NASの速度はルーターで決まる!ボトルネック解消のための選び方


NASの速度はルーターで決まる!ボトルネック解消のための選び方

導入:そのNASの遅さ、本当にNASだけのせいですか?

NAS(Network Attached Storage)は、家庭やオフィス内のネットワークに接続できる便利なデータ保管庫です。写真、動画、音楽、仕事のファイルなど、あらゆるデジタルデータを一元管理し、パソコンやスマートフォン、タブレットなど様々なデバイスから手軽にアクセスできるその利便性は、一度体験すると手放せなくなるほどです。

しかし、多くのNASユーザーが一度は直面する共通の悩みがあります。それは「思ったより速度が遅い」という問題です。大容量の動画ファイルをコピーするのに時間がかかりすぎる、高解像度の写真を一覧表示するのに待たされる、バックアップがいつまで経っても終わらない――。

こうした問題に直面したとき、多くの人は「もっと高性能なNASに買い替えるべきか」「HDDを高速なSSDに交換すべきか」と考えがちです。もちろん、それらも速度向上の一因ではありますが、実は多くの場合、真の犯人は別の場所に潜んでいます。その最大の容疑者こそ、ネットワークの中心に鎮座する「Wi-Fiルーター」なのです。

NASはネットワークにぶら下がる記憶装置です。つまり、NASと私たちのデバイスとの間のデータのやり取りは、すべてネットワーク、すなわちルーターを経由して行われます。どんなに高性能なエンジンを積んだスポーツカーでも、道が未舗装の砂利道や大渋滞の一般道では、その性能を全く発揮できません。NASとルーターの関係もこれと全く同じです。NASという高性能ストレージが持つポテンシャルは、データの通り道であるルーターの性能によって、いとも簡単に制限されてしまうのです。

この記事では、見落とされがちな「ルーター」という存在に焦点を当て、NASの性能を100%引き出すためのルーター選びの重要性を徹底的に解説します。なぜルーターがボトルネックになるのか、そのメカニズムを解き明かし、具体的な製品選びのチェックポイント、さらには導入後の最適化設定まで、網羅的にご紹介します。

この記事を読み終える頃には、あなたは自身のネットワーク環境に潜むボトルネックを特定し、それを解消するための具体的な知識を身につけているはずです。ストレスフリーなデータアクセス、快適な4K動画ストリーミング、そして高速なバックアップ環境を手に入れ、あなたのNASライフを劇的に向上させるための一歩を踏み出しましょう。

第1章: なぜNASの速度にルーターが重要なのか?

NASの速度について語る上で、なぜルーターがこれほどまでに重要視されるのでしょうか。その理由を理解するためには、まず家庭内ネットワーク(LAN)におけるルーターの役割と、速度低下を引き起こす「ボトルネック」の正体を正確に把握する必要があります。

1-1. NASとルーターの関係性:データの通り道「LAN」の交通整理役

NASは、その名の通り「ネットワークに接続されたストレージ」です。これは、パソコンに内蔵されたHDDやUSBで接続する外付けHDDとは根本的に異なります。NAS内のデータにアクセスするためには、必ずネットワークを経由しなければなりません。

家庭内のネットワーク環境を一つの街だと想像してみてください。
あなたのパソコンやスマートフォン:家やオフィス
NAS:巨大な倉庫や図書館
データ:荷物や情報
そして、Wi-Fiルーター:街の中心にある巨大な交差点や、すべての道が接続される交通ハブ

あなたがパソコンからNASに保存されている動画ファイルを再生したいと考えたとします。この時、データは次のような道のりを旅します。

パソコン → (Wi-Fi or LANケーブル) → ルーター → (LANケーブル) → NAS

再生された動画データは、今度は逆の道のりを辿ってパソコンに送られてきます。

NAS → (LANケーブル) → ルーター → (Wi-Fi or LANケーブル) → パソコン

この流れを見れば一目瞭然ですが、すべてのデータのやり取りは必ずルーターを経由します。ルーターは、パソコンからの要求をNASに伝え、NASからのデータをパソコンに届けるという、まさに交通整理役を担っているのです。

