RHEL 10:最新情報と主要な変更点を徹底解説
はじめに:エンタープライズLinuxの次世代標準へ
Red Hat Enterprise Linux (RHEL) は、エンタープライズ環境におけるLinux OSのデファクトスタンダードとして、長年にわたり信頼性と安定性を提供してきました。その最新メジャーバージョンとなる「RHEL 10」は、デジタル変革が加速する現代の技術要求に応えるべく、設計・開発が進められています。クラウドネイティブ、ハイブリッドクラウド、エッジコンピューティング、AI/MLといった新たなワークロードへの最適化、そして進化するセキュリティ脅威への対応は、RHEL 10の主要な焦点となるでしょう。
本記事では、RHEL 10に関する現時点で入手可能な情報、CentOS Stream 10などの開発ストリームから推測される主要な変更点、Red Hatの戦略から見込まれる新機能や強化点について、詳細かつ徹底的に解説します。約5000語のボリュームで、RHEL 10がエンタープライズシステムにもたらすであろう影響と、その導入・移行に向けた準備について深く掘り下げていきます。
RHEL 10は単なるOSのバージョンアップに留まらず、エンタープライズITの将来を形作る基盤となる可能性を秘めています。本記事が、読者の皆様がRHEL 10の可能性を理解し、来るべき新時代のITインフラストラクチャへの準備を進める一助となれば幸いです。
RHELリリースサイクルとRHEL 10の位置づけ
Red Hatは、RHELのメジャーバージョンを数年おきにリリースし、各メジャーバージョンに対して約10年間のライフサイクルを提供しています。このライフサイクルは、フルサポート、メンテナンスサポート、延長アップデートサポート(EUS)などのフェーズに分かれており、エンタープライズユーザーは長期にわたる安定した運用が可能です。マイナーバージョン(例: RHEL 9.1, 9.2)は、セキュリティアップデート、バグフィックス、および厳選された新機能を提供するために、比較的短いサイクルでリリースされます。
RHEL 10は、このメジャーリリースサイクルの次なるステップです。RHEL 9がリリースされてから数年が経過し、ハードウェアの進化、ソフトウェアスタックの更新、そしてIT環境の変化に対応するために、新しいメジャーバージョンが必要とされています。
RHELの開発は、CentOS Streamというアップストリームプロジェクトを通じてコミュニティと連携しながら進められます。CentOS Streamは、RHELの次期マイナーリリースまたはメジャーリリースに含まれるであろうパッケージや機能を継続的に統合・テストするローリングリリース版です。したがって、RHEL 10に含まれる機能や変更点の多くは、CentOS Stream 10の開発状況から予測することができます。CentOS Stream 10は、RHEL 9が安定した後に開発が本格化し、将来のRHEL 10の基盤となる開発ブランチとして機能します。
RHEL 10は、RHEL 9で確立された多くの原則(ハイブリッドクラウドへの最適化、コンテナ化の推進、セキュリティの強化など)を継承しつつ、さらなる進化を遂げることが予想されます。特に、最新のハードウェアへの対応、新しいプログラミング言語や開発ツールのサポート、AI/MLやエッジコンピューティングといった新しいユースケースへの対応が強化されるでしょう。
RHEL 10で予想される主要な変更点・新機能
RHEL 10はまだ正式リリースされていませんが、過去のRHELリリースのパターン、CentOS Streamの開発状況、Red Hatの戦略、および業界の技術トレンドから、以下の主要な変更点や新機能が予想されます。
1. カーネルおよび基盤システムソフトウェアの更新
- Linuxカーネル: RHEL 10は、リリース時点での最新かつ安定したLinuxカーネルを採用するでしょう。これにより、最新のハードウェア(CPU、GPU、NIC、ストレージコントローラなど)への対応、パフォーマンスの向上、新しいファイルシステム機能、そしてセキュリティ機能の強化が期待できます。例えば、より高度なeBPF (extended Berkeley Packet Filter) 機能のサポート、cgroup v2のさらなる進化、新しいスケジューリング機能、メモリ管理の改善などが含まれる可能性があります。カーネルのバージョンは、リリース時期によりますが、Linux 6.x系の比較的新しいブランチがベースになると予測されます。
