vllmとは?LLMの推論を高速化するライブラリを徹底解説


vLLMとは?LLMの推論を高速化するライブラリを徹底解説

はじめに:LLM時代の新たなボトルネック

大規模言語モデル(LLM)は、ChatGPTの登場以降、私たちの働き方や情報収集、さらには創造性の発揮に至るまで、あらゆる側面に革命をもたらしています。Llama、Claude、Mistralといった高性能なオープンソースLLMの登場により、誰もが自社のサービスや研究に最先端のAI技術を組み込める時代が到来しました。

しかし、この技術革新の裏側で、開発者やインフラ管理者は深刻な課題に直面しています。それが「LLMの推論コストと速度」の問題です。LLMは、その名の通り巨大なモデルであり、数十億から数千億ものパラメータ(重み)を持っています。この巨大なモデルを動かし、ユーザーからの入力に対して高速に応答を生成するには、高価なGPUと膨大な計算リソースが必要となります。

特に、多くのユーザーにリアルタイムでサービスを提供するWebアプリケーションやチャットボットのような環境では、以下の課題が顕著になります。

  1. 高レイテンシ(遅延): ユーザーがプロンプトを入力してから応答が返ってくるまでの時間が長いと、ユーザー体験が著しく低下します。
  2. 低スループット(処理能力): 単位時間あたりに処理できるリクエスト数が少ないと、多くのユーザーが同時にアクセスした際にサービスが遅延したり、停止したりする可能性があります。
  3. 高コスト: これらの課題を解決するためにGPUの数を増やすと、インフラコストが天文学的な数値に膨れ上がってしまいます。

この「推論のボトルネック」を解消し、LLMをより効率的かつ経済的に運用可能にすることを目指して開発されたのが、本記事で徹底解説するvLLMです。

vLLMは、カリフォルニア大学バークレー校の研究者らによって開発されたオープンソースのライブラリであり、LLMの推論処理を劇的に高速化することに特化しています。従来のライブラリ(例えば、標準的なHugging Face Transformers)と比較して、最大で24倍のスループット向上を実現したと報告されており、LLMサービング(LLMを提供するためのサーバー運用)の分野でデファクトスタンダードとなりつつあります。

この記事では、以下の内容を深掘りしていきます。

  • そもそもなぜLLMの推論は遅いのか?その技術的な背景とは?
  • vLLMを支える核心技術「PagedAttention」と「Continuous Batching」の仕組み
  • vLLMの具体的な使い方(オフライン推論からAPIサーバー構築まで)
  • 他の推論高速化ライブラリとのパフォーマンス比較と使い分け
  • vLLMの将来性とLLMエコシステムにおける役割

この記事を読み終える頃には、あなたはvLLMがどのようにしてLLM推論の常識を覆したのかを理解し、自身のプロジェクトに導入するための具体的な知識と自信を手にしていることでしょう。

1. LLM推論の課題:なぜ遅いのか?

vLLMの革新性を理解するためには、まず従来のLLM推論がなぜ非効率だったのかを知る必要があります。その主な原因は、LLMの基本アーキテクチャである「Transformer」の特性と、それに伴うメモリ管理の難しさにあります。

1.1. 自己回帰的な生成プロセス

LLMが文章を生成する際は、一度に全文を出力するわけではありません。入力されたプロンプトに続く次の単語(正確にはトークン)を予測し、その予測したトークンを次回の入力に加えて、さらにその次のトークンを予測する…というプロセスを逐次的に繰り返します。これを「自己回帰 (Autoregressive)」と呼びます。

このプロセスは、本質的にステップ・バイ・ステップで進むため、並列化が難しく、生成する文章が長くなればなるほど時間がかかります。これがレイテンシの基本的な原因の一つです。

