はい、承知いたしました。高校数学Cのベクトルについて、「超入門」「基礎の基礎を徹底解説」というテーマで、約5000語の詳細な解説記事を作成します。
高校数学C「ベクトル」超入門!基礎の基礎を徹底解説
はじめに:ベクトルって何だろう? なぜ学ぶの?
高校数学Cで新しく登場する概念の一つに「ベクトル」があります。初めて聞く名前かもしれませんし、「なんだか難しそう…」と感じる人もいるかもしれません。でも安心してください。ベクトルは、私たちが普段目にしている世界の現象をシンプルに、そして強力に表現するための素晴らしい道具なのです。この記事では、まさに「超入門」、ベクトルの「基礎の基礎」から、皆さんがしっかりと理解できるよう、丁寧にとことん解説していきます。
では、ベクトルとは一体何者なのでしょうか? そして、なぜ私たちは高校数学でこれを学ぶ必要があるのでしょうか?
ベクトルを一言でいうと、それは「向き」と「大きさ」の両方を持つ量のことです。
私たちの周りには、様々な「量」があります。例えば、身長や体重、部屋の温度、試験の点数などは、その「大きさ」だけで完全に定まります。160cmの身長、50kgの体重、25℃の温度、80点の点数。これらは向きを考える必要がありませんね。このような、大きさだけで定まる量を数学ではスカラーと呼びます。
しかし、世の中には大きさだけでは不十分な量がたくさんあります。例えば、車が走る速度を考えてみましょう。「時速60km」という速さだけでは、車がどちらの方向へ進んでいるのか分かりませんね。北へ向かっているのか、南へ向かっているのか、あるいは坂道を上っているのか。速度を知るには、「時速60kmで東へ向かっている」のように、速さ(大きさ)と向きの両方が必要です。
他にも、物体を押す力はどうでしょう?「10N(ニュートン)の力で押す」だけでは、どちらの方向へ押しているのか分かりません。上へ持ち上げているのか、横へ押しているのか。力を知るには、「10Nの力で右へ押す」のように、力の強さ(大きさ)と力の向きの両方が必要です。
風の強さや向き、電流の流れる方向、飛行機が飛ぶときの速度など、私たちの身の回りには「向きと大きさ」の両方が重要な量がたくさん存在します。これらの量を統一的に扱い、数学的に分析するための強力なツールこそが、まさに「ベクトル」なのです。
ベクトルを学ぶことで、以下のようなことができるようになります。
- 物理現象の理解: 力の合成や分解、速度、加速度といった物理量を、ベクトルを使って直感的に、そして正確に扱うことができます。
- 図形の性質の解明: 図形の位置関係や平行、垂直といった性質を、座標を使わずにベクトルの計算だけで証明したり、新しい性質を発見したりすることができます。これは、座標を使うよりも見通しが良くなる場合が多くあります。
- コンピューターグラフィックスやロボット工学などへの応用: 3D空間での物体の移動や回転、カメラの視点などを計算するためにベクトルは不可欠です。
このように、ベクトルは数学の新しい扉を開き、様々な分野と繋がりを持つ面白い概念です。この記事では、このベクトルの世界への第一歩を踏み出しましょう。まずは、ベクトルの基本的な定義や計算ルールから、ゆっくりと丁寧に見ていきます。
第1章:ベクトルってなんだろう?―概念を掴む―
さあ、ベクトルの世界へ飛び込みましょう。まずは、ベクトルの基本的な考え方から理解していきます。
1.1 ベクトルは「移動」と考えると分かりやすい
ベクトルを理解する最も簡単な方法は、「ある場所から別の場所への移動」として捉えることです。
例えば、地図上の点Aから点Bへ移動することを考えましょう。この移動には、「どれくらいの距離を移動するか」という大きさと、「どちらの方向へ移動するか」という向きがありますね。点Aから点Bへの移動は、この「向き」と「大きさ」によって完全に定まります。
この「点Aから点Bへの移動」を矢印で表すことにします。矢印の根元を始点(点A)、矢印の先(矢じり)を終点(点B)と呼びます。矢印の長さが移動する「大きさ」を、矢印の向きが移動する「向き」を表します。
この、始点と終点を持つ矢印のことを数学では有向線分と呼びます。そして、この有向線分が表す「向きと大きさ」という情報こそが、私たちが扱いたい「ベクトル」なのです。
点Aを始点、点Bを終点とする有向線分が表すベクトルを、記号で $\vec{AB}$ と書きます。
1.2 ベクトルの表記方法
ベクトルは、有向線分 $\vec{AB}$ のように始点と終点を指定して表す方法の他に、1つの小文字アルファベットの上に矢印をつけて表す方法があります。例えば、$\vec{a}$ のように書きます。(教科書によっては、太字で a と書くこともありますが、ここでは矢印をつける記号を使います)。
この $\vec{a}$ という記号は、特定の始点や終点を持たずに、単に「ある向きと大きさを持つベクトル」を表します。例えば、先ほどの $\vec{AB}$ というベクトルを $\vec{a}$ と書き換えることができます。これは、「点Aから点Bへの移動」という具体的な移動ではなく、「右に2、上に1進む」というような、移動の種類を表しているイメージです。
1.3 ベクトルの「等しさ」
ここで非常に重要なベクトルの性質を理解しましょう。ベクトルは「向きと大きさ」だけで決まる量でした。ということは、向きと大きさが同じであれば、始点や終点が異なっていても、それらは「等しいベクトル」とみなします。
先ほどの移動の例で考えてみましょう。「点Aから点Bへ移動する」のと「点Cから点Dへ移動する」のが、どちらも「東へ1km移動する」という同じ移動を表しているとします。点Aと点Cは違う場所ですし、点Bと点Dも違う場所です。しかし、移動の内容(向きと大きさ)は同じです。この場合、ベクトルとしては $\vec{AB}$ と $\vec{CD}$ は等しい、つまり $\vec{AB} = \vec{CD}$ となります。
これは、有向線分としては異なるもの(始点と終点が違う)ですが、それが表すベクトルとしては同じものであるということです。これは、ベクトルを考える際に、「どこから始まったか(始点)」は重要ではなく、「どんな移動を表すか(向きと大きさ)」が重要であることを意味します。このように、始点を自由に考えて良いベクトルを自由ベクトルと呼ぶこともあります。
図をイメージしてみてください。複数の矢印が、長さも向きも全く同じように描かれているとします。たとえそれらの矢印がバラバラの場所から始まっていたとしても、ベクトルとしては全て等しいのです。1つのベクトル $\vec{a}$ は、そのような「向きと大きさが同じ無数の矢印の集まり」の代表として考えると良いでしょう。
1.4 零ベクトル(ゼロベクトル)
特別なベクトルとして、零ベクトルというものがあります。これは、大きさが0のベクトルです。記号では $\vec{0}$ と書きます。
大きさが0ということは、移動がない、つまり始点と終点が同じであると考えられます。例えば、点Aから点Aへの移動 $\vec{AA}$ は零ベクトル $\vec{0}$ です。零ベクトルには向きという概念がありません(大きさが0なので、どの向きを向いていると考えても意味がないため)。
1.5 ベクトルの大きさ(絶対値)
ベクトル $\vec{a}$ の大きさは、そのベクトルを表す有向線分の長さのことです。ベクトル $\vec{a}$ の大きさを、記号で $|\vec{a}|$ と書きます。これは、スカラーや実数の絶対値と同じ記号ですね。ベクトル $\vec{a}$ の絶対値、と呼ぶこともあります。
例えば、点Aから点Bへのベクトル $\vec{AB}$ の大きさは、線分ABの長さ $|\vec{AB}|$ です。
零ベクトル $\vec{0}$ の大きさは定義により $|\vec{0}| = 0$ です。
第2章:ベクトルの計算―足し算、引き算、実数倍―
ベクトルが「向きと大きさ」を持つ量であると分かったところで、次にこれらの量をどのように計算するのかを学びます。ベクトルの計算には、足し算、引き算、そして実数(スカラー)倍があります。掛け算にあたる「内積」と「外積」は後で学びます(高校数学Cでは内積が主)。
2.1 ベクトルの足し算(和)
ベクトル $\vec{a}$ とベクトル $\vec{b}$ を足すとは、どういうことでしょうか? ベクトルを移動と考えると、足し算の意味が分かりやすいです。
「ベクトル $\vec{a}$ の移動」に続いて「ベクトル $\vec{b}$ の移動」を行ったときの、最終的な移動が、ベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ の和 $\vec{a} + \vec{b}$ です。
具体的に考えてみましょう。ある点Oから出発して、まずベクトル $\vec{a}$ の移動をします。点Oから点Aへ移動したとすると、これは $\vec{OA} = \vec{a}$ です。次に、点Aから出発して、ベクトル $\vec{b}$ の移動をします。点Aから点Bへ移動したとすると、これは $\vec{AB} = \vec{b}$ です。
