RHEL 10 正式リリース!注目の新機能と変更点を徹底解説
エンタープライズ Linux の世界をリードする Red Hat Enterprise Linux (RHEL) が、待望のメジャーバージョンアップを果たしました。RHEL 10 の正式リリースは、デジタル変革を加速させ、現代の複雑な IT 環境に求められるあらゆる要件に応えるための重要なマイルストーンとなります。この新しいバージョンは、パフォーマンスの向上、セキュリティの強化、開発者エクスペリエンスの向上、そしてハイブリッドクラウドからエッジまでを網羅する柔軟性を、これまでにないレベルで提供します。
この記事では、RHEL 10 で導入された数々の注目すべき新機能と、既存機能に加えられた重要な変更点を徹底的に解説します。システム管理者、開発者、アーキテクト、そしてビジネスリーダーまで、RHEL 10 がもたらす可能性を最大限に理解し、その導入や活用を検討するための羅針盤となることを目指します。約5000語にわたる詳細な解説を通じて、RHEL 10 の真価に迫りましょう。
1. はじめに: RHEL 10 リリースの意義
Red Hat Enterprise Linux は、世界中の企業や組織にとって、基幹業務システムから最先端のクラウドネイティブアプリケーションに至るまで、信頼性の高い安定した基盤として長年にわたり貢献してきました。10番目のメジャーバージョンとなる RHEL 10 のリリースは、過去の成功に基づきながらも、AI/ML、コンテナ、エッジコンピューティングといった、今日の、そして未来のテクノロジーニーズに積極的に応えるべく設計されています。
このリリースは単なる機能追加にとどまりません。それは、デジタル主権、持続可能性、そして開発者の生産性といった、現代のビジネスが直面する課題に対する Red Hat の回答でもあります。RHEL 10 は、より予測可能で、より安全で、そしてより自動化された IT 環境の実現を支援します。
この記事では、以下の主要な領域に焦点を当て、RHEL 10 の変更点を掘り下げていきます。
- コア OS とカーネル: パフォーマンス、安定性、ハードウェアサポートの基盤となる進化。
- セキュリティ: 増大するサイバー脅威に対抗するための多層防御と新機能。
- コンテナとクラウドネイティブ: 最新のコンテナ技術とオーケストレーションへの対応強化。
- AI/ML および高性能コンピューティング (HPC): データ駆動型ワークロードのための最適化。
- 開発者エクスペリエンス: 生産性向上とモダンな開発手法のサポート。
- システム管理と運用: 効率化、自動化、そして監視機能の進化。
- ハイブリッドクラウドとエッジ: あらゆる環境での一貫性と柔軟性。
- ハードウェアサポート: 最新世代のハードウェアへの対応。
それでは、RHEL 10 の世界に深く踏み込んでいきましょう。
2. RHEL 10 の全体像とビジョン
RHEL 10 は、「イノベーションの加速と運用の簡素化」という二つの柱を主要なビジョンとして掲げています。現代の IT 環境は、オンプレミスデータセンター、プライベートクラウド、複数のパブリッククラウド、そして増大するエッジデバイスといった、多様なロケーションに分散しています。RHEL 10 は、このような複雑な分散環境全体で、一貫性のある信頼できる運用基盤を提供することを目指します。
2.1. イノベーションの加速
AI/ML、IoT、エッジコンピューティングといった新しいテクノロジーは、ビジネスに競争優位性をもたらす一方で、IT インフラストラクチャに新たな要求を突きつけます。RHEL 10 は、これらのワークロードに最適化されたソフトウェアスタック、ライブラリ、およびツールを提供することで、開発者やデータサイエンティストがより迅速にイノベーションを実現できるよう支援します。最新のハードウェア機能を活用し、高性能なアプリケーションを展開するための基盤が強化されています。
2.2. 運用の簡素化
IT 環境の複雑化は、管理負荷の増大と運用コストの上昇を招きます。RHEL 10 は、自動化、管理ツールの強化、そしてライフサイクル管理の改善を通じて、運用の簡素化を追求します。Web コンソール (Cockpit) の機能拡張、Ansible との連携強化、そしてシステムの健全性監視ツールの統合などが、日々の管理タスクをより効率的にします。また、セキュリティアップデートやパッチ適用プロセスも改善され、システムの安定性を維持しながら、セキュリティリスクを最小限に抑えることが可能になります。
2.3. 長期的なサポートとライフサイクル