1.2. Attention計算とメモリ帯域幅のボトルネック

Transformerアーキテクチャの心臓部である「Attentionメカニズム」は、文中のどのトークンが他のどのトークンと関連が深いかを計算する仕組みです。この計算のために、各トークンは「Query (Q)」「Key (K)」「Value (V)」という3つのベクトルを持ちます。

文章を生成する際、新しく生成するトークンのQベクトルと、それまでに入力・生成されたすべてのトークンのK、Vベクトルを使って計算を行います。しかし、毎回すべてのK、Vベクトルを再計算するのは非常に無駄が多いため、一度計算したKとVのベクトルは「KVキャッシュ」と呼ばれるメモリ領域に保存し、再利用するのが一般的です。

このKVキャッシュが、LLM推論における最大のボトルネックとなります。

  • 膨大なメモリ消費: KVキャッシュのサイズは、「シーケンス長(トークン数)× レイヤー数 × 隠れ層の次元」に比例して増大します。例えば、Llama 2 (7B) モデルで4096トークンのシーケンスを処理する場合、KVキャッシュだけで数GBのGPUメモリを消費します。
  • メモリ帯域幅の限界: LLMの推論処理は、実は純粋な計算能力(FLOPs)よりも、GPUメモリからプロセッサへデータを転送する速度(メモリ帯域幅)によって性能が制限される「メモリバウンド」な処理です。推論の各ステップで、巨大なモデルパラメータと、この増え続けるKVキャッシュをGPUメモリから読み込む必要があり、このデータ転送が律速段階となります。

1.3. 従来のKVキャッシュ管理の非効率性

Hugging Face Transformersのような標準的なライブラリでは、このKVキャッシュの管理に大きな非効率性を抱えていました。

  • パディングによるメモリの無駄: 複数のリクエストをまとめて処理する「バッチ処理」は、スループット向上のための一般的な手法です。しかし、各リクエストのシーケンス長はバラバラです。従来のバッチ処理では、バッチ内で最も長いシーケンスに合わせて、短いシーケンスに無意味なデータ(パディングトークン)を追加し、長さを揃える必要がありました。これにより、KVキャッシュの領域にも大量の無駄なパディング領域が確保され、貴重なGPUメモリが浪費されていました。下の図でいう灰色の部分が全て無駄な領域です。

    [リクエスト1: トークン, トークン, トークン, Pad, Pad, Pad]
    [リクエスト2: トークン, トークン, トークン, トークン, トークン, トークン]
    [リクエスト3: トークン, トークン, Pad, Pad, Pad, Pad]

    リクエスト2の長さに合わせてメモリが確保され、リクエスト1と3には無駄な領域が発生

  • メモリの断片化 (フラグメンテーション): KVキャッシュはシーケンス長に応じて動的にサイズが変化しますが、これを連続したメモリ領域(テンソル)で管理しようとすると問題が生じます。生成が進んでキャッシュが大きくなるたびに、より大きな連続メモリ領域を確保し、データをコピーする必要が出てくるかもしれません。また、リクエストが完了してメモリが解放されても、その領域が小さすぎて次のリクエストには使えない、といった「メモリの断片化」が発生し、メモリ使用効率が著しく低下します。

これらの問題により、GPUの計算能力をフルに活用できず、多くのアイドルタイムが発生していました。vLLMは、まさにこの「KVキャッシュ管理」の問題に正面から取り組み、革命的な解決策を提示したのです。

2. vLLMの核心技術:PagedAttentionとContinuous Batching

vLLMの驚異的なパフォーマンスは、主に2つの核心技術によって支えられています。それが「PagedAttention」と「Continuous Batching」です。この2つは相互に補完し合うことで、LLM推論の効率を極限まで高めます。

2.1. 核心技術①: PagedAttention

PagedAttentionは、vLLMの最も独創的で強力なアイデアです。この技術は、コンピューターのOS(オペレーティングシステム)で何十年も使われてきた「仮想メモリ」と「ページング」の概念を、LLMのKVキャッシュ管理に応用したものです。

OSの仮想メモリとページングとは?

