動画編集者必見!Dialogue Boostでノイズを除去し音質を向上させるテクニック


動画編集者必見!Dialogue Boostでノイズを除去し音質を向上させるテクニック

はじめに:なぜ「音」は動画の生命線なのか?

美しい映像、巧みなカット割り、感動的なストーリー。これらは素晴らしい動画を構成する重要な要素です。しかし、もしその動画の「音」が悪かったらどうでしょう?セリフがノイズに埋もれて聞き取れない、話者の声が小さすぎて何を言っているか分からない、環境音がうるさすぎて内容に集中できない…そんな経験をしたことはないでしょうか。

視聴者は、想像以上に「音」に敏感です。音声品質の低い動画は、視聴者にストレスを与え、内容がどれだけ優れていても離脱の原因となります。逆に、クリアで聞き取りやすい音声は、視聴者の没入感を高め、メッセージを的確に伝え、動画全体のプロフェッショナルな印象を決定づけます。映像が動画の「顔」だとすれば、音声は動画の「心」、その生命線と言っても過言ではありません。

これまで、音声のノイズ除去や品質向上は、専門的な知識と高価なプラグイン、そして多くの時間を必要とする、動画編集者にとって頭の痛い作業でした。しかし、技術の進化がその常識を覆しつつあります。その中心にいるのが、Adobe Premiere Proに搭載された革新的な機能、「Dialogue Boost(ダイアログブースト)」です。

この機能は、AI(Adobe Sensei)の力を借りて、まるで魔法のようにノイズの中から人間の「声」だけを抽出し、明瞭にしてくれます。これまで何時間もかかっていた音声補正作業が、数クリックで完了する時代が来たのです。

この記事では、動画編集に携わるすべての方に向けて、Adobe Premiere Proの「Dialogue Boost」を徹底的に解説します。基本的な使い方から、プロの現場で通用する応用テクニック、他のエフェクトとの組み合わせ、そして実践的なワークフローまで、この強力なツールを120%使いこなすための知識を網羅しました。

この記事を読み終える頃には、あなたはDialogue Boostを自在に操り、視聴者を惹きつける「良い音」を自信を持って作り出せるようになっているはずです。さあ、あなたの動画のクオリティをもう一段階引き上げる旅を始めましょう。


第1章:Adobe Premiere Proの「Dialogue Boost」とは何か?

Dialogue Boostを使いこなす前に、まずはこの機能が一体何であり、どのような仕組みで動いているのかを理解することが重要です。その本質を知ることで、より効果的に、そして創造的にこのツールを活用できるようになります。

Dialogue Boostの基本概念

Dialogue Boostは、AdobeのAIプラットフォームである「Adobe Sensei」を活用した、最先端の音声処理機能です。その名前が示す通り、主な目的は「Dialogue(対話・セリフ)」を、背景のノイズや音楽から分離し、「Boost(強調)」することにあります。

従来のノイズ除去ツール、例えば「適応ノイズリダクション」や「クロマノイズ除去」などは、特定の周波数パターン(エアコンの「ブーン」という音など)を識別して抑制したり、一定の音量以下の音をカット(ノイズゲート)したりするものが主流でした。これらは効果的である一方、設定が複雑であったり、声の成分まで削ってしまい音が痩せたり、不自然な「こもり感」が出てしまうといった副作用も少なくありませんでした。

一方、Dialogue Boostは根本的にアプローチが異なります。AIがオーディオクリップの内容をディープラーニングに基づいて解析し、「これは人間の声」「これは風の音」「これは車の走行音」「これはBGM」といったように、音の要素をインテリジェントに識別します。そして、ユーザーが「声を強調したい」と指示すれば、AIは識別した「声」の成分だけを保持・強調し、それ以外の不要な成分(ノイズや過剰なBGM)を自動的に抑制するのです。

このAIによる分離技術により、従来の手法では難しかった、不規則で複雑なノイズ(例えば、街の雑踏や人の話し声が入り混じった環境音)の中からでも、驚くほどクリアに対話だけを浮かび上がらせることが可能になりました。この機能は、Premiere Pro 23.4(2023年4月リリース)以降のバージョンで利用可能です。