もし、この中心的な交差点であるルーターが、古くて道が狭く、信号の切り替えも遅い旧式のものであったらどうなるでしょうか。たとえNASという倉庫が最新鋭で、パソコンという家が超高性能であっても、その間の道がボトルネックとなり、データの輸送(=ファイル転送)は著しく滞ってしまいます。これが、「NASの速度はルーターで決まる」と言われる最も基本的な理由です。

1-2. ボトルネックの正体:速度低下を引き起こす3つの要因

では、具体的にルーターの何がボトルネックになるのでしょうか。大きく分けて、3つの要因が考えられます。

① 有線LANポートの規格(物理的な速度上限)

ルーターやNAS、パソコンをLANケーブルで接続する差し込み口を「有線LANポート(またはEthernetポート)」と呼びます。このポートには通信速度の規格があり、これがNASのパフォーマンスに最も直接的な影響を与えます。

  • 100BASE-TX (Fast Ethernet):最大通信速度 100Mbps (メガビット/秒)
  • 1000BASE-T (Gigabit Ethernet / 1GbE):最大通信速度 1,000Mbps = 1Gbps (ギガビット/秒)
  • 2.5GBASE-T (2.5GbE):最大通信速度 2,500Mbps = 2.5Gbps
  • 5GBASE-T (5GbE):最大通信速度 5,000Mbps = 5Gbps
  • 10GBASE-T (10GbE):最大通信速度 10,000Mbps = 10Gbps

ここで注意したいのは、単位が「bps(ビット/秒)」である点です。私たちが普段ファイルのサイズで目にするのは「MB/s(メガバイト/秒)」です。8ビット = 1バイト なので、理論上の最大転送速度をMB/sに換算すると、以下のようになります(実際には制御信号などで少し目減りします)。

  • 100Mbps ≈ 12.5 MB/s
  • 1Gbps ≈ 125 MB/s
  • 2.5Gbps ≈ 312.5 MB/s
  • 10Gbps ≈ 1,250 MB/s

近年の一般的なNASに搭載されているHDDは、1台でも150~250MB/s程度の読み書き速度を持っています。つまり、現在主流の「1Gbps」のLAN環境では、HDD 1台の性能すら完全に引き出すことができないのです。もしあなたのルーターのLANポートが、数世代前の100Mbps規格だった場合、その速度は絶望的なまでに制限されてしまいます。NASが2.5Gbpsポートを搭載していても、ルーターが1Gbpsまでしか対応していなければ、通信速度の上限は1Gbpsに律速されます。これが最も分かりやすいボトルネックです。

② Wi-Fi(無線LAN)の規格と性能

スマートフォンやノートパソコンからNASにアクセスする場合、Wi-Fiの性能がボトルネックになります。Wi-Fiも有線LANと同様に、世代ごとに規格が存在します。

  • Wi-Fi 4 (IEEE 802.11n):最大 600Mbps
  • Wi-Fi 5 (IEEE 802.11ac):最大 6.9Gbps
  • Wi-Fi 6 (IEEE 802.11ax):最大 9.6Gbps
  • Wi-Fi 6E (IEEE 802.11ax):Wi-Fi 6の拡張版。6GHz帯が利用可能。
  • Wi-Fi 7 (IEEE 802.11be):最大 46Gbps

これらの数値はあくまで理論上の最大値であり、実際の通信速度(実効速度)は半分以下になることも珍しくありません。Wi-Fiの速度は、規格だけでなく、以下のような多くの要素に影響されます。

  • 周波数帯:2.4GHz(障害物に強いが、速度は遅く電波干渉が多い)と5GHz(高速だが、障害物に弱い)、Wi-Fi 6E/7では6GHz(さらに高速で干渉が少ない)があります。NASへのアクセスには5GHz帯以上を利用するのが基本です。
  • アンテナ数(MIMO):複数のアンテナで同時に通信することで速度を向上させる技術です。ルーターとデバイス側の両方が対応している必要があります。
  • ビームフォーミング:デバイスの位置を特定し、そこに向けて電波を集中させることで通信の安定性と速度を向上させます。
  • OFDMA(Wi-Fi 6以降):電波の帯域を細かく分割し、複数のデバイスに同時に割り当てる技術です。これにより、多くのデバイスが接続しても通信の遅延が起こりにくくなります。