- glibcおよび開発ツールチェーン: GNU C Library (glibc) は、Linuxシステムの基盤となるライブラリであり、そのバージョンアップはシステムのパフォーマンスと互換性に大きな影響を与えます。RHEL 10では、より新しいバージョンのglibcが採用され、最新の標準規格への準拠、セキュリティの向上、そして新しいCPU命令セットへの対応などが期待されます。同様に、GCC (GNU Compiler Collection)、binutils、GDB (GNU Debugger) といった開発ツールチェーンも最新版に更新され、開発者はより効率的かつ高性能なアプリケーションを構築できるようになります。
- systemd: システムおよびサービスマネージャーであるsystemdも、新しいバージョンが搭載されるでしょう。これにより、起動時間の短縮、リソース管理の強化、セキュリティ機能(例: Systemd-homed, Systemd-repart)、コンテナ連携機能などが進化する可能性があります。
2. セキュリティ機能の強化
エンタープライズ環境におけるセキュリティは常に最優先事項です。RHEL 10では、以下のようなセキュリティ強化が徹底されると予想されます。
- SELinuxの進化: Security-Enhanced Linux (SELinux) は、強制アクセス制御(MAC)を提供するRHELの重要なセキュリティ機能です。RHEL 10では、SELinuxポリシーのさらなる洗練、新しいアプリケーションやサービスに対応するためのポリシーの追加、管理ツールの使いやすさ向上などが期待されます。より細粒度なアクセス制御や、特定のワークロードに対するより強力な分離機能が提供される可能性があります。
- 暗号化ライブラリとポリシー: OpenSSLや他の暗号化ライブラリは最新版に更新され、新しい暗号アルゴリズムやプロトコル(例: TLS 1.3のデフォルト化、Post-Quantum Cryptographyへの対応に向けた準備)がサポートされるでしょう。システム全体の暗号化ポリシーも更新され、デフォルトでよりセキュアな設定が適用されることが予想されます。
- サプライチェーンセキュリティ: ソフトウェアのサプライチェーン攻撃への対策はますます重要になっています。RHEL 10では、パッケージ署名の強化、SBOM (Software Bill of Materials) の提供、コンテナイメージの署名・検証機能の強化など、サプライチェーン全体の信頼性を向上させる機能が組み込まれる可能性があります。
- 認証と認可: PAM (Pluggable Authentication Modules) の機能強化、OpenLDAPやIdM (Identity Management) との連携強化、FIDO2/WebAuthnなどの新しい認証技術への対応などが進むかもしれません。
- 機密コンピューティング (Confidential Computing): 特定のハードウェアプラットフォーム(例: Intel TDX, AMD SEV)が提供する機密コンピューティング機能をOSレベルでサポートすることで、メモリ内のデータを保護し、実行中のワークロードの機密性を高める機能が提供される可能性があります。これは、特に規制の厳しい業界や、マルチテナント環境でのセキュリティ要求を満たす上で重要です。
- イミュータブルな側面: RHEL自体が完全なイミュータブルOSになるわけではありませんが、特定のコンポーネントやユースケース(例: RHEL for Edge)において、イミュータブルなアプローチ(例: Ostreeベースのファイルシステム管理)が採用・強化される可能性があります。これにより、システムの改ざん防止、ロールバックの容易化、アップデート管理の簡素化が図られます。
3. クラウドネイティブおよびコンテナ化の推進
ハイブリッドクラウドおよびマルチクラウド環境でのコンテナワークロードの実行は、RHELの重要な役割の一つです。RHEL 10では、この領域での強化が期待されます。
- Podman, Buildah, Skopeo: Red Hatが推進するコンテナツール群であるPodman (コンテナ実行)、Buildah (コンテナイメージ構築)、Skopeo (コンテナイメージ操作) は、引き続き開発が進められ、より高機能かつ安定したバージョンが搭載されるでしょう。特に、rootlessコンテナ機能のさらなる強化、Kubernetesとの連携改善、コンテナセキュリティ機能の向上が見込まれます。