Dialogue Boostが活躍する具体的なシーン

Dialogue Boostは、特に以下のような状況で絶大な効果を発揮します。

  • 屋外でのインタビューやVlog撮影:
    風の音、車の走行音、遠くのサイレン、周囲の雑踏など、コントロール不能な環境ノイズが多いシーン。これらのノイズを軽減し、インタビュイーやVloggerの声をクリアにします。
  • イベントやドキュメンタリーの収録:
    展示会場のガヤガヤした音、講演会場の反響音、BGMが大きく流れている中での会話など、セリフが他の音に埋もれがちな状況。
  • カメラ内蔵マイクでの収録:
    予算や機材の制約で、高性能な外部マイクが使えなかった場合。カメラマイクは周囲の音を拾いやすいためノイズが多くなりがちですが、Dialogue Boostを使えば、後処理で大幅に音質を改善できます。
  • BGMとナレーションのバランス調整:
    感動的なシーンでBGMを大きくしたいけれど、ナレーションが聞こえにくくなってしまう。そんな時、Dialogue Boostをナレーションに適用することで、BGMの音量をあまり下げなくても、ナレーションの明瞭度を確保できます。
  • 音声レベルが不安定な素材:
    話者がマイクから離れたり近づいたりして、声の音量が一定でない場合。Dialogue Boostは単にノイズを除去するだけでなく、声の存在感を増す効果もあるため、聞きやすさの向上に貢献します。

Dialogue Boostの仕組み(少し技術的な話)

Dialogue Boostの心臓部であるAdobe Senseiは、膨大な量の音声データを学習しています。そのデータセットには、クリーンな会話音声、様々な種類のノイズ、音楽、効果音などが含まれており、AIはこれらの違いを識別する能力を身につけています。

ユーザーが「強調(Enhance)」ボタンをクリックすると、以下のプロセスがバックグラウンドで実行されます。

  1. 音声データのアップロードと解析: 対象のオーディオクリップのデータが、安全なAdobeのクラウドサーバーに一時的にアップロードされます。
  2. AIによる音源分離: クラウド上でAIがデータを解析し、「音声(Speech)」「ノイズ(Noise)」「音楽(Music)」などの異なるステム(構成要素)に分離します。
  3. 音声成分の強調とノイズ抑制: AIは分離した「音声」ステムをクリーンアップし、明瞭度を高める処理を施します。同時に、「ノイズ」や「音楽」などのステムのレベルを抑制します。
  4. 処理済みデータのダウンロード: 処理が完了したクリーンな音声データが、Premiere Proのプロジェクトにダウンロードされ、元のクリップに適用されます。

この一連の流れはすべて自動で行われるため、ユーザーは複雑なパラメータをいじる必要がありません。この「手軽さ」と「精度の高さ」こそが、Dialogue Boostが多くの動画編集者に支持される最大の理由なのです。


第2章:【基本編】Dialogue Boostの基本的な使い方

Dialogue Boostの概念を理解したところで、いよいよ具体的な使い方を学んでいきましょう。その操作は驚くほどシンプルで、直感的です。ここでは、ステップ・バイ・ステップで基本操作を解説します。

ステップ・バイ・ステップ チュートリアル

Step 1: Premiere Proのプロジェクト準備
まずは、Premiere Proを起動し、編集したいプロジェクトを開きます。ノイズを除去したい、または音質を向上させたいオーディオクリップをタイムラインに配置してください。

Step 2: エッセンシャルサウンドパネルを開く
Premiere Proのワークスペースを「オーディオ」に切り替えるか、メニューバーの「ウィンドウ」から「エッセンシャルサウンド」を選択して、エッセンシャルサウンドパネルを表示させます。このパネルが、Dialogue Boostを操作するためのメインステージとなります。

Step 3: 対象のオーディオクリップを選択
タイムライン上で、処理を施したいオーディオクリップをクリックして選択します。複数のクリップをまとめて選択することも可能です。

Step 4: オーディオタイプを「会話」にタグ付け
エッセンシャルサウンドパネルの上部に、「会話」「音楽」「効果音」「環境音」という4つのボタンがあります。選択したクリップが人の声(セリフやナレーション)である場合、「会話(Dialogue)」ボタンをクリックします。
この「タグ付け」は非常に重要なステップです。これにより、Premiere Proに対して「このクリップは人間の声なので、それに最適化されたエフェクトを使えるようにしてください」と指示することになります。このタグ付けを行わないと、Dialogue Boostの機能は表示されません。

Step 5: 「強調(Enhance)」を実行
「会話」をタグ付けすると、エッセンシャルサウンドパネルに「プリセット」「音量」「修復」「明瞭度」「クリエイティブ」といった項目が表示されます。この中の「明瞭度(Clarity)」セクションに注目してください。