RHEL は、その長期にわたる安定したサポート期間(通常10年間、延長サポートを含むとさらに長期)で知られています。RHEL 10 もこのモデルを踏襲し、企業が安心して長期的な IT 戦略を立てられるようにします。マイナーリリースは定期的に提供され、バグ修正、セキュリティアップデート、および特定のハードウェアサポートの追加が行われます。この予測可能なリリースサイクルは、計画的なシステム更新とリスク管理を容易にします。
3. 注目の新機能・変更点の詳細解説
3.1. コア OS とカーネル
RHEL 10 の基盤は、最新かつ安定版の Linux Kernel に基づいています。通常、最新のメジャーリリースカーネル(例: Linux Kernel 6.x シリーズの特定バージョン)が採用され、これによって最新のハードウェアサポート、ファイルシステムの改良、スケジューラの最適化、そしてネットワークスタックの性能向上がもたらされます。
3.1.1. 最新カーネルによる性能向上とハードウェア対応
RHEL 10 に搭載されるカーネルは、前バージョンと比較して以下の点で進化しています。
- パフォーマンス: スケジューラの改良(例: CFS の進化)、メモリ管理の最適化、I/O サブシステムの改善により、全体的なシステム応答性とスループットが向上しています。特に、高い負荷がかかるデータベースサーバーや計算集約型ワークロードでの性能向上が期待されます。
- 新しいハードウェアのサポート: 最新世代の CPU アーキテクチャ(Intel Xeon Scalable Gen X, AMD EPYC Gen Y など)、最新の GPU(NVIDIA Hopper, AMD Instinct など)、高速ネットワークインターフェース(200GbE, 400GbE)、および NVMe ストレージなどの新しいハードウェアにネイティブで対応します。これにより、最新のサーバーやワークステーションの性能を最大限に引き出すことが可能です。
- ファイルシステム: 主要なファイルシステムである XFS と ext4 は、信頼性とパフォーマンスの向上が図られています。特に XFS は、大容量ストレージや並列 I/O 性能の最適化が進んでいます。また、Stratis や LVM (Logical Volume Management) といったストレージ管理技術も更新され、より柔軟で効率的なストレージ構成と管理が可能になります。
- cgroup v2 の進化: cgroup v2 は、より洗練されたリソース制御メカニズムを提供します。RHEL 10 では cgroup v2 のサポートがさらに強化され、コンテナや他のプロセスグループに対する CPU、メモリ、I/O、ネットワーク帯域などのリソース割り当てと隔離をより細かく、かつ効率的に行うことができます。これは、マルチテナント環境や集約度の高いワークロードにとって重要です。
3.1.2. システム起動と管理
systemd は RHEL の主要なサービスマネージャーおよびシステムマネージャーとして、引き続き中心的な役割を担います。RHEL 10 の systemd は、起動時間の短縮、サービスの依存関係管理の改善、そしてシステム状態のレポート機能などが強化されています。
- 起動パフォーマンス: systemd の最適化により、システムの起動プロセスがさらに高速化され、サーバーのダウンタイムを最小限に抑えることに貢献します。
- 時間同期 (chronyd): デフォルトの時間同期デーモンである chronyd は、精度と信頼性が向上しています。ネットワークタイムプロトコル (NTP) を介した正確な時間同期は、分散システムやログ分析において不可欠です。
- 監査 (auditd): システムのアクティビティを記録する auditd サブシステムは、セキュリティ監視とフォレンジック分析のために強化されています。より詳細な監査ログの取得や、特定のイベントに対する応答機能が改善されています。
3.2. セキュリティ
セキュリティは RHEL の最優先事項であり、RHEL 10 では多層防御戦略に基づいた包括的なセキュリティ機能の強化が図られています。増大するサイバー脅威やコンプライアンス要件に対応するため、デフォルト設定の強化、新しいセキュリティ機能の追加、および既存ツールの更新が行われています。
3.2.1. デフォルトセキュリティ設定の強化
- 最小限のサービス: デフォルトで有効になるサービスがさらに精査され、攻撃対象領域を最小限に抑えるための設定が適用されています。
- FirewallD: デフォルトのファイアウォールである FirewallD は、より直感的で強力な設定オプションを提供します。ゾーンベースの管理、サービス定義の改善、および iptables/nftables バックエンドの柔軟な利用が可能です。
- SSH: SSH デーモンのデフォルト設定は、最新のセキュリティベストプラクティスに準拠しています。より強力な暗号スイートの優先順位付けや、古いプロトコルバージョンの無効化などが含まれます。