点Oから点Aへの移動 ($\vec{a}$) に続いて、点Aから点Bへの移動 ($\vec{b}$) を行いました。結局、最初の出発点Oから最終的な到達点Bへの移動になりますね。この点Oから点Bへの移動 $\vec{OB}$ が、ベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ の和 $\vec{a} + \vec{b}$ になります。
つまり、$\vec{OA} + \vec{AB} = \vec{OB}$ です。これを、三角形の法則と呼びます。ベクトルを順々に繋げていくイメージです。
三角形の法則: 始点と終点がつながるようにベクトルを並べたとき、最初の始点から最後の終点へのベクトルが和となる。
$\vec{a} + \vec{b}$ を求めたいとき、まず点Oから $\vec{OA} = \vec{a}$ となる点Aをとり、次に点Aから $\vec{AB} = \vec{b}$ となる点Bをとります。このとき、 $\vec{OB} = \vec{a} + \vec{b}$ となります。
もう一つ、ベクトルの和を表す方法があります。同じ点Oから出発する2つのベクトル $\vec{OA} = \vec{a}$ と $\vec{OC} = \vec{b}$ の和を考えます。点Aから $\vec{AD} = \vec{b}$ となる点Dをとると、 $\vec{OA} + \vec{AD} = \vec{OD}$ であり、$\vec{AD} = \vec{OC} = \vec{b}$ なので、 $\vec{OD} = \vec{a} + \vec{b}$ となります。
ここで、四角形OADCを考えると、$\vec{OA}$ と $\vec{OC}$ を隣り合う2辺とし、点Aと点Cを対角線の終点とする平行四辺形OADCができます($\vec{OA} = \vec{a}$, $\vec{OC} = \vec{b}$, $\vec{AD} = \vec{b}$, $\vec{CD} = \vec{a}$ となる)。この平行四辺形の、点Oを始点とする対角線 $\vec{OD}$ が、ベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ の和 $\vec{a} + \vec{b}$ となります。これを平行四辺形の法則と呼びます。
平行四辺形の法則: 同じ始点から出る2つのベクトルを隣り合う2辺とする平行四辺形を作るとき、その始点から出る対角線が2つのベクトルの和となる。
$\vec{OA} + \vec{OC} = \vec{OD}$ となります(ただし、四角形OADCが平行四辺形となるように点Dをとる)。
どちらの法則を使っても結果は同じです。三角形の法則はベクトルを順々に繋げるイメージ、平行四辺形の法則は同じ始点から出る2つのベクトルの合力を求めるイメージです(物理の力の合成などでよく使われます)。
ベクトルの足し算の性質:
ベクトルにも足し算に関する基本的な法則が成り立ちます。
1. 交換法則: $\vec{a} + \vec{b} = \vec{b} + \vec{a}$
これは、平行四辺形の法則を考えれば直感的にも理解できます。点Oから $\vec{OA}=\vec{a}$、$\vec{OC}=\vec{b}$ とするとき、$\vec{a}+\vec{b}=\vec{OD}$(OADCが平行四辺形)であり、$\vec{b}+\vec{a}=\vec{OE}$(OCEAが平行四辺形)ですが、点Dと点Eは一致します。
2. 結合法則: $(\vec{a} + \vec{b}) + \vec{c} = \vec{a} + (\vec{b} + \vec{c})$
3つ以上のベクトルを足すとき、どの2つを先に計算しても結果は同じです。三角形の法則で順番に繋げていく様子を想像すればこれも納得できます。
3. 零ベクトルの性質: $\vec{a} + \vec{0} = \vec{0} + \vec{a} = \vec{a}$
大きさが0のベクトルを加えても、何も移動しないので元のベクトルと変わりません。
2.2 ベクトルの引き算(差)
ベクトルの引き算 $\vec{a} – \vec{b}$ は、どのように定義されるのでしょうか? 引き算は、足し算の逆演算として定義するのが一般的です。つまり、あるベクトル $\vec{x}$ が $\vec{b} + \vec{x} = \vec{a}$ を満たすとき、 $\vec{x} = \vec{a} – \vec{b}$ と考えます。
この定義に基づいて、 $\vec{a} – \vec{b}$ を具体的に求めてみましょう。まず、ベクトル $\vec{b}$ の逆ベクトルというものを考えます。
逆ベクトル: ベクトル $\vec{a}$ に対して、大きさが同じで向きが逆のベクトルを、$\vec{a}$ の逆ベクトルといい、記号で $-\vec{a}$ と書きます。
例えば、$\vec{AB}$ の逆ベクトルは $\vec{BA}$ です。点Aから点Bへの移動と、点Bから点Aへの移動は、向きが逆で距離は同じですね。なので、$\vec{BA} = -\vec{AB}$ です。
逆ベクトルには、重要な性質があります。元のベクトルと逆ベクトルを足すと、零ベクトルになります。
$\vec{a} + (-\vec{a}) = \vec{0}$ です。例えば、点Aから点Bへ移動し ($\vec{AB}$)、次に点Bから点Aへ戻る ($\vec{BA}$) と、結局最初の点Aに戻ってきて移動していません。$\vec{AB} + \vec{BA} = \vec{AA} = \vec{0}$ となり、$\vec{BA} = -\vec{AB}$ なので、$\vec{AB} + (-\vec{AB}) = \vec{0}$ です。
さて、ベクトルの引き算に戻りましょう。 $\vec{a} – \vec{b}$ は、 $\vec{a} + (-\vec{b})$ として定義します。つまり、ベクトル $\vec{a}$ に、ベクトル $\vec{b}$ の逆ベクトル $-\vec{b}$ を足すのです。
ベクトルの引き算: $\vec{a} – \vec{b} = \vec{a} + (-\vec{b})$
これも図で考えてみましょう。同じ点Oから出発する2つのベクトル $\vec{OA} = \vec{a}$ と $\vec{OB} = \vec{b}$ があるとします。
$\vec{a} – \vec{b} = \vec{OA} – \vec{OB}$ です。
ここで、引き算の定義 $\vec{a} – \vec{b} = \vec{a} + (-\vec{b})$ を使います。
$\vec{a} + (-\vec{b}) = \vec{OA} + (-\vec{OB})$ です。
$-\vec{OB}$ はベクトル $\vec{OB}$ の逆ベクトルなので、点Bから点Oへ向かうベクトル $\vec{BO}$ です。
したがって、$\vec{OA} + \vec{BO}$ となります。
足し算の三角形の法則を思い出してください。始点と終点が繋がるように並べ替えると、 $\vec{BO} + \vec{OA} = \vec{BA}$ となります。
つまり、同じ始点を持つ2つのベクトル $\vec{OA} = \vec{a}$ と $\vec{OB} = \vec{b}$ の引き算 $\vec{a} – \vec{b}$ は、終点Bから終点Aへ向かうベクトル $\vec{BA}$ になります。
$\vec{a} – \vec{b} = \vec{OA} – \vec{OB} = \vec{BA}$
これは非常に重要な公式です。特に、ある点を基準(始点)とした「位置ベクトル」(後述)を考えるときに威力を発揮します。例えば、点Aから点Bへのベクトル $\vec{AB}$ は、基準点Oからの位置ベクトル $\vec{OA}$ と $\vec{OB}$ を使うと、$\vec{AB} = \vec{OB} – \vec{OA}$ と表すことができます。
2.3 ベクトルの実数倍(スカラー倍)
ベクトルに実数を掛けることを実数倍(またはスカラー倍)と呼びます。ベクトル $\vec{a}$ を実数 $k$ 倍する $k\vec{a}$ は、以下のように定義されます。
- $k > 0$ のとき: ベクトル $\vec{a}$ と同じ向きで、大きさが $k$ 倍のベクトル。$|k\vec{a}| = k|\vec{a}|$ となります。
- $k < 0$ のとき: ベクトル $\vec{a}$ と逆向きで、大きさが $|k|$ 倍のベクトル。$|k\vec{a}| = |k||\vec{a}|$ となります。
- $k = 0$ のとき: 零ベクトル $\vec{0}$ となります。$0\vec{a} = \vec{0}$ です。
例えば、ベクトル $\vec{a}$ が「東へ1km進む」という移動を表すとき、
