶縁体のような層になります。
4-2. pn接合で起こる現象②:内部電界の発生
空乏層の形成と同時に、もう一つ重要な現象が起こります。
- n型領域では、もともと中性だった不純物原子(リンなど)が、自由電子を一つ失いました。マイナスが去ったので、この原子はプラスに帯電します(イオン化)。
- p型領域では、もともと中性だった不純物原子(ホウ素など)が、n型から来た電子を一つ受け取りました。マイナスが来たので、この原子はマイナスに帯電します。
結果として、空乏層を挟んで、n型側はプラスに、p型側はマイナスに帯電した領域が生まれます。
プラスとマイナスがあれば、そこには電気が流れる力、すなわち「電界(でんかい)」が発生します。この電界は、n型側(プラス)からp型側(マイナス)に向かって働きます。これは、電子をn型側へ押し戻し、正孔をp型側へ押し戻す力となります。
この自発的に発生した電界は、さらなるキャリアの拡散を防ぐ「壁」として機能します。そのため「電位障壁(でんいしょうへき)」とも呼ばれます。この壁ができたことで、キャリアの移動はいったん止まり、pn接合は安定した状態になります。
4-3. 電圧をかけるとどうなる?:順方向バイアスと逆方向バイアス
この「空乏層」と「電位障壁」こそが、pn接合が持つ魔法の正体です。外部から電圧をかける方向によって、この壁を低くしたり、高くしたりすることができるのです。
■ 順方向バイアス(電流が流れる)
pn接合のp型側にプラス(+)の電源を、n型側にマイナス(-)の電源をつなぎます。この電圧のかけ方を「順方向バイアス」と呼びます。
- p型側の正孔(プラスの性質)は、電源のプラス極に反発して接合面に向かって押されます。
- n型側の自由電子(マイナスの電荷)は、電源のマイナス極に反発して接合面に向かって押されます。
- キャリアが次々と接合面に押し寄せることで、空乏層は狭くなります。
- キャリアが持つエネルギーが電位障壁を上回り、壁を乗り越えて相手の領域に注入されます。
- n型からp型へ電子が、p型からn型へ正孔が流れ込み、再結合しながら次々と移動していくことで、大きな電流が流れます。
つまり、順方向バイアスをかけると、pn接合は「スイッチON」の状態になります。
■ 逆方向バイアス(電流が流れない)
今度は逆に、p型側にマイナス(-)の電源を、n型側にプラス(+)の電源をつなぎます。これを「逆方向バイアス」と呼びます。
- p型側の正孔は、電源のマイナス極に引き寄せられ、接合面から遠ざかります。
- n型側の自由電子は、電源のプラス極に引き寄せられ、接合面から遠ざかります。
- キャリアが接合面から離れていくため、空乏層はさらに広くなります。
- 電位障壁も高くなり、多数キャリアは壁を全く乗り越えることができません。
- 結果として、ほとんど電流は流れません。(実際には、少数キャリアによるごくわずかな漏れ電流が流れますが、理想的にはゼロと考えられます)
つまり、逆方向バイアスをかけると、pn接合は「スイッチOFF」の状態になります。
このように、pn接合は電圧をかける方向によって、電流を流したり、止めたりすることができます。この「一方向にしか電流を流さない性質」を「整流作用(せいりゅうさよう)」といい、これが電子回路の基本中の基本となる機能です。
n型半導体は、このpn接合において「自由電子を供給する」という極めて重要な役割を担っているのです。
第5章: n型半導体の応用例
これまで見てきたように、n型半導体はp型半導体と組み合わさることで、その真価を発揮します。このpn接合の原理を応用することで、私たちの生活に欠かせない様々な電子部品が作られています。
5-1. ダイオード
pn接合そのものが、「ダイオード」という電子部品です。上で説明した整流作用を持ち、電流を一方通行にする「逆流防止弁」として機能します。家庭用のコンセントから来る交流(プラスとマイナスが周期的に入れ替わる)を、電子機器が使える直流(一方向にしか流れない)に変換する電源回路(ACアダプタなど)には、必ずこのダイオードが使われています。
5-2. 発光ダイオード(LED)
