DBA必見!Oracle RACのメリット・デメリットと基本構成を解説

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DBA必見!Oracle RACのメリット・デメリットと基本構成を徹底解説

はじめに

現代のビジネス環境において、データは「新たな石油」とも呼ばれ、その価値は計り知れません。企業活動を支える基幹システムから、顧客との接点となるWebサービスまで、あらゆるアプリケーションの心臓部にはデータベースが存在します。特に、一瞬のサービス停止が莫大な損失に繋がるミッションクリティカルなシステムでは、データベースに究極の可用性と、ビジネスの成長に合わせて柔軟に拡張できるスケーラビリティが求められます。

この厳しい要求に応えるための有力なソリューションが、オラクル社が提供するOracle Real Application Clusters (RAC) です。Oracle RACは、複数のサーバーを連携させて単一のデータベースとして稼働させることで、単一障害点(SPOF: Single Point of Failure)を排除し、システム全体の信頼性と性能を飛躍的に向上させる技術です。

しかし、その強力な機能と引き換えに、アーキテクチャは複雑化し、導入・運用コストも高額になります。RACは「銀の弾丸」ではなく、その特性を正しく理解し、システムの要件と照らし合わせて慎重に採用を検討すべきテクノロジーです。

この記事では、データベース管理者(DBA)やインフラエンジニア、アーキテクトの方々を対象に、Oracle RACの深淵に迫ります。基本的な概念から、その心臓部であるアーキテクチャ、導入によるメリットとデメリット、そしてDBAとして知っておくべき運用上の注意点まで、網羅的かつ詳細に解説します。本記事が、皆様のOracle RACに対する理解を深め、適切な技術選定と安定運用の実現の一助となれば幸いです。

第1章: Oracle RACとは何か? – 基本概念の理解

まず、Oracle RACがどのような技術なのか、その基本概念から見ていきましょう。

1.1. Oracle RACの定義

Oracle Real Application Clusters (RAC) とは、一言で言えば「複数のコンピュータ(サーバー、ノードと呼ばれる)上で、単一のOracle Databaseを共有し、同時に実行するための技術」です。これは、データベースクラスタリング技術の一形態であり、特に「シェアードエブリシング(Shared-Everything)」アーキテクチャを採用している点が最大の特徴です。

シェアードエブリシングとは、クラスタを構成する全てのノードが、全てのデータベースファイル(データファイル、制御ファイル、REDOログファイルなど)が格納された共有ストレージに、直接アクセスできる構成を指します。各ノードは自身のメモリ(SGA)とCPUを持って独立したデータベースインスタンスを稼働させますが、それらのインスタンス群が協調して、あたかも一つの巨大なデータベースであるかのように振る舞います。

このアーキテクチャにより、あるノードに障害が発生しても、他の正常なノードが処理を引き継ぐことでサービスを継続でき(高可用性)、処理要求が増えた際にはノードを追加することでシステム全体の性能を向上させること(スケーラビリティ)が可能になります。

1.2. Oracle RACの歴史と進化

Oracle RACは、突然登場した技術ではありません。その前身にはOracle Parallel Server (OPS) という製品がありました。OPSも複数インスタンスで単一データベースを共有するコンセプトは同じでしたが、データブロックの整合性を保つためのロック管理がディスクベースで行われており、パフォーマンス上の大きな課題(ディスクI/Oの競合)を抱えていました。

この課題を抜本的に解決したのが、Oracle9iで登場したOracle RACです。RACではキャッシュフュージョン(Cache Fusion) という画期的な技術が導入されました。これは、ノード間のデータブロックの転送を、ディスクを介さず高速なプライベートネットワーク(インターコネクト)上で行う仕組みです。これにより、ディスクI/Oが劇的に削減され、OPSの性能ボトルネックは解消されました。

以降もRACは進化を続けています。
* Oracle 10g: RACの基盤となるクラスタウェアとストレージ管理機能がGrid Infrastructureとして統合され、構築・管理が簡素化されました。
* Oracle 11g R2: クライアントからの接続管理を劇的にシンプルにするSCAN (Single Client Access Name) が導入され、利便性が大きく向上しました。
* Oracle 12c以降: マルチテナントアーキテクチャとの連携強化や、より高度なポリシーベースの管理機能などが追加され、クラウド時代に対応した進化を遂げています。