古いWi-Fi 4やWi-Fi 5対応のルーターを使っている場合、せっかくの高速なNASも、ワイヤレス環境ではその性能を全く活かせないということになります。

③ ルーターのCPUとメモリ(処理能力)

ルーターは単なる電波の発信機やケーブルの分岐器ではありません。内部にはCPU(中央処理装置)とメモリが搭載された、れっきとした小型コンピュータです。このCPUとメモリの性能が、ネットワーク全体の快適性を左右する、縁の下の力持ち的な存在です。

ルーターのCPUは、以下のような重要な処理を常に行っています。
パケットの宛先判断(ルーティング):どのデバイスからどのデバイスへデータを送るかを判断し、交通整理を行います。
NAT(アドレス変換):家庭内LANのプライベートIPアドレスと、インターネット上のグローバルIPアドレスを相互に変換します。
セキュリティ機能:ファイアウォールや不正侵入検知などの処理を行います。
付加機能の処理:QoS(通信の優先度制御)やVPNサーバー機能などを実行します。

家族全員がスマートフォンで動画を見たり、オンラインゲームをしたり、パソコンで大容量ファイルをダウンロードしたりと、多数のデバイスが同時に通信を行うと、ルーターのCPUには大きな負荷がかかります。

特に、NASとの間で数GBにも及ぶような大きなファイルを転送する際は、膨大な数のデータパケットがルーターを通過します。この時、ルーターのCPU性能が低いと、パケットの処理が追いつかなくなり、結果として速度低下や通信の途切れ(パケロス)、応答の遅延(レイテンシ増大)といった問題が発生します。

安価なルーターやプロバイダーから提供される標準のルーターは、このCPU性能が最低限であることが多く、複数のデバイスがアクティブになる現代の家庭環境、特にNASのような大容量通信を伴うデバイスが存在する環境では、深刻なボトルネックとなり得るのです。

第2章: NASの性能を最大限に引き出すルーター選びのチェックポイント

ルーターがNASの性能に与える影響を理解したところで、次はいよいよ実践的なルーター選びのフェーズです。数多ある製品の中から、あなたのNASのポテンシャルを最大限に引き出す一台を見つけ出すための、重要なチェックポイントを解説します。

2-1. 【最重要】有線LANポートの規格と数

NASの性能を考える上で、何よりも優先すべきは有線LANポートのスペックです。特に、メインで作業するパソコンとNASは、可能な限り有線で接続することが、安定した高速通信の基本となります。

「2.5GbE」以上を標準に考える時代へ

結論から言えば、これからNASのためにルーターを選ぶのであれば、最低でも1つ、理想を言えば2つ以上の「2.5GbE (2.5GBASE-T)」ポートを搭載したモデルを選ぶことを強く推奨します。

なぜ今、標準だった1GbEではなく2.5GbEなのでしょうか。その理由は明確です。

  1. NAS製品のトレンド:近年発売されるミドルレンジ以上のNAS製品の多くが、標準で2.5GbEポートを搭載しています。Synology、QNAP、ASUSTORといった主要メーカーの主力モデルは、ほぼ2.5GbE対応です。せっかくNAS側が高速なポートを備えているのに、ルーター側が1GbEでは宝の持ち腐れです。

  2. ストレージ性能の向上:前述の通り、1GbEの理論上の最大転送速度は約125MB/sです。一方で、現在主流のNAS用HDDは、単体で150MB/s〜250MB/sのシーケンシャル読み書き性能を持っています。つまり、1GbE環境では、HDD1台の性能すらフルに発揮させることができないのです。これが複数のHDDでRAIDを組んだり、キャッシュ用のSSDを搭載したり、あるいはオールSSDのNASだったりすれば、その差は歴然です。2.5GbE(約312.5MB/s)であれば、HDDの性能を十分に引き出し、SSDの速度もある程度体感できるレベルになります。

