偏光の基礎:s偏光とp偏光をわかりやすく解説
第1章:はじめに – 偏光とは何か、その重要性
光は私たちの世界を認識するための最も基本的な要素の一つです。色、形、動き、遠近感——これらすべては光を通して私たちに届けられます。しかし、この身近な存在である光には、私たちが普段意識しない非常に興味深い性質があります。その一つが「偏光」です。
偏光とは、簡単に言えば、光が振動する方向に関わる性質です。光は電磁波の一種であり、空間を伝わる際に電場と磁場が特定の方向に振動しています。偏光はこの「振動の向き」に関する性質なのです。
私たちは普段、太陽や電球のような光源から来る「自然光」を見ています。自然光は、無数の電磁波が様々な方向に振動しながら混じり合って進んでいる状態です。例えるなら、たくさんの人がそれぞれバラバラな方向に手を振っているようなものです。
しかし、特定の状況下、あるいは特別な材料(偏光子など)を通過した後には、光の振動方向が一様な向きに揃うことがあります。このような状態になった光を「偏光した光」と呼びます。もしすべての人が同じ方向にだけ手を振るようになったら、それは偏光した光に対応します。
なぜ偏光の概念が重要なのでしょうか?私たちの日常生活から最先端科学技術に至るまで、偏光は様々な現象や技術の根幹に関わっています。例えば、
- 偏光サングラス: 水面や路面からの眩しい反射光をカットし、視界をクリアにします。これは反射光が特定の方向に偏光している性質を利用しています。
- 液晶ディスプレイ (LCD): スマートフォンやテレビの画面は、偏光の原理なしには成り立ちません。偏光子と液晶材料を用いて、光のON/OFFや色を制御しています。
- カメラの偏光フィルター: 風景写真で空の色を濃くしたり、ガラスや水面の映り込みを消したりするのに使われます。
- 光通信: 大容量の情報を伝送する光ファイバー通信では、偏光の状態が信号の品質に影響を与えることがあります(偏波分散)。
- 生体や材料の解析: 偏光顕微鏡は、普通の顕微鏡では見えない生体組織や結晶の微細構造を明らかにします。また、透明なプラスチックなどに力がかかった時に現れる偏光のパターン(応力複屈折)を調べることで、材料の強度や欠陥を調べることができます。
このように、偏光は単なる物理現象に留まらず、私たちの暮らしや科学研究に深く関わっています。そして、偏光を理解する上で避けて通れない、非常に重要かつ基本的な概念が「s偏光」と「p偏光」です。
特に、光が異なる物質の境界面(例えば、空気とガラス、水と空気など)に入射する際に、その反射や透過の仕方は、光がs偏光かp偏光かによって大きく異なります。この違いを理解することが、様々な光学現象や光学デバイスの設計を理解するための第一歩となります。
本記事では、まず光の波動としての性質、特に電場と磁場の振動に触れ、様々な偏光の状態を解説します。次に、本題であるs偏光とp偏光の定義にじっくりと時間を割いて説明します。この定義は、単語だけを聞くと少し難しく感じるかもしれませんが、具体的な状況を想像しながら図解をイメージすることで必ず理解できます。そして、s偏光とp偏光の反射・透過率が異なることを示す「フレネルの式」の示す意味、特にp偏光の反射率がゼロになる「ブリュースター角」について詳しく解説します。最後に、これらの概念がどのように実際の応用技術につながっているのかを紹介し、偏光の基礎がいかに奥深く、実用的であるかを示します。
約5000語という分量で、基礎から丁寧に解説していきますので、ぜひ最後までお付き合いください。
第2章:光の様々な偏光状態
偏光についてさらに深く理解するために、まずは光が電磁波としてどのように振動しているのか、そしてその振動の仕方の違いによって光がどのように分類されるのかを見ていきましょう。
2.1 波動としての光:電場と磁場
光は電磁波です。電磁波とは、空間を伝わる電場の変動と磁場の変動がお互いを励起し合いながら進む波のことです。光の場合、この電場と磁場は、波の進行方向に対して垂直な面内で振動しています。そして、電場と磁場の振動方向は互いに垂直です。
例えば、光がまっすぐ前に進んでいると想像してください。このとき、電場は上下方向(あるいは左右方向、または斜め方向)に振動し、磁場はその電場とは垂直な方向(例えば、電場が上下なら磁場は左右)に振動しています。そして、電場と磁場が振動する面は、光が進む方向に対して常に垂直です。このような波を「横波」と呼びます。光は横波なのです。
偏光は、この電磁波の「電場」の振動方向に関する性質として定義されるのが一般的です。なぜ電場に注目するのかというと、光と物質が相互作用する際に、物質中の電子などが主に光の電場によって力を受けることが多いからです。したがって、電場の振動方向が、光の性質を考える上で非常に重要な情報となります。
2.2 偏光の状態:電場の振動パターン
電場が波として振動するパターンによって、光の偏光状態はいくつかの種類に分類されます。
2.2.1 自然光(無偏光)
太陽光や白熱電球、多くのLED照明など、身の回りの多くの光源から出る光は「自然光」、あるいは「無偏光」と呼ばれます。これは、その光の中に含まれる無数の電磁波の波(光子一つ一つに対応すると考えても良いでしょう)が、それぞれバラバラな方向に電場を振動させながら進んでいる状態です。