1.3. RACとシングルインスタンス構成の違い

RACの特性をより深く理解するために、従来のシングルインスタンス構成と比較してみましょう。

【シングルインスタンス構成】

  • 1台のサーバー上に、1つのOracleインスタンス(メモリ領域とプロセス群)が稼働し、1つのデータベース(物理ファイル群)を操作します。
  • 構成がシンプルで理解しやすく、管理も比較的容易です。
  • 弱点: サーバー、OS、Oracleインスタンスのいずれかに障害が発生すると、データベース全体が停止してしまいます。これが単一障害点(SPOF)です。また、性能向上のためにはサーバー自体のCPUやメモリを増強する「スケールアップ」しか選択肢がありません。

【Oracle RAC構成】

  • 複数台のサーバー(ノード)上に、それぞれOracleインスタンスが稼働します。
  • 全てのインスタンスが、共有ストレージ上にある同一のデータベースを共有します。
  • 強み: 1つのノードに障害が発生しても、他のノードでサービスは継続されます。SPOFが排除され、高い可用性を実現します。性能向上のためには、サーバーを追加する「スケールアウト」が可能で、柔軟な拡張性を持ちます。

このように、RACはシングルインスタンス構成の弱点を克服し、ミッションクリティカルな要件に応えるために設計されたアーキテクチャなのです。

第2章: Oracle RACのアーキテクチャ – 構成要素を徹底解剖

Oracle RACは多くのコンポーネントが複雑に連携して動作しています。ここでは、その主要な構成要素を一つひとつ解剖していきます。

2.1. 基本構成図

まずは全体像を把握するために、典型的なOracle RAC環境の構成図を見てみましょう。

この図には、RACを理解する上で欠かせない要素が含まれています。
* サーバーノード (Node): クラスタを構成する個々のサーバー。
* パブリックネットワーク: クライアントアプリケーションがデータベースに接続するための通常のネットワーク。
* プライベートネットワーク (インターコネクト): ノード間通信専用の高速なネットワーク。
* 共有ストレージ: 全てのノードからアクセス可能なストレージ装置。
* ソフトウェア: Oracle Grid InfrastructureとOracle Databaseソフトウェア。

では、これらの要素と、図中に登場するVIP、SCANといった用語について詳しく見ていきましょう。

2.2. 主要なコンポーネント解説

1. Oracle Grid Infrastructure
RAC環境の土台となる最も重要なソフトウェア群です。これには「Oracle Clusterware」と「Oracle ASM」が含まれます。Grid Infrastructureは、データベースソフトウェアとは別に、専用のOracleホームにインストールされます。

  • Oracle Clusterware:
    RAC環境における「交通整理役」であり「監視員」です。クラスタ全体の健全性を維持する役割を担います。

    • 役割:
      • ノードの監視(ハートビート通信による死活監視)。
      • ノードの参加・離脱の管理。
      • データベースインスタンス、リスナー、VIP、SCANといったクラスタリソースの起動・停止・監視。
      • リソースに障害が発生した際の自動的な再起動や、別ノードへの引き継ぎ(フェイルオーバー)。
    • 主要プロセス:
      • CSSD (Cluster Synchronization Services Daemon): クラスタの整合性を管理する最重要プロセス。ノード間のハートビート通信やロック管理を行います。
      • CRSD (Cluster Ready Services Daemon): リソース(DBインスタンスなど)の管理(起動・停止・監視・フェイルオーバー)を行います。
      • OHASD (Oracle High Availability Services Daemon): 各ノードで最初に起動するプロセス。CRSDやCSSDなど、他のClusterwareデーモンを起動する役割を持ちます。
  • Oracle ASM (Automatic Storage Management):
    RAC環境向けに最適化された、オラクル社純正のボリュームマネージャ兼ファイルシステムです。

    • 役割:
      • 複数の物理ディスクを「ディスクグループ」という単位にまとめ、データベースに単一のストレージ領域として提供します。
      • ストライピング: データを複数のディスクに分散配置し、I/O性能を向上させます。
      • ミラーリング: データを複数のディスクに二重・三重に書き込み、ディスク障害に対する可用性を高めます。
      • DBAは物理ディスクの配置を意識することなく、ディスクグループを管理するだけでよいため、ストレージ管理が大幅に簡素化されます。RAC環境ではASMの使用が強く推奨されています。