3.2.2. SELinux のポリシー更新と新機能
SELinux (Security-Enhanced Linux) は、強制アクセス制御 (MAC) を提供する RHEL の中核的なセキュリティメカニズムです。RHEL 10 では、SELinux ポリシーが最新のアプリケーションとサービスに対応するために更新され、より細かい制御が可能になっています。
- ポリシーの粒度向上: 新しいポリシーモジュールや既存ポリシーの改善により、特定のアプリケーションやサービスが必要とする最小限の権限のみを付与することが容易になります。
- トラブルシューティングの改善: SELinux の拒否ログ (AVC) を分析し、ポリシー調整を支援するためのツールが改善されています。これにより、SELinux の導入と運用がよりスムーズになります。
3.2.3. 暗号化ライブラリの更新と機能強化
- OpenSSL 3.x ベース: RHEL 10 は、最新バージョンの OpenSSL (通常は 3.x シリーズ) を採用します。これにより、最新の暗号アルゴリズム、改善されたパフォーマンス、および FIPS (Federal Information Processing Standards) 140-3 への対応強化が提供されます。
- TLS 1.3 のデフォルト化: トランスポート層セキュリティ (TLS) プロトコルの最新バージョンである TLS 1.3 は、より高速かつ安全な通信を提供します。RHEL 10 では、多くのサービスで TLS 1.3 がデフォルトで有効になります。
- システム全体の暗号化ポリシー: 暗号化ポリシー (crypto-policies) フレームワークにより、システム全体の暗号化設定を統一的に管理できます。RHEL 10 では、新しいプロファイルやカスタムポリシーの定義機能が追加され、特定のセキュリティ要件に合わせた柔軟な設定が可能になります。
3.2.4. ID 管理と認証
- Identity Management (IdM): IdM (FreeIPA ベース) は、集中型 ID、認証、承認、およびポリシー管理を提供します。RHEL 10 の IdM は、パフォーマンスの向上、レプリケーションの信頼性向上、および新しい機能(例: 外部 ID ストアとの連携強化、FIDO2 などのモダン認証メカニズムのサポート)が追加されています。
- PAM モジュール: Pluggable Authentication Modules (PAM) は、認証プロセスを柔軟に構成するために使用されます。新しい PAM モジュールや既存モジュールの改善により、多要素認証 (MFA) や条件付きアクセスなどの高度な認証シナリオの実装が容易になります。
3.2.5. 脆弱性管理とサプライチェーンセキュリティ
- OpenSCAP: セキュリティ設定の評価とコンプライアンスチェックを行うための OpenSCAP スイートは更新され、最新のセキュリティ基準 (例: CIS Benchmarks) に対応したプロファイルが提供されます。
- ソフトウェアサプライチェーンの信頼性: RHEL 10 のソフトウェアパッケージは、厳格なビルドプロセスと署名によって提供されます。サプライチェーン攻撃を防ぐための対策が強化されており、信頼できるソースから提供されたソフトウェアのみが実行されるようになります。
- SBOM (Software Bill of Materials): RHEL コンポーネントに関する SBOM の提供が改善され、システムに含まれるソフトウェアコンポーネントとその依存関係をより詳細に把握できるようになります。これは、脆弱性管理やコンプライアンスレポート作成に役立ちます。
3.2.6. 機密コンピューティング (Confidential Computing)
ハードウェアベースのセキュリティ機能である機密コンピューティングへの対応が強化されています。Intel TDX (Trusted Domain Extensions) や AMD SEV (Secure Encrypted Virtualization) といった技術を活用し、仮想マシンやコンテナ内で実行されるデータを、基盤となるインフラストラクチャプロバイダーやオペレーターからも保護することが可能になります。これは、クラウド環境で機密データを扱う場合に特に重要です。
3.3. コンテナとクラウドネイティブ
コンテナ技術は、アプリケーションの開発、デプロイ、および管理のあり方を根本的に変えました。RHEL 10 は、エンタープライズ環境でコンテナを安全かつ効率的に運用するための最先端の機能を提供します。Podman、Buildah、Skopeo といったコンテナツールは最新バージョンに更新され、Kubernetes や OpenShift との連携がさらに強化されています。