なぜ自然光は無偏光なのでしょうか?それは、これらの光源からの光が、多数の原子や分子がランダムなタイミングで光を放出するプロセスから生まれるためです。それぞれの放出イベントは独立しており、放出される光の電場の振動方向もランダムになります。これらの無数の波が合わさった結果、あらゆる方向に振動する成分が平均的に等しく含まれている状態が、自然光です。特定の方向だけを見ても、その方向の振動成分は他の方向と同程度含まれています。
2.2.2 直線偏光(線偏光)
直線偏光とは、電場ベクトルが波の進行方向に垂直なある特定の平面内で、常に一つの直線上を振動している光の状態です。例えるなら、すべての人が同じ一つの方向にだけ手を振っている状態です。
例えば、光がX方向に進んでいるとします。直線偏光した光では、電場ベクトルはYZ平面内の特定の方向、例えばY軸方向にだけ振動します。この場合、「Y方向に直線偏光している」と言います。あるいは、電場がY軸とZ軸の両方に成分を持っていても、それが常に一定の比率で振動し、結果として電場ベクトルがYZ平面内の斜め45度の直線上を振動する場合も、直線偏光です。この場合、「斜め45度に直線偏光している」と言います。
自然光を「偏光子」と呼ばれる特別な材料(例えば、ポラロイドフィルムなど)に通すと、特定の方向に振動する成分だけが選択的に透過し、他の方向の成分は吸収または反射されるため、直線偏光した光を得ることができます。
2.2.3 円偏光
円偏光とは、電場ベクトルの先端が、波の進行方向に対して垂直な平面内で、円を描くように回転しながら進む光の状態です。電場ベクトルの大きさ(振幅)は常に一定ですが、その向きが時間とともに規則的に変化します。
円偏光には、回転方向によって右回り円偏光と左回り円偏光があります。これは、波が向かってくる方向から見たときに、電場ベクトルが時計回りに回転するか反時計回りに回転するかで区別されます。
円偏光は、二つの互いに垂直な直線偏光を、振幅を等しくし、位相(波の山の位置)を90度ずらして重ね合わせることで作り出すことができます。例えば、X方向に進む光で、Y方向の電場と、Z方向の電場を考えます。もしY方向の電場がピークの時にZ方向の電場がゼロで、Y方向の電場がゼロの時にZ方向の電場がピークになる(あるいはその逆)ように、二つの振動のタイミングを90度ずらすと、電場ベクトルの先端は円を描きます。
2.2.4 楕円偏光
楕円偏光は、直線偏光と円偏光を合わせたような、最も一般的な偏光状態です。電場ベクトルの先端が、波の進行方向に対して垂直な平面内で、楕円を描くように回転しながら進みます。
楕円偏光は、二つの互いに垂直な直線偏光を重ね合わせたときに、それらの振幅が等しくない場合や、位相差が90度でない場合に生じます。直線偏光は、楕円が潰れて直線になった特別な場合の楕円偏光と考えることもできます。また、円偏光は、楕円が真円になった特別な場合の楕円偏光と考えることもできます。したがって、楕円偏光は最も一般的な偏光状態であり、直線偏光と円偏光はその特殊なケースと言えます。
このように、光の偏光状態は電場ベクトルの時間的な振る舞いによって分類されます。自然光はこれらの様々な状態がランダムに混じり合ったものであり、偏光子などの光学素子を使うことで、特定の偏光状態を持つ光を選び出すことができます。
第3章:境界面での光の振る舞い – 反射と屈折
光が異なる物質の境界面に入射すると、その一部は元の物質に戻って反射し、残りの一部は別の物質に入り込んで屈折します。この現象は私たちの日常生活でよく見られます。例えば、水面に映る景色は光の反射であり、水中にある物が歪んで見えるのは光の屈折によるものです。
これらの反射と屈折の角度の関係は「スネルの法則」として知られています。光の入射角、反射角、屈折角の間には特定の幾何学的な関係があり、また、光が境界面に対して立てた法線(境界面に垂直な線)と同じ平面内に入射光、反射光、屈折光が存在するという平面性の法則もあります。
しかし、反射・屈折するのは光の「エネルギー」です。入射した光のエネルギーが、反射光と透過(屈折)光にどのように分配されるか、つまり反射率と透過率は、スネルの法則だけでは決まりません。このエネルギーの分配、そして反射光や透過光の偏光状態に関わるのが「フレネルの法則」です。
なぜ光が境界面で反射・屈折する際に、そのエネルギー分配や偏光状態が変化するのでしょうか?それは、光が電磁波であり、電場や磁場が媒質によって異なる性質(誘電率や透磁率など)を持つため、境界面において電場や磁場が満たすべき特別な条件(「境界条件」と呼ばれます)が存在するからです。電場や磁場の波が入射してきて境界面にぶつかるとき、これらの境界条件が反射波と透過波を生み出す原因となります。そして、この境界条件を扱う際に、光の電場ベクトルを境界面に対して特定の向きを持つ成分に分解して考えることが非常に有効になります。ここで登場するのが、s偏光とp偏光の概念なのです。
第4章:s偏光とp偏光の定義 – 偏光の「向き」を理解する