少し寄り道になりますが、このアナロジーはPagedAttentionを理解する上で非常に重要です。
私たちがPCでプログラムを動かす時、プログラムは自分が広大で連続したメモリ空間(仮想メモリ)を使っているかのように振る舞います。しかし、実際の物理メモリ(RAM)上では、データは「ページ」と呼ばれる小さな固まりに分割され、バラバラの位置に格納されています。OSは、「ページテーブル」という対応表を使って、プログラムがアクセスしたい仮想アドレスを物理アドレスに変換します。

この仕組みにより、以下のようなメリットが生まれます。
* 物理メモリを効率的に使える(断片化が起きにくい)。
* 必要になるまで物理メモリを割り当てない、といった柔軟な管理が可能になる。

PagedAttentionの仕組み

PagedAttentionは、この考え方をKVキャッシュに適用します。

  1. KVキャッシュを「ブロック」に分割: vLLMは、GPUメモリ上に確保したKVキャッシュ空間を、固定サイズの「ブロック」に分割します。各ブロックは、数十個のトークンのKeyとValueのペアを格納できます。
  2. 論理ブロックと物理ブロック: 各リクエスト(シーケンス)のKVキャッシュは、連続した「論理ブロック」の集まりとして扱われます。しかし、物理的なGPUメモリ上では、これらのブロックは非連続な位置に自由に配置されます。
  3. ブロックテーブルによる管理: vLLMは、各シーケンスごとに「ブロックテーブル」を保持します。このテーブルは、シーケンスの論理ブロックが、物理メモリ上のどの物理ブロックに対応しているかを記録したマッピング情報です。Attention計算を行う際には、このブロックテーブルを参照して、必要なKVキャッシュブロックをGPUメモリから効率的に取得します。

PagedAttentionがもたらす絶大なメリット

このシンプルなアイデアが、従来のKVキャッシュ管理の問題点を一掃します。

  • メモリの無駄をほぼゼロに:

    • パディング不要: 各シーケンスは必要な分だけブロックを割り当てられます。シーケンス長がバラバラでも、無駄なメモリを確保する必要は一切ありません。
    • 動的なメモリ確保: トークンが1つ生成されるたびに、必要であれば新しいブロックを1つ割り当てるだけです。巨大な連続メモリを再確保してデータをコピーするような高コストな操作は不要になります。これにより、内部的なメモリ断片化がほぼ解消されます。
  • 高度なメモリ共有 (Copy-on-Write):
    PagedAttentionの真価は、複雑なサンプリング戦略で発揮されます。例えば、1つのプロンプトから複数の異なる応答候補を生成する「Parallel Sampling」や「Beam Search」を考えてみましょう。

    • 従来の方法: 応答候補の数だけ、プロンプト部分のKVキャッシュを物理的にコピーする必要があり、メモリ使用量がN倍になっていました。
    • PagedAttention: プロンプト部分のKVキャッシュは、全ての応答候補で物理ブロックを共有します。各候補は、同じ物理ブロックを指すブロックテーブルを持つだけです。そして、新しいトークンが生成され、各候補が分岐する際に初めて、新しいブロックが個別に割り当てられます。これはOSの「Copy-on-Write」と同じ考え方で、メモリ使用量を劇的に削減します。

この効率的なメモリ管理により、vLLMは同じGPUメモリ容量で、より多くのリクエストを同時に処理できるようになるのです。

2.2. 核心技術②: Continuous Batching (継続的バッチング)

PagedAttentionがメモリ効率を極限まで高める技術だとすれば、Continuous BatchingはGPUの計算リソースを極限まで活用するためのスケジューリングアルゴリズムです。

従来のバッチ処理 (Static Batching) の問題点

前述の通り、従来のバッチ処理では、一度バッチを組むと、そのバッチ内のすべてのリクエストが完了するまで次の処理に進めませんでした。しかし、LLMの推論では、リクエストごとに生成されるトークン数が大きく異なります。