「明瞭度」セクション内にある「強調(Enhance)」というボタン(以前のバージョンでは「Dialogue Boost」と表記されていました)が、目的の機能です。このボタンをクリックしてください。

Step 6: AIによる解析を待つ
「強調」ボタンをクリックすると、ボタンの横にプログレスバーが表示され、AIによる解析が始まります。前述の通り、このプロセスでは音声データが一度クラウドに送られ、処理されて戻ってきます。クリップの長さやインターネット接続の速度によって、数秒から数分程度の時間がかかります。解析中は他の作業を進めることも可能です。

Step 7: 「ミックス量」スライダーで効果を調整
解析が完了すると、「強調」ボタンの下に「ミックス量(Mix Amount)」というスライダーが表示されます。このスライダーこそが、Dialogue Boostの効果の強さをコントロールする唯一にして最も重要なパラメータです。

  • 0%: 元の音声のまま。Dialogue Boostの効果は全くかかっていません。
  • 100%: AIが処理した音声が100%適用された状態。最もノイズが除去され、声が強調されます。

最初はスライダーが50%(0.5)あたりに設定されています。このスライダーを左右に動かしながら、実際に音声を再生して、最も自然で聞きやすいポイントを探してください。

Before/Afterの効果比較方法

Dialogue Boostを適用した後、本当に効果があるのか、また、不自然になっていないかを確認することは極めて重要です。効果の比較は簡単に行えます。

  • エッセンシャルサウンドパネルでの確認:
    「明瞭度」セクションの左上にあるチェックボックス、またはエッセンシャルサウンドパネル全体の右上にあるバイパスボタン(電源アイコンのようなマーク)をクリックすることで、Dialogue Boostを含むすべてのエフェクトのON/OFFを瞬時に切り替えられます。再生しながらON/OFFを繰り返すことで、元の音との違いを明確に聞き比べることができます。
  • ヘッドフォンでのモニタリングの重要性:
    音声編集において、PCのスピーカーだけで判断するのは非常に危険です。特に、Dialogue Boostによる微細な音質変化や、AI処理によって発生しうる不自然な響き(アーティファクト)を聞き分けるためには、モニターヘッドフォンの使用を強く推奨します。ヘッドフォンを使うことで、ノイズの残り具合や声の質感の変化を正確に把握でき、より適切な「ミックス量」の調整が可能になります。

以上がDialogue Boostの基本的な使い方です。たったこれだけのステップで、これまで苦労していたノイズ除去作業が劇的に効率化されることを実感できるでしょう。しかし、Dialogue Boostの真価は、ここからさらに踏み込んだ使い方をすることで発揮されます。次の章では、プロレベルの音声編集を目指すための応用テクニックを掘り下げていきます。


第3章:【応用編】Dialogue Boostを最大限に活用するテクニック

基本操作をマスターしたら、次はいよいよ応用編です。Dialogue Boostは単体でも強力ですが、他のエフェクトと組み合わせたり、使い方を工夫したりすることで、その効果を何倍にも高めることができます。ここでは、あなたの音声編集スキルを一段階引き上げるための4つのテクニックを紹介します。

テクニック1:Dialogue Boostと他のエフェクトの黄金コンビネーション

Dialogue Boostは、あくまで「ノイズの中から声を分離し、明瞭にする」ための下地作りツールと捉えるのが、プロフェッショナルな考え方です。クリーンになった音声素材を、さらに磨き上げるために他のオーディオエフェクトを組み合わせましょう。

◆ イコライザー(EQ)との連携
Dialogue Boostを適用した後の音声は、ノイズが減ってクリアになりますが、声のトーン(音質)が少し変わってしまうことがあります。また、より聞きやすく、魅力的な声に仕上げるためにEQは不可欠です。

  • 適用順序: 基本的に、Dialogue Boost → イコライザーの順番で適用します。まずノイズという余分なものを取り除いてから、声そのものの周波数特性を整えるという考え方です。
  • 具体的な調整例:
    • 声の芯と暖かみを出す: 声の基音が含まれる150Hz〜300Hzあたりを少しだけ(1〜3dB程度)ブーストすると、声に厚みと暖かみが加わります。
    • こもり感を取り除く: 400Hz〜600Hzあたりが過剰だと、声がモコモコとこもって聞こえる原因になります。この帯域を少しカットすると、スッキリとした印象になります。
    • 明瞭度と抜け感をプラス: 言葉の輪郭を司る2kHz〜5kHzあたりを少しブーストすると、声が前に出てきて、より聞き取りやすくなります。
    • 歯擦音(しさつおん)を抑える: 「さしすせそ」などの発音時に出る耳障りな高音(歯擦音)が気になる場合は、6kHz〜8kHzあたりを少しカットします。