  3. PCやマザーボードの普及:少し前まで2.5GbEや10GbEは一部のハイエンドユーザーのものでしたが、現在では多くのゲーミングマザーボードや比較的新しいPCで、2.5GbEポートが標準搭載されるようになりました。USB接続の2.5GbE LANアダプターも手頃な価格で入手できます。NASだけでなく、PC側も高速化の準備が整ってきているのです。

選び方の具体的な指針
最低ライン:インターネット回線に接続するWANポート、そしてLANポートのすべてが1Gbpsに対応していること。これは絶対条件です。
推奨ライン:WANポートが1Gbps以上、そしてLANポートのうち最低でも2つが2.5Gbps以上に対応しているモデル。これにより、NASとメインPCの両方を2.5GbEで接続でき、両者間の通信がボトルネックなく行えます。
将来性を見据えるなら:10GbEポートを搭載したモデル。動画編集者など、日常的に数十GB単位のデータを扱うプロフェッショナルや、最高のパフォーマンスを求めるユーザーにとっては、投資する価値のある選択肢です。10GbE(約1250MB/s)は、SATA SSDの限界速度を超え、NVMe SSDの性能も活かせる領域に入ってきます。

ポート数も忘れてはいけない
ポートの速度規格と合わせて、ポートの総数も確認しましょう。NAS、メインPC、テレビ、ゲーム機、プリンターなど、有線で接続したいデバイスの数を事前にリストアップし、余裕を持ったポート数のルーターを選びます。もしポートが足りなくなった場合は、別途スイッチングハブを追加することになりますが、その際、NASとPCを接続するハブは、ルーターと同様に2.5GbE以上の高速ポートを備えた製品を選ぶ必要があることを忘れないでください。

2-2. Wi-Fi規格:快適なワイヤレスアクセスのために

スマートフォンで撮影した写真をNASにバックアップしたり、タブレットでNAS内の動画を鑑賞したりと、ワイヤレスでのアクセスもNASの大きな魅力です。この快適性を左右するのがWi-Fiの性能です。

Wi-Fi 6 (802.11ax)以上を推奨

現在ルーターを選ぶなら、「Wi-Fi 6」対応は必須と考えるべきです。一世代前のWi-Fi 5 (802.11ac)と比較して、Wi-Fi 6にはNAS利用において非常に大きなメリットがあります。

  • 速度と効率の向上:理論上の最大速度が向上しているのはもちろんですが、それ以上に重要なのが実効速度と安定性の向上です。
  • OFDMA (直交周波数分割多元接続):Wi-Fi 6の最大の目玉機能の一つです。これは、通信の周波数帯域(トラック)を細かく分割し、一度の通信で複数のデバイス(小さな荷物)に同時にデータを送受信できる技術です。従来のWi-Fi 5では、一つのトラックを一つのデバイスが占有していたため、他のデバイスは順番待ちをする必要があり、遅延が発生していました。OFDMAにより、家族みんなが同時にスマホやタブレットでNASにアクセスしても、通信の渋滞が起こりにくく、体感速度が大きく向上します。
  • TWT (Target Wake Time):スマートフォンやIoTデバイスなど、常時通信を必要としない機器の通信タイミングをルーターが管理し、通信しない間はスリープ状態にすることで、デバイス側のバッテリー消費を抑えることができます。

さらに先の規格:Wi-Fi 6EとWi-Fi 7
Wi-Fi 6E:Wi-Fi 6の機能をベースに、新たに6GHz帯という周波数帯を利用できるようにした規格です。従来の2.4GHz帯や5GHz帯は、電子レンジや近隣のWi-Fi電波で混雑しがちですが、6GHz帯はまだ利用者が少なく、非常にクリーンな電波環境です。これにより、電波干渉による速度低下のリスクが極めて低く、有線LANに迫る高速かつ安定した通信が期待できます。対応するデバイスはまだ限られますが、最高のワイヤレス環境を求めるなら検討の価値があります。
Wi-Fi 7:最新規格であり、2.4GHz/5GHz/6GHzの複数の周波数帯を束ねて同時に通信するMLO (Multi-Link Operation) という革新的な技術が特徴です。これにより、さらなる高速化、低遅延、安定性の向上が実現されます。まだ対応製品は少ないですが、将来の標準となる技術です。