[バッチ1]
リクエストA: 10トークン生成 (すぐに完了)
リクエストB: 500トークン生成 (時間がかかる)
リクエストC: 50トークン生成 (すぐに完了)

この場合、リクエストAとCが早々に完了しても、リクエストBが終わるまでGPUリソースの一部が解放されず、待機状態になってしまいます。このGPUのアイドルタイムが、システム全体のスループットを低下させる大きな原因でした。

Continuous Batchingの仕組み

vLLMのContinuous Batchingは、この問題を解決します。その名の通り、バッチ処理を「継続的」に行います。

  1. イテレーション単位での管理: 処理の単位を「バッチ」ではなく、「イテレーション(1ステップのトークン生成)」と捉えます。
  2. 動的な追加と削除: 各イテレーションが完了するたびに、生成が終了したシーケンスを即座にバッチから削除します。
  3. 待機キューからの即時投入: そして、空いたスロットに、待機キューに入っている新しいリクエストをすぐに追加します。

これにより、GPUは常に処理すべきシーケンスで満たされた状態になり、アイドルタイムが最小化されます。まるで、レジが空いたらすぐさま次の客を案内する、効率的なスーパーのレジ係のようです。

この動的なリクエストの入れ替えは、PagedAttentionによる柔軟なメモリ管理があってこそ、初めて効率的に実現可能になります。どんなタイミングで新しいリクエストが追加されても、断片化を気にすることなく、空いている物理ブロックを割り当てるだけで済むからです。

まとめ:2つの技術の相乗効果

  • PagedAttention: GPUメモリの利用効率を最大化し、より多くのリクエストを同時にメモリ上に保持できるようにする。
  • Continuous Batching: GPUの計算リソースの利用率(稼働率)を最大化し、常にGPUを働かせ続ける。

この2つの技術が組み合わさることで、vLLMは他の追随を許さない圧倒的なスループットを達成しているのです。

3. vLLMの使い方:実践ガイド

理論を学んだところで、実際にvLLMを使ってみましょう。vLLMは非常に使いやすく設計されており、数行のコードでそのパワーを体験できます。

3.1. インストール

vLLMのインストールはpipコマンドで簡単に行えます。NVIDIA GPUと対応するCUDA Toolkitがインストールされていることが前提です。

“`bash

最新版のインストール

pip install vllm

もしCUDAのバージョンが古いなどで問題が発生した場合、

PyTorchとCUDAのバージョンを指定してインストールすることもできます

例: PyTorch 2.1.2, CUDA 12.1

pip install torch==2.1.2
pip install vllm -f https://vllm.ai/whl/cu121
“`

3.2. オフライン推論 (基本的な使い方)

複数のプロンプトに対して一度にテキストを生成する、最も基本的な使い方です。

“`python
from vllm import LLM, SamplingParams

処理したいプロンプトのリスト

prompts = [
“日本の首都はどこですか?”,
“大規模言語モデルについて、初心者にもわかるように50語で説明してください。”,
“Hello, my name is”,
“The president of the United States is”,
]

サンプリングパラメータを設定

temperature: 生成のランダム性 (0に近いほど決定的)

top_p: 上位p%の単語からサンプリング

max_tokens: 最大生成トークン数

sampling_params = SamplingParams(temperature=0.7, top_p=0.95, max_tokens=100)

LLMモデルをロード

model: Hugging Face Hubのモデル名を指定

tensor_parallel_size: 使用するGPUの数 (複数GPUの場合)

llm = LLM(model=”elyza/ELYZA-japanese-Llama-2-7b-instruct”, tensor_parallel_size=1)

生成を実行

llm.generate()は複数のプロンプトをバッチ処理します

outputs = llm.generate(prompts, sampling_params)

