Kotlin開発の新たな地平:Kotlin LSPの真価とIntelliJ IDEAとの徹底比較
はじめに:Kotlin開発環境の現在と未来
Kotlinは、その簡潔で安全な言語仕様と、Javaとの100%の相互運用性により、サーバーサイド、Androidアプリ、マルチプラットフォーム開発など、多岐にわたる領域で急速に採用を広げています。この力強いエコシステムの中心には、常にJetBrains社の統合開発環境(IDE)、IntelliJ IDEAが存在してきました。IntelliJ IDEAは、Kotlin言語そのものの開発元によって作られていることもあり、比類なきコード補完、強力なリファクタリング、そしてシームレスなデバッグ体験を提供し、長年にわたりKotlin開発のデファクトスタンダードとして君臨してきました。
しかし、開発者の世界は多様です。軽量なテキストエディタの速度とカスタマイズ性を愛する開発者、特定のワークフローに最適化されたVisual Studio Code(VS Code)やNeovim、Emacsを使いこなす開発者も数多く存在します。これまで、彼らがKotlin開発を行う際には、IntelliJ IDEAが提供するような高度な開発支援を享受することは困難でした。コミュニティベースのプラグインは存在したものの、機能の完全性や言語アップデートへの追従速度には限界がありました。
この状況を劇的に変える可能性を秘めているのが、本記事の主役であるKotlin LSP (Language Server Protocol)です。JetBrainsが公式に開発を進めるこの技術は、IntelliJ IDEAの強力な頭脳の一部を、様々なテキストエディタで利用可能にすることを目指しています。
本記事では、まずLSPという技術の基本概念を解説し、なぜそれが現代のソフトウェア開発において重要なのかを紐解きます。次に、Kotlin LSPが登場した背景と、それがもたらす具体的なメリットを詳述します。そして、記事の核心部分として、長年の王者であるIntelliJ IDEAと、新たな挑戦者であるKotlin LSPベースの開発環境を、アーキテクチャ、機能、パフォーマンス、そしてユースケースの観点から徹底的に比較・分析します。
この記事を読み終える頃には、あなたはKotlin LSPが単なる「もう一つのツール」ではなく、Kotlin開発のエコシステム全体をよりオープンで、多様で、アクセスしやすいものへと変革する重要な一歩であることを理解できるでしょう。そして、あなた自身のプロジェクトや好みに最適な開発環境を選択するための、明確な指針を得られるはずです。
1. LSP (Language Server Protocol) とは何か?—開発ツールの革命
Kotlin LSPを理解するためには、まずその基盤となっているLSP (Language Server Protocol)の概念を理解する必要があります。LSPは、もともとMicrosoftによってVisual Studio Codeのために開発され、現在はオープンスタンダードとなっているプロトコルです。その目的は、エディタ(またはIDE)と、言語ごとのインテリジェントな機能を提供する「言語サーバー」との間の通信方法を標準化することにあります。
LSP登場以前の課題:「N x M問題」
LSPが登場する前、開発ツールが特定のプログラミング言語(例えばJava, Python, Kotlin)をサポートするためには、それぞれのエディタ(VS Code, Atom, Sublime Text, Vimなど)が、その言語専用の拡張機能を独自に実装する必要がありました。
この実装には、以下のような複雑な処理が含まれます。
- ソースコードを解析し、構文木(AST)を構築する
- シンボルの型を解決し、エラーや警告を検出する
- コード補完の候補を生成する
- 定義ジャンプやリファレンス検索の機能を提供する
これにより、「N個のエディタ」x「M個の言語」の組み合わせの数だけ、言語サポート機能を開発・メンテナンスしなければならないという、いわゆる「N x M問題」が発生していました。これは開発リソースの膨大な重複と浪費を意味し、マイナーな言語や新しいエディタが十分なサポートを得ることを困難にしていました。
LSPによる解決策:「N + Mモデル」
LSPは、この問題をエレガントに解決します。LSPは、言語に関するインテリジェントな機能(コード解析、補完、診断など)を「言語サーバー(Language Server)」という独立したプロセスに切り出します。そして、エディタ(LSPでは「クライアント」と呼ぶ)は、この言語サーバーと標準化されたJSON-RPCベースのプロトコルで通信します。