ストリーム数とバンド幅もチェック
ルーターのスペック表には「4×4」や「トライバンド」といった表記があります。
ストリーム数(アンテナ数):「4×4」は、送信アンテナ4本、受信アンテナ4本を意味します。この数が多いほど、一度に送受信できるデータ量が増え、通信が高速かつ安定します。ミドルレンジ以上では4×4(5GHz帯)が一般的です。
バンド幅:通信に使う周波数帯の道幅のようなものです。Wi-Fi 6では最大160MHzのバンド幅に対応しており、一般的な80MHzの倍の速度が期待できます。ルーターとデバイスの両方が160MHz幅に対応しているかを確認しましょう。

2-3. ルーターの心臓部:CPUとメモリ

前述の通り、ルーターの処理能力はネットワーク全体の安定性に直結します。特にNASのような大容量通信を行うデバイスがある環境では、高性能なCPUと十分なメモリが不可欠です。

スペック表のどこを見るか?
多くのメーカーは、製品の仕様ページにCPUの情報を記載しています。
コア数:「デュアルコア(2コア)」「クアッドコア(4コア)」といった表記。コア数が多いほど、複数の処理を並行して行えるため、高負荷時の性能が高まります。
クロック周波数:「1.5GHz」「2.0GHz」といった表記。数値が高いほど、個々の処理速度が速くなります。

一般的に、エントリーモデルはシングルコアやデュアルコアの1GHz前後のCPU、ミドルレンジではデュアルコアの1.5GHz以上、ハイエンドモデルではクアッドコアの2.0GHz以上のCPUが搭載されている傾向にあります。

なぜ高性能CPUが必要か?
多台数接続時の安定性:家族全員のスマホ、PC、タブレット、スマート家電など、10台以上のデバイスが同時に接続されても、すべての通信を遅延なく処理します。
付加機能の利用:VPNサーバー、QoS、ペアレンタルコントロール、セキュリティスキャンといった便利な機能は、CPUに負荷をかけます。高性能なCPUがあれば、これらの機能を有効にしても、メインの通信速度が低下するのを防げます。
大容量ファイル転送時のスループット維持:NASとの間で大容量ファイルを転送する際、CPUがボトルネックになることを防ぎ、2.5GbEや10GbEといった高速ポートの性能を最大限に引き出します。

メモリ容量も同様に重要で、多いほど多くの通信セッション(接続情報)を保持できるため、ルーター全体の動作が安定します。512MB以上、できれば1GB以上のメモリを搭載したモデルが望ましいでしょう。

2-4. 付加機能:NAS活用を広げる便利な機能

基本的な性能に加えて、以下のような付加機能があると、NASの活用がさらに便利で快適になります。

  • QoS (Quality of Service):ネットワーク内の通信に優先順位をつける機能です。例えば、「NASとのファイル転送(SMB通信)」の優先度を最高に設定しておけば、他の家族がYouTubeで4K動画を観ていたり、オンラインゲームで熱中していたりしても、NASへのバックアップやファイルアクセスが影響を受けにくくなります。

  • リンクアグリゲーション (LAG / ポートトランキング):複数の有線LANポートを束ねて、仮想的に1本の太い回線として利用する技術です。例えば、NASとルーターがそれぞれ1GbEポートを2つずつ持っている場合、これらを束ねることで理論上2Gbpsの帯域を確保できます。これにより、複数のデバイスから同時にNASへアクセスした際の負荷分散に繋がり、スループットが向上します。ただし、設定がやや複雑なことと、1つのPCからの単一の通信が2倍の速度になるわけではない点には注意が必要です。近年は2.5GbEポートが普及してきたため、LAGよりも単一の高速ポートを優先する方がシンプルで効果的です。