$2\vec{a}$ は「東へ2km進む」移動(向きは同じ、大きさ2倍)、
$\frac{1}{2}\vec{a}$ は「東へ0.5km進む」移動(向きは同じ、大きさ0.5倍)、
$-\vec{a}$ は「西へ1km進む」移動(向きは逆、大きさ1倍)、
$-3\vec{a}$ は「西へ3km進む」移動(向きは逆、大きさ3倍)を表します。
実数倍とベクトルの平行:
非常に重要な性質として、次のことが言えます。
零ベクトルでない2つのベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ が平行であることと、$\vec{b}$ が $\vec{a}$ の実数倍で表されること、すなわち $\vec{b} = k\vec{a}$ (ただし、$k$ はある実数)であることは同値です。
つまり、「$\vec{a} // \vec{b}$ ($\vec{a}$ と $\vec{b}$ は平行)」ならば、「$\vec{b} = k\vec{a}$ となる実数 $k$ が存在する」し、「$\vec{b} = k\vec{a}$ となる実数 $k$ が存在する」ならば「$\vec{a} // \vec{b}$」なのです(ただし $\vec{a} \neq \vec{0}$)。
これは、ベクトルの向きが同じか逆であれば、実数倍するだけで互いに変換できることを意味します。図形問題で、2つの線分が平行であることを示すときなどに非常に役立ちます。
ベクトルの実数倍に関する性質:
実数 $k, l$ とベクトル $\vec{a}, \vec{b}$ について、以下の性質が成り立ちます。
1. 結合法則: $k(l\vec{a}) = (kl)\vec{a}$
2. 分配法則: $(k+l)\vec{a} = k\vec{a} + l\vec{a}$
3. 分配法則: $k(\vec{a} + \vec{b}) = k\vec{a} + k\vec{b}$
4. $1\vec{a} = \vec{a}$, $(-1)\vec{a} = -\vec{a}$
5. $0\vec{a} = \vec{0}$, $k\vec{0} = \vec{0}$
これらの計算ルールを使って、ベクトルを代数的に扱うことができるようになります。
第3章:ベクトルの成分表示―座標との連携―
ここまでは、ベクトルを図形的な矢印として扱ってきました。ベクトルの概念を理解する上ではこれが非常に有効ですが、実際に計算を行う際には、もう少し扱いやすい方法が求められます。そこで登場するのが、ベクトルの成分表示です。
成分表示を使うと、ベクトルの計算が、私たちが慣れ親しんだ座標を使った計算に帰着できるようになります。
3.1 なぜ成分表示を使うの?
矢印としてのベクトルは直感的ですが、例えば「このベクトルとこのベクトルを足したら、具体的にどれくらいの大きさでどっちを向くベクトルになるの?」と聞かれたときに、図を精密に描くだけでは正確な答えを得るのは難しいです。
成分表示を使えば、ベクトルの向きと大きさを数値(座標)で表現できるようになり、足し算や引き算、実数倍といった計算がすべて数値計算で行えるようになります。これにより、より正確に、そして効率的にベクトルを扱うことができるようになります。
3.2 平面ベクトルの成分表示
平面上の点を座標 $(x, y)$ で表すように、平面上のベクトルも数値の組で表します。そのために、基準となる特別なベクトルを考えます。
平面上に直交座標系(x軸、y軸)を考えます。この座標系に沿って、以下の2つのベクトルを考えます。
- x軸の正の向きと同じ向きで、大きさが1のベクトル。これを 基本ベクトル または 単位ベクトル と呼び、記号で $\vec{e_1}$ または $\vec{i}$ と書くことが多いです。
- y軸の正の向きと同じ向きで、大きさが1のベクトル。これを 基本ベクトル または 単位ベクトル と呼び、記号で $\vec{e_2}$ または $\vec{j}$ と書くことが多いです。
これらの基本ベクトル $\vec{e_1}$ と $\vec{e_2}$ を使うと、平面上の任意のベクトル $\vec{a}$ を、$\vec{e_1}$ と $\vec{e_2}$ の実数倍の和として表すことができます。
例えば、点O(0,0)を始点とするベクトル $\vec{OP}$ が、点P(3, 2)を終点とするとします。このベクトル $\vec{OP}$ は、「x軸の正の方向に3進み、y軸の正の方向に2進む」という移動を表していると考えることができます。
これは、「x軸の正の方向に大きさ3の移動」と「y軸の正の方向に大きさ2の移動」を足し合わせたものと考えられます。
「x軸の正の方向に大きさ3の移動」は、基本ベクトル $\vec{e_1}$ を3倍したもの、つまり $3\vec{e_1}$ です。
「y軸の正の方向に大きさ2の移動」は、基本ベクトル $\vec{e_2}$ を2倍したもの、つまり $2\vec{e_2}$ です。
したがって、ベクトル $\vec{OP}$ は $3\vec{e_1} + 2\vec{e_2}$ と表すことができます。
このように、任意のベクトル $\vec{a}$ が $\vec{a} = x\vec{e_1} + y\vec{e_2}$ の形で表されるとき、実数 $x, y$ の組をベクトル $\vec{a}$ の成分といい、 $\vec{a} = (x, y)$ と書きます。
このとき、$x$ を $\vec{a}$ のx成分、$y$ を $\vec{a}$ のy成分と呼びます。
特に、始点が原点O(0,0)であるベクトル $\vec{OP}$ の成分は、終点Pの座標 $(x, y)$ と同じ $(x, y)$ になります。
では、始点が原点でないベクトル、例えば点A$(x_1, y_1)$ を始点、点B$(x_2, y_2)$ を終点とするベクトル $\vec{AB}$ の成分はどうなるでしょうか?
ベクトル $\vec{AB}$ は、「点Aから点Bへの移動」でした。これは、点Aから点Bへ行くためには、x座標を $x_2 – x_1$ だけ変化させ、y座標を $y_2 – y_1$ だけ変化させれば良いことを意味します。
したがって、ベクトル $\vec{AB}$ の成分は、終点の座標から始点の座標を引いた $(x_2 – x_1, y_2 – y_1)$ となります。
$\vec{AB} = (x_2 – x_1, y_2 – y_1)$
これは、後の章で学ぶ「位置ベクトル」の考え方を使うとより分かりやすいです。原点Oを基準点として、点Aの位置ベクトルを $\vec{a} = \vec{OA} = (x_1, y_1)$、点Bの位置ベクトルを $\vec{b} = \vec{OB} = (x_2, y_2)$ とすると、$\vec{AB} = \vec{b} – \vec{a}$ と計算できます。
成分で計算すると、$\vec{b} – \vec{a} = (x_2, y_2) – (x_1, y_1)$ となり、後述する成分計算のルールに従うと $(x_2 – x_1, y_2 – y_1)$ となります。
零ベクトル $\vec{0}$ の成分表示は $(0, 0)$ です。
3.3 成分を用いたベクトルの計算
成分表示をすると、ベクトルの足し算、引き算、実数倍は非常に簡単になります。それぞれの成分ごとに計算すれば良いのです。
ベクトル $\vec{a} = (x_1, y_1)$, ベクトル $\vec{b} = (x_2, y_2)$、実数 $k$ について、
-
足し算: $\vec{a} + \vec{b} = (x_1 + x_2, y_1 + y_2)$
例: $\vec{a}=(2, 3), \vec{b}=(1, -1)$ のとき、$\vec{a} + \vec{b} = (2+1, 3+(-1)) = (3, 2)$ -
引き算: $\vec{a} – \vec{b} = (x_1 – x_2, y_1 – y_2)$
例: $\vec{a}=(2, 3), \vec{b}=(1, -1)$ のとき、$\vec{a} – \vec{b} = (2-1, 3-(-1)) = (1, 4)$ -
実数倍: $k\vec{a} = (kx_1, ky_1)$
例: $\vec{a}=(2, 3), k=3$ のとき、$3\vec{a} = (3\times 2, 3\times 3) = (6, 9)$
例: $\vec{a}=(2, 3), k=-1$ のとき、$(-1)\vec{a} = (-1\times 2, -1\times 3) = (-2, -3)$
これらの計算ルールは、ベクトルの図形的な定義から導くことができますが、成分表示を使うことで、まるで数を計算するように簡単にベクトル計算が行えるようになります。
3.4 成分とベクトルの大きさ
成分表示されたベクトル $\vec{a} = (x, y)$ の大きさ $|\vec{a}|$ は、どのように計算できるでしょうか?