- OCI準拠: Open Container Initiative (OCI) の標準規格への準拠は引き続き徹底され、異なるコンテナランタイムやイメージ形式との相互運用性が確保されます。
- コンテナオーケストレーションとの連携: Kubernetes (特にOpenShift) 上でRHELコンテナイメージを実行する際の最適化が進められるでしょう。Operatorパターンを利用したRHEL上のアプリケーション管理や、KubernetesノードとしてのRHELのパフォーマンス・安定性向上に焦点が当てられると予想されます。
- コンテナイメージ: よりスリムでセキュアな公式RHELコンテナイメージが提供され、多様なアプリケーション実行環境をサポートします。Universal Base Image (UBI) は引き続き提供され、RHELサブスクリプションなしでも利用可能な信頼性の高いベースイメージとして利用が進むでしょう。
4. パフォーマンスとスケーラビリティの向上
現代のワークロードは、より高いパフォーマンスとスケーラビリティを要求します。RHEL 10は、以下の領域でパフォーマンス最適化を追求するでしょう。
- ネットワーキング: ネットワークスタックのパフォーマンス向上(低レイテンシ、高スループット)、eBPFを利用したネットワークパケット処理の最適化、高速NIC(例: 100GbE以上)への対応強化、ネットワーク仮想化(SR-IOV, DPDKなど)のサポート向上が期待されます。
- ストレージ: 最新のNVMeストレージ、Persistent Memory (PMEM) などの高速ストレージ技術への最適化が進むでしょう。ファイルシステム(XFS)のパフォーマンス向上、LVM (Logical Volume Manager) の機能強化、ストレージ管理ツール(Stratisなど)の進化、そして新しいストレージ技術やプロトコル(例: NVMe-oF)への対応が考えられます。
- CPU最適化: 最新世代のCPUアーキテクチャ(Intel Sapphire Rapids/Emerald Rapids, AMD EPYC Genoa/Bergamo, ARM Neoverseなど)に最適化されたカーネルおよびユーザー空間ライブラリが提供され、特定の命令セット(AVX-512, AMXなど)を活用した計算パフォーマンスの向上が期待できます。
- メモリ管理: 大容量メモリ環境における効率的なメモリ管理、NUMA (Non-Uniform Memory Access) システムでのパフォーマンス最適化、メモリ保護機能の強化などが進められるでしょう。
5. ハードウェアサポートの拡大
RHELは、多様なハードウェアプラットフォームをサポートすることが求められます。RHEL 10では、以下のようなハードウェア関連の変更が予想されます。
- 最新CPUアーキテクチャ: x86_64 (Intel, AMD) は引き続き主要なアーキテクチャですが、ARM64 (aarch64) のサポートはさらに強化され、エンタープライズ市場での普及が進むことが期待されます。RISC-Vのような新しいアーキテクチャへの実験的なサポートや、将来的な本格サポートに向けた準備も進む可能性があります。
- GPUサポート: AI/MLワークロードの増加に伴い、NVIDIA, AMD, Intelといった主要ベンダーの最新GPUに対するドライバーサポートが強化されるでしょう。コンテナ環境でのGPU利用や、仮想化環境でのGPUパススルー/vGPU機能のサポートも重要になります。
- その他の周辺機器: 最新のネットワークアダプター、ストレージコントローラー、その他のI/Oデバイスに対するドライバーが追加・更新されます。
6. ストレージとファイルシステム
- XFS: 引き続きデフォルトのファイルシステムとして採用され、大規模環境での信頼性、パフォーマンス、スケーラビリティが維持・向上されるでしょう。新しいハードウェアやワークロードに最適化された機能改善が期待されます。
- Stratis: ファイルシステム管理ツールであるStratisは、RHEL 8/9で技術プレビューまたは標準機能として提供されています。RHEL 10では、その成熟度に応じて、より中心的かつ安定したストレージ管理ソリューションとして位置づけられる可能性があります。スナップショット、シンプロビジョニングなどの機能を提供し、ストレージ管理を簡素化することを目指します。