さて、本題であるs偏光とp偏光の定義について詳しく見ていきましょう。この定義は、光が物質の境界面に入射する状況においてのみ意味を持つ相対的な概念です。したがって、単に「s偏光」とか「p偏光」というだけでは不十分で、「どの境界面に対して、どの角度で入射する光のs偏光・p偏光か」という文脈が重要になります。
s偏光とp偏光を定義するためには、まず「入射面(Plane of incidence)」という概念を理解する必要があります。
4.1 入射面(Plane of Incidence)
光が境界面に入射するとき、その光線(光の進む方向を示す直線)と、入射点における境界面の「法線」を考えます。法線とは、その点で境界面に垂直に立てた仮想的な線です。
入射面とは、この光線と法線を含む仮想的な平面のことです。例えるなら、壁に鏡がかかっているとして、あなたがその鏡に向かってレーザーポインターで光を当てたとします。あなたの目からレーザーポインターまでの光線と、鏡の表面に垂直な線(例えば、鏡の縁から真っ直ぐ手前に向かって引いた線)を考えます。この光線と法線の両方を含む平面が、この場合の入射面です。それはちょうど、あなたが立っている床や、壁に垂直な透明なガラス板のようなものかもしれません。
入射面は、光が進む方向と境界面の向きによって一意に決まります。反射光も屈折光も、入射光と同じ入射面内に存在するという性質があります(スネルの法則に含まれる平面性の法則です)。
4.2 s偏光 (Schwingung senkrecht) の定義
s偏光の「s」は、ドイツ語の「senkrecht」(センクレヒト)に由来すると言われています。これは「垂直」という意味です。
s偏光とは、光の電場ベクトルが入射面に垂直に振動している光を指します。
入射面は光線と法線を含む平面でした。s偏光では、電場ベクトルはこの入射面という平面に対して垂直に振動しています。
ここで重要なのは、入射面が境界面に垂直に立てられているということです。したがって、入射面に垂直な方向は、境界面に平行な方向になります(図をイメージしてください!入射面は壁、s偏光の電場はその壁に垂直な方向、つまり床や天井に平行な方向を向いているイメージです)。
- まとめ:s偏光とは、電場ベクトルが「入射面に垂直」に振動している光です。これはすなわち、電場ベクトルが「境界面に平行」に振動していることと同義です。
具体的な例を考えてみましょう。水平なテーブルの上に水が張ってあるとします。光が斜め上から水面(境界面)に向かって入射しています。この場合、テーブルの表面が境界面です。入射光線と水面に垂直な法線を含む平面が「入射面」です。もし光線があなたの体の真横から来て、目の前で水面に当たっているとすると、入射面はあなたの顔の正面にある仮想的な壁のようなものになります。s偏光は、この仮想的な壁に対して垂直な方向に電場が振動しています。それはつまり、水平な水面(テーブル面)に平行な方向(左右方向)に電場が振動していることになります。
4.3 p偏光 (Schwingung parallel) の定義
p偏光の「p」は、ドイツ語または英語の「parallel」(パラレル)に由来すると言われています。これは「平行」という意味です。
p偏光とは、光の電場ベクトルが入射面に平行に振動している光を指します。
先ほどの例で考えると、入射面という仮想的な壁の中に電場ベクトルがある状態です。電場ベクトルは、入射光線の方向には振動しません(光は横波だからです)が、入射面の中で光線に垂直な方向に振動します。これは、電場ベクトルが境界面に対しては一般に斜めになります。ただし、入射面内にあるベクトルなので、境界面に対して「垂直な成分」と「平行な成分」の両方を持つことになります(垂直入射の場合は境界面に垂直な成分しか持ちませんが、これは後述)。
- まとめ:p偏光とは、電場ベクトルが「入射面に平行」に振動している光です。電場は境界面に対しては一般に斜めに振動しますが、その振動は入射面の中に限定されます。
水面の例で言えば、入射面という仮想的な壁の中で電場が振動しています。電場ベクトルは水面に垂直な成分と水平な成分の両方を持つことになります(ただし、水平成分は入射面内での方向)。
4.4 s偏光とp偏光の図解イメージ
言葉だけでは少し分かりにくいかもしれませんので、図をイメージしてみましょう。
- 境界面: まず、水平な平面(例えば、テーブルの表面)を想像してください。これが境界面です。
- 法線: 境界面上の入射点から真上に伸びる垂直な線(例えば、テーブルに立てた鉛筆)を想像してください。これが法線です。
- 光線: 斜め上から法線に向かってくる矢印を想像してください。これが光線です。
- 入射面: 光線と法線の両方を含む平面(例えば、テーブルの上に垂直に立てた透明なガラス板)を想像してください。これが入射面です。この入射面は、テーブル面(境界面)に垂直です。
- s偏光: 電場ベクトルは、この入射面というガラス板に対して垂直に振動しています。つまり、テーブル面(境界面)と平行な方向(ガラス板に垂直な方向)に振動しています。
- p偏光: 電場ベクトルは、この入射面というガラス板の中で振動しています。電場ベクトルは光線(入射面内の矢印)に対して垂直な方向ですが、入射面の中にある限り、テーブル面(境界面)に対しては斜めになります(法線の方向とテーブル面の方向の両方に成分を持つ)。
4.5 なぜsとpに分けるのか?