2. 共有ストレージ (Shared Storage)
クラスタを構成する全てのノードから物理的にアクセス可能なストレージ装置です。ここには、データベースを構成する全ての物理ファイル(データファイル、制御ファイル、REDOログファイル、サーバーパラメータファイルなど)が格納されます。一般的には、ファイバーチャネル(FC)で接続されたSAN (Storage Area Network) や、高速なイーサネットで接続されたNAS (Network Attached Storage) が利用されます。この共有ストレージの性能と信頼性が、RACシステム全体の性能と信頼性に直結します。

3. インターコネクト (Interconnect)
ノード間通信専用に設けられた、高速かつ低遅延なプライベートネットワークです。このネットワークは、RACの性能の鍵を握る「キャッシュフュージョン」で、データブロックをノード間で転送するために使用されます。また、Clusterwareがノードの死活監視を行うためのハートビート通信にも利用されます。
一般的には、10Gbps以上のイーサネットを冗長構成(ボンディング)で利用することが推奨されます。インターコネクトがボトルネックになると、RAC全体のパフォーマンスが著しく低下するため、設計には細心の注意が必要です。

4. Oracle RACデータベースインスタンス
各ノードで稼働するOracleインスタンスです。シングルインスタンスと同様に、SGA(System Global Area)というメモリ領域と、バックグラウンドプロセスの集合体で構成されます。ただし、RACのインスタンスには、キャッシュフュージョンを実現するためのLMS (Global Cache Service Process) や、グローバルなリソースを管理するLMON (Global Enqueue Service Monitor) といった、RAC固有のバックグラウンドプロセスが追加で存在します。

5. 仮想IP (Virtual IP / VIP)
各ノードのパブリックNICに割り当てられる、物理IPアドレスとは別の仮想的なIPアドレスです。
* 目的: ノード障害時の迅速な接続切り替えを実現します。
* 動作: 通常時、クライアントはVIPを指定してノードに接続します。もし、あるノードで障害が発生すると、ClusterwareはそのノードのVIPを、他の正常なノードのNICに瞬時に移動させます(フェイルオーバー)。これにより、クライアントからのTCP/IPパケットは宛先不明にならず、接続が失敗したことを迅速に検知できます。VIPがない場合、TCPタイムアウト(数分かかることもある)を待つ必要があり、アプリケーションの応答が長時間停止してしまいます。

6. SCAN (Single Client Access Name)
Oracle 11g R2から導入された、RAC環境への接続を司る非常に重要な機能です。
* 目的: クライアントの接続設定を簡素化し、ノードの追加・削除に対して透過的にすること。
* 動作:
1. SCANは、クラスタ全体を表す単一のホスト名です(例: prod-cluster-scan)。
2. このSCAN名は、DNSラウンドロビンによって、クラスタに割り当てられた複数の「SCAN IPアドレス」(通常3つ)のいずれかに解決されます。
3. SCAN IPアドレスに紐づく「SCANリスナー」は、Clusterwareによってクラスタ内のいずれかのノードで稼働しています。
4. クライアントがSCAN名で接続を要求すると、SCANリスナーがその要求を受け付けます。
5. SCANリスナーは、クラスタ内の各ノードの負荷が最も低いノードを判断し、そのノードで稼働している「ローカルリスナー」の情報をクライアントに返します。
6. クライアントは、受け取ったローカルリスナーの情報を使って、最終的にデータベースインスタンスに接続します。

SCANにより、クライアントはクラスタを構成する個々のノード名やIPアドレスを知る必要がなくなります。将来的にノードを追加・削除しても、クライアント側の接続設定(tnsnames.oraなど)を変更する必要は一切ありません。これは、運用管理上、非常に大きなメリットです。

第3章: Oracle RACの核心技術 – なぜ高い性能と可用性を実現できるのか?