ベクトル $\vec{a} = (x, y)$ を、始点が原点O(0,0)、終点が点P(x, y)であるベクトル $\vec{OP}$ と考えます。このとき、ベクトルの大きさ $|\vec{a}|$ は、線分OPの長さに等しいです。
点O(0,0)と点P(x, y)の間の距離は、三平方の定理(ピタゴラスの定理)を使って求めることができます。x軸方向の移動距離は $x$、y軸方向の移動距離は $y$ です。したがって、斜辺である線分OPの長さは $\sqrt{x^2 + y^2}$ となります。
よって、成分表示されたベクトル $\vec{a} = (x, y)$ の大きさ $|\vec{a}|$ は、
$|\vec{a}| = \sqrt{x^2 + y^2}$
となります。
例: $\vec{a}=(3, 4)$ の大きさは、$|\vec{a}| = \sqrt{3^2 + 4^2} = \sqrt{9 + 16} = \sqrt{25} = 5$ です。
例: $\vec{b}=(-2, 1)$ の大きさは、$|\vec{b}| = \sqrt{(-2)^2 + 1^2} = \sqrt{4 + 1} = \sqrt{5}$ です。
3.5 成分とベクトルの平行条件
第2章で、零ベクトルでない2つのベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ が平行であることと、$\vec{b} = k\vec{a}$ となる実数 $k$ が存在することは同値であると学びました。これを成分で考えてみましょう。
$\vec{a} = (x_1, y_1)$、 $\vec{b} = (x_2, y_2)$ とします。
$\vec{b} = k\vec{a}$ を成分で書くと、
$(x_2, y_2) = k(x_1, y_1) = (kx_1, ky_1)$
となります。
これが成り立つためには、x成分とy成分がそれぞれ等しくなければなりません。
$x_2 = kx_1$
$y_2 = ky_1$
つまり、ベクトル $\vec{a} \neq \vec{0}$ と $\vec{b} \neq \vec{0}$ が平行であることと、
$x_2 = kx_1$ かつ $y_2 = ky_1$ となる実数 $k$ が存在することは同値です。
もし $x_1 \neq 0$ かつ $y_1 \neq 0$ であれば、$k = x_2/x_1$ かつ $k = y_2/y_1$ となるので、
$x_2/x_1 = y_2/y_1$
が成り立ちます。これは、成分の比が等しいということです。 $x_1 y_2 = x_2 y_1$ と変形することもできます。
ただし、どちらかの成分が0の場合は注意が必要です。例えば、$\vec{a}=(3, 0)$ (x軸方向のベクトル)と平行なベクトルは、$(x, 0)$ の形になります。この場合、$y_1 = 0$ なので、$y_2 = k y_1 = k \times 0 = 0$ となり、$y$ 成分が0であることが平行の条件に関わってきます。
より一般的に、零ベクトルでない2つのベクトル $\vec{a}=(x_1, y_1)$ と $\vec{b}=(x_2, y_2)$ が平行であるための条件は、
$x_1 y_2 – x_2 y_1 = 0$
であると覚えておくと便利です。これは、$x_1/y_1 = x_2/y_2$ という比が等しいことをクロス掛けした式です(ただし、分母が0になる場合も含めて使える便利な形です)。
第4章:位置ベクトル―基準点を決めて図形を読み解く―
ベクトルの等しさの概念から、「始点をどこにとっても向きと大きさが同じなら同じベクトル」という自由ベクトルを扱ってきました。しかし、図形問題を考えるときなど、特定の点を基準にしてベクトルの「位置」を表したい場合があります。そこで登場するのが位置ベクトルです。
4.1 位置ベクトルとは
平面上(または空間上)に、固定された一つの点Oを基準点(原点と呼ばれることが多いですが、必ずしも座標の原点である必要はありません)として定めます。この基準点Oに対して、平面上の任意の点Pの位置ベクトルを、基準点Oから点Pへ向かうベクトル $\vec{OP}$ と定義します。
点Pの位置ベクトルは、$\vec{p}$ のように小文字のベクトル記号で表すことが多いです。つまり、$\vec{p} = \vec{OP}$ です。
位置ベクトルを使うことの何が嬉しいかというと、図形上のすべての点を、基準点Oからのベクトルとして一意に表せるようになることです。これにより、点と点の関係をベクトルの計算で扱うことが可能になります。
例えば、点A、点Bの位置ベクトルをそれぞれ $\vec{a} = \vec{OA}$、$\vec{b} = \vec{OB}$ とします。このとき、点Aから点Bへ向かうベクトル $\vec{AB}$ は、位置ベクトルを使ってどのように表せるでしょうか?
第2章の引き算で学んだ公式を思い出してください。同じ始点Oを持つ2つのベクトル $\vec{OA}$ と $\vec{OB}$ に対して、$\vec{OB} – \vec{OA}$ は終点Aから終点Bへ向かうベクトル $\vec{AB}$ でした。
したがって、
$\vec{AB} = \vec{OB} – \vec{OA} = \vec{b} – \vec{a}$
となります。
これは非常に重要な公式です。どの2点間のベクトルも、「終点の位置ベクトル」から「始点の位置ベクトル」を引くことで求められる、ということを意味します。成分で考えれば $\vec{AB} = (x_B-x_A, y_B-y_A)$ ですが、位置ベクトルを使えば座標を意識せずにベクトル計算でこの関係を表現できます。
4.2 位置ベクトルを用いた点の表現
位置ベクトルを使うと、線分上の点や、三角形の重心といった図形上の特定の点をベクトルの式で表すことができます。これは、図形問題をベクトルで解く際の強力な武器となります。
線分の内分点・外分点の位置ベクトル:
2点A、Bの位置ベクトルをそれぞれ $\vec{a}$、$\vec{b}$ とします。
-
線分ABを m:n に内分する点P の位置ベクトル $\vec{p}$
点Pは線分AB上にあるので、ベクトル $\vec{AP}$ と $\vec{PB}$ は同じ向きで、長さの比が $m:n$ です。つまり、$\vec{AP} : \vec{PB} = m : n$ です。
$\vec{AP} = \vec{p} – \vec{a}$、$\vec{PB} = \vec{b} – \vec{p}$ なので、
$\vec{p} – \vec{a} : \vec{b} – \vec{p} = m : n$
より、$n(\vec{p} – \vec{a}) = m(\vec{b} – \vec{p})$
$n\vec{p} – n\vec{a} = m\vec{b} – m\vec{p}$
$(n+m)\vec{p} = n\vec{a} + m\vec{b}$
$\vec{p} = \frac{n\vec{a} + m\vec{b}}{m+n}$これが、線分ABを m:n に内分する点Pの位置ベクトルを求める公式です。分母は比の和 $m+n$、分子は「たすき掛け」のように、Aの位置ベクトルにB側の比 $n$ を、Bの位置ベクトルにA側の比 $m$ を掛けて足したものになります。
特に、線分ABの中点M(1:1に内分する点)の位置ベクトル $\vec{m}$ は、$m=1, n=1$ を代入して
$\vec{m} = \frac{1\vec{a} + 1\vec{b}}{1+1} = \frac{\vec{a} + \vec{b}}{2}$
となります。 -
線分ABを m:n に外分する点Q の位置ベクトル $\vec{q}$
外分点Qは、線分ABをABの延長線上にある点です。比の m:n は、QがAからm、Bからnの距離にあることを意味します。A, B, Qの並び方によって、QはABの延長線上のAの側かBの側に来ます。これは、mとnの大小関係によって決まります(m>nならBの側、m<nならAの側)。