3.3.1. 最新のコンテナツール
- Podman: コンテナの実行と管理のためのデーモンレスツールである Podman は、最新バージョン (例: 4.x または 5.x シリーズ) にアップデートされます。Podman は Docker と互換性のあるコマンドラインインターフェースを提供し、ルートレスコンテナ、ポッド(関連するコンテナのグループ)、およびシステムdとの連携など、多くの高度な機能をサポートします。RHEL 10 では、Podman のパフォーマンスと信頼性が向上し、新しい機能(例: より洗練されたネットワーク管理、ストレージオプションの拡張)が追加されています。また、Podman Desktop との連携も改善され、開発者がデスクトップ環境からコンテナを容易に管理できるようになります。
- Buildah: コンテナイメージのビルドに特化したツールである Buildah も更新されます。Buildah は、Dockerfile を使用せずにスクリプトベースでイメージをビルドしたり、ルートレスでイメージをビルドしたりするなど、柔軟なイメージ作成が可能です。RHEL 10 の Buildah は、より高速なビルドプロセス、新しいイメージフォーマットのサポート、およびセキュリティ機能(例: イメージ署名との連携強化)が強化されています。
- Skopeo: コンテナイメージをレジストリ間でコピーしたり、イメージに関する情報を取得したりするためのツールである Skopeo も更新されます。これにより、異なるコンテナレジストリ間でのイメージの移動や、イメージの検査が容易になります。
3.3.2. オーケストレーション連携の強化
RHEL 10 は、Kubernetes や Red Hat OpenShift といったコンテナオーケストレーションプラットフォームの理想的な実行基盤として設計されています。
- OpenShift Container Platform (OCP) への最適化: RHEL は OCP の基盤 OS であり、RHEL 10 は OCP の最新バージョンと緊密に連携するよう最適化されています。OCP クラスターにおけるノードとしての RHEL 10 は、パフォーマンス、安定性、およびセキュリティの面でメリットを提供します。
- CRI-O: Kubernetes のコンテナランタイムインターフェース (CRI) を実装する CRI-O は、RHEL 10 上でコンテナを実行するためのデフォルトかつ推奨されるランタイムです。CRI-O は Kubernetes に特化しており、セキュリティとシンプルさに重点を置いています。RHEL 10 の CRI-O は、最新の Kubernetes バージョンとの互換性が確保されています。
3.3.3. Universal Base Image (UBI) のアップデート
Red Hat Universal Base Image (UBI) は、Red Hat 製品のサブスクリプションなしに、誰でも自由にビルド、デプロイ、共有できるコンテナイメージのベースです。RHEL 10 に対応した新しい UBI イメージが提供され、RHEL 10 のパッケージと互換性のあるアプリケーションコンテナを構築するための信頼できる基盤となります。UBI は、Minimal、Micro、Init などの複数のバリアントで提供され、用途に応じて最適なイメージを選択できます。
3.4. AI/ML および高性能コンピューティング (HPC)
AI/ML やデータサイエンスといった計算集約型ワークロードは、高性能なインフラストラクチャを必要とします。RHEL 10 は、これらのワークロードを効率的に実行するための最適化と機能強化を提供します。
3.4.1. AI/ML 向けソフトウェアスタック
- ライブラリとフレームワーク: TensorFlow、PyTorch、scikit-learn といった主要な AI/ML ライブラリの最新バージョンや、CUDA (NVIDIA GPU 向け) や ROCm (AMD GPU 向け) といったアクセラレーターライブラリが、Application Streams 経由で提供されます。これにより、データサイエンティストや AI エンジニアは、最新のツールとライブラリを RHEL 10 上で容易に利用できます。
- GPU サポートの強化: NVIDIA および AMD GPU に対するサポートが強化され、ドライバのインストールと管理が容易になります。GPU アクセラレーションを必要とする AI/ML 学習や推論ワークロードのパフォーマンスが向上します。
- データ処理ツール: Apache Spark, Dask といった大規模データ処理フレームワークや、Hadoop といった分散ファイルシステムとの連携もサポートされます。