なぜわざわざ光の偏光状態をこのようにsとpに分けるのでしょうか?それは、光が境界面を通過する際に満たすべき電磁場の「境界条件」を扱う上で、この分け方が非常に都合が良いからです。
電磁波の境界条件は、電場や磁場の境界面に平行な成分と、境界面に垂直な成分に関するものです。
- s偏光の場合: 電場ベクトル全体が境界面に平行です。したがって、s偏光の反射・透過を考える際には、電場の境界面平行成分に関する境界条件だけを考えればよい、ということになります。磁場は電場と垂直で光線にも垂直なので、磁場は入射面内にあり、境界面に対して垂直な成分と平行な成分の両方を持つことになります。
- p偏光の場合: 電場ベクトルは入射面内にあり、境界面に対して一般に斜めです。したがって、電場は境界面に平行な成分と垂直な成分の両方を持っています。磁場は電場と垂直で光線にも垂直なので、磁場ベクトル全体が境界面に平行になります。したがって、p偏光の反射・透過を考える際には、磁場の境界面平行成分に関する境界条件だけを考えればよい、ということになります(あるいは電場の平行成分と垂直成分に関する境界条件を両方考慮する)。
このように、s偏光では電場、p偏光では磁場(または電場の両成分)が境界面に対して特定のシンプルな向きを持つため、電磁波の境界条件を適用して反射率や透過率を計算する際に、s偏光とp偏光を別々に扱うことで計算が容易になるのです。
4.6 垂直入射の場合
もし光が境界面に垂直に入射する場合(入射角0度)はどうなるでしょうか?この場合、光線と法線が一致します。光線と法線を含む「入射面」は、一意に決まりません。どの方向を向いている平面も、光線と法線を含んでしまいます。
この場合、s偏光とp偏光の区別はなくなります。電場ベクトルは境界面に平行なあらゆる方向に振動することができます(光は横波なので、進行方向である法線・光線方向には振動しません)。垂直入射の場合、s偏光の反射率とp偏光の反射率は常に等しくなります。
このことからわかるように、s偏光とp偏光という分類は、光が境界面に「斜めに」入射する場合に初めて意味を持つ概念なのです。
第5章:フレネルの式 – s偏光とp偏光の反射率・透過率の違い
光が境界面に入射する際に、s偏光とp偏光で反射・透過の仕方が異なることは、電磁気学の基本法則であるマクスウェル方程式から導き出される「フレネルの式」によって定量的に示されます。フレネルの式は、光の振幅反射率(反射波の振幅と入射波の振幅の比)および振幅透過率(透過波の振幅と入射波の振幅の比)を、入射角、屈折率、そして偏光状態(sまたはp)の関数として与えるものです。
ここでは、式の詳しい導出には立ち入りませんが、フレネルの式が示す重要な結果と、s偏光・p偏光それぞれの反射率・透過率がどのように振る舞うのかを詳しく見ていきましょう。
5.1 フレネルの式の概要
光が入射する最初の媒質の屈折率を $n_1$、光が入射する先の媒質の屈折率を $n_2$ とします。光の入射角を $\theta_1$、屈折角を $\theta_2$ とします。スネルの法則により、$n_1 \sin \theta_1 = n_2 \sin \theta_2$ という関係があります。
フレネルの式は、s偏光とp偏光それぞれについて、入射波の電場振幅を $E_i$、反射波の電場振幅を $E_r$、透過波の電場振幅を $E_t$ としたときの、振幅反射率 $r = E_r / E_i$ と振幅透過率 $t = E_t / E_i$ を与えます。
-
s偏光に対するフレネルの式(振幅反射率 $r_s$, 振幅透過率 $t_s$)
$r_s = \frac{n_1 \cos \theta_1 – n_2 \cos \theta_2}{n_1 \cos \theta_1 + n_2 \cos \theta_2}$
$t_s = \frac{2 n_1 \cos \theta_1}{n_1 \cos \theta_1 + n_2 \cos \theta_2}$ -
p偏光に対するフレネルの式(振幅反射率 $r_p$, 振幅透過率 $t_p$)
$r_p = \frac{n_2 \cos \theta_1 – n_1 \cos \theta_2}{n_2 \cos \theta_1 + n_2 \cos \theta_2}$
$t_p = \frac{2 n_1 \cos \theta_1}{n_2 \cos \theta_1 + n_1 \cos \theta_2}$
(※いくつかの教科書ではp偏光の $r_p$ の式で分子の符号が逆になっている場合がありますが、これはp偏光の反射波の電場ベクトルの定義の向きの違いによるもので、物理的な結果(反射率など)は同じになります。ここでは一般的な定義の一つを示しています。)
実際に観測される反射強度や透過強度は、電場振幅の二乗に比例します。したがって、反射率 (Reflectance) $R$ は $|r|^2$、透過率 (Transmittance) $T$ は $|t|^2$(ただし、透過率の定義には媒質間のエネルギー伝達効率の違いを補正する項がかかる場合もありますが、ここでは単純に $|t|^2$ を考えます)で与えられます。
- s偏光の反射率 $R_s = |r_s|^2$
- p偏光の反射率 $R_p = |r_p|^2$
- s偏光の透過率 $T_s = |t_s|^2$
- p偏光の透過率 $T_p = |t_p|^2$
これらの式から、以下の重要なことが分かります。
- 反射率と透過率は入射角 $\theta_1$ に依存する: 入射角が変われば $\cos \theta_1$ も変わり、スネルの法則から $\theta_2$ も変わるので、RやTの値は変化します。
- 反射率と透過率は屈折率 $n_1, n_2$ に依存する: 異なる物質の境界面では反射・透過の仕方が異なります。
- 最も重要な点:s偏光の反射率 $R_s$ とp偏光の反射率 $R_p$ は、一般的に異なる!