このアーキテクチャにより、以下のことが可能になります。
- 言語サーバーの開発に集中: ある言語(例えばKotlin)の開発者は、一度だけ高性能な言語サーバーを開発すれば、LSPをサポートするすべてのエディタでその機能を利用できるようになります。
- エディタ開発の簡素化: エディタの開発者は、各言語の詳細な解析ロジックを実装する必要がなくなります。LSPクライアントとしての機能を一度実装するだけで、様々な言語の高度なサポートを容易に追加できるようになります。
これにより、先ほどの「N x M問題」は、「N個のエディタ」+「M個の言語サーバー」を開発すればよいという「N + M問題」へと変換されます。これは、エコシステム全体での開発効率を劇的に向上させるパラダイムシフトです。
LSPが提供する主な機能
LSPは、モダンな開発体験に不可欠な多くの機能を標準プロトコルとして定義しています。
- コード補完 (Completion): 入力中のコードに基づいて、キーワード、変数、関数などの候補を提示。
- 診断 (Diagnostics): コンパイルエラーや文法的な誤り、潜在的な問題をリアルタイムで検出し、エディタ上に表示。
- ホバー情報 (Hover): カーソル下のシンボル(変数や関数など)の型情報やドキュメントを表示。
- 定義へジャンプ (Go to Definition): 関数や変数が定義されている場所に瞬時に移動。
- リファレンス検索 (Find All References): 特定のシンボルが使用されているすべての場所を検索。
- ドキュメントフォーマット (Formatting): コード全体または選択範囲を、定義されたコーディングスタイルに従って整形。
- リネーム (Rename): 変数や関数名を、その使用箇所すべてにわたって安全に変更。
- コードアクション (Code Actions): 特定のコード箇所で実行可能な操作(例:Quick Fix、リファクタリング)を提示。
この標準化された機能セットにより、開発者はどのエディタを使っても、一貫性のある基本的な開発支援を受けられるようになります。
2. Kotlin LSPの登場とその背景
LSPの概念を理解したところで、次にKotlin LSPがなぜ今、登場したのか、その背景を探ってみましょう。
IntelliJ IDEA中心だった世界
前述の通り、Kotlin開発は長らくIntelliJ IDEAと密接に結びついていました。これは当然のことであり、Kotlin言語自体がJetBrainsによって生み出され、IntelliJ IDEAの豊富な機能はKotlinの言語機能を最大限に引き出すように設計されてきました。
IntelliJ IDEAの強みは、単なるテキストエディタの延長線上にあるものではありません。
- コンパイラとの深い統合: IntelliJ IDEAはKotlinコンパイラの内部APIを直接利用し、非常に高度で正確な静的解析を行います。これにより、他のツールでは真似のできないレベルのインスペクション(潜在的なバグの指摘)やインテンション(コード改善の提案)を実現しています。
- 圧倒的なリファクタリング機能: 単純な名前変更から、複雑なクラス構造の変更に至るまで、安全かつ強力なリファクタリング機能群は、生産性を飛躍的に向上させます。
- エコシステムとの連携: GradleやMavenといったビルドツール、SpringやKtorといったフレームワーク、そしてAndroid開発ツールキットと深く統合されており、設定からデバッグまでをシームレスに行えます。
この強力なエコシステムゆえに、「Kotlinで本格的な開発をするならIntelliJ IDEA(またはAndroid Studio)一択」という状況が長く続いていました。
IntelliJ以外のエディタでの挑戦と限界
一方で、VS CodeやVim/Neovimをメインのエディタとして使用する開発者からの「より良いKotlinサポート」を求める声は常に存在しました。これに応える形で、いくつかのコミュニティベースの拡張機能が開発されてきましたが、以下のような課題に直面していました。
- 機能の制限: IntelliJの持つ高度な解析エンジンを外部から利用することは困難であり、提供できる機能は基本的なシンタックスハイライトやスニペット、限定的なコード補完にとどまることが多かった。
- メンテナンスの負担: Kotlin言語は進化が速く、新しいバージョンがリリースされるたびに、拡張機能も追従して更新する必要があり、コミュニティベースでの継続的なメンテナンスは大きな負担でした。
- パフォーマンスの問題: 一部の拡張機能は、バックグラウンドでヘッドレスのIntelliJを動かすようなアプローチを試みましたが、リソース消費が大きく、実用的とは言えませんでした。