Premiere Proの「パラメトリックイコライザー」エフェクトを使えば、これらの細かな調整が可能です。

◆ コンプレッサーとの連携
人間の声は、感情の起伏やマイクとの距離によって、囁くような小さな声から叫ぶような大きな声まで、ダイナミックレンジ(音量の幅)が広くなりがちです。コンプレッサーは、この音量差を圧縮し、全体のレベルを均一化してくれるエフェクトです。

  • 適用順序: こちらもDialogue Boost → コンプレッサーが基本です。ノイズが多い状態でコンプレッサーをかけると、ノイズまで一緒に持ち上げてしまうため、先にDialogue Boostでクリーンにしておくことが重要です。
  • 目的: 小さな声は大きく、大きな声は抑えることで、視聴者がボリューム調整をせずとも、終始安定してセリフを聞き取れるようにします。
  • 簡単な設定: エッセンシャルサウンドパネルの「会話」タブ内にある「ダイナミクス」セクションをONにするだけでも、手軽にコンプレッション効果を得られます。より細かく調整したい場合は、「マルチバンドコンプレッサー」エフェクトがおすすめです。

◆ ディエッサー(DeEsser)との連携
Dialogue Boostは声を強調する特性上、前述の「歯擦音」が通常よりも目立ってしまうことがあります。特に女性の声や、高音域が強いマイクで収録した場合に顕著です。

  • 適用順序: Dialogue Boost → EQ → コンプレッサー → ディエッサーという流れが一般的です。コンプレッサーで音圧を上げた後に、目立ってしまった歯擦音をピンポイントで叩くイメージです。
  • 使い方: 「ディエッサー」エフェクトを適用し、ターゲット周波数を6kHz〜8kHzあたりに設定します。スレッショルド(効き始める音量)を調整し、「サ」や「シ」の音が耳に刺さる瞬間にだけエフェクトがかかるように微調整します。

これらのエフェクトを適切な順番で組み合わせることで、Dialogue Boostでクリーンにした素材を、放送品質レベルの聞きやすい音声へと昇華させることができます。

テクニック2:シーンに応じた「ミックス量」の芸術的な微調整

Dialogue Boostの「ミックス量」スライダーは、単にON/OFFのスイッチではありません。この調整次第で、音声の自然さやシーンの臨場感が大きく変わります。

  • 100%は最終手段と心得る: ミックス量を100%にすると、最大限のノイズ除去効果が得られますが、副作用としてAI処理特有のアーティファクト(「水中で話しているような音」「金属的な響き」など)が発生しやすくなります。声の質感が失われ、不自然に聞こえるリスクがあるため、常に100%にするのは避けましょう。
  • 状況別の推奨値の目安:
    • 軽い定常ノイズ(エアコンのファン音など): 30%〜50%程度で十分な効果が得られることが多いです。ノイズを完全に消すのではなく、気にならないレベルまで下げることを目指します。
    • 中程度の環境音(屋外の雑踏、穏やかな風): 50%〜75%が目安です。この場合、背景の環境音を少し残すことがポイントです。完全に無音にしてしまうと、その場の空気感が失われ、不自然な印象を与えます。臨場感を保ちつつ、セリフの明瞭度を上げる絶妙なバランスを探りましょう。
    • 深刻なノイズ(強風、工事現場の近くなど): 75%〜100%の使用もやむを得ません。多少の音質劣化は覚悟の上で、まずは「何を言っているか聞き取れること」を最優先します。
  • オートメーションで動的にコントロール: 1つのクリップ内でも、ノイズの状況は刻々と変化します。例えば、人物が静かな室内から騒がしい屋外へ移動するシーンなどです。このような場合、キーフレームオートメーションを使って「ミックス量」を動的に変化させるテクニックが有効です。タイムラインのオーディオクリップを展開し、「Dialogue Boost」 > 「Mix Amount」のラインを表示させ、キーフレームを打つことで、シーンの変化に合わせて効果の強さを滑らかに調整できます。

テクニック3:サブミックス(バス)トラックで効率化と統一感UP

同じ環境で撮影された複数のインタビュークリップなど、多くのクリップに同じ音声処理を施したい場合、1つ1つにDialogue Boostを適用していくのは非効率です。こんな時は「サブミックストラック」を活用しましょう。