結果を表示

for output in outputs:
prompt = output.prompt
generated_text = output.outputs[0].text
print(f”プロンプト: {prompt!r}”)
print(f”生成されたテキスト: {generated_text!r}\n”)

“`
このスクリプトを実行するだけで、vLLMは内部的にContinuous Batchingを駆使し、4つのプロンプトを非常に効率的に処理します。Hugging Face Transformersで1つずつループ処理するのに比べて、劇的に高速であることが体感できるはずです。

3.3. オンラインサービング (OpenAI互換APIサーバー)

vLLMの真価が発揮されるのが、オンラインサービングのユースケースです。vLLMには、OpenAIのAPIと互換性のあるAPIサーバーを立ち上げる機能が組み込まれており、非常に簡単にデプロイできます。

サーバーの起動

ターミナルで以下のコマンドを実行するだけです。

bash
python -m vllm.entrypoints.openai.api_server \
--model "elyza/ELYZA-japanese-Llama-2-7b-instruct" \
--port 8000 \
--tensor-parallel-size 1

  • --model: 使用するモデル名を指定します。
  • --port: サーバーが待機するポート番号を指定します。
  • --tensor-parallel-size: 複数GPUを使用する場合に指定します。例えば4つのGPUを使うなら4とします。

このコマンドで、localhost:8000でAPIリクエストを受け付けるサーバーが起動します。

APIへのリクエスト

起動したサーバーには、curlコマンドや各種プログラミング言語から簡単にリクエストを送ることができます。

curlを使ったリクエスト

bash
curl http://localhost:8000/v1/chat/completions \
-H "Content-Type: application/json" \
-d '{
"model": "elyza/ELYZA-japanese-Llama-2-7b-instruct",
"messages": [
{"role": "user", "content": "vLLMのPagedAttentionについて解説してください。"}
],
"max_tokens": 500,
"temperature": 0.7
}'

② Python (requestsライブラリ) を使ったリクエスト

“`python
import requests
import json

url = “http://localhost:8000/v1/chat/completions”
headers = {“Content-Type”: “application/json”}

data = {
“model”: “elyza/ELYZA-japanese-Llama-2-7b-instruct”,
“messages”: [
{“role”: “user”, “content”: “vLLMのContinuous Batchingについて解説してください。”}
],
“max_tokens”: 500,
“temperature”: 0.7,
“stream”: False # ストリーミングを無効にする
}

response = requests.post(url, headers=headers, data=json.dumps(data))

if response.status_code == 200:
result = response.json()
print(result[‘choices’][0][‘message’][‘content’])
else:
print(f”Error: {response.status_code}”)
print(response.text)
“`

③ ストリーミング応答

チャットボットのように、生成されたテキストをリアルタイムで少しずつ表示したい場合は、"stream": True を指定します。

“`python

上記のPythonコードのdata部分を変更

data[“stream”] = True

レスポンスをストリーミングで受け取る

with requests.post(url, headers=headers, data=json.dumps(data), stream=True) as response:
if response.status_code == 200:
for chunk in response.iter_lines():
if chunk:
decoded_chunk = chunk.decode(‘utf-8’)
if decoded_chunk.startswith(‘data: ‘):
try:
json_data = json.loads(decoded_chunk[6:])
if ‘content’ in json_data[‘choices’][0][‘delta’]:
print(json_data[‘choices’][0][‘delta’][‘content’], end=”, flush=True)
except json.JSONDecodeError:
pass # [DONE]メッセージなどを無視
print() # 最後に改行
else:
print(f”Error: {response.status_code}”)
print(response.text)
“`

このように、vLLMを使えば、ほんの数分でプロダクションレベルの高性能LLM APIサーバーを構築できます。これは、LLMアプリケーション開発のサイクルを劇的に加速させる強力な機能です。