3.4.2. HPC 向け機能
- 高性能ネットワーキング: InfiniBand や Omni-Path といった高性能ネットワーク技術に対するサポートが強化され、ノード間通信のレイテンシとスループットが改善されます。これは、分散並列処理を行う HPC アプリケーションにとって不可欠です。
- 並列ファイルシステム: GPFS (IBM Spectrum Scale) や Lustre といった並列ファイルシステムへの対応が強化され、大規模データセットに対する高速なファイルアクセスが可能になります。
- ワークロードマネージャー: Slurm といった HPC ワークロードマネージャーとの連携がスムーズになり、リソースの効率的な割り当てとジョブスケジューリングが可能になります。
- コンパイラとツールチェーン: GCC, Clang といった最新のコンパイラ、パフォーマンス解析ツール、およびデバッグツールが提供され、HPC アプリケーションの開発と最適化を支援します。
3.5. 開発者エクスペリエンス
RHEL 10 は、開発者がより迅速かつ効率的にアプリケーションを開発、テスト、およびデプロイできるよう、開発環境とツールチェーンを大幅に強化しています。
3.5.1. アプリケーションストリームの最新化
Application Streams は、主要な言語ランタイム、データベース、Web サーバー、および開発ツールを、OS のコアパッケージとは独立して、より頻繁に更新可能にするメカニズムです。RHEL 10 では、以下のアプリケーションストリームが最新バージョンにアップデートされています。
- 言語ランタイム: Python (例: 3.9, 3.10, 3.11), Node.js, Ruby, Perl, PHP, Java (OpenJDK の複数バージョン)
- データベース: PostgreSQL, MySQL, MariaDB
- Web サーバー: Apache HTTP Server, Nginx
- その他: Git, Maven, npm, pip, などの開発ツール
これにより、開発者は最新のテクノロジーを活用しながら、RHEL の安定した基盤上で開発を進めることができます。複数のバージョンのランタイムを同時にインストールし、使い分けることも可能です。
3.5.2. 開発ツールチェーンの更新
GCC (GNU Compiler Collection), Clang/LLVM, GDB (GNU Debugger) といった主要な開発ツールチェーンが最新バージョンに更新されています。これにより、新しい言語機能のサポート、コード生成の最適化、そして高度なデバッグ機能が提供されます。
3.5.3. IDE 連携とデバッグツールの改善
Visual Studio Code や Eclipse といった主要な統合開発環境 (IDE) との連携を容易にするためのツールやプラグインが改善されています。また、システム全体のトレースやプロファイリングを行うための eBPF (extended Berkeley Packet Filter) ベースのツールが統合され、アプリケーションのパフォーマンスボトルネックの特定やデバッグが容易になります。
3.5.4. 開発環境構築の容易化
Containers for Development (Containerfile) や Vagrant といったツールと連携し、開発環境を迅速かつ一貫性のある方法で構築するためのガイドやテンプレートが提供されます。Universal Base Image (UBI) をベースとした開発コンテナイメージを活用することで、本番環境に近い環境での開発とテストが可能になります。
3.6. システム管理と運用
システムの安定性を維持し、運用コストを削減するためには、効率的なシステム管理と自動化が不可欠です。RHEL 10 は、システム管理者向けのツールと機能が大幅に強化されています。
3.6.1. Web コンソール (Cockpit) の機能強化
Cockpit は、Web ブラウザ経由で RHEL サーバーを管理するための直感的で軽量なインターフェースです。RHEL 10 では、Cockpit の機能がさらに拡張され、より多くの管理タスクを実行できるようになりました。
- UI/UX の改善: よりモダンで使いやすいユーザーインターフェースが採用され、ナビゲーションや設定項目へのアクセスが容易になりました。
- 新機能: ストレージ管理(LVM, Stratis の管理)、ネットワーク設定、ファイアウォール設定、SELinux の監視と簡単な調整、コンテナ(Podman)の管理、仮想マシン (KVM) の管理など、より多くのサブシステムを Cockpit から直接管理できます。