  1. サブミックストラックの作成: タイムラインパネルの空いている箇所で右クリックし、「サブミックストラックを追加」を選択します。
  2. 出力先の変更: 処理をまとめたい対話クリップ(例:A1トラックにあるすべてのクリップ)を選択し、オーディオトラックミキサーパネルを開きます。A1トラックの上部にある出力先を「マスター」から、先ほど作成した「サブミックス 1」に変更します。
  3. サブミックスにエフェクトを適用: これで、A1トラックの音声はすべて「サブミックス 1」を経由してマスターに出力されるようになります。あとは、この「サブミックス 1」トラックに対してDialogue BoostやEQ、コンプレッサーを一度だけ適用すればOKです。

この手法には、「処理の軽量化」「設定の統一による品質の安定」「調整作業の劇的な効率化」という大きなメリットがあります。

テクニック4:Dialogue Boostが万能ではない時の代替・補完策

Dialogue Boostは非常に優秀ですが、万能ではありません。AIがうまく声を認識できない場合や、特定の種類のノイズに弱いこともあります。そんな時のために、他の選択肢も知っておきましょう。

  • Adobe Podcast (Enhance Speech) との使い分け:
    Webブラウザ上で利用できるAdobeの無料ツール「Adobe Podcast」には、「スピーチを強調(Enhance Speech)」という、さらに強力なAI音声補正機能が搭載されています。Dialogue Boostよりも処理に時間はかかりますが、より深刻なノイズに対して、驚くほど高いクオリティで修復してくれることがあります。
    使い分けのヒント: 編集の速度を優先するならPremiere Pro内のDialogue Boost、音質を最優先したい、またはDialogue Boostで満足のいく結果が得られなかった場合は、一度オーディオを書き出してAdobe Podcastで処理し、再度Premiere Proに読み込む、という一手間をかける価値は十分にあります。
  • 従来のノイズ除去エフェクトとの併用:
    Dialogue Boostで大まかなノイズを取り除いた後、まだ残っている特定の定常ノイズ(電源のハム音「ジー」など)に対して、従来の「クロマノイズ除去」や「適応ノイズリダクション」を軽くかけることで、よりクリーンな音声に仕上げることができます。かけすぎは音質劣化の元なので、あくまで補助的に使うのがコツです。
  • 最終手段としてのAdobe Audition連携:
    咳、物の落下音、マイクが擦れる音など、突発的で短いノイズはDialogue Boostでは除去しきれないことがあります。このようなピンポイントのノイズには、Premiere Proの姉妹ソフトである音声編集専門ソフト「Adobe Audition」が最強の武器になります。タイムラインのクリップを右クリックし、「Adobe Auditionでクリップを編集」を選択すると、シームレスに連携できます。Auditionの「スペクトル表示」を使えば、ノイズを視覚的に特定し、まるで画像編集ソフトでゴミを消すかのように、音の不要な部分だけを綺麗に消去することが可能です。

これらの応用テクニックを駆使することで、あなたは単なるDialogue Boostの「ユーザー」から、それを自在に操る「マスター」へと進化することができるでしょう。


第4章:実践的なワークフローと注意点

優れたツールも、効果的なワークフローに組み込んでこそ、その真価を発揮します。ここでは、Dialogue Boostを中心とした、効率的でクオリティの高い音声編集ワークフローと、使用する上での注意点を解説します。

推奨される音声編集ワークフロー

動画編集のプロセスは人それぞれですが、音声に関しては以下の順序で進めることを推奨します。

  1. 素材の整理とオーディオタイプのタグ付け(最重要):
    編集を始める前に、タイムライン上のオーディオクリップの役割を明確にします。インタビューやナレーションは「会話」、BGMは「音楽」、足音やドアの開閉音は「効果音」、背景の環境音は「環境音」として、エッセンシャルサウンドパネルで最初にすべてタグ付けしてしまいましょう。この地道な作業が、後の編集効率を劇的に向上させます。
  2. 映像の一次編集(ラフカット):
    まずは音声の詳細な調整は後回しにして、映像のカット編集に集中し、全体の構成を固めます。
  3. 音声の一次調整(レベリング):
    ラフカットが終わったら、各クリップの音量レベルを大まかに揃えます。クリップを選択し、右クリックから「オーディオゲイン」 > 「ノーマライズ」を使って、全体の音量を均一化しておくと、後のミックス作業が楽になります。
  4. Dialogue Boostによるクリーンアップ:
    ここが本番です。「会話」とタグ付けしたクリップに対してDialogue Boostを適用し、ノイズ除去と明瞭度の確保を行います。この段階では、後の調整を見越して、「ミックス量」は少し控えめ(50%〜70%程度)にしておくのが良いでしょう。
  5. 詳細な音声ミックス:
    Dialogue Boostでクリーンになった対話音声を基準に、EQやコンプレッサーで音質を整えます。その後、BGMや効果音の音量を調整し、全体のバランスを取ります。特にBGMは、対話の邪魔にならないように、対話がある部分だけ音量を自動的に下げる「ダッキング」機能(エッセンシャルサウンドパネル内にあります)を活用すると効果的です。
  6. 最終確認(マルチデバイスチェック):
    編集が完了したら、最終的な書き出しの前に、必ず複数の環境で聞こえ方を確認しましょう。