4. パフォーマンス比較と他のライブラリとの使い分け

vLLMの性能はどれほどのものなのでしょうか?公式のベンチマークや他のライブラリとの比較を見ていきましょう。

4.1. vLLMの圧倒的なスループット

vLLMの公式ブログで公開されているベンチマーク結果は、その性能を雄弁に物語っています。Llama-7Bモデルを使用し、ShareGPTデータセットからサンプリングした多様な長さのリクエストを処理した場合のスループット(1秒あたりに処理できるリクエスト数)を比較したものです。

  • Hugging Face Transformers (HF): vLLMのベースラインとなるライブラリ。
  • Text Generation Inference (TGI): Hugging Faceが開発した高性能推論サーバー。
  • vLLM: PagedAttentionとContinuous Batchingを搭載。

結果は一目瞭然で、vLLMはHFに対して24倍、TGIに対しても2.5倍以上という圧倒的なスループットを達成しています。これは、vLLMが多様なリクエストを効率的にさばき、GPUリソースを無駄なく使い切っている証拠です。特に、リクエストの長さがバラバラで、多くのユーザーが同時にアクセスするような現実世界のワークロードにおいて、vLLMの優位性は際立ちます。

4.2. 他の高速化ライブラリとの比較と使い分け

LLMの推論を高速化するライブラリはvLLMだけではありません。それぞれに特徴があり、ユースケースによって最適な選択は異なります。

ライブラリ 主な特徴 長所 短所・注意点 適したユースケース
vLLM PagedAttention, Continuous Batching ・非常に高いスループット
・動的なワークロードに強い
・OpenAI互換サーバーが便利
・柔軟性が高い
・対応モデルが限定的(主要モデルはカバー)
・量子化などのサポートは発展途上
・高負荷なオンラインAPIサービス
・研究開発での高速な実験
Hugging Face TGI Rustベース、Continuous Batching ・堅牢でプロダクション実績が豊富
・多くのモデルに対応
・FlashAttentionなど最新技術を統合
・vLLMに比べてスループットが劣る場合がある ・安定性を重視する商用サービス
・Hugging Faceエコシステムとの親和性を重視する場合
NVIDIA TensorRT-LLM 静的グラフコンパイル、カーネル最適化 ・特定のモデル/ハードウェアで最高の低レイテンシ性能を発揮しうる
・NVIDIAによる強力なサポート
・モデルごとにコンパイルが必要で手間がかかる
・動的なワークロードへの柔軟性に欠ける場合がある
・レイテンシが最重要視される単一タスク
・エッジデバイスでの推論
CTranslate2 CPU/GPU推論、量子化、ビームサーチ ・CPU推論が非常に高速
・量子化によるモデル軽量化に強い
・メモリ使用量が少ない
・Transformerベースのモデルに特化
・スループットよりは単一推論の速度や軽量化が主眼
・GPUが使えない環境での推論
・リソースが限られた環境でのサービス

使い分けの指針

  • 汎用的な高スループットAPIサーバーを構築したい場合: 迷わず vLLM を第一候補に考えるべきです。その使いやすさとパフォーマンスのバランスは現時点で最高レベルです。
  • Hugging Faceエコシステムとの連携や、より保守的な技術選定をしたい場合: TGI は堅牢で信頼性の高い選択肢です。
  • 特定のモデルとハードウェアで、レイテンシを極限まで追求したい場合: TensorRT-LLM は、コンパイルの手間を惜しまなければ最高のパフォーマンスを発揮する可能性があります。
  • CPUで推論したい、またはモデルを徹底的に軽量化したい場合: CTranslate2 が独自の強みを発揮します。