- 拡張性: サードパーティのアプリケーションやサービスを Cockpit に統合するための拡張機能開発フレームワークが改善されています。
3.6.2. 自動化ツールとの連携強化
Ansible は、RHEL 環境の自動化におけるデファクトスタンダードです。RHEL 10 は、Ansible との連携がさらに強化され、システムのプロビジョニング、設定管理、アプリケーションのデプロイ、そしてオーケストレーションを自動化するための新しい Ansible モジュールやロールが提供されます。System Roles for RHEL は引き続き提供され、特定の RHEL 機能(例: Storage, Networking, KVM, Ha Cluster)を Ansible で容易に設定できるようになります。
3.6.3. パフォーマンス監視と分析
- BPF (eBPF): extended Berkeley Packet Filter (eBPF) は、カーネル空間で安全かつ効率的にコードを実行できる技術です。RHEL 10 は eBPF のサポートを強化し、パフォーマンス監視、ネットワーキング、セキュリティといった領域で高度な分析ツールを提供します。BPF ベースのツール(例: BCC, bpftrace)を使用して、システムの内部動作を詳細にトレースし、パフォーマンスボトルネックや異常動作を特定することが可能です。
- Perf, SystemTap: カーネルおよびユーザー空間のパフォーマンス分析ツールである perf と SystemTap も更新され、より高度なプロファイリングとトレース機能が提供されます。
- MetricBeat, FileBeat など: Elastic Stack (Elasticsearch, Kibana) と連携するための MetricBeat, FileBeat などのエージェントが利用可能であり、システムログやメトリクスを収集・分析することで、システムの健全性監視や異常検知を行うことができます。
3.6.4. システム更新とパッチ管理
DNF (Dandified Yum) パッケージマネージャーは、RHEL 10 のパッケージ管理の基盤です。DNF は、RPM パッケージのインストール、更新、および削除を効率的に行います。RHEL 10 の DNF は、パフォーマンスの向上、依存関係解決の改善、および新しいコマンドオプションを提供します。また、モジュール性 (Modulemd) によるアプリケーションストリームの管理機能も引き続き利用可能です。システムのセキュリティアップデートやバグフィックスを適用するプロセスが簡素化され、システムのセキュリティ態勢を維持しやすくなります。
3.7. ハイブリッドクラウドとエッジ
現代の IT 環境は、オンプレミス、プライベートクラウド、パブリッククラウド、そしてエッジデバイスといった多様なロケーションに分散しています。RHEL 10 は、これらの環境全体で一貫性のある運用体験と管理性を提供することを目指します。
3.7.1. クラウド対応の最適化
- パブリッククラウドイメージ: AWS, Microsoft Azure, Google Cloud Platform といった主要なパブリッククラウド向けに最適化された RHEL 10 イメージが提供されます。これらのイメージは、各クラウドプロバイダーの特定の機能やサービス(例: メタデータサービス、ストレージサービス)と緊密に連携するように設定されています。
- クラウドアクセス機能: Red Hat Subscription Management との連携が強化され、クラウド環境で実行されている RHEL インスタンスのサブスクリプション管理が容易になります。
- インフラストラクチャアズコード (IaC) との連携: Terraform, CloudFormation, Azure Resource Manager, Google Cloud Deployment Manager といった IaC ツールを使用して、RHEL 10 環境を自動的にプロビジョニングおよび構成するためのリソースプロバイダーが提供されます。
3.7.2. エッジコンピューティング向け機能
エッジデバイスは、場所が分散しており、リソースが限られていることが多いという特徴があります。RHEL 10 は、エッジ環境でのデプロイと管理を容易にするための機能を提供します。
- OSTree ベースのイメージ: OSTree は、ファイルシステムのバージョン管理を Git のように行う技術です。OSTree ベースの RHEL イメージ (例: RHEL for Edge) は、イミュータブルな (変更不可能な) OS イメージを提供し、トランザクション更新 (更新の適用が成功するか完全に失敗するかを保証する) を可能にします。これにより、エッジデバイスの信頼性の高いロールアウトとロールバックが可能になります。