  • VLAN (Virtual LAN):1台のルーター(スイッチ)で、物理的には同じネットワークに接続されていながら、論理的に複数のネットワークに分割する機能です。例えば、「仕事用のネットワーク」と「家庭用のネットワーク」を分離し、仕事用PCからはNASの仕事用フォルダにしかアクセスできないようにする、といった高度なセキュリティ設定が可能になります。SOHOや在宅勤務でNASを活用する際に非常に有効な機能です。

第3章: シーン別・おすすめルーターの選び方

ここまでのチェックポイントを踏まえ、利用シーンや予算に応じたおすすめのルーター選びの指針を具体的にご紹介します。特定の製品名を挙げることは避けますが、各クラスの代表的なスペックや特徴を参考に、ご自身の環境に最適な一台を見つけてください。

3-1. エントリーモデル:これからNASを始める人、ライトユーザー向け

  • 想定ユーザー

    • 初めてNASを導入する人。
    • 主な用途が、スマートフォンの写真・動画の自動バックアップや、ドキュメントファイルの共有。
    • NASへの同時アクセスは1〜2台程度。
    • 搭載するストレージはHDD 1〜2台で、数TB程度の容量。
  • スペックの目安

    • 有線LAN:WAN/LANポートすべてが1Gbps対応。
    • Wi-Fi:Wi-Fi 6 (802.11ax) 対応。アンテナ構成は2×2〜4×4程度。
    • CPU:デュアルコア 1.0GHz〜1.5GHz程度。
    • 価格帯:1万円〜1.5万円前後。
  • 選び方のポイント
    このクラスでは、まず基本性能をしっかりと押さえることが重要です。WAN/LANともに1GbEは必須条件。そして、多台数接続に強いWi-Fi 6に対応しているモデルを選びましょう。これにより、NASを使いながらでも家族のインターネット利用が快適になります。
    また、インターネット回線が「IPv6 IPoE」に対応している場合は、ルーターもこの接続方式に対応しているかを確認してください。回線速度の向上に繋がります。国内大手メーカーの製品であれば、設定が簡単でサポートも充実しているため、初心者でも安心して導入できます。
    このクラスのルーターでも、1GbEの範囲内であればNASの基本的な性能は引き出せますが、HDDの最大速度を活かしきることは難しいと割り切る必要があります。

3-2. ミドルレンジモデル:速度にこだわりたい人、ファミリーユーザー向け

  • 想定ユーザー

    • 4K動画など、数十GB単位の大容量ファイルを日常的に扱う人。
    • 複数のPCやデバイスから同時にNASへアクセスする機会が多い家庭。
    • NASに保存した動画を、テレビやタブレットで快適にストリーミング再生したい人。
    • HDD 2〜4台でRAIDを構築し、パフォーマンスを重視している人。
  • スペックの目安

    • 有線LAN2.5GbEポートを1〜2基搭載。その他のポートは1Gbps。
    • Wi-Fi:高性能なWi-Fi 6対応。5GHz帯で4×4ストリーム、160MHz幅対応など。
    • CPU:デュアルコア 1.5GHz以上、またはクアッドコアCPUを搭載。
    • 付加機能:QoS、メッシュWi-Fi対応など。
    • 価格帯:1.5万円〜3万円前後。
  • 選び方のポイント
    NASの性能を本格的に引き出すための、最もコストパフォーマンスに優れた選択肢がこのミドルレンジモデルです。最大のポイントは2.5GbEポートの有無です。NASとメインPCを2.5GbEで接続することで、ファイル転送速度は劇的に向上し、1GbE環境の2倍以上の速度(約200〜280MB/s)を体感できます。
    製品を選ぶ際は、2.5GbEポートがWAN側なのかLAN側なのか、あるいは両方に対応しているのかをしっかり確認しましょう。NAS利用が主目的なら、LAN側に2.5GbEポートが複数あるモデルが理想です。
    また、家族全員が快適に使えるよう、Wi-Fi性能も重要です。広い家屋であれば、後から中継機を追加して電波範囲を広げられる「メッシュWi-Fi」に対応したモデルを選ぶと、家中のどこからでもNASに快適にアクセスできます。

