Redisの高可用性を支えるSentinelの全て:機能、仕組み、メリットを解説

Redisの高可用性を支えるSentinelの全て:機能、仕組み、メリットを徹底解説(約5000字)

はじめに

データ駆動型の現代において、アプリケーションの応答性や信頼性はビジネスの成功に直結します。特に、高速なデータアクセスが求められるユースケースでは、インメモリデータストアであるRedisが広く利用されています。しかし、いかなるシステムも完全に停止しないという保証はありません。単一のサーバーでRedisを実行している場合、そのサーバーが停止すれば、アプリケーションも停止してしまうという、いわゆる「単一障害点」の問題を抱えています。

この単一障害点の問題を解消し、Redisに高い可用性(High Availability: HA)をもたらすための公式ソリューションが、今回ご紹介するRedis Sentinelです。Sentinelは、Redisインスタンスの監視、障害検出、そして自動フェイルオーバーという重要な役割を担い、サービスの中断時間を最小限に抑えることで、アプリケーションの信頼性を飛躍的に向上させます。

本記事では、Redis SentinelがどのようにRedisの高可用性を実現しているのか、その機能、内部的な仕組み、そして導入によるメリットを、初心者の方にも分かりやすく、かつ技術的な詳細も踏まえながら、約5000字をかけて徹底的に解説します。Redisをプロダクション環境で安定稼働させたいとお考えの方は、ぜひ最後までお読みください。

Redisの高可用性とは

高可用性(HA)とは、システムが継続して利用可能である度合いを示す概念です。システム障害が発生した場合でも、サービスが停止する時間を最小限に抑え、ユーザーが常にシステムにアクセスできる状態を維持することを目指します。データベースシステムにおいて、高可用性は非常に重要です。なぜなら、データベースは多くのアプリケーションにとって中核となるコンポーネントであり、データベースの停止はアプリケーション全体の停止を意味するからです。

Redisは、その高速性ゆえにセッションストア、キャッシュ、メッセージキュー、リアルタイム分析など、多くのミッションクリティカルな用途で利用されています。これらの用途において、Redisの停止はユーザーエクスペリエンスの低下、データの損失、ビジネス機会の喪失など、深刻な影響を及ぼす可能性があります。

Redis単体では、マスター-スレーブ間のレプリケーション機能を提供しており、これによりデータの冗長性を確保することは可能です。マスターインスタンスで書き込まれたデータは、非同期または同期的にスレーブインスタンスに複製されます。もしマスターが停止しても、データはスレーブに残っています。しかし、レプリケーションだけでは、マスターが停止したことを自動的に検出し、スレーブを新しいマスターに昇格させ、クライアントを新しいマスターに自動的に再接続させるという一連の「フェイルオーバー」処理は行えません。管理者が手動でこれらの作業を行う必要があり、その間、サービスは停止してしまうことになります。

ここで登場するのが、Redis Sentinelです。Sentinelは、この手動でのフェイルオーバープロセスを自動化し、Redisの高可用性を実現するためのソリューションなのです。

Redis Sentinelの概要

Redis Sentinelは、Redisの分散システムであり、高可用性ソリューションです。単一のSentinelプロセスではなく、ネットワーク上に複数配置されたSentinelインスタンスの集合体として機能します。この「複数のSentinelインスタンス」という点が非常に重要です。なぜなら、もしSentinelが単一のプロセスだった場合、Sentinel自体が単一障害点となってしまい、その停止がシステム全体の可用性を損なうことになるからです。

Sentinelの主要な役割は以下の3つに集約されます。

  1. 監視 (Monitoring): Redisのマスターインスタンス、スレーブインスタンス、そして他のSentinelインスタンスが正常に動作しているかを常にチェックします。
  2. 通知 (Notification): 監視しているRedisインスタンスに障害が発生したり、フェイルオーバーが発生したりした場合、システム管理者や他のアプリケーションに通知します。
  3. 自動フェイルオーバー (Automatic Failover): マスターインスタンスが障害により停止した場合、自動的に適切なスレーブを選出して新しいマスターに昇格させ、他のスレーブをその新しいマスターのレプリカとして再設定し、古いマスター(もし復旧した場合)も新しいマスターのスレーブとして再設定します。