K2コンパイラとKotlin LSPの誕生
この膠着状態を打破するきっかけとなったのが、Kotlinコンパイラの次世代アーキテクチャ、通称「K2コンパイラ」(内部的にはFIR – Frontend IR)の開発です。
K2コンパイラは、パフォーマンスの大幅な向上を主目的として設計されましたが、そのアーキテクチャはフロントエンド(ソースコードを解析し、中間表現を生成する部分)がよりモジュール化され、再利用しやすくなっているという大きな特徴を持っています。
この新しいアーキテクチャにより、コンパイラの強力な解析能力を、IDEやLSPのような外部ツールから利用することが以前よりもはるかに容易になりました。JetBrainsはこのチャンスを逃さず、K2コンパイラのフロントエンドを基盤として、公式のKotlin LSPの開発に着手したのです。
これは、JetBrainsがKotlinを自社製品に閉じ込めるのではなく、よりオープンなエコシステムへと解放し、言語自体の普及をさらに加速させようという戦略的な意思表示でもあります。
3. Kotlin LSPがもたらす5つの主要なメリット
JetBrains公式のKotlin LSPが登場したことで、Kotlin開発者にはどのような恩恵があるのでしょうか。そのメリットは多岐にわたりますが、ここでは主要な5つの点に絞って解説します。
1. エディタの選択肢の拡大 (Editor Agnosticism)
これが最も直接的で、多くの開発者が待ち望んでいたメリットです。Kotlin LSPの登場により、開発者は自身の好みに合わせてエディタを自由に選択できるようになります。
- Visual Studio Code: 世界で最も人気のあるコードエディタの一つ。豊富な拡張機能エコシステムと、軽量でありながら高機能な点が魅力です。公式のKotlin LSP拡張機能をインストールするだけで、すぐに高度なKotlin開発環境を構築できます。
- Neovim/Vim: キーボード中心の高速な操作を追求する熟練開発者に愛用されています。lsp-configなどのプラグインを使えば、Neovimを強力なKotlin IDEとしてカスタマイズ可能です。
- Emacs: Vimと並ぶ強力なカスタマイズ性を誇るエディタ。eglotやlsp-modeといったパッケージを通じて、Kotlin LSPの恩恵を受けることができます。
- その他のLSP対応エディタ: Sublime Text, Zed, Lapceなど、LSPをサポートする様々なエディタで、一貫したKotlin開発体験が可能になります。
これにより、複数言語を扱うプロジェクトにおいて、言語ごとにエディタを切り替える必要がなくなり、一貫したワークフローを維持できるという大きな利点も生まれます。
2. 開発体験の一貫性 (Consistent Experience)
Kotlin LSPは、公式のKotlinコンパイラと同じ解析エンジンをベースにしています。これは、どのエディタを使っていても、コードのエラーチェック、型推論、補完候補の精度が、コンパイラ自身が解釈するものと完全に一致することを意味します。
コミュニティ製のツールでは、独自のパーサーや解析ロジックを実装していたため、コンパイラの挙動と微妙な差異が生じることがありました。「エディタではエラーが出ていないのに、ビルドするとコンパイルエラーになる」といった混乱がなくなります。チーム内で異なるエディタを使用している場合でも、全員が同じ基準のフィードバックを受けられるため、コードの品質を均一に保ちやすくなります。
3. 軽量な開発環境の実現
IntelliJ IDEAは非常に高機能ですが、その代償として多くのシステムリソース(CPU、メモリ)を消費します。大規模なプロジェクトを開くと、起動やインデックス作成に時間がかかり、低スペックなマシンでは動作が重く感じられることもあります。
一方、LSPベースの環境は本質的に軽量です。エディタ本体はテキスト編集という本来の役割に集中し、重い言語解析処理は別の言語サーバープロセスが担当します。これにより、以下のようなメリットが生まれます。
- 高速な起動: エディタは瞬時に起動し、すぐにコーディングを開始できます。
- 低リソース消費: 全体的なメモリ使用量が少なく、他のアプリケーションと並行して作業する際の負担が軽減されます。
- リモート/コンテナ開発との親和性: Dockerコンテナやリモートサーバー上で開発を行う際、GUIを持つ重厚なIDEを転送するのではなく、軽量なエディタとリモートで動作する言語サーバーを組み合わせることで、非常に効率的な開発ワークフローを構築できます(VS Code Remote Developmentなど)。