内分の公式の mかnのどちらかを負の数として適用することで外分点の公式が得られます。例えば、ABを m:n に外分する場合、これを Aを (-n) : m に内分する点、あるいは Bを (-m) : n に内分する点と見なすことができます。
内分の公式 $\vec{p} = \frac{n\vec{a} + m\vec{b}}{m+n}$ において、nを -n に置き換えると
$\vec{q} = \frac{(-n)\vec{a} + m\vec{b}}{m+(-n)} = \frac{m\vec{b} – n\vec{a}}{m-n}$
となります。
これらの公式は、ベクトルを用いて図形上の点の位置を計算する上で非常に重要です。
三角形の重心の位置ベクトル:
3点A, B, Cを頂点とする三角形ABCの重心Gの位置ベクトル $\vec{g}$ は、3つの頂点の位置ベクトルの平均として表すことができます。
基準点Oに対して、点A, B, Cの位置ベクトルをそれぞれ $\vec{a}, \vec{b}, \vec{c}$ とすると、
$\vec{g} = \frac{\vec{a} + \vec{b} + \vec{c}}{3}$
となります。
この公式は、重心が3つの中線(各頂点とその対辺の中点を結ぶ線分)の交点であり、各中線を2:1に内分する点であるという性質を使って導くことができます。
4.3 ベクトルを用いた共線条件
3点A, B, Cが一直線上にある(共線である)という条件を、ベクトルを使って表現してみましょう。
3点A, B, Cが一直線上にあるとき、ベクトル $\vec{AB}$ と $\vec{AC}$ は平行になります(ただしA, B, Cが全て同じ点でない場合)。
ベクトルが平行である条件は、一方が他方の実数倍で表されることでした。
したがって、3点A, B, Cが一直線上にある(A, B, Cは全て同じ点ではない)とき、
$\vec{AC} = k \vec{AB}$ となる実数 $k$ が存在する
と表現できます。
この条件を位置ベクトルで書き換えてみましょう。基準点Oに対するA, B, Cの位置ベクトルをそれぞれ $\vec{a}, \vec{b}, \vec{c}$ とします。
$\vec{AC} = \vec{c} – \vec{a}$
$\vec{AB} = \vec{b} – \vec{a}$
したがって、共線条件は
$\vec{c} – \vec{a} = k(\vec{b} – \vec{a})$
$\vec{c} – \vec{a} = k\vec{b} – k\vec{a}$
$\vec{c} = \vec{a} – k\vec{a} + k\vec{b}$
$\vec{c} = (1-k)\vec{a} + k\vec{b}$
と変形できます。
これは、点Cが点Aと点Bを通る直線上にあるとき、点Cの位置ベクトル $\vec{c}$ が、点Aと点Bの位置ベクトル $\vec{a}, \vec{b}$ を使って $\vec{c} = (1-k)\vec{a} + k\vec{b}$ の形で表せる、ということを意味します。
ここで、係数に注目すると $(1-k) + k = 1$ と、係数の和が1になっていることが分かります。
逆に、$\vec{c} = s\vec{a} + t\vec{b}$ の形で表される点Cについて、$s+t=1$ が成り立つならば、点Cは点Aと点Bを通る直線上にあります(このときの $s=1-k, t=k$ です)。
さらに、もしこの実数 $k$ が $0 \leq k \leq 1$ の範囲にあるならば、点Cは線分AB上にあることになります。これは、内分点の公式 $\vec{p} = \frac{n\vec{a} + m\vec{b}}{m+n}$ において、$\vec{p} = \frac{n}{m+n}\vec{a} + \frac{m}{m+n}\vec{b}$ と変形すると、$\frac{n}{m+n} + \frac{m}{m+n} = \frac{m+n}{m+n} = 1$ となり、係数の和が1になっていること、そして $m, n > 0$ より $\frac{n}{m+n} > 0, \frac{m}{m+n} > 0$ と係数が共に正であること、に対応しています。
まとめると、
点Pが2点A, Bを通る直線上にある ⇔ $\vec{p} = (1-t)\vec{a} + t\vec{b}$ となる実数 $t$ が存在する
点Pが線分AB上にある ⇔ $\vec{p} = (1-t)\vec{a} + t\vec{b}$ となる実数 $t$ が、$0 \leq t \leq 1$ の範囲で存在する
これらの条件は、図形問題をベクトルで解く際に、点が特定の直線上にあることや、線分上にあることを示すためによく利用されます。
第5章:ベクトルを学ぶ上でのアドバイス(図形問題への活用)
ここまでで、ベクトルの基本的な概念、計算、成分表示、そして位置ベクトルについて学びました。これらの知識を使って、実際に図形問題を解くことに挑戦してみましょう。
ベクトルを使った図形問題の解法には、いくつかのパターンがあります。
-
位置ベクトルを使った証明:
図形の頂点などに位置ベクトルを設定し、与えられた条件をベクトルの式で表し、目標とする性質(平行、中点、共線など)をベクトルの計算で導き出す方法です。
例えば、「平行四辺形の対角線は互いの中点で交わる」という性質を証明することを考えてみましょう。
平行四辺形ABCDにおいて、基準点Oからの位置ベクトルを $\vec{a}, \vec{b}, \vec{c}, \vec{d}$ とします。
ABとDCは平行で長さが等しいので $\vec{AB} = \vec{DC}$ です。
$\vec{b} – \vec{a} = \vec{c} – \vec{d}$
$\vec{d} = \vec{a} – \vec{b} + \vec{c}$
対角線ACの中点をMとすると、$\vec{m} = \frac{\vec{a} + \vec{c}}{2}$ です。
対角線BDの中点をNとすると、$\vec{n} = \frac{\vec{b} + \vec{d}}{2}$ です。
ここに $\vec{d} = \vec{a} – \vec{b} + \vec{c}$ を代入すると、
$\vec{n} = \frac{\vec{b} + (\vec{a} – \vec{b} + \vec{c})}{2} = \frac{\vec{a} + \vec{c}}{2}$
となります。
$\vec{m} = \vec{n}$ となったので、点Mと点Nは同じ点です。したがって、対角線ACとBDは同じ中点Mで交わることが証明できました。
このように、位置ベクトルと基本的な計算ルールを使うことで、図形の性質を簡潔に証明できます。 -
成分表示を使った計算:
特定の点の座標が与えられている場合や、長さや角度を具体的に求めたい場合には、成分表示が有効です。
例えば、3点A(1, 2), B(4, 3), C(2, 5) が作る三角形が直角三角形かどうか調べたいとします。これは、ベクトル $\vec{AB}, \vec{BC}, \vec{CA}$ のいずれかの内積が0になるか(すなわち垂直になるか)を調べれば良いです(内積については次の章で詳しく扱いますが、成分計算はここで学んだ知識でできます)。
ベクトルを学ぶ上で大切なのは、図形的なイメージと成分による計算を自由に行き来できるようになることです。最初は図を丁寧に書きながらベクトルの和や差を考え、慣れてきたら成分計算で素早く処理する、というように段階的に進めましょう。
第6章:内積―ベクトルの「掛け算」?―
ベクトルの足し算、引き算、実数倍を学びました。これらの計算は、向きや大きさを合成したり伸縮させたりする操作でした。次に学ぶ内積は、ベクトルから「向きの情報」を使って新たなスカラー量を取り出す計算です。
6.1 なぜ内積を考えるのか?