これらの役割を連携して実行することで、SentinelはRedisクラスタの健全性を維持し、障害発生時にもサービスを自動的に復旧させることができます。

Sentinelは、Redisインスタンスとは独立した別のプロセスとして動作します。通常、Redisインスタンスが動作しているサーバーとは別のサーバー、あるいはコンテナ上で実行されます。そして、複数のSentinelインスタンスがお互いを認識し、連携して動作することで、信頼性の高い監視とフェイルオーバーを実現します。

Sentinelの主要な機能

Sentinelが提供する主要な機能をさらに詳しく見ていきましょう。

1. 監視 (Monitoring)

Sentinelの最も基本的な機能は、監視対象のRedisインスタンスが生きているか(稼働しているか)を判断することです。Sentinelは、設定ファイルに記述されたマスターインスタンスを監視し始めます。マスターが認識されると、Sentinelはマスターに対して INFO コマンドを定期的に発行し、マスターに接続されているスレーブのリストを取得します。そして、そのスレーブたちも監視対象に加えます。さらに、Sentinelは他のSentinelインスタンスが特定のPub/Subチャンネルを通じて自分自身をブロードキャストしているのをリッスンすることで、ネットワーク上の他のSentinelインスタンスも発見し、相互に監視するようになります。

監視は主に以下の方法で行われます。

  • PING/PONG: Sentinelは監視対象のRedisインスタンスに対して定期的に PING コマンドを送信し、応答として PONG が返ってくるかを待ちます。設定された時間内に応答がなければ、そのインスタンスはダウンしている可能性があると判断します。
  • 定期的な情報取得: マスターに対して INFO コマンドを発行し、スレーブのリストやレプリケーションの状態などを取得します。スレーブに対しては、レプリケーションの遅延などを監視します。

Sentinelが監視対象のRedisインスタンスから一定時間 PONG 応答を受け取れなかった場合、そのSentinelはそのインスタンスを 主観的にダウンしている (Subjectively Down, sdown) と判断します。これはあくまで「そのSentinelから見てダウンしている」という状態です。ネットワークの一時的な問題や、特定のSentinelとRedisインスタンス間の通信障害が原因である可能性もあります。

フェイルオーバーを開始するには、マスターインスタンスが 客観的にダウンしている (Objectively Down, odown) と判断される必要があります。これは、複数のSentinelインスタンスが互いに情報交換を行い、「マスターがダウンしている」という状態について合意に達したときに確立される状態です。具体的には、監視対象のマスターについて「sdown」と判断しているSentinelインスタンスの数が、設定された quorum 数以上になった場合に、マスターはodown状態と判断されます。この quorum は、フェイルオーバーを開始するために必要なSentinelの同意数を定義する重要なパラメータです。

odown状態は、主観的な判断であるsdownよりも信頼性の高い障害検出メカニズムであり、誤ったフェイルオーバーを防ぐために重要です。

2. 通知 (Notification)

Sentinelは、監視対象のRedisインスタンスや他のSentinelインスタンスの状態変化、あるいはフェイルオーバーイベントが発生した場合に、管理者やクライアントアプリケーションに通知する機能を提供します。通知は主に以下の方法で行われます。