3-3. ハイエンドモデル:クリエイターやパワーユーザー、SOHO向け

  • 想定ユーザー

    • 動画編集者など、NAS上のデータを直接編集するプロフェッショナル。
    • SSDを搭載したNASの性能を限界まで引き出したい人。
    • 自宅サーバーの運用や、多数のクライアントがアクセスするSOHO環境での利用。
    • 最高のネットワークパフォーマンスを求めるパワーユーザー。
  • スペックの目安

    • 有線LAN10GbEポートを1基以上搭載し、加えて複数の2.5GbEポートを搭載。
    • Wi-Fi:Wi-Fi 6Eや最新のWi-Fi 7に対応。トライバンド(2.4/5/6GHz)が標準。
    • CPU:クアッドコア 2.0GHz以上など、最高クラスのプロセッサを搭載。
    • 付加機能:リンクアグリゲーション、VLAN、高度なセキュリティ機能など、全方位に対応。
    • 価格帯:3万円以上〜
  • 選び方のポイント
    このクラスは、まさに「妥協なき性能」を求めるユーザーのための選択肢です。10GbEポートがあれば、SATA SSDの限界速度(約550MB/s)を超えるパフォーマンスも夢ではありません。動画編集プロジェクトの巨大なファイルも、まるでローカルドライブのように扱うことが可能になります。
    Wi-Fi 6E対応モデルなら、電波干渉の少ない6GHz帯をNASやメインPCの専用帯域として使うことで、ワイヤレスでありながら有線に匹敵する安定性と速度を実現できます。
    ポート構成も製品によって様々で、10GbEが2ポート、2.5GbEが4ポートといったパワフルな構成のモデルも存在します。VLAN機能を使えば、来客用のゲストネットワークと業務用のセキュアなネットワークを完全に分離するなど、ビジネスレベルの運用も可能です。価格は高価になりますが、時間的コストを重視するプロの現場では、その投資価値は十分にあると言えるでしょう。

3-4. スイッチングハブの活用法

「ルーターは気に入っているが、高速なポートだけが足りない」という場合に有効なのが、スイッチングハブの追加です。特に、2.5GbEや10GbEに対応したスイッチングハブを導入することで、既存のネットワーク環境を柔軟にアップグレードできます。

例えば、以下のような構成が考えられます。
インターネット回線 → 既存ルーター (全ポート1GbE) → 2.5GbE対応スイッチングハブ

このハブに、2.5GbE対応のNASとPCを接続します。すると、NASとPC間の通信は、ルーターを経由せずハブ内で完結するため、2.5Gbpsの速度で通信することが可能になります。インターネットへのアクセスはルーターを経由して1Gbpsとなりますが、LAN内での大容量データ転送という最も重要な部分を高速化できる、非常に効果的な方法です。5ポート程度の2.5GbEハブであれば、1万円前後から入手可能であり、コストを抑えつつピンポイントでボトルネックを解消したい場合に最適です。

第4章: ルーター導入後の設定と最適化

最適なルーターを選んで設置すれば、それだけで大幅な速度向上が見込めますが、いくつかの設定を見直すことで、さらにパフォーマンスを安定させ、向上させることが可能です。

4-1. 物理的な接続の確認:LANケーブルを見直そう

意外と見落としがちなのが、機器間を接続するLANケーブルです。LANケーブルにも規格(カテゴリ)があり、対応する通信速度が異なります。

  • CAT5e (カテゴリ5e):最大1Gbpsに対応。
  • CAT6 (カテゴリ6):最大1Gbpsに公式対応。環境によっては2.5Gbpsや5Gbpsも可能。
  • CAT6A (カテゴリ6A):最大10Gbpsに公式対応。
  • CAT7 (カテゴリ7):最大10Gbpsに対応。ノイズ耐性がさらに高い。

2.5GbE以上の高速通信を行う場合は、最低でも「CAT6」、できれば「CAT6A」以上のケーブルを使用することを強く推奨します。古いCAT5のケーブルを使っていると、たとえルーターやNASが2.5GbEに対応していても、100Mbpsでしかリンクしない(接続されない)ことさえあります。ケーブルの表面にカテゴリが印字されているので、一度確認してみましょう。
また、NASやPCをルーターのどのポートに接続したかも再確認してください。せっかくの2.5GbEポートにプリンターを繋ぎ、1GbEポートにNASを繋いでいた、というような単純なミスがないかチェックしましょう。