内積は、2つのベクトルから1つのスカラー(向きを持たない単なる数値)を計算するルールです。ベクトルとベクトルを掛け合わせるのに、結果がベクトルではなくスカラーになるというのは不思議に思うかもしれません。しかし、この計算が、2つのベクトルがどれくらい同じ方向を向いているか、つまり2つのベクトルのなす角に関する情報を与えてくれます。また、ベクトルの大きさとも密接に関わっています。
内積の最も基本的な応用例は、物理学における「仕事」の計算です。
物体に力 $\vec{F}$ を加えて、その物体をベクトル $\vec{s}$ だけ移動させたとき、力がした仕事 $W$ は、$W = |\vec{F}| |\vec{s}| \cos\theta$ で与えられます。ここで $\theta$ は力 $\vec{F}$ と移動方向 $\vec{s}$ のなす角です。もし力と移動方向が垂直であれば $\cos 90^\circ = 0$ なので仕事は0、同じ方向なら $\cos 0^\circ = 1$ なので仕事は力の大きさ×移動距離になります。力の大きさ、移動距離、なす角、これらの情報から仕事というスカラー量が得られます。この計算式の中に、ベクトルの内積の定義が現れています。
6.2 内積の定義
2つのベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ の内積を、記号で $\vec{a} \cdot \vec{b}$ と書き(「ドット積」とも呼ばれます)、以下のように定義します。
$\vec{a} \cdot \vec{b} = |\vec{a}| |\vec{b}| \cos\theta$
ここで、$|\vec{a}|$ はベクトル $\vec{a}$ の大きさ、$|\vec{b}|$ はベクトル $\vec{b}$ の大きさ、そして $\theta$ はベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ のなす角(通常 $0^\circ \leq \theta \leq 180^\circ$ の範囲で考えます)です。
定義から分かるように、内積はスカラー量です。向きは持ちません。
また、どちらかのベクトルが零ベクトルである場合、大きさが0なので内積は0になります。 $\vec{a} \cdot \vec{0} = |\vec{a}| |\vec{0}| \cos\theta = |\vec{a}| \times 0 \times \cos\theta = 0$ です。
6.3 内積の性質
内積の定義から、いくつかの重要な性質が得られます。
-
自分自身との内積: $\vec{a} \cdot \vec{a} = |\vec{a}| |\vec{a}| \cos 0^\circ = |\vec{a}|^2 \times 1 = |\vec{a}|^2$
ベクトルの大きさの2乗は、自分自身との内積に等しいです。これは、大きさを計算する際によく利用される性質です。
したがって、ベクトルの大きさは $|\vec{a}| = \sqrt{\vec{a} \cdot \vec{a}}$ とも書けます。 -
垂直条件: 零ベクトルでない2つのベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ のなす角 $\theta$ が $90^\circ$ であるとき、つまり $\vec{a}$ と $\vec{b}$ が垂直(直交)であるとき、$\cos 90^\circ = 0$ なので、
$\vec{a} \cdot \vec{b} = |\vec{a}| |\vec{b}| \cos 90^\circ = |\vec{a}| |\vec{b}| \times 0 = 0$
となります。
逆に、零ベクトルでない2つのベクトルの内積が0ならば、なす角は $90^\circ$ なので、そのベクトルは垂直です。
したがって、零ベクトルでない2つのベクトルが垂直であることと、それらの内積が0であることは同値です。
$\vec{a} \perp \vec{b}$ ($\vec{a} \neq \vec{0}, \vec{b} \neq \vec{0}$) $\Leftrightarrow \vec{a} \cdot \vec{b} = 0$
これは、図形問題で「垂直であること」を示すための非常に強力なツールです。 -
平行条件との関係: 零ベクトルでない2つのベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ が平行であるとき、なす角 $\theta$ は $0^\circ$(同じ向き)か $180^\circ$(逆向き)です。
$\theta = 0^\circ$ のとき、$\cos 0^\circ = 1$ なので、$\vec{a} \cdot \vec{b} = |\vec{a}| |\vec{b}|$
$\theta = 180^\circ$ のとき、$\cos 180^\circ = -1$ なので、$\vec{a} \cdot \vec{b} = -|\vec{a}| |\vec{b}|$
どちらの場合も、$|\vec{a} \cdot \vec{b}| = |\vec{a}| |\vec{b}|$ が成り立ちます。
この関係は、平行条件 $\vec{b} = k\vec{a}$ とも結びついています。$|k\vec{a}| = |k||\vec{a}|$ なので、$|\vec{b}| = |k||\vec{a}|$ です。
$\vec{a} \cdot \vec{b} = \vec{a} \cdot (k\vec{a}) = k (\vec{a} \cdot \vec{a}) = k |\vec{a}|^2$ (後述の分配法則を利用)
$|\vec{a} \cdot \vec{b}| = |k| |\vec{a}|^2 = |k| |\vec{a}| |\vec{a}| = |\vec{b}| |\vec{a}|$ となり、一致します。
ただし、平行条件は「実数倍で表される」という形で使う方が一般的です。内積が0になるのは垂直条件としてよく使われます。
6.4 内積の計算法則
内積は、足し算や実数倍と組み合わせて計算する際に、以下の法則に従います。
実数 $k$ とベクトル $\vec{a}, \vec{b}, \vec{c}$ について、
- 交換法則: $\vec{a} \cdot \vec{b} = \vec{b} \cdot \vec{a}$
定義式 $|\vec{a}| |\vec{b}| \cos\theta$ は、$\vec{a}$ と $\vec{b}$ の順序を入れ替えても値は変わらないからです。 - 分配法則: $\vec{a} \cdot (\vec{b} + \vec{c}) = \vec{a} \cdot \vec{b} + \vec{a} \cdot \vec{c}$
$(\vec{a} + \vec{b}) \cdot \vec{c} = \vec{a} \cdot \vec{c} + \vec{b} \cdot \vec{c}$
ベクトル足し算と内積の間には分配法則が成り立ちます。 - 実数倍: $(k\vec{a}) \cdot \vec{b} = \vec{a} \cdot (k\vec{b}) = k(\vec{a} \cdot \vec{b})$
実数倍は内積計算の前にまとめて外に出すことができます。
これらの法則を使うと、ベクトルの式を展開したり整理したりすることができるようになります。
第7章:内積の成分表示―計算を簡単に!―
内積の定義は、ベクトルの大きさとそのなす角を使っています。しかし、実際に問題を解くとき、特に座標が与えられているような場合には、なす角を直接知っていることは少ないです。成分表示されたベクトルについて、なす角を使わずに内積を計算する方法はないでしょうか? あります。
7.1 成分表示されたベクトルの内積
2つの平面ベクトル $\vec{a} = (x_1, y_1)$ と $\vec{b} = (x_2, y_2)$ の内積 $\vec{a} \cdot \vec{b}$ は、成分を使って以下のように計算できます。
$\vec{a} \cdot \vec{b} = x_1 x_2 + y_1 y_2$
つまり、x成分同士を掛けたものと、y成分同士を掛けたものを足し合わせれば、内積の値が得られるのです。なす角 $\theta$ が分からなくても、成分さえ分かれば内積を計算できます。
なぜこの式で内積が計算できるのでしょうか? 内積の計算法則と基本ベクトルを使えば導出できます。
平面の基本ベクトルを $\vec{e_1} = (1, 0), \vec{e_2} = (0, 1)$ とします。
これらの内積は、定義と垂直条件より、
$\vec{e_1} \cdot \vec{e_1} = |\vec{e_1}|^2 = 1^2 = 1$
$\vec{e_2} \cdot \vec{e_2} = |\vec{e_2}|^2 = 1^2 = 1$
$\vec{e_1} \cdot \vec{e_2} = |\vec{e_1}| |\vec{e_2}| \cos 90^\circ = 1 \times 1 \times 0 = 0$
です。
$\vec{a} = (x_1, y_1) = x_1\vec{e_1} + y_1\vec{e_2}$
$\vec{b} = (x_2, y_2) = x_2\vec{e_1} + y_2\vec{e_2}$
と表せるので、内積を計算すると、分配法則を使って展開できます。
$\vec{a} \cdot \vec{b} = (x_1\vec{e_1} + y_1\vec{e_2}) \cdot (x_2\vec{e_1} + y_2\vec{e_2})$
$= x_1\vec{e_1} \cdot (x_2\vec{e_1} + y_2\vec{e_2}) + y_1\vec{e_2} \cdot (x_2\vec{e_1} + y_2\vec{e_2})$