4. Kotlinエコシステムのさらなる発展
Kotlin LSPは、単にエディタのサポートを増やすだけではありません。言語サポートの中核となる部分が標準化され、オープンになることで、その上に構築される様々なツールの開発が促進されます。
例えば、カスタムのリンター、静的解析ツール、コード生成ツールなどが、LSPが提供する正確なコード情報(構文木や型情報)を活用して、より簡単に、より高機能に開発できるようになります。これにより、Kotlinのエコシステム全体が活性化し、さらに豊かになることが期待されます。
5. JetBrainsによる公式サポートの信頼性
最大の安心材料は、このLSPがKotlin言語の開発元であるJetBrainsによって公式に開発・サポートされているという点です。これにより、以下のことが保証されます。
- 品質と安定性: 長年のIDE開発で培われたノウハウが注ぎ込まれており、高い品質と安定性が期待できます。
- 最新言語機能への迅速な追従: Kotlinに新しい文法や機能が追加された際、最速でLSPが対応するため、開発者は常に最新の言語機能を活用できます。
- 長期的なメンテナンス: コミュニティの熱意に依存するのではなく、企業として継続的な開発とメンテナンスが約束されています。
これは、プロダクションレベルのプロジェクトでKotlin LSPを安心して採用できる、極めて重要な要素です。
4. IntelliJ IDEA vs Kotlin LSP: 究極の比較分析
Kotlin LSPが多くのメリットをもたらすことは間違いありません。では、これは「IntelliJ IDEAの終わり」を意味するのでしょうか?答えは明確に「No」です。両者は異なる哲学とアーキテクチャを持ち、それぞれに得意な領域があります。ここでは、両者を様々な角度から徹底的に比較し、その違いを明らかにします。
比較軸 | IntelliJ IDEA | Kotlin LSP (+テキストエディタ) |
---|---|---|
思想/哲学 | 統合開発環境 (IDE):開発に必要な全てを内包する「オールインワン」ソリューション | コンポーザブル:エディタ、言語サーバー、デバッガなどを組み合わせる「DIY」アプローチ |
アーキテクチャ | モノリシックなデスクトップアプリケーション。UIと解析エンジンが密結合。 | クライアント(エディタ)とサーバー(言語サーバー)が分離したプロセス間通信モデル。 |
コード解析/補完 | 非常に高度で文脈依存。独自のインスペクション、インテンションが豊富。 | LSP標準機能は高品質。コンパイラベースで正確。ただし高度な提案は限定的。 |
リファクタリング | 圧倒的な強み。数十種類の安全で強力なリファクタリング機能を提供。 | 基本的なリネーム等は可能。複雑なリファクタリングは未サポートまたは限定的。 |
デバッグ | GUIベースの強力なデバッガを完全統合。シームレスな体験。 | DAP (Debug Adapter Protocol) を使用。設定が必要で、統合度はエディタに依存。 |
ビルドツール統合 | Gradle/Mavenと深く統合。GUIでのタスク実行、依存関係の可視化。 | 限定的。主にターミナルからのコマンド実行が中心。エディタ拡張機能で補完。 |
UI/UX | 統一されたGUI。初心者にも分かりやすい。マウス操作中心でも快適。 | エディタ依存。キーボード中心の操作に最適化可能。カスタマイズ性が高い。 |
パフォーマンス | 高機能な分、リソース消費大。起動やインデックス作成に時間がかかる場合がある。 | 軽量・高速。起動が速く、リソース消費が少ない。 |
設定/カスタマイズ | GUIベースで設定が容易。プラグインで拡張可能。 | 設定ファイル(JSON, Lua等)を手動で編集。深いカスタマイズが可能だが学習コストを要する。 |
機能の深掘り比較
1. コードインテリジェンス(解析・補完・インスペクション)
- IntelliJ IDEA: IntelliJの真骨頂です。「スマート補完」は文脈を読み取り、期待される型の候補を優先的に表示します。「チェーン補完」は複数のメソッド呼び出しを一度に補完できます。さらに、IntelliJには「インスペクション」と呼ばれる数百もの静的解析ルールが組み込まれており、「冗長なコード」、「パフォーマンス上の問題の可能性」、「Kotlinの慣用句に反する書き方」などをリアルタイムで指摘してくれます。これらの多くは、LSPの標準的な診断機能の範囲を超えています。