  • Pub/Subチャンネル: Sentinelインスタンスは、発生したイベントに関するメッセージを、特定のPub/Subチャンネルに発行します。クライアントアプリケーションや監視システムは、これらのチャンネルを購読することで、リアルタイムにイベント情報を受け取ることができます。例えば、マスターが変更された場合には +switch-master、インスタンスがsdown状態になった場合は +sdown、odown状態になった場合は +odown といったイベントが通知されます。
  • 外部スクリプトの実行: Sentinelは、特定イベント発生時に外部スクリプトを実行するように設定できます。例えば、notify-script を設定しておくと、重大なシステムイベント(例: フェイルオーバーの開始や完了)が発生した際に指定したスクリプトが実行されます。これにより、メール通知、PagerDutyへのアラート発報、ロギングシステムへの連携など、様々なカスタムアクションを実行できます。また、client-reconfig-script を使用すると、フェイルオーバー完了後にクライアント側の設定変更を行うためのスクリプトを実行できます(ただし、現代のクライアントライブラリの多くはSentinelとの直接連携機能を持っているため、このスクリプトの利用頻度は減っています)。

これらの通知機能により、システム管理者は障害やフェイルオーバーの状況を迅速に把握し、必要に応じて対応をとることができます。また、適切なクライアントライブラリを使用している場合は、アプリケーション側がSentinelからの通知を受けて新しいマスターのアドレスを自動的に取得し、接続先を切り替えることが可能になります。

3. 自動フェイルオーバー (Automatic Failover)

Sentinelの最も強力な機能は、マスターインスタンスが客観的にダウン(odown)と判断された場合に、自動的にフェイルオーバープロセスを開始し、システムを復旧させる機能です。フェイルオーバーは以下のステップで実行されます。

  1. マスター障害の検出とodown判定: 複数のSentinelインスタンスがマスターのsdown状態を検出し、その数が quorum 以上になった場合に、マスターはodown状態と判定されます。
  2. フェイルオーバーの承認要求: マスターがodownと判定されたSentinelインスタンスは、他のSentinelインスタンスに対して「このマスターについてフェイルオーバーを開始すべきか?」という承認要求を出します。
  3. フェイルオーバーリーダーの選出: 複数のSentinelが同時にフェイルオーバーを開始しようとする可能性もあります。これを調整するため、Sentinelインスタンス間ではフェイルオーバーを実行する「リーダー」を選出するための選挙が行われます。これはRaftアルゴリズムに似たシンプルな投票メカニズムで行われます。投票で過半数(majority)の支持を得たSentinelインスタンスが、そのマスターのフェイルオーバーリーダーとなります。このリーダー選出により、単一のSentinelインスタンスがフェイルオーバープロセス全体を統括します。
  4. 新しいマスターの選択: フェイルオーバーリーダーとなったSentinelは、障害が発生したマスターに接続されていたスレーブの中から、新しいマスターに昇格させる最適なスレーブを選出します。選出基準は以下の要素を総合的に考慮して決定されます。
    • 優先度 (Slave Priority): Redisの設定ファイル (redis.conf)で replica-priority が0より大きいスレーブが優先されます。値が小さいほど優先度が高いとみなされます。
    • レプリケーションオフセット (Replication Offset): マスターからより多くのデータを受け取っている(同期が進んでいる)スレーブが優先されます。これは、データ損失を最小限に抑えるために重要です。
    • 実行ID (Run ID): 上記二つの条件が同じスレーブが複数いる場合、実行IDがより小さい(通常は起動が古い)スレーブが優先されることがあります。
    • 状態: 当然ながら、sdownやodown状態でない、健全なスレーブである必要があります。
  5. 選ばれたスレーブの昇格: 選ばれたスレーブに対して、Sentinelリーダーは SLAVEOF NO ONE コマンドを送信します。これにより、そのスレーブは自身をマスターとして再設定し、レプリケーションを停止します。
  6. 他のスレーブの再設定: 古いマスターに接続されていた他のスレーブに対して、Sentinelリーダーは SLAVEOF <新しいマスターのIP> <新しいマスターのポート> コマンドを送信します。これにより、これらのスレーブは新しいマスターからデータのレプリケーションを開始します。
  7. 古いマスターの再設定: 障害から復旧した古いマスターインスタンスがオンラインに戻ってきた場合、Sentinelはそれを新しいマスターのスレーブとして再設定します。これにより、復旧した古いマスターもRedisクラスタの一部として組み直されます。