RACがなぜ高いパフォーマンスと可用性を両立できるのか。その秘密は、キャッシュフュージョンと、可用性を支える様々な仕組みにあります。

3.1. キャッシュフュージョン (Cache Fusion)

キャッシュフュージョンは、Oracle RACのパフォーマンスを支える最も重要な技術です。これを理解することが、RACを理解する鍵となります。

  • 背景:
    RACでは、複数のインスタンスが同じデータブロックを読み書きする可能性があります。例えば、ノード1のインスタンスAが更新したデータブロックを、ノード2のインスタンスBが読み込みたい場合、どうすればデータの整合性を保ちつつ、高速にアクセスできるでしょうか。
  • キャッシュフュージョンの仕組み:
    この問いに対するRACの答えがキャッシュフュージョンです。これは、「インスタンス間でデータブロックを転送する際、遅いディスクI/Oを介さず、高速なインターコネクトを直接使ってメモリ(バッファキャッシュ)間でやり取りする」 という仕組みです。

動作シーケンスの例:
1. ノード2のユーザープロセスが、あるデータブロックを要求します。
2. ノード2のインスタンスは、まず自身のバッファキャッシュにそのブロックがあるか探します。見つかりません。
3. 次に、ノード2はクラスタ全体のリソース管理情報(どのブロックをどのインスタンスが保持しているか)を参照し、要求したブロックがノード1のバッファキャッシュに存在することを知ります。
4. ノード2は、インターコネクト経由でノード1にブロックの転送を要求します。
5. 要求を受けたノード1のLMSプロセスは、自身のバッファキャッシュから該当ブロックのコピーを作成し、インターコネクト経由でノード2に送信します。
6. ノード2はブロックを受信し、自身のバッファキャッシュに格納してユーザープロセスに返します。

この間、ディスクへのアクセスは一切発生していません。もしキャッシュフュージョンがなければ、ノード1は更新内容をディスクに書き込み、ノード2がそれをディスクから読み込むという、非常に遅い処理が必要になります。キャッシュフュージョンは、複数インスタンス環境でのデータアクセスのオーバーヘッドを最小化し、あたかも単一の巨大なキャッシュが存在するかのようなパフォーマンスを実現するのです。

3.2. 高可用性を支える仕組み

RACは、単にノード障害時に稼働し続けるだけでなく、アプリケーションへの影響を最小限に抑えるための高度な仕組みを備えています。

  • TAF (Transparent Application Failover):
    TAFは、接続先のインスタンスやノードに障害が発生した際に、アプリケーションに対して透過的に、別の正常なノードへ接続を再確立する機能です。

    • SELECT文の場合: 障害発生後、新しい接続でSELECT文が自動的に再実行されます。カーソルは障害発生前の位置まで復元されるため、アプリケーションはフェッチを継続できます。
    • DML文の場合: 進行中のトランザクションはロールバックされますが、接続自体はフェイルオーバーされます。アプリケーションはエラーを受け取った後、トランザクションを再実行する必要があります。
    • TAFを利用するには、クライアント側の接続記述子(tnsnames.ora)で FAILOVER_MODE などの設定が必要です。
  • FAN (Fast Application Notification):
    FANは、Clusterwareが検知したクラスタのイベント(ノードダウン、サービス停止/起動など)を、迅速にアプリケーション(接続プールなど)に通知する仕組みです。

    • メリット: 通知を受け取ったアプリケーションは、障害が発生したノードへの無効な接続を即座に破棄し、待機することなく新しい接続を正常なノードに確立しにいくことができます。これにより、障害発生時のアプリケーションの待ち時間が大幅に短縮されます。JDBC Universal Connection Pool (UCP) や ODP.NET など、主要なOracleクライアントドライバはFANに対応しています。
  • サービスの概念:
    サービスは、データベースのワークロードを論理的にグループ化し、管理するための非常に強力な機能です。

    • 定義: 例えば、「OLTP処理用サービス (oltp_svc)」や「バッチ処理用サービス (batch_svc)」といった名前でサービスを作成できます。
    • 割り当て: 作成したサービスを、どのインスタンスで稼働させるかを定義します。例えば、oltp_svc はノード1とノード2(優先インスタンス)、batch_svc はノード3(優先インスタンス)で稼働させるといった構成が可能です。
    • フェイルオーバー: batch_svc が稼働しているノード3で障害が発生した場合、batch_svc を自動的に別のノード(例えばノード4)で起動するように設定できます。
    • クライアントは、個々のインスタンス名ではなく、この「サービス名」を指定して接続します。これにより、DBAはバックエンドの物理構成を意識させることなく、ワークロードの配置を柔軟にコントロールできます。

これらの技術が連携することで、Oracle RACは単なるフェイルオーバークラスタを超えた、真の高可用性プラットフォームとなるのです。

第4章: Oracle RACのメリット – 導入で得られる価値

ここまでの解説を踏まえ、Oracle RACを導入することで得られる具体的なメリットを整理します。

4.1. 高可用性 (High Availability)