- LVM: Logical Volume Manager (LVM) は、引き続き柔軟なストレージ管理のための重要なツールとして利用されます。新しい機能の追加や既存機能の改善が行われるでしょう。
- ファイルシステム関連ツール:
xfsprogs
,lvm2
などのファイルシステムおよび論理ボリューム管理に関連するツールも最新版に更新されます。
7. ネットワーキング機能
- NetworkManager: ネットワーク設定を管理するNetworkManagerは、新しいネットワーク技術やプロトコルに対応するために機能強化されるでしょう。例えば、新しいVPNプロトコル、高度なルーティング設定、ネットワークセキュリティポリシーの管理機能などが追加される可能性があります。
- firewalld: ファイアウォール設定ツールであるfirewalldも更新され、より柔軟かつ安全なネットワークアクセス制御機能が提供されるでしょう。eBPFとの連携によるパケットフィルタリングの高速化なども考えられます。
- ネットワークプロトコル: 最新のTCP/IPスタックの改善、IPv6のフルサポート、DNS, DHCPなどのネットワークサービス関連ツールの更新が行われます。
8. 管理性および自動化
RHELは、大規模環境での管理性を重視しています。RHEL 10では、以下の領域で管理機能が強化されると予想されます。
- Ansible連携: Red Hat Ansible Automation Platformとの連携はさらに緊密になり、RHEL 10システムのプロビジョニング、設定管理、パッチ適用、コンプライアンス維持などがより効率的に行えるようになります。RHELシステムロールの強化や、AnsibleプレイブックによるRHEL 10特有の設定管理が容易になるでしょう。
- Webコンソール (Cockpit): Webベースのシステム管理ツールであるCockpitは、引き続き主要な管理インターフェースとして提供・強化されます。RHEL 10で追加される新機能や設定オプションに対応するためのUIの改善、パフォーマンス監視機能の強化、トラブルシューティング機能の追加などが見込まれます。
- Red Hat Satelliteとの連携: 大規模なRHELデプロイメントを管理するためのRed Hat Satelliteとの連携は維持・強化されます。RHEL 10コンテンツの管理、プロビジョニング、パッチ管理、監査などがSatelliteを通じて効率的に行えるようになります。
- テレメトリと分析: Red Hat Insightsなどのサービスを利用したシステムヘルス、パフォーマンス、セキュリティリスクのプロアクティブな監視・分析機能が強化されるでしょう。AI/MLを活用した予知保全や、問題の自動検出・解決支援機能が提供される可能性があります。
- インストーラー (Anaconda): インストールプロセスは、より使いやすく、自動化しやすいように改善されるでしょう。新しいファイルシステムオプション、ストレージ構成、ネットワーク設定などに対応するための変更が行われます。
- Image Builder: カスタムRHELイメージ(VMイメージ、クラウドイメージ、コンテナイメージ、エッジイメージなど)を構築するためのImage Builderツールは、RHEL 10に対応し、より多くの出力形式やカスタマイズオプションをサポートするでしょう。
9. 開発者体験 (Developer Experience)
RHELは、エンタープライズアプリケーションの実行基盤であると同時に、開発プラットフォームでもあります。
- AppStreams: RHEL 8/9で導入されたAppStreams (Application Streams) の概念はRHEL 10でも継続され、複数のバージョンのプログラミング言語(Python, Node.js, Ruby, Perl, PHPなど)、データベース(PostgreSQL, MySQLなど)、開発ツールなどを、OSの基盤パッケージから分離して提供します。これにより、開発者はOSの安定性を損なうことなく、必要なバージョンのソフトウェアを利用できるようになります。AppStreamsで提供されるソフトウェアバージョンは、最新のものが含まれるでしょう。