    • モニターヘッドフォン: 細かなノイズや音質をチェック
    • PCスピーカー: 一般的な視聴環境でのバランスを確認
    • スマートフォンのスピーカー: 最も厳しい環境でのセリフの聞き取りやすさを確認

このワークフローに沿って作業を進めることで、手戻りが少なく、一貫性のある高品質な音声ミックスを実現できます。

Dialogue Boostを使用する上での注意点

最後に、Dialogue Boostを快適かつ安全に使うための注意点をいくつか挙げておきます。

  • 処理時間とPCスペック:
    Dialogue Boostはクラウドベースの処理を行うため、インターネット接続が必要です。また、解析にはある程度の時間がかかります。長いクリップや複数のクリップに同時に適用すると、PCのスペックによっては動作が重くなることがあります。時間に余裕を持って作業するか、Premiere Proのプロキシ作成やバックグラウンドレンダリング機能を活用しましょう。
  • アーティファクト(副作用)への警戒:
    前述の通り、過度な適用は不自然な音を生む原因となります。常に自分の耳で「元の音よりも良くなっているか?不自然ではないか?」を判断する癖をつけましょう。AIはあくまでアシスタントであり、最終的な判断を下すのは編集者であるあなた自身です。
  • オーディオタイプの誤適用に注意:
    Dialogue Boostは「会話」を強調するために設計されています。これを誤ってBGMや効果音に適用すると、ボーカル部分だけが不自然に持ち上がったり、特定の楽器の音が歪んだりと、意図しない結果になる可能性があります。最初のタグ付けがいかに重要か、ということがここでも分かります。
  • 大前提は「良い録音」:
    「Garbage in, garbage out(ゴミを入れれば、ゴミしか出てこない)」という言葉は、音声編集の世界における鉄則です。Dialogue Boostは魔法の杖ではありません。あまりにもノイズが酷い、声が小さすぎて録音できていない、音が割れている(クリッピングしている)といった、収録段階での致命的な問題を完全に修復することは不可能です。最高のクオリティを目指すのであれば、何よりもまず、撮影現場で可能な限り良い音で録音することに全力を注ぐべきです。Dialogue Boostは、その努力をさらに輝かせるための強力な仕上げツールなのです。

まとめ:AIと共に創る、心を動かす「音」

Adobe Premiere ProのDialogue Boostは、単なるノイズ除去ツールではありません。それは、AI技術がクリエイターの表現力を拡張し、これまで専門家でなければ難しかった高度な音声編集を、すべての動画編集者の手に届けてくれる革新的な機能です。

この記事では、Dialogue Boostの基本から、プロが実践する応用テクニック、そして効率的なワークフローまでを詳細に解説してきました。

  • 基本をマスターし、数クリックでノイズの問題を解決する。
  • EQやコンプレッサーと組み合わせ、プロ品質の魅力的な声を作り出す。
  • 「ミックス量」を巧みに操り、自然さと明瞭度を両立させる。
  • ワークフローに組み込み、編集作業全体を効率化する。

これらのテクニックを身につけることで、あなたは音声編集に対する苦手意識を克服し、自信を持って「良い音」の動画を世に送り出すことができるようになります。

映像のクオリティが日々向上していく中で、視聴者の「音」に対する要求も確実に高まっています。Dialogue Boostという強力な武器を携え、あなたの創造性を最大限に発揮してください。AIの力を借りながらも、最後はあなた自身の耳と感性を信じ、視聴者の心に深く響く、忘れられない視聴体験を創り上げていきましょう。動画編集の新たな可能性の扉は、今、あなたの目の前に開かれています。

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