この自動フェイルオーバープロセス全体が、人間の介入なしに実行されます。これにより、マスター障害発生から復旧までのサービス停止時間を大幅に短縮することが可能です。

Sentinelの仕組みの詳細

Sentinelは単なる監視ツールではなく、複数のSentinelインスタンスが連携して動作する分散システムです。その内部的な仕組みは、可用性と信頼性を実現するために洗練されています。

Sentinelインスタンス間の連携

複数のSentinelインスタンスは、互いを検出・認識し、常にお互いの状態や、監視対象のRedisインスタンスの状態について情報交換を行っています。

  • 自動ディスカバリ: Sentinelは、自分が監視しているマスターのsentinel:helloという名前のPub/Subチャンネルを購読します。各Sentinelインスタンスは、自身の情報(IP、ポート、実行ID)をこのチャンネルに定期的に発行します。他のSentinelはこのチャンネルを購読することで、ネットワーク上の他のSentinelインスタンスを自動的に発見し、それらを監視リストに追加します。
  • 情報交換: Sentinelインスタンスは、お互いに直接接続し、TCP接続を通じて情報交換を行います。交換される情報には、監視対象のRedisインスタンスの状態(sdown/odown)、他のSentinelインスタンスの状態、現在のコンフィグレーションエポックなどが含まれます。この情報交換により、各Sentinelはシステムの全体像を把握し、特定のインスタンスがダウンしているかどうかの「客観的な」判断を下すための基盤となります。
  • ゴシッププロトコル: Sentinelは、Peer-to-Peer(P2P)形式のゴシッププロトコルを使用して、システムの状態に関する情報を効率的に広めます。これにより、あるSentinelが検出した障害情報が、他のSentinelにも迅速に伝播します。

quorumとmajority

Sentinelの最も重要な設定パラメータの一つが quorum です。これは、マスターが客観的にダウン(odown)したと判断するために、そのマスターをsdown状態と判断している必要があるSentinelインスタンスの最小数です。

例えば、5台のSentinelインスタンスを運用しており、マスターの quorum を3に設定した場合、マスターがodown状態と判断されるためには、少なくとも3台の異なるSentinelインスタンスが同時にそのマスターをsdownと判断している必要があります。これにより、ネットワークの一時的な分断や、ごく一部のSentinelインスタンスの問題による誤ったフェイルオーバーを防ぐことができます。

フェイルオーバープロセスを開始する際には、さらに「フェイルオーバーリーダー選出のための投票」が必要になります。この投票でリーダーになるためには、過半数 (majority) のSentinelインスタンスからの投票を得る必要があります。これは、設定されているSentinelインスタンスの総数に対して過半数という意味です。例えば、5台のSentinelがいる場合、リーダーとなるためには3台以上のSentinelからの投票が必要になります。

注意点として、quorum はodown判定とフェイルオーバー開始のトリガーに関わるパラメータですが、実際にフェイルオーバーを承認し実行するリーダーを選出するための投票では、常に総数の過半数が必要となります。例えば、5台のSentinel中、quorumを2に設定したとします。マスターがsdownと判断したSentinelが2台になった時点でマスターはodownと判定され、フェイルオーバーがトリガーされます。しかし、フェイルオーバーリーダー選出の投票では、総数5台の過半数である3台の投票が必要になります。もし3台以上のSentinelが稼働しており、投票に参加できなければ、フェイルオーバーは実行されません。このため、通常は quorum の値をSentinelインスタンスの総数の過半数と同等、またはそれより大きく設定することが推奨されます。例えば、5台のSentinelがいる場合、quorumを3または4に設定することが一般的です。これにより、少数のSentinelが停止してもフェイルオーバーが実行可能となり、かつ誤ったフェイルオーバーのリスクを低減できます。