- コンパイラとランタイム: GCC, LLVMなどのコンパイラ、OpenJDK (Java), Go, Rustといったプログラミング言語のランタイムも最新版が提供され、開発者は新しい言語機能やパフォーマンス改善を活用できます。
- コンテナ開発ツール: Podman Desktopのようなコンテナ開発を支援するツールとの連携も強化されるでしょう。
- 統合開発環境 (IDE) 連携: 主要なIDE (VS Code, Eclipseなど) と連携するためのツールやライブラリが提供・改善される可能性があります。
10. エッジコンピューティングへの対応強化
エッジコンピューティングは、デプロイメントモデルとしてますます重要になっています。RHEL 10は、エッジデバイスへのデプロイ、管理、およびセキュリティに特化した機能を強化する可能性があります。
- RHEL for Edge: RHEL for Edgeは、RHELをベースにした、小さく、安全で、リモート管理に適したOSイメージを提供します。RHEL 10世代では、このRHEL for Edgeがさらに進化し、帯域幅の制約がある環境での効率的なアップデート(差分アップデート)、リモートでのプロビジョニングと管理、デバイス側のセキュリティ強化などが図られるでしょう。イミュータブルなファイルシステムや、コンテナベースのアプリケーションデプロイメントがより中心的な役割を果たす可能性があります。
- コンテナとエッジ: エッジデバイス上でのコンテナワークロード実行が容易になり、アプリケーションのデプロイと管理が簡素化されます。
- セキュリティ: エッジデバイスは物理的なアクセスを受けやすいため、デバイスの改ざん防止、セキュアブート、リモートアッテステーションなどのセキュリティ機能が重要になります。RHEL 10では、これらの機能が強化されると予想されます。
11. AI/MLワークロードへの最適化
AI/MLは急速に普及しており、RHELはその実行基盤としても利用されています。
- GPUドライバー: 最新のGPUに対するドライバーサポートは、AI/MLワークロードのパフォーマンスに直結するため、引き続き優先されます。
- ライブラリとフレームワーク: TensorFlow, PyTorchなどの主要なAI/MLフレームワークをRHEL上で効率的に実行するためのライブラリ(例: cuDNN, oneAPI Libraries)やツールが提供または連携強化されるでしょう。AppStreamsを通じて、特定のバージョンのPythonやライブラリが提供される可能性もあります。
- コンテナ化: AI/MLワークロードをコンテナ化して実行するパターンが増えているため、コンテナ環境でのGPUアクセラレーションやリソース管理機能の強化が重要になります。
12. サポートライフサイクルと移行
- ライフサイクル: RHEL 10は、過去のメジャーバージョンと同様に、約10年間のサポートライフサイクルが提供されると予想されます。これにより、エンタープライズユーザーは安心して長期運用を行うことができます。
- 移行ツール (leapp): RHEL 8/9からRHEL 10へのインプレースアップグレードを支援するためのツールである
leapp
は、RHEL 10に対応するように更新されるでしょう。より多くのシナリオに対応し、アップグレード前のリスク分析やアップグレード後の検証機能が強化されることが期待されます。クリーンインストール以外の選択肢として、インプレースアップグレードの信頼性と成功率の向上が図られます。
RHEL 10がもたらすであろう影響
RHEL 10のリリースは、エンタープライズIT環境にいくつかの重要な影響を与えると考えられます。
- 最新技術の活用: 最新のハードウェア、ソフトウェアスタック、セキュリティ技術をOSレベルでサポートすることで、企業はデジタル変革を加速させ、新しいビジネスチャンスを追求できるようになります。AI/ML、エッジコンピューティング、高度なクラウドネイティブアプリケーションといった、次世代のワークロードを効率的かつ安全に実行するための基盤が提供されます。
- セキュリティ体制の強化: 強力なセキュリティ機能のデフォルト化、サプライチェーンセキュリティの向上、機密コンピューティングへの対応などにより、進化するサイバー脅威に対する防御力が向上します。規制遵守(コンプライアンス)要件を満たす上でも有利になります。