今や照明の主役となったLED(Light Emitting Diode)も、ダイオードの一種です。pn接合に順方向バイアスをかけると、n型から来た電子とp型から来た正孔が再結合します。このとき、電子が持っていたエネルギーが「光」として放出される性質を利用したものがLEDです。n型とp型を構成する半導体の材料(ガリウムヒ素など)の種類や配合を変えることで、赤、緑、青など、様々な色の光を効率よく作り出すことができます。
5-3. トランジスタ
現代のデジタル社会を築き上げた、最も重要な発明の一つが「トランジスタ」です。トランジスタは、n型とp型を「n-p-n」または「p-n-p」のようにサンドイッチ状に組み合わせた構造をしています。
トランジスタには、主に2つの重要な機能があります。
- 増幅作用: 中央の層に加える小さな電気信号(ベース電流)によって、両端の層を流れる大きな電流をコントロールできます。これにより、音声信号などを大きくすることができます。
- スイッチング作用: ベース電流をON/OFFすることで、大きな電流を高速でON/OFFするスイッチとして機能します。コンピュータのCPU(中央処理装置)の中には、この超小型のトランジスタが数十億個以上も集積されており、高速な計算処理を実現しています。
5-4. 太陽電池(太陽光パネル)
クリーンエネルギーとして注目される太陽電池も、pn接合の原理を応用したものです。
pn接合に太陽光が当たると、光のエネルギーによって半導体内部に電子と正孔のペアが新たに生成されます。この電子と正孔は、pn接合がもともと持っている内部電界(電位障壁)によって引き離され、電子はn型領域へ、正孔はp型領域へと自然に集められます。
その結果、n型側がマイナス極、p型側がプラス極となり、電池と同じように起電力が発生します。これを「光起電力効果」といい、外部に回路をつなぐことで電流を取り出すことができるのです。
5-5. イメージセンサー(CCD, CMOSセンサー)
デジタルカメラやスマートフォンのカメラに搭載されているイメージセンサーも、半導体技術の結晶です。センサーの表面には、フォトダイオード(光を検出するダイオード)が画素(ピクセル)として無数に並べられています。レンズを通して入ってきた光がフォトダイオードに当たると、その光の強さに応じて電子が発生します。各画素で発生した電子の量を電気信号として読み取ることで、光の濃淡をデータに変換し、最終的にデジタル画像を生成しています。
まとめ
最後に、この記事で学んだ「n型半導体」についての要点を振り返ってみましょう。
-
n型半導体とは?
純粋なシリコン(4価)に、価電子が5つの不純物(リン、ヒ素など)をごく微量ドーピングして作られます。 -
n型半導体の仕組み
ドーピングにより、共有結合に使われない「自由電子」が1つ余ります。この自由に動き回れる電子が、電気を運ぶ主役(キャリア)となります。 -
「n型」の由来
キャリアである自由電子が、マイナス(Negative)の電荷を持っていることに由来します。 -
p型半導体との違い
p型は、価電子が3つの不純物(ホウ素など)をドーピングして作られます。キャリアは、電子が1つ不足したプラスの性質を持つ「正孔(ホール)」です。Positiveの “p” が由来です。 -
pn接合の重要性
n型半導体とp型半導体を接合した「pn接合」は、電圧の向きによって電流を流したり止めたりする「整流作用」を持ちます。この性質が、ダイオード、トランジスタ、LEDといったあらゆる電子部品の基本原理となっています。 -
n型半導体の役割
n型半導体は、p型半導体とのコンビネーションにおいて「自由電子の供給源」として機能し、電子機器の心臓部で電気の流れを巧みにコントロールする、なくてはならない存在です。
一見すると複雑で難解に思える半導体の世界も、原子レベルでの「電子の余り(n型)」や「電子の穴(p型)」、そしてそれらが出会うことで生まれる「壁(pn接合)」といった基本的な概念を理解すれば、その本質が見えてきます。
この記事が、あなたの知的好奇心を満たし、身の回りのテクノロジーに対する理解を深める一助となれば、これほど嬉しいことはありません。次にスマートフォンを手に取ったとき、その中で無数のn型半導体たちが、私たちの生活を支えるために健気に働いている姿を想像してみてはいかがでしょうか。