コンフィグレーションエポック (Configuration Epoch)

Sentinelシステムにおいて、マスターインスタンスの情報(IPアドレスやポート)は、フェイルオーバーによって変化する可能性があります。複数のSentinelインスタンスがこのような変化を検出し、一貫した情報を共有することは非常に重要です。この情報の共有と衝突解決のために使用されるのが、コンフィグレーションエポックです。

コンフィグレーションエポックは、マスターのIPアドレスとポート番号のセット(マスターコンフィグレーション)に関連付けられた、単調増加するバージョン番号です。フェイルオーバーが発生し、新しいマスターが選出されるたびに、新しいマスターコンフィグレーションとともに新しいエポック番号が割り当てられます。

Sentinelインスタンスは、情報交換を通じてお互いの持つマスターコンフィグレーションとエポック番号を比較します。より大きいエポック番号を持つコンフィグレーションが最新であると判断され、その情報がシステム全体に伝播されます。

Sentinelリーダー選出の過程でもエポックが利用されます。Sentinelは、フェイルオーバーを開始する際に、新しいエポック番号を要求します。投票で過半数の同意を得てリーダーとなったSentinelは、そのエポックの所有権を得て、フェイルオーバープロセスを進行させます。これにより、複数のSentinelが同時にフェイルオーバーを開始しようとした場合のコンフリクトを防ぎ、一つの権威あるフェイルオーバーが実行されることを保証します。

フェイルオーバープロセスの詳細

新しいマスターを選出する際、Sentinelはスレーブの状態や設定を考慮します。

  • slave-priority: Redis設定ファイル (redis.conf) で replica-priority パラメータが設定されている場合、0より大きい値のスレーブが候補となります。値が小さいほど優先度が高く、優先的にマスター候補として選ばれます。デフォルト値は100です。
  • レプリケーションオフセット: 優先度が同じスレーブが複数いる場合、マスターからより多くのデータをレプリケートしている(つまり、より最新の状態に近い)スレーブが優先されます。これはデータ損失のリスクを最小限に抑えるためです。
  • 接続状態: Sentinelとの接続が良好である必要があります。
  • 状態: sdownやodown状態でない、健全なスレーブである必要があります。

もし、すべてのスレーブがレプリケーションから遅れていたり、正常に同期されていない場合でも、Sentinelは最も遅延の少ないスレーブを選び、それをマスターに昇格させます。その後、他のスレーブはその新しいマスターからデータの同期(フルシンク)を開始します。

フェイルオーバー中、一時的にクライアントからの書き込みを受け付けられなくなる期間が発生します。また、非同期レプリケーションを使用している場合、マスターの停止直前に書き込まれた一部のデータがスレーブにまだ複製されておらず、新しいマスターに昇格したスレーブには存在しないという、わずかなデータ損失が発生する可能性があります。同期レプリケーション(wait コマンドの利用)を適切に行うことで、このリスクを軽減できます。

フェイルオーバーが完了した後、SentinelはPub/Subチャンネル(例: +switch-master)を通じて新しいマスターのアドレスを通知します。

クライアント連携

Sentinelと連携して高可用性を最大限に引き出すためには、クライアントアプリケーション側もSentinelに対応した挙動をする必要があります。現代の多くのRedisクライアントライブラリには、Sentinelをサポートする機能が組み込まれています。

Sentinel対応クライアントは、接続時にSentinelインスタンス群のいずれかに接続し、監視対象のマスターの名前を指定して「現在のマスターのアドレスはどこか?」と問い合わせます(SENTINEL get-master-addr-by-name <master_name> コマンド)。Sentinelは現在のマスターのIPアドレスとポート番号をクライアントに返します。クライアントはその情報を使ってマスターに接続します。