- 運用効率の向上: 自動化、管理ツール、監視機能の強化により、大規模なRHEL環境の運用管理が効率化され、運用コストの削減と人的リソースの有効活用が進みます。Webコンソールの改善は、GUIベースでの管理を好む管理者にとって特にメリットとなるでしょう。
- 開発プロセスの加速: 最新の開発ツール、言語ランタイム、コンテナ技術のサポートにより、開発者はより迅速にアプリケーションを構築、テスト、デプロイできるようになります。AppStreamsは、開発チームが異なるプロジェクトで異なるバージョンのソフトウェアを利用する必要がある場合に特に有効です。
- 長期的な投資保護: 約10年間のサポートライフサイクルにより、企業はITインフラストラクチャへの投資を長期にわたって保護できます。計画的なバージョンアップと移行パスが提供されることで、システムの陳腐化リスクを管理できます。
- ハイブリッドクラウド戦略の推進: オンプレミス、プライベートクラウド、パブリッククラウドにまたがるハイブリッドクラウド環境において、一貫性のあるOS基盤を提供します。これにより、ワークロードの可搬性が向上し、クラウド環境を柔軟に選択・活用できるようになります。
RHEL 9との比較(予想される主な違い)
RHEL 10はRHEL 9の後継として、RHEL 9で導入された多くの概念や機能を継承しつつ、メジャーバージョンアップにふさわしい大きな進化を遂げると予想されます。主な違いは以下の点が考えられます。
- カーネルバージョン: RHEL 9はLinux 5.14ベースですが、RHEL 10はより新しいLinux 6.x系のバージョンをベースとするでしょう。これにより、サポートされるハードウェアやカーネル機能が大きく異なります。
- システムソフトウェアスタック: glibc, systemd, GCCなどの主要なシステムコンポーネントが新しいバージョンになります。これにより、アプリケーションの互換性やパフォーマンスに影響が出ます。
- デフォルト設定: セキュリティポリシー、暗号化設定、ファイルシステムオプションなど、いくつかのデフォルト設定がよりモダンでセキュアなものに変更される可能性があります。
- 非推奨・削除される機能: RHEL 9で非推奨(deprecated)とされた機能やパッケージの一部が、RHEL 10では完全に削除される可能性があります。これは、古いテクノロジーからの脱却を促し、よりモダンなスタックへの移行を進めるためです。例えば、特定の古いネットワークプロトコル、ファイルシステム、ライブラリなどが対象となるかもしれません。
- 新機能の導入: 前述の通り、機密コンピューティングサポート、エッジ機能強化、AI/ML最適化など、RHEL 9にはなかった新しい機能が導入されるでしょう。
- ハードウェア要件: サポートされる最小ハードウェア要件がRHEL 9よりも引き上げられる可能性があります。古いCPUアーキテクチャや特定のレガシーハードウェアがサポート対象外となることも考えられます。
これらの違いは、RHEL 9からRHEL 10への移行計画を立てる上で考慮すべき重要な要素となります。特に、既存のアプリケーションの互換性テストや、インフラストラクチャのハードウェアリフレッシュ計画が必要になる場合があります。
RHEL 10への準備
RHEL 10の正式リリースはまだ先ですが、エンタープライズユーザーは今から準備を始めることができます。
- CentOS Stream 10の監視: CentOS Stream 10は、RHEL 10のアップストリームとして機能するため、その開発状況を追うことで、どのような機能がRHEL 10に含まれるかの予測精度を高めることができます。CentOS Stream 10は、開発者やアーリーアダプターが将来のRHELバージョンをテストするための貴重なリソースです。
- ベータ版のテスト: RHEL 10のベータ版がリリースされたら、積極的にテストに参加することをお勧めします。自社の標準ハードウェアや主要なアプリケーションを新しい環境でテストすることで、互換性の問題やパフォーマンスの変化を早期に把握できます。Red Hatにフィードバックを提供することも、製品改善に貢献する重要な活動です。
- 現在のRHEL環境の評価: 現在運用しているRHEL 7, 8, 9環境の棚卸しを行い、どのシステムがRHEL 10への移行対象となるか、どのようなアプリケーションが稼働しているかを確認します。特に、古いライブラリや非推奨となっている機能に依存しているアプリケーションがないかを確認します。