5.2 $R_s$ と $R_p$ の振る舞い
フレネルの式を使って、$R_s$ と $R_p$ が入射角 $\theta_1$ に対してどのように変化するかを見てみましょう。ここでは、光が屈折率の低い媒質から高い媒質へ入射する場合(例:空気からガラスへ、$n_1 < n_2$)を考えます。
-
垂直入射 ($\theta_1 = 0$): $\cos \theta_1 = \cos 0^\circ = 1$ です。またスネルの法則から $\sin \theta_2 = (n_1/n_2) \sin 0^\circ = 0$ なので $\theta_2 = 0$ です。このとき、
$r_s = \frac{n_1 – n_2}{n_1 + n_2}$
$r_p = \frac{n_2 – n_1}{n_2 + n_2} = \frac{-(n_1 – n_2)}{n_1 + n_2} = -r_s$
となります。垂直入射では $r_p = -r_s$ となり、振幅反射率は符号が違うだけです。したがって、反射率は
$R_s = |r_s|^2 = \left(\frac{n_1 – n_2}{n_1 + n_2}\right)^2$
$R_p = |r_p|^2 = |-r_s|^2 = R_s$
となります。やはり、垂直入射では s偏光と p偏光の反射率は等しくなります。この値は、ガラス($n_2 \approx 1.5$)に対する空気($n_1 \approx 1.0$)からの垂直入射の場合、約 $R_s = R_p = ((1-1.5)/(1+1.5))^2 = (-0.5/2.5)^2 = (-1/5)^2 = 1/25 = 0.04 = 4\%$ となります。つまり、ガラスの表面では、垂直に入射した光の約4%が反射されるということです。 -
入射角が大きくなるにつれて: $\theta_1$ が大きくなるにつれて、$\cos \theta_1$ は小さくなり、スネルの法則から $\theta_2$ も大きくなりますが、$\cos \theta_2$ も小さくなります。$R_s$ と $R_p$ の式を見ると、分子と分母にこれらの $\cos$ の項が含まれているため、入射角によって値が変化することが分かります。
- 一般的に、$R_p$ は $R_s$ よりも小さい値で変化していきます。
- 特に重要な点として、$R_p$ はある特定の入射角でゼロになることがあります。
-
かすめ入射 ($\theta_1 \to 90^\circ$): 光が境界面にほぼ平行に入射する場合 ($\theta_1$ が90度に近づく場合) を「かすめ入射 (grazing incidence)」と呼びます。このとき、$\cos \theta_1 \to 0$ となります。フレネルの式を見ると、分母と分子に $\cos \theta_1$ の項が含まれているため、複雑な挙動を示しますが、結果として、$R_s$ も $R_p$ も1に近づきます。つまり、かすめ入射では、どのような偏光状態の光でも、ほとんどすべて反射されるようになります。水面が夕日を強く反射して光り輝いて見えるのは、夕日の光が水面に非常に浅い角度で入射するため、つまりかすめ入射に近い状態になるためです。
-
全反射 (Total Internal Reflection): 光が屈折率の高い媒質から低い媒質へ入射する場合(例:ガラスから空気へ、$n_1 > n_2$)には、特定の角度(臨界角)を超えると光がすべて反射され、透過光がゼロになる現象が起こります。これを全反射と呼びます。全反射が起こる臨界角 $\theta_c$ は $\sin \theta_c = n_2/n_1$ で与えられます。臨界角以上の角度では、スネルの法則から $\sin \theta_2 > 1$ となり、$\theta_2$ が実数として定義できなくなります。この領域では、フレネルの式の $\cos \theta_2$ が虚数となり、$r_s$ も $r_p$ も複素数となりますが、その絶対値 $|r_s|$ も $|r_p|$ も1になります。したがって、全反射領域では $R_s = R_p = 1$ となり、s偏光とp偏光の反射率は等しくなります。
このように、s偏光とp偏光の反射率 $R_s$ と $R_p$ は、入射角によって異なり、特に $R_p$ はある特定の角度でゼロになるという特徴的な振る舞いをします。この「p偏光の反射率がゼロになる角度」は非常に重要であり、次の章で詳しく見ていきます。
第6章:ブリュースター角 – p偏光が消える不思議な角度
フレネルの式の最も興味深い帰結の一つは、p偏光の反射率 $R_p$ が、ある特定の入射角で完全にゼロになるということです。この特定の角度を「ブリュースター角 (Brewster’s angle)」、または「偏光角 (polarizing angle)」と呼び、$\theta_B$ と表記します。ブリュースター角は、19世紀初頭にスコットランドの物理学者デイヴィッド・ブリュースター卿によって実験的に発見され、後にフレネルの式によって理論的に説明されました。
6.1 $R_p = 0$ となる条件の導出
p偏光の反射率 $R_p = |r_p|^2$ がゼロになるのは、振幅反射率 $r_p$ がゼロになる場合です。フレネルの式のp偏光に対する振幅反射率 $r_p$ は、
$r_p = \frac{n_2 \cos \theta_1 – n_1 \cos \theta_2}{n_2 \cos \theta_1 + n_1 \cos \theta_2}$
でした。この $r_p$ がゼロになるのは、分子がゼロになる場合です。つまり、
$n_2 \cos \theta_1 = n_1 \cos \theta_2$
が成り立つときです。このときの入射角 $\theta_1$ がブリュースター角 $\theta_B$ です。
この条件をスネルの法則 $n_1 \sin \theta_1 = n_2 \sin \theta_2$ と組み合わせてみましょう。
$n_2 \cos \theta_B = n_1 \cos \theta_2$ (ブリュースター角での条件)
$n_1 \sin \theta_B = n_2 \sin \theta_2$ (スネルの法則)
最初の式から $\cos \theta_2 = \frac{n_2}{n_1} \cos \theta_B$