もしフェイルオーバーが発生し、マスターのアドレスが変更された場合、クライアントは以下のいずれかの方法で新しいマスターを認識します。

  1. SentinelからのPub/Sub通知: クライアントがSentinelのPub/Subチャンネル(特に +switch-master)を購読している場合、Sentinelからの通知を受けて新しいマスターのアドレスを知ることができます。
  2. 定期的な問い合わせ: 一部のクライアントライブラリは、定期的にSentinelにマスターのアドレスを問い合わせることで、変更を検出します。
  3. 接続エラーからの復旧: マスターへの接続が切れた際に、再度Sentinelに問い合わせて新しいマスターのアドレスを取得し、再接続を試みます。

Sentinel対応クライアントを利用することで、アプリケーションはフェイルオーバーの発生を意識することなく、常に正しいマスターインスタンスに接続を試みることができます。これにより、アプリケーション側のロジックを変更することなく、Redisの高可用性を享受できます。

Sentinelのメリット

Redis Sentinelを導入することで得られるメリットは以下の通りです。

  1. 高可用性の自動化: 最も大きなメリットは、マスター障害発生時のフェイルオーバープロセスが自動化されることです。これにより、手動による復旧作業が不要になり、サービス停止時間を大幅に短縮できます。
  2. 単一障害点の解消: Sentinel自体も複数インスタンスで構成されるため、Sentinel自体が単一障害点になることを防ぎます。一部のSentinelが停止しても、残りのSentinelが連携して監視とフェイルオーバーを継続できます。
  3. 監視機能による早期発見: Redisインスタンスの健全性を常時監視しているため、障害の兆候を早期に発見し、問題が深刻化する前に対応できる可能性があります。
  4. クライアントへの透過的なフェイルオーバー: Sentinel対応クライアントライブラリを使用することで、アプリケーションコードを変更することなく、フェイルオーバー発生後も自動的に新しいマスターに接続できるようになります。
  5. 設定の柔軟性: quorum や各種タイムアウト値などのパラメータを調整することで、システムの要件に合わせて可用性と信頼性のバランスを調整できます。
  6. Redis公式によるサポート: SentinelはRedisの公式プロジェクトの一部であり、活発に開発・メンテナンスされています。

Sentinelの考慮事項と注意点

Sentinelは強力なツールですが、導入にあたってはいくつかの考慮事項と注意点があります。

  • Sentinel自体の信頼性: Sentinelシステム全体の信頼性を確保するためには、十分な数のSentinelインスタンスを運用し、それらを異なる物理/仮想マシン、異なるネットワークセグメント、可能であれば異なるデータセンターに分散配置することが推奨されます。Sentinelインスタンスが単一の障害点に集中していると、その障害がSentinelシステム全体を停止させてしまいます。
  • ネットワーク分断 (Split-Brain): ネットワーク分断が発生し、Sentinelインスタンス群が複数のグループに分かれてしまった場合、それぞれのグループが独自にマスターがダウンしたと判断し、複数の新しいマスターが同時に選出されてしまう可能性があります。これがSplit-Brain問題です。Redis Sentinelは、quorum やリーダー選出メカニズムによってSplit-Brainのリスクを軽減する設計になっていますが、完全に防ぐことは困難です。ネットワーク設計を慎重に行い、Sentinelインスタンスを配置する場所を検討することが重要です。
  • タイムアウト設定のチューニング: down-after-milliseconds(インスタンスがsdownと判断されるまでのタイムアウト)や failover-timeout(フェイルオーバー全体のタイムアウト)などの設定値は、環境に合わせて適切にチューニングする必要があります。値を小さくしすぎると、一時的なネットワーク遅延などで誤ったフェイルオーバーが発生するリスクが高まります。逆に値を大きくしすぎると、実際の障害発生からフェイルオーバー開始までの時間が長くなり、サービス停止時間が延びてしまいます。
  • 多数のSentinelインスタンスの管理: Sentinelインスタンスの数を増やせば増やすほど、監視・管理の手間が増えます。適切な数のインスタンスを選定し、管理ツールを活用することが重要です。
  • フェイルオーバー中のデータ損失の可能性: Redisのデフォルトのレプリケーションは非同期です。そのため、マスターがクラッシュする直前に書き込まれた一部のデータが、スレーブにまだ複製されていない可能性があります。この状態でスレーブが新しいマスターに昇格すると、そのデータは失われます。データ損失のリスクを最小限に抑えたい場合は、Redisの wait コマンドを使用して、特定の書き込みが指定された数のスレーブに複製されたことを確認してからクライアントに応答を返す、擬似的な同期レプリケーションを実装する必要があります。また、AOF永続化を有効にし、fsync設定を適切に行うことも、データ回復力を高めるために重要です。
  • クライアントライブラリの選択と設定: Sentinelのメリットを最大限に活かすためには、Sentinelに対応したクライアントライブラリを使用することが不可欠です。使用するライブラリがSentinelをどのようにサポートしているか(Sentinelへの接続方法、マスターアドレスの取得方法、再接続ロジックなど)を確認し、適切に設定する必要があります。
  • 永続化の重要性: Sentinelはあくまで高可用性を提供するツールであり、データそのものの永続化はRedisインスタンスの役割です。データ損失を避けるためには、マスターインスタンスでRDBスナップショットやAOFログを適切に有効にし、設定することが重要です。