- ハードウェア互換性の確認: 現在のハードウェアがRHEL 10でサポートされるか、または新しいハードウェアへのリフレッシュが必要になるかを確認します。Red Hatのハードウェア互換性リスト(HCL)を注視します。
- 移行計画の策定: インプレースアップグレード(leapp)が可能か、それともクリーンインストールが必要かを判断し、移行プロセス、必要なダウンタイム、ロールバック計画などを含む詳細な移行計画を策定します。
- Red Hatからの情報の収集: Red Hatのアナウンス、ブログ記事、ウェビナーなど、公式の情報源を常に確認し、RHEL 10に関する最新情報を入手します。
- スキルとトレーニング: RHEL 10で導入される新しい機能(例: 特定のセキュリティ機能、管理ツール、コンテナ技術の進化)に対応できるよう、ITチームのスキルアップやトレーニングを計画します。
RHEL 10とRed Hatエコシステム
RHELは単なる独立したOSではなく、Red Hatの広範な製品ポートフォリオの中核をなす基盤です。RHEL 10は、以下のRed Hat製品と密接に連携し、ハイブリッドクラウド戦略を推進します。
- Red Hat OpenShift: エンタープライズKubernetesプラットフォームであるOpenShiftは、RHELを基盤OSとして利用します。RHEL 10のリリースは、OpenShiftの将来のバージョンに影響を与え、より高性能でセキュアなコンテナ実行環境を提供できるようになります。RHEL CoreOSのようなOpenShift専用のイミュータブルOSも、RHEL 10の技術を取り入れて進化するでしょう。
- Red Hat Ansible Automation Platform: RHELの管理と自動化は、Ansibleと密接に連携しています。RHEL 10の新しい機能や設定オプションは、Ansibleモジュールやロールを通じて自動化可能になり、IT運用の効率化をさらに推進します。
- Red Hat OpenStack Platform: クラウドインフラストラクチャを提供するOpenStackも、RHELを基盤OSとして利用することが一般的です。RHEL 10は、OpenStack環境において、より高性能で信頼性の高いコンピュート、ストレージ、ネットワーキング機能を提供します。
- Red Hat Middleware: Red Hat JBoss EAP, Red Hat AMQ, Red Hat Fuseなどのミドルウェア製品は、RHEL上で動作することが想定されています。RHEL 10は、これらのアプリケーション実行環境として、安定性とパフォーマンスを提供します。
- Red Hat Data Services: Red Hat OpenShift Data Foundation (旧OpenShift Container Storage)のようなストレージソリューションや、他のデータサービスもRHEL上で動作します。RHEL 10のストレージ関連の強化は、これらのデータサービスにメリットをもたらします。
RHEL 10は、これらの製品群全体の基盤を強化することで、Red Hatのハイブリッドクラウド戦略を支え、顧客が複雑なIT環境をシンプルかつ効果的に管理できるよう支援します。
考慮事項と課題
RHEL 10は多くのメリットをもたらす一方で、導入や移行に際していくつかの考慮事項や課題も存在します。
- 互換性: 最も大きな課題の一つは、既存のアプリケーションやハードウェアとの互換性です。新しいシステムライブラリ、カーネル、非推奨/削除された機能は、古いアプリケーションの修正や再コンパイルを必要とする可能性があります。ベンダー提供のアプリケーションやドライバがRHEL 10をサポートするまでのタイムラグも考慮が必要です。
- 移行の複雑さ: 特にRHEL 7のような古いバージョンからの移行は、RHEL 8/9を経由する複数ステップのプロセスになるか、クリーンインストールが必要になる可能性が高いです。インプレースアップグレードツール(leapp)もすべてのシナリオをサポートするわけではないため、計画とテストが不可欠です。
- 新しい機能への対応: RHEL 10の新しい機能(例: 機密コンピューティング、高度なエッジ機能)を活用するには、新しいハードウェア、ソフトウェア、そしてスキルの習得が必要になる場合があります。