二番目の式から $\sin \theta_2 = \frac{n_1}{n_2} \sin \theta_B$
$\sin^2 \theta_2 + \cos^2 \theta_2 = 1$ を使うと、
$\left(\frac{n_1}{n_2} \sin \theta_B\right)^2 + \left(\frac{n_2}{n_1} \cos \theta_B\right)^2 = 1$
$\frac{n_1^2}{n_2^2} \sin^2 \theta_B + \frac{n_2^2}{n_1^2} \cos^2 \theta_B = 1$
この式を $\cos^2 \theta_B$ で割ると($\cos \theta_B \neq 0$ と仮定)、
$\frac{n_1^2}{n_2^2} \tan^2 \theta_B + \frac{n_2^2}{n_1^2} = \frac{1}{\cos^2 \theta_B} = 1 + \tan^2 \theta_B$
$\left(\frac{n_1^2}{n_2^2} – 1\right) \tan^2 \theta_B = 1 – \frac{n_2^2}{n_1^2}$
$\left(\frac{n_1^2 – n_2^2}{n_2^2}\right) \tan^2 \theta_B = \frac{n_1^2 – n_2^2}{n_1^2}$
もし $n_1 \neq n_2$ なら、$n_1^2 – n_2^2 \neq 0$ なので、両辺を $n_1^2 – n_2^2$ で割ることができます。
$\frac{1}{n_2^2} \tan^2 \theta_B = \frac{1}{n_1^2}$
$\tan^2 \theta_B = \frac{n_2^2}{n_1^2}$
したがって、
$\tan \theta_B = \frac{n_2}{n_1}$
これがブリュースター角を求める式です。ブリュースター角 $\theta_B$ は、境界面を挟む二つの媒質の屈折率の比の逆タンジェントによって決まります。
6.2 ブリュースター角の物理的意味:反射光と屈折光の直交
ブリュースター角で入射した光の場合、p偏光成分は反射されずにすべて透過します。これはつまり、ブリュースター角で反射される光は、p偏光成分を全く含まないということです。もし入射光が自然光(無偏光)であれば、それはs偏光成分とp偏光成分を等しく含んでいます。ブリュースター角で反射されるのは、そのうちのs偏光成分だけということになります。したがって、ブリュースター角で反射した光は、完全にs偏光になります。
では、ブリュースター角で透過した光はどうなるでしょうか?p偏光成分はすべて透過しますが、s偏光成分も一部は透過します(s偏光の反射率 $R_s$ はブリュースター角では一般にゼロではないため)。したがって、ブリュースター角で透過した光は、p偏光成分の方がs偏光成分よりも多く含まれる、部分的にp偏光した光となります。完全にp偏光になるわけではありません。
ブリュースター角における興味深い幾何学的な関係として、反射光線と屈折光線が互いに垂直(90度)になるという性質があります。これを確かめてみましょう。
ブリュースター角 $\theta_B$ で入射したとき、屈折角を $\theta’_2$ とします。スネルの法則とブリュースター角の条件から、
$n_1 \sin \theta_B = n_2 \sin \theta’_2$
$n_2 \cos \theta_B = n_1 \cos \theta’_2$
辺々を割ると、
$\frac{\sin \theta_B}{\cos \theta_B} = \frac{n_2 \sin \theta’_2}{n_1 \cos \theta’_2}$
$\tan \theta_B = \frac{n_2}{n_1} \tan \theta’_2$
一方、ブリュースター角の条件 $\tan \theta_B = n_2/n_1$ を代入すると、
$\frac{n_2}{n_1} = \frac{n_2}{n_1} \tan \theta’_2$
これより $\tan \theta’_2 = 1$ となります。これは $\theta’_2 = 45^\circ$ を意味しません(それは $n_2/n_1 = 1$ の場合、つまり境界面がない場合です)。
もう一度、条件 $n_2 \cos \theta_B = n_1 \cos \theta’_2$ と $n_1 \sin \theta_B = n_2 \sin \theta’_2$ に戻ります。
ブリュースター角の定義 $\tan \theta_B = n_2/n_1$ から $\frac{\sin \theta_B}{\cos \theta_B} = \frac{n_2}{n_1}$
$\sin \theta_B = \frac{n_2}{n_1} \cos \theta_B$
これをスネルの法則の式 $n_1 \sin \theta_B = n_2 \sin \theta’_2$ に代入すると、
$n_1 \left(\frac{n_2}{n_1} \cos \theta_B\right) = n_2 \sin \theta’_2$
$n_2 \cos \theta_B = n_2 \sin \theta’_2$
したがって、$\cos \theta_B = \sin \theta’_2$ が成り立ちます。
$\cos \theta_B = \sin (90^\circ – \theta_B)$ なので、 $\sin \theta’_2 = \sin (90^\circ – \theta_B)$。
$\theta’_2 = 90^\circ – \theta_B$ または $\theta’_2 = \theta_B + 90^\circ$ (これは物理的にありえない) となります。
よって、ブリュースター角では $\theta_B + \theta’_2 = 90^\circ$ が成り立ちます。
ここで、反射角は入射角に等しい ($\theta_1 = \theta_r$) ので、ブリュースター角での反射角も $\theta_B$ です。反射光線と屈折光線の間の角度は、入射面内で 法線から反射光線までの角度(反射角 $\theta_B$)と、法線から屈折光線までの角度(屈折角 $\theta’_2$)を用いて、$\theta_B + \theta’_2$ となります(反射光と屈折光が法線の反対側に出る場合)。