- 軽量化: エッジデバイスのリソース制約に対応するため、より軽量な RHEL バリアントや、特定の役割に最適化されたイメージが提供されます。
- リモート管理: Red Hat Insights や Red Hat Satellite といったツールを活用し、多数のエッジデバイスをリモートから管理、監視、および更新するための機能が強化されています。
- オフライン操作: ネットワーク接続が不安定または存在しないエッジ環境での操作に対応するため、オフラインでのソフトウェア更新や設定変更をサポートする機能が提供されます。
3.7.3. ハイブリッドクラウド管理の一貫性
Red Hat Satellite や Red Hat Insights といった管理ツールは、オンプレミス、プライベートクラウド、パブリッククラウド、そしてエッジといった多様な環境に分散した RHEL インスタンス全体で、一貫性のあるパッチ管理、構成管理、および脆弱性監視を提供します。RHEL 10 は、これらのツールとの連携がさらに強化され、ハイブリッドクラウド環境の全体像を把握し、統合的に管理することが可能になります。
3.8. ハードウェアサポート
RHEL は、幅広いハードウェアアーキテクチャと特定のベンダーハードウェアに対する堅牢なサポートで知られています。RHEL 10 は、最新世代のサーバー、ストレージ、ネットワークハードウェアに対応するためのドライバと最適化が含まれています。
- 主要アーキテクチャ: x86_64 (Intel/AMD), aarch64 (ARM64), s390x (IBM Z), ppc64le (IBM Power) といった主要なハードウェアアーキテクチャに対するサポートが継続されます。
- 最新プロセッサー対応: 最新世代の Intel Xeon Scalable, AMD EPYC, ARM Neoverse プロセッサーの特定の機能や命令セットを活用するための最適化が行われています。
- デバイスドライバ: 最新のネットワークカード、ストレージコントローラー、グラフィックスカード、その他の周辺機器に対する新しいドライバや既存ドライバの更新が含まれています。
- ハードウェアベンダーとの連携: Red Hat は主要なハードウェアベンダーと緊密に連携しており、RHEL 10 がそれぞれのハードウェアプラットフォーム上で最高のパフォーマンスと安定性を発揮できるよう検証と最適化を行っています。
4. 導入・移行に関する考慮事項
RHEL 10 へのアップグレードまたは新規導入を検討する際には、いくつかの重要な考慮事項があります。
4.1. RHEL 9.x からのアップグレードパス
RHEL 10 は RHEL 9.x からのインプレースアップグレードをサポートします。Red Hat が提供する Leapp などのアップグレードツールを使用することで、比較的スムーズなアップグレードプロセスを実現できます。ただし、アップグレード前にシステムのスナップショットを取得し、十分にテスト環境での検証を行うことが不可欠です。
- Leapp: Leapp は、OS のバージョンアップグレードを自動化するツールです。現在のシステムを分析し、潜在的な互換性の問題や必要な準備作業をレポートします。そして、実際のアップグレードプロセスを実行します。RHEL 10 へのアップグレード向けに Leapp が更新され、サポートされるシナリオが拡張されています。
- 互換性: RHEL 10 では、特定のソフトウェアパッケージのバージョンが更新されたり、非推奨となった機能が削除されたりする場合があります。カスタムアプリケーションやサードパーティ製ソフトウェアが RHEL 10 と互換性があるか、事前に確認することが重要です。
4.2. 新規導入
新規システムに RHEL 10 を導入する場合、インストールプロセスは RHEL 9.x と同様に Anaconda インストーラーを使用して行われます。インストールオプション、パーティション設定、ネットワーク設定などを要件に合わせて構成できます。Kickstart ファイルを使用して、インストールの自動化を行うことも可能です。
4.3. テストと検証の重要性
新しいメジャーバージョンの OS を本番環境に導入する前には、必ず十分なテストと検証を行う必要があります。これには、以下の項目が含まれます。
- アプリケーションの互換性テスト: 基幹業務アプリケーション、カスタム開発されたアプリケーション、およびサードパーティ製ソフトウェアが RHEL 10 上で期待通りに動作するか確認します。
- ハードウェアの互換性テスト: 使用しているサーバー、ストレージ、ネットワークハードウェアが RHEL 10 で完全にサポートされているか確認します。