$= x_1 x_2 (\vec{e_1} \cdot \vec{e_1}) + x_1 y_2 (\vec{e_1} \cdot \vec{e_2}) + y_1 x_2 (\vec{e_2} \cdot \vec{e_1}) + y_1 y_2 (\vec{e_2} \cdot \vec{e_2})$
ここで、$\vec{e_1} \cdot \vec{e_1} = 1$, $\vec{e_2} \cdot \vec{e_2} = 1$, $\vec{e_1} \cdot \vec{e_2} = 0$, $\vec{e_2} \cdot \vec{e_1} = 0$ を代入すると、
$= x_1 x_2 (1) + x_1 y_2 (0) + y_1 x_2 (0) + y_1 y_2 (1)$
$= x_1 x_2 + 0 + 0 + y_1 y_2$
$= x_1 x_2 + y_1 y_2$
となり、成分表示の公式が得られました。
例: $\vec{a}=(2, 3), \vec{b}=(1, -1)$ のとき、
$\vec{a} \cdot \vec{b} = (2)(1) + (3)(-1) = 2 – 3 = -1$
例: $\vec{a}=(3, 4), \vec{b}=(-4, 3)$ のとき、
$\vec{a} \cdot \vec{b} = (3)(-4) + (4)(3) = -12 + 12 = 0$
内積が0なので、この2つのベクトルは垂直であることが分かります(実際に成分比を見ると $(3)/(-4) \neq (4)/(3)$ ですが、$x_1y_2 – x_2y_1 = 3 \times 3 – (-4) \times 4 = 9 + 16 = 25 \neq 0$ なので平行ではありません)。
7.2 成分表示とベクトルの大きさ(再確認)
成分表示されたベクトル $\vec{a} = (x, y)$ の大きさ $|\vec{a}|$ は、
$|\vec{a}| = \sqrt{x^2 + y^2}$
でした。これを内積の性質 $|\vec{a}|^2 = \vec{a} \cdot \vec{a}$ を使って確認してみましょう。
$\vec{a} \cdot \vec{a} = (x, y) \cdot (x, y) = x \times x + y \times y = x^2 + y^2$
したがって、$|\vec{a}|^2 = x^2 + y^2$ となり、$|\vec{a}| = \sqrt{x^2 + y^2}$ が確かに成り立ちます。成分表示されたベクトルの大きさは、自分自身との内積のルートで得られると考えることもできます。
7.3 成分表示と垂直条件(再確認)
零ベクトルでない2つのベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ が垂直であることと、内積が0であることは同値でした。
$\vec{a}=(x_1, y_1)$、 $\vec{b}=(x_2, y_2)$ とすると、垂直条件 $\vec{a} \cdot \vec{b} = 0$ は、成分表示で
$x_1 x_2 + y_1 y_2 = 0$
と表されます。
これが、成分表示された2つのベクトルが垂直であるための条件となります。これは非常に良く使う条件です。
第8章:内積を用いた応用―なす角を求める―
内積の定義 $\vec{a} \cdot \vec{b} = |\vec{a}| |\vec{b}| \cos\theta$ は、内積の値からなす角 $\theta$ に関する情報を引き出すためにも利用できます。
8.1 2つのベクトルのなす角を求める
定義式を $\cos\theta$ について解き直すと、以下のようになります。
$\cos\theta = \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}| |\vec{b}|}$
この公式を使えば、2つのベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ の大きさ $|\vec{a}|, |\vec{b}|$ と内積 $\vec{a} \cdot \vec{b}$ の値から、なす角 $\theta$ の $\cos$ の値を求めることができます。そして、その $\cos$ の値から、角度 $\theta$ を知ることができます(通常 $0^\circ \leq \theta \leq 180^\circ$ の範囲で考えます)。
特に、ベクトルが成分表示されている場合は、内積も大きさも成分から簡単に計算できるため、この公式が非常に強力になります。
$\vec{a} = (x_1, y_1)$, $\vec{b} = (x_2, y_2)$ のとき、
$\vec{a} \cdot \vec{b} = x_1 x_2 + y_1 y_2$
$|\vec{a}| = \sqrt{x_1^2 + y_1^2}$
$|\vec{b}| = \sqrt{x_2^2 + y_2^2}$
なので、
$\cos\theta = \frac{x_1 x_2 + y_1 y_2}{\sqrt{x_1^2 + y_1^2} \sqrt{x_2^2 + y_2^2}}$
となります。
例: 2つのベクトル $\vec{a}=(1, \sqrt{3})$ と $\vec{b}=(\sqrt{3}, 1)$ のなす角 $\theta$ を求めてみましょう。
まず、内積を計算します。
$\vec{a} \cdot \vec{b} = (1)(\sqrt{3}) + (\sqrt{3})(1) = \sqrt{3} + \sqrt{3} = 2\sqrt{3}$
次に、それぞれのベクトルの大きさを計算します。
$|\vec{a}| = \sqrt{1^2 + (\sqrt{3})^2} = \sqrt{1 + 3} = \sqrt{4} = 2$
$|\vec{b}| = \sqrt{(\sqrt{3})^2 + 1^2} = \sqrt{3 + 1} = \sqrt{4} = 2$
$\cos\theta$ の公式に代入します。
$\cos\theta = \frac{2\sqrt{3}}{2 \times 2} = \frac{2\sqrt{3}}{4} = \frac{\sqrt{3}}{2}$
$0^\circ \leq \theta \leq 180^\circ$ の範囲で $\cos\theta = \frac{\sqrt{3}}{2}$ となる角は $\theta = 30^\circ$ です。
したがって、2つのベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ のなす角は $30^\circ$ です。
このように、成分表示されていれば、内積と大きさを計算することで、なす角を正確に求めることができます。
8.2 内積を用いた図形問題への応用
内積は、図形問題において、特に「長さ」「角度」「垂直」に関する情報を得るのに役立ちます。
- 長さの計算: $|\vec{a}|^2 = \vec{a} \cdot \vec{a}$ や、 $|\vec{AB}|^2 = |\vec{b} – \vec{a}|^2 = (\vec{b}-\vec{a})\cdot(\vec{b}-\vec{a})$ を使って、辺の長さや点間の距離の2乗を計算し、そこから長さを求めます。
- 角度の計算: 上で学んだ $\cos\theta = \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}| |\vec{b}|}$ を使って、なす角のcosの値を求め、角度を特定します。
- 垂直の証明: 2つのベクトルが垂直であることを示すには、それらの内積が0であることを示せば良いです(零ベクトルでないことを確認する必要はあります)。
これらのツールを使うことで、三角形が直角二等辺三角形であることの証明(垂直条件と長さの条件)、特定の線分が垂直に交わることの証明などが、ベクトル計算によって可能になります。
第9章:空間ベクトル―3次元への拡張―
ここまでは主に平面ベクトルを扱ってきました。しかし、私たちの世界は3次元空間です。ベクトルは3次元空間にも簡単に拡張できます。これが空間ベクトルです。
9.1 空間座標と空間ベクトル
空間内の点の位置は、x軸、y軸、z軸からなる直交座標系を使って $(x, y, z)$ という3つの数値の組で表されます。
空間ベクトルも、平面ベクトルと同じように「向きと大きさ」を持つ量です。空間ベクトルも、始点Aから終点Bへ向かう有向線分 $\vec{AB}$ で表すことができます。
空間ベクトルを成分表示するためには、3つの軸方向の基本ベクトル(単位ベクトル)を考えます。
* x軸の正の向きの単位ベクトル $\vec{e_1}$ または $\vec{i}$
* y軸の正の向きの単位ベクトル $\vec{e_2}$ または $\vec{j}$
* z軸の正の向きの単位ベクトル $\vec{e_3}$ または $\vec{k}$
空間上の任意のベクトル $\vec{a}$ は、これらの基本ベクトルの実数倍の和として、$\vec{a} = x\vec{e_1} + y\vec{e_2} + z\vec{e_3}$ の形で表すことができます。このとき、実数 $x, y, z$ の組をベクトル $\vec{a}$ の成分といい、$\vec{a} = (x, y, z)$ と書きます。
始点A$(x_1, y_1, z_1)$、終点B$(x_2, y_2, z_2)$ のベクトル $\vec{AB}$ の成分は、平面の場合と同様に終点の座標から始点の座標を引いて、
$\vec{AB} = (x_2 – x_1, y_2 – y_1, z_2 – z_1)$
となります。
零ベクトル $\vec{0}$ の成分表示は $(0, 0, 0)$ です。
9.2 空間ベクトルの計算
空間ベクトルになっても、足し算、引き算、実数倍の計算ルールは変わりません。成分ごとに計算すれば良いだけです。
ベクトル $\vec{a} = (x_1, y_1, z_1)$, ベクトル $\vec{b} = (x_2, y_2, z_2)$、実数 $k$ について、