- Kotlin LSP: LSPが提供する補完や診断も、K2コンパイラベースであるため非常に正確で高品質です。しかし、その機能はLSPのプロトコルで定義された範囲内に留まる傾向があります。IntelliJのような「一歩踏み込んだ提案(インテンションアクション)」や、特定のフレームワーク(例:Spring)の知識に基づいたインスペクションは、現時点では限定的です。
2. リファクタリング
- IntelliJ IDEA: この領域では、IntelliJは依然として他の追随を許しません。「メソッドの抽出(Extract Method)」、「変数の導入(Introduce Variable)」、「安全な削除(Safe Delete)」といった基本的なものから、「インターフェースの抽出(Extract Interface)」、「スーパークラスへのメンバーのプルアップ(Pull Members Up)」といった大規模なコード構造の変更まで、多種多様なリファクタリングを、コードの整合性を保ちながら安全に実行できます。
- Kotlin LSP: LSPの仕様には「リネーム」や「コードアクション」による簡単なリファクタリングが含まれています。しかし、IntelliJが提供するような体系的で複雑なリファクタリング機能群には到底及びません。大規模なリファクタリングを頻繁に行う開発者にとって、この差は決定的です。
3. デバッグ体験
- IntelliJ IDEA: デバッグはIDEに完全に統合されています。ブレークポイントの設定、ステップ実行、変数の内容確認、式の評価、スレッドの確認など、すべてが直感的なGUIから操作できます。特に「条件付きブレークポイント」や、ブレークポイントに到達した際にログを出力する機能は非常に強力です。
- Kotlin LSP: LSP自体はデバッグを扱いません。デバッグにはDAP (Debug Adapter Protocol)という、LSPの姉妹プロトコルが使用されます。VS CodeなどのエディタはDAPをサポートしていますが、Kotlin用のデバッグアダプタを設定し、起動設定(
launch.json
など)を記述する必要があります。基本的なデバッグは可能ですが、IntelliJのようなシームレスでリッチなGUI体験を得るには、相応の知識と設定が必要です。
4. ビルドツールとの統合
- IntelliJ IDEA: GradleやMavenとの統合は非常に強力です。
build.gradle.kts
ファイルを変更すると自動でプロジェクト構造が同期され、GUIのツールウィンドウから任意のタスクを実行したり、依存関係ツリーを視覚的に確認したりできます。ビルドスクリプト自体のコード補完や解析も完璧です。 - Kotlin LSP:
build.gradle.kts
のようなビルドスクリプトファイルに対しても、Kotlin LSPによる編集サポート(補完、エラーチェックなど)は機能します。しかし、プロジェクトの同期やタスクの実行といった「IDEとしての機能」は、LSPの責務外です。これらはエディタの拡張機能(例:VS CodeのGradle Task拡張)や、ターミナルでのコマンドライン操作に頼ることになります。
ユースケース別:どちらを選ぶべきか?
IntelliJ IDEAが最適なシナリオ:
- 大規模・長期的なエンタープライズアプリケーション開発: 複雑なコードベースを扱う上で、IntelliJの強力なリファクタリングと静的解析能力は不可欠です。
- Androidアプリケーション開発: Android StudioはIntelliJ IDEAをベースにしており、Android開発に特化した機能が多数統合されています。現時点では代替不可能です。
- チーム開発: チームに様々なスキルレベルのメンバーがいる場合、統一されたGUIと手厚いサポート機能を提供するIntelliJは、学習コストを下げ、生産性のばらつきを抑えるのに役立ちます。
- 初心者: Kotlinやプログラミングの学習を始めたばかりのユーザーにとって、設定がほとんど不要で、多くのことを自動でやってくれるIntelliJは、最も親しみやすい選択肢です。
Kotlin LSPベースの環境が輝くシナリオ:
- スクリプティングや小規模なツール開発: ちょっとしたKotlinスクリプト(
.kts
)を書いたり、小さなコマンドラインツールを開発したりする際に、重厚なIDEを起動するのは過剰です。軽量なエディタで素早く開発を始められます。 - 既存のワークフローへの統合: すでにVS CodeやNeovimで高度にカスタマイズされた開発環境を構築しており、そこにKotlinサポートを追加したい場合、LSPは最適なソリューションです。
- ポリグロット(多言語)開発者: Python, TypeScript, Go, Kotlinなど、複数の言語を日常的に切り替えて開発する開発者にとって、同じエディタで一貫した操作性を保てることは大きなメリットです。