したがって、ブリュースター角では $\theta_B + \theta’_2 = 90^\circ$ となることから、反射光線と屈折光線は互いに垂直である、つまり反射光線 $\perp$ 屈折光線という興味深い関係が成り立つのです。
この「反射光と屈折光の直交」という幾何学的な条件から、電磁気学的な導出を経ずにブリュースター角の式 $\tan \theta_B = n_2/n_1$ を導くことも可能です。なぜこの直交条件でp偏光の反射がゼロになるのかについては、古典的な電磁波の放射モデル(反射面上の分子が揺れることで反射光や透過光が発生するというイメージ)を用いて説明されることがありますが、詳細な理解には電磁気学の知識が必要です。直感的には、反射面に平行に振動する電場(s偏光)は反射を起こしやすいのに対し、入射面に平行に振動する電場(p偏光)のうち、反射光の方向に振動する成分は、反射によって生じる波として放射されにくくなるため、と説明されることがあります。そして、その放射されにくさが最大になるのが、反射光の方向が屈折光の方向と直交する場合なのです。
6.3 ブリュースター角の応用
ブリュースター角の概念は、様々な光学デバイスや現象に応用されています。
- 偏光サングラス: 水面や濡れた路面からの反射光は、太陽光が斜めに入射して反射する際に、その多くがブリュースター角付近で反射されるため、s偏光(水平な方向に振動する偏光)が多く含まれます。偏光サングラスは、この水平方向の偏光をカットするような透過軸を持つ偏光板でできています。これにより、眩しい反射光だけが効果的に除去され、景色がクリアに見えるのです。
- 窓ガラスの反射防止: カメラのレンズや光学機器では、不要な反射を抑えるために表面に多層膜コーティング(反射防止膜)が施されます。しかし、特定の角度での反射だけを抑えたい場合、例えばショーケースのガラスなどでは、ブリュースター角に近い角度でp偏光成分の反射を抑えることで、見栄えを良くすることがあります。
- 偏光子: 自然光を直線偏光に変える「偏光子」として、ブリュースター角を利用した光学素子があります。例えば、特定の角度に傾けたガラス板(ブリュースターウィンドウ)を設置し、自然光をブリュースター角で入射させます。反射光は完全にs偏光になるので、これを取り出せばs偏光が得られます。また、透過光はp偏光成分が多く含まれるので、これを複数枚のガラス板を透過させることで、p偏光成分をさらに多く含むようにすることも可能です。ただし、吸収型偏光子(ポラロイドなど)の方がより一般的です。
- レーザーの発振器: レーザー装置では、光を増幅する媒質(利得媒質)の両端にミラーを置いて光を何度も往復させることで、特定の波長の光だけを強く増幅させます。このとき、利得媒質の端面に「ブリュースターウィンドウ」と呼ばれる、利得媒質に対してブリュースター角で傾けて設置された窓ガラスがよく使われます。これにより、空洞内で光が往復する際に、窓ガラス表面でのp偏光の反射がゼロになるため、p偏光成分だけが損失なく往復できます。一方、s偏光は一部反射されて損失が発生するため、空洞内ではp偏光だけが増幅されやすくなり、結果として出力されるレーザー光はp偏光になります。
- 偏光ビームスプリッター (PBS): 入射した光を、その偏光状態によって二つの方向に分離する光学素子です。特定の入射角を持つ多層膜コーティングや、特定の形状を持つプリズム(グラン-トーマスプリズムなど)が用いられます。これらの素子は、特定の角度でs偏光とp偏光の反射率・透過率が大きく異なる性質(特にブリュースター角付近でのp偏光の反射率の低さや、臨界角付近での全反射など、フレネルの式の挙動)を巧みに利用して設計されています。例えば、特定の多層膜は、ある入射角でs偏光をほとんど反射し、p偏光をほとんど透過させるように設計されており、入射光を反射光(s偏光)と透過光(p偏光)に分離することができます。
このように、ブリュースター角は単なる学術的な現象に留まらず、光の偏光を制御するための重要な手段として、多くの光学機器や技術に活用されています。
第7章:s偏光とp偏光のさらなる応用
s偏光とp偏光の概念は、反射や屈折におけるフレネルの式やブリュースター角だけでなく、より広範な光と物質の相互作用、そして多くの応用分野で重要な役割を果たしています。
7.1 多層膜光学素子
複数の異なる屈折率を持つ薄膜を重ね合わせた「多層膜」は、特定の波長や角度での反射率や透過率を自在に制御できることから、様々な光学素子に広く用いられています。例えば、レンズの反射防止膜、誘電体ミラー、干渉フィルターなどがこれにあたります。
多層膜における光の反射・透過を計算する際にも、入射光をs偏光とp偏光に分解して考えることが不可欠です。各薄膜の境界面で、s偏光とp偏光はそれぞれフレネルの式に従って反射・透過します。さらに、これらの反射・透過した光が各層内を進む際に位相が変化し、隣の境界面で再び反射・透過する際に、最初の境界面からの反射・透過光と干渉を起こします。この多重干渉の効果が、多層膜特有の波長や角度依存性のある光学特性を生み出します。
s偏光とp偏光に対するフレネルの式は異なりますから、多層膜の設計においても、s偏光とp偏光で異なる反射率・透過率が得られます。この性質を利用して、特定の偏光だけを反射・透過させる「偏光ビームスプリッター」などが実現されています。
7.2 液晶ディスプレイ (LCD)
LCDは、s偏光やp偏光という言葉は直接使わないことが多いですが、その動作原理は偏光状態の制御に基づいています。LCDパネルは、基本的に「バックライト -> 下の偏光板 -> 液晶層 -> 上の偏光板 -> カラーフィルター -> 画面」という構造をしています。
バックライトからの自然光は、まず下の偏光板によって特定の方向(例えば垂直方向)の直線偏光になります。この直線偏光が液晶層に入射します。液晶分子は、印加される電圧によって向きを変える性質を持っています。電圧がゼロの場合、液晶分子は光の進行方向に対して螺旋状に並んでおり、入射した直線偏光の偏光面を90度回転させます。回転された偏光は、上の偏光板(下の偏光板とは透過軸が90度異なる、例えば水平方向の偏光板)を透過できます。これにより、画面が明るく見えます(白表示)。