これがRACを導入する最大の理由です。
* 計画外停止への耐性: サーバーのハードウェア障害、OSクラッシュ、インスタンス障害といった予期せぬトラブルが発生しても、他のノードが処理を引き継ぐため、データベースサービスは停止しません。ビジネスの継続性を確保し、ダウンタイムによる機会損失や信用の低下を防ぎます。
* 計画停止時間の短縮: OSのパッチ適用やデータベースのマイナーバージョンアップなどを、ノードを1台ずつ順番に行う「ローリング方式」で実施できます。これにより、システム全体を停止させることなくメンテナンスが可能となり、サービス提供時間を最大化できます。

4.2. スケーラビリティ (Scalability)

ビジネスの成長に追随できる拡張性は、大きな魅力です。
* スケールアウト: アプリケーションのユーザー数増加やデータ量増大により性能が不足してきた場合、サーバー(ノード)をクラスタに追加する「スケールアウト」によって、処理能力をリニアに近い形で向上させることができます。高価なハイエンドサーバーに買い替える「スケールアップ」に比べ、より低コストで柔軟な拡張が可能です。これは、特に性能要件の予測が難しいシステムにおいて大きなアドバンテージとなります。

4.3. 負荷分散 (Load Balancing)

複数のノードのリソースを効率的に活用します。
* 接続時負荷分散: SCANリスナーが、接続要求をクラスタ内で負荷の低い、あるいはアクティブなインスタンスにインテリジェントに振り分けます。
* 実行時負荷分散: サービスと連携し、特定のワークロードを特定のインスタンス群に分散させることができます。
これにより、システムリソースが遊休状態になることを防ぎ、投資対効果を最大化します。

4.4. 管理の柔軟性

サービスの概念を活用することで、柔軟なリソース管理が実現します。
* ワークロード管理: OLTP処理、バッチ処理、レポート作成処理など、特性の異なるワークロードを別々のサービスに割り当て、それぞれを異なるノード群で実行させることができます。これにより、重いバッチ処理がオンラインのレスポンスに影響を与えるといった事態を防げます。
* 統合基盤: 複数のデータベースをRAC基盤上に集約することで、ハードウェアリソースの有効活用と管理コストの削減が期待できます。

第5章: Oracle RACのデメリットと考慮事項 – 導入前に知るべき現実

これほど強力なRACですが、もちろん良いことばかりではありません。導入を検討する際には、以下のデメリットとトレードオフを十分に理解しておく必要があります。

5.1. コスト

RACの導入・運用には多大なコストがかかります。
* ライセンス費用: Oracle Database Enterprise Editionに加えて、高価な「Oracle Real Application Clusters」オプションライセンスが、クラスタを構成する全ノードのCPU数分必要になります。
* ハードウェア費用: 複数台のサーバー、高速なインターコネクト用ネットワーク機器(スイッチ、NIC)、そして全ノードから共有アクセス可能な高性能な共有ストレージ(SAN/NAS)など、初期投資が非常に大きくなります。
* 構築・運用コスト: 複雑なアーキテクチャのため、構築や維持管理には高度なスキルを持つエンジニアが必要です。その人件費や教育コストも無視できません。

5.2. 複雑性

RACはシングルインスタンス構成とは比較にならないほど複雑です。
* アーキテクチャの複雑さ: Clusterware、ASM、インターコネクト、共有ストレージ、SCAN、VIPなど、管理すべきコンポーネントが多岐にわたります。これらの連携を完全に理解するのは容易ではありません。
* トラブルシューティングの難易度: パフォーマンスの劣化や障害が発生した際、原因の切り分けが非常に難しくなります。問題がデータベースにあるのか、Clusterwareにあるのか、はたまたネットワーク(インターコネクト)や共有ストレージにあるのかを特定するには、広範な知識と経験が求められます。関連するログファイルも膨大になります。