- 足し算: $\vec{a} + \vec{b} = (x_1 + x_2, y_1 + y_2, z_1 + z_2)$
- 引き算: $\vec{a} – \vec{b} = (x_1 – x_2, y_1 – y_2, z_1 – z_2)$
- 実数倍: $k\vec{a} = (kx_1, ky_1, k z_1)$
計算の手間は成分が1つ増えるだけなので、平面ベクトルとほとんど同じ感覚で扱えます。
9.3 空間ベクトルの大きさ
成分表示された空間ベクトル $\vec{a} = (x, y, z)$ の大きさ $|\vec{a}|$ は、原点O(0,0,0)を始点、点P(x, y, z)を終点とするベクトル $\vec{OP}$ の長さとして考えることができます。
空間座標における2点間の距離の公式(三平方の定理を3次元に拡張したもの)を使うと、点O(0,0,0)と点P(x, y, z)の距離は $\sqrt{x^2 + y^2 + z^2}$ です。
したがって、成分表示された空間ベクトル $\vec{a} = (x, y, z)$ の大きさ $|\vec{a}|$ は、
$|\vec{a}| = \sqrt{x^2 + y^2 + z^2}$
となります。
9.4 空間ベクトルの内積
空間ベクトルについても、平面ベクトルと同様に内積を定義します。
2つの空間ベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ のなす角を $\theta$ とすると、内積 $\vec{a} \cdot \vec{b}$ は、平面ベクトルと同じ定義で与えられます。
$\vec{a} \cdot \vec{b} = |\vec{a}| |\vec{b}| \cos\theta$
そして、成分表示された空間ベクトルについても、平面ベクトルと同様に内積を成分で計算する公式があります。
$\vec{a} = (x_1, y_1, z_1)$, $\vec{b} = (x_2, y_2, z_2)$ のとき、
$\vec{a} \cdot \vec{b} = x_1 x_2 + y_1 y_2 + z_1 z_2$
成分の数が増えただけで、計算方法は平面ベクトルと同じです。x成分同士、y成分同士、z成分同士をそれぞれ掛け合わせたものを全て足し合わせます。
この公式も、3次元の基本ベクトル $\vec{e_1}, \vec{e_2}, \vec{e_3}$ を使って平面ベクトルと同様に導出できます。
$\vec{e_1} \cdot \vec{e_1} = 1, \vec{e_2} \cdot \vec{e_2} = 1, \vec{e_3} \cdot \vec{e_3} = 1$
$\vec{e_1} \cdot \vec{e_2} = 0, \vec{e_1} \cdot \vec{e_3} = 0, \vec{e_2} \cdot \vec{e_3} = 0$ (それぞれ垂直なので)
9.5 空間ベクトルでの垂直条件となす角
空間ベクトルでも、内積の性質は平面ベクトルと同じです。
-
垂直条件: 零ベクトルでない2つの空間ベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ が垂直であることと、内積 $\vec{a} \cdot \vec{b} = 0$ であることは同値です。
成分表示では、$x_1 x_2 + y_1 y_2 + z_1 z_2 = 0$ となります。 -
なす角: 2つの空間ベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ のなす角 $\theta$ は、平面ベクトルと同様に以下の式で求められます。
$\cos\theta = \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}| |\vec{b}|}$
成分表示では、
$\cos\theta = \frac{x_1 x_2 + y_1 y_2 + z_1 z_2}{\sqrt{x_1^2 + y_1^2 + z_1^2} \sqrt{x_2^2 + y_2^2 + z_2^2}}$
となります。
空間ベクトルになっても、基本的な考え方や計算ルールは平面ベクトルから自然に拡張されていることが分かります。最初はイメージしにくいかもしれませんが、成分表示を使いながら計算練習を重ねることで慣れていくことができます。
第10章:ベクトル学習のコツとアドバイス
さて、ここまでベクトルの基礎の基礎を駆け足で(でも丁寧に!)見てきました。ベクトルをこれから本格的に学習していく上で、いくつかのポイントやアドバイスをお伝えします。
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とにかく図を書こう!
特にベクトルの和や差、位置ベクトルを使った問題では、状況を図で把握することが非常に重要です。ベクトルは「向きと大きさ」という視覚的な情報を持っています。最初は下手でも構いません。問題文の条件や、ベクトルの計算で何が起こっているのかを、図で確認する癖をつけましょう。特に、三角形の法則や平行四辺形の法則、位置ベクトルの図は、概念理解の助けになります。 -
図形的な理解と成分計算を行き来する
ベクトル問題には、図形的な性質(平行、垂直、共線、中点など)を問う問題と、具体的な数値(長さ、角度、座標)を問う問題があります。前者は位置ベクトルやベクトルの等しさ、平行条件・共線条件など、図形的な性質をベクトルで記述して解く方法が有効な場合が多いです。後者は成分表示にして計算で求めるのが効率的です。問題によって、どちらのアプローチが良いか見極める力が必要です。そして、片方のアプローチで得た結果を、もう一方のアプローチで確認してみるのも良い練習になります。 -
定義と基本公式をしっかり覚える
ベクトルの足し算・引き算の図形的定義、実数倍の定義、成分表示の方法、ベクトルの大きさの公式、内積の定義、内積の成分表示、垂直条件、なす角の公式、内分点・外分点の位置ベクトルの公式、共線条件など、基本的な定義や公式は確実に覚えましょう。そして、ただ暗記するだけでなく、「なぜそうなるのか?」という理由(導出過程)を理解しておくと、忘れにくくなりますし、応用が効くようになります。 -
位置ベクトルの考え方をマスターする
位置ベクトルを使うことで、図形上の点を基準点からのベクトルとして統一的に扱えるようになり、点と点の関係や図形の性質をベクトル方程式で記述できるようになります。内分点・外分点、重心、共線条件、点の存在範囲といった応用問題は、位置ベクトル抜きには考えられません。ある点を基準点Oとして、他の点Pを $\vec{p} = \vec{OP}$ と表す、という考え方に慣れましょう。 -
基本問題で計算練習を徹底する
ベクトルの計算(足し算、引き算、実数倍、内積)は、成分表示を使えば単なる数値計算になりますが、符号のミスや計算間違いが起きやすいです。簡単な成分計算の練習問題をたくさん解いて、正確かつ素早く計算できるようになりましょう。 -
「なぜ?」を大切に
「なぜベクトルを学ぶんだろう?」「なぜこの公式が成り立つんだろう?」「なぜこの問題ではこの公式を使うんだろう?」といった疑問を常に持ちながら学習すると、理解が深まります。教科書や参考書の解説をしっかり読み、自分で考え、それでも分からなければ先生や友達に質問してみましょう。 -
空間ベクトルも恐れずに
平面ベクトルが理解できれば、空間ベクトルは次元が1つ増えるだけで、基本的な考え方や計算方法は同じです。成分が3つになるだけです。最初はイメージしにくいかもしれませんが、成分計算を丁寧に行えば、平面で学んだ知識がそのまま通用することが分かります。
ベクトルは、初めて学ぶ人にとっては少し抽象的に感じられるかもしれません。しかし、その概念と計算ルールをマスターすれば、物理や図形といった分野で非常に強力な道具となります。焦らず、一歩一歩、基礎から確実に理解していくことが大切です。
まとめ:ベクトルの旅の始まり
この記事では、高校数学C「ベクトル」の基礎の基礎を徹底的に解説しました。
- ベクトルとは、「向きと大きさ」を持つ量であり、有向線分や矢印で表され、向きと大きさが同じなら等しいとみなされる概念です。
- ベクトルの計算として、足し算(三角形の法則、平行四辺形の法則)、引き算(逆ベクトルを使った足し算)、実数倍(向きと大きさの変化、平行条件)を学びました。これらの計算は、ベクトルの基本的な操作を可能にします。
- 成分表示は、ベクトルを数値の組 $(x, y)$ や $(x, y, z)$ で表す方法であり、計算を容易にします。成分表示されたベクトルの足し算、引き算、実数倍、そして大きさの計算方法を学びました。
- 位置ベクトルは、基準点を定めることで図形上の点をベクトルで表現する方法です。$\vec{AB} = \vec{b} – \vec{a}$ という表現や、内分点・外分点、重心、共線条件などをベクトルで扱う方法を学びました。
- 内積は、2つのベクトルからスカラーを計算するルールで、$\vec{a} \cdot \vec{b} = |\vec{a}| |\vec{b}| \cos\theta$ と定義されます。成分表示では $\vec{a} \cdot \vec{b} = x_1 x_2 + y_1 y_2$ (空間では $x_1 x_2 + y_1 y_2 + z_1 z_2$)となります。内積はベクトルの大きさや、特に垂直条件(内積=0)やなす角を求める際に役立ちます。
- 空間ベクトルは、平面ベクトルを3次元に拡張したものであり、基本的な考え方や計算方法は平面ベクトルと同じです。
これらの基礎をしっかりと身につけることが、今後のベクトル学習や、物理や数学の他の分野への応用を理解するための土台となります。
ベクトルは、学ぶほどにそのシンプルさと応用範囲の広さに気づかされる、非常に魅力的な分野です。最初は慣れない記号や考え方で戸惑うこともあるかもしれませんが、諦めずにじっくり取り組んでみてください。この超入門記事が、皆さんのベクトル学習の力強い一歩となることを願っています。
さあ、ベクトルの世界を楽しみながら探求していきましょう! 頑張ってください!