- リソースに制約のある環境: メモリが少ないラップトップや、コンテナベースのクラウド開発環境(Gitpod, GitHub Codespacesなど)では、軽量なLSPベースの環境が真価を発揮します。
5. Kotlin LSPの将来性と展望
Kotlin LSPはまだ発展途上であり、そのポテンシャルは完全には解放されていません。今後の展望として、いくつかの興味深い動きが考えられます。
K2コンパイラの成熟とLSPの進化
Kotlin LSPの基盤であるK2コンパイラは、現在も活発に開発が進んでいます。コンパイラ自体のパフォーマンスが向上し、よりリッチな意味情報を提供できるようになれば、それは直接Kotlin LSPの機能向上(より賢い補完、より詳細な診断など)に繋がります。
IntelliJの高度な機能のLSPへの移植
将来的には、IntelliJが持つ高度なインスペクションやリファクタリング機能の一部が、LSPのカスタム拡張(標準プロトコル外の機能)として提供される可能性があります。これにより、LSPベースの環境とIntelliJの機能的なギャップは、徐々に埋まっていくかもしれません。
JetBrains Fleetの存在
JetBrains自身が開発している次世代IDE「Fleet」は、この文脈で非常に重要です。Fleetは、軽量なフロントエンドと、バックエンドで動作する強力な処理エンジン(IntelliJのエンジンを含む)から構成される分散アーキテクチャを採用しています。このアーキテクチャは、LSPの思想と非常に親和性が高く、実際にFleetは内部でLSPを活用しています。
Fleetの存在は、JetBrainsが「IntelliJか、それ以外か」という二者択一ではなく、IntelliJの強力なインテリジェンスを、LSPのようなモダンなアーキテクチャを通じて、より多様な形で開発者に届ける未来を描いていることを示唆しています。Kotlin LSPは、その戦略における重要な布石なのです。
結論:置き換えではなく「共存と選択」の時代へ
Kotlin LSPは、IntelliJ IDEAを置き換えるものではありません。むしろ、両者は互いに補完し合い、Kotlinエコシステム全体を豊かにする存在です。
IntelliJ IDEAは、統合されたパワーと洗練されたUXを求める開発者にとって、引き続き最高の「重戦車」であり続けるでしょう。
一方、Kotlin LSPは、軽快さとカスタマイズ性を重視し、自分の手で最適な環境を組み上げたい開発者に、強力な「エンジン」を提供します。
この「選択の自由」こそが、Kotlin LSPがもたらす最大の価値です。開発者は、プロジェクトの性質、チームの文化、そして何よりも自分自身の好みに合わせて、最適なツールを選び取ることができるようになりました。Kotlin LSPの登場は、Kotlin開発が新たな成熟期に入ったことを示す、象徴的な出来事と言えるでしょう。
まとめ
本記事では、Kotlin開発における新しい波であるKotlin LSPについて、その基本概念からメリット、そして王者IntelliJ IDEAとの詳細な比較までを掘り下げてきました。
- LSPは、言語サーバーとエディタを分離することで、言語サポート機能の開発効率を劇的に向上させる革新的なプロトコルです。
- Kotlin LSPは、JetBrains公式がK2コンパイラを基盤に開発しており、信頼性と将来性が高く、VS CodeやNeovimなど、様々なエディタで高品質なKotlin開発体験を可能にします。
- その主なメリットは、エディタ選択の自由、開発体験の一貫性、軽量な環境、エコシステムの発展、そして公式サポートの信頼性にあります。
- IntelliJ IDEAと比較すると、LSPは軽快さとカスタマイズ性に優れる一方、IntelliJは統合された機能の深さ、特に高度なリファクタリングやシームレスなデバッグ体験において、依然として大きなアドバンテージを保持しています。
- 両者は競合するだけでなく、それぞれの得意なユースケースを持つ補完的な関係にあります。大規模なアプリケーションにはIntelliJ、小規模なツールやスクリプト、既存のワークフローへの統合にはLSP、といった使い分けが現実的です。
Kotlin LSPの登場は、Kotlinコミュニティにとって、より多様なバックグラウンドを持つ開発者を迎え入れ、言語の可能性をさらに広げるための重要なマイルストーンです。あなたがIntelliJのヘビーユーザーであれ、VS Codeの愛好家であれ、この新しいツールがもたらす変化に注目し、一度試してみる価値は間違いなくあります。Kotlin開発の未来は、これまで以上にオープンで、エキサイティングなものになるでしょう。