多くの場合、vLLMが提供するパフォーマンスと柔軟性の組み合わせは、多くの開発者にとって最適なソリューションとなるでしょう。

5. vLLMの応用と将来展望

vLLMは単なる高速化ライブラリにとどまらず、LLMアプリケーション開発の可能性を広げるプラットフォームへと進化を続けています。

5.1. 広がるサポートと新機能

  • 対応モデルの拡大: 当初はLlamaなどの主要モデルが中心でしたが、現在ではMistral/Mixtral (Mixture-of-Experts)、Falcon、Phi、Qwenなど、最新のオープンソースLLMの多くをサポートしています。
  • マルチモーダルへの対応: LLaVAのような視覚言語モデルのサポートも進んでおり、テキストだけでなく画像を含んだ入力にも対応し始めています。
  • LoRA (Low-Rank Adaptation) のサポート: vllm.LoRAモジュールを使えば、ベースモデルは共有しつつ、リクエストごとに異なるLoRAアダプタを動的に適用できます。これにより、1つのGPUで多数のファインチューニング済みモデルを効率的にサービングすることが可能になります。
  • Speculative Decoding: 小さく高速なモデル(ドラフトモデル)で応答の草稿を生成し、大きな高性能モデル(ターゲットモデル)でそれを一括検証することで、推論をさらに高速化する「投機的デコーディング」にも対応しています。

これらの機能拡張により、vLLMはより複雑で高度なLLMアプリケーションのバックエンドとしても活躍の場を広げています。

5.2. vLLMの将来展望

vLLMプロジェクトは非常に活発に開発が続けられており、今後もLLMサービング技術の最前線を走り続けることが期待されます。

  • さらなるパフォーマンス最適化: 新しいGPUアーキテクチャへの対応や、FlashAttention-2のような最新のカーネル技術の統合、量子化モデルのサポート強化などが進むでしょう。
  • 分散推論の強化: 現在のテンソル並列に加え、より巨大なモデルを効率的に扱うためのパイプライン並列やシーケンス並列など、より高度な分散推論技術のサポートが期待されます。
  • 複雑な推論グラフへの対応: LLMエージェントのように、複数のLLM呼び出しやツール使用が連鎖する複雑なワークフローを効率的に実行するための機能が強化される可能性があります。

vLLMは、LLM推論における「OS」のような存在になりつつあります。ハードウェアの複雑さを抽象化し、開発者がアプリケーションのロジックに集中できる環境を提供することで、LLMエコシステム全体の発展を加速させる重要な役割を担っていくでしょう。

まとめ:vLLMがもたらしたパラダイムシフト

本記事では、LLM推論高速化ライブラリ「vLLM」について、その核心技術から実践的な使い方、将来展望までを詳細に解説しました。

改めて、vLLMの功績を振り返ってみましょう。

  1. 問題の核心を突いた: vLLMは、LLM推論のボトルネックが計算能力ではなく「メモリ帯域幅」と「メモリ管理」にあることを見抜き、OSの仮想メモリから着想を得たPagedAttentionという革新的な解決策を生み出しました。
  2. GPUを限界まで使い切る: PagedAttentionによって実現された効率的なメモリ管理を土台に、Continuous Batchingというスケジューリングアルゴリズムを組み合わせることで、GPUのアイドルタイムを最小化し、スループットを劇的に向上させました。
  3. 開発者に力を与える: これらの高度な技術を、誰もが数行のコードや1つのコマンドで利用できる、非常に使いやすいライブラリとして提供しました。これにより、個人開発者から大企業まで、誰もが高性能なLLMサービスを低コストで構築する道が開かれました。

vLLMの登場は、LLMの推論を「研究室のデモ」から「実世界のプロダクションサービス」へと引き上げる上で、決定的な役割を果たしたと言っても過言ではありません。もしあなたがLLMを使ったアプリケーションの開発に携わっているなら、vLLMは間違いなくあなたの武器庫に加えるべき、最も強力なツールの一つです。

LLMの進化はまだ始まったばかりです。vLLMのような優れたインフラ技術に支えられ、私たちの想像を超えるようなアプリケーションがこれからも次々と生まれてくることでしょう。その未来を創造する一員として、ぜひvLLMを手に取り、その圧倒的なパワーを体験してみてください。

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