- パフォーマンスベンチマーク: 重要なワークロードを実行し、RHEL 9.x と比較してパフォーマンスが低下していないか確認します。
- 運用プロセスの検証: バックアップ、監視、セキュリティパッチ適用、および障害回復といった運用プロセスが RHEL 10 で正常に機能するか確認します。
4.4. ドキュメントとサポート
RHEL 10 に関する公式ドキュメント(インストールガイド、システム管理ガイド、リリースノートなど)は、Red Hat Customer Portal で提供されます。また、Red Hat サブスクリプションには、技術サポートやナレッジベースへのアクセスが含まれており、導入や運用における問題解決に役立ちます。
5. エコシステムとコミュニティ
RHEL の強みの一つは、その広範なエコシステムと活発なコミュニティです。RHEL 10 は、このエコシステムとコミュニティとの連携をさらに強化します。
5.1. ISV およびハードウェアベンダーとの連携
Red Hat は、Independent Software Vendor (ISV) およびハードウェアベンダーと緊密に協力し、彼らの製品が RHEL 10 上で完全にサポートされ、認定されるように努めています。これにより、顧客は RHEL 10 上で安心して様々なエンタープライズアプリケーションやハードウェアを利用できます。互換性リストや認定情報は、Red Hat Customer Portal で確認できます。
5.2. Fedora および CentOS Stream との関係
RHEL は、Fedora および CentOS Stream と密接に関連しています。
- Fedora: Fedora は、Red Hat がスポンサーとなっているコミュニティ主導のプロジェクトであり、Linux の最先端技術を試す場です。RHEL の将来の機能の多くは、まず Fedora で開発され、成熟した後に CentOS Stream を経由して RHEL に取り込まれます。
- CentOS Stream: CentOS Stream は、RHEL の次のマイナーバージョン開発において、「アップストリーム」(開発の主軸)としての役割を果たします。RHEL 10 は、CentOS Stream 9 (そして将来的に CentOS Stream 10) の成果に基づいています。これにより、パートナー、ISV、開発者は、RHEL の将来のバージョンにどのような変更が加えられるかを、RHEL がリリースされる前に確認し、フィードバックを提供することができます。
これらのプロジェクトは、RHEL の開発サイクルにおいて重要な役割を果たしており、RHEL 10 の安定性と革新性を支えています。
6. まとめと今後の展望
Red Hat Enterprise Linux 10 の正式リリースは、エンタープライズ IT の進化における重要な節目です。この新しいバージョンは、現代のビジネスが直面する課題、特にハイブリッドクラウド環境の管理、AI/ML ワークロードのサポート、そして増大するサイバー脅威への対応に対して、強力なソリューションを提供します。
RHEL 10 の注目の新機能である、最新カーネルによるパフォーマンスとハードウェア対応の強化、OpenSSL 3.x や SELinux の進化によるセキュリティの向上、Podman を中心としたコンテナ管理の進化、AI/ML 向けライブラリの統合、開発者ツールチェーンの最新化、Cockpit や Ansible との連携によるシステム管理の効率化、そしてハイブリッドクラウドとエッジでの一貫した運用性など、多岐にわたる改善は、企業がより俊敏でセキュアな IT 環境を構築することを支援します。
RHEL 10 は、その長期サポートモデルにより、企業が安心して基幹システムを構築・運用できる信頼性の高い基盤を提供し続けます。今後提供されるマイナーリリースでは、新しいハードウェアのサポート追加、セキュリティアップデート、バグ修正などが継続的に行われ、RHEL 10 プラットフォームの価値は長期にわたって維持されます。
デジタル変革を推進し、競争力を維持するためには、最新かつ最も信頼性の高い IT インフラストラクチャが不可欠です。RHEL 10 は、そのための強固な基盤を提供します。システム管理者、開発者、およびビジネスリーダーは、この新しいバージョンがもたらす機会を最大限に活用し、組織の成功に繋げるべきです。
この記事が、RHEL 10 の主要な機能と変更点に対する深い理解を提供し、その導入や活用に向けた検討の一助となれば幸いです。Red Hat Enterprise Linux 10 は、未来のエンタープライズ IT を支える準備ができています。