- コスト: ハードウェアリフレッシュや追加のソフトウェアライセンスが必要になる場合、初期投資コストが発生します。ただし、長期的な運用効率向上やセキュリティ強化によるメリットを考慮すれば、費用対効果は高いと判断されることが多いです。
- 学習曲線: 新しい管理ツールや設定方法が導入された場合、管理者は新しいスキルを習得する必要があります。
これらの課題に対処するためには、早期の情報収集、 thoroughな計画、十分なテスト、そしてRed Hatやパートナーからのサポートを活用することが重要です。
コミュニティとフィードバック
RHELはエンタープライズ製品ですが、その開発はCentOS Streamコミュニティと密接に連携して行われています。
- CentOS Stream 10: 前述の通り、RHEL 10の開発状況を知るための主要な窓口です。CentOS Stream 10をテストし、バグ報告やフィードバックを提供することで、RHEL 10の品質向上に貢献できます。
- Red Hat Customer Portal: RHELユーザーは、Red Hat Customer Portalを通じて、ナレッジベース記事、ドキュメント、セキュリティアドバイザリ、そしてサポートを受けることができます。
- Red Hat Bugzilla: RHELおよび関連製品に関するバグ報告や機能リクエストを行うことができます。
- メーリングリストとフォーラム: Red Hat関連のメーリングリストやフォーラムに参加することで、他のユーザーやRed Hatエンジニアと情報交換を行うことができます。
RHEL 10のベータプログラムに参加することは、製品に影響を与え、自社のニーズに合ったものにするための最も直接的な方法の一つです。
将来展望:RHEL 10以降
RHEL 10はエンタープライズLinuxの次の10年を形作る重要なリリースとなるでしょう。しかし、ITの世界は常に進化しています。RHEL 10のライフサイクルが続く間にも、新たな技術トレンド(例えば、WebAssemblyのサーバーサイド利用、さらなる分散システム化、より高度なAI活用)が登場し、次のメジャーバージョン(RHEL 11?)への期待が高まっていくでしょう。
Red Hatは、継続的なイノベーションを通じて、RHELがエンタープライズITの基盤として進化し続けることを目指しています。RHEL 10は、その道のりにおける重要なマイルストーンであり、企業が将来の技術変化に適応するための強固な足がかりを提供するでしょう。
まとめ
Red Hat Enterprise Linux 10は、エンタープライズLinuxの未来を担う重要なリリースとなる見込みです。現時点での予測に基づけば、RHEL 10は最新のLinuxカーネルとシステムソフトウェアを基盤とし、セキュリティ、クラウドネイティブ、パフォーマンス、エッジコンピューティング、AI/MLといった現代および将来のワークロード要求に応えるための大幅な強化が図られるでしょう。
主要な変更点としては、SELinuxの進化、機密コンピューティング対応、コンテナ技術の深化、ネットワーキングとストレージのパフォーマンス最適化、エッジ向け機能の拡充、そして開発者ツールの最新化が挙げられます。また、約10年間の長期サポートライフサイクルと、効率的な管理・自動化機能は、エンタープライズユーザーにとって引き続き大きなメリットとなります。
RHEL 9からの移行は、新しいスタック、非推奨機能、およびハードウェア互換性の考慮が必要ですが、leapp
のようなツールや十分な計画とテストによって円滑に進めることが可能です。早期にCentOS Stream 10を評価し、ベータプログラムに参加することは、リリース後のスムーズな導入に繋がります。
RHEL 10は単なるOSのアップデートではなく、企業がハイブリッドクラウド、エッジ、AI/MLといった新たな領域で競争力を維持・向上させるための強力な基盤となります。そのリリースに向けて、最新情報の収集と計画的な準備を進めることが、来るべきエンタープライズITの新しい時代を迎える上で非常に重要です。
この記事が、RHEL 10がもたらすであろう変革と、その詳細な内容について、読者の皆様の理解を深める一助となれば幸いです。RHEL 10の正式リリースと、それがエンタープライズITの世界にどのような具体的な影響を与えるかを楽しみに待ちましょう。