5.3. パフォーマンス問題の潜在リスク

設計や実装を誤ると、RACは期待された性能を発揮しないばかりか、逆にシングルインスタンスよりもパフォーマンスが低下する危険性があります。
* インターコネクトのボトルネック: キャッシュフュージョンはインターコネクトの性能に完全に依存します。帯域が不足したり、遅延が大きかったりすると、ノード間のブロック転送がシステム全体の足かせとなります。
* 不適切なアプリケーション設計: RAC環境を意識せずに設計されたアプリケーションは、深刻なパフォーマンス問題を引き起こすことがあります。
* 例1: ホットブロック: 特定のデータブロックに更新が集中するような処理(採番テーブルなど)は、インスタンス間でそのブロックの所有権を奪い合う「ブロックコンテンション」を発生させ、性能を著しく低下させます。
* 例2: 過度なシーケンス利用: シーケンスのキャッシュサイズが小さいと、シーケンス番号を取得するたびにインスタンス間の同期が発生し、ボトルネックになります。
RACは「魔法の杖」ではありません。アプリケーション側もRACの特性を理解し、並列処理に適した設計にすることが極めて重要です。

第6章: Oracle RACのユースケース – どのようなシステムに適しているか?

メリットとデメリットを踏まえ、Oracle RACはどのようなシステムでその真価を発揮するのでしょうか。

6.1. 適したシステム

RACは、コストや複雑性というデメリットを上回るメリット(高可用性・高スケーラビリティ)が求められるシステムに適しています。

  • ミッションクリティカルなOLTPシステム:
    • 例: 銀行の勘定系システム、証券取引システム、航空会社の座席予約システム、大手ECサイトの決済システムなど。
    • 理由: 24時間365日の連続稼働が絶対条件であり、数分間のサービス停止でも社会的な影響や金銭的な損失が甚大になるシステム。
  • 大規模データウェアハウス (DWH) / BIシステム:
    • 例: 通信キャリアの顧客利用分析、製造業の生産実績分析など。
    • 理由: 大量のデータをロードし、複雑なクエリを並列実行することで分析時間を短縮したい場合。ノードを追加することで処理能力をスケールアウトできる利点が活きます。
  • SaaS/PaaSなどのクラウドサービス基盤:
    • 例: 多くの企業にサービスを提供するマルチテナント型の業務アプリケーション基盤。
    • 理由: 多くのテナント(顧客)を単一のデータベース基盤に収容し、SLA(Service Level Agreement)で高い可用性を保証する必要がある場合。顧客数の増加に合わせて柔軟にスケールアウトできる能力も必須です。

6.2. 不適切なシステム(オーバースペックとなるケース)

一方で、以下のようなシステムにRACを導入するのは、過剰投資(オーバースペック)となる可能性が高いでしょう。

  • 小規模な部門システムや開発環境。
  • 夜間バッチ処理などで数時間のダウンタイムが許容されるシステム。
  • 性能要件が低く、将来的な拡張の可能性も低いシステム。
  • 予算や運用体制が限られているプロジェクト。

このようなケースでは、よりコスト効率の良い代替案を検討すべきです。例えば、可用性要件に対しては、災害対策も兼ねるOracle Data Guard(プライマリDBの物理コピーを遠隔地に作成する技術)や、Standard Edition 2で利用可能なOracle Standard Edition High Availability (SEHA)(2ノード限定の簡易的なクラスタ機能)などが選択肢となります。

第7章: DBAのためのRAC運用ポイントと注意点

最後に、DBAがRAC環境を運用する上で特に注意すべき実践的なポイントを解説します。

7.1. 監視の重要性

RAC環境の安定運用は、プロアクティブな監視から始まります。シングルインスタンスの監視項目に加えて、RAC固有のコンポーネントを注意深く監視する必要があります。

  • Clusterwareの状態:
    • crsctl status resource -t コマンドで、全リソース(DBインスタンス, リスナー, VIP, SCAN, ディスクなど)が正常にONLINE状態であるかを定期的に確認します。
    • crsctl query css votedisk で投票ディスク(Voting Disk)の状態を、asmcmd lsdg でASMディスクグループの状態を確認します。
  • インターコネクト:
    • OSのコマンド(netstat -i, ifconfigなど)でインターコネト用NICのエラーカウントやドロップカウントが増加していないか監視します。
    • AWRレポートの「Global Cache and Enqueue Services – Workload Characteristics」セクションで、インターコネクト経由のブロック転送量や平均遅延を確認します。遅延の増大は性能劣化の兆候です。
  • ログファイル:
    • データベースのAlertログだけでなく、Grid InfrastructureのAlertログ ($GRID_HOME/log/<hostname>/alert<hostname>.log) も必ず確認します。Clusterware関連の重要なメッセージが出力されます。
    • CSSD, CRSD, OHASDなどの各デーモンのログも、トラブルシューティングの際には重要な情報源となります。