一方、液晶に電圧を印加すると、液晶分子は配向を変え、光の偏光面を回転させなくなります。偏光面が回転しなかった直線偏光は、上の偏光板(透過軸が90度異なる)によって遮断され、透過できません。これにより、画面が暗く見えます(黒表示)。
このように、LCDは二枚の偏光板(特定の方向に偏光した光だけを通すフィルター)の間に液晶を挟み、液晶の電気的な性質を利用して光の偏光状態をコントロールすることで、画面の明るさを画素ごとに制御しています。ここでは、直線偏光という概念が不可欠であり、s偏光/p偏光という分類は、例えば特定の方向に偏光した光が別の光学素子に入射する際に必要になります。
7.3 光通信
光ファイバーを用いた光通信では、光の偏光状態が伝送品質に影響を与えることがあります。「偏波分散 (Polarization Mode Dispersion; PMD)」と呼ばれる現象は、光ファイバー中を伝搬する光信号の異なる偏光成分(例えば、ファイバーの断面内で互いに垂直な二つの直線偏光成分)が、伝搬速度のわずかな違いによって時間的にずれてしまう現象です。これにより、信号が歪み、伝送できる情報量に制限がかかることがあります。高速・大容量の光通信システムでは、この偏波分散を補償する技術が重要となります。ここでも、光信号の偏光状態を二つの直交する成分(これをs偏光、p偏光と呼ぶこともありますし、あるいはファイバーの特定の軸に沿った偏光成分と垂直な偏光成分と呼ぶこともあります)に分解して考えることが基本となります。
7.4 その他の応用
- 光学顕微鏡: 偏光顕微鏡は、試料を透過または反射した光の偏光状態の変化を観察することで、等方性(どの方向も性質が同じ)ではない物質(結晶、鉱物、繊維、生体組織の一部など)の内部構造や組成を解析します。試料に光を当てる際に特定の偏光状態(例えば直線偏光)を用い、試料を透過した光を偏光子を通して観察することで、試料による偏光の変化が明るさや色として現れます。
- 応力解析: 透明な材料(特にプラスチック)に力が加わると、材料の内部で屈折率が方向によって異なる性質(応力複屈折)が生じます。この材料に直線偏光を当てて透過させ、さらに偏光子を通して観察すると、応力がかかっている部分で偏光状態が変化し、干渉縞のような応力パターンが見えます。これにより、材料の応力分布を視覚的に把握し、強度設計や欠陥検査に役立てることができます。
- 自然界の偏光: 空の色が青く見えるのは、太陽光が大気中の分子によって散乱される「レイリー散乱」によるものですが、この散乱光は偏光しています。特に、太陽から90度離れた空の光は、強く偏光しています。一部の昆虫(ミツバチなど)はこの偏光を感知する能力を持ち、太陽が見えない曇りの日でも空の偏光パターンを頼りに方向を知ることができると言われています。水面からの反射光が偏光していることは、偏光サングラスの例で述べたとおりです。
これらの例からわかるように、偏光、特にその基本的な分類であるs偏光とp偏光は、物理学だけでなく、工学、生物学、さらには自然現象の理解においても非常に重要な概念です。光と物質がどのように相互作用するかを理解する上で、光がどのような方向に振動しているのか(偏光状態)を考慮することは不可欠なのです。
第8章:まとめと展望
本記事では、偏光の基礎として、まず光の波動性、様々な偏光状態(自然光、直線偏光、円偏光、楕円偏光)について概観しました。次に、光が物質の境界面で反射・屈折する際に非常に重要となる概念である「s偏光」と「p偏光」について、その定義、そして定義の基盤となる「入射面」の概念を詳しく解説しました。
s偏光は電場が入射面に垂直(したがって境界面に平行)に振動する光、p偏光は電場が入射面に平行に振動する光です。この分類が重要となるのは、境界面での電磁場の境界条件を扱う際に、電場を境界面に平行な成分と垂直な成分に分けることが都合が良いからです。s偏光では電場全体が境界面に平行、p偏光では電場が境界面に平行な成分と垂直な成分の両方を持つ、という違いが、その後の振る舞いの違いとなって現れます。
そして、このs偏光とp偏光の反射率・透過率が入射角によって異なることを示す「フレネルの式」について述べ、特にp偏光の反射率がゼロになる特定の角度である「ブリュースター角」の概念を詳しく解説しました。ブリュースター角では、反射光が完全にs偏光になること、そして反射光と屈折光が直交するという幾何学的な特徴があることを説明しました。
最後に、これらの偏光の概念、特にs偏光とp偏光の境界面での異なる振る舞いが、偏光サングラス、多層膜光学素子、液晶ディスプレイ、光通信、偏光顕微鏡、応力解析など、様々な身近な技術や科学分野に応用されていることを紹介しました。
偏光の理解は、光がどのように物質と相互作用するのか、そして光をどのように制御できるのかを学ぶ上で非常に基本的なステップです。s偏光とp偏光という概念は、一見抽象的に思えるかもしれませんが、実際の光学現象やデバイスの動作原理を深く理解するための強力なツールとなります。
今日の科学技術において、光の利用はますます進んでいます。高精細ディスプレイ、超高速通信、精密計測、医療診断、先進製造技術など、多くの分野で光の性質を高度に利用しています。偏光はこれらの最先端技術においても依然として重要な役割を果たしており、新しい光学材料や素子の開発、より高機能なシステムの実現に向けて、偏光に関する研究開発は続けられています。
本記事が、偏光の基礎、特にs偏光とp偏光の概念を理解し、光の持つ奥深さに興味を持つきっかけとなれば幸いです。図がない環境での説明となり、イメージしにくい部分もあったかと思いますが、もし可能であれば、専門書やウェブサイトなどで図を参考にしながら読み返していただくと、より深く理解できるはずです。
偏光の世界は、基礎を越えて円偏光や楕円偏光のさらに詳しい記述方法(ジョーンズベクトルやミューラー行列など)、偏光解消や非線形光学における偏光の効果など、さらに広大で興味深いトピックへと続いていきます。この基礎的な理解を足がかりに、ぜひ偏光のさらなる探求に進んでみてください。
これで、約5000語の詳細な解説記事となりました。s偏光とp偏光の定義とその重要性、フレネルの式とブリュースター角、そして多様な応用例について、図がないことを考慮しつつ、言葉で丁寧に解説することを試みました。