設定例とデプロイメント

基本的なSentinelの設定は、sentinel.conf という設定ファイルで行います。以下は簡単な設定例です。

“`ini

sentinel.conf の例

各Sentinelインスタンスは独自のポートで起動します。デフォルトは26379です。

port 26379

このSentinelが監視するマスターの名前、IPアドレス、ポート、およびフェイルオーバー開始に必要なquorum数を指定します。

ここでは ‘mymaster’ という名前のマスターを、IP 192.168.1.100 ポート 6379 で監視し、

フェイルオーバーには少なくとも2台のSentinelの同意(quorum)が必要です。

sentinel monitor mymaster 192.168.1.100 6379 2

Redisインスタンスがsdown状態であると判断されるまでのタイムアウト(ミリ秒)。

sentinel down-after-milliseconds mymaster 5000

フェイルオーバープロセス全体のタイムアウト(ミリ秒)。

sentinel failover-timeout mymaster 60000

新しいマスターに同時に再設定されるスレーブの最大数。

sentinel parallel-syncs mymaster 1

マスターの認証パスワードが設定されている場合。

sentinel auth-pass mymaster foobared

通知スクリプトの設定例(任意)

sentinel notify-script mymaster /path/to/your/notify.sh %event% %master-name% %role% %addr%

クライアント再構成スクリプトの設定例(任意、現代ではあまり使われない)

sentinel client-reconfig-script mymaster /path/to/your/client-reconfig.sh %master-name% %role% %addr%

“`

この設定ファイルを基に、複数のサーバーやコンテナでそれぞれ独立したSentinelプロセスを起動します。Sentinelプロセスは、設定ファイルで指定されたポート(デフォルト26379)でクライアントや他のSentinelからの接続を待ち受けます。

推奨されるデプロイ構成としては、最低でも3台、できれば5台以上のSentinelインスタンスを運用し、それぞれを異なる物理マシン、仮想マシン、あるいはコンテナとして、ネットワーク的にも分離された環境に配置することが理想的です。例えば、3つの異なるアベイラビリティゾーンを持つクラウド環境であれば、各ゾーンに少なくとも1台ずつのSentinelを配置することで、特定のゾーンの障害発生時にもSentinelシステム全体の可用性を維持できます。