4-2. ルーター設定画面での最適化

ブラウザからルーターの管理画面にアクセスし、以下の設定を見直してみましょう。

  • QoS (Quality of Service) の設定
    多くのルーターにはQoS機能が搭載されています。この設定画面で、NASのIPアドレスやMACアドレスを指定し、通信の優先度を「最高」に設定します。これにより、ネットワークが混雑している状況でも、NASとの通信が優先的に処理されるようになります。

  • Jumbo Frame (ジャンボフレーム) の設定
    ネットワークで一度に転送できるデータのかたまり(パケット)のサイズを、標準の1,500バイトから9,000バイトなどに大きくする機能です。これにより、同じ量のデータを転送する際のパケット数が減り、CPUの処理負荷が軽減され、転送効率が向上します。
    効果を得るには、ルーター、NAS、PCのすべてでJumbo Frameを有効にし、同じMTU値(例: 9000)に設定する必要があります。一つでも対応していない機器があると通信できなくなる可能性があるので、設定は慎重に行いましょう。ギガビット以上の有線LAN環境では、多くの場合でパフォーマンス向上に繋がります。

  • Wi-Fiチャンネルの最適化
    Wi-Fiの電波は、近隣の家のWi-Fiルーターや電子レンジなどと干渉することがあります。多くのルーターは自動で最適なチャンネルを選択してくれますが、Wi-Fiアナライザーなどのアプリを使って周囲の電波状況を調べ、空いているチャンネルに手動で固定することで、通信が安定する場合があります。特に5GHz帯はチャンネル数が多いため、干渉の少ないチャンネルを見つけやすいです。

  • ファームウェアのアップデート
    ルーターの性能を最大限に引き出し、セキュリティを保つために、ファームウェア(ルーターを制御するソフトウェア)を常に最新の状態に保つことが非常に重要です。メーカーは、パフォーマンスの改善や新たな脅威への対策、バグの修正などを目的に、定期的にファームウェアを更新しています。管理画面から簡単にアップデートできるので、定期的にチェックしましょう。

まとめ:快適なNASライフは、最適なルーター選びから

NASのデータ転送が遅いと感じたとき、私たちはついNAS本体のスペックばかりに目を向けがちです。しかし、本記事で詳述してきたように、データの通り道であるネットワーク環境、その中心に位置するWi-Fiルーターこそが、NASの真のパフォーマンスを決定づける鍵を握っています。

どんなに高速なNASを導入しても、ルーターがボトルネックになっていては、その投資は無駄になってしまいます。ボトルネックの正体は、有線LANポートの物理的な速度上限、Wi-Fiの規格と実効速度、そしてルーター自身の処理能力(CPUとメモリ)にあります。

これからのNAS環境を見据えたルーター選びの基準は明確です。

  • 基本は「Wi-Fi 6」対応。
  • そして、ボトルネックを根本から解消する「2.5GbE以上」の有線LANポートを備えていること。

自分の利用シーン――個人のバックアップが中心なのか、家族で大容量メディアを共有するのか、はたまたプロのクリエイティブワークで使うのか――を明確にし、それに合ったクラスのルーターを選ぶことが、満足のいく結果への最短ルートです。

エントリーユーザーならまず1GbEとWi-Fi 6を確実に押さえ、速度を重視するなら2.5GbEポート搭載のミドルレンジモデルを、そして最高のパフォーマンスを求めるなら10GbEやWi-Fi 6E/7に対応したハイエンドモデルを検討する。時にはスイッチングハブを組み合わせることで、より柔軟なネットワーク構築も可能です。

この記事が、あなたのネットワーク環境に潜むボトルネックを見つけ出し、それを解消するための一助となれば幸いです。最適なルーターを選ぶことで、NASは単なるデータ倉庫から、あらゆるデジタルライフを快適にする真のハブへと進化します。ストレスフリーで高速なデータアクセスを手に入れ、NASが持つ本来のポテンシャルを存分に体験してください。

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