7.2. パッチ適用

ローリングパッチ適用はRACの大きなメリットですが、手順を誤ると大きなトラブルに繋がります。

  • 手順の遵守: Oracleが提供するREADMEの指示に厳密に従います。通常はopatchautoユーティリティを使用することで、Grid InfrastructureとDatabaseホームへのパッチ適用が自動化されます。
  • 事前検証: 本番環境への適用前に、必ず同じ構成の検証環境でリハーサルを行い、手順の確認と影響評価を実施します。
  • 状態確認: 各ノードでパッチを適用する前後には、crsctlコマンドでクラスタの状態が正常であることを都度確認します。

7.3. バックアップ・リカバリ

バックアップの基本戦略はシングルインスタンスと同様にRMANを使用しますが、RAC特有の考慮点があります。

  • アーカイブREDOログ: 全てのインスタンスがそれぞれアーカイブREDOログを生成します。バックアップ時には、全ノードで生成された全てのアーカイブログがバックアップ対象に含まれていることを確認する必要があります。共有ストレージ(ASMや共有ファイルシステム)上にアーカイブログを出力するように構成するのが一般的です。
  • チャネルの割り当て: RMANでバックアップを実行する際、チャネルを特定のインスタンスに割り当てることで、バックアップ負荷を分散させることができます。

7.4. パフォーマンスチューニング

RACのチューニングは、シングルインスタンスのチューニングに加えて、インスタンス間の競合をいかに減らすかが鍵となります。

  • 待機イベントに注目: AWRレポートやASHレポートで、以下の待機イベントが上位に現れていないかを確認します。
    • gc cr block 2-way/3-way, gc current block 2-way/3-way: これらはキャッシュフュージョンによるブロック転送待機を示します。頻発している場合、インスタンス間で同一ブロックへのアクセスが競合していることを意味します。
    • gc buffer busy acquire/release: ブロックの確保・解放処理での競合を示します。
  • 原因の特定と対策:
    • これらの待機イベントを引き起こしているSQLを特定します。
    • SQLチューニング: 不必要なフルスキャンを避け、インデックスアクセスに改善することで、アクセスするブロックの総数を減らし、競合の可能性を下げます。
    • アプリケーションロジックの見直し: 特定のレコードに更新が集中するホットスポットをなくす(例: 採番処理をDBのシーケンスからアプリケーション側の採番に変更する、リバースキーインデックスを利用する等)。
    • パーティショニング: 巨大なテーブルをパーティショニングし、各インスタンスが異なるパーティションにアクセスするようにワークロードを振り分ける(サービスとの組み合わせ)ことで、物理的な競合を回避します。

RACのパフォーマンスチューニングは、単にDBのパラメータを調整するだけでなく、アプリケーションの設計にまで踏み込む必要があることを覚えておいてください。

まとめ

本記事では、Oracle Real Application Clusters (RAC) について、その基本概念からアーキテクチャ、メリット・デメリット、そしてDBAのための運用ポイントまでを詳細に解説してきました。

Oracle RACは、他に類を見ないレベルの「高可用性」と「スケーラビリティ」をデータベースにもたらす、極めて強力なテクノロジーです。 計画停止・計画外停止の両方に対応し、ビジネスの成長に合わせて柔軟に性能を拡張できる能力は、今日のミッションクリティカルなシステムにおいて不可欠な価値を提供します。

しかしその一方で、高額な「コスト」と、運用管理の「複雑性」という大きなトレードオフが存在します。 RACは万能薬ではなく、その導入は、システムの可用性要件、拡張性の見込み、予算、そして何よりもそれを支えるDBAやインフラエンジニアの技術力といった要素を総合的に評価した上で、慎重に決定されるべきです。

DBAにとって、RACは挑戦しがいのある、しかし責任の重い技術領域です。そのアーキテクチャの深淵を理解し、潜在的なリスクを予見し、プロアクティブに対処する。その先にこそ、Oracle RACの真価を最大限に引き出し、ビジネスの根幹を支えるというDBAの使命を全うする道が拓けています。この記事が、その道を歩む皆様の確かな一歩となることを願っています。

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