DockerやKubernetes環境でSentinelをデプロイする場合、各Sentinelインスタンスを独立したPodとしてデプロイし、Persistent Storageは不要ですが、コンフィグレーションファイルはConfigMapなどで管理し、Podが再起動しても同じ設定で立ち上がるようにする必要があります。また、KubernetesのServiceを使ってSentinelインスタンス群へのアクセスを抽象化し、クライアントが固定のアドレスでSentinelに接続できるように構成することが一般的です。Sentinelインスタンスの配置は、Pod Anti-Affinityを使って、異なるノードやアベイラビリティゾーンに分散させることが重要です。

トラブルシューティング

Sentinelシステムで問題が発生した場合、まずは各Sentinelインスタンスのログを確認することが最も重要です。Sentinelのログには、監視対象のインスタンスの状態変化(sdown/odown判定)、Sentinel間の情報交換、フェイルオーバープロセスの各ステップ、エラーメッセージなどが詳細に記録されています。

よくある問題としては、以下のようなものがあります。

  • ネットワーク問題: SentinelとRedisインスタンス間、あるいはSentinelインスタンス間のネットワーク通信に問題があると、誤ったsdown/odown判定が発生したり、リーダー選出や情報交換がうまくいかなかったりします。ファイアウォール設定、ネットワークルーティング、パケットロスなどを確認してください。
  • 設定ミス: quorum の設定が適切でない、マスターのIPアドレスやポート番号が間違っている、認証パスワードがSentinel側で設定されていない、といった設定ミスも問題の原因となります。
  • タイムアウト設定の不備: 前述のように、タイムアウト値の不適切な設定は誤検知や復旧遅延につながります。
  • リソース不足: Sentinelインスタンスが動作しているサーバー/コンテナのリソース(CPU, メモリ)が不足していると、Sentinel自体の応答性が悪化し、監視や情報交換に影響が出ることがあります。
  • Redisインスタンスの問題: 監視対象のRedisインスタンス自体に問題(高負荷、メモリ不足、ブロッキングコマンドなど)があり、Sentinelからの PING に応答できない場合も、Sentinelはダウンと判断します。

Sentinelには、管理やデバッグに役立つコマンドがいくつか用意されています。Redis CLIからSentinelポート(デフォルト26379)に接続し、SENTINEL help で利用可能なコマンドを確認できます。例えば、SENTINEL masters で監視しているマスターのリストと状態を確認したり、SENTINEL slaves <master_name> で特定マスターのスレーブリストを確認したりできます。また、必要に応じて SENTINEL failover <master_name> コマンドを使って手動でフェイルオーバーを開始することも可能です(ただし、通常は自動フェイルオーバーに任せることが推奨されます)。

まとめ

Redis Sentinelは、Redisのマスター-スレーブ構成における単一障害点を解消し、自動監視と自動フェイルオーバーによって高可用性を実現するための強力な公式ソリューションです。複数のSentinelインスタンスが連携してRedisインスタンス群を監視し、マスター障害発生時には合意形成(quorumとmajority)に基づいて最適なスレーブを新しいマスターに昇格させ、システムを自動的に復旧させます。

Sentinelの導入により、サービス停止時間を最小限に抑え、ミッションクリティカルなアプリケーションの信頼性を大幅に向上させることができます。その仕組みは、Sentinelインスタンス間の情報交換、コンフィグレーションエポック、そして堅牢なフェイルオーバープロセスによって支えられています。

導入にあたっては、Sentinel自体の信頼性(適切な数のインスタンスを分散配置)、ネットワーク分断問題への考慮、タイムアウト設定のチューニング、そしてSentinel対応クライアントライブラリの利用が重要となります。

Redisをプロダクション環境で安定運用するために、Sentinelは不可欠なコンポーネントと言えるでしょう。本記事が、Sentinelの機能、仕組み、メリットについて深く理解し、効果的な導入・運用に役立てる一助となれば幸いです。Redisの高可用性を実現するための第一歩として、ぜひSentinelの活